Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

かはくの展示から~第10回/サイガ~

このblogは国立科学博物館の公式見解ではなくファンの個人ページですので、その点についてはご留意ください。

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サイガ
Saiga tatarica
(地球館1階)
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系統広場の横にいるこの生き物、中央アジアに棲息している小型のウシの仲間です。
ウシの仲間と言うと身体が大きいイメージがあるかもしれませんが、実はウシの仲間にはかなりのヴァリエーションがあり、その中には子犬ぐらいの大きさしかないものも数多く含まれます。地球館3階の展示には、そんな小型のウシをたくさん見ることができるエリアもあります。
ちなみに、ヒツジだヤギだレイヨウだカモシカだといいますが、それらはみんな要するにウシの仲間に入ります。なんと広大なウシの世界!

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何といっても彼らの風貌を異様なものにしているのは、鼻でしょう。
ウシの仲間ひろしといえどもこんな顔をしているのは彼らだけ。
動物が不思議な姿をしているとき、その姿の由来は生活スタイルに帰する場合が多いですが、サイガの場合もそうです。
中央アジアの荒涼とした砂漠に住んでいる彼らは、走って逃げる際にこの鼻を使い、自分の吸う空気を暖め且つ加湿することで体力の消耗を抑えています。何と瞬間最大速度は時速90kmにもいたると言います。

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蹄もそういった環境で速く走ることに適応した形になっています。
一口に蹄といっても、その形は環境によって千変万化。
結構こだわってみていくと面白い部分です。

ちなみにサイガが展示されているブースは寒冷な気候で生息する動物と、高温な気候で生息する動物を対比しているので、是非周りの生き物と見較べていただければと思います。

<参考>
世界珍獣図鑑/今泉忠明著/桜桃書房/2000
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かはく | コメント:4 | トラックバック:0 |

2012

年の瀬の今日になって何をいまさら感があるものの、折角データがあるから2012年に作った年賀状で使った絵を。
実は毎年版画で年賀状を作っています。ただ、年に1回しかやらないからヘタクソ(^^;
ま、楽しくやれればいいか笑。

今年からテーマを「干支と古生物」とするシリーズを始めてみました^^

2012年賀状-1

アマルガサウルス
Amargasaurus cazaui

辰年ということで、実在しない唯一の干支なんでどうするか困った訳です(^^;
「龍」のモチーフはかっこいいものの、普通にやってもあれだし、かといって恐竜に流れるのもあまりに予想通り過ぎるな~双方のモチーフをうまいこと混ぜた感じで作れるやつはいないかなと頭を捻った結果がこの恐竜。

白亜紀の南米に棲息していた植物食の恐竜です。10mぐらい。
頭が小っちゃくて、頸としっぽが長くて、体がデっかい所謂ブロントサウルス(と言う名前は既に使われていないということはアパトサウルスの回で話題にしましたね)の仲間なのですが、かなりの変わり者。
頸の骨の突起が長く伸びていて、あたかも馬の鬣みたいになっています。本当にこんな格好だったんかいなと思いますが、頭蓋骨の一部を含めかなり保存状態のいい化石が見つかっているとのこと。
これが何に使われたのかということについては、諸説あるようですが最も有力視されているのは、皮膚に覆われていて体温調節に使ったのではないかと言う説のようです。そろそろ別の説が擡頭してきてもおかしくないような気もしますが、この説も長生きですね(笑)
今回はその突起をアレンジして、東洋の龍っぽいイメージと重ねてみました。ちなみに突起は全体には2列ですが、最初は1本なのでそれを角っぽくしてみました。

<参考>
大恐竜展 ――失われた大陸ゴンドワナの支配者――/冨田幸光編/国立科学博物館/1998

<関連記事>
Amargasaurus
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かはくの展示から~第9回/アロデスムス~

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アロデスムス
Allodesmus sp.
(日本館3階北翼)
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この生き物の全身骨格をぱっと見せられて、何の仲間だと思いますか?

「アシカ!」と思った人、「アザラシ!」と思った人いると思います。
実はどちらでもありません。アシカとアザラシの中間ぐらいの立ち位置にいるのではないかと言われている生き物で、絶滅したグループです。

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アシカ的な印象を齎すのがこの前肢。これがアザラシだともっと短い感じで、こういう翼みたいな大きな前肢があるとやっぱりアシカっぽく見える。1980年代までは、実際アシカに近い生き物だと考えられていたようです。

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対して後肢はこんな感じ。
アシカとアザラシを見分ける非常に簡単な違いは後肢の向きで、ざっくりいえば頭の方向に後肢が向いているのがアシカ、尾の方向に後肢が向いているのがアザラシですがこうして見てみると、尾の方向に足が関節しているのが良くわかります。それだけではなく、実際にアザラシの後肢の骨格を見ていると、アロデスムスの後肢が如何にアザラシに酷似しているかがわかります。それ以外の身体のつくりもアザラシと似ている部分が多く、分岐分類学的な調査の結果、1990年代以降はアザラシにより近いグループと言うことになっています。

これらのグループに於いて非常に面白いのは、何故アシカとアザラシとアロデスムスがいるのかということが良くわかっていないということです。
もう少し詳しく説明すると、現在の古生物学ではアシカもアザラシもアロデスムスも近い生き物から進化したと考えられています。その上で、例えばアシカが遠洋で生活していてアザラシは近海で生活しているというようなことであれば問題なく説明ができる訳ですが、現生のアシカとアザラシはどちらも似たようなところで似たような生活を送っており、アロデスムスも恐らくそうだっただろうと考えられています。つまり、近い生き物からそれぞれかたちのちょっとずつ違う同じような生き物が同じような環境に進出して3パターンも進化したということで、これはちょっとした異常事態です。加えて、何故かアロデスムスの仲間のみ絶滅してしまっています。
このあたり、いったいどういう事態が起こっていたのかを解決する鍵が、ひょっとすると絶滅してしまった“あいのこ”アロデスムスにあるのかもしれませんし、逆に話をややこしくしているのかもしれません。

ちなみにこの全身骨格は、複製ではありますが非常に良心的なもの。
実際に観ていただければすぐにお分かりになるかと思いますが、化石っぽくしてある部分と割と綺麗な部分があります。これは化石が発見されている部位のみを化石らしく作ることで、実際にどれぐらいの部位をもとに復元されているのかを知ることを可能にする手法で、実骨をもとに作成されることもあります。どこまでがわかっていて、どこからが推測なのかをはっきりさせるのは古生物学のように証拠の少ない学問にとっては重要なことであり、こうした展示が将来的には増えていけばいいな、と思います。

なお、アロデスムスについてはafragiさんのこちらの記事も。

<参考>
新版絶滅哺乳類図鑑/冨田幸光:文/伊藤丙雄・岡本泰子:イラスト/丸善株式会社/2011
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第三十五夜/生まれあわせが良かったら~

世の中の大概の人生がそうであるように、いや、或いはそれ以上に、オペラ歌手の人生にとってひょっとしたら才能以上に大きな力を持ってくるかもしれないと思うのが、運です。
今回の主役は、生まれあわせが良ければ、もっと評価されたかもしれない実力者。

Arie.jpg


ラファエル・アリエ
(ラッファエーレ・アリエ)

(Raffaele Arie, Рафаел Арие)
1920~1988
Bass
Bulgaria

母国勃語読みと伊語読みとでファースト・ネームの表記が若干異なっていることがあります。

同じ勃国で、6年先輩にはクリストフ、9年後輩にはギャウロフ。いずれも20世紀を代表する個性派の大バス歌手です。この2人に挟まって、割を喰ってしまった感があるのがこの人なのです。録音も彼らに較べるとうんと少ない。
レパートリーを見ると必ずしも彼らと被っている訳でもありませんし、声質、キャラクターもかなり異なる。実力的にも遜色はないと思います。
この2人の間でなければ、例えばもう少し遅く生まれていたら、もっと録音の機会はあっただろうし、少なくともギュゼレフと同等ぐらいの知名度にはなったのではないかと思うのですが、知る人ぞ知るという存在になってしまっている感は否めません。

特に日本国内での認知度は、かなり低いのではないかと思います。
相当マニアックなオペラ歌手名鑑のような本でも目にする機会はほとんどありません。
非常に残念なことです。

聞いたことがあるという人がいるとすれば、大抵はカラスの旧盤『ランメルモールのルチア』のライモンド・ビデベント。ここでも持ち味の滋味深い美声を駆使して、しっかりと脇を固め、カラス、ディ=ステファノ、ゴッビというメンバーの中でも存在感を示しています。ただ、古い録音なのでしょうがない部分はありますが、折角彼のような大物を起用したのであれば、ライモンドのアリアは復活して欲しかった。プロデューサー側としては主役はカラスだったんでしょうね。

<ここがすごい!>
勃国の先輩クリストフ、後輩ギャウロフ、それにギュゼレフとアリエを較べると、彼の声はちょっと毛色が違うことに気付くのではないかと思います。同じように美声と呼ばれる人たちではあるのですが、その他3人は或る種のアクのある声であるのに対し、アリエの声はどちらかというと深くまっすぐ響くアクの少ない声。この中では、ひょっとすると一番万人受けする美声と言って良いかもしれない。
勃国に限らずヴァルカンや露国、東欧のバス歌手たちはどちらかと言うと、まずはその独特で力強い響きの声質が我々の耳を引き付けるところが多い訳ですが、この人はそうではなく、より直球の美声で勝負しているところがあります。それはそのまま持ち味、役どころの違いにも顕れていて、例えばW.A.モーツァルトの『後宮からの逃走』のオスミンのような独ものをレパートリーにしているのは彼だけでしょう。もちろん言語の問題もありますが、単純に声質の適性から言っても、これはなんとなく頷けるところ。ギャウロフの『ドン・ジョヴァンニ』はどちらかと言えば異端だし、クリストフやギュゼレフもアリア集などではモーツァルトを歌っているものの、やっぱりアクがきつ過ぎ(^^;そこに行くとヴァルカン的な深みはありながらももっとすっとした響きのあるアリエの声は、違和感なくモーツァルトの世界に溶け込みます。また、特にたくさん歌ったという訳ではありませんが、ロッシーニやベル・カントものでも重すぎたり濃過ぎたりすることはありません。
但し、彼の声が正統的な美声だけど没個性なものかと言うと、それは違います。全体に独特の粘りがあり、高い音域を出すときなどなかなかスリリングで聴き応えがあります。力強さも申し分ないので、ヴェルディや露もの、それに悪魔役なんかを歌っても非常に素敵。同じ歌を歌っても、他のヴァルカンの歌手などとは全く別の魅力を引き出して呉れます。

彼はまた歌も非常にスタイリッシュで、音楽やキャラクターを弁えたものです。例えば、W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』の騎士長やG.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』の宗教裁判長などは、凄味を効かせることでその強烈で悍ましいキャラクターを描こうとして、歌自体の美しさが失われてしまう場合も少なくないように思いますが、彼は逆に淡々と歌いながら、その冷酷な人物像を引き出しています。楷書体の歌唱とでも言ったところでしょうか。一方で前出のオスミンやアリア集で入れている諸々の悪魔役のアリアなどでは、より崩した歌にすることで豪放磊落なキャラクターを描いています。人物に合わせて必要以上の崩しを加えない、このあたりの手腕はまさにあっぱれと言うべきところ。

手に入れることのできる全曲盤では、こうした美質を活かして、びしっと脇を固めている印象が強いです。前述のライモンド、騎士長などはまさにそうした役どころ。これらの役は実演でも録音でも実力のない人が受け持ったりしてぞんざいに扱われてしまわれがちではありますが、彼のようなしっかりした人が演じることで作品全体が引き締まってきます。そういう意味ではいい仕事を結構残していると言って良いのかもしれません。同時に、折角ならフィリッポやボリスみたいなバスの大役の録音をスタジオでもっと残せればよかったのに!とも思ったりするわけですが(苦笑)

<ここは微妙かも(^^;>
意外なアキレス腱としては、最低音域があまり強くありません。いろいろ聴いてみると最低音を回避していたり歌っていても鳴りきっていなかったりというところも散見されます。他がいいだけに、ここはちょっと残念な部分です。
また、重唱などでは結構溶け込んでしまうこともあります。このあたり実際に声量がそんなになかったのか、重唱の中で溶ける声なのか、或いは録音技術の問題なのか判断がつきかねる部分でもありますが…個人的には声量の部分と言うよりは声質と録音技術のように思っています。

<オススメ録音♪>
・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
セラフィン指揮/カラス、ディ=ステファノ、アリエ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1953年録音
>まずは最も手に入りやすい音源を。基本的にはカラスとディ=ステファノが主役ということで、ゴッビともども出番が結構削られてしまっているのが残念ではあるのですが、きっちり仕事をしてると思います。エンリーコとエドガルドの決鬪に割っているところなんかは聴き栄えがします。非常に穏やかで優しげなライモンドでキャラクターにもよくあった声、表現です。カラス、ゴッビ、そしてセラフィンは上々。ディ=ステファノは、まあこんなもんでしょう。

・騎士長(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)
フルトヴェングラー指揮/シエピ、エーデルマン、シュヴァルツコップフ、グリュンマー、デルモータ、ベルガー、ベリー共演/WPO&ウィーン国立歌劇場合唱団/1953年録音
>不滅の名盤。アリエの歌っている録音では入手しやすいもの。高貴なシエピに重厚な声でアリエが対峙する地獄墜ちの場面は、この音盤のハイライトと言って良いでしょう。過度の凄味やおどろおどろしさといったものとは無縁の、或る意味で非常に淡々とした歌唱なのですが、それが却ってこの世ならぬ騎士長の感じをうまく出しているように思います。この役では定評があったのか、シエピ以外にもアントニオ・カンポと共演したもの、レナート・カペッキと共演したものなどいくつか音盤があります。

・宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
サンティ指揮/クリストフ、フェルナンディ、ユリナッチ、バスティアニーニ、レズニク、ザッカリア共演/WPO&ウィーン国立歌劇場合唱団/1960年録音
>あまたあるこの曲の録音の中では隠れ名盤、と言ったところでしょうか。なんといってもアリエの宗教裁判長とクリストフのフィリッポの対決が聴きもの!端正な歌を聴かせるアリエと凄味のあるクリストフでは逆の配役の方がいいのではないかなんて思いながら聴いてみる訳ですが、これがなかなかどうしてクリストフの崩しが絶妙に人間臭く、アリエの整った歌が逆に非常に冷たく、両者ともに説得力ある演唱になっています。これはもっと評価されていい録音ではないかと思います。バスティアニーニとザッカリアを除くと他がいまいちなのが残念。

・ヴァルテル伯爵(G.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』)
マーク指揮/パヴァロッティ、クルス=ロモ、マヌグエッラ、マッツォーリ、アンゲラコーヴァ、ディ=スタジオ共演/トリノRAI交響楽団&合唱団/1974年録音
>ヴァルテル伯爵は結構カッコいいアリアがあったりしてやりがいのありそうな役だと思うのですが、音域が高めなのかあまり有名なバスがやっていないイメージがありますが(ジャイオッティは当たり役にしていたようですが)、ここでのアリエもヴェテランらしい渋い味を出しています。力強い高音があるのも魅力。タイトル・ロールのクルス=ロモはいまいち冴えませんが、パヴァロッティは大変素晴らしい。また、マヌグエッラもいつもながら堅実な歌唱で好感が持てます。

・家庭教師(G.ロッシーニ『オリー伯爵』)
グイ指揮/セネシャル、バラバーシュ、カンネ=マイヤー、マッサール、シンクレア共演/トリノRAI交響楽団&合唱団/1957年録音
>重厚な美声が魅力のアリエですが、ここでは意外とテクニックにも長けたところを聴かせて呉れます。家庭教師のカバレッタは、ロッシーニが自作の難曲『ランスへの旅』から転用した(と言うかこの曲全体そうなのですが)もので、高低差もあるし転がしもあるしかなり大変な曲ですが、なかなか高水準な歌唱を楽しめます。共演もセネシャルやマッサールなど演技巧者が揃っていて嬉しいところ。

・ジョルジョ(V.ベッリーニ『清教徒』)
ロッシ指揮/モッフォ、G.ライモンディ、サヴァレーゼ共演/RAIミラノ管弦楽団&合唱団/1959年録音
>こういう流麗な旋律線のある役では、彼の美点が活きます。しっとり歌われるロマンツァの素敵なこと!ライモンドと同様ここでも穏やかな感じの役作りが光っています。2幕終盤の重唱での力強い歌も魅力ですが、共演のバリトンのサヴァレーゼがちょっと落ちるような気がして残念です。モッフォは出来が良く、初めてこの人の凄さを認識したような気がします。私の大好きなG.ライモンディも、超高音は流石に端折っていますがフォルムの美しい歌で魅了します。

・オスミン(W.A.モーツァルト『後宮からの逃走』)
ロスバウド指揮/シュティッヒ=ランダル、ゲッダ、セネシャル、プリエット共演/パリ音楽院管弦楽団&エリザベス・ブラッサー合唱団/1954年録音
>ゲッダのところでもご紹介した隠れ名盤。アリエのオスミンは豪放な役作りが非常に痛快です。全体に勢いのある歌で楽しめますが、有名なアリアの最低音を端折ってるのが若干の瑕疵か(^^;それでもこの力強さ、爽快さは一聴の価値ありだと思います。共演陣の素晴らしさはゲッダのところでも述べたとおり。

・コッリーネ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
エレーデ指揮/テバルディ、プランデッリ、ギューデン、インギッレリ、コレナ、ルイーゼ、デ=パルマ共演/ローマ聖チェチリア音楽院管弦楽団&合唱団/1951年録音
>ここでも脇役ではあるものの、ピリッと存在感を出しています。何よりこのときの若い声で柔らかくじっくり歌った外套のアリアが最高に素晴らしい!それこそクリストフでは隈取したみたいな歌になってしまいますが、アリエの簡潔で直截な悲哀はしみじみと心に響いてきます。共演で後年の有名な録音よりも瑞々しいテバルディが最高で、若々しい歌が楽しめます。プランデッリはあまり名前を聞かないうえ聞いたとしてもいい評判のあまりないテノールのような気がしますが、とんでもない!ここでの歌唱は非常に情熱的で、そんなに量を聴いている訳でもありませんが、個人的にはかなり上位に来るロドルフォです。ショーナールのコレナはもったいない気がするwギューデンは歌えるし華もあるけどプッチーニには合ってるとは思えず、最悪なのがインギッレリのマルチェッロでひたすらおっさんくさくてこちらの戀人コンビが良くないのが残念です。しかしデ=パルマってつくづく藝歴長いねwww

・メフィストーフェレ(A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
・メフィストフェレス(H.ベルリオーズ『ファウストの劫罰』
・ベルトラム(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
・悪魔(A.ルビンシテイン『悪魔』)
ロサダ指揮/RAIミラノ管弦楽団/1971年録音
>実は結構アリア集も出ていて、そこに収められたヴェルディや露ものもどれも素晴らしいんだけれども、『悪魔の歌』というアリア集に収められたこれらの演唱が非常に出来が良くてどれも格好良い!彼の作りだす豪快で押し出しが強い悪魔像はいずれも魅力的ですが、中でも特にA.ルビンシテインの『悪魔』からのアリアが秀逸!作品自体はマイナーながらアリアは単体で結構歌われますが、いままで聴いた中でベストの歌唱です。

・ドン・ルイ=ゴメス・デ=シルヴァ(G.F.F.ヴェルディ『エルナーニ』)
サンツォーニョ指揮/デル=モナコ、オルランディ=マラスピーナ、ザナージ共演/フェニーチェ歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音
>隠れ名盤。ここでもアリエは端正な歌唱を繰り広げている訳ですが、怨念の人、復讐の鬼シルヴァが端正に歌われることで、逆に空恐ろしい感じが出ています。シルヴァの悲劇は結局貴族としての品位と矜恃が根っこにある訳ですから、彼のような品のあるアプローチも当然あり得るし、それで成功しています。デル=モナコはここでも火を噴くトランペット!オルランディ=マラスピーナも彼女のベストと言っていい出来でしょう。それより何よりザナージのドン・カルロが最高に素敵です!いやぁ、この人ってこんなにすごい歌手だったっけかっていう瑞々しくてパワフルな名唱。バスティアニーニやカプッチッリよりいいかもしれません。音質も意外なほどいいです。入手は難しそうですが、おススメ!

・ザッカリア(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)2014.12.16追記
レッシーニョ指揮/プロッティ、デ=オズマ、F.タリアヴィーニ、ヴィーギ共演/オビエド歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>いい面悪い面ありますが、録音の少ないメンバーの活躍を楽しめる音盤です。出来としてはアリエがピカイチでしょう。如何にも彼らしい落ち着いた音色の歌声は、この役柄に相応しい重量感を感じさせ、どっしりとした人物像を作り上げています。非常に頼りがいのありそうな、堂々たる歌声。ここではいい意味で非常に端整な歌で、この宗教的指導者の敬虔さ、真摯さが伝わってくるようです。ここでしか聴いたことのないヴィーギのフェネーナが淑やかで出色、タリアヴィーニも悪くありませんが粗っぽいかな。プロッティは豪快な声と歌ですが、武弁一辺倒なのが惜しい。デ=オズマとレッシーニョの指揮、管弦と合唱は数段落ちます。それでも彼の貴重な全曲録音としては、非常に興味深い内容です。
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かはくの展示から~第8回/ツチブタ~

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ツチブタ
Orycteropus afer
(地球館1階)
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地球館1階のジャイアント・パンダの隣りにいる風変わりながらも、少し地味な哺乳類です。
「ツチブタ」という名前ではありますが、ブタの仲間ではありませんし、そもそもあんまりブタにも似てません(^^;どっちかというと『たのしいムーミン一家』のスニフでしょうか(笑)
なんだか知らないですが17世紀にアフリカに入植した蘭人たちが“aardvark”、日本語にすると即ち「土の豚」なんて名前を付けてしまったので、和名もこんなことになっています。
ひょっとするとジャイアント・パンダだけをご覧になって満足されて素通り、なんて方もいらっしゃるんじゃないかと思うのですが、それではあまりにも勿体ない、非常に面白い生き物です。

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こちらが前足、
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そしてこちらが後ろ足ですがいずれも大変力強く、そして鋭いかぎづめを持っています。
これを何に使うかと言えば、基本的には穴掘りです。
ツチブタは爪以外には武器と言えるようなものは持っていませんし、ご覧のとおりあまり闘って強い生き物でもありませんから、外敵に襲われた時には手近な穴に逃げ込んだり、その場で穴を掘って隠れたりします。そのときに役立つのがこの足で、この決して小さくもない体を隠すための穴をものの数分で掘ってしまいます。

またこれらの足、特に前足はアリ塚を突き崩すのにも使われます。
彼らはこの非常に強固な前肢を使って、鶴嘴でも壊せないアリ塚をいともたやすく破壊します。

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そのアリ塚のシロアリたちを探すために大きくて立派な耳を持っていますし、細長い吻部からは45cmもある細長い舌が出て、舐めとるように食事をします。但し、その食事に於いては、歯は使っていません。食物をすりつぶすのも消化器でやってしまいます。
といってこいつらには実は歯がない訳ではなく、むしろ奥歯にかなりユニークな特徴を持っています。
この奥歯の特徴をはじめ諸々のかなり変わった特徴によって、彼らはかなり特殊なグループとされています。

18世紀の瑞典の生物学者カール・フォン=リンネが築き、今もって使われる生物の分類に於いては生物は界・門・綱・目・科・属・種という7つの段階に分けられます。
例えばヒトで言えば「動物界脊椎動物門哺乳網霊長目ヒト科Homosapience※1」といった具合です。これは要するに、生物が分類上のどの位置にいるかと言うのを示す住所のようなものだと考えていただければいいかと思います。「東京と言う都の、台東という区の、上野公園」という住所と同じように「ヒトという科の、Homoという属の、sapience種」なのです。

さてツチブタの場合、少なくとも現生動物では、この分類段階で言うところの目の単位でツチブタしか含まれていません。つまり、わかりよりやすく言うと、ツチブタの所属する管歯目という目には、ツチブタ科というたった1つの科しかなく、そのツチブタ科の中にはツチブタという生き物※2しか入っていないということです。
目の単位というのはかなり大きなくくりです。例えば同じ哺乳網の偶蹄目などを見るとその仲間にはウシ、シカ、イノシシ、カバ、ラクダ、キリン、プロングホーン、クジラといった生き物が含まれています。そう考えてみると、如何にツチブタが変わり者かということも何となくわかっていただけるのではないかと思います。

そんなちょっと変わり者のツチブタ君、科博の剥製は近くでじっくり見ることができます。生きているものが見たくなったら隣りの上野動物園で見ることもできます(大抵寝てますが笑)。
地味ですが、素通りしないでちょっと立ち止まって見てみてください。

※1.例として挙げましたが、厳密に言うと各分類段階の間の段階もいろいろあるため、この書き方は問題があります。ここではあくまで一つの例示として考えていただければと思います。ヒトのきちんとした分類は、ちょっと調べれば簡単に出てくるかと思いますので、探していただければ。
※2.より正確にはツチブタ科の中には唯一Orycteropus属という属しかなく、更にその属の中には唯一afer種しかいない、ということになります。


<参考>
世界珍獣図鑑/今泉忠明著/桜桃書房/2000
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