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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十夜/優雅さと可笑しみのはざま~

今回は切り番回なので通常ならば楽器紹介というところなのですが、この4月に愛すべき仏国の名歌手が亡くなったということを知り、だいぶ時間は経ってしまっているのですが予定を変更して追悼記事を。

Senechal02.jpg
Platée

ミシェル・セネシャル
(Michel Sénéchal)
1927〜2018
Tenor
France

いわゆる超有名歌手ではないものの、「名前だけは見たことがある!」という方は少なくないのではないでしょうか。
本当に幅の広いレパートリーと藝歴を持っていた人で、若い頃には仏ものを中心とした軽い演目で主役として活躍し、キャリアの中盤から後半には味わい深い脇役として数々の録音に登場しています。よくよく見るとあの録音にも、この録音にも……という具合に彼の名前を見つけることができるでしょう。フォン=カラヤン、ショルティ、プラッソン、ミンコフスキ、小澤など多くの指揮者の名盤と呼ばれる録音で、その得難い持ち味を発揮しています。

その中でもどちらかといえばコミカルな脇役での仕事が手に入れやすいように思います。以前ご紹介したデ=パルマのように伊ものの小さな役での録音は枚挙にいとまがありませんし、モーツァルトやチャイコフスキーも歌っています。そしてなんといっても彼のレパートリーの中核をなすといってもいいオッフェンバックの作品の数々!70歳を超えてからのユーモラスで憎めない、かわいらしくて楽しいおじいちゃんっぷりが映像に残されていることは、仏ものを愛する人たちにとってかけがえのない財産だといって良いでしょう。

名優を偲び、彼の多面的な歌の魅力を語っていきたいと思います。

<ここがすごい!>
私見ですが伊ものを聴いていると歌手たちの声にメタリックな輝きを感じ、独ものを得意とする人たちの声には硬質な芯を思うことが多いです。では仏ものを得意とする人たちはというと、もちろん上記とかぶる印象の声の人もいますが軽みのある、やわらかな明るさを魅力とする人が多いようです。洗練された洒脱な優雅さは時に歌っている内容の俗悪さを覆い隠し、耳に心地よくさえ響かせてしまう……今日のセネシャルもそんな魅力を持っている人でしょう。
数々のコミック・リリーフを受け持っていることからキャラクター・テノールを中心に活動していたと思われている向きも多いのでしょうが、この人の神髄はその声の魅力に加えて卓越した言葉のセンスと上品な歌い回しを備えているこそあると思います。一般のイメージから最も離れていそうな役どころでいけば『ミレイユ』(C.F.グノー)のヴァンサンでの優美な歌い口は特筆すべきもので、仏ものを得意としたテノールと比べてもその繊細な表現は抜きん出ています。

そしてそこに更に様々な登場人物の個性を乗せることができるからこそ、あれだけ長い間多くの指揮者からオファーがあったのではないかと。例えばオリー伯爵(G.ロッシーニ『オリー伯爵』)は現代のロッシーニ歌唱に親しんだ耳から判断すると単に技巧的でない印象を持ってしまうかもしれませんが、何と言ってもその声はおちゃらけた人物であっても気品のある貴族性をまとったものですし、テンポよりほんのわずかに引きずった歌とまったりとした口跡ではマイペースで鷹揚な人物像が大変見事に表現されています。そしてこれができるからこそのオッフェンバックやコミック・リリーフの諸役での活躍なのです。フランツ(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)は幸いなことに音源でも映像でも残っていますがいずれもこの役の決定的名演ですし、トリケ(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)に至ってはうますぎるんじゃないかというぐらいです(笑)。
こうしたうまさ、器用さはバスタンやベルビエ、お国は違えどプルージュニコフにも通ずるところがあります。特にプルージュニコフとはその声区やレパートリーの遷移の点でも類似が多いように思います。

私見ではそんな彼の美質が最もよく表れているのが、ジョルジュ・ブラウン(F.A.ボワエルデュー『白衣の夫人』)と蘇演において重要な役割を果たしたプラテー(J.P.ラモー『プラテー』)です。いずれも作品全体を牽引する主役であり、まさにセネシャルを楽しむためのものと言えるでしょう。格調高くロマンチックなジョルジュではタイプの異なるアリアが3つもありますから彼の歌のさまざまな持ち味を知ることができますし、プラテーでは柔らかで繊細なファルセットの中性的で不思議な響きに魅了されます。特にプラテーは、あらすじとしては数あるオペラの中でも最も悪趣味なものの一つではないかと思うのですが、そういったものを飛び越えた作品の魅力を感じさせる超名演です。

<ここは微妙かも(^^;>
オリー伯爵のところでも少し触れましたが、ロッシーニやベルカントの復興がなされるよりはかなり前の世代の歌手ではあるので、息を呑むような超絶技巧はありません。なので『白衣の夫人』のジョルジュなど例えばロックウェル・ブレイクの技巧的な歌で親しんでいる方には物足りなく思われるところはあると思います。
彼のその他の長所に、そのマイナス以上の魅力を感じることができるかでしょうね。

<オススメ録音♪>
・プラテー(J.P.ラモー『プラテー』)
ロシュバウト指揮/ゲッダ、ミショー、ジャンセン、ブノワ、カステッリ、ユク=サンタナ、ソートロー共演/コンセルヴァトワール交響ソシエテ管弦楽団&エクサン・プロヴァンス祝祭合唱団/1956年録音
>復活に関わったセネシャルを主役に据えた、本作の演奏史でも重要な録音です。ゲッダ、ミショー、ジャンセン、ブノワと仏ものが好きな人にはたまらない豪華メンバーを脇に回し、我らがセネシャルが圧倒的な活躍で印象に残ります。この作品では醜悪な沼の女王プラテーをテノールが女装して歌うという指定がされているのですが、上述の通り彼の歌声の響きがとても中性的で、聴いていて不思議な気分になります。確かに彼はそもそも洋菓子のように軽やかで繊細な声と歌を売りにしている人ではあるのですが、他の録音と比較するとここでは明らかに「女性」の役であることを意識した声と表現になっていますし、しかもそこから不自然さを微塵も感じさせないというとんでもない芸当を成し遂げています。言葉さばきも抜群で、カエルの鳴き声と仏語を引っ掛けた部分もとてもコミカル且つ美しく聴こえます。正直なところ古楽は得意ではないのですが、これはとても愉しんで聴くことができました^^

・ジョルジュ・ブラウン(F.A.ボワエルデュー『白衣の夫人』)
ストル指揮/ローヴェイ、レグロ、ベルビエ共演/パリ管弦楽団&合唱団/1962年録音
>こちらも超名盤です。ゲッダの力強く瑞々しい歌唱やブレイクのハイパー超絶技巧も捨てがたいのですが、個人的にはここでのセネシャルの歌唱が一番好きです。殆ど出ずっぱりで歌い続けなくてはならない大変な役ですが、明るい美声と1音1音を愉しんでいるかのような優雅な歌いっぷりでこともなげに、自然に歌ってしまっています。彼より立派に歌うことができる人はたくさんいるのでしょうが、彼より趣味良く歌うことができる人はいないでしょう……。共演も優れていますし、こんなにいい録音が埋もれているなんてもったいない!と思います。

・オリー伯爵(G.ロッシーニ 『オリー伯爵』)
グイ指揮/バラバーシュ、カンネ=マイヤー、アリエ、マッサール、シンクレア共演/トリノRAI交響楽団&合唱団/1957年録音
>これも彼が得意とした役どころで3種類ほど録音が残っているようです。僕が聴いたことがあるのはそのうち2つですが、比較的音が良く聴きやすいこちらを。何と言ってもセネシャルの陽気なキャラクターが、このおバカ貴族に実にぴったりなのです!品のいい貴族なんだけどイロゴト好きの本当にどうしようもないヤツを、嫌味にならず憎めない風情で聴かせる絶妙な手腕には脱帽します。こういうところがのちの名脇役としての活躍に繋がるんだろうなあ、と感心することひとしお。マッサールとのろくでなし主従コンビはとても息があっていて楽しいですし、アリエの風格ある家庭教師もGood!女性陣は全体にもう少しというところなのですが、シンクレアがどっしりとした声でコミカルに演じるラゴンドは絶品!

・フランツ(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
小澤指揮/ドミンゴ、グルベロヴァー、エーダー、シュミット、バキエ、モリス、ディアス、ルートヴィヒ、シュタム共演/仏国立管弦楽団&仏放送合唱団/1986〜1989年録音
ロペス=コボス指揮/シコフ、ランカトーレ、スウェンソン、ユリア=モンゾン、メンツァー、ターフェル、ギュビッシュ、ヴェルヌ共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/2002年録音
>知られざる彼の実力が発揮されている演奏の紹介がつい中心になってしまっている感があるのですが、そうは言っても彼の良さが最も活きるのはやはりオッフェンバックかもしれません(笑)ホフマン物語の4役というとヒロインであったり悪役であったりの陰に隠れてあまり注目されないのですが、実はキャラクターテナーが受け持つる道化が重要なのではないかと思うのです。で、こういうところでのセネシャルの良さは得難いものがあります。小澤の全曲ではこのうち2役を受け持っていますが、特にフランツのアリアは巧すぎるぐらい。いい曲ではありますがこの歌を思わず聴き入ってしまうというのは珍しいかもしれませんwそれから10年以上あとのパフォーマンスが映像に残っているのがまた嬉しい!流石に往年の絹のような輝きのある美声は衰えてはいるのですが、存在感は圧倒的です。このDVDは『ホフマン物語』の映像の中でも音楽面でも視覚面でも群を抜いて素晴らしいと思っているのですが、その中でも際立って印象に残ります。全体に仄暗いアントニアの幕での可愛らしいおじいちゃんぶりには癒されます^^

・メネラオス(J.オッフェンバック『美しきエレーヌ』)
ミンコフスキ指揮/ロット、ブロン、ナウリ、ル=ルー、M.A.トドロヴィッチ、ウシェ、ガブリエル、アルヴァロ共演/ルーヴル宮音楽隊&合唱団/2000年録音
>可愛らしいおじいちゃんぶりが際立っているといえばこちらの映像も忘れるわけにはいきません!この作品、伊歌劇と希神話をこれでもか!というぐらいおちょくっていて、ちょっとおバカな人物にされてしまっているメネラオスなんですが、これがまあ気持ちいいぐらいハマっています!仏ものなのでこういう区分を当てはめるのは必ずしも適切ではないのは承知の上なのですが、地位のある老年の人物が体よく小馬鹿にされるというところで行くと、まさにコメディアデラルテのドットーレを地で行っているような感じで、しかもそれが不快にならない!小回りの効くブロンやナウリ、ル=ルーに対してのそのそうろうろしているところなど、ギャップが効いていて最高です!

・オルフェ(J.オッフェンバック『地獄のオルフェ』)
プラッソン指揮/メスプレ、トランポン、ロード、ビュルル、ベルビエ、コマン、ラフォン、マラブレラ共演/トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団&合唱団/1978年録音
>こちらはうんと若いときのもので優男ですが、まあ役柄もあってかなり笑えるヤサグレっぷりで笑わせてもらえますwユリディースが死んじゃって自由だとかのたまっちゃうとこなんて最高ですし(ここはまたこの後のロードの押し出しのいい歌いっぷりが楽しい!)、わざとっぽいユーリディースとの重唱にもニヤリとさせられます。歌もさることながら地の科白の多い演目でもあるので、ことばの巧みさにも改めて感心させられます。役柄の多い演目でテノールもたくさんいますが、主役として存在感を発揮していて流石の一言(ビュルルのトリッキーなアリステ&プリュトンもめちゃくちゃ楽しいんですけどねw)。名手を揃えているものの全体には凸凹のある演奏だったりはするんですが、セネシャルについてはブロンと共にこの役のベストと思います。

・ヴァンサン(C.F.グノー『ミレイユ』)
エチェヴリー指揮/ドーリア、マッサール、ミシェル、レグロ共演/パリ交響楽団&合唱団/1962年録音
>こういう大真面目な役でも一級品の歌唱を残しているんだぞ!というのがこちら。グノーのメロディ・メーカーっぷりがとてもよく出ている作品ですが、派手に歌い上げるのではなくあくまで繊細に上品に仕上げて欲しいという辺りが難しいところだと思っていて、こともなげにそれをこなしてしまうセネシャルのセンスの良さには脱帽させられます。終幕のアリアの美しさなどほとんど神々しいほど。共演の人たちの歌がまた洗練されたもので仏もの好きにはたまりません!

・ニシアス(J.E.F.マスネー『タイス』)
エチェヴリー指揮/ドーリア、マッサール、セルコヤン共演/パリ国立音楽院管弦楽団&合唱団/1961年録音
>逆に大真面目な演目の中で物凄い享楽性を表現しているのがこちら。それなりに重要な役のわりに歌う場面も少なくてアリアの1つもないので、結構な大物がやってもあんまり印象に残んなかったりするんだけれども、ここでの彼の虚無的な明るさはかなり強烈。不器用な修道士とも聖女になってしまう踊り子とも違う、アレクサンドリアの普通の人(でも客観的には異常な躁状態)を、これもまたごく自然に創り上げており圧巻です。

・トリケ(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
ショルティ指揮/ヴァイクル、クビアク、バロウズ、ギャウロフ、ハマリ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1974年録音
>最後2つは仏ものではないものを。知るかぎりでは露もので歌っているのは流石にこの役ぐらいなんですが、まあこういうちょっとしたコミック・リリーフをやらせたらうまいことうまいこと……クープレしか出番がないものの、この歌が結構長いので正直なところ退屈することも少なくはないのですが、弱音を巧みに使った繊細な歌唱で思わずうっとりさせられてしまったり(役としては近所のちょっと変な外国人というところなのでここまで純粋に聴けてしまうのもどうなんだろうというところではあるのですがw)。彼の手広さを知ることができる音盤ですね^^

・ペドリロ(W.A.モーツァルト『後宮からの逃走』)
ロシュバウト指揮/ゲッダ、シュティッヒ=ランダル、アリエ、プリエット共演/パリ音楽院管弦楽団&エリザベス・ブラッサー合唱団/1954年録音
>独ものでもモーツァルトはいくつかレパートリーがあります(今回は音盤紹介をしていませんが、ヴェルディやプッチーニなどの伊ものもたくさん残しています)。プラテーでもそうでしたが、同じようにやわらかで上品な藝風ではあるもののはっきりと声の性格の違いが出るのでゲッダとは共演が多いですね^^この演奏でもヒーローのゲッダに対してフットワークの軽い従者を演じていて良いコントラスト。今回ご紹介するものの中でも最も若いころの演奏だということもあってこけおどしっぽいアリアなどは思わずクスリとさせられてしまう可愛らしさがあります。バッカスの重唱などはアリエとバッチリ息が合っていて聴いているだけでも笑みがこぼれるほど。シュティッヒ=ランダルとプリエットの主従も理想的ですし、ロシュバウトの指揮も格調高く隠れ名盤だと思っています。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百九夜/新星あらわれり~

もう少し短いサイクルで更新するつもりだったのですが随分時間が空いてしまいました。
久しぶりのこちらのコーナーは、今いちばん気になっているテノールをご紹介します。


Arrigo

ピエロ・プレッティ
(Piero Pretti)
生年不詳
Tenor
Italy

今世紀入る前後ぐらいからのロッシーニ・ブーム、ベルカント・ブームで、伊もので好まれるテノールの声は随分と変化したのではないかと思います。例えばフローレスや以前ご紹介したシラグーザ、最近であればオズボーンやカマレナなど、なんと言っても軽くて明るい声、そして華やかなコロラトゥーラが売りという歌手は一昔前では考えられないほど多く、群雄割拠の感があります。

一方でそれよりはやや重い、リリコやスピントのテノールは随分減ってしまったイメージです。残念ながらラ=スコーラやリチートラは若くして亡くなってしまいましたし、M.アルバレスはその輝かしい響きを残しながらもかなり重たい役を受け持つようになっています。ベチャーワも素敵ですが彼の声は伊ものの明るい色彩とはちょっと違いますし、彼もまた重くなってきました。

そんな中で久々にこの辺りの重さのテノールで心から素晴らしいなと思ったのが彼、ピエロ・プレッティです。どうやら欧州ではさまざまな歌手の代打として暫く前から活躍していたようですが、日本での情報はほとんどありませんし、音源も当たり役のマンリーコ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)を歌ったものが出ているだけなので、現代のオペラ公演を追っかけている人以外にとっては無名と言って良いのではないでしょうか。
ですがその実力はかなりもの。役によっては下手なスター歌手よりも満足度の高い歌唱を披露しています。知られざる新星の魅力に迫ります。

<ここがすごい!>
僕自身つい最近まで彼は全くノーマークでした。初めて聴いたときも正直なところあまり期待せずに望んだからでしょう、その時の印象はいまだにとても大きいです。こんなテノールが今聴くことの出来る世代にいて歌っているのか、と。

明るく澄んだ美声には鋭利な切れ味の刃物を想像させる輝きがあり、どの音域でも力強さを感じさせます。彼はその声の使いどころをよくわきまえていて、基本的な歌い口はいたって端正でスタイリッシュです。しかしそれで単に綺麗な歌に終わらないのがプレッティのいいところで、特にライヴではその美しい歌の芯のところに熱い魂を感じさせてくれます。ここぞというところではテノール馬鹿にならないギリギリのラインで端正さを維持した熱唱を繰り広げ、手に汗握るスリリングな瞬間を作り上げてくれるのです。そう、これこそ伊もので、とりわけヴェルディで欲しい熱狂!レパートリーを見るとプッチーニも歌っているようですし、それはそれで分からなくもないのですが、その歌唱スタイルにはやはりヴェルディやドニゼッティに登場する甲冑姿の若き騎士がハマっているように思います。
今の歌手のことを語るのに昔の歌手を引き合いに出すのは好まないのですが、どうしても去来するのが私の大好きなジャンニ・ライモンディです(彼も以前ご紹介しましたね^^)。彼もまたベルカントや中期ヴェルディで最もその良さが発揮される人でした。プレッティはこの偉大な先人よりもう一回り軽い声ではあるのですが、そのレパートリー選びや熱の籠ったパフォーマンスからは大変近い印象を受けます。端正さと熱情との均整を高次元で実現していると言えるでしょう。

プレッティの現在のところの唯一の正規録音(映像もあるようです)がマンリーコというのは、なんという幸運でしょう!この役は彼の声に比して重いのですが、無理やりパワフルに重たく歌うのではなく自らの美質が活きるバランスで美しく歌っています。結果として過去のドラマティックなイメージから抜け出した、よりベルカントなマンリーコを創り上げていて、非常に清新な名唱です。

<ここは微妙かも(^^;>
基本的にはスタイリッシュな歌唱の中にギリギリ限界のホットさを加えていくのが彼の持ち味なのですが、本当にギリギリのところを攻めているのでしょう、力み過ぎている箇所も散見されます。その紙一重を完全に超えてしまわないところがプレッティのうまさだとは思うのですが、声を潰さないで欲しいなあと切に祈るところです。
録音や映像が大変少ないのも残念です。今の彼の歌唱が正当に評価されるものがきちんと残るといいなと思います(まあ昔に比べればストリーミングなどライヴで残る機会はたくさんあるわけですが)。

<オススメ録音♪>
・マンリーコ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
オーレン指揮/ピロッツィ、シュコーザ、カリア、スピナ共演/マルケ地方財団管弦楽団&マルケ・ヴィンチェンツォ・ベッリーニ合唱団/2016年録音
>現時点でのプレッティのオペラでの唯一の公式音源です。先述の通り彼の歌唱は熱量が高く、気迫を感じさせるものである一方で、過度なドラマティックさを廃したものです。軽量級の歌手が無理して重たい役にチャレンジしているという印象はなく、むしろこんなに軽い声でもこれだけ自然に、ベルカントにこの役を歌うことができるということを体現していると思います。彼の美質から行けばカヴァティーナや登場の裏歌が優れているのは想像に難くないところですが、あのカバレッタすらも満足感のある歌唱に仕上げているのは驚異的でしょう。また、この盤はオーレンの勢いのある軽い風合いのある音楽づくりや共演陣の声質を取ってみても、この作品がベルカント・オペラの一つの終着点をなしていることを感じさせる佳演です(共演の人たち自体の凸凹はあるのですが)。とりわけ見事なのはレオノーラのピロッツィで、他の名盤と比べても遜色ない堂々たる歌唱です。

・レーヴェンスウッド卿エドガルド(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
ノセダ指揮/プラット、ヴィヴィアーニ、ヴィノグラドフ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2016年録音
>僕が初めて触れた彼の歌唱がこちら。伊ものにふさわしいカラッとした輝かしい声色とスタイルの整った歌づくりは、まさにベルカントに適したものですし、2幕フィナーレでのブチ切れなど爆発的な力が欲しいところでの熱気も十二分で、ワクワクしながら聴くことができます。個人的には、ここ最近のエドガルドの中では最も満足度が高いかもしれません。プラットの攻めの歌唱も時々不安定になるところはありつつ美しいですし(特にpp!)、ヴィノグラドフに至ってはこのキャストの中でこの役を歌うのには立派すぎるぐらい風格のある歌です。エンリーコを演じるヴィヴィアーニが粗っぽいのだけがいただけません。

・アッリーゴ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
コンロン指揮/ディ=ジャコモ、ヴァッサーロ、フルラネット共演/マドリッド王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2014年録音
>これは全曲がyoutubeに転がっており、見事な演奏で聴きごたえがあります。バリトンとの重唱でドラマティックな表現が求められる一方で延々歌った5幕に突然のhigh Desを出さなくてはならないなど要求されることの多い難役中の難役ですが、ここでもプレッティはパワフルな歌唱を披露しています。このぐらいの重さの声の人としては高音も強いので、くだんのDesも爽快に伸ばしていて心地いいです(ちょっとよれているのはご愛嬌笑)。ディ=ジャコモもヴァッサーロもとりわけ気に入ったということはないですし微妙なところもあるのですが、プレッティとの歌唱の相性はいいらしく重唱も◎。この演目は重唱が多いのでこれは大きいです。そしてフルラネット!ムーティとのライヴよりも一段と成熟した歌唱で試験ではうんとこっちの方が好きです(ただ、ちょっとシルヴァ(同『エルナーニ」)のような迫力がありすぎる気もしますw)。

・ポリウート(G.ドニゼッティ『ポリウート』)
詳細不明/ベルガモ/2010年録音
>これもyoutubeにアリアだけが上がっています。やった場所と何年のものかということしか情報がないのですが、ヒロイックで歌が端正な彼には実によく似合っていて、少なくともここだけ取り出す分には僕の中でのポリウートのベストです。カバレッタの繰返しではやや重たいところはありつつもヴァリアンテも加えて後半を盛り上げています^^願わくば全曲が出てきて欲しいところですが……。

・マントヴァ公爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
レンツェッティ指揮/チェッコーニ、フェオーラ、ヴィノグラドフ 、ベルトラミ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2013年録音
>超大物が出ているわけでは決してないけれども、各メンバーのチームワークが実に良くて非常に質の高い演奏になっています。その一角をしっかり担っているのがプレッティの公爵で、彼らしいまっすぐな声の魅力が直情的でロマンティストな一方で暴力的な人物でもあるこの人物をよく作り上げていると思います。この役は人物としてはひどいやつなんですが、他方でしっかり魅力的な人物でないと物語全体が嘘くさくなってしまうので、盛り上げのうまい彼の歌はそれだけで大きなプラスになります。チェッコーニの滋味深いリゴレットや、ヴィノグラドフの筋肉質な殺し屋、奔放なベルトラミなど各人レベルが高い演奏なのですが、とりわけフェオーラの楚々とした、しかし芯のあるジルダが印象的です。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百八夜/北方の若獅子~

さてまた随分と空いてしまいましたが、ゆっくりと更新を続けていきたいと思います。
前回に引き続き、今注目の若手をご紹介していきましょう

Vinogradov.jpg
Lancelotto Malatesta

アレクサンドル・ヴィノグラドフ
(アレクサンダー・ヴィノグラドフ、アレクサンドル・ヴィノグラードフ)

(Alexander Vinogradov, Александр Виноградов)
1976~
Bass
Russia

この方については今さら私などが取り上げるまでもなく、お友達のValencienneさんが素晴らしいファンサイトを運営されているところで、正直なところちょっと記事にするのもお恥ずかしいというところではあるのですが……書いちゃいました(笑)

世代的には今メトでの活躍が目覚ましいイルダール・アブドラザコフやステファン・コツァーン、それにアーウィン・シュロットなどと同世代で、その中ではやや知名度が落ちるところ、中堅バスとも言うべき立ち位置かもしれません(とはいえ少なからず来日もしているので(実は僕見られてないんだけど^^;)、新国立などによく行かれる方の間では名前は通るのかもしれませんが)。
一方で歌唱面での実力は決して彼らに引けを取らず、どころか先ほど挙げた歌手たちよりも個人的には好きな歌手です。深みのある低音ももちろんですが、個人的にはその輝きのある高音の魅力と端正な歌に得難いものを感じています。もっとその実力に見合った活躍をしてほしいなと思っていたところ、今年(2017年)にはMETとバイエルンでのデビューが決まりましたので、ひょっとするとこれから露出が増えてくるかもしれないですね。ちょっと期待もしています^^

ちなみに露国では「ヴィノグラドフ」さんが多いようで、しかも「アレクサンドル」というファーストネームの方も多いので同姓同名の方がたくさん……検索するときには注意されたしです^^;

<ここがすごい!>
ヴィノグラドフというと、まずは端正な歌の印象が強いです。いや他の最近の方の歌唱が整っていないとかそういうことではないのですが、彼の歌からは彼の楽曲や楽譜に対する姿勢が伝わってくると言いますか、作品に対して誠実に接しているんだろうなと感じさせるような、いい意味での生真面目さのある歌。こうしたアプローチはともすると「綺麗に歌いましたね」で終わってしまいますし、実際彼の若い頃の歌唱にはそういったものも少なくないのですが、そうはならずに聴きごたえのある歌唱を生むことが出来るのが今のヴィノグラドフの凄いところです。むしろ変な色気を出さず、堅実に解釈し、表現することからリアルさを引き出していくことこそに真骨頂があると言えるかもしれません。そうなるとモーツァルトやベルカントなど旋律の美しさが前に出た演目で活きそうな気が一見するのですが、むしろその真価が最も表れているのはラフマニノフでしょう。僕の視聴した範囲で彼の最良のパフォーマンスだと思っているのはランチェオット(С.В.ラフマニノフ『フランチェスカ・ダ=リミニ』)です。この役も演目も決して有名なものではなく、また馴染みやすいとは言い難い作品だと思うのですが、彼の実直なパフォーマンスは、この役に籠められた鬱々とした揺れ動く感情を生々しいまでに克明に描き出しています。ちょっとこれを聴いてしまうと、この役のより優れた歌唱に今後出会うことはないのではないかと思わされるほど。アレコ(С.В.ラフマニノフ『アレコ』)もまた若々しい力強さと、澄んだ冷たい哀しみを引き出した名唱です。

「若々しい」ということばを遣いましたが、彼のバスとしての声の印象を表現するのにこれほどぴったりな言葉はないと思っています。バスはやはりその重低音に大きな魅力がある人が多く、ヴィノグラドフもまた甘みのある深い低音は素敵なのですが、彼の場合はそれ以上に高音での明るさや輝かしさが印象的です!バスというと伊ものでは年齢のいった役柄のイメージがあり、高齢に聴こえる音色が得をしがちに一見思えるのですが、例えば露ものでは上記のラフマニノフのように枯れていない壮年の魅力が求められる役も少なくありません。仏ものでもメフィスト(C.F.グノー『ファウスト』)やエスカミーリョ(G.ビゼー『カルメン』)がおじさんだったら幻滅ですし、もっと言えば伊語でもモーツァルトであればドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)やフィガロ(同『フィガロの結婚』)といった役柄があるわけで、こうしたところでは若々しいことは強みになります。そして、実際彼が高い評価を得ているのはこのあたりの役です(但し、ドン・ジョヴァンニはまだ演じていないそうなので、歌うのであればかなり気になるところです!)。彼の声に含まれる爽やかでたくましい若さが、こういった役をより活き活きとさせていることの証左ではないかと思います。
他方で彼も40代に入って、フィリッポ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)などより「老い」を感じさせる役も演じるようになってきました。あの凄まじいランチェオットなどを思うとまだまだ磨いている最中という印象は免れないものの、老いを感じさせつつも枯れていない人物の悲哀というところで、新たな彼の魅力の萌芽は既に聴き取れるように思います。ますますこれからの円熟が楽しみです^^

<ここは微妙かも(^^;>
歌も素晴らしければ舞台姿も凛々しいのですが、惜しむらくは演技はうまい方ではありません。動きのパターンが同じようなものに固まってしまいがちなのは、映像で観るときにはどうしても気になってくるところです。
また、先述のとおり単に綺麗な歌になってしまっているときもあります。この傾向はどうしても特に若い頃のものに見られる他、老け役で持ち前の若々しさが仇になっているときにも同様の印象を与えがちです。

<オススメ録音♪>
・ランチェオット・マラテスタ(С.В.ラフマニノフ『フランチェスカ・ダ=リミニ』)
カルデロン指揮/ガスカローヴァ、リベルマン、グニディ、マクストフ共演/ナンシー・リリック交響楽団&ロレーヌ国立歌劇場合唱団/2015年録音
>超名演ですがソフト化されておらず、youtubeで全曲を映像で視聴することが出来ます。上述のとおり知っている範囲ではヴィノグラドフのベストと言っていい公演ではないかと思います。変則的な作品で全体の3分の1ほどにあたる真ん中の20分ほどは延々とランチェオットの独り舞台なのですが、凄まじい集中力で観る側をぐんぐん惹きこみ、一切飽きさせません。最後に笑い声を入れている他は、崩しも少なく余計なことをしない彼らしい歌唱なのですが、あまりの迫力に思わず総毛立つほど。若さの輝きのある声と端正な歌、そして甘いマスクが、却ってこの役が不具であることとその歪んだ嫉妬心を際立たせているように感じます。ペトロフやレイフェルクスを聴いてもいまいち摑めなかったこの役の魅力、どす黒く悶々とした情念を、ここで初めて知ることが出来たように思います。残念ながら共演は万全ではないのですが、個人的には下のアレコとともに商品化を強く望んでいます。

・アレコ(С.В.ラフマニノフ『アレコ』)
カルデロン指揮/ガスカローヴァ、セベスティエン、マクストフ共演/ナンシー・リリック交響楽団&ロレーヌ国立歌劇場合唱団/2015年録音
>こちらもyoutubeで視聴することが出来ます。こちらは特にアリア“月は高く”が有名で、多くのバスやバリトンが録音をしていますが、ベストのひとつではないかと思います。重心の低いどっしりとしたバスの響きを持ちつつも、鋼のような渋い輝きを持つ声が、未だに若々しいパワーを保っているにもかかわらず、愛する人の心は若者に向かってしまうという壮年の哀しみを見事に表現しています。アリアではもう感情はいっぱいで、あとひとつ何かが起きたら涙が零れてしまうぎりぎりの様子が伝わってきて胸を打ちます。オケや共演は露的風情としてはもう少しですが、バスのセベスティエンは滋味のある歌唱で印象に残ります。

・ルネ王(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』)
キタエンコ指揮/ゴロフネヴァ、ポポフ、ボンダレンコ、スリムスキ共演/ケルン・ゲルツェニヒ管弦楽団&ケルン歌劇場合唱団/2014年録音
>その知名度の割に名盤に恵まれている本作ですがこちらも素晴らしい演奏ですし、一般に販売されている音源の中ではいちばんヴィノグラドフの実力の良く出た音盤と言えるかと思います。彼の端正で格調高い歌いぶりは、こうした品位のある役ではやはり際立って聴こえます。最大の見せ場であるアリアは冒頭ではかなり高い音が、終結部ではうんと低い音が求められる結構大変な曲だと思うのですが、どの音域でもどっしりとした充実した響きで、王の親の思いと哀しみを引き出しています。共演も◎ですが、ここではチャイコの冷たく澄んだ音楽を美しく響かせるキタエンコの手腕が印象に残ります。

・ヴァルテル伯爵(G.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』)
ザネッティ指揮/マルティネス、バルガス、ドバー、ユン、モンティエル共演/パリ・オペラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/2008年録音
>この作品はあまり歌っている訳ではないそうなのですが、録音にもなっていればMETでのライヴ・ヴューイングもこの役ということで、結構重要なタイミングで歌っていると言えるのかもしれません。市販されているもの(ベニーニの指揮、サッバティーニら共演)は彼の丁寧な歌いぶりがよく出ており、またコチニアンのヴルムとの重唱など聴きごたえがある部分は少なくなく全曲盤としてはこちらより優れているとは思います。が、敢えてこちらを上げるのは、ヴィノグラドフ自身の完成度はこちらの方がうんと高いと感じるからです。その整った歌い口に加えて、より渋い味わいが増しており、より広がりのあるキャラクターを作り上げています。この伯爵はお世辞にもいいやつではないものの、彼なりの在り方で息子の行く末を気にかけ、苦渋の思いを抱いていることがひしひしと伝わってきます。今度のライヴ・ヴューイングでは更にレベルアップした歌唱が楽しめるかな、と期待^^

・枢機卿(А.С.アレンスキー『ラファエロ』)
オルベリアン指揮/ドマシェンコ、パヴロフスカヤ、グリヴノフ共演/フィルハーモニア・オブ・ロシア&ロシア精霊復活合唱団/2004年録音
>おそらくこれしか録音のないレアな作品。入手しづらくはなっていますが、こちらも彼の良さが出ていると思います。全体にはチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフの歌曲のような香りのする作品ですが彼の見せ場は堂々としたオペラティックな音楽で、生真面目な歌いぶりが高位聖職者の頑なさを際立たせています。15年ほど前の録音ということもあって声の輝きもひとしおです^^フューチャーされているドマシェンコをはじめ、この珍しい作品を十分に楽しむことのできる演奏と思います。

・スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
レンツェッティ指揮/チェッコーニ、フェオーラ、プレッティ、ベルトラミ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2013年録音
>歌唱陣には所謂スーパースターはいないものの、近年聴いたリゴレットの中で実は一番気に入っているかもしれません。それぐらい個々の歌手の仕上がりとアンサンブルが素晴らしいです。スパラフチレはドスの効いた深いバスがやることが多く、その分迫力は出るものの何となく結構歳が行った感じになりがちなのですが、ここでのヴィノグラドフは彼らしい若々しさを発揮していて、清新な印象です。非常に筋肉質で引き締まった、「仕事人」的な殺し屋を想起させるような歌唱。彼の仕事やマッダレーナとの年齢関係を考えればこうしたアプローチは充分に考えられるし、説得力もあります。嵐の3重唱もかっこいいですが、序盤のリゴレットとのやりとりの不気味な空気感が気に入っています。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百七夜/仏国流実悪~

さて前回は予定を変更してダーラの話をしましたが、ここから数回は最近の人、今歌っている人をご紹介していこうと思っています。

今宵の御仁は近いうちに記事にしたいと考えてきたテノール。

Hymel2.jpg
Robert le Diable

ブライアン・イーメル
(ブライアン・ハイメル、ブライアン・ヒンメル、ブライアン・ヒメル)

(Bryan Hymel)
1979~
Tenor
America

まだ30代後半の若い歌手ですが、10代のときにデビューしているのだそうでキャリアはそれなりのもの。とは言え日本での知名度はまだそこまでではないのか、名前の表記がかなり揺れています(てかヒンメルってこの綴りで読めるのか……?)。それでも個人的には、今聴くことのできるテノールの中では最も注目している人のひとりです。

彼を有名にした演目といえば、なんと言ってもH.ベルリオーズの超大作『トロイ人』のエネーでしょう。英国ROHではヨナス・カウフマンの代役として、その後METではマルチェロ・ジョルダーニの代わりにこの役を歌い、大成功を博しています。特にMETの公演はライヴ・ヴューイングだったこともあり、ひときわ話題になりました。
その成功があったためか彼のレパートリーはちょっと独特で、仏もののドラマティックな役どころに主軸が置かれています。後でオススメ音源のところでもご紹介しますが、彼のファースト・アルバムにはその特徴が良く現れていて、仏ものを取り揃えたアリア集なのにジョゼ(G.ビゼー『カルメン』)もファウスト(C.F.グノー『ファウスト』)もホフマン(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)もない!今後録音されることもなさそうな渋い演目も並んでいますがいずれも仏もので馬力のいりそうな代物で、往年のギー・ショーヴェやジルベール・ピーといった人たちを思い起こさせます。

このコーナーに出てきた人ではほんっとうに久々ですが、私自身実演を聴くことが出来ているひとです^^;妻の留学のお蔭で訪れることのできた仏国はパリ・オペラ座でかけられていた『ファウストの劫罰』で、ファウストをBキャストで演じていたのが彼でした(ちなみにその時のAキャストは上述したカウフマンでしたが、僕はカウフマンは大がつくほど嫌いだったので、Bで聴けて良かったです。Bでもメフィストはブリン・ターフェル、マルグレートはソフィー・コッホでしたから十分に贅沢でしたし)。演出もあって100点満点の満足が得られた訳ではなかったのですが、それでも甘みがありながらパワーにも事欠かない彼の魅力を存分に味わうことが出来たのは素晴らしい思い出です。

<ここがすごい!>
20世紀後半は仏もの不遇の時代と言えるでしょう。質・量ともに多くの魅力的な作品があるにも拘らず、『カルメン』、『ファウスト』、『ホフマン物語』、『ウェルテル』、『サムソンとデリラ』あたりを除くと録音も演奏も非常に少なく、マイヤベーアやオーベール、アレヴィ、トマ、ベルリオーズなどは殆ど無視されていたと言っても過言ではないと思います。アラーニャやドゥセはそうした状況を打開して、様々な作品に光を当ててきましたが、彼らと同じように埋もれた名作を発掘していく力と個性が、イーメルにはあるように感じています。

必ずしも演技はうまい方ではなく、ちょっと紋切り型だなあと思わせるような動きを繰り返していることも多いのですが、公演の要所要所で観客をハッとさせると言いますか、惹き込む瞬間を作ることが出来る人です。これはひとつ舞台に立つ人の重要な才能だと思うのですが、これまでに観たいずれの公演や映像でも、粗削りながら彼はそうした瞬間を作ることに成功しています。これからもっと磨かれていく、スター性の萌芽を感じさせるのです。先ほど触れたエネーは映像で観ることが出来ますが、そこで記録されている客席の熱狂の源はそこにあるのではないかと思います。加えてイーメルの得意分野が、CDやDVDの時代においてこれまで注目度の決して高くなかった仏もののドラマティックな役柄にあることも重要なポイントでしょう。彼自身の才能の開花のみならず、仏ものの再発見を先導していく可能性をも見出したくなってしまうのは、私の贔屓目でしょうか。

声の響きそのものは、例えば伊ものを歌う人のような透明感のある輝かしいものではなく、うんと個性的な印象です。どちらかといえばクリーミーでやわらかな耳当たりなのですが、緊張感に富んでいてヒロイックな力強さも兼ね備えていると言いますか。ゲッダがもしうんとパワフルな路線に進んでいたとすればこういう感じになったかもしれません。繊細な色使いという側面こそやや物足りないかもしれませんが、特に高音でのスリリングな迫力という面においては特筆すべきものがあります。

彼が今後どういった方向に進んでいくのか僕自身とても楽しみにしているのですが、こうした個性を考えると例えばジャコモ・マイヤベーアの創造した2つの強力なテノール役、ライデンのジャン(『預言者』)とラウール(『ユグノー教徒』)は是非どこかで全曲を記録に残して欲しいです。また、未だに知る人ぞ知る作品である『ベンヴェヌート・チェッリーニ』(H.ベルリオーズ)や『シギュール』(E.レイエル)の題名役、『ル=シッド』(J.E.F.マスネー)のロドリーグあたりも期待してしまうところ。

<ここは微妙かも(^^;>
一方で彼の独特の声はちょっと締め上げる感じもある音色なので、そこの好き嫌いは出るだろうなと思います(私自身最初に聴いた時にはちょっと抵抗を感じました……)。ヴェルディやロッシーニも仏語で歌われたものしか僕は聴いていませんが、この声のカラーで思いっきりイタリアンな作品だと違和感を覚えるだろうな、という気もします。
上述のとおり演技はうまくないので、そこに重きを置いてしまうとパッとしない印象を持ってしまう方もいるかもしれません(たとえハッとさせる瞬間はあるにしても、です)。

<オススメ録音♪>
・エネー(H.ベルリオーズ『トロイ人』)
パッパーノ指揮/アントナッチ、ウェストブロック、ヒップ、シェラット、カピタヌッチ、ロイド共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2012年録音
>多少の瑕疵はあってもこの大作を知るのに欠かせない映像と言えるでしょう。カウフマンがキャンセルした穴をイーメルがカバーして大成功を収めた公演の記録です。ウェットながら強烈な力のある彼の声の美点が非常によく出ています。エネー即ちエネアスは希国神話の英雄ではあるものの、この作品の中ではカッサンドラの予言にも気づけないし、ディドーの愛を裏切る卑劣漢でもあります。演技の面では類型的だなあと思う部分もあるのですが、節目節目では例のハッとさせる瞬間を作っており、そこでそうしたこの役の多面性をよく引き出しているように思います。ヒーロー然とし過ぎない、等身大でリアリティのあるキャラクターになっているのです。延々と歌ってきて終幕のアリアであれだけの興奮を惹起できるのも圧巻ですし、「イタリアへ!」という絶叫にも陶然とさせられます。アントナッチもヴェテランらしい安定感があり、知的なアプローチで悲哀を描き出していますし、ウェストブロックも堂々としていていい意味での貫禄を感じさせながら美しく、歌唱もお見事。

・ロベール(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
オーレン指揮/マイルズ、チョーフィ、ジャンナッタージョ、ドゥフォンテーヌ共演/サレルノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団&サレルノ歌劇場合唱団/2012年録音
>この作品では現在最も手に入りやすい音源ではないかと思いますが、作品を知るのに適した大変質の高い演奏だと思います。上記のエネーもそうですが、彼は英雄的でありつつも爽やかにカッコいいというよりはどこかに陰を感じさせるダークヒーロー的なキャラクターで、よりその本領を発揮するように思います。ここでも悪魔に翻弄されていることもありつつも、そもそもロベール自身の中にも悪魔とつるんでしまうような側面がありそうな、どこか斜に構えた破れかぶれなところを感じさせる歌唱です。マイルズのベルトランが比較的紳士然とした雰囲気を持っているのもあり、果たしてどちらが悪魔的なんだろうかと思わせるような絶妙なバランス。また、ここでも痛快な高音は健在です。共演ではマイルズとチョーフィという技術力のある人たちの主役がやはりお見事。ジャンナッタージョも好むべき穏健さがありますし、ドゥフォンテーヌもいい感じに軽薄で◎

・アルノール(G.ロッシーニ『ギョーム・テル』)
エッティンガー指揮/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2014年録音
>これはすみません、youtubeで4幕のアリアしか観ていません。この映像だけ観てもよくわかるのですが、かなり主張の強い演出で、正直なところ全曲手に入れたいかと言われると微妙なのですが、ここでのイーメルのパフォーマンスが凄まじい!!僕が彼に本格的に目をつけたのは、この映像に接したことが直接のきっかけになりました。やわらかさを感じさせつつも力強いボリュームのある彼の声が元来この役に合っているので、歌としてカヴァティーナをかなり聴かせるのですが、本領はカバレッタ。もともとこの部分はカヴァティーナ部分で圧制者ジェスラーに殺された父親を想い、カバレッタではテルを取り返すべく決起する血の気の多い音楽になります。が、イーメルのアルノールは途中で「テルを助ける」という大義はどうでもよくなっている、言い方を変えれば完全に1人の殺戮者に変容しているんです。「テルを救おう!」とあの強靭な声でCをバシバシ決めながら、殆ど無邪気と言ってもいいぐらいに、心の底から楽しそうな笑みを湛える姿の壮絶さに、初めて観たとき総毛立ちました。加えて最後に豪快にハイCを付け加えたところで、普通のテノールなら鳴り響かせるところを途中で切って、不気味な笑い声で終わらせるのです。先ほどからダークヒーローと言っていますが、この役からここまで暗い魅力を放たせるというのは、(たとえ演技指導が入っているにせよ、)イーメルの才能でしょう。是非ご照覧あれ。

・洗礼者ジャン(J.E.F.マスネー『エロディアード』)
・シギュール(E.レイエル『シギュール』)
・アドニラム(C.F.グノー『シバの女王』)
・アンリ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
ヴィヨーム指揮/プラハ交響楽団/2015年録音
>これらは彼のファースト・アルバム『Héroïque』に収められたもの。上述のとおり仏ものの中でもドラマティックで、しかもあまり日の当たっていない演目に目を向けた画期的な選曲です。正直なところどの曲も見事で、是非まるッと1枚聴いてほしいなと思うのですが、ここまで挙げたものを除いてあえて選ぶとこのあたり、いずれもここまで述べてきたようなダークヒーロー的な彼の魅力とはまた趣を異にしつつ、素晴らしい歌唱です。『エロディアード』の全曲録音はこれまでいくつか聴いてきたのですが、ドミンゴを含めても洗礼者ジャンのアリアでこれだけ聴かせて呉れる録音は他にないのではないかと。情熱的な輝きとストイックな色気に満ちています。シギュールは現在ではほとんど話題になることすらありませんが、仏国のヴァグネリアンだったレイエルが指環で言う『神々の黄昏』にあたるジークフリート伝説をもとに作曲したもの。ロマンティックな優美さとインパクトのある馬力とが高度な次元で融合されており、是非ぜひ全曲を録音してほしいと思います。『シバの女王』はグノーの作品の中で気になっているものの未聴であらすじもほとんどわかっていない状態なのですが、グノーらしい後半に向かって効果的に盛り上がる音楽を高らかに歌い上げていて有無を言わせぬ完成度。アンリは実は仏語歌唱は珍しいのではないかと思いますが(もともと仏語なんですけどね)、ヴェルディらしい血沸き肉躍る熱気は感じさせつつもグラントペラ的な華やかさも感じさせる名唱。『シチリアの晩禱』は仏語全曲盤の映像がある筈なので、手に入れたいなと思っています(笑)
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百六夜/憎めないドットーレ~

全然別の特集を組もうと思っていたのですが、思わぬ訃報を知ったので予定変更。
正直、この人は追悼記事になる前に書きたかった……

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Dottore Bartolo (Rossini)

エンツォ・ダーラ
(Enzo Dara)
1938~2017
Bass
Italy

とは言え、この御仁の話をするにあたって暗くなってしまっては何にもならない!
底抜けに明るく楽しい、20世紀後半を代表するバッソ・ブッフォです。録音史上最も自然体で、しかし思わず吹き出してしまうようなパフォーマンスをできた歌手かもしれません。舞台での所作は、世の中に時々いる、ちょっとピントのずれたおとぼけおじさんそのもので、登場しただけでなんだかちょっと可笑しい(笑)
ブッフォ役をやるために生まれてきたといっても過言ではない、稀有な人だと思います。

以前取り上げたフェルナンド・コレナとは被っているレパートリーがかなり多いものの、個人的には持ち味は両者でかなり違うように思います。どちらの歌手にとっても最も多く演じたであろうバルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)だけを取り上げても、厚みのある美声を柔軟に使うコレナに対して、とぼけた愛嬌のある声で一生懸命歌うところからオモシロさを惹き出してくるダーラという両者の個性が感じられます。
コレナのレパートリーには必ずしも道化役ではない重要な脇役がいくつか含まれるのに対し、ダーラはほぼほぼブッフォの大役ばかりを演じているあたりにもそういった差は現れているのかもしれません。どちらも底抜けにオモシロいことに変わりはないのですが、その方向性が大きく違うのです。その差がまた面白いところでもあります。

私見ですが今を時めく名ブッフォのコルベッリもプラティコも、どちらかというとダーラの路線に近いアプローチのように思います。そういう意味では現代のブッフォ歌手の源流ということも言えるかもしれません。ロッシーニ・ルネッサンスの時代に、彼のような名手が生まれていたことは、実に幸運だったといえるのではないでしょうか。

<ここがすごい!>
このシリーズで特集してきた歌手ですごいところというと、その流麗な歌のうまさや豊かな美声、卓越した演技力というあたりを筆頭に挙げたひとが多かったように思いますが、彼の場合は難といっても特筆すべきは、その喜劇役者然とした存在感でしょう。僕が初めて彼に接したのは、バルトリ主演の『チェネレントラ』(G.ロッシーニ)の映像でのドン・マニフィコだったと記憶していますが、禿げ頭の彼がのそのそと出てきた瞬間、まだ何もしてないのに面白い!!この映像の頃には声そのものの衰えは正直感じるのですが、ずんぐりむっくりとした身体でちょこまかと動き回る姿が実にコミカル。それが醜悪な面白おかしさではなくどこか可愛らしくて、嫌みにならないのです。

醜悪な笑いを生まないという言い方をすると、彼のパフォーマンスにはブッフォに不可欠な人間の悪徳を批判する精神が感じられないように思われるかもしれません。しかし、実際にはそんなことは全くなくて、むしろ十分すぎるぐらいにそうした面は押し出されています。傲慢で饒舌で自己顕示欲が強い一方で、空虚で愚かで滑稽という、まさにコメディア・デラルテのドットーレを恐ろしいほど的確に表現しているのですが、そこに警句的な毒々しさを感じさせないところに彼の凄さがあるという言い方もできるでしょう。

そうした存在感は歌にもどこか現れていて、録音を聴いていても彼の愛嬌のある顔がちらついてきます。こうした印象は、ひとつには彼の速射砲のような早口に由来しているように思います。実は歌唱技術では、彼は必ずしも最良とは言えない部分もあるのですが、こと早口歌唱で彼に敵う人はいないのではないでしょうか。まあ速い速いwwwしかも無理をしている感じは全然ない反面、妙に余裕綽々でもないのです。普通こうした技術を聴かせるときには大変そうに聴こえないようにするものなのですが、ダーラの場合には絶妙ないっぱいいっぱい感がある。これがコミカルな悪役どころにも人くささや可愛げを与えていて、単なる戯画的な人物以上の効果を惹き出しています。
この匙加減は藝風というところを超えたユニークな才能と言ってもいいもので、古今色々なブッフォがいますが、私見ではこうした笑いを生むことに成功している人は他に例を見ません。正に生来の喜劇役者なのでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
上にも少し書きましたが、純粋に歌唱技術的なところだけを拾っていくと意外と音が当たっていなかったりスピードの出し過ぎでオケを置いて行っていたりといったエラーがあります。また、キャリアの後半では声の衰えが認められる録音も少なくありません。こうした部分も含めての彼のオモシロさでもあるのですが、オモシロさ優先で歌の完成度が落ちるのはちょっとなあという方にはいまひとつかもしれません(感情の起伏で音程が揺れるプライと似ている面もあるかもしれないですね、キャラクターは全然違いますが)。

<オススメ録音♪>
・バルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ヴァイケルト指揮/ブレイク、ヌッチ、バトル、フルラネット共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
アバド指揮/アライサ、ヌッチ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、フルラネット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1981年録音
>まずは何と言ってもバルトロでしょう。何種類もの全曲録音で歌っている当たり役中の当たり役ですが、ここでは2つのディスクに絞りました。最初に挙げた映像は数ある彼の歌唱の中でも、またこの役の映像全体の中でも右に出るもののない最高のものだと思います。一挙手一投足すべてに可笑しさが滲み出ていて、これだけのメンバーにも拘わらずダーラが舞台にいる間は釘づけにされてしまいます(笑)登場のレチタティーヴォから、ドン・アロンソの変装に気づく猛然とした歌唱から、嵐の音楽で梯子を外す演技から、何から何までオモシロくしないと気がすまないという精神が素晴らしいです。とりわけアリアでの演技は最高!あの超高速アリアを限界の速度で完璧に歌いながら、左胸を突然押さえて口をパクパク、強心剤をペロリっという一連の流れを、すべてこれ以上はないタイミングで入れてきます。もう1つは音源ですがこちらは伝説の日本公演の記録。こちらは音だけ聴いても彼のとぼけたドットーレぶりが思い切り楽しめる代物ですし、声により張りがあるころのもの。特にアロンソに変装した場面のアライサとのやりとりは抱腹絶倒です!どちらにも登場しているヌッチとフルラネットも、それぞれフットワークが軽くて義侠っぷりが気持ちいいフィガロと巨大な声で怪しげなバジリオでお見事。伯爵はブレイクもアライサも高水準(残念ながらアライサは大アリアを歌っていませんが)、ロジーナは僕の趣味としてはヴァレンティーニ=テッラーニの方が好みです。

・ドン・マニフィコ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
カンパネッラ指揮/バルトリ、R.ヒメネス、コルベッリ、ペルトゥージ、ヌープ、グローヴ共演/ヒューストン交響楽団&オペラ合唱団/1995年録音
>ほぼ同じメンバーの音源もあってそちらも高水準なのですが、ダーラは映像がやはり楽しいのと王子役のヒメネスの方が僕は好きなのでこちらを(^^)ダーラは、バルトロでコレナ以来の人であったのと同様に、マニフィコに於いてはパオロ・モンタルソロ以降最高の人だと言えるでしょう。モンタルソロのアプローチがほんの少しいやらしさや狡猾さという苦みを加えたものなのに対し、ダーラのこの役は上述のとおりもっとあっけらかんとしたもので、よりマニフィコの間抜けさやお人好しな印象が強くなっています(それでも傲慢さや空虚な意地っ張りぶりを出しているは流石!)。声こそ歳を取った感じがしますが、ここでも速射砲のようなお喋りは健在で笑わせてくれます。今ではマニフィコを演じることが多くなった名ブッフォ、コルベッリとの絡みがまた実に面白い!この2人のこの重唱が映像として遺されたのは、オペラ・ファンにとって幸運という他ないでしょう。バルトリ、ヒメネス、ペルトゥージといった共演陣も超強力で、本作を語る上では欠かせない映像でしょう。

・トロムボノク男爵(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、レイミー、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>アバドが発掘した本作品の記念すべき録音。ここでのダーラはどちらかというと狂言回し的な役どころで歌う場面は必ずしも多くはないのですが、だからこそコミカルな存在感という彼の一番の持ち味が効いています。音楽狂の軍人というばかばかしい設定を、彼ののどかでいかにも無害そうな雰囲気がいい感じに助長していて、喜劇的な雰囲気を盛り立てています。長々とカデンツァを入れるレイミーのシドニー卿に「Basta! Basta! 十分!結構!」とちゃちゃを入れるところなんて最高に好きですww当然ながらアバドの存在も大きいですが、彼のカラーが、個性的なメンバーを演目の上でも(男爵は一行の幹事ですからね笑)、演奏の上でも纏めているといっていいでしょう。

・タッデーオ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
アバド指揮/バルツァ、R.ライモンディ、ロパード、パーチェ、コルベッリ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1987年録音
>実はこの録音は最初あまりいい印象ではなかったのですが、今回聴き直して改めてその良さに気づくことが出来ました(嗜好や評価は変わるものですね^^;)。この割と真面目なメンバーの中でしっかりとブッフォとしてのキャラクターを打ち出していて、演奏に笑いの花を添えています。タッデーオは優男ということになっていますから必ずしもオモシロ要員が演じることはないのですが、ライモンディが高級感のある声でよく考えて歌っている分、ダーラが正面切ってすっとぼけたアプローチをすることで作品全体のバランスが取れているのです。バルツァの気の強そうなイザベッラに振り回されている感じがいいですし、アリアの最後での腹をくくって楽しんでしまえ!という雰囲気も笑いを誘います。

・ドン・パスクァーレ(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
カンパネッラ指揮/コルベッリ、セッラ、ベルトロ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1988年録音
>こちらはまだ残念ながら全曲を入手できていないので断片を聴いた印象ですが、改めてこういう振り回されるパンタローネの役回りはよく似合いますね(笑)1幕のロンドの愚かな喜びに浮き立っている様子など、思わずにんまりさせられます。この演目最大の聴きどころであるパスクァーレとマラテスタの重唱もコルベッリとですが、これがまた絶品!知る限りこれほどの高速でぶっちぎっていく録音は他にはないように思いますww普通の演奏でも圧倒されるところですが、その勢いの良さに思わず手に汗握ります。もちろんこのコンビですから単に速いだけではなく、騙される側の能天気ぶりと騙す側のずるさもしっかり引き出していて、爆笑させられつつも思わず感心してしまいます。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
レヴァイン指揮/パヴァロッティ、バトル、ヌッチ、アップショウ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
>男声が強力な録音。やや暑苦しくてもパヴァちゃんの柔らかな声はネモリーノに似合っているし、ヌッチの若々しいパワーとスタイリッシュな歌唱も気障なベルコーレにぴったり(笑)そんな中でダーラのドゥルカマーラはやはりどこか人が良さそうで、ちょっとつついたらバレてしまいそうな底の浅さが感じられるのが笑えます^^実のところ私見では、彼の持ち味はドニゼッティよりもロッシーニで活きるように思うのですが、ここでは実に愉しそうに歌っているのが印象的で気に入っています(アリアなんて、ノリノリで“Gaetano, tromba!!”と作曲家にラッパを指示していますし!ww)

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