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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十二夜/気位の高いヴィーンの貴族~

6周年で少しコメントした通り、追悼記事を挟みましたが今回から久々に特集を。
このコーナーを何度かご覧になっている方はおなじみだと思いますが、blog主は低音歌手を偏愛しております。
が、改めて目次を見てみると意外なぐらいバリトンの紹介が少ない!!これはいかん!!ということで、お気に入りの各国のバリトンを紹介していく「大バリトン特集」をスタートいたします^^
(え、ソプラノの方が少ない?前回カバリエだったしいいじゃないですか!)

最初に取り上げるのは独墺系のハイバリトンの代表格というべきこの御仁。

Waechter.jpg
Graf Danilo Danilowitsch

エーベルハルト・ヴェヒター
(Eberhard Waechter)
1929〜1992
Baritone
Austria

プライのところでも触れましたバス&バリトン栄光の世代1929年生まれの墺国の名手です。
この世代の独墺系のハイバリトンと言えば日本で親しまれているのはプライやフィッシャー=ディースカウだと思いますが、ヴェヒターもまた忘れてはいけない重要な歌手としてその名を録音史に刻んでいます。私見では少なからぬ録音に反して必ずしもレパートリーが広い訳ではない、と言いますかピッタリと合致する役柄が多い訳ではないのですが、ハマる役では彼を超える歌唱を探すのが難しいというタイプの人と認識しています。例えば豊かな声でたっぷり歌うような、ヴェルディはじめとする伊ものの役では率直に言えばピンとこない一方で、数々のオペレッタでの最高のパフォーマンスは、録音史を彩る名盤として永久に語り継がれるべきものであると思います。

遺された録音からだけでも非常に貴族的と言いいますか、鼻っ柱の高そうな雰囲気が漂っている人ではあるのですが、保守的で相当難しい人だったようです(実際男爵ですし)。ヴィーン国立歌劇場の総監督になってすぐに音楽監督だったクラウディオ・アバドが退任していった話などは顕著な例でしょうね。とはいえそういった厳しさもまた彼の藝風を形作る個性であるようにも感じます。

実はヴィーンを代表する名手のご紹介は初めてですが、彼ならばもってこいの方かと!

<ここがすごい!>
僕はどうしてもこの時代に独墺圏で活躍したハイ・バリトンを考えるとき、F=Dとプライとヴェヒターをセットで考えてしまうのですが、それは彼らが同じようなレパートリーで活躍し共通する面もありながら、それぞれに全く異なる個性を持っているからです。求道者のようにあらゆる分野の声楽レパートリーで練りこんだ歌唱を残しているF=D、明るくて人間味のある人柄が滲み出るような藝で聴かせるプライに対して、ヴェヒターは何と言っても華やかで貴族的なオーラと言葉の巧みさで記憶に残ります。言葉に対する感覚でいけば当然F=Dも優れているわけですが、F=Dが一つ一つの言葉の解釈にこだわった学者肌で理知的なアプローチを取っているのに対し、ヴェヒターのそれはもっと自然な、口をついて出てくる言葉がそのまま歌や科白回しになってしまうような印象を持ちます。決してそんなことはないとは思うのですが、彼自身の素の姿がそのまま出しているのではないかという錯覚に陥ってしまうような自然なパフォーマンス。これが彼の演じているもののひとつの軸なのではないかなと。ですからその軸にぴったりとハマるような役柄を演じさせると、他の追随を許さないヴェヒター独自の世界を展開してくれるように感じます。

その彼の軸を考えると、どうしても「貴族」というキーワードを避けては通れません。何と言っても孤高ともいうべき気品があります。もちろん例えば伊ものではバスティアニーニが、仏ものではブランが品格ある歌を持ち味にしている訳ですが、もっと他を寄せつけない、自分自身が優れた存在であるというような強い矜恃が滲み出るような、そんな気品です。これを軸に彼が得意にしたレパートリーを考えると実にスッキリまとまる気がするのです。例えばそこに藝術的な才能が備わると尊敬される詩人ヴォルフラム(R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルとブルクの歌合戦』)になりますし、その自信満々さが男性的な魅力の方面に向かえばドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)になります。そして一転こうした気品が実はこけおどしで、実は根っこのところでは幼児性を感じさせるようなワガママな人物なのだということが垣間見えれば、アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)やアイゼンシュタイン(J.シュトラウス2世『蝙蝠』)に早変わりしてしまいます。私見ではこうした多面的なキャラクターが高次に結びついた、彼の一番の当たり役こそがダニロ(レハール F.『メリー・ウィドウ』)ではないかと。パリを舞台に活躍する大使館員らしい華やかさはもちろんのこと、大人の戀物語の登場人物としてのダンディさや暑苦しくならない趣味の良さ、そしてスマートに喜劇的な面も引き出すことができる匙加減のうまさなどどれを取っても一級品です。後でご紹介するシュヴァルツコップフとの共演盤はこの作品の金字塔であり、蓋し彼を聴かずしてダニロを語ることは出来ないでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
独ものやモーツァルトで際立つことば回しの巧みさに対して、伊流の流麗なカンタービレを聴かせて欲しい演目ではどうにも固さが出てしまうのがこの人のツラいところでしょう。フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)も遺していますが独語歌唱にもかかわらずギクシャクした印象は拭えませんし、ヴェルディでも苦しそうというか合っていない感じが強くしてしまいます。何というかこういう演目では声そのものがパサついて聴こえてしまうのです(独ものではその豊かさに驚かされるのに!)。
またお得意のオペレッタでも人によっては歌よりも語りに重きを置きがちな彼の歌は好まないかもしれません。そこが持ち味でもあるのですが。

<オススメ録音♪>
・ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(レハール F.『メリー・ウィドウ』)
フォン=マタチッチ指揮/シュヴァルツコップフ、シュテフェック、ゲッダ、クナップ、エクヴィルツ共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1962年録音
>録音されて半世紀経ちますが、未だに本作最高の名盤ではないでしょうか。登場のアリアから彼らしい自由な歌いぶりなのですが、それがダニロというキャラクターの伸びやかな個性を実に見事に表現しているように思います。彼のオペレッタらしいかなり崩しの入る歌いぶりなのですが(例えば同じ役でもプライはきっちり楽譜通りに歌いながら人物像を滲ませていく全く別の名演)、それによって下品になってしまうことは決してなく、子どもっぽさや気の短さはあっても貴族らしい優雅な華やかさのある大人の男を描いてしまう手腕には何度聴いても脱帽させられます。科白回しも最高で、ハンナとの和解の重唱に入るまでの会話などシュヴァルツコップフ共々これ以上は考えれらません!役柄以上に魅力溢れるゲッダのカミーユやコケティッシュなシュテフェック、クナップはじめコミカルな脇の人たちも粒ぞろいです。そしてフォン=マタチッチの指揮!ちょっとエキゾチックな空気を与えているのが作品の雰囲気を盛り上げています。

・ガブリエル・フォン=アイゼンシュタイン(J.シュトラウス2世『蝙蝠』)
ダノン指揮/リー、ローテンベルガー、スティーヴンス、ロンドン、コンヤ、クンツ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年
>アイゼンシュタインを当たり役にしたヴェヒターは、ことこの役についてはたくさんの録音を遺していますが(中にはフランクをやっているものなども)、個人的にはベストではないかと!共演陣とのバランスがいいこともあってか、彼の作り上げる人物像がが最も自然に表現されているように思うのです。それにしてもよくもまあ社交界でも活躍する華やかな伊達男の雰囲気を湛えつつ、ここまでお馬鹿で人間的で子どもっぽい人物を作れるものです。リーとの時計の重唱などその喜劇役者ぶりに笑みが溢れます。舞踏会への重唱はファルケがロンドン(!)ということでこの歌の録音でも最重量級のコンビではないかと思うんですが、こちらも意外なぐらいの軽やかさで実に愉しい!(この部分についてはベリーとのライヴでの自棄っぱちテンション&最後に痺れる高音!というのも捨てがたくはありますが笑)そのほか共演のメンバーもそれぞれベストの出来ですが、極めつきなのはダノンの柔軟な指揮!クライバーにも劣らない決定的名演と思います。

・ヴォルフラム・フォン=エッシェンバッハ(R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルとブルクの歌合戦』)
サヴァリッシュ指揮/ヴィントガッセン、シリヤ、バンブリー、グラインドル、シュトルツェ、クラス、パスクーダ、ニーンシュテット共演/バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団/1962年録音
>恥ずかしながらあまり聴き込めていないヴァーグナーですが、この演奏は最初に聴いたときからその魅力に惹きこまれたもの。ヴェヒター演ずるヴォルフラムは非常に気高く、また若々しいパワーを感じさせるもので、ともするといいやつだけどちょっと智に働きすぎた四角四面な人物になってしまいそうなこの役にうっとりさせるような美しさを与えています。タンホイザーがヴェーヌスヴェルクから帰ってきて騎士達と遭遇する場面のアンサンブルで、これだけのメンバーを颯爽とリードしていく様は惚れ惚れするほどかっこいいですし、もちろん夕星の歌も愁いを帯びた、しかし優しい愛を感じさせる稀代の名唱です。しかしそれ以上に衝撃的なのは、ヴィントガッセンによるローマ語りの力演の後、これまたバンブリーのヴェーナスからの強烈な誘惑に対して発する、力強い「エリーザベト!」の一言!それまでのうねる音楽が一瞬にして鎮まり、タンホイザーが正気に返るのがわかる凄まじい瞬間です。これを聴かずしてタンホイザー語るなかれ、です。

・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ジュリーニ指揮/シュヴァルツコップフ、タッデイ、モッフォ、コッソット、I.ヴィンコ、ガッタ、エルコラーニ、カプッチッリ共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1959年録音
>ヴェルディを演じるとどうもしっくりこないヴェヒターなのですが、同じ伊語でもモーツァルトの演目になるとびっくりするような名演が飛び出してくるのはちょっと不思議なほどです。こちらでの伯爵は旧主的で身勝手な殿様ぶりが前に出てくる役ではあるのですが、仮にも『セビリャの理髪師』の伯爵と同人物ですから、脂ぎったセクハラおやじではなく品のある美男子であって欲しいところ、ここでの彼の歌はそうしたバランス感覚が抜群にいいです。なんと言いますか、ちょっと美男子なのを鼻にかけた嫌な雰囲気をしっかり出しているんですが、それでもしょうがない人だなあと思わせてしまう人懐っこさもあるのです。だからしっかり悪役なんだけれども、夫人の赦しの言葉が嘘くさくならない。こういう伯爵は、彼にしか歌えないものだと思います。

・ドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)
ジュリーニ指揮/タッデイ、シュヴァルツコップフ、サザランド、アルヴァ、シュッティ、カプッチッリ、フリック共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1959年録音
>実はこの演奏は何よりヴェヒターの題名役の声が軽く感じてしまって、長いこといいと思えなかったものなのですが、今回の記事を書くために改めて聴き直してその素晴らしさを改めて認識したもの。例えばシエピやギャウロフのようなバスや、バリトンでもブランのような深みのある声による悪魔的で強大な力を念頭に置いてしまうとなんとなくピンと来なくなってしまうのですが、もっと等身大の色事好きの貴族と思ってこの役を捉えると、彼のハイバリトンも決して軽々しい響きではなく、むしろその卓越したリズム感と言葉さばきをともなって、筋肉質で機動力のある男性的な魅力を引き出していることがよくわかります。共演陣は異種格闘技戦感はあるものの総じてレベルは高く、趣味は分かれるかなあという気はします(上のフィガロもそんな感じですが)。これはこれで楽しいので僕は好きですが。

・フォン=ファーニナル(R.シュトラウス『薔薇の騎士』)
フォン=カラヤン指揮/シュヴァルツコップフ、ルートヴィヒ、エーデルマン、シュティッヒ=ランダル、ゲッダ、ヴェリッチ、キューエン共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1956年録音
>不滅の名盤。ここまでの他のキャラクターが本物の貴族だったのに対し、こちらは爵位を金で買った成金貴族という役どころですが、だからこそ彼の歌によって理想の高さや爵位への執着といった部分がよく出ているように感じられます。必ずしも出番は多くないものの、オクタヴィアンとオックス男爵の決闘の後で怒りまくって娘を怒鳴りつけ、男爵をなじるあたりの早口でのまくし立てなどは流石の出来で、やり場のない怒りの爆発にはフォン=ファーニナルの立場なりの悲哀も感じさせます。一方で、終幕でマルシャリンと交わすほんの一言の大人の会話に父としての慈愛を覗かせたりするのはうまいものです。共演陣はその彼を脇に回してなお存在感の強い名演。フォン=カラヤンはこういう作品でこそ良さが出る人と思います。

・ヴラディスラフ2世(B.スメタナ『ダリボル』)
クリップス指揮/シューピース、リザネク、クレッペル、チェルヴェンカ、ダッラポッツァ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年
>スメタナ本人が、作曲したオペラの中で最も気に入っていたという作品の独語版。全体に演奏そのものの質は高いと思うのにカットがやたら多いのが玉に瑕で、特に後半が尻すぼみになってしまっているのが大変残念です。さておき我らがヴェヒターは、こういう思い悩む王様を演じさせると随一だなあと唸らされる出来で、原語版でこそないもののこの役柄を知る上では外せない名唱ではないかと思います。とりわけ2幕の為政者の苦悩を吐露するアリアは全霊をかけて歌っていることがひしひしと伝わってくる素晴らしい歌唱で、心ならずも厳しい決断を迫られる王の姿が目に浮かぶようです。題名役のシューピースとヒロインのリザネクがドラマティックな声で聴きごたえ満点、ヴァーグナーがお好きな方はお気に召すのではないかと思います。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十一夜/天使のピアニシモ~

それなりに書き出しまで準備している記事があるのですが、突然舞い込んだ訃報を受けて再び予定変更。
追悼記事が続かざるを得ないのは大変悲しいことです。この人は本当はもう少し時間をかけて準備したいなあと思っていた人だったのですが。。。


Lucrezia Borsia

モンセラート・カバリエ
(モンセラ・カバリエ、モンセラット・カバリエ)

(Montserrat Caballé)
1933〜2018
Soprano
Spain

20世紀後半に活躍した西国のソプラノ。
ベル・カントから始まってヴェルディからプッチーニまで伊ものを総なめにし、R.シュトラウスに至るまで広大なレパートリーを誇っていた他、かのフレディ・マーキュリーとのデュエットも知られています(むしろひょっとするとこの晩年のフレディとの曲で彼女を知っている人も少なくないのかもしれません)。まさに録音史上の巨星ともいうべき存在と言えるでしょう。

信じられないことですがそんな彼女もキャリアの初期は大きな役がもらえず大変苦労をしたと言います。更にびっくりなのがそのころのレパートリーのメインはあくまで独墺系のもので、生涯ベル・カントものに行くつもりはなかったのだとか。そこに突然『ルクレツィア・ボルジア』(G.ドニゼッティ)の題名役の代役の話が舞い込み、公演は大成功、一晩にして彼女は大スターの座に就いたというのですから人生はわからないものです。

夫のベルナベ・マルティもまたオペラ歌手であり、高音に強い素晴らしいテノールでしたが、「家に2人歌手はいらない」という理由で引退したのだとか(ただ実際には健康上の理由のようです)。カバリエ曰く、「ピンケルトンに結婚してもらえた蝶々夫人は私だけだと思う」。
一方で2人の娘の1人モンセラート・ベルティもまたオペラ歌手になっています。何につけてもエピソードに事欠かない人ということは言えそうですね^^;

とはいうものの恥ずかしながら自分は少なからずカバリエの音源には接していながら、そのあまりにも広大な業績を前に彼女の持ち味や藝を掴みかねている感があり、これまでここでのご紹介が叶わずにいた人です。未だに私が聴くことができているのは伊もののごく一部に過ぎないのですが、これを機に改めて聴き直したところから少しでも彼女を偲ぶことができればと思います。

<ここがすごい!>
「モンセラート・カバリエ 」の一番の魅力を挙げよと言われれば、私ならば「繊細な弱音」と答えると思います。と言いますのも、繰り返しますが彼女の広大なレパートリーは追い切れていないものの、知るかぎりいずれの音源でも彼女が一番勝負をかけているのが、細くても強く切れない、まさに絹糸のような弱音だからです。そして強力だからこそその弱音を操って繊細な表現をすることができる。その技術にかけては未だにカバリエを超える人は出ていないでしょう。決めどころというべき場面で彼女が聴かせる細く美しい高音は非常に耽美的で、その瞬間に時間が止まってしまったのではないかという錯覚に陥るほど。そしてそれをベル・カントでもヴェルディでもプッチーニでも成し遂げてしまうところに彼女の凄まじさの一端はあるように思います。

彼女のキャリアを切り拓いたのがドニゼッティということもあり、また彼女のレパートリーでそれらが重要な位置を占めてもいますから、ベル・カントこそがカバリエの真髄というご意見は十分理解できます。ただ一方で、ロッシーニ・ルネッサンス以降登場してきた歌手たちと較べると転がしの技術にはまだ遜色があるのもまた確かではないでしょうか。それでもなお彼女のベル・カントの魅力を不朽のものとしているのは、彼女の藝術的センスにこそにあるように私には思われるのです。カバリエの甘みのある豊かな響きの声は単に美しいというだけのものではなく、芯の通った力強さをも兼ね備えており、だからこそ彼女はジョコンダ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)やアイーダ(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)、R.シュトラウスの諸役といったドラマティックなレパートリーでも名声を得ることができたのだろうなと(恥ずかしながらシュトラウスは未聴なのですが)感じます。普通はこうした役を歌う人が同時にベル・カントなど歌えるものではありません。そうした強さのある声をしなやかに使って繊細に表現するセンスが、カバリエを偉大な歌手たらしめているように思うのです。

<ここは微妙かも(^^;>
上述のとおり今飛ぶ鳥を落とす勢いでロッシーニやドニゼッティを歌っている人たちのメカニックな歌唱を愛する人にとっては、コロラテューラの精度はもう一声と思われるところが少なくないかと思います。その分弱音のコントロールでたくさんの美しい瞬間を作っているのが彼女の持ち味ではあるのですが、それが音楽の流れを止めてしまっているという批判もまたありうるのかなとは思います。
私自身がそうでしたが、あまりにも様々な役を歌っているので返ってその魅力が伝わりづらくなってしまっているところは残念ながらあるかもしれません(私は今回記事を書くために色々と聴き直して大変反省したクチです。。。)

<オススメ録音♪>
・ルクレツィア・ボルジア(G.ドニゼッティ『ルクレツィア・ボルジア』)
ペルレア指揮/クラウス、フラジェッロ、ヴァーレット、エル=ハーゲ共演/RCAイタリアオペラ管弦楽団&合唱団/1966年録音
>カバリエを一躍有名にした名刺がわりの役のスタジオ録音で、十八番をこうして良い音で楽しむことができるのは嬉しいかぎりです。この音盤全体にかなりハイレベルなのですが、登場アリアの第一声からお得意のppの高音を繊細に響かせていて、ここでの主役は紛れもなく彼女であることを感じさせます。最後のカバレッタは作曲者のドニゼッティ自身があまり望まなかった改訂でつけられたものだそうですが、ここでの歌唱は迫真のものでこの演奏の白眉といって良いでしょう。彼女にしては珍しく声を荒げたり走っている部分もありますがそういった部分がむしろ大きくプラスに働いていると思います。気品溢れる背筋の通った歌唱を披露するクラウス、味のあるバスを広い音域で響かせるフラジェッロなど共演も端役にいたるまでお見事。

・イモージェネ(V.ベッリーニ『海賊』)
ガヴァッツェーニ指揮/ベルティ、カプッチッリ、R.ライモンディ共演/ローマRAI管弦楽団&合唱団/1971年録音
>夫のマルティとはいくつか共演盤があるようですが、全曲のスタジオ録音はこれだけのようです。いまのベル・カントの水準ではカバリエもベルティもカプッチッリもコロラテューラの技巧ではたどたどしいのですが、声に圧倒的な魅力があって全く不満を感じさせません。とりわけカバリエの声の濃密な美しさは際立っており、彼女の魅力を楽しむ上での代表的音盤の一つと言って差し支えないと思います。マルティはやや締まるような癖もあるので好き嫌いは出るように思うのですが、明るく華々しい歌いっぷりは天晴れで、録音が少ないことが心底惜しまれます。カプ様はアリアもありますがむしろアンサンブルでいい味を出しています。3人が絡むいくつかのアンサンブルは伊もの好きにはたまらないものでしょう。チョイ役のライモンディも美味しいです^^

・マルゲリータ(A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
ルーデル指揮/トレイグル、ドミンゴ、アレン共演/LSO&アンブロジアンオペラ合唱団/1973年録音
>カバリエにはこの他にエレーナを歌ったデ=ファブリツィース盤(ギャウロフ、パヴァロッティ、フレーニ共演!)もあり、そちらの方が有名かと思うのですが、個人的にはマルゲリータの方が彼女の持ち味が引き立つように思います。聴きどころは何と言っても昇天の場面のアリアで、ppで高音を濃やかに表情づけするテクニックは正に至藝というべきもの。時間を忘れて聴き入ってしまいます。早逝したため録音の少ないトレイグルはお得意の悪魔役だけに悪くない歌唱ですがちょっと大仰すぎる気もしなくもなし、ドミンゴも立派ですがこの役には声の厚みがありすぎるきらいもなくもなし、ですがまあいずれも贅沢な悩みでしょう。若いころのアレンが何故か通常テノールが歌うヴァグネルを歌っているので面食らいますが、歌は悪くないです。

・マティルド(G.ロッシーニ『ギョーム・テル(ウィリアム・テル)』)
ガルデッリ指揮/バキエ、ゲッダ、コヴァーチ、メスプレ、ハウウェル、ビュルル共演/ロイヤルフィル管弦楽団&アンブロジアンオペラ合唱団/1973年録音
>この作品の仏語版の代表的な録音です。ロッシーニの作品ですから曲芸的なコロラテューラもありながら全体的には重厚な大作ということもあって厄介な役だとは思うのですが、彼女のしなやかで馬力のある声と細かい動きでのフットワークの軽さがうまくはまっています。全く性格が違う2つのアリアがあって大変だと思うのですが、最初のものは彼女お得意のガラス細工のような柔軟で凛とした弱音で美しく仕上げていますし、2つ目のドラマティックな歌もパワフルで満足感があります。あまり共演はないように思うのですがこういうところゲッダと相性がいいようで、2幕の重唱はじめアンサンブルの完成度が高いです。物語の軸として堂々と構えるバキエも魅力的ですし、沢山いる共演陣も欠けがありません。

・ジョコンダ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
ロペス=コボス指揮/カレーラス、マヌグエッラ、ナーヴェ、ジャイオッティ、ペイン共演/スイス・ロマンド管弦楽団&ジェノヴァ大歌劇場合唱団/1979年録音
>スタジオ録音で豪華なメンバーと共演した名盤もあり、そこでのカバリエの歌唱はより精緻なもので魅力的なのですが、全体の出来では個人的にはこちらのライヴ盤を推したいです。よりスケールが大きく熱の籠った堂々たる歌で、こういうものを聴けば彼女をドラマティックなソプラノと判断する方がいらっしゃるのもよくわかりますし、R.シュトラウスなどを歌っていたのも頷けます。ところどころ不安定なところもあるのですが、そこもむしろこの役のリアリティに一役も二役も買っているのです、特に素晴らしいのは2幕の重唱と終幕で、私自身は低音趣味なこともあっていずれもそれまであまり熱心に聴いていなかった場面なんですが、そこでのあまりにも鬼気迫る歌唱に仰天し、一気に気に入ってしまったほど(笑)ここでは共演しているカレーラス、ナーヴェ、そしてマヌグエッラも凄まじい形相が伝わってくるような歌で、この作品の他の録音と較べても随一の完成度ではないかと思います。ジャイオッティの貫禄の歌いぶりやペインの深みのある美声、そしてロペス=コボスの力感溢れる指揮、いずれも欠けない完成度の高い演奏です。

・アマーリア(G.F.F.ヴェルディ『群盗』)
ガルデッリ指揮/ベルゴンツィ、カプッチッリ、R.ライモンディ、マッツィエッリ共演/ニュー・フィルハーモニー管弦楽団 & アンブロジアン・オペラ合唱団/1974年録音
>カバリエはガルデッリのヴェルディ初期オペラの録音シリーズに結構参加していますが、自分の知る限りこれが一番はまっているように思います。あまり演奏されない一方でやるとなるとかなりのレベルの歌手が揃わないと面白くないという超厄介な作品で、とりわけ技巧面でアマーリアは相当大変なのですが、ここでの彼女は貫禄の演唱。ちょっとこれを超えるのは難しいかもなどと思ってしまうぐらいです。2幕の冒頭のアリアはいつもの美しい高音はもちろん転がしもバッチリで、秘曲を思う存分楽しむことができます。共演ではこういう屈折した役をやらせたら抜群にうまいカプッチッリが秀逸でゾクゾクするような力演。ベルゴンツィ、ライモンディも充実しており、この作品を知るにはまず薦められる音源です。

・レオノーラ・ディ=ヴァルガス(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
パタネ指揮/カレーラス、カプッチッリ、ギャウロフ、ナーヴェ、ブルスカンティーニ、デ=パルマ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>これもまた無敵艦隊的なライヴですね^^彼女の声の芯の強さが、役柄の直情的なキャラクターに合致しているように思います。それに彼女ぐらい美声だと、このヒロインに聖性がぐんと引き立つように思われるのです。特に2幕後半のアリアから修道院長にいざなわれて修行に入って行く場面の美しさは、この演目の理想的な演奏といっていいのではないでしょうか。懐が深く堂々たる歌をうたうギャウロフと、清澄な声で純真な美しさを体現しているカバリエとのアンサンブルは荘厳な雰囲気をたたえています。カレーラスやカプッチッリといった残る共演陣も極めて優れたパフォーマンス。

・アイーダ(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
ムーティ指揮/コッソット、ドミンゴ、カプッチッリ、ギャウロフ、ローニ、マルティヌッチ共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1974年録音
>これも既に何度も取り上げている超名盤ですね。レオノーラもそうなんですがカバリエの声は通常この役でイメージされる声質よりもかなりリリックだとは思うのですが、充実した芯のある響きで不足を感じさせないユニークな演唱となっています。やはり天国的なppを聴かせる場面での余韻が大きな魅力となっており、とりわけ魅力的なのは3幕でしょう。ムーティの指揮は若々しいですし、共演もご覧の通り強力。何度聴いても誰が登場しても「うまいなあ」と唸らされます。

・リュー(G.プッチーニ『トゥーランドット』)
メータ指揮/サザランド、パヴァロッティ、ギャウロフ、ピアーズ共演/LPO&ジョン・オールディス合唱団/1972年録音
>プッチーニがお好きな方からすると異色の演奏ということになるのでしょうが、私にとってはお気に入りの『トゥーランドット』です。豪華絢爛きらびやかな音楽ですが、サザランド、パヴァロッティともこの役を演じるには軽い声のメンバーで清新な印象に仕上げています(彼らもまた重さではなく声の充実度で十分な聴きごたえ)。プッチーニですからカバリエもまた重厚ドラマティック路線で歌っていてもおかしくはないわけですが、この中で弱音を駆使したユニークで可憐なリューを作り上げ、他の主役陣と見事にバランスを取っています。特にカラフを説得する最初のアリアは絶品。重厚なギャウロフとの対比もよく、死の場面からティムールの嘆きはこの演奏の中でも印象に残るところです。
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開幕6周年!

1日過ぎちゃいましたが、昨日9/26でこちらを立ち上げて6年目になりました。

身の回りのことがいろいろと変わり、やっていることもいろいろと変わり、好みもいろいろと変わりで、ここを始めたころからは想像もできないぐらい書いていることも変化しているように思ったりもしています。

メインの記事の1つである“オペラな人♪千夜一夜”も、筆が鈍りつつもどうにか110回を迎えましたが、初期の記事は改めて手を入れたくもなっています……まあこれから全部書き直すのは現実的じゃありませんが^^;
1本書くのにどうしても時間がかかるので次はいつになるやらですけれども、次回からは新たな特集を組む予定ですのでお楽しみに。

折り紙は折り紙でなかなか新作が作れず、こちらも滞っています。アイディアはたくさんあるのですが。。。
まあこちらも焦っても仕方がないのでゆっくり作っていきたいなと考えてはいます。

更新が減って場末感が更に増していますが、気が向いたらまたどうぞ覗いてくださいませ。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十夜/優雅さと可笑しみのはざま~

今回は切り番回なので通常ならば楽器紹介というところなのですが、この4月に愛すべき仏国の名歌手が亡くなったということを知り、だいぶ時間は経ってしまっているのですが予定を変更して追悼記事を。

Senechal02.jpg
Platée

ミシェル・セネシャル
(Michel Sénéchal)
1927〜2018
Tenor
France

いわゆる超有名歌手ではないものの、「名前だけは見たことがある!」という方は少なくないのではないでしょうか。
本当に幅の広いレパートリーと藝歴を持っていた人で、若い頃には仏ものを中心とした軽い演目で主役として活躍し、キャリアの中盤から後半には味わい深い脇役として数々の録音に登場しています。よくよく見るとあの録音にも、この録音にも……という具合に彼の名前を見つけることができるでしょう。フォン=カラヤン、ショルティ、プラッソン、ミンコフスキ、小澤など多くの指揮者の名盤と呼ばれる録音で、その得難い持ち味を発揮しています。

その中でもどちらかといえばコミカルな脇役での仕事が手に入れやすいように思います。以前ご紹介したデ=パルマのように伊ものの小さな役での録音は枚挙にいとまがありませんし、モーツァルトやチャイコフスキーも歌っています。そしてなんといっても彼のレパートリーの中核をなすといってもいいオッフェンバックの作品の数々!70歳を超えてからのユーモラスで憎めない、かわいらしくて楽しいおじいちゃんっぷりが映像に残されていることは、仏ものを愛する人たちにとってかけがえのない財産だといって良いでしょう。

名優を偲び、彼の多面的な歌の魅力を語っていきたいと思います。

<ここがすごい!>
私見ですが伊ものを聴いていると歌手たちの声にメタリックな輝きを感じ、独ものを得意とする人たちの声には硬質な芯を思うことが多いです。では仏ものを得意とする人たちはというと、もちろん上記とかぶる印象の声の人もいますが軽みのある、やわらかな明るさを魅力とする人が多いようです。洗練された洒脱な優雅さは時に歌っている内容の俗悪さを覆い隠し、耳に心地よくさえ響かせてしまう……今日のセネシャルもそんな魅力を持っている人でしょう。
数々のコミック・リリーフを受け持っていることからキャラクター・テノールを中心に活動していたと思われている向きも多いのでしょうが、この人の神髄はその声の魅力に加えて卓越した言葉のセンスと上品な歌い回しを備えているこそあると思います。一般のイメージから最も離れていそうな役どころでいけば『ミレイユ』(C.F.グノー)のヴァンサンでの優美な歌い口は特筆すべきもので、仏ものを得意としたテノールと比べてもその繊細な表現は抜きん出ています。

そしてそこに更に様々な登場人物の個性を乗せることができるからこそ、あれだけ長い間多くの指揮者からオファーがあったのではないかと。例えばオリー伯爵(G.ロッシーニ『オリー伯爵』)は現代のロッシーニ歌唱に親しんだ耳から判断すると単に技巧的でない印象を持ってしまうかもしれませんが、何と言ってもその声はおちゃらけた人物であっても気品のある貴族性をまとったものですし、テンポよりほんのわずかに引きずった歌とまったりとした口跡ではマイペースで鷹揚な人物像が大変見事に表現されています。そしてこれができるからこそのオッフェンバックやコミック・リリーフの諸役での活躍なのです。フランツ(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)は幸いなことに音源でも映像でも残っていますがいずれもこの役の決定的名演ですし、トリケ(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)に至ってはうますぎるんじゃないかというぐらいです(笑)。
こうしたうまさ、器用さはバスタンやベルビエ、お国は違えどプルージュニコフにも通ずるところがあります。特にプルージュニコフとはその声区やレパートリーの遷移の点でも類似が多いように思います。

私見ではそんな彼の美質が最もよく表れているのが、ジョルジュ・ブラウン(F.A.ボワエルデュー『白衣の夫人』)と蘇演において重要な役割を果たしたプラテー(J.P.ラモー『プラテー』)です。いずれも作品全体を牽引する主役であり、まさにセネシャルを楽しむためのものと言えるでしょう。格調高くロマンチックなジョルジュではタイプの異なるアリアが3つもありますから彼の歌のさまざまな持ち味を知ることができますし、プラテーでは柔らかで繊細なファルセットの中性的で不思議な響きに魅了されます。特にプラテーは、あらすじとしては数あるオペラの中でも最も悪趣味なものの一つではないかと思うのですが、そういったものを飛び越えた作品の魅力を感じさせる超名演です。

<ここは微妙かも(^^;>
オリー伯爵のところでも少し触れましたが、ロッシーニやベルカントの復興がなされるよりはかなり前の世代の歌手ではあるので、息を呑むような超絶技巧はありません。なので『白衣の夫人』のジョルジュなど例えばロックウェル・ブレイクの技巧的な歌で親しんでいる方には物足りなく思われるところはあると思います。
彼のその他の長所に、そのマイナス以上の魅力を感じることができるかでしょうね。

<オススメ録音♪>
・プラテー(J.P.ラモー『プラテー』)
ロシュバウト指揮/ゲッダ、ミショー、ジャンセン、ブノワ、カステッリ、ユク=サンタナ、ソートロー共演/コンセルヴァトワール交響ソシエテ管弦楽団&エクサン・プロヴァンス祝祭合唱団/1956年録音
>復活に関わったセネシャルを主役に据えた、本作の演奏史でも重要な録音です。ゲッダ、ミショー、ジャンセン、ブノワと仏ものが好きな人にはたまらない豪華メンバーを脇に回し、我らがセネシャルが圧倒的な活躍で印象に残ります。この作品では醜悪な沼の女王プラテーをテノールが女装して歌うという指定がされているのですが、上述の通り彼の歌声の響きがとても中性的で、聴いていて不思議な気分になります。確かに彼はそもそも洋菓子のように軽やかで繊細な声と歌を売りにしている人ではあるのですが、他の録音と比較するとここでは明らかに「女性」の役であることを意識した声と表現になっていますし、しかもそこから不自然さを微塵も感じさせないというとんでもない芸当を成し遂げています。言葉さばきも抜群で、カエルの鳴き声と仏語を引っ掛けた部分もとてもコミカル且つ美しく聴こえます。正直なところ古楽は得意ではないのですが、これはとても愉しんで聴くことができました^^

・ジョルジュ・ブラウン(F.A.ボワエルデュー『白衣の夫人』)
ストル指揮/ローヴェイ、レグロ、ベルビエ共演/パリ管弦楽団&合唱団/1962年録音
>こちらも超名盤です。ゲッダの力強く瑞々しい歌唱やブレイクのハイパー超絶技巧も捨てがたいのですが、個人的にはここでのセネシャルの歌唱が一番好きです。殆ど出ずっぱりで歌い続けなくてはならない大変な役ですが、明るい美声と1音1音を愉しんでいるかのような優雅な歌いっぷりでこともなげに、自然に歌ってしまっています。彼より立派に歌うことができる人はたくさんいるのでしょうが、彼より趣味良く歌うことができる人はいないでしょう……。共演も優れていますし、こんなにいい録音が埋もれているなんてもったいない!と思います。

・オリー伯爵(G.ロッシーニ 『オリー伯爵』)
グイ指揮/バラバーシュ、カンネ=マイヤー、アリエ、マッサール、シンクレア共演/トリノRAI交響楽団&合唱団/1957年録音
>これも彼が得意とした役どころで3種類ほど録音が残っているようです。僕が聴いたことがあるのはそのうち2つですが、比較的音が良く聴きやすいこちらを。何と言ってもセネシャルの陽気なキャラクターが、このおバカ貴族に実にぴったりなのです!品のいい貴族なんだけどイロゴト好きの本当にどうしようもないヤツを、嫌味にならず憎めない風情で聴かせる絶妙な手腕には脱帽します。こういうところがのちの名脇役としての活躍に繋がるんだろうなあ、と感心することひとしお。マッサールとのろくでなし主従コンビはとても息があっていて楽しいですし、アリエの風格ある家庭教師もGood!女性陣は全体にもう少しというところなのですが、シンクレアがどっしりとした声でコミカルに演じるラゴンドは絶品!

・フランツ(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
小澤指揮/ドミンゴ、グルベロヴァー、エーダー、シュミット、バキエ、モリス、ディアス、ルートヴィヒ、シュタム共演/仏国立管弦楽団&仏放送合唱団/1986〜1989年録音
ロペス=コボス指揮/シコフ、ランカトーレ、スウェンソン、ユリア=モンゾン、メンツァー、ターフェル、ギュビッシュ、ヴェルヌ共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/2002年録音
>知られざる彼の実力が発揮されている演奏の紹介がつい中心になってしまっている感があるのですが、そうは言っても彼の良さが最も活きるのはやはりオッフェンバックかもしれません(笑)ホフマン物語の4役というとヒロインであったり悪役であったりの陰に隠れてあまり注目されないのですが、実はキャラクターテナーが受け持つる道化が重要なのではないかと思うのです。で、こういうところでのセネシャルの良さは得難いものがあります。小澤の全曲ではこのうち2役を受け持っていますが、特にフランツのアリアは巧すぎるぐらい。いい曲ではありますがこの歌を思わず聴き入ってしまうというのは珍しいかもしれませんwそれから10年以上あとのパフォーマンスが映像に残っているのがまた嬉しい!流石に往年の絹のような輝きのある美声は衰えてはいるのですが、存在感は圧倒的です。このDVDは『ホフマン物語』の映像の中でも音楽面でも視覚面でも群を抜いて素晴らしいと思っているのですが、その中でも際立って印象に残ります。全体に仄暗いアントニアの幕での可愛らしいおじいちゃんぶりには癒されます^^

・メネラオス(J.オッフェンバック『美しきエレーヌ』)
ミンコフスキ指揮/ロット、ブロン、ナウリ、ル=ルー、M.A.トドロヴィッチ、ウシェ、ガブリエル、アルヴァロ共演/ルーヴル宮音楽隊&合唱団/2000年録音
>可愛らしいおじいちゃんぶりが際立っているといえばこちらの映像も忘れるわけにはいきません!この作品、伊歌劇と希神話をこれでもか!というぐらいおちょくっていて、ちょっとおバカな人物にされてしまっているメネラオスなんですが、これがまあ気持ちいいぐらいハマっています!仏ものなのでこういう区分を当てはめるのは必ずしも適切ではないのは承知の上なのですが、地位のある老年の人物が体よく小馬鹿にされるというところで行くと、まさにコメディアデラルテのドットーレを地で行っているような感じで、しかもそれが不快にならない!小回りの効くブロンやナウリ、ル=ルーに対してのそのそうろうろしているところなど、ギャップが効いていて最高です!

・オルフェ(J.オッフェンバック『地獄のオルフェ』)
プラッソン指揮/メスプレ、トランポン、ロード、ビュルル、ベルビエ、コマン、ラフォン、マラブレラ共演/トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団&合唱団/1978年録音
>こちらはうんと若いときのもので優男ですが、まあ役柄もあってかなり笑えるヤサグレっぷりで笑わせてもらえますwユリディースが死んじゃって自由だとかのたまっちゃうとこなんて最高ですし(ここはまたこの後のロードの押し出しのいい歌いっぷりが楽しい!)、わざとっぽいユーリディースとの重唱にもニヤリとさせられます。歌もさることながら地の科白の多い演目でもあるので、ことばの巧みさにも改めて感心させられます。役柄の多い演目でテノールもたくさんいますが、主役として存在感を発揮していて流石の一言(ビュルルのトリッキーなアリステ&プリュトンもめちゃくちゃ楽しいんですけどねw)。名手を揃えているものの全体には凸凹のある演奏だったりはするんですが、セネシャルについてはブロンと共にこの役のベストと思います。

・ヴァンサン(C.F.グノー『ミレイユ』)
エチェヴリー指揮/ドーリア、マッサール、ミシェル、レグロ共演/パリ交響楽団&合唱団/1962年録音
>こういう大真面目な役でも一級品の歌唱を残しているんだぞ!というのがこちら。グノーのメロディ・メーカーっぷりがとてもよく出ている作品ですが、派手に歌い上げるのではなくあくまで繊細に上品に仕上げて欲しいという辺りが難しいところだと思っていて、こともなげにそれをこなしてしまうセネシャルのセンスの良さには脱帽させられます。終幕のアリアの美しさなどほとんど神々しいほど。共演の人たちの歌がまた洗練されたもので仏もの好きにはたまりません!

・ニシアス(J.E.F.マスネー『タイス』)
エチェヴリー指揮/ドーリア、マッサール、セルコヤン共演/パリ国立音楽院管弦楽団&合唱団/1961年録音
>逆に大真面目な演目の中で物凄い享楽性を表現しているのがこちら。それなりに重要な役のわりに歌う場面も少なくてアリアの1つもないので、結構な大物がやってもあんまり印象に残んなかったりするんだけれども、ここでの彼の虚無的な明るさはかなり強烈。不器用な修道士とも聖女になってしまう踊り子とも違う、アレクサンドリアの普通の人(でも客観的には異常な躁状態)を、これもまたごく自然に創り上げており圧巻です。

・トリケ(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
ショルティ指揮/ヴァイクル、クビアク、バロウズ、ギャウロフ、ハマリ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1974年録音
>最後2つは仏ものではないものを。知るかぎりでは露もので歌っているのは流石にこの役ぐらいなんですが、まあこういうちょっとしたコミック・リリーフをやらせたらうまいことうまいこと……クープレしか出番がないものの、この歌が結構長いので正直なところ退屈することも少なくはないのですが、弱音を巧みに使った繊細な歌唱で思わずうっとりさせられてしまったり(役としては近所のちょっと変な外国人というところなのでここまで純粋に聴けてしまうのもどうなんだろうというところではあるのですがw)。彼の手広さを知ることができる音盤ですね^^

・ペドリロ(W.A.モーツァルト『後宮からの逃走』)
ロシュバウト指揮/ゲッダ、シュティッヒ=ランダル、アリエ、プリエット共演/パリ音楽院管弦楽団&エリザベス・ブラッサー合唱団/1954年録音
>独ものでもモーツァルトはいくつかレパートリーがあります(今回は音盤紹介をしていませんが、ヴェルディやプッチーニなどの伊ものもたくさん残しています)。プラテーでもそうでしたが、同じようにやわらかで上品な藝風ではあるもののはっきりと声の性格の違いが出るのでゲッダとは共演が多いですね^^この演奏でもヒーローのゲッダに対してフットワークの軽い従者を演じていて良いコントラスト。今回ご紹介するものの中でも最も若いころの演奏だということもあってこけおどしっぽいアリアなどは思わずクスリとさせられてしまう可愛らしさがあります。バッカスの重唱などはアリエとバッチリ息が合っていて聴いているだけでも笑みがこぼれるほど。シュティッヒ=ランダルとプリエットの主従も理想的ですし、ロシュバウトの指揮も格調高く隠れ名盤だと思っています。
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蕈三題

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蕈三題
Three kinds of Mushrooms

ひょんなことから今年、科博筑波植物園で開催されるきのこ展に折り紙を出すことになりました。

いずれも旧作の焼き直しです。
本当は完全新作を用意したいとも思っていたのですが、思いの外忙しかったことに加えて「これを入れて欲しい」というご要望の3点を作ったところでバランスがとてもよかったので、この3つに絞ることに。

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ベニテングタケ。
いわゆる“妖精の輪”のイメージ。

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キヌガサタケ。
竹林に生えることもあるということで、こういう背景に。

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ヤグラタケ。
キヌガサタケもそうですが、全く別の性格の紙を張り合わせて正方形を作って追っています。
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