Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第四十五夜/機械仕掛けの悪魔~

なんだか最近はすっかり折り紙blogになってしまっていますが、久々にこちらの投稿です。かはくの展示の紹介も準備は進めているのですが。怠けていた訳ではありませんよw
私自身はヴェルディが好きで、このシリーズも勢い、ヴェルディ歌手の登場が多い訳ですけれども、何も世の中のオペラはそればかりではないのはご承知のとおりです。
と言う訳で今回は珍しく、ヴェルディ中心ではない人を取り上げてみようと思います。

Ramey.jpg


サミュエル・レイミー
(Samuel Ramey)
1942~
Bass
America

「嘘つけ、ヴェルディ歌うじゃないか!」と思った皆さん、ええそうです、おっしゃる通りです笑。ただ、私自身はこのひとはヴェルディ歌手だと思っていません。非常にマルチな活躍をしているので、あくまでレパートリーのひとつとしてヴェルディの作品があるという程度でしょうし、個人的には、この人の持ち味が活きるのはヴェルディではないと考えています。
じゃあこの人が活きるのは何なのかと言えば、躊躇いなく答えられます。
ロッシーニの諸作品と「悪魔」です。
少なくともこの2つのジャンルについては、彼は録音史上類稀なる存在です。

バス・バリトンと書かれていることも多いのですが、私見ではバスかと。確かにかなり高い声まで余裕綽々で出しますけど、バリトン的な輝きのある声とはまたちょっと違います。もっとうんと深い、暗い響き。
今年で71歳ですか…もっと若いイメージがありますが、そろそろ引退も間近でしょうか。往年の声も衰えて、声量はあるもののかなり声の揺れが激しいと言いますから。引き際とも思いますが、ちょっと寂しい気もします。

<ここがすごい!>
「玲瓏」ということばがあります。
辞書で意味を引くと音については、「玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま」なんていう定義が出てきますが、彼の声はまさにこういうイメージの声です。太く、低く、深く、暗いけれども、磨き上げられた玉のような澄んだ美しさのある声。ちょっとひんやりした冷たい質感を持ちながら、或る意味で純粋で混じりけのない響きがあります。純粋で混じりけがないと言うのは、彼の場合必ずしも純朴さには繋がらず、むしろ超然とした役どころを演じたときの底冷えのするような凄みへと繋がっていきます。
一方では彼の歌にはえも言われぬ色気があります。これは歌と言うだけではなく、彼の持つ雰囲気そのものに色気があると言うべきかもしれません。バスであればシエピやR.ライモンディなどが時として歌うような甘い歌ではないと思うからです。なんと申しますか必ずしも男性の戀心を伝える色気というよりはもっと広い意味で誘惑者、という感じ?うまく言語化できなくて意味不明になってますが(^^;
そう、だからこそ彼は、純粋な悪であり、人々の誘惑者たる悪魔を演じさせれば、右に出る者のないパフォーマンスを披露するのです。メフィストフェレ(C.F.グノー『ファウスト』及びA.ボーイト『メフィストーフェレ』)、ベルトラン(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)、それに4悪役(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)での自在な悪魔ぶりには思わず心惹かれます。これだけいろいろな悪魔役の全曲録音を残した人もそう多くはありません。そしてまた彼が、フォン=カラヤン盤で演じたドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)でも未だに名声を保っているのも得心がいく訳です。

一方で彼はバスとしては恐らく依然録音史上最高のコロラトゥーラの技術を持っていた人物です。他の追随を許さないとはまさにこのことで、転がしを多用する演目、特にロッシーニのセリアでは無双というべき活躍ぶりです。バスの超絶技巧歌唱はソプラノやメゾはもとよりテノールよりも更に難しいのか、名を成している人は極めて少ないですし、そうした歌手の中でもレイミーの技術は本当に凄くて、あたかも機械仕掛けのように難易度の高いパッセージをパチパチと嵌めていきます。しかも淡々と技巧的な歌を歌っている訳ではなく、上述のような色気はここでも健在です。特に優れているのはやはり悪役でしょう。アッスール(G.ロッシーニ『セミラミデ』)、マオメット2世(同『マオメット2世』)、代官(同『泥棒鵲』)あたりは、未だに彼がベストだと思いますし、エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)もベル・カント作品として見た時には最良の出来でしょう(歌唱としてはギャウロフが好きだけど←ファン贔屓)。ヴェルディでも転がしを披露することのできるアッティラでは素晴らしい歌唱を残しています。

<ここは微妙かも(^^;>
ただですね、私自身はどうしても全般に彼のヴェルディは好みではないのです。
歌唱技術や歌そのものは立派だと思います。ただ、それが圧倒的な感興を呼ばないのです。彼の声や歌から感じられる冷たさ、ひんやりとした感触は、冷酷な悪魔役や高度な技術で聴かせるベル・カントにはピッタリくるのですが、浮かされたような熱気の欲しいヴェルディとは折り合いが悪いように感じるのです。ちゃんとしてはいるんだけど消化不良というか、はっきり言ってしまえば優等生的で面白くないと言うか。加えていうなら、METのスターとして非常に広大なレパートリーを誇り録音もしている訳ですが、その中にはヴェルディの他にも正直あんまりハマってないと思うものも少なくないです、ムソルグスキーとかミュージカルとか。巧いんですけどね、彼の持ち味が生きていなくて旨みが感じられないのです。

あとはベル・カントものなどで2回目に繰り返しを入れる風習の流れを受けて、彼はいろいろなところで崩しを入れるのですが、それに抵抗のある人はいるかもしれません。私自身はベル・カントはそもそもそういうものだと思っていますし、楽譜に無い高音とかも結構喜んじゃう方なんで好きなんですが(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』のライモンド・ビデベントなんかは最高ですよ!)、モノによってはちょっとこれはイマイチだなぁと思うものもあります(^^;

<オススメ録音♪>
・メフィスト―フェレ(A.ボーイト『メフィスト―フェレ』)
ムーティ指揮/ラ=スコーラ、クライダー、ガヴァッツィ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1995年録音
>名盤。僕が初めてちゃんとレイミーを聴いたのがこれですが、ここでの朗々たる悪魔ぶりは最高に素敵です。分厚いオーケストラをものともせず轟然と太い声を響かせる姿はまさに地獄の王で、下卑た雰囲気にはならず品格を保っています。皮肉屋な雰囲気も役柄にぴったり。澄んだ声で整った歌を聴かせるラ=スコーラも一聴の価値あり、クライダーも美声です。ここではムーティの指揮もこの作品を楽しむ上で文句ありません。

・アッスール(G.ロッシーニ『セミラミデ』)
マリン指揮/ステューダー、ラーモア、ロパルド、ロータリング共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1992年録音
>超名盤。彼の演じる悪役アッスールのかっこいいことと言ったら!この役は登場場面も多いし、転がしのフレーズも延々あるし、悪役としての凄みも欲しい一方で狂乱の場もあるし、ということでとにかくむちゃくちゃ難しくて、ロッシーニの書いたバスの役の最高峰だと思うのですが、これ以上はないと言うぐらい立派に歌っています。ラーモアのアルサーチェはちょっと色気があり過ぎな気もしますが声も歌も文句ない出来ですし、ロパルドも上々。脇役のロータリングもいい。ステューダーは意見が分かれるところのようですが、私見ではこの作品には合っているように感じました。

・ベルトラン(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
フルトン指揮/ヴァンゾー、アンダーソン、ラグランジュ、ドナーティ共演/パリ・オペラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1985年録音
>これも名盤でしょう。悪趣味な旧時代の遺物と片付けられることも多い作品ですが、ドラマティックな展開の中におどろおどろしいところからコミカルなところまで盛り込んだ娯楽大作として非常に楽しめる作品ですし、品のあるヴァンゾー、技巧的なアンダーソンにラグランジュもめり込まずと役者が揃った本盤はおススメです。レイミーは有名なアリアでの不気味な雰囲気も素晴らしいですが、やはりカットになることもある超絶技巧アリアが強烈です!

・土皇帝マオメット2世(G.ロッシーニ『マオメット2世』)
フェッロ指揮/ガズディア、スカルキ、フォード、ガヴァッツィ/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1994年録音
>名盤と言っていいと思います。レイミーにはスタジオ録音もありますが未聴、とはいえライヴでの気合の入ったこの歌を聴ければ特にいいのかな?という気もします。大アリアはロッシーニのセリアのバスに於いて曲としても難易度としてもアッスールに並ぶ曲かと思いますが、実に見事。この頃は飛ぶ鳥を落とす勢いだったガズディアもいいですし、フォードの歌唱も魅力的ですが、スカルキにもうちょっと頑張ってほしかった…。

・4悪役(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
シャイー指揮/シコフ、デセイ、ガッヤルド=ドマス、グレイヴス、メンツァー共演/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1995年録音
テイト指揮/アライサ、リント、ノーマン、ステューダー、フォン=オッター、ゴーティエ、カッシネッリ、マルティノヴィチ、パーマー共演/ドレスデン・シュターツカペレ&ライプツィヒ放送合唱団/1992年録音
>どちらも素晴らしい演奏ですが、扱っている楽譜の版が大分違います。シャイー指揮の方は昔BSで流れたものを録画したもので、伝統的な版によるもの(“輝けダイヤモンド”や7重唱がある)。小兵ながら凝集されたような存在感のあるレイミーの悪魔としての舞台姿を楽しめます(ダッペルトゥットのアリアはダイヤモンドの歌の方が色気があっていいなぁ~)。他のメンバーもイメージ通りのヴィジュアルで楽しめますが、中でもシコフの繊細でちょっとあっちに行きそうな詩人ぶりは見事なもの(もちろん歌も)。テイト盤は新しい版にのっとったもので、音楽的な充実度はこちらの方がやはり高いように思います。ここでのレイミーも実の詰まった声で大変見事。ミラクル博士での3重唱はどちらも迫力満点で、オッフェンバック最高の音楽を盛り立てています。こちらの共演陣も端役に至るまで豪華ですが(ノーマンのアントニアは巧いけど貫禄あり過ぎでキャラ違いだけど^^;)、中でもフォン=オッターの洒落たニクラウス&ミューズ、色気を漂わせながら超絶技巧アリアをこなすステューダー、そして若々しい力に満ち、演技も達者なアライサが素晴らしい。アライサは登場してすぐのクラインザックの歌で強烈な高音をポーンと出してきてノックアウトされますw

・代官(G.ロッシーニ『泥棒鵲』)
ジェルメッティ指揮/リッチャレッリ、マッテウッツィ、フルラネット、マンカ=ディ=ニッサ、ディンティーノ、コヴィエッロ共演/RAIトリノ交響楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1989年録音
>この作品の代表的録音というべきもの。セミ・セリアということもあり、代官は半分悪役、半分ブッフォというような役どころですが、レイミーがやるととぼけた感じが無くてかなり怖いですねw(このあたりはペルトゥージの方が加減が巧そうですが未聴)。とはいえやはり機械仕掛けのようなアジリタの技術には感嘆しますし、フルラネットとの共演も豪華。マッテウッツィはすごいですが好き嫌いは別れそう。肝心のリッチャレッリがいまいちなので名盤と言いきれないところがあります。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
リッツィ指揮/ハドレー、ガズディア、アガーケ、メンツァー、ファスペンダー共演/ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団&合唱団/1993年録音
>珍しい版とレイミーを楽しむ録音。この録音にはほとんど聴かれない珍しい場面がたくさんあり、きちんとした解説が欲しいところ。収まりきらなかった分については補遺までついていると言うのに、これの国内盤がおそらく出ていないと言うのは何とも。まあ全体の演奏自体がいいかと言うと微妙な線ではあるのですが^^;とは言えレイミーに関して言えば最大のあたり役のひとつを十分に楽しむことができます。金の仔牛の歌や珍しいヴァルプルギスの場のクブレもいいですが、セレナーデが白眉です。

・シドニー卿(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、ダーラ、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>不滅の名盤。長らく埋もれていたこの曲を、よくぞアバドは発掘してこのメンバーでやってくれました!!!というロッシーニの秘曲にして最高傑作の一つでしょう。今回は珍しく悪役ではなく戀する男であるところのシドニー卿で、普通ならキャラ違いを思わせそうなところでありますが、ストーリーなどあってないようなこの作品ではそんなことはありませんwwむしろころころ転がるフルートに対して同じくころころ転がるパッセージを楽々こなして心地よいぐらい^^英国歌での悪ノリも笑えます。共演陣も無敵艦隊で、よくこんなんやったなぁと溜息が出ます。

・英国王エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ボニング指揮/サザランド、メンツァー、ハドレー共演/ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団&合唱団/1985年録音
>ベル・カントということを考えるならば、彼はエンリーコとして最高ではないかと思います。楽譜通りではない歌い崩しもかなりある訳ですが、ピーンと張ったアディショナルな高音など痺れる出来です。メンツァー、ハドレーも上々ですが、ボニングの指揮には緩いところも(いつものことですが)。サザランドは技術的には流石ですがアンナには合ってないかな。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
マリン指揮/ステューダー、ドミンゴ、ポンス、ラーモア、ラチウラ共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1990年録音
>これも名盤でしょう。ベル・カントというよりはドラマティックな方向にシフトした音楽づくりではありますが、彼は盛大にベル・カント節を聴かせています。かといって浮いていないのが凄いのですが。特にカットされることも多いアリアについては、その崩しの妙もあってギャウロフやシエピをも凌ぐ演奏と言っていいでしょう。ステューダー(こうしてみると共演多いのね、あとラーモア)とドミンゴがそのドラマティック路線でユニークで聴き応えのある歌なのだから、この路線にいかにも合いそうなヌッチあたりキャスティングできなかったんでしょうか。ちょっとポンスじゃ。。。
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折鶴 "Oridzurusaurus japonicus"

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折鶴
"Oridzurusarus japonicus"

日本人なら誰もが知っている折鶴。
江戸の昔から知られている伝承折り紙の定番中の定番ですが、よく見るとこの作品の造形は謎に満ちて神秘的です。少なくとも私たちがよく知っているタンチョウやマナヅルのような鶴の姿には見えません。頸にはまるで柔軟性はまるでないですし、長い脚もない。背中は不自然に三角形に出っ張っていますし、翼も幾何学的です。最も不思議なのは後ろに伸びた長い突起で、これはいったいなんなんだろうと^^;

つい最近、この折鶴に大変よく似た姿の鳥に近い恐竜の化石が日本で発見され、これが実は折鶴のモデルだったのではないかと話題を呼んでいますが、それが下の写真です。

Oridzurusaurus.png


奇蹟的に全身のほぼすべての化石が見つかっており、生体復元も試みられています(写真右下)。
この化石は東京東部の大宇層から、日本のバカ田大学の洞尾福太郎、波国Usankusai大学のO.Usotzkyらによって発見され、その姿かたちから仮に"Oridzurusaurus japonicus"と呼ばれています(正式な記載はまだ)。ちなみにバカ田大学は、バカボンのパパが出たことでも有名な日本の私立大学ですね。

よく観察すると全身のすべての骨が、あたかも折鶴のような骨でできていて、非常に興味深いです^^

というか、全部折鶴ですね。人をバカにしていますね。

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2つの折鶴でできている頭の骨は一見するとエドモントサウルスなどのカモハシ竜に非常に良く似ています。身体の他の部分は鳥型恐竜に似ているため、これが収斂なのか他の生き物の化石の混入なのか、それとも製作者のやっつけなのかは議論が出そうなところです。

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奇妙なことに頸椎も尾椎も全く同じ形をしています。まるで千羽鶴みたいですね。

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胴体の椎骨が異様に少ないので身体の柔軟性はほぼ皆無に等しそうです。
棘突起が非常に長いため、生体復元では背中に三角形の帆を張ったかたちになっています。これまで背中に帆を張った恐竜は、スピノサウルスやオウラノサウルス、アマルガサウルスアクロカントサウルス(これが最も重要!)など鳥からは遠い種ばかりなので、帆の使い方について一悶着があるかもわかりません。

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そこまで鳥に近そうにも見えないにもかかわらず、骨盤と腰椎はだいぶ癒合が進んでいるようです。全身折鶴で作ることに無理が生じてきている部分なのでしょう。

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ここにこんな感じで脚が入ります。
第1指と思しき指が反対側を向いており、始祖鳥より鳥に近い生き物ということが言えそうです。ただ、冷静に考えると第1指の位置がおかしいような気がしますが、そこはまあ大目に見てください。

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胸の骨を見ると竜骨突起が発達しておらず、羽ばたきは苦手だったものと思われます。
しかし、鎖骨でカモフラージュしているつもりになっていますが、胸の骨と肩の骨を合わせて殆ど完全に折鶴で、ネタ切れの文字が目に浮かぶようです。

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身体に対してかなり前肢が長いので結構飛べたような気もしてきますが、同様に頸も尻尾も長いのでやっぱり飛ぶのは得意ではなさそうな気もします。

なおこの全身骨格については、2013年11月2日に東京・浅草橋で開催されるなまけっとで世界初公開となる予定だそうですので、関心のある方は要チェックです。





…わかると思うけど、冗談だよ?w
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Opabinia

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オパビニア
Opabinia regalis

今回は旧作の改訂であります^^

そもそもこの作品は何よりもオパビニアの最大の特徴のひとつである5つ目を作りたくて作ったので、他の部分がかなり疎かです^^;旧作では背中が割れていて身体がかなり不自然でした。で、今回はまずはそれをどうやったら修正できるかということでいろいろやってたんですね。
先日インドガヴィアルを作った時に、こいつの背中は使える!と思って応用した結果がこれです。

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上やら横やらから見た感じはだいぶ改善されたとはいえ、今後修正したい箇所はまだ結構あります^^;
ノズルの先の鋏が作れてないのでそれっぽく胡麻菓してたりとか、最近報告された足はガン無視してたりとか…そのあたりがちゃんと折り出せればと思うのですが。
ただ、面構えは結構気に入ってたりするからこうしてupしちゃいたくなるのですが笑。

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本当は硬い殻で覆われてはいなかったみたいなのですが、メタリックな紙で折ったらかっちょ良さげなのでホイルを使いました。
どうかしら…?
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Deinocheirus

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デイノケイルス
Deinocheirus mirificus

我ながらとんでもなく酔狂なものを作ってしまったよw

化石種なんてものはたいていが謎だらけで、現生のものと較べたらほとんどがわかっていないに等しい訳だけれども、その中でも群を抜いて謎が多く、そして魅力のある生き物。
ゴビ砂漠で発見されたのは長さ2.5mに及ぶ巨大な腕のみ!というなかなか思わせぶりな恐竜であります(笑)波国の研究者によって「恐ろしい腕」と名づけられたものの、その後の発見はつい最近まで殆どありません。腕の骨の研究からオルニトミムスの仲間或いはテリジノサウルスの仲間ではないかと言われていますが、まあなんせ腕だけだからね^^;

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姿勢やなんかで分かっていることは皆無なので、割り切って腕だけ作っちまえ!と言ってやってみたのが本作。
サイズが小さいと面白くないかと思いきや、やはり腕だけという造形にしてしまうとそれだけで一種異様なインパクトが出るもので、意外と観られる作品になっているのではないかと^^
ただ、色もあって鳥の脚みたいにも見えるんだけどね苦笑。

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2012年にはタルボサウルスの歯型のついた化石も報告され、ちょっとずつちょっとずつ謎のヴェールが剥がされている最中。もちろん姿かたちを知りたい気持ちはあるものの、ミロのヴィーナスのような永遠の謎というのも、ひとつ乙なものではないかという気もしていたり。

<参考>
・大人の恐竜大図鑑/土屋健著/洋泉社/2013
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インドガヴィアル

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インドガヴィアル
Gavialis gangeticus

昨日まで愛知に行ってきました♪
個人的な理由もあったのですが、趣味的なところでいけばメインは東山動物園のインドガヴィアル!
いやあ、いい顔だったw口が細長かったw変な顔だったwww

ちなみに普通は「ガビアル」って書いてあるけど綴り的には「ガヴィアル」ですよね?と思ってこう表記したんだけどどうなんすかね?
ちなみについでに言うなら「ガヴィアル」自体もそもそも現地語の「ガリアル」の誤記なのだそうだ…ガリアルって言われちゃうとなんつうか怪獣感が薄れてなんかがっかりだなぁ(^^;

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やはりまず作りたいのはこの細長い吻。鼻先は丸くなっていてオスはその上に突起があるので、一応ちょっと膨らませてはみています。これを壺に見立てて「壺を持つ者」っていうのが名前の由来なのだとか。
また、「壺」っていう部分は梵語で「クンピーラ」となるのだそうで、こいつを音訳すると「金毘羅」。つまり、金毘羅さんはもともとこいつなんですね。

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顔に注目が集まりがちですが、鱗も結構変わっていて、背中の鱗は平ら、尻尾の鱗はいかにも怪獣らしくトゲトゲしてます。なので、実は顔以上にそこに拘って作ってみました^^

インドガヴィアルについては、インドガヴィアルとインドをこよなく愛する造形作家の守亜さんも要チェックです!是非ぜひ!
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エルナーニ

エルナーニ
Ernani
1844年初演
原作:ヴィクトル・ユゴー
台本:フランチェスコ=マリア・ピアーヴェ

<主要人物>
(役名は基本的に伊語標記。但し史実にかかる部分は一般的な標記)
エルナーニ(T)…西国の山賊の首領。正体はお家断絶となった貴族で、本名はドン・ジョヴァンニ・ダラゴン。エルヴィーラとは相愛。主人公ながら原作で大活躍する場面をカットになってしまってる可哀そうなやつ。軽々しく命を預ける約束をしたりエルヴィーラへの戀に盲目だったり、このひと首領で大丈夫なんすか山賊たち?!と思うけど、説得力のある声で歌われたら痺れてしまうような音楽がついてるから多分大丈夫(謎)。
ドン・カルロ(Br)…世界史に於いては西国王カルロス1世、後の神聖羅皇帝カール5世で、劇中で皇帝に選出される(年齢のイメージが史実と作品で全く合わないが、いいかげんだっていいじゃあないか、おぺらだもの)。この作品には直接かかわりないが『ドン・カルロ』で出てくる修道士はこの人の亡霊、即ちフィリッポ(史実でのフェリペ2世)の父親。この作品の主要人物の中で最も描かれ方がいい加減で、兎に角やることなすこと一貫性がない。かと言って内面的な描写の少ない舞台装置的な役かと言うと、ヴェルディのバリトンでも屈指の名曲を含めアリアが3つもあって音楽的にも内容的にも重要だったりするから結構大変だと思う。一応、エルヴィーラを狙っている。
ドン・ルイ=ゴメス・デ=シルヴァ(B)…名前が長くて舌噛みそう。西国の誇り高い老貴族。いかにも古武士というような人物で、名誉や誓約など古き良き秩序を尊ぶ。エルヴィーラの伯父で、彼女と結婚しようとしている。全編に亘って踏んだり蹴ったりでエルナーニ以上に可哀そうなやつ。物語を進めていく原動力となる人物なので筋の上では重要な人物なのだが、どっちかって言うと音楽的重心は軽めなような気がする(当初はアリアも短いカヴァティーナのみだったし。但し、このカヴァティーナはヴェルディのバスのアリアの中でも指折りの作品)。でも、この役に存在感がないとたぶん面白くない。
ドンナ・エルヴィーラ(S)…3人の男たちから愛される、オペラ界でも有数の「私って、罪な女…」。けど、ほんとの意味でそれぞれのキャラから愛されているのかっていうと微妙で、このひとも何か可哀そうなやつ。まあ可哀そうなやつばっかの作品ですねwこの役もこの時期のヴェルディのご多分に漏れず、華やかだけれどもかなり歌うのが困難な音楽がついている。特にカバレッタなんか歌える方がおかしい。キャラクター的にはそれなりに丁寧に描かれてはいると思うけど、さりとて何か特徴的かと言うと普通のヒロインです。
ドン・リッカルド(T)…カルロの従者。「このひとは西国王ドン・カルロ陛下であらせられますぞ!」という部分がとても印象的な脇役。なんだそれ。
ヤーゴ(B)…シルヴァの部下。いましたね、こんなひと!
ジョヴァンナ(S)…エルヴィーラの乳母。いましたね、こんなひとも!

<音楽>
・前奏曲
○第1幕「山賊」
・導入の合唱
・エルナーニのカヴァティーナ
・エルヴィーラのカヴァティーナ
・カルロとエルヴィーラの2重唱とエルナーニを加えた3重唱
・シルヴァのカヴァティーナとフィナーレ
 →註:シルヴァのカバレッタは追加曲

○第2幕「客人」
・導入の合唱
・エルナーニ、エルヴィーラ、シルヴァの3重唱
・カルロのアリア
・エルナーニとシルヴァの2重唱
 →差替え エルナーニのアリア

○第3幕「慈悲」
・カルロのアリア
・合唱
・カルロのアリア・フィナーレ

○第4幕「仮面」
・祝いの合唱
・エルナーニ、エルヴィーラ、シルヴァの3重唱
・フィナーレ

<ひとこと>
ヴェルディ5作目のオペラで、初期の作品の中ではよく取り上げられるもの。
特に最近は割とあちこちで演っていて、日本でもボローニャ歌劇場が引越公演で持ってきてましたね(^^)
文豪ユゴーの問題作を翻案したものですが、ユゴー自身はお気に召さなかったとか。まあユゴーは、自分が作品がオペラになったとき、流行らなければ無視、流行ると文句つけてたみたいですが^^;ミュージカル『レ・ミゼラブル』を観たらなんと言ったかなぁと思ったり。

音楽全体としては、『ナブッコ』及び『十字軍のロンバルディア人』からは明らかに1段別の方向にシフトしていると思います。相変わらず切れば血が出るような熱気は健在ですが、激情に身を任せたゴツゴツした旋律線ではなく、骨太ながら流麗な音楽になっています。また、主要各キャラクターの扱われ方についてもより丁寧になっているように感じます。話の筋は相変わらず荒唐無稽ですが、まあそれはオペラの宿命でしょうw
ただ、確かにパワフルな音楽だとは思うのですが、例えばより後年の『イル・トロヴァトーレ』のように重たい声でゴリゴリと歌うことが求められる作品かと言うと、必ずしもそうではない気もします。ベル・カントものを中心としている歌手を集め、指揮者がそうした方針で音楽を作ると、意外なほどそういう方向で本作は楽しめます。まだまだベル・カント華やかなりし時代の作品なのです。そういう意味では『ナブッコ』に較べると強烈さはない訳ですが、上記のようにキャラクターの性格付けなどの内容面を踏まえると、それは一概に後退とは言えないでしょう。

各キャラクターの描かれ方が丁寧になった分、もう1人の主役としての合唱の印象は一歩後退したような気もしますが、出番自体は少なくなく、与えられた音楽も魅力的です。特に男性合唱は冒頭や有名な第3幕など単体の曲でも、エルナーニのアリアのような主役との絡みでも勇壮で、力のある合唱団なら間違いなく聴き応えのある内容になるでしょう。

まずはようやっと主役の立場を与えられたテノールから。エルナーニは武芸に秀でた直情径行の人物であり、まさにテノールのためにある役と言うべき設定です(尤も、実はV.ベッリーニがオペラ化を検討したときにはメゾのズボン役が想定されていたり、本作に於いても劇場側の要求でメゾとなる可能性があったのですが^^;)。そんな役に、ヴェルディはメロディアスでありながらも終始一貫して力強い音楽を与えています。ただ、これがマンリーコやラダメス、もっと言えばオテロみたいな役を歌う声で歌われるのこそが正統的かと言うとちょっと疑問(や、そういう人がこれを歌うのはそれはそれで間違いなく快感なんですが)。V.ベッリーニ『ノルマ』のポリオーネもそうですが、もっと軽い声質であっても張りと光沢のある声で歌える歌手(例えばエドガルドなんかができる人)の方がいいんじゃないかなという気もします(この傾向はこの作品の主要な役どころ全てに言えることですけれども)。
また、誰が何と言おうが主役は彼なのですが、この作品意外と各役の出番が均等で、存在感のある人がやらないと他の男性陣にお株を奪われてしまう可能性があります。何せ役柄の性格自体はそこまでエキセントリックではなく所謂普通のヒーローで問題ありませんから。その上筋にかなり無理があるので、説得力を持たせるのは結構難しいような気がします。特にヒロインよりも誓約を取って自決するあたりは、現代の感覚から行くとワケワカメになりかねません(というかそうせざるを得ないエルナーニは、本当にエルヴィーラを愛していたのかって言うのがなんかちょっと引っかかる訳ですが)。しかも2幕中盤から3幕にかけてはカルロにかなり焦点が当てられているので、かなりしっかりしないとこの辺ではカルロが主役になってしまいます。追加アリアが歌われればぐっとエルナーニの主役感は上がりますが、シルヴァとの重唱は筋的な重要度も高く、音楽もいいのであまり歌わせてもらえませんね^^;(ただこの追加アリアも駄曲ではなく、結構いい線行ってると思うので、もう少し歌われてもいいかもしれません)。存在感を出していくためには登場のアリアでどれだけ聴衆の心を惹きつけられるかが、ひとつ鍵でしょうね。開幕早々で大変ですが、熱気のあるいい曲ですし^^

エルヴィーラもキャラクター的には至って普通のヒロインです。登場のアリアで「私をさらって遁げて」と言ったりとか終幕でシルヴァに「お前が死ね!(意訳)」とかって言うあたりは身分の高いお嬢様ながらかなり芯の通った気の強い人物として描かれているように思いますが、そこで何か画策したりとか派手なアクションをしたりとかってことはないので。ただ、やはり一応3人もの男性から愛されるという設定である以上、それ相応の魅力のある人である必要はあるでしょう。舞台姿ももちろんですが、オペラですから声と歌は特に。しかもこのひと登場からまたかなり厄介な跳躍のあるアリアが控えています。このアリアひとつとって見ても、本来なら後の時代のドラマティックなソプラノさんが歌うと言うよりはベル・カント路線の方の方がいいのかな~と思う訳です。ただ、終盤の3重唱などでは、パワフルな表現が欲しいのも確かで、このあたり新旧の橋渡しぐらいの時代に特有の難しさと言えるのかもしれません。

この作品で最も挙動不審な男カルロ、一体何がしたいのやらよくわかりませんが、とりあえず前半では更なる権力と女の二股をかけていることだけは間違いないでしょう。とんでもないやつ^^;ところがそのとんでもないやつが3幕になると突然滔々と高潔な志を歌い、そのフィナーレではエルナーニを赦す謎の名君ぶりを発揮します(まあ神聖羅皇帝に選出されてすぐだから、最初は人気取りのために寛容な態度を取ったっていう解釈もできなくはないんだろうけど、正直苦しいよねwエルヴィーラの立場は?と思う訳だし)。キャラクターが多面的に描かれていると言えばそうなんですが、ちょっとたどたどしすぎ^^;このあたりまだまだヴェルディも、そして彼とこのあとコンビを組んでえらい目に遭う苦労人ピアーヴェもまだまだ若かったのでしょう。とはいえ、場面場面で見ていくとそれなりの説得力はあり、特にアリア“若き日の夢よ、幻影よ”はヴェルディがバリトンのために書いたアリアの中でも特に感動的なもののひとつと言っていいでしょう!いやぁ、カッコいいんだこれが(笑)加えて彼のこの一貫し無さ――前半の権力者らしい不遜さと後半のいきなりの名君への変貌――が物語をドライヴしていることは間違いなく、それがためにシルヴァは非常に悲惨な目に遭い、復讐の鬼と化していく訳です。
キャラ的にはどうなのよ?という感じではありますが、同時に実は最も音楽的に恵まれた役と言えるかもしれません。先ほどのものを始めアリアだけでも3つ、それに重唱にフィナーレと大活躍です。エルナーニのところでも触れましたが、2幕後半から3幕に於いては殆ど主役ですよ最早(笑)ハイトーンも結構要求されますし(カプッチッリみたいに付加的にAsとか入れる人もw)、前半の強引なキャラを体現すべく力強さは欲しいところですし、後半は後のヴェルディの演目へと繋がる内面的な歌もあったりと要求されることはかなり多いですね^^;エルヴィーラと同様過渡期的な難しさのある役だと思います。

シルヴァは後のヴェルディなら主役にしそうな役だと思うのですが、ここでは主要なキャラクターの中では比較的軽い扱いをされているようです。上述のとおりソロの曲ももともとは短いカヴァティーナだけですし、舞台に出ている時間や物語上の役割に比べて派手に歌う部分は少ない気がします。しかし、この役をなおざりにしてしまうと作品全体がずっこけます。この物語を進める動力となるのはカルロと彼であり(そういう意味ではこの作品のヒーローとヒロインはほぼ振り回されるだけだと思う)、なおかつ筋状最も大きな葛藤を抱え、人物が変容するのが彼だからです。シルヴァは誇り高い老貴族として登場しますが、彼の信ずる秩序の中心にあるべき国王からして騎士道に悖るような傲慢さと変節ぶり、許嫁である筈の女は言うことを聴かず山賊との戀に走り、悩んだ末に国王憎しで盟約を結ぶことにしたその山賊にも裏切られ、頑固な老人はやり場のない怒りに燃え、復讐の鬼と化していきます。哀しいかな彼の周りには、結局1人として味方はいないのです。中期以降のヴェルディであれば、こうした役回りには音楽的にもより重点を置くでしょう(例えば国王であるカルロを倒す及びそのためにエルナーニと手を組むのかということをもっと煩悶するアリアとか入れたかもしれないし、エルナーニの死の場面で高らかな、しかし空虚な彼の勝利がより強調されたかもしれない)。ただ、逆に言えばそういう派手な音楽がついていないだけにこの役は厄介ですし、だからこそ力量のある歌手、存在感のある歌手でなければ務まらないでしょう。実際、この役はどの音源を引っ張ってきてもトップ・レヴェルのバスが歌っています。また、老人という設定も関わっては来ると思いますが、どちらかと言えば少し盛りを過ぎたころに歌っているものが多いような気もします。このことも音楽的な難しさよりも、舞台上での存在が重視されることを間接的に示しているのではないでしょうか。
とはいうものの、与えられている音楽は見事なものです。エルナーニと盟約を結ぶ部分や終幕で角笛の主題を歌って登場する部分の恐ろしさ、それにカルロの大アリア中間部での嘆き節などなどよく聴くといい旋律がたくさんあります。いろいろな理由からよくカットの憂き目にあうカバレッタもこのころのヴェルディらしいブンチャカした曲ではありますが、シルヴァの豪快で激しい気性が出てくるので個人的には歌って欲しいなぁ(笑)そして何より短いながらも印象的なカヴァティーナ“不幸な男よ!”はヴェルディの書いたバスのアリアの中でも優れたもののひとつ。複雑な曲ではないですが、切々と胸に迫るものがあります。

<参考音源>
うん、今回挙げた音源については多分異論反論たくさん出ると思いますw特にカルロについてはバスティアニーニもカプッチッリもいないじゃないか!!!と各方面からお怒りが飛んできそうです(や、実際ミトロプロス盤もデ=ファブリツィース盤も切ったら血が出るような最高にアツいヴェルディで、素晴らしい演奏だと思うんだけどね)が、いろいろ考えてこの3つにしました。
○ニーノ・サンツォーニョ指揮/エルナーニ…マリオ・デル=モナコ/カルロ…マリオ・ザナージ/シルヴァ…ラッファエーレ・アリエ/エルヴィーラ…リタ・オルランディ=マラスピーナ/フェニーチェ歌劇場管弦楽団&合唱団/シルヴァのカバレッタ無し、エルナーニ第2のアリアの差替え無し
>良くも悪くも20世紀中葉までのこの作品の演奏をよく表した音盤でしょう。非常にカットが多く、全曲通して聴いても110分程度でしょうか。しかし、その熱気は有名なミトロプロス盤と同様目覚ましいものがあります(そう言えばあの盤もカット多かったですね^^;)。物凄い熱気と勢いで『イル=トロヴァトーレ』のようにドラマティックに聴かせる昔ながらの『エルナーニ』としては非常に楽しめる音盤だと思います。特に時代を感じるのはエルナーニのデル=モナコ。感情をストレートにぶつけたおっそろしく荒っぽい歌ではあるのですが、これにより力強いエルナーニ像を作り上げています。今の世の潮流でこういう歌を歌っても評価されないのではないかと感じる部分もあるものの、捨てがたい魅力があります。コレッリも同じような傾向でしたが、彼らのような超がつく大物ドラマティコだからこそ許されるパフォーマンスでしょう。オルランディ=マラスピーナは個性に乏しい印象のあるソプラノですが、ここでは立派な歌唱です。切れ味の鋭いドラマティックな声で細かい音符も意外なほどしっかり歌っています。これでもう少し華があればいいのですが、彼女の録音としてはベストと言ってもいい内容かと思います。アリエのシルヴァは例によって端正な歌と柔らかな響きの声で非常に格調高い、貴族的な人物像になっています。どうしても弩迫力でゴリゴリと押しこむような役作りが多い中で、野蛮な田舎貴族ではなく古風な上品さと矜恃を感じさせて呉れるのは貴重でしょう。折角ならカバレッタも歌って欲しかったな、という気も。この録音で総じて最も完成度が高いのはザナージのカルロでしょう。個人的には、並みいる名バリトンの録音がある中でも、この役については彼がベストではないかと思います。彼の高めで、ともすれば軽く聴こえてしまいそうな声が、逆に若くて傲慢で気分屋の王様にハマっています。特に一番の聴かせどころである“若き日の夢よ、幻影よ”では最高の歌唱で、聴衆の熱狂も良くわかります。私自身の彼の評価は、実はこれを聴いて大きく変わりました(前に聴いてたのがジェルモンだったと言うのも大きい^^;)この作品がお好きな方には、是非お勧めしたい録音です。

○リッカルド・ムーティ指揮/エルナーニ…プラシド・ドミンゴ/カルロ…レナート・ブルゾン/シルヴァ…ニコライ・ギャウロフ/エルヴィーラ…ミレルラ・フレーニ/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/シルヴァのカバレッタ無し、エルナーニ第2のアリアの差替え無し
>上述したサンツォーニョ盤やミトロプロス盤での歌手の馬力で聴かせていた時代の少し後、もう少し冷静に作品を見つめるようになった時代の超名盤です。変な話、このメンバーならサンツォーニョ盤のような路線で突っ走っても十分楽しめる演奏になると思うのですが、そこでムーティ先生がしっかり手綱を引いています。このころは颯爽とした指揮ぶりで非常に痛快。歌手陣ではまずはドミンゴの豊麗な声に圧倒されます。声としてはこのころが彼のピークだったんじゃないかな~きらきらと輝くような響きに思わず耳がいきます。あくまで猪突豨勇な武者だったデル=モナコよりはもっと知的な人物づくりで、規範とすべき歌唱だと思います。ドミンゴはこれとは別のライヴもありますがそちらも痺れる出来。フレーニはこの役は自分に合っていないと言ってこれ以降歌わなかったそうで、確かにカバレッタのアジリタとか苦労している感じはあるのですが、それでも水準を超えた歌唱を聴かせてしまうのがこの人のすごいところでしょうね。同時に自分の声や歌には合っていないことを把握して役柄を取捨選択できる慧眼にも頭が下がります。ブルゾンもまた最良の時期の声でしょう。この人はエンターテインメントよりも音楽に重心を置く人なので、時によると堅実ながら地味な印象になってしまうのですが、ここでは傲岸不遜な国王をびしっと演じています。当然この脂の乗り切った3人のアリア、重唱は手に汗握る見事な仕上がりです。このメンバーの中で唯一ピークの時期が過ぎ、声に若干の衰えが感じられるギャウロフですが、貫禄の歌唱で抜群の存在感です。ムーティですから追加カバレッタなどは当然カットな訳ですが、要所要所の歌の旨さや表現力は圧巻で、復讐を求める異常人へと変容していく哀れな男を表現しています。ボローニャ来日のフルラネットでも感じたことですが、声の絶頂期は過ぎたものの表現力の秀でた大歌手が歌うことで味の出る役だということでしょう先ほどドミンゴのところで挙げた別のライヴ音源にはギャウロフも出演しており、こちらも立派な出来且つカットはあれどカバレッタのおまけつき。

○ジュリアーノ・カレッラ指揮/エルナーニ…ヴィンチェンツォ・ラ=スコーラ/カルロ…パオロ・コーニ/シルヴァ…ミケーレ・ペルトゥージ/エルヴィーラ…ダニエラ・デッシー/イタリア国際管弦楽団&ブラティスラヴァ室内合唱団/シルヴァのカバレッタ有り、エルナーニ第2のアリアの差替え有り
>上記2つの演奏とは一線を画す音盤。何度か述べているとおり、この作品は一般に思われているよりずっとベル・カント色が強い作品で、そうした観点からアプローチされています。カレッラの指揮も当然うんと風合いの軽いものですが、こうしたさっぱりした味付けでも『エルナーニ』が楽しめる作品であるということをしっかりと証明しています。歌手陣もまた上のひとたちよりはずっと軽量級ですが、いずれ劣らぬ素晴らしい歌唱。ラ=スコーラは硬質で華やかな声でこのころが声そのものは一番美しかったと思われますが、同じぐらいの時期にネモリーノ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)やロベルト(同『ロベルト・デヴリュー』)、ポリオーネ(V.ベッリーニ『ノルマ』)で聴かせたような端正な歌唱をここでも発揮し、ベル・カント的なエルナーニ像を作っています。デッシーも例えばカバレッタでの細かな音捌きだけを取っても重厚長大時代の人たちに比べてしっかり歌っています。後半はドラマティックでないと喰い足りないのではないかと思いきや、こちらも聴かせて呉れます。コーニも美声で端正ですし、シュヴレーズ公爵エンリーコ(G.ドニゼッティ『ロアンのマリア』)でも聴かせていたような力強い歌唱で申し分ありません。この3人は後により重たい役をメインでやっていくようになる訳ですが、このころが一番輝いていたのではないでしょうか。ベル・カントもので続けて歌っていればもっと評価されていたのではないかと思うと少し残念です。この当時まだ20代だった若きペルトゥージのシルヴァは、前の時代の人たちの老獪さこそ少ないですが、この路線の中では十分に実力を発揮しており聴き応えもあります。カバレッタが歌われていることもあり、シルヴァがより豪快で血の気のある人物に感じられます。
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ウミウシ

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ウミウシ
Sea slug

もう何の捻りもありませんw相方さんからのリクエストで作ってみました^^

予想どおり結構苦労したのがおしりのうえのぴらぴら。全体の形そのものはそんなに難しくないだけに、ここをちゃんと折ってあげればアクセントになりますし、それっぽく見えるかどうかの境でもあります。

普段本折りするときにはちょっと大きめの紙(所謂普通の折り紙は15cm四方なので、例えば27cm四方とか)でやる訳ですが、実物も小っちゃいし、複雑なことをしてない分大きいので折るとちょっと間が抜けてしまうので、7.5cm四方(つまり所謂普通の折り紙の1/4)で作ったら10円玉ぐらいの可愛い感じになりました^^

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個人的にはウミウシと言うとアオウミウシのイメージなので、最初の写真の感じなんですが、ちょっと別のもやってみようかなと。
この模様はですね~白の折り紙に淡々とネームペンで打点しましたww結構大変だったwww

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で、結局、可愛いからたくさん作ったwww
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Estemmenosuchus

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エステメノスクス
Estemmenosuchus mirabilis

今回も旧作から、たぶん折り紙化はあまりされてないと思われる古生物を。
いやあだって魅力的な面構えじゃないですか!www角がこんだけ生えて牙まであるんですよ?www

いかつい顔をしており学名の意味は種名までひっくるめて「驚くべき冠を被った鰐」。なかなかカッコいい名前じゃないですか笑。但し、名前に反して?、や、顔に反して?植物食でおっとりした動きの動物だったようです。

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なんだってこんなマイナーな古生物なのかといえば、やっぱりこのかっこよすぎるご面相を作りたくてです!
目の上と頬の左右それぞれと鼻の上に角があってしかも牙が生えてるなんて、健全な男の子ならwktkせずにはいられない!そこにシビれる!あこがれる!であります。

私個人の偏愛は兎も角として、どことなく新生代の同じようにごつい顔をした哺乳類ウインタテイウムを思い起こさせるような顔をしています。あとはカバとか雰囲気近いのかもね。

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頭が重いのでかなり前のめりです^^;けど、却って不恰好な雰囲気が出て良かったかも。

こいつらは昔は哺乳類型爬虫類と言われていた連中で、いまでは単弓類と呼ばれる、両生類と哺乳類の間に位置する生き物とされています(若干表現が不正確ですがお許しをmm)この連中の中ではディメトロドンとかが有名かな~でもあいつは結構折られてるし、あんまり誰もやってないやつでお気に入り、ということでこの人の登場となりました^^
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かはくの展示から~第23回/スコロサウルス~

このblogは国立科学博物館の公式見解ではなくファンの個人ページですので、その点についてはご留意ください。

本記事で「エウロプロケファルス」として紹介していた化石は、2015年現在、再研究の結果復活した「スコロサウルス」として同定され、展示も改まっています。
本来であれば記事も全面的に刷新したいところなのですが、私の知識では詳述しかねる部分も多く、ここではエウオプロケファルス属が再整理され、スコロサウルス属ほかいくつかの属が復活していることを記し、記述を一部変更するのみとします。


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スコロサウルス
Scolosaurus cuteleri
(地球館地下1階)
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ひさびさに恐竜であります(笑)

鎧を着た恐竜として知られる曲竜のなかで、有名なのはアンキロサウルス(怪獣アンギラスのモデルらしい…まったく似てないけどw)だと思いますが、最も研究の進んでいるのが今回のエウオプロケファルス。
その昔よく図鑑に載っていた、尾のハンマーの上に棘のあるスコロサウルスは現在はこの恐竜の背中の棘を誤って尾の上に置いたものだと考えられています。


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舌を噛みそうな名前ですが、その意味は「よく武装された頭」。
写真をご覧のとおり瞼までがっつり武装しています。一方、歯は非常に弱弱しく、あまり硬い植物は得意ではなかったようです。

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上は組み立てられた亜成体の全身骨格(本物の化石をかなり含む貴重なもの!)の尾、下の写真は成体の尾のレプリカです。
曲竜の仲間は尾のハンマーの有無で二つの大きなグループに分けられます。エウオプロケファルススコロサウルスはハンマーのあるアンキロサウルスの仲間。

ハンマーを支える尾はご覧のとおりたくさんの太くて硬い腱で覆われています。これを振り回して武器としたとも言われていますが、意外と可動範囲は大きくなく、振り幅は片方に50度程度だったのではないかという話も。

ハンマーや鎧については、大阪市立自然史博物館の林さんらの研究で、以下のような面白いことがわかってきています。
エウオプロケファルススコロサウルスはじめアンキロサウルスの仲間のハンマーは、上の写真のように亜成体では目立ちません。尾のハンマーはかなり成長した個体でなければ発達しなかったそうです。この説に拠るなら、ハンマーは二次性徴だったのかもしれません。また、実は子供の個体では鎧そのものも発達しておらず、成長に伴って一時的に身体の骨を溶かして鎧を作っていたという報告もごく最近なされています。また、鎧にしてもハンマーにしても、防弾チョッキのように3次元的に細かく絡み合った繊維により構成されており、見た目よりもうんと軽く、しかも丈夫だったと考えられるそうです。となると、やっぱり武器だったのかも。
興味は尽きません^^

<参考>
・発掘!モンゴル恐竜化石展図録/大阪市立博物館/2013
・大人の恐竜大図鑑/土屋健著/洋泉社/2013
・大阪市立自然史博物館Webサイト
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