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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百八夜/北方の若獅子~

さてまた随分と空いてしまいましたが、ゆっくりと更新を続けていきたいと思います。
前回に引き続き、今注目の若手をご紹介していきましょう

Vinogradov.jpg
Lancelotto Malatesta

アレクサンドル・ヴィノグラドフ
(アレクサンダー・ヴィノグラドフ、アレクサンドル・ヴィノグラードフ)

(Alexander Vinogradov, Александр Виноградов)
1976~
Bass
Russia

この方については今さら私などが取り上げるまでもなく、お友達のValencienneさんが素晴らしいファンサイトを運営されているところで、正直なところちょっと記事にするのもお恥ずかしいというところではあるのですが……書いちゃいました(笑)

世代的には今メトでの活躍が目覚ましいイルダール・アブドラザコフやステファン・コツァーン、それにアーウィン・シュロットなどと同世代で、その中ではやや知名度が落ちるところ、中堅バスとも言うべき立ち位置かもしれません(とはいえ少なからず来日もしているので(実は僕見られてないんだけど^^;)、新国立などによく行かれる方の間では名前は通るのかもしれませんが)。
一方で歌唱面での実力は決して彼らに引けを取らず、どころか先ほど挙げた歌手たちよりも個人的には好きな歌手です。深みのある低音ももちろんですが、個人的にはその輝きのある高音の魅力と端正な歌に得難いものを感じています。もっとその実力に見合った活躍をしてほしいなと思っていたところ、今年(2017年)にはMETとバイエルンでのデビューが決まりましたので、ひょっとするとこれから露出が増えてくるかもしれないですね。ちょっと期待もしています^^

ちなみに露国では「ヴィノグラドフ」さんが多いようで、しかも「アレクサンドル」というファーストネームの方も多いので同姓同名の方がたくさん……検索するときには注意されたしです^^;

<ここがすごい!>
ヴィノグラドフというと、まずは端正な歌の印象が強いです。いや他の最近の方の歌唱が整っていないとかそういうことではないのですが、彼の歌からは彼の楽曲や楽譜に対する姿勢が伝わってくると言いますか、作品に対して誠実に接しているんだろうなと感じさせるような、いい意味での生真面目さのある歌。こうしたアプローチはともすると「綺麗に歌いましたね」で終わってしまいますし、実際彼の若い頃の歌唱にはそういったものも少なくないのですが、そうはならずに聴きごたえのある歌唱を生むことが出来るのが今のヴィノグラドフの凄いところです。むしろ変な色気を出さず、堅実に解釈し、表現することからリアルさを引き出していくことこそに真骨頂があると言えるかもしれません。そうなるとモーツァルトやベルカントなど旋律の美しさが前に出た演目で活きそうな気が一見するのですが、むしろその真価が最も表れているのはラフマニノフでしょう。僕の視聴した範囲で彼の最良のパフォーマンスだと思っているのはランチェオット(С.В.ラフマニノフ『フランチェスカ・ダ=リミニ』)です。この役も演目も決して有名なものではなく、また馴染みやすいとは言い難い作品だと思うのですが、彼の実直なパフォーマンスは、この役に籠められた鬱々とした揺れ動く感情を生々しいまでに克明に描き出しています。ちょっとこれを聴いてしまうと、この役のより優れた歌唱に今後出会うことはないのではないかと思わされるほど。アレコ(С.В.ラフマニノフ『アレコ』)もまた若々しい力強さと、澄んだ冷たい哀しみを引き出した名唱です。

「若々しい」ということばを遣いましたが、彼のバスとしての声の印象を表現するのにこれほどぴったりな言葉はないと思っています。バスはやはりその重低音に大きな魅力がある人が多く、ヴィノグラドフもまた甘みのある深い低音は素敵なのですが、彼の場合はそれ以上に高音での明るさや輝かしさが印象的です!バスというと伊ものでは年齢のいった役柄のイメージがあり、高齢に聴こえる音色が得をしがちに一見思えるのですが、例えば露ものでは上記のラフマニノフのように枯れていない壮年の魅力が求められる役も少なくありません。仏ものでもメフィスト(C.F.グノー『ファウスト』)やエスカミーリョ(G.ビゼー『カルメン』)がおじさんだったら幻滅ですし、もっと言えば伊語でもモーツァルトであればドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)やフィガロ(同『フィガロの結婚』)といった役柄があるわけで、こうしたところでは若々しいことは強みになります。そして、実際彼が高い評価を得ているのはこのあたりの役です(但し、ドン・ジョヴァンニはまだ演じていないそうなので、歌うのであればかなり気になるところです!)。彼の声に含まれる爽やかでたくましい若さが、こういった役をより活き活きとさせていることの証左ではないかと思います。
他方で彼も40代に入って、フィリッポ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)などより「老い」を感じさせる役も演じるようになってきました。あの凄まじいランチェオットなどを思うとまだまだ磨いている最中という印象は免れないものの、老いを感じさせつつも枯れていない人物の悲哀というところで、新たな彼の魅力の萌芽は既に聴き取れるように思います。ますますこれからの円熟が楽しみです^^

<ここは微妙かも(^^;>
歌も素晴らしければ舞台姿も凛々しいのですが、惜しむらくは演技はうまい方ではありません。動きのパターンが同じようなものに固まってしまいがちなのは、映像で観るときにはどうしても気になってくるところです。
また、先述のとおり単に綺麗な歌になってしまっているときもあります。この傾向はどうしても特に若い頃のものに見られる他、老け役で持ち前の若々しさが仇になっているときにも同様の印象を与えがちです。

<オススメ録音♪>
・ランチェオット・マラテスタ(С.В.ラフマニノフ『フランチェスカ・ダ=リミニ』)
カルデロン指揮/ガスカローヴァ、リベルマン、グニディ、マクストフ共演/ナンシー・リリック交響楽団&ロレーヌ国立歌劇場合唱団/2015年録音
>超名演ですがソフト化されておらず、youtubeで全曲を映像で視聴することが出来ます。上述のとおり知っている範囲ではヴィノグラドフのベストと言っていい公演ではないかと思います。変則的な作品で全体の3分の1ほどにあたる真ん中の20分ほどは延々とランチェオットの独り舞台なのですが、凄まじい集中力で観る側をぐんぐん惹きこみ、一切飽きさせません。最後に笑い声を入れている他は、崩しも少なく余計なことをしない彼らしい歌唱なのですが、あまりの迫力に思わず総毛立つほど。若さの輝きのある声と端正な歌、そして甘いマスクが、却ってこの役が不具であることとその歪んだ嫉妬心を際立たせているように感じます。ペトロフやレイフェルクスを聴いてもいまいち摑めなかったこの役の魅力、どす黒く悶々とした情念を、ここで初めて知ることが出来たように思います。残念ながら共演は万全ではないのですが、個人的には下のアレコとともに商品化を強く望んでいます。

・アレコ(С.В.ラフマニノフ『アレコ』)
カルデロン指揮/ガスカローヴァ、セベスティエン、マクストフ共演/ナンシー・リリック交響楽団&ロレーヌ国立歌劇場合唱団/2015年録音
>こちらもyoutubeで視聴することが出来ます。こちらは特にアリア“月は高く”が有名で、多くのバスやバリトンが録音をしていますが、ベストのひとつではないかと思います。重心の低いどっしりとしたバスの響きを持ちつつも、鋼のような渋い輝きを持つ声が、未だに若々しいパワーを保っているにもかかわらず、愛する人の心は若者に向かってしまうという壮年の哀しみを見事に表現しています。アリアではもう感情はいっぱいで、あとひとつ何かが起きたら涙が零れてしまうぎりぎりの様子が伝わってきて胸を打ちます。オケや共演は露的風情としてはもう少しですが、バスのセベスティエンは滋味のある歌唱で印象に残ります。

・ルネ王(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』)
キタエンコ指揮/ゴロフネヴァ、ポポフ、ボンダレンコ、スリムスキ共演/ケルン・ゲルツェニヒ管弦楽団&ケルン歌劇場合唱団/2014年録音
>その知名度の割に名盤に恵まれている本作ですがこちらも素晴らしい演奏ですし、一般に販売されている音源の中ではいちばんヴィノグラドフの実力の良く出た音盤と言えるかと思います。彼の端正で格調高い歌いぶりは、こうした品位のある役ではやはり際立って聴こえます。最大の見せ場であるアリアは冒頭ではかなり高い音が、終結部ではうんと低い音が求められる結構大変な曲だと思うのですが、どの音域でもどっしりとした充実した響きで、王の親の思いと哀しみを引き出しています。共演も◎ですが、ここではチャイコの冷たく澄んだ音楽を美しく響かせるキタエンコの手腕が印象に残ります。

・ヴァルテル伯爵(G.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』)
ザネッティ指揮/マルティネス、バルガス、ドバー、ユン、モンティエル共演/パリ・オペラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/2008年録音
>この作品はあまり歌っている訳ではないそうなのですが、録音にもなっていればMETでのライヴ・ヴューイングもこの役ということで、結構重要なタイミングで歌っていると言えるのかもしれません。市販されているもの(ベニーニの指揮、サッバティーニら共演)は彼の丁寧な歌いぶりがよく出ており、またコチニアンのヴルムとの重唱など聴きごたえがある部分は少なくなく全曲盤としてはこちらより優れているとは思います。が、敢えてこちらを上げるのは、ヴィノグラドフ自身の完成度はこちらの方がうんと高いと感じるからです。その整った歌い口に加えて、より渋い味わいが増しており、より広がりのあるキャラクターを作り上げています。この伯爵はお世辞にもいいやつではないものの、彼なりの在り方で息子の行く末を気にかけ、苦渋の思いを抱いていることがひしひしと伝わってきます。今度のライヴ・ヴューイングでは更にレベルアップした歌唱が楽しめるかな、と期待^^

・枢機卿(А.С.アレンスキー『ラファエロ』)
オルベリアン指揮/ドマシェンコ、パヴロフスカヤ、グリヴノフ共演/フィルハーモニア・オブ・ロシア&ロシア精霊復活合唱団/2004年録音
>おそらくこれしか録音のないレアな作品。入手しづらくはなっていますが、こちらも彼の良さが出ていると思います。全体にはチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフの歌曲のような香りのする作品ですが彼の見せ場は堂々としたオペラティックな音楽で、生真面目な歌いぶりが高位聖職者の頑なさを際立たせています。15年ほど前の録音ということもあって声の輝きもひとしおです^^フューチャーされているドマシェンコをはじめ、この珍しい作品を十分に楽しむことのできる演奏と思います。

・スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
レンツェッティ指揮/チェッコーニ、フェオーラ、プレッティ、ベルトラミ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2013年録音
>歌唱陣には所謂スーパースターはいないものの、近年聴いたリゴレットの中で実は一番気に入っているかもしれません。それぐらい個々の歌手の仕上がりとアンサンブルが素晴らしいです。スパラフチレはドスの効いた深いバスがやることが多く、その分迫力は出るものの何となく結構歳が行った感じになりがちなのですが、ここでのヴィノグラドフは彼らしい若々しさを発揮していて、清新な印象です。非常に筋肉質で引き締まった、「仕事人」的な殺し屋を想起させるような歌唱。彼の仕事やマッダレーナとの年齢関係を考えればこうしたアプローチは充分に考えられるし、説得力もあります。嵐の3重唱もかっこいいですが、序盤のリゴレットとのやりとりの不気味な空気感が気に入っています。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百七夜/仏国流実悪~

さて前回は予定を変更してダーラの話をしましたが、ここから数回は最近の人、今歌っている人をご紹介していこうと思っています。

今宵の御仁は近いうちに記事にしたいと考えてきたテノール。

Hymel2.jpg
Robert le Diable

ブライアン・イーメル
(ブライアン・ハイメル、ブライアン・ヒンメル、ブライアン・ヒメル)

(Bryan Hymel)
1979~
Tenor
America

まだ30代後半の若い歌手ですが、10代のときにデビューしているのだそうでキャリアはそれなりのもの。とは言え日本での知名度はまだそこまでではないのか、名前の表記がかなり揺れています(てかヒンメルってこの綴りで読めるのか……?)。それでも個人的には、今聴くことのできるテノールの中では最も注目している人のひとりです。

彼を有名にした演目といえば、なんと言ってもH.ベルリオーズの超大作『トロイ人』のエネーでしょう。英国ROHではヨナス・カウフマンの代役として、その後METではマルチェロ・ジョルダーニの代わりにこの役を歌い、大成功を博しています。特にMETの公演はライヴ・ヴューイングだったこともあり、ひときわ話題になりました。
その成功があったためか彼のレパートリーはちょっと独特で、仏もののドラマティックな役どころに主軸が置かれています。後でオススメ音源のところでもご紹介しますが、彼のファースト・アルバムにはその特徴が良く現れていて、仏ものを取り揃えたアリア集なのにジョゼ(G.ビゼー『カルメン』)もファウスト(C.F.グノー『ファウスト』)もホフマン(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)もない!今後録音されることもなさそうな渋い演目も並んでいますがいずれも仏もので馬力のいりそうな代物で、往年のギー・ショーヴェやジルベール・ピーといった人たちを思い起こさせます。

このコーナーに出てきた人ではほんっとうに久々ですが、私自身実演を聴くことが出来ているひとです^^;妻の留学のお蔭で訪れることのできた仏国はパリ・オペラ座でかけられていた『ファウストの劫罰』で、ファウストをBキャストで演じていたのが彼でした(ちなみにその時のAキャストは上述したカウフマンでしたが、僕はカウフマンは大がつくほど嫌いだったので、Bで聴けて良かったです。Bでもメフィストはブリン・ターフェル、マルグレートはソフィー・コッホでしたから十分に贅沢でしたし)。演出もあって100点満点の満足が得られた訳ではなかったのですが、それでも甘みがありながらパワーにも事欠かない彼の魅力を存分に味わうことが出来たのは素晴らしい思い出です。

<ここがすごい!>
20世紀後半は仏もの不遇の時代と言えるでしょう。質・量ともに多くの魅力的な作品があるにも拘らず、『カルメン』、『ファウスト』、『ホフマン物語』、『ウェルテル』、『サムソンとデリラ』あたりを除くと録音も演奏も非常に少なく、マイヤベーアやオーベール、アレヴィ、トマ、ベルリオーズなどは殆ど無視されていたと言っても過言ではないと思います。アラーニャやドゥセはそうした状況を打開して、様々な作品に光を当ててきましたが、彼らと同じように埋もれた名作を発掘していく力と個性が、イーメルにはあるように感じています。

必ずしも演技はうまい方ではなく、ちょっと紋切り型だなあと思わせるような動きを繰り返していることも多いのですが、公演の要所要所で観客をハッとさせると言いますか、惹き込む瞬間を作ることが出来る人です。これはひとつ舞台に立つ人の重要な才能だと思うのですが、これまでに観たいずれの公演や映像でも、粗削りながら彼はそうした瞬間を作ることに成功しています。これからもっと磨かれていく、スター性の萌芽を感じさせるのです。先ほど触れたエネーは映像で観ることが出来ますが、そこで記録されている客席の熱狂の源はそこにあるのではないかと思います。加えてイーメルの得意分野が、CDやDVDの時代においてこれまで注目度の決して高くなかった仏もののドラマティックな役柄にあることも重要なポイントでしょう。彼自身の才能の開花のみならず、仏ものの再発見を先導していく可能性をも見出したくなってしまうのは、私の贔屓目でしょうか。

声の響きそのものは、例えば伊ものを歌う人のような透明感のある輝かしいものではなく、うんと個性的な印象です。どちらかといえばクリーミーでやわらかな耳当たりなのですが、緊張感に富んでいてヒロイックな力強さも兼ね備えていると言いますか。ゲッダがもしうんとパワフルな路線に進んでいたとすればこういう感じになったかもしれません。繊細な色使いという側面こそやや物足りないかもしれませんが、特に高音でのスリリングな迫力という面においては特筆すべきものがあります。

彼が今後どういった方向に進んでいくのか僕自身とても楽しみにしているのですが、こうした個性を考えると例えばジャコモ・マイヤベーアの創造した2つの強力なテノール役、ライデンのジャン(『預言者』)とラウール(『ユグノー教徒』)は是非どこかで全曲を記録に残して欲しいです。また、未だに知る人ぞ知る作品である『ベンヴェヌート・チェッリーニ』(H.ベルリオーズ)や『シギュール』(E.レイエル)の題名役、『ル=シッド』(J.E.F.マスネー)のロドリーグあたりも期待してしまうところ。

<ここは微妙かも(^^;>
一方で彼の独特の声はちょっと締め上げる感じもある音色なので、そこの好き嫌いは出るだろうなと思います(私自身最初に聴いた時にはちょっと抵抗を感じました……)。ヴェルディやロッシーニも仏語で歌われたものしか僕は聴いていませんが、この声のカラーで思いっきりイタリアンな作品だと違和感を覚えるだろうな、という気もします。
上述のとおり演技はうまくないので、そこに重きを置いてしまうとパッとしない印象を持ってしまう方もいるかもしれません(たとえハッとさせる瞬間はあるにしても、です)。

<オススメ録音♪>
・エネー(H.ベルリオーズ『トロイ人』)
パッパーノ指揮/アントナッチ、ウェストブロック、ヒップ、シェラット、カピタヌッチ、ロイド共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2012年録音
>多少の瑕疵はあってもこの大作を知るのに欠かせない映像と言えるでしょう。カウフマンがキャンセルした穴をイーメルがカバーして大成功を収めた公演の記録です。ウェットながら強烈な力のある彼の声の美点が非常によく出ています。エネー即ちエネアスは希国神話の英雄ではあるものの、この作品の中ではカッサンドラの予言にも気づけないし、ディドーの愛を裏切る卑劣漢でもあります。演技の面では類型的だなあと思う部分もあるのですが、節目節目では例のハッとさせる瞬間を作っており、そこでそうしたこの役の多面性をよく引き出しているように思います。ヒーロー然とし過ぎない、等身大でリアリティのあるキャラクターになっているのです。延々と歌ってきて終幕のアリアであれだけの興奮を惹起できるのも圧巻ですし、「イタリアへ!」という絶叫にも陶然とさせられます。アントナッチもヴェテランらしい安定感があり、知的なアプローチで悲哀を描き出していますし、ウェストブロックも堂々としていていい意味での貫禄を感じさせながら美しく、歌唱もお見事。

・ロベール(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
オーレン指揮/マイルズ、チョーフィ、ジャンナッタージョ、ドゥフォンテーヌ共演/サレルノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団&サレルノ歌劇場合唱団/2012年録音
>この作品では現在最も手に入りやすい音源ではないかと思いますが、作品を知るのに適した大変質の高い演奏だと思います。上記のエネーもそうですが、彼は英雄的でありつつも爽やかにカッコいいというよりはどこかに陰を感じさせるダークヒーロー的なキャラクターで、よりその本領を発揮するように思います。ここでも悪魔に翻弄されていることもありつつも、そもそもロベール自身の中にも悪魔とつるんでしまうような側面がありそうな、どこか斜に構えた破れかぶれなところを感じさせる歌唱です。マイルズのベルトランが比較的紳士然とした雰囲気を持っているのもあり、果たしてどちらが悪魔的なんだろうかと思わせるような絶妙なバランス。また、ここでも痛快な高音は健在です。共演ではマイルズとチョーフィという技術力のある人たちの主役がやはりお見事。ジャンナッタージョも好むべき穏健さがありますし、ドゥフォンテーヌもいい感じに軽薄で◎

・アルノール(G.ロッシーニ『ギョーム・テル』)
エッティンガー指揮/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2014年録音
>これはすみません、youtubeで4幕のアリアしか観ていません。この映像だけ観てもよくわかるのですが、かなり主張の強い演出で、正直なところ全曲手に入れたいかと言われると微妙なのですが、ここでのイーメルのパフォーマンスが凄まじい!!僕が彼に本格的に目をつけたのは、この映像に接したことが直接のきっかけになりました。やわらかさを感じさせつつも力強いボリュームのある彼の声が元来この役に合っているので、歌としてカヴァティーナをかなり聴かせるのですが、本領はカバレッタ。もともとこの部分はカヴァティーナ部分で圧制者ジェスラーに殺された父親を想い、カバレッタではテルを取り返すべく決起する血の気の多い音楽になります。が、イーメルのアルノールは途中で「テルを助ける」という大義はどうでもよくなっている、言い方を変えれば完全に1人の殺戮者に変容しているんです。「テルを救おう!」とあの強靭な声でCをバシバシ決めながら、殆ど無邪気と言ってもいいぐらいに、心の底から楽しそうな笑みを湛える姿の壮絶さに、初めて観たとき総毛立ちました。加えて最後に豪快にハイCを付け加えたところで、普通のテノールなら鳴り響かせるところを途中で切って、不気味な笑い声で終わらせるのです。先ほどからダークヒーローと言っていますが、この役からここまで暗い魅力を放たせるというのは、(たとえ演技指導が入っているにせよ、)イーメルの才能でしょう。是非ご照覧あれ。

・洗礼者ジャン(J.E.F.マスネー『エロディアード』)
・シギュール(E.レイエル『シギュール』)
・アドニラム(C.F.グノー『シバの女王』)
・アンリ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
ヴィヨーム指揮/プラハ交響楽団/2015年録音
>これらは彼のファースト・アルバム『Héroïque』に収められたもの。上述のとおり仏ものの中でもドラマティックで、しかもあまり日の当たっていない演目に目を向けた画期的な選曲です。正直なところどの曲も見事で、是非まるッと1枚聴いてほしいなと思うのですが、ここまで挙げたものを除いてあえて選ぶとこのあたり、いずれもここまで述べてきたようなダークヒーロー的な彼の魅力とはまた趣を異にしつつ、素晴らしい歌唱です。『エロディアード』の全曲録音はこれまでいくつか聴いてきたのですが、ドミンゴを含めても洗礼者ジャンのアリアでこれだけ聴かせて呉れる録音は他にないのではないかと。情熱的な輝きとストイックな色気に満ちています。シギュールは現在ではほとんど話題になることすらありませんが、仏国のヴァグネリアンだったレイエルが指環で言う『神々の黄昏』にあたるジークフリート伝説をもとに作曲したもの。ロマンティックな優美さとインパクトのある馬力とが高度な次元で融合されており、是非ぜひ全曲を録音してほしいと思います。『シバの女王』はグノーの作品の中で気になっているものの未聴であらすじもほとんどわかっていない状態なのですが、グノーらしい後半に向かって効果的に盛り上がる音楽を高らかに歌い上げていて有無を言わせぬ完成度。アンリは実は仏語歌唱は珍しいのではないかと思いますが(もともと仏語なんですけどね)、ヴェルディらしい血沸き肉躍る熱気は感じさせつつもグラントペラ的な華やかさも感じさせる名唱。『シチリアの晩禱』は仏語全曲盤の映像がある筈なので、手に入れたいなと思っています(笑)
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百六夜/憎めないドットーレ~

全然別の特集を組もうと思っていたのですが、思わぬ訃報を知ったので予定変更。
正直、この人は追悼記事になる前に書きたかった……

Dara-1.jpg
Il Dottore Bartolo (Rossini)

エンツォ・ダーラ
(Enzo Dara)
1938~2017
Bass
Italy

とは言え、この御仁の話をするにあたって暗くなってしまっては何にもならない!
底抜けに明るく楽しい、20世紀後半を代表するバッソ・ブッフォです。録音史上最も自然体で、しかし思わず吹き出してしまうようなパフォーマンスをできた歌手かもしれません。舞台での所作は、世の中に時々いる、ちょっとピントのずれたおとぼけおじさんそのもので、登場しただけでなんだかちょっと可笑しい(笑)
ブッフォ役をやるために生まれてきたといっても過言ではない、稀有な人だと思います。

以前取り上げたフェルナンド・コレナとは被っているレパートリーがかなり多いものの、個人的には持ち味は両者でかなり違うように思います。どちらの歌手にとっても最も多く演じたであろうバルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)だけを取り上げても、厚みのある美声を柔軟に使うコレナに対して、とぼけた愛嬌のある声で一生懸命歌うところからオモシロさを惹き出してくるダーラという両者の個性が感じられます。
コレナのレパートリーには必ずしも道化役ではない重要な脇役がいくつか含まれるのに対し、ダーラはほぼほぼブッフォの大役ばかりを演じているあたりにもそういった差は現れているのかもしれません。どちらも底抜けにオモシロいことに変わりはないのですが、その方向性が大きく違うのです。その差がまた面白いところでもあります。

私見ですが今を時めく名ブッフォのコルベッリもプラティコも、どちらかというとダーラの路線に近いアプローチのように思います。そういう意味では現代のブッフォ歌手の源流ということも言えるかもしれません。ロッシーニ・ルネッサンスの時代に、彼のような名手が生まれていたことは、実に幸運だったといえるのではないでしょうか。

<ここがすごい!>
このシリーズで特集してきた歌手ですごいところというと、その流麗な歌のうまさや豊かな美声、卓越した演技力というあたりを筆頭に挙げたひとが多かったように思いますが、彼の場合は難といっても特筆すべきは、その喜劇役者然とした存在感でしょう。僕が初めて彼に接したのは、バルトリ主演の『チェネレントラ』(G.ロッシーニ)の映像でのドン・マニフィコだったと記憶していますが、禿げ頭の彼がのそのそと出てきた瞬間、まだ何もしてないのに面白い!!この映像の頃には声そのものの衰えは正直感じるのですが、ずんぐりむっくりとした身体でちょこまかと動き回る姿が実にコミカル。それが醜悪な面白おかしさではなくどこか可愛らしくて、嫌みにならないのです。

醜悪な笑いを生まないという言い方をすると、彼のパフォーマンスにはブッフォに不可欠な人間の悪徳を批判する精神が感じられないように思われるかもしれません。しかし、実際にはそんなことは全くなくて、むしろ十分すぎるぐらいにそうした面は押し出されています。傲慢で饒舌で自己顕示欲が強い一方で、空虚で愚かで滑稽という、まさにコメディア・デラルテのドットーレを恐ろしいほど的確に表現しているのですが、そこに警句的な毒々しさを感じさせないところに彼の凄さがあるという言い方もできるでしょう。

そうした存在感は歌にもどこか現れていて、録音を聴いていても彼の愛嬌のある顔がちらついてきます。こうした印象は、ひとつには彼の速射砲のような早口に由来しているように思います。実は歌唱技術では、彼は必ずしも最良とは言えない部分もあるのですが、こと早口歌唱で彼に敵う人はいないのではないでしょうか。まあ速い速いwwwしかも無理をしている感じは全然ない反面、妙に余裕綽々でもないのです。普通こうした技術を聴かせるときには大変そうに聴こえないようにするものなのですが、ダーラの場合には絶妙ないっぱいいっぱい感がある。これがコミカルな悪役どころにも人くささや可愛げを与えていて、単なる戯画的な人物以上の効果を惹き出しています。
この匙加減は藝風というところを超えたユニークな才能と言ってもいいもので、古今色々なブッフォがいますが、私見ではこうした笑いを生むことに成功している人は他に例を見ません。正に生来の喜劇役者なのでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
上にも少し書きましたが、純粋に歌唱技術的なところだけを拾っていくと意外と音が当たっていなかったりスピードの出し過ぎでオケを置いて行っていたりといったエラーがあります。また、キャリアの後半では声の衰えが認められる録音も少なくありません。こうした部分も含めての彼のオモシロさでもあるのですが、オモシロさ優先で歌の完成度が落ちるのはちょっとなあという方にはいまひとつかもしれません(感情の起伏で音程が揺れるプライと似ている面もあるかもしれないですね、キャラクターは全然違いますが)。

<オススメ録音♪>
・バルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ヴァイケルト指揮/ブレイク、ヌッチ、バトル、フルラネット共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
アバド指揮/アライサ、ヌッチ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、フルラネット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1981年録音
>まずは何と言ってもバルトロでしょう。何種類もの全曲録音で歌っている当たり役中の当たり役ですが、ここでは2つのディスクに絞りました。最初に挙げた映像は数ある彼の歌唱の中でも、またこの役の映像全体の中でも右に出るもののない最高のものだと思います。一挙手一投足すべてに可笑しさが滲み出ていて、これだけのメンバーにも拘わらずダーラが舞台にいる間は釘づけにされてしまいます(笑)登場のレチタティーヴォから、ドン・アロンソの変装に気づく猛然とした歌唱から、嵐の音楽で梯子を外す演技から、何から何までオモシロくしないと気がすまないという精神が素晴らしいです。とりわけアリアでの演技は最高!あの超高速アリアを限界の速度で完璧に歌いながら、左胸を突然押さえて口をパクパク、強心剤をペロリっという一連の流れを、すべてこれ以上はないタイミングで入れてきます。もう1つは音源ですがこちらは伝説の日本公演の記録。こちらは音だけ聴いても彼のとぼけたドットーレぶりが思い切り楽しめる代物ですし、声により張りがあるころのもの。特にアロンソに変装した場面のアライサとのやりとりは抱腹絶倒です!どちらにも登場しているヌッチとフルラネットも、それぞれフットワークが軽くて義侠っぷりが気持ちいいフィガロと巨大な声で怪しげなバジリオでお見事。伯爵はブレイクもアライサも高水準(残念ながらアライサは大アリアを歌っていませんが)、ロジーナは僕の趣味としてはヴァレンティーニ=テッラーニの方が好みです。

・ドン・マニフィコ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
カンパネッラ指揮/バルトリ、R.ヒメネス、コルベッリ、ペルトゥージ、ヌープ、グローヴ共演/ヒューストン交響楽団&オペラ合唱団/1995年録音
>ほぼ同じメンバーの音源もあってそちらも高水準なのですが、ダーラは映像がやはり楽しいのと王子役のヒメネスの方が僕は好きなのでこちらを(^^)ダーラは、バルトロでコレナ以来の人であったのと同様に、マニフィコに於いてはパオロ・モンタルソロ以降最高の人だと言えるでしょう。モンタルソロのアプローチがほんの少しいやらしさや狡猾さという苦みを加えたものなのに対し、ダーラのこの役は上述のとおりもっとあっけらかんとしたもので、よりマニフィコの間抜けさやお人好しな印象が強くなっています(それでも傲慢さや空虚な意地っ張りぶりを出しているは流石!)。声こそ歳を取った感じがしますが、ここでも速射砲のようなお喋りは健在で笑わせてくれます。今ではマニフィコを演じることが多くなった名ブッフォ、コルベッリとの絡みがまた実に面白い!この2人のこの重唱が映像として遺されたのは、オペラ・ファンにとって幸運という他ないでしょう。バルトリ、ヒメネス、ペルトゥージといった共演陣も超強力で、本作を語る上では欠かせない映像でしょう。

・トロムボノク男爵(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、レイミー、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>アバドが発掘した本作品の記念すべき録音。ここでのダーラはどちらかというと狂言回し的な役どころで歌う場面は必ずしも多くはないのですが、だからこそコミカルな存在感という彼の一番の持ち味が効いています。音楽狂の軍人というばかばかしい設定を、彼ののどかでいかにも無害そうな雰囲気がいい感じに助長していて、喜劇的な雰囲気を盛り立てています。長々とカデンツァを入れるレイミーのシドニー卿に「Basta! Basta! 十分!結構!」とちゃちゃを入れるところなんて最高に好きですww当然ながらアバドの存在も大きいですが、彼のカラーが、個性的なメンバーを演目の上でも(男爵は一行の幹事ですからね笑)、演奏の上でも纏めているといっていいでしょう。

・タッデーオ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
アバド指揮/バルツァ、R.ライモンディ、ロパード、パーチェ、コルベッリ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1987年録音
>実はこの録音は最初あまりいい印象ではなかったのですが、今回聴き直して改めてその良さに気づくことが出来ました(嗜好や評価は変わるものですね^^;)。この割と真面目なメンバーの中でしっかりとブッフォとしてのキャラクターを打ち出していて、演奏に笑いの花を添えています。タッデーオは優男ということになっていますから必ずしもオモシロ要員が演じることはないのですが、ライモンディが高級感のある声でよく考えて歌っている分、ダーラが正面切ってすっとぼけたアプローチをすることで作品全体のバランスが取れているのです。バルツァの気の強そうなイザベッラに振り回されている感じがいいですし、アリアの最後での腹をくくって楽しんでしまえ!という雰囲気も笑いを誘います。

・ドン・パスクァーレ(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
カンパネッラ指揮/コルベッリ、セッラ、ベルトロ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1988年録音
>こちらはまだ残念ながら全曲を入手できていないので断片を聴いた印象ですが、改めてこういう振り回されるパンタローネの役回りはよく似合いますね(笑)1幕のロンドの愚かな喜びに浮き立っている様子など、思わずにんまりさせられます。この演目最大の聴きどころであるパスクァーレとマラテスタの重唱もコルベッリとですが、これがまた絶品!知る限りこれほどの高速でぶっちぎっていく録音は他にはないように思いますww普通の演奏でも圧倒されるところですが、その勢いの良さに思わず手に汗握ります。もちろんこのコンビですから単に速いだけではなく、騙される側の能天気ぶりと騙す側のずるさもしっかり引き出していて、爆笑させられつつも思わず感心してしまいます。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
レヴァイン指揮/パヴァロッティ、バトル、ヌッチ、アップショウ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
>男声が強力な録音。やや暑苦しくてもパヴァちゃんの柔らかな声はネモリーノに似合っているし、ヌッチの若々しいパワーとスタイリッシュな歌唱も気障なベルコーレにぴったり(笑)そんな中でダーラのドゥルカマーラはやはりどこか人が良さそうで、ちょっとつついたらバレてしまいそうな底の浅さが感じられるのが笑えます^^実のところ私見では、彼の持ち味はドニゼッティよりもロッシーニで活きるように思うのですが、ここでは実に愉しそうに歌っているのが印象的で気に入っています(アリアなんて、ノリノリで“Gaetano, tromba!!”と作曲家にラッパを指示していますし!ww)

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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百五夜/真夏の夜の色~

100回を超えてから更新の鈍っている本企画ですが、一方で書きたいと思っているひと、やりたいと思っていることは山積しております^^;
今回のひとについてもフレーニについて書いていたころから構想をしていたものの、やっとこさ着手ができてひとつ胸のつかえが降りた気分です。

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Le Diable (Massenet)

グザヴィエ・ドゥプラ
(Xavier Depraz)
1926~1994
Bass
France

インターネットで「グザヴィエ・ドゥプラ」なり「Xavier Depraz」と入れて検索してみると、映画『ブロンテ姉妹』などに出演した俳優がかなり引っかかります(G○○le大先生に至ってはご丁寧に「俳優」として検索結果を出してきます)。オペラ歌手を検索するとこういう目には比較的よく遭うのですが(ロバート・メリルのときにはロバート・デ=ニーロとメリル・ストリープばかり出てきて閉口しました。。。)、彼の場合ちょっと特殊なのはこの「俳優」として登場するドゥプラ氏こそが、まさに今回ご紹介する「オペラ歌手」のドゥプラ氏と同一人物であるということ。
オペラ歌手として活躍している人がこうして映画に登場している事例では有名なところだと『仮面のアリア』に登場したジョゼ・ヴァン=ダムが挙げられますが、本業の俳優としても名前が知られているのは、比較的珍しいでしょう。本当はこのあたりで彼の映画での演技とオペラでの演技の話ができればよいのですが、あいにく『ブロンテ姉妹』も未見なら彼の登場したオペラの映像も持っていない上、演技の話をできるほど演劇の知識もないという有様なので、片手落ちながら今回は特に音源で聴くことのできる範囲での話をしていこうと思います。もちろん、歌の面でも高い実力を示した人物です。
とはいえ他の仏国の歌手同様、彼もご多聞に漏れず日本語の情報が少なく、ご存知の方も少ないと思います。幸い2年ほど前に仏国のレーベルMariblanからアリア集も出ましたし、CDで出ていなかったレコード音源もmp3で聴くことができるようになっています。今回はそういった音源を踏まえつつ、そうではないものも加えて紹介していきましょう。

<ここがすごい!>
これまでこのシリーズでは、仏国のバスとしてソワイエ、白国出身ながら仏もので活躍したバスタンを取り上げてきました。ドゥプラは彼らの先輩筋で、どちらかと言えばソワイエのようなシリアスな路線によりつつも幅広い役柄活躍しています。歌い口や声の軽やかさなど後輩たちとなるほど似ているなあと思う面もある一方で、ドゥプラの声はもっと重心が低く、たっぷりと深みがあってまろやか。仏国の声の形容として「黒い声」という表現があるそうですが、彼の声はまさにそういった印象を受けます。しかしその黒は、例えばモルやフリックやグラインドルのような独国の森を思わせる底の見えない闇のような色調ではなく、夏の宵のように明るくて爽やかで色気のある、ちょっと藍色に近いような黒のイメージです。そんな印象ですからオペラの中で他のパートの人たちとしっかりとコントラストのつくバスの音色でありながらも、重たくならないのです。より具体には、ヴェルディやヴァーグナーを歌うと見事な歌手が仏ものやモーツァルトを歌うと鈍重でエネルギッシュ過ぎる印象になってしまうことがありますが、そういった歌手と対極にある人とも言えそうです。いい意味で脂身が少なく、もたれないというのは彼の大きな特徴でしょう。ただそれでも声はしっかり鳴っていて、欲求不満を感じさせることはありません。特に低音の豊かで深い響きは仏国の他のバスと一線を画しています。
先ほども書いたとおり、演じている役柄の幅はかなり広いと思います。遺っている録音を見てみると、物語の中心にいる役と言うよりは悲劇的な状況に陥った主人公たちに力を貸すような役が比較的多いところです。例を挙げるならばローラン神父(C.F.グノー『ロメオとジュリエット』)やナルバール(H.ベルリオーズ『カルタゴのトロイ人』)、オラトリオですが家長(同『キリストの幼時』)などがこう言った役柄でしょう。こうした役柄では彼の柔和な声と控え目で誠実な歌唱が良く活かされていると思います。他方でバジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)、家庭教師(同『オリー伯爵』)、全曲は聴けていないのですがオスミン(W.A.モーツァルト『後宮からの逃走』)などコミカルな役どころでも巧さがあります。これらの役でも彼はそれぞれのキャラクターらしい味わいを出しつつも抑制の効いた歌い口をキープしています。この路線で最も見事なのは(否、彼の録音の中でも最も見事と言うべきでしょう)、悪魔(J.E.F.マスネー『グリゼリディス』)ではないかと思います。この役柄は悪役ではあるのですがかなり多面的で、かなりいろいろなアプローチをし得ると思うのですが、悪魔らしい不気味さや色気、上っ面のお行儀のよさといったものを感じさせつつ、全体としてはコミカルで憎めないキャラクターに仕上げている彼の手腕には脱帽させられます。
もう一つ、忘れてはならないのは20世紀の作品での活躍でしょう。と言っても僕が視聴しているのはアルケル(C.ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』)とルプレヒト(С.С.プロコフィエフ『炎の天使』)だけなのですが、彼の甘みのある声が深い解釈と相俟っていずれも絶品です。とりわけルプレヒトでの名唱は、エキセントリックな女性に翻弄される男を克明に描き出していて惹き込まれます。プロコフィエフがお好きなら是非と言うところです。

<ここは微妙かも(^^;>
ヴェルディやヴァーグナーで活躍する人の対極にあると上述しましたが、逆に言えばこうした高カロリーな演目ではもうひとつパワー不足な印象を受ける面もあります。フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)などは元々が仏語の演目ですから、興味深くもあればそのグラントペラ風の趣も魅力的ではあるものの、ヴェルディを聴く気分で接してしまうとちょっと拍子抜けしてしまうかと。
また、バスですからそこまで問題になりませんが、やや高音が不安定になる時もあるのも惜しいです。

<オススメ録音>
・悪魔(J.E.F.マスネー『グリゼリディス』)
アルプレス指揮/モワザン、ジェンティ、マラブレラ、ベッティ、ロヴァーノ共演/仏放送協会管弦楽団&合唱団/1963年録音
>ドゥプラを聴くならばまずはこれが外せないと思っているのですが、果たして全曲がCD化されたことはあるのやら^^;かく言う僕自身もYoutubeに上がっていたものでしか視聴できていないのですが、この録音は名盤と思います。この作品の悪魔はメフィストばりの超自然的な登場をしたり子供を攫ったりと言う不気味で恐ろしい面と、おかみさんの悪魔につつかれるコミカルな面を持ち、尚且つ物語全体を引っ張っていくという魅力的で難しい役どころですが、彼の知的でバランス感覚のよい歌唱が実に冴えています。オペラの録音は東西いろいろありますが、これだけ人間的で憎めない悪魔は他にはそうそうないのではないかと。純粋そうなモワザンや引き締まった騎士的なジェンティをはじめ共演陣もいずれもお見事。どうにか光の当たってほしい演奏です。

・ローラン神父(C.F.グノー『ロメオとジュリエット』)
ロンバール指揮/コレッリ、フレーニ、グイ、カレ、ルブラン、ヴィルマ、トー共演/仏国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音
>主役を演じるコレッリとフレーニばかりが注目されてしまいがちな録音ですが、実は残りのメンバーも当時の仏国を代表する面々が結集しています(そういえばプレートル盤の『カルメン』もカラスの題名役以外はそんなメンバーでしたね)。こちらもまたドゥプラの良さがよく出ていて、温かみのある声と落ち着いたトーンが優しくて懐の深い神父像を作り上げています。主役2人が伊風の情熱的な歌い口で、若々しさと熱しやすさが目立っているのもあって好対照となっているように思います。

・アルケル(C.ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』)
フルネ指揮/モラーヌ、ミショー、ルー、ゴール共演/コンセール・ラムール管弦楽団/1953年録音
>この作品、僕は実は苦手で、恥ずかしながらあまり深く聴きこめているとは言い難いのですが、ドゥプラを語る上ではこれに触れない訳にはいかないかなと。この役は脇役ではあるのですが、曖昧で瞑想的な音楽と不安定な精神状態の主役たちを下支えする、言わば通奏低音のような役割をしていることを、彼の歌を聴いて納得した覚えがあります。あまりにも強すぎる個性が出てしまうと作品世界が歪んでしまう演目だと思うのですが、そのあたりの匙加減も絶妙ではないかと。主役陣については僕では語るに落ちてしまう部分が多分にあるのですが、その幻想的で危うい雰囲気は気に入っています。

・ナルバール(H.ベルリオーズ『カルタゴのトロイ人』)
シェルヒェン指揮/ジロドー、マンディキアン、コッラール、ドラン、ガレ共演/パリ音楽院管弦楽団&パリ声楽アンサンブル/1952年録音
>超大作『トロイ人』の後半3幕を切り取って演奏したものですが、なんといっても指揮のシェルヒェンが大変な曲者。強烈なアッチェレランドはじめパワーとドライヴ感に溢れた音楽づくりで、ベルリオーズの魅力を引き出しています。ナルバールのアリアなどはちょっとバロックのような雰囲気もあるのですが、ドゥプラらしいくさみのない清潔な歌唱はこういう音楽にもぴったりですね^^今だったらバロックオペラでも活躍したのではないかと思わせます。共演も総じて優れていますが、エネを演じるジロドーが出色かと。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
エチェヴリー指揮/ボティオー、ギオー、ビアンコ、シルヴィ共演/管弦楽団/1960年録音
>こちらは抜粋。折角このメンバーでスタジオ録音なら全曲録ってくれればよかったのにと思ってしまいます。ここでのドゥプラからは、例えばソワイエのこの役の歌唱で感じさせるような二面性やクリストフやギャウロフの強烈さといったはっきりとした強い印象はそこまでないのですが、代わりに良い意味でお手本のような均整の取れた表現を楽しむことができます。なにもメフィストだからといって、濃い味にする必要はないんだということを教えてくれているようです。共演ではギオーのマルグレートが出色か。

・家長(H.ベルリオーズ オラトリオ『キリストの幼時』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、デロサンへレス、ブラン、ソワイエ、コレ共演/パリ音楽院管弦楽団&ルネ・デュクロ合唱団/1965-66年録音
>超名盤。これだけ役者の揃った演奏も珍しいと思います(と言いながら、実はドゥプラもソワイエもこの録音で初めて知ったのですが)。ドゥプラは埃国逃避行中の聖家族一行を匿う寛大な人物を、安定感のある歌唱で好演しています。ソワイエと共演している音源は知る限りこれだけなのですが、較べて聴いてみると持ち味の違いを感じることができ、興味深くもあります。

・ルプレヒト(С.С.プロコフィエフ『炎の天使』)
ブリュック指揮/ロード、フィネル、ジロドー、ヴェシエール共演/パリ・オペラ座管弦楽団&フランス放送協会合唱団/1957年録音
>隠れ名盤だと思っています。どうやらこの作品の世界初録音のようですが、仏語歌唱。しかし、この演奏ではむしろ当時の仏国の人気歌手が仏語で歌ったことがプラスになっているのではないかと思います。何といっても主役を務めるロードと、我らがドゥプラの声に得難い色気があって、それが仏語で歌われることによって際立つこと!そして更に言えば、そのことが作品の毒々しくてグロテスクな音楽と物語とをより強く印象付けるのです。当然ながら原語版は原語版で素晴らしいですが、それとは違う味わいを出している感じ。セルゲイ・レイフェルクスの有名な歌唱は見事ですが、彼の歌唱からは感じなかった、簡単に愚かとは切って捨てられない魅力のあるルプレヒトをドゥプラは作り上げています。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
グレシエール指揮/ジロドー、ダン、ベルトン、ロヴァーノ、ベッティ共演/パリ・オペラ・コミック管弦楽団&合唱団/1954-55年録音
>この役はドゥプラの十八番のひとつだったのか、知るかぎり2つの全曲録音と、由来不明のジャズ編曲録音があります(ジャズのものはちょっと流石にスタイルがちがいすぎて厳しいなと言う印象です)。こちらはそれらの中でも最も状態のいいスタジオ全曲盤。上品でありつつも狡猾ないやらしさが透けて見えるバランスが流石です。この作品の中ではフィガロのように器用に切り抜けられなかったにしても、小市民として自分の利益を目指す算高さを感じさせます。全体にどのメンバーも現代のロッシーニ演奏で求められる歌唱技術は持っていないのですが、それとはまた別の軸でのエレガントなやりとりに心惹かれます。ジロドーやダンも素晴らしいですが特にバルトロのロヴァーノ。こんなに色気のあるバルトロは他に類を見ません。

・家庭教師(G.ロッシーニ『オリー伯爵』)
ストル指揮/セネシャル、ドーリア、ミリエッティ、マッサール共演/ストラスブール歌劇場管弦楽団/1961年録音
>同じくコミカルなロッシーニ路線でもうひとつ。この役などはかなり高度なアジリタを要求される役なのですが、意外なぐらいドゥプラは達者に歌っています。残念ながら音質が今一つなのですが、しっかりした低音でアンサンブルを支えています。以前紹介したアリエもそうでしたが、いまもし歌っていたらもっと評価が上がったかもしれないと思うところも。セネシャルやマッサールは他の録音でも聴くことのできるエレガントな歌唱、聴きどころはドーリアの演ずる伯爵夫人でしょう。

・ファルスタッフ(C.L.A.トマ『夏の夜の夢』)2017.11.16追記
ロザンタル指揮/ルゲイ、ミショー、トゥルバ=ラビエル共演/仏放送協会管弦楽団&合唱団/1956年録音
>日本語ではあらすじの情報すらままならないようなマイナーな作品なのですが、ここでのドゥプラは悪魔と同じかひょっとするとそれ以上の素晴らしい演唱を聴かせてくれます。タイトルに反してオーベロンの登場する物語ではなく、シェイクスピアが主人公で、エリザベス女王など実在の人物と詩人の創作した人物が入り乱れて登場する作品で、ファルスタッフは陰の主役とも言うべき活躍ぶりです。ソフトで明るいバスが耳に心地よいのはもちろんのこと、特筆すべきはその言葉捌きの巧みさで、コミカルながらも決してやりすぎず実に愉快。シェイクスピアを演じるルゲイとの相性も良く、彼らの重唱がこの録音の白眉でしょう。別の演奏ではあるものの映像があるようなので、思わずそちらにも手を伸ばしたくなる好演です。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百四夜/パ・パ・パ~

このところ何かと忙しく、気づけばこのシリーズも1年近く更新が止まってしまっていました汗。今年はもう少し更新していきたいなと思っているところではありますが、まあ気長に笑。
久しぶりということで、とびきり陽気な御仁にご登場願いましょう!

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Papageno

ヘルマン・プライ
(Hermann Prey)
1929~1998
Baritone
Germany

いつご紹介しようかとずっと思っておりました。独墺系歌手の重鎮中の重鎮です。
レパートリーが被ることとともに、その藝術的な完成度の高さも相俟って、4つ歳上ののフィッシャー=ディースカウと共に語られることが非常に多いです。とはいえこの2人の方向性は大きく異なるように個人的には感じています。いずれにせよこの2人が、20世紀のオペラと独歌曲で活躍したバリトンの双璧であることに変わりはないでしょう(本当は彼のライフ・ワークはシューベルト歌曲だと言われているのですが、恥ずかしながら未だにそのあたり明るくなく、今回はオペラに絞ったお話をしていこうと思います。。。F=Dのときも同じようなこと言ってましたね^^;)。またレパートリーには若干のずれがありますが同い年にはもう一人、こちらもこの時代の独墺系バリトンの雄である同年のエーベルハルト・ヴェヒターがおり、彼との比較がなされることも少なくないように思います。。
余談になりますが、1929年は20世紀の低音歌手にとって記念すべき年で、独墺系ではプライ、ヴェヒターに加えヴァルター・ベリー、伊系で活躍した人では本blogでおなじみのニコライ・ギャウロフ、ピエロ・カプッチッリの他にジョゼフ・ルロー、コスタス・パスカリスといった人たちが生まれています。なんとまあ!笑

さてそんな訳でフィッシャー=ディースカウやヴェヒターと較べられることの多いプライではありますが、藝風と言いますか歌手としての個性は彼らとは大きく異なると言っていいでしょう。フィッシャー=ディースカウは以前取り上げたとおり、楽譜を深く読み込んだ知的で丁寧で整った歌い口が魅力の人ですし、ヴェヒターはオペレッタで鳴らしていましたが、それにしてもやはりヴァーグナーなどでのコワモテな印象が強いです。彼らに限らず、独墺系のオペラ歌手と言うと比較的生真面目で硬派のイメージが強い人が多いように思います。
では、プライの魅力は?
今夜はそこに迫ってみたいと思います。

<ここがすごい!>
彼を語る上で非常によく取り沙汰されるのがフィガロです。何故ならば、彼は独墺系のバリトンの中では珍しく、モーツァルトの『フィガロの結婚』とロッシーニの『セビリャの理髪師』のどちらの演目でも、フィガロとして名を馳せたからです。同様に彼を語る上で欠かせない役とされるのは、極め付のパパゲーノ(W.A.モーツァルト『魔笛』)とアイゼンシュタイン(J.シュトラウス2世『蝙蝠』)。
この役どころを眺めているだけでも、彼の美点と個性が見えてきます。F=Dやヴェヒターにない彼の魅力は、おおらかでのびやかで愛嬌があって、人間臭いところにあると言っていいでしょう。うまく言葉にできないのですが、プライさん自身の人柄の良さと言うか、気さくさ、自由さが、歌っている時の感情の全てが歌から溢れ出ているような感じなんです。時に感情に持ってかれるところもあって、単純比較すればF=Dの方が精緻な歌なんですが、それでもプライの方が歌として感動できるものだったりする。最初にフィガロの話をしましたが、正直言うとモーツァルトのフィガロは彼には音が低いと感じるし、ロッシーニは今の耳からするとたどたどしい部分もあるんです。でも、未だに「フィガロと言えばプライ!」という人がいるのも肯ける味があるのもまた事実なのです。これだけはもう聴いていただかなければわからない、彼の天賦の才なんだと思います。

但し、彼が感情の赴くままに、恣意的に粗っぽい歌をうたっているかと言うとそうではありません。むしろその歌は基本的にはかなり端正で、彼の音楽面での誠実さがよく出ていると言っていいでしょう。特に奇を衒ったことをしている訳ではないのに、充分にその役柄の面白味が伝わってくるところに彼の偉大さがあります。オペレッタであっても、語りや崩しにならず歌として聴かせてしまう妙味には頭が下がります。優れた喜劇役者は余計なオカシサを役柄に付け加えるのではなく、徹頭徹尾真面目にやることでその役柄の可笑しさを引き出すと言いますが、彼の歌を聴いているとまさにその通りなんだろうなと思うのです。

また、ここまでのところではどちらかと言うとコミカルな役どころこそが彼のレパートリーの中心のような印象と思われるようなことを述べてきましたが、実のところはそうではありません。彼のライフ・ワークであるシューベルトをはじめ、歌曲で評価を受けているように、微妙な感情の機微を感じさせるような役柄もまた絶品なのです。例えばダニロ(レハール F.『メリー・ウィドウ』)は華やかで楽しい役柄である一方で、過去の戀愛での苦い記憶をどこかに引きずった切なさのある粋な大人の男ですが、名演は多いもののここまで繊細で複雑な味わいを出している歌唱は他に例を見ないと思います。脇役ではありますがフリッツ(E.コルンゴルト『死の都』)でも、陽気な男の歌ううっとりさせるような甘い旋律の中に潰えていく街の儚さを感じさせる名唱を披露しています。笑顔なんだけど哀しい、笑っているような泣いているような感情の動きを優しいタッチで作り上げていく彼の手腕には、何度聴いても涙が零れます。

最後になりますがもちろんその美声も忘れてはならないでしょう!厚みがあって柔らかで、心地よい湿り気と質感のある響きの良さ。独系のロマンティックな声のバリトンの最高峰と言ってもいいのではないでしょうか。こういうことを言うとまた怒られそうな気もしますが、声そのものだけを俎上に取ると、実は私自身はF=D御大よりもプライの方にうっとりさせられることが多いです。特に低音の豊かな声は録音史の様々な低音歌手の中でも最良のもののひとつでしょう。個人的には、これは或意味で邪道っぽさはあるのですが、ヴンダーリッヒとの重唱集で残しているマルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)での色気のある美声はイチオシ。騙されたと思って是非一度!

<ここは微妙かも(^^;>
ここまでも述べてきたとおり彼は非常に自然体で歌う人です。実際ご本人としてどうだったのかというのは残念ながら私にはわかりませんが非常に飾りのない人。それが或意味で裏目に出る時があるような気がするのが、時にある音程の不安定さです。感情がこもってくると割とその感情に合わせて音程のぶら下がりとかがあるんですよね^^;これが気になる人は気になるかも。
ただ、彼の場合その自然体こそが一番の持ち味でもあるともいえるので、表裏一体の部分なんでしょう。
あとはちょっと人が良すぎるところもあって……ドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)なんかは歌は素敵なものの、変な話いい人過ぎちゃってあんまりはまらないように感じました^^;

<オススメ録音♪>
・パパゲーノ(W.A.モーツァルト『魔笛』)
リーガー指揮/ヴンダーリッヒ、ローテンベルガー、コーン、ケート、エンゲン、ヒレブレヒト、ナアフ、マラウニク、グルーバー、フリードマン共演/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1964年録音
>秘密の名盤。もう繰り返しになりますが、やはり私としてはプライと言えばやっぱりパパゲーノ!彼一流の陽気で自然体な人柄が、このキャラクターにぴったりなのです。ありきたりな表現ではありますが、まさにパパゲーノその人と言いますか。そう、この役はダメなやつですが、彼は彼なりに必死に生きているんですよね、それが感じられる。無理に作った人物像ではなく、プライの人柄がにじみ出て、この役と融合しているように思います。ショルティのスタジオ盤もありますが、やはりライヴ盤の方が生き生きとしていますし、何よりここではタミーノを夭逝したプライの親友ヴンダーリッヒが歌っているのが嬉しい!意外とこの主従が一緒に歌っている場面は少ないのですが、「ム、ム、ム」の5重唱など最高です^^その他全体に完成度が高いですが、ケートの夜の女王が今一つなのが惜しい(まあこの役にはよくある話なんだけれども)。

・ガブリエル・フォン=アイゼンシュタイン(J.シュトラウス2世『蝙蝠』)
C.クライバー指揮/ヴァラディ、ポップ、レブロフ、コロ、ヴァイクル、クッシェ、グルーバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1975年録音
>ひょっとするといまだにこの録音を超える蝙蝠は登場していないかもしれません(公爵のレブロフの好き嫌いはありますが)。プライに関していえば、これだけ人から愛されそうなアイゼンシュタインもそうそういないでしょう。陽気でいい加減で女好きで、でも愛嬌があってどこか憎めない。思わずはっとしてしまうような色気もある。例えばこれがヴェヒターだと、確かにスタイリッシュで気品も色気もあってかっこよいのですが、お友達にしたいかというとちょっと……(笑)ファルケ博士の復讐に遭ってしまったのも然りという感じがあるんですね。そういうアイゼンシュタインももちろんありな訳ですが、プライの場合にはもっとこの一件をすかっと笑い飛ばして終われそうな明るさがあるんですね。そうしてみるとプライという人は存外、天性の人たらしなのかもしれません。

・フィガロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ベーム指揮/ヴァイクル、ヤノヴィッツ、ポップ、バルツァ、リドル、リローヴァ、ツェドニク、エキルス共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1980年録音
>こちらも当たり役中の当たり役ですね^^同じベーム指揮のスタジオ録音は当然不滅の名盤と思っていますが、あんまりにもメジャーなので今回は別の音盤をご紹介します。こちらはベーム最晩年の来日公演(!)の音源で、ベームの年齢のことも含め瑕も少なからずあるものの、やはりライヴらしい活きの良さがたまりません。流石のプライもだいぶ年齢を重ねており、スタジオ録音で聴かれたような若々しさはないのですが、その分表現力の幅は広がっているように感じます。彼のモーツァルトらしい丁寧さも感じられる一方で、例えば有名な“もう飛ぶまいぞこの蝶々”など、他の録音ではあまり聴かないような崩れるぎりぎりの攻めた歌唱を繰り広げています。「守・破・離」の離の境地といっても良いのかもしれません。同じくだいぶ薹が立っているものの相変わらず可愛らしくて生命力いっぱいのポップちゃん、意外とこの役での録音のないヴァイクル、格調高いヤノヴィッツなどなど共演も揃っていますが、一番拍手を貰っているバルツァが一番よくないのが残念です。

・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
アバド指揮/フレーニ、ファン=ダム、マッツカート、ベルガンサ、モンタルソロ、ピッキ、リッチャルディ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1974年録音
スウィットナー指揮/ギューデン、ベリー、ローテンベルガー、マティス、オレンドルフ、ブルマイスター、シュライヤー共演/シュターツカペレ・ドレスデン&ドレスデン国立歌劇場合唱団/1964年録音
>これまで述べてきたとおり、楽器としてはノーブルな騎士的バリトンである彼にとって実のところフィガロよりもハマっている伯爵では2つの音源を。アイゼンシュタインのところでも言ったけれども、彼は本当に憎めない人物像を作るのが本当にうまい。最終的にはいつもフィガロたちの掌の上で転がされてしまうとは言え、それなりに才気もあり、権力もあり、プライドも高い上に女好きというこの役であれば、強権的で嫌な人物にすることもいくらでもできる(実際、F=Dもヴェヒターもアレンもシュミットもそういう路線でしょう)筈なのですが、そういう要素が全てあった上でもまだ可愛げが感じられるというか、どこかに善良さが顔を出す伯爵なのです。フレーニの夫人がまた素晴らしくて、この録音を聴くとこの演目の主役はこの人たちだなと思います(尤もファン=ダムだって悪くないし、実はこの録音の最大の聴きものはこの中では最も無名なマッツカートだったりもするのですが笑)。後者の盤は旧東独で録音された独語によるもので、より若々しいプライの声が楽しめるのが大きな魅力です。また、やはり彼が達者なのは独語というのもあって、のびのびと歌っているのも嬉しい。スウィットナーの指揮にしても共演陣にしても、実にさっぱりとした格調高いモーツァルトを楽しむことができます。

・グリエルモ(W.A.モーツァルト『女はみんなこうしたもの』)
ベーム指揮/ヤノヴィッツ、ファスペンダー、グリスト、シュライヤー、パネライ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1974年録音
>モーツァルトをもう一つ。僕にとってこの作品を「開眼」から「お気に入り」にした非常に楽しい録音です^^男声3人のキャラクターがいずれもはっきりしていて、尚且つ歌のレベルも高いというのが非常に嬉しいところ。ここでのプライは予想に反してコミカルに突き進むのではなく、おどけた表情を見せる一方で、品格あるカヴァリエ・バリトンとして演じています。これがパネライのいかがわしいアルフォンソとしっかり役割を分けることに繋がっていて、どちらの人物も引きたたせています。名優の面目躍如というところでしょう。

・フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
カイルベルト指揮/ヴンダーリッヒ、ケート、プレープストル、ホッター共演/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1959年録音
スウィットナー指揮/シュライヤー、ピュッツ、オレンドルフ、クラス、ブルマイスター共演/シュターツカペレ・ベルリン&ベルリン放送合唱団/1965年録音
>こちらはアバド指揮のものがあまりにも有名ですが、彼はロッシーニ歌いではないし、母語でより自由に歌うことのできている独語版のものを2つ。最初のものはかなり古い映像ですが、颯爽とした舞台姿が非常に素敵です。どのメンバーよりも闊達に、自由自在に舞台を動き回り、正しく狂言回しというところ。そして大親友だったヴンダーリッヒとの息の合った楽しいやりとりをこうして映像で見ることができるのが、何よりも大きな財産でしょう。ホッターの不気味すぎるバジリオについ目が行きますが、このメンバーの中では無名ながらプレープストルの弱気なバルトロの演技は注目に値します。ここでもケートが冴えないのが惜しい。2つ目の録音は『フィガロの結婚』と同様、旧東独でスウィットナーの指揮により演奏されたもの。こちらでは弾ける若さより、もっと男の色気を感じさせるフィガロになっているように思います。ロジーナとの重唱での裏声など思わずゾクゾクさせられる代物。こちらでは伯爵はシュライヤー、こんなに王子様然としたこの役も珍しいかもしれません。クラスのずっしりとしたバジリオはじめ共演もいいですが、就中ベルタのブルマイスターは貫禄ものです。

・ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(レハール F.『メリー・ウィドウ』)
ヴァルベルク指揮/モーザー、ドナート、イェルザレム、クッシェ共演/ミュンヘン放送管弦楽団&バイエルン放送合唱団/1979年録音
>フォン=マタチッチ盤などの陰に隠れがちですが、穴場的な名盤です。ここでは先ほどとは一転して、昼行燈的なバカバカしい明るさの中に、ほんのひとさじ哀愁の苦みを加えた、陰のある男を演じており、その渋いかっこよさに打たれてしまいます。役として影を出そうとしているわけではなく、ごくごく自然に陽気なふるまいの中に影が滲み出てしまう感じがとてもリアル。しかも、ほとんど崩さずに歌うことでそれを実現してしまっているのが本当にすごいです。モーザーはじめ共演の力もあり、大人の喜劇に仕上がっています。

・ボッカチョ(F.フォン=スッペ『ボッカチョ』)
ボスコフスキー指揮/モーザー、ローテンベルガー、ベーメ、ベリー、ダッラポッツァ、レンツ、リッツ共演/バイエルン放送交響楽団&ミュンヘン州立歌劇場合唱団/1974年録音
>もう一つオペレッタ、こちらの方がより軽い喜劇ですね^^プライはここでも大人の男の魅力と余裕を感じさせる堂々たる主役で大変素敵です。アリアでの清々しい高音などはまさに胸のすく思いがしますし、名花ローテンベルガーとの重唱にもうっとりさせられます。全曲は最近演奏されませんが、浅草オペラで大当たりをとっただけのことはあって“戀はやさし”など魅力的な旋律が沢山あります。このあたりの作品の再評価がもう少し進むといいのですが。。。

・マウガレート(F.シューベルト『アルフォンソとエストレッラ』)
スウィトナー指揮/シュライヤー、マティス、フィッシャー=ディースカウ、アダム/ベルリン国立歌劇場管弦楽団&ベルリン放送合唱団/1978年録音
>歌曲はあまり聴いていないものの、やはりシューベルトに触れない訳にはいきません。決して多くはない彼のオペラ作品の録音ですが、よくぞこのメンバーでこれを残してくれました!と快哉を叫びたくなるもの。オペラといってもどちらかというと歌曲が続いていくような印象の本作では、悩みの深い2つのアリアが、まずはプライの別の顔を知ることができるということでお勧めできます。また、フロイラとの和解の重唱ではフィッシャー=ディースカウとの夢のような重唱を楽しめるのが大きいですね^^珠玉の1枚です。

・音楽教師(R.シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』)
レヴァイン指揮/トモヴァ=シントヴァ、バトル、レイクス、バルツァ、ツェドニク、シェンク、マルンベルク、プロチュカ、リドル、アップショウ、ボニー共演/WPO/1986年録音
>超名盤、惜しむらくはレイクスのバッカスがキングだったら!(あとはツェルビネッタが僕の嫌いなバトルでなければ!笑)脇役に至るまで非常にうまい人を揃えていることもあり、もちろん第2幕以降の本編も聴きごたえ十分なのですがむしろ第1幕の面白さを存分に発揮している録音ということができるでしょう。プライの歌う音楽教師には纏まった大きな歌こそないのですが、その穏健且つ懐の深い人物づくりが冴えていて、存在感があります。僅かな出番からも、魅力的な好人物でありつつも、劇場内の政治にも手腕を発揮できる有能さを感じさせるのは実にお見事。バルツァの若々しく神経質な作曲家を支える年長の庇護者といった風格です。もっと歌って欲しくもなりますが、あくまで傍役という抑制も効いているのは流石という他ありません。

・エーベルバッハ伯爵(A.ロルツィング『密猟者』)
ヘーガー指揮/ヴンダーリッヒ、ローテンベルガー、オレンドルフ共演/バイエルン国立管弦楽団&合唱団/1964年録音
>こちらも日本ではあまり顧みられることのないロルツィングの名作。プライはいつもながらのたっぷりとした美声で、モーツァルトよりもロマンティック、ヴァーグナーよりも軽やかでオペレッタよりも賑やかではない中庸の美と言うべき作品の魅力を存分に引き出しています。意外とプライの声が一番活きるのはこうしたものかもしれません。いつまでも聴いていたくなるような心地がします^^ヴンダーリッヒほか共演も充実しており、ロルツィング入門としてはこの上ないものかもしれません。

・フリッツ(E.コルンゴルト『死の都』)
ラインスドルフ指揮/コロ、ネプレット、ラクソン共演/ミュンヘン放送交響楽団、バイエルン放送合唱団&テルツ少年合唱団/1975年録音
>この役はほとんど名アリア一発勝負という役どころですが、ここにプライをもってきたのがよくわかる名唱です。1975年の録音ということで、彼ももうピークは過ぎている訳ですが、それがむしろここでの彼を味わい深いものにしていると言えるように思います。というのも、これはかつて栄えた街を回顧する歌なのです。過去への憧憬、ノスタルジーを感じさせるのに、彼の声が、ひょうげんがまさにうってつけ。作品そのもののテーマもノスタルジックなものであり、その意味でこのアリアがこの作品を象徴しているともいえるように感じます。

・エスカミーリョ(G.ビゼー『カルメン』)
シュタイン指揮/ルートヴィッヒ、ショック、ムゼリー、レブロフ共演/BPO、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団&シェーネベルク少年合唱団/1961年録音
>打って変わって鬪牛士、独語版です。あんまりプライのイメージじゃないなあなどと思いながら聴き始めるのですが、そのスタイリッシュな歌い口には思わずほれぼれすること請け合いです。大体がこの役、マッチョで気障であんまりキャラクターとしては好感度高くないのですが、ここでもプライ一流のいい人オーラが働いており、人懐っこくてこれならカルメンじゃなく誰が相手でもいいやつだと思うだろうなと思わされてしまいます。共演では意外なぐらいルートヴィッヒが役柄にマッチしていて感動的。素晴らしい切れ味です。

・マルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
アイヒホルン指揮/ヴンダーリッヒ共演/ミュンヘン放送交響楽団/1960年ごろ録音
>これはヴンダーリッヒとのデュエット集から。『ドン・カルロ』と『セビリャの理髪師』とこの作品から2重唱が録音されているのですが、これが一番良い出来です(僕の好みからいけば予想に反して笑)。ヴンダーリッヒの歌う旋律を包み込むように寄り添っていくプライのたっぷりとした美声!ほとんど裏声に近いような柔らかでウェットな高音の情感には、彼にしか出せない味わいがあります。
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