Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

ホテイシメジ

ホテイシメジ
Clitocybe clavipes
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テングタケの傘が虫喰いになってしまっていたのを改良したくて、Smipsでお会いした方のアイディアを試してみたら別のキノコになっちゃいました笑。
ややマイナーな子ですが、東大の富士演習林で教えてもらい2度ほど採ったことがあります。で、作ってみて出来たものがそのときの印象に近かったので^^傘をもう少し弄ればシイタケとかにも出来るかしら…

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非常に美味しいキノコで、採り立てを炙って醤油につけるとかなりいけます。
ビールや辛口の日本酒に非常に合いそうなんですが、こいつは罪なキノコで食べたら数日は酒を呑んでは絶対にいけません!こいつらに含まれるオクタデセン酸はアルコールの分解を阻害するため、どんなに呑める人でも下戸のように1杯で真っ赤になってしまいます。

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かく言う私も一度やらかしまして、昼・夜とこれを食べて翌日の夜にもう大丈夫だろうと呑んだら1杯で真っ赤、首筋なんか斑になってしまいました^^;僕は一応警戒してゆっくり呑んだんで、急な症状は出なかったんですが、ネットなどで見ると一気に動悸が激しくなったなんて症例もあるようなんで、ご注意を。
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かはくの展示から・恐竜展特別編~第15回/ピナコサウルス

このblogは国立科学博物館の公式見解ではなくファンの個人ページですので、その点についてはご留意ください。

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ピナコサウルス
Pinacosaurus grangeri
特別展

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組み立てられた骨格こそないものの、今回の特別展の中でもとりわけ良質な実物標本がたくさん来ている恐竜のひとつで、アジアを代表する曲竜です。
これを紹介せずにどれを紹介するんじゃ!と意気込んで記事を書こうとしたら、書こうとした内容は大体以前エウオプロケファルスの回で書いてしまっていたのでした^^;と言う訳で彼らの鎧の話については、是非参照してください!この記事で掲載されている研究は、まさに彼らを使ってなされたものなのですから。

蒙国が化石産出地として特異的な点として言えるのは、保存状態が極めて良いという点だけではなく繋がって発見されているということ、それも運が良ければ全身揃っているということです。上の写真についても、どちらもほぼ全身が繋がった個体が入っています。こういったかたちで化石が残ることは通常考えられない非常に幸運なことであり、研究資料として極めて価値の高いものです。何故なら、仮に全部の骨が見つかったとしても、それがバラバラでは生きていたときの骨のつながりがわからないからです。

よくガイド・ツアーでこんな質問をします。
「フライド・チキンや焼き魚を食べて、骨が残ります。これを、生きていたときと同じように組み立てられる人はいますか?」
想像に難くないことだと思いますが、大方の答えはNoです。但し、このblogをご覧になっている方の中にも出来る方は多分居て、それは解剖を勉強していて生きていたときの姿をご存じだからです。
さて恐竜は?誰も生きていたときの姿を知りません。これは恐竜に限らず古生物全般に言えることで、だからこそ繋がって見つかるということが、非常に重要なのです。

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この恐竜、曲竜のなかでは比較的小さいイメージの恐竜なんですが、この標本はめちゃくちゃ巨大ですwwwこの写真に写っている部分は仰向けになっている足腰のみです(手のように見えている部分が足の裏)が、全体あったらかなり大きかっただろうということが伺えます。これは是非実物をご覧になってください!

先ほどの写真もそうですが、大きな木箱に入っています。これは蒙国の化石は保存状態は極めていいのですが、強度的には非常に脆いため、周りの地層ごと引っ剥がして持ってくるからです。会場に映像がありますんで、こちらも是非ご覧になってください。大仕事です笑。
化石は地面に近い方から風化していくため、持ってきた箱はひっくり返して底の面から掘り出していきます。このため、上にあげた写真はすべて埋まっていた状態と天地逆さまの状態で展示されています。つまり、死んだときにはうずくまった状態だったということですね^^

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保存状態もそうですが掘り出す技術に神憑り的なものを感じる頭の骨ふたつ。殆ど狂気の沙汰ですww
どちらも子どもですが上の写真は上下ひっくり返して口の中から頭の骨を観られるようにしています。おっそろしく繊細な骨の繋がりがわかります。
下の写真は首から繋がった状態で保存が素晴らしく、大阪で展示していたときにはきしわだの博物館のみなさんが「接吻すると甦る 眠り姫」と言っていたのも肯けます(笑)

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これはピナコサウルスではないとのことですが、しっぽについていたハンマー。
これがまたべらぼうに巨大で、ハンマーの部分の横差渡し1mぐらいあるでしょうか。大人の方でも座れそうな、とんでもないサイズです。上述した以前の記事でも書いたように二次性徴的なものとして、成体になったあと徐々に大きくなっていったのだとするなら「さぞかし名のある山の神」だったに相違ないでしょう。
尾の部分は腱でガチガチに固定されていますが、横から見ると芯の部分と言える尾の骨を確認することもできます。

<参考>
・「大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威」図録/国立科学博物館/2013
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カエンタケ

カエンタケ
Hypocrea cornu-damae
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久々に折り紙の記事。実はいくつかキノコさん作ってるので、ちまちまUPしていくつもり。

知ってる人は知っている、知らない人は覚えてねという猛毒のキノコ。
触るだけでも指が酷いことになるので、野外で見かけても絶対に触ってはいけない。
どうしても触りたければ、奇譚クラブさんの食玩で我慢しましょう(笑)ぷにっとしてます。

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そもそもはテズルモズルを作りたかったんだけどうまく行かなくて何故かこいつができた^^;
ぜんっぜん違うものだが、こういうことは良くある話である。

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いまいち写真映えしないと言いますか、どっからとってもあんまり変わんない感じですね^^;
折るのは結構大変なんですが。。。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十七夜/市井の好人物~

オペラに於いてのバリトンの役と言うのは非常に幅が広く、作品によって様々な立位置が与えられています。試みにG.F.F.ヴェルディの作品を俎上に取り上げてみると、最強の善玉ポーザ侯爵ロドリーゴ(『ドン・カルロ』)から伊もの三大悪役と呼ばれるイァーゴ(『オテロ』)まで振れ幅があり、その間にはナブッコ、リゴレット、シモン、マクベス、ファルスタッフ(それぞれ題名役)などなど際限なく個性的な人物がたくさん。

そうした幅の広いバリトン役の中に「普通の人」、「常識人」と言うべき人たちがいます。先ほどのヴェルディの話で行くならフォード(『ファルスタッフ』)がこれに当たる、というかフォードはヴェルディが書いたバリトンの役の中でもとりわけ普通の人ですね(笑)身分的にも役柄的にも残酷な運命を嘆く大悲劇の主人公ではなく、身近な悩みに苦しむ親しみやすい小市民。
演技功者で幅広いキャラクターを演じながら、中でもそうした小市民、普通の人を演じさせれば天下一品なのが今回の主役!

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ローランド・パネライ
(Rolando Panerai)
1924~
Baritone
Italy

ゴッビのところでもちらっと触れましたが、1歳年上のカラスとの共演が多いのでそのイメージがひょっとすると強いかもしれません。で、他の音源で共演しているゴッビやバスティアニーニとどうしても較べられて「イマイチバリトン」の刻印を押されてしまっているような気がするんですよね^^;パネライの持ち味は彼らとは違うので、そういう基準で見ると正直な話一段落ちて見えてしまうのはしょうがないと言いますか、フェアじゃないと言いますか。

藝歴は長い方ですし、調べてみるとかなりいろいろな役でいろいろな音源に登場しています。それらを聴いてわかるのは、どちらかと言えばドラマティックでパワフルな作品・配役に向く人ではなくむしろ軽さを求められるものに適性があるということです。
そうして考えると今回の冒頭に帰着する訳ですが、ごく普通の小市民を等身大で描くということに最も長けているのには納得が行きます。

偉大な人物や異形の人物に注目が集まりがちではあるのですが、オペラに於いては彼のように市井の人物を活き活きと表現することができる歌手も大変重要です。庶民の活躍に庶民が喝采を贈る作品もたくさんあります。歴史的な悲劇巨編を観るのとは別に、庶民たちはそうした登場人物に自分たちの姿を投影し、楽しんできたからだと言えるでしょう。

<ここがすごい!>
ここまでの言い方で大体分かるとは思うんですが、派手な声や派手な歌い口の人では基本的にはありません。高めの響きでハリもやわらかみも程よくあるのですが、バスティアニーニやカプッチッリのように無尽蔵に出てきそうな豊かな声ではありません。歌い口はかなり器用な方で様々なキャラクターを演じていますが、ゴッビのような強烈な性格表現を常にする方でもありません。しかし、世の中そればっかりじゃ疲れちゃうでしょと言いますか、なにも類稀な美声や濃ゆい表現があればいい役ばかりではない訳です。それこそパネライの十八番中の十八番であるマルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)は、ゴッビの隈取り表現じゃ逆に雰囲気でないし、バスティアニーニやカプッチッリも聴いてみると歌や声そのものは立派なのですが、変な話カッコ良過ぎ。もっと言うならイケメン過ぎ(笑)いずれの例にしても「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」。この一語に尽きると思います。とは言えマルチェッロはどんなやつがやっても大体一緒な端役かと言えば、それは全く違いますよね。歌う場面も多いし、観客にとって非常に親近感のある悩み多きこの青年が、劇中でも最も重要な役だということに異論はないでしょう。非力な人がやったらマルチェッロなんて本当にモブになってしまいますが、それじゃあダメでしょう(笑)
パネライがその実力を発揮する「普通の人」というのは、つまりはそういうことなのです。声も表現も充分だけれども強すぎないという中庸さのベストのポイントを突ける歌手と言う意味で、彼は録音史に於いても稀有な存在と言うべきかもしれない。言ってみれば、偉大すぎないという偉大さ、偉大なる中庸さなのです。英雄ではない等身大の市井の人の良いあんちゃん・おじちゃんを、彼以上にリアリティを以て演じられる人物は、少なくとも私には思いつきません。

当然ながらその普通っぷりは一面的なものではなく、多面的です。強烈な周囲の人物に振り回される姿には庶民の悲哀が感じられますが、その歌いぶりからは我々現実世界の普通の人が、仕事で無理な要求を突き付けられて渋々対応する姿が透けて見えてきます。戀に悩む街の青年の役では、娯楽的ロマンス大作ではなく、現実世界の我々自らが持つ青春のほろ苦くも甘酸っぱい記憶を呼び起こします。金はないけど智慧はある、気さくで頭の回転の速い兄貴分も、彼がやるとヒーローになり過ぎず、とってもとっつきやすい感じになります。或る意味現代演劇の人物造形のようなリアルさを自然に出せるひとと言えるのかも。

基本的には演技功者なので、声のリソースの範疇ならば、「普通じゃない人」も充分にできます笑。個人的に衝撃的だったのはパオロ!(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)これは想像以上の歌唱だった!ただ、そうした異常人をやってもその中に等身大の人間を感じられると言いますか、一見信じられないような悪党でも同じ人なんだと思わせられると言いますか。黄金時代のバリトンの中でもちょっと特殊な立ち位置の人だと思います。

<ここは微妙かも(^^;>
美声ではありますが、無尽蔵に声のリソースがある方ではないのは前述のとおり。また若い時のもので特に顕著ですが、若干力押しになる傾向もあり、声が裏返ってるところ、声が揺れているところもしばしばあります。或る面ではそれがリアルさを出している部分もあるので僕自身は気にならないのですが、気にする人は居そう。
何度も言っていますが等身大の人物像を作るのが得意なので、逆に言えば英雄的な人物とかってなるとスケールが小さくなっちゃうのも難点でしょう。よく引き合いに出されるのがルーナ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)…まあそうなりますよね^^;歌自体はちゃんとしてるんですけどね、この人。

<オススメ録音♪>
・マルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
フォン=カラヤン指揮/パヴァロッティ、フレーニ、ギャウロフ、ハーウッド、マッフェオ、セネシャル共演/BPO&ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団/1972年録音
>超名盤。上述しましたが、殊マルチェッロについて言えば彼の右に出る者はいないと思うぐらいの当たり役です。しょぼくれて貧乏だけれども若さと情熱のある若者を、絶妙に演じています。これも既に述べていますが、この役は立派過ぎたり格好良過ぎたりすると、藝術を志して貧困に甘んじる若者のふわふわとした感じが無くなっちゃって説得力が薄くなっちゃうんですよね^^;キャラクター的にもイケメンではないけれども可愛げがあって人間的に憎めないやつって言う感じだと思いますし。で、それらのイメージ全てにばちっとハマっているのは、いろいろ聴いてもパネライが一番かなぁと。何だかあんまり褒めてない感じになっていますが(笑)、地味な役を等身大で演じながらその良さを引き出して印象に残るというのは本当に凄いことだと思います。フレーニも当たり役中の当たり役だけあって流石ですし、パヴァロッティ&ギャウロフは貧乏藝術家には立派すぎますがしみじみうまい。このメンバーの中では無名なマッフェオも凹まず、セネシャルも脇を固めている中でハーウッドがなぁ…どうにもオバサン臭くて残念でなりませんorzフォン=カラヤンのシンフォニックな指揮の好き嫌いはあると思いますが、聴きごたえたっぷりですし例えば『ドン・カルロ』なんかよりは違和感が少ないです。

・フォード(G.F.F.ヴェルディ『ファルスタッフ』)
フォン=カラヤン指揮/タッデイ、カバイヴァンスカ、ペリー、アライサ、シュミット、C.ルートヴィッヒ、デ=パルマ、ツェドニク、ダヴィア共演/WPO&ウィーン国立歌劇場合唱団/1980年録音
>これも超名盤でしょう。凄いメンバーですが、フォン=カラヤンの統率は僕が聴いても流石のものがあるなあと感じるぐらい、この難しいアンサンブル・オペラを巧いこと形にしています。そのフォン=カラヤンと、圧倒的な存在感のある当たり役タッディの印象がまず先に立ってしまいがちですが、その中で自分の藝風どおり「普通の人」をきっちりやるパネライは、やはり只者ではないでしょう笑。ここではタッデイもそうなんですが、本当に素でやってる感じなんですよねwwこの時代の常識の中に住んでいるさえないおじさんであるフォード=パネライと、常識はずれなならず者のファルスタッフ=タッデイというのが実に好対照。その他のメンバーも藝達者で集中度の高い演奏です。

・タッデオ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ベルガンサ、コレナ、アルヴァ、モンタルソロ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1963年録音
>不滅の名盤。ロッシーニ・ルネサンス以前の音源ではあるのですが、未だにダントツに楽しめる録音ではないかと思います。海難に遭った上、美女にうつつを抜かしているうちに何だかとんでもないことに巻き込まれてしまった「普通の人」を相当オモシロオカシク演じています。ここでもお調子ものだけれどもどこか憎めない人物造形でお見事。アリアなんて本当に傑作です!(笑)ベルガンサの色っぽいヒロインを取り囲んで、間の抜けた役をやらせたら天下逸品のコレナ、優男のアルヴァに、端役にはちょっともったいないモンタルソロ、ヴァルヴィーゾの生気に満ちた音楽づくりが、愉悦に溢れた音楽を創りあげています。

・フィガロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ロシュバウト指揮/シュトライヒ、シュティッヒ=ランダル、レーフス、ローレンガー、キュエノー共演/パリ音楽院管弦楽団&エクサン・プロヴァンス音楽祭合唱団/1955年録音
>満点とは言えなくてもレベルの高い演奏だと思います。フィガロは庶民のヒーローなんだけど、やっぱり市井の人物なんですよね。そういう意味で、彼は非常に身近で親しみやすいフィガロを演じています。若くて元気で智慧も回るけれど、凄く特別な才能のある奴と言うのではなくて、自分たちの仲間内にも「ああいるいる!」と思わせるような役作り。こういうのもありだなぁと思います^^全体には女声が強くてシュトライヒのスザンナ、シュティッヒ=ランダルの伯爵夫人、ローレンガーのケルビーノはいずれも稀有な歌唱。これで伯爵がもう少し良ければ。。。

・フィガロ(G.パイジェッロ『セビリャの理髪師』)
ファサーノ指揮/シュッティ、モンティ、カペッキ、ペトリ共演/ローマ合奏団&コレギウム・ムジクム・イタリクム/1959年録音
>フィガロが続きます(笑)ロッシーニ以降はあまり演奏されていませんが、これもまた楽しい作品で、埋もれてしまうのはもったいないと思います。ただ、この演奏ではファサーノの指揮ぶりがちょっとのたっとしているので、典雅な雰囲気ではあるもののスピード感には欠けるかなと。それでも楽しい演奏になっているのは、彼のフィガロとカペッキのバルトロがいずれも藝達者且つ多弁で、面白味を増しているからでしょう。モーツァルトでのフィガロに較べると、時代柄や台本上庶民と言うより使用人っぽさが増しているような気もしますが、親しみやすい役作りは変わらずと言ったところ^^

・マラテスタ医師(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
ムーティ指揮/コレナ、ボッタッツォ、レヴァリア共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1971年録音
>意外と録音の多いこの作品の中でも裏名盤と言うべきものかなと。カットは多いとはいえ若いころのムーティのきびきびとした音楽は小気味いいです。マラテスタを普通の人というとちょっと語弊がありそうな気もしますが、台本上のポジションから行けばフィガロに近いし、彼の守備範囲かなと^^ここでは何と言ってもコレナとのやりとりが非常に面白い!作中最大の見せ場である重唱は、スピード感から言っても2人の演じ方のオモシロさからいってもこれ以上のものを僕は知りません。とにかくべらぼうにオモシロいです(笑)これでカップルの出来がもう少し良ければいうことなしなんですが^^;

・ベルコーレ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
セラフィン指揮/アルヴァ、カルテリ、タッデイ、ヴェルチェッリ共演/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1958年録音
>不滅の名盤。ベルコーレはオモシロ路線で行ったりイケメン路線で行ったりもできる役だとは思うんですけど、ここでは彼はオモシロ路線によりつつもっと等身大の調子の良いあんちゃんを演じています。大したあれでもないのにちょっとイケメンぶってる感じといいますか、でもそれがいけすかない感じではなくなんとなく許されちゃう、人のいい雰囲気になっているのがたまりません!流石の一言です。完全オモシロ路線のタッデイが希代のドゥルカマーラを堂々と演じているので、ここでもしっかりコントラストがついています。明るくてあっけらかんとした感じの声が役の雰囲気を良く引き出しているアルヴァ、こってりとした味のある声で瑞々しいヒロインを演じるカルテリと、名匠セラフィンの心得た指揮が相俟って、傑作と言うべき録音になっています。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)2016.1.22追記
フェッロ指揮/ヴァンベルイ、ボニー、ヴァイクル共演/フィレンツェ5月祭管弦楽団&合唱団/1986年録音
>意外とベルコーレでもドゥルカマーラでも評価を得ている人は少ないような気がしていて、あとはカペッキぐらいでしょうか(そしてカペッキのベルコーレは僕はあまり好きではなかったり)。パネライさん62歳のときの録音ですから流石に声の衰えを感じなくはないのですが、それを補って余りある貫禄の藝を堪能するといった趣です。ドゥルカマーラにしてはかなりお人よし感はありますが、この役はひたすら狡猾という種類の人物ではないですし、結構楽しんで若いカップルの成り行きを見ている感じが微笑ましくて好きです^^但し指揮と共演は整った悪くない演奏はしているものの、表現がドニゼッティの魅力から外れてしまっている気がします。ヴァルベルク盤のように別の魅力を引き出せている訳でもないのがちょっと惜しいです(こちらのヴァイクルはむしろベルコーレのベストの一つですし)。

・アルフォンソ(W.A.モーツァルト『女はみんなこうしたもの』)2019.1.18追記
ベーム指揮/ヤノヴィッツ、ファスペンダー、グリスト、シュライヤー、プライ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1974年録音
>コミカルどころをもう一つ。私は実はこの作品、今一つなじめないもののひとつだったのですが、こちらは開眼の一枚でした。ベーム80歳の誕生日のライヴ演奏ということで、ややテンポが弛緩しているところがあるほかライヴらしい瑕もなくはないのですが、なんといってもモーツァルトらしいアンサンブルを、モーツァルトらしいキャストで楽しめるという点ではこれ以上のものはないのではないかという気がします。個人的には特に男声陣の声とキャラクターづくりが気に入っており、開幕の3重唱などは何度聴いてもワクワクする次第。パネライはこの中ではいちばんニュートラルというか、必ずしも「モーツァルト歌い」というタイプのひとではないとは思うのですが、独特の恰幅のよさと品が悪くならない粗っぽさがあり、アルフォンソに人間味といかがわしさを与えています。紳士、哲学者なのだけれども、どこか街のおとっつぁん風といいますか。或る意味おじさんくささと言えるのかもしれませんが、それが嫌味ではなくむしろ人好きのする感じに仕上がっているのが絶妙です。声域的にはかなり近いと思われるプライが騎士風の品格ある歌い口なのもあって、ここは好対照。シュライヤーもにおいたつような風格とともにキャラクタリスティックなまでのレチタティーヴォが愉快なことこの上ありません。グリストの賢くておきゃんなデズピーナもお見事!ヤノヴィッツとファスペンダーはちょっと歌いまわしが重たい気もするのですが、まあ趣味の問題でしょう。超名盤です。

・アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
フォン=カラヤン指揮/カラス、ディ=ステファノ、ザッカリア共演/ベルリンRIAS交響楽団&ミラノ・スカラ座合唱団/1955年録音
>ここから先は所謂「普通の人」ではなさそうなものをいくつか。これは有名なライヴ録音で音も奇跡的な良さだし、演奏も質が高いです。声質の点で必ずしも合っていないとはいえカラスの狂乱はやはりその表現意欲が素晴らしいですし、ディ=ステファノはあまり好きではない僕でもここでの彼の歌(特に幕切れのアリアでの絶唱!)は見事なものだと思う。渋く脇を固めるザッカリア、この頃は歌を立てて呉れるフォン=カラヤンもいい。そんな中でのパネライですが、登場のアリアからして絶好調で高音をぶっ飛ばしたり(カヴァティーナの最後上げてるのは彼ぐらい?)しつつも流麗な歌い口で、ベル・カントものへの適性を感じさせるものになっています。ルチアとの重唱での表情付けなども巧みで聴かせます。

・リッカルド・フォルト(V.ベッリーニ『清教徒』)
セラフィン指揮/カラス、ディ=ステファノ、ロッシ=レメーニ共演/ミラノ・スカラ座劇場管弦楽団&合唱団/1953年録音
>これも名盤ですね。色仇と言うべき役柄ですが、勢いのある歌いっぷりがこの騎士のキャラクターにはよく合っていると思います。彼の本来的にはソフトな響きの声はベッリーニの流麗な音楽と相性がいいように思います(ただ、難しいところ大分カットしちゃってるのは残念なんだけどね^^;)。ロッシ=レメーニとの声のバランスもよく、セラフィンの指揮もいいのでしょう、この2人の重唱はわくわくするような出来。カラスは立派な歌唱ですが声の響きの癖がマイナスに出ている気がします。ディ=ステファノはここでは高音が引っ掛かるいつものディ=ステファノで好きになれません。

・フロイラ(F.シューベルト『アルフォンソとエストレッラ』)
サンツォーニョ指揮/アルヴァ、ダンコ、ボッリエッロ、クラバッシ共演/ミラノRAI管弦楽団&合唱団/1956年録音
>マイナー演目な上、伊語歌唱と言う珍盤。シューベルト・ファンからしたら厭な予感しかしないような録音ではないかと思うのですが、横好きオペラ聴きの耳からするとこれはなかなか楽しめる音源だと感じています。パネライは国を追われた王を演じていますが、ここでは「普通の人」ではなく、そこはかとなく気品が感じられ、「普通の人に身をやつした人物」に聴こえます。藝の広さでしょうね。ベッリーニと同様に豊かで美しい旋律を歌わせると、彼はいい歌歌うんだなぁと感心します。アルヴァとダンコの主役コンビとフロイラを追い落とした王(実は悪い奴じゃない)のボッリエッロもカンタービレの美しさを聴かせうっとりしますが、悪役のクラバッシのドラマティックな歌唱が作品をピリッと〆ていてとりわけ良いです。

・ジャコモ・ダルコ(G.F.F.ヴェルディ『ジョヴァンナ・ダルコ』)
シモネット指揮/テバルディ、ベルゴンツィ共演/RAIミラノ管弦楽団&合唱団/1951年録音
>ヴェルディの作品の中で出来がいいとは言えない部類ではあるのですが、聴くべきものがあるのをきちんと示している音源。ここでパネライが歌っている娘の運命を案ずるロマンツァは歌唱として本当に充実したもので、彼の実力の高さを伺わせるものとなっています。役自体の一貫性の無さを忘れさせ、説得力を持たせることに成功した力演と言っていいのではないでしょうか。若くて馬力のある頃のテバルディと品行方正さに熱気の加わったベルゴンツィという力強い共演も全くお見事!

・パオロ・アルビアーニ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゴッビ、トッツィ、ゲンジェル、ザンピエーリ共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>『シモン』と言えば先に亡くなったアバド盤のイメージが強く、私自身あの音源は大好きなのですが、双璧と言うべき不滅の名盤です。ゴッビはじめ演技面、ドラマという観点から、『シモン』が優れた作品であるということをよく示しています。実はその演奏の持ち味の違いを一番如実に表しているのはパオロでのそれぞれの歌唱だと思っていて、アバド盤でのファン=ダムが非常に音楽的な端整な歌唱を披露しているのに対し、ここでのパネライは圧倒的にドラマティックなのです。独白での憎々しげな演唱など、却ってうきうきしてくるぐらい堂に入ったもの。しかし、それ以上に強烈な印象を残すのは、シモンに促されて自らを呪う場面!ここでの「恐ろしい!」という叫びのおぞましさは、背筋も凍るという表現が適切だと思います。そして、パオロはイァーゴの原型としてその異常性を語られることが多いですが、この「恐ろしい!」という叫びからは、それ以上にパオロもまた「普通の人」であり、我々と同じように恐怖を感じるのだということ、引いては我々の中にもパオロと同じような憎悪の因子、異常性があるのだということをまざまざと見せつけられる気がするのです。蓋し絶唱と言うべきでしょう。
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かはくの展示から・恐竜展特別編~第14回/サウロロフス

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サウロロフス
Saurolophus angustirostris
特別展

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今回の特別展でも特に目立つ恐竜であり、メインのひとつと言ってもいい(や、メインが多過ぎるという話もありますが笑)、蒙国を代表する植物食恐竜です。展示してある化石もたくさんありますが、ほぼ実骨です。

この個体は割と有名で福井県立恐竜博物館などにレプリカもありますが、そのおおもととなったもの。ということで実骨です!これだけ巨大な恐竜の全身実骨組立骨格はなかなか観る機会がないので、その点のみを取っても貴重です。素晴らしい見ごたえ!

ただしこの子、頭はレプリカです。ご覧のとおり頭の骨は非常に大きくて重たいですが、一方で位置関係的には全身の中でも上の方にあります。実骨での全身骨格を観るときに本物かどうかを判定するポイントは鉄骨の有無だというお話は以前アパトサウルスの回でしましたが、その理窟で行くと頭にはかなり多くの鉄骨を入れねばなりません。当然ちょっとカッコ悪いし、位置的なリスクはどうしても出てくる。と言う訳で、「全身実骨の組立骨格」と言っても頭だけはレプリカと言うのはよくある話です。


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上の写真は入ってすぐのところにありますが、これがまたたまげるほどデカいwww今回展示されているサウロロフスの中でも最大ではないかと思います。下の写真のも十分でかいですし、こちらは反対側に破損がありますが美観を保っています。

目立つ骨の鶏冠があるのが特徴です。有名なパラサウロロフスなどはこの鶏冠に鼻から管が通っており、トロンボーンのような音が出せたというような話がありますが、サウロロフスの場合はもっと単純な骨の突起だったようです。
また、サウロロフスに近いグループには頭に骨の突起のないものもいます。そうした骨の突起のないものについては、頭に装飾がないものとして長いこと復元されてきた訳ですが、ごく最近突起がないと考えられていたエドモントサウルスのミイラ化石の頭にニワトリのような鶏冠があることが判明しました。殆ど見つからない、骨以外の体の特徴がこうしてわかるのは非常に珍しいこと。このあたり、今後の復元像に注目が集まるところです。

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こちらは歯の化石。一塊りのように見えますが、よく見るとヒマワリの種のような形の小さな歯をたくさん並べていることが分かります。これは実はゾウの歯と較べると非常に面白いところで、この塊とゾウの歯は印象として非常によく似ています。

恐竜を含む爬虫類は基本的には同じ形の歯を並べることはあっても、前歯・糸切り歯・奥歯と言うような異なる形の歯が生えている例はごくごく僅かです(糸切り歯=犬歯=牙ですから、つい言ってしまいがちな「恐竜の牙」という表現は誤り)。一方で哺乳類の多くは様々な形の歯を持っています。
そうなったときに、爬虫類のサウロロフスと哺乳類のゾウが、そもそもは全く別の特徴のある歯から、植物を食べるという目的に向かって最終的に同じような形の歯(または歯の集合)を進化させたというのは、実に興味深いところです。植物を食べるという段になった時に、植物は栄養を含んだ細胞を堅い殻(「細胞壁」というのは高校理科でやった人もいるのでは?)に包んでいるので、ここから栄養を取りだすのはかなり大変。如何にして磨り潰すかを突きつめると、こういう形なるのかと。
本当は顎の動きの話も考えなきゃですが、長くなるのでまたの機会に笑。

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今回また面白いのが、彼らの皮膚印象化石が来ています。
化石として残るのは大凡が身体の堅い部分で、皮膚・内臓・筋肉と言ったやわらかい部分と言うのは滅多にありません。だから、恐竜が鱗で覆われていたのかvs羽毛で覆われていたのか論争があったり、恐竜の色はわからないよなんて話が出てくる訳です。今回の場合は、要は手形みたいなもの。砂なり泥なりに押しつけられた彼らの「皮膚」の「印象」が残ったもので、こういうものも「化石」と言います。What's 化石?という話は、今日はトピックが多いのでまた改めてにしましょう^^

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肉食恐竜タルボサウルスに齧られた痕のあるサウロロフスの前脚。齧られた痕は向かって左側の端っこと下側にあります。それぞれの歯形は違う形状を示しており、タルボサウルスがどのようにサウロロフスの肉を食べたのかが推測できるそうです。そういう意味でこの化石はサウロロフス視線から見れば通常の身体化石、タルボサウルス視線から見れば彼らがどのように餌を食べたのかと言う「行動」を示唆する生痕化石と観ることができます。また、齧られた痕は全身のうちこの部分のみからしか見つかっていないことから、初めにサウロロフスの死体が砂か泥に埋もれたものの、前脚のみそこから飛び出していて、それをタルボサウルスが齧ったのではないかと考えられています。そうした視線からすれば、この生き物がどのように化石になったのかということについても調べることができる標本だと言えます。

「齧られた跡」ひとつで、学術的にはこれだけ広がりがあるのです。

<参考>
・「大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威」図録/国立科学博物館/2013
・ナショナル・ジオグラフィックニュース 「恐竜に軟組織の“トサカ”を発見」
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20131213002
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TAS(たす)について思っていることとか。

TASについて思っているところを纏めてみようかなーなどと思わせぶりなことを呟きながら大分経っちゃいました^^;書いてる途中でどうしようかなと思ったんだけど、需要0でもないようなんで、一応挙げてみます。

【1】TAS(たす)の概要
まず、TASとはなんぞやと言うことですが、
・公式には“Tokyo Academic Society”、正式には“Totemo Ayashii Shudan”の略称。
・twitter等で集まった古生物、生物を中心とする博物学等に関心がある人向けのオフ会。
・内容は博物館の見学や意見交換、夜の部等、「学ぶ」を「楽しむ」企画。
・知識不問。内容に関心があればこれから勉強したいという方から、バリバリの研究者まで歓迎。
・過去の活動はこちら
といったところでしょうか。

そもそも論を言えば、twitterで宣伝した僕のボランティア・ガイドにフォロワーさんが集まってくださり、折角だからそのあともうちょっと展示観て一杯やりましょうか、と言う部分がスタートです。そのかたちである程度定着しましたが、僕自身は専門的な教育を受けた訳でもないし、フォロワーさんのなかには様々なバック・グラウンドの人たちがいましたから、その人たちの話をむしろ聞きたいという気持ちもあって、意見交換の部を作りました。そういう由来を考えると、TASは「見学」、「意見交換」、「夜の部」の三本柱のそれぞれが大事だと思っています。ただ、みなさんそれぞれ忙しいでしょうし、参加を強制するような種類のものでは全くありませんから、ご自身の参加したい範囲で顔を出していただければ^^

基本的には来るもの拒まず去るもの追わずで、素人玄人いずれも大歓迎、即ち知識不問というのもこの会の原則です。
会の成立時からそうですが僕の気持としては、集団としては濃かったとしても、単なるヲタクの集団とか単なる研究者の集団にはしたくはなくて、もっと開かれた場所、今風のことばで言うならプラット・フォームになれればと思っています。何にも知らなくても、ちょっとでも内容なりTASそのものになりに関心があるひとたちであればどんどん参加してほしいし、参加したら素人とか玄人とか関係なく楽しんで欲しい。楽しみ方は人それぞれだと思います。わからないことを手当たり次第聞くもよし、流れてくる情報をひた すら聞くに徹するもよし。兎に角、参加する以上はその空間を楽しんでってね!って言うことです。『蝙蝠』に出てくるオルロフスキー公爵の夜会みたいなもんですな^^

敢えて言うなら「よし!参加してみよう!」と思うかどうかがTASの唯一のハードルです。逆に僕自身は主催者として、1回参加したひとに「もう一度参加しよう!」と思ってもらえるような会を提供するのが義務だと思っています。

【2】それぞれの企画について
TASの中身について述べて行こうと思います。
(1)見学
上述のとおりTASは博物館をみんなで観ることから始めた経緯があります。
というかそれ以上に、私自身博物館の中身をごっつりと一緒に観てくれる友達というのがなかなかおりませんで、その渇を癒したいという気持ちが強いんですよね笑。専門的な世界では研究の目を以て黙して語らず、まずは淡々と対象を観察するという観方が正しいと思いますし、それができなきゃいけないでしょうが、その一方でよりフランクにわいわいがやがやと観ることを楽しむのも、特に一般のファンにとっては大事だと思うのです。ただ単に楽しいと言うだけではなく、そうすることによって情報交換ができる。お互いの知らない世界を知ることができる。そういう意味に於いて、やはりモノを観に行くということは重要だと思うのです。
これまではどうしても自分のフィールドであるかはくで行うことが多かったのですが、今後はより様々なところに進出していきたいと思います。場合によってはこの見学をメインに据えた「遠足」をやってもいいかなと言う気もしていますが、このあたり参加される方の層によって変わっていくかもしれません^^

(2)意見交換
実はTASを面白くする一番の仕掛けがこれだと思っています。
うまい言葉が見つからず大仰な印象を与えてしまいますが、別に高尚な意見をお互いに述べ合う場ではなく、基本的には話題提供者が準備した何らかのネタに対して、思ったこと・わからないことを思いつくままお喋りする場です。だから提供されている話題にきちんと関係さえあれば、「こんな質問したらレベルが低いかな?」とかそういう邪心は捨てていただいて喋ってもらえれば(笑)大体が僕自身にしても、提供される話題について毎回詳しい訳ではなく、面白そうな話をしてくれそうな人に話を振っているという程度です。肩肘張らずに気楽に話を聞いて、おしゃべりをするぐらいの心持でちょうどいいと思います。人数は場所(博士のシェアハウス)の兼ね合いでいま25人前後、会の性質を考えるとこれぐらいがMAXかなと考えています。

話題提供者については、大きく2つの方針で選んでいます。ひとつは若手の学生、もうひとつはアマチュアの愛好家です。できれば「先生」は呼びたくないと考えているのは、まだそこまでの体力のある団体ではないということ(世話人1人でいろいろやってますしね^^;)ももちろんあるのですが、それ以上に気楽に喋る環境にしたいからです。
若手の学生さんに喋ってもらいたい理由は、このTASの場を人前で何か話す練習に使って欲しいということ。研究者の道に進んで行くのであれば、学会はじめ様々な場で人前で話すことも多くなっていきます。大きな場面でコケないためにもいろいろな機会はあった方がいいし、そういうもののひとつとして有効な場にしたいなと。
アマチュア愛好家というくくりにしましたが、要は研究を専門でやっていない人に喋ってもらいたいというのはもっと単純で、普段喋れない中身を喋って欲しいということです。僕なんかもこのblogを見ればわかるとおりヲタクな訳ですが、例えば僕でも古生物への愛を垂れ流す機会なんてそうそうなくて、世を忍ぶ仮の姿では地味で物静かな普通の事務方です(笑)でも、そういう人たちが観てる世界、普段喋りたくても喋れない自分の世界は、やっぱり面白いんですよね。そういうものを引きだしていく場にしたい。また、ヲタクではなくても業界を別の目線で見ている人(例えばアートの人だったりモノカキの人だったり)から観た世界についても、聞ける場にしたいというのもあります。

意見交換についてのもう一つの方針は、発表の具体的な中身をネット上にオープンにしないということ、つまりざっくり言えばtwitterでの実況中継したり後日blogで詳細で具体的な内容を掲載したりはしないでくださいね、ということです。「ここだけの話」とか「内緒の裏話」みたいなものを聞ける場にしたいというのが、その理由です。変な話公式の場ではないですし、そういうところがやっぱり面白いし、参加する人も聞きたいところではないかと。また、若い学生さんなんかに話してもらう時に、ネットでオープンと言うのはいろいろな意味でハードルが高いと思うのですね。纏めると、喋ってもらうひとに委縮して欲しくない、ということに帰結するのかもしれませんね。逆に聞く側からすると折角ですから、TASに実際参加しているお得感も欲しい。いろいろなご意見はあると思いますし、地理的に遠い人には申し訳ないのですが、以上のようなことで、この場については今後も閉じられた環境にしておくつもりです。

いずれワーク・ショップができる方をお招きしたいという野望もあります笑。いつ実現できるかわかりませんが。

(3)夜の部
これはもっと自由に交流してもらう場面として、個人的には不可欠かと。見学や意見交換では話せなかったことを話せなかった人と楽しく情報交換する場、ということですね^^

【3】運営について
ちょっと上述しましたが、僕が1人で見学場所・意見交換での話題提供の依頼・夜の部の会場の確保・広報活動・参加者数の管理をしているのが現状です。大したことをしている訳ではないですしかなりの部分好きでやってるので、大変で余裕がないということは自分としてはないつもりでいます。とは言え、世を忍ぶ仮の本業やらかはくのボランティアやらなにやらがある中でやっているので、僕自身の余裕のある時にしかできないのは紛れもない事実で、これが必ずしもいいことなのかは、ちょっと考えるところです。仮に将来的にいろいろな理由で僕が活動できなくなったときに、この会は無くなっちゃうんだろうなぁと漠然と考えるとやはりもったいなさは感じますし、当日僕がぶっ倒れたりすると結構おおごとです(前科あり^^;)。やっぱり3人か4人ぐらいでできればベターなんでしょうね。
お金の面については、基本的に割り勘で全てを済ませているので今後もそれでいいと思っています。ただ、話題提供の方に謝礼を出せていないのはちょっとひっかかってはいるのですが…みなさんご厚意で申し訳ないです㎜

…大体こんなところでしょうか。
僕自身としてはみなさんに楽しんでいただければと思って、まずは自分だったら楽しいと思うようなものを企画しているつもりです。ただ現状フィードバックをもらったりしてはいないので、満足度とかちゃんと確認しないとならんかなぁという気もしています。「こんな企画があったらいいな」とかあったら、どんどん教えて欲しいです^^
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かはくの展示から・恐竜展特別編~第13回/トロオドン類

このblogは国立科学博物館の公式見解ではなくファンの個人ページですので、その点についてはご留意ください。

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トロオドン類
Troodontidae
特別展

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今回の特別展で複数展示されている小型恐竜です。
目や脳が大きく、最近はそうでもないですが以前よく「最も賢かった恐竜」として紹介されていた連中の仲間ですね^^後ろ足の2本目の指が大きく、これが大きく上に曲げられる点、尾の骨に溝があることなどの特徴が見られます。
かつては非常に賢く獰猛な肉食恐竜としてとらえられることが多かったのですが、近年ではどうやら疑問視されているようです。図録には「雑食または植物食であったことが示唆されている」としてあります。

上記の化石は実物。有名な恐竜の割には実物化石を見る機会は少ないので、これは貴重です。
現在知られた種に含まれるものなのか、新種なのか現在研究中です。

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そしてこちらはレプリカですが、全身骨格として組まれたトロオドン類も観る機会があまりないものです。
手の骨などが欠けているものの、原標本は恐竜時代の最後の当たりのトロオドン類としては、今まで見つかったものの中で最も保存状態がいいものだそうです。特に頭については詳細な情報が得られるかもしれないということで期待が高いのだとか。そういう目で観てみると、レプリカからでも素晴らしい状態なのが窺えます。
同じ時代の地層から既に2種の別のトロオドン類が発見されていることから、オルニソミモサウルス類と同じように、何らかの棲み分けがあったことが考えられます。また、オルニソミモサウルス類と同じように足の甲の骨の真ん中が細くなる特徴もあります。
(2014.1.22追記)
このレプリカのもととなった標本をホロタイプとする記載論文が出ましたね!パンテオンさんにいくつかリンクが貼られています。新属新種としてゴビヴェナトル・モンゴリエンシス Gobivenator mongoliensis という名前がついています。
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顔のアップ。
こうしてみると等高線のような縞模様が入っていますが、それはこの顔のレプリカが3Dプリンタで作られているから!モノ自体の話ではありませんが、必見です!笑

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もうひとつ展示されているトロオドン類、ザナバザル。ホロタイプです。
今回展示されている骨以外にもいくつか化石が見つかっているそうです。しかし美人さんです^^
CTスキャンによる脳の復元によると、脳の大きさと形は始祖鳥よりも鳥類に近いということが去年の8月に判明しています。が、その他の特徴は始祖鳥の方が鳥らしいということで、そのあたりは更に研究が必要だそうです。

<参考>
・「大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威」図録/国立科学博物館/2013
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Protoceratops

プロトケラトプス
Protoceratops andrewsi

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実はこの恐竜そんなに好きでもなかったんです。大抵の恐竜展に何かしらものがあるし、結構いいものも来るし、小っちゃいし^^;
ところが、かはくの大恐竜展にあまりにもたくさん最高の状態のプロトケラトプスがあるもんで(詳しくはこちら)、この2か月半ほどで私はすっかりプロトケラトプスに魅せられてしまいました笑。という訳で、作ってみたのが本作品。怠け者の私にしては珍しく、恐竜展で撮ってきた写真だけではなく、林原で出しているプロトケラトプスの骨格図も動員しています^^

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彼らの特徴として嘴の横に牙のような八重歯のような歯が2本生えているのが彼らの特徴のひとつです。個人的にはこれは彼らの結構重大な萌えポイントだと思っているので、本作を折るにあたってはそれはちゃんと折り出したいなと^^ただ、小さいものなので、実際こうして見えていたとはあまり思えないのですがね^^;
襟飾りは骨格図では小さかったんですが、実物を見るともう少し大きいように思ったので、そこはちょっと作った側の意図が入っています。

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ちょっとうまく撮れてませんが、前脚のつき方にも気を遣いました。
藤原復元の“小さく前ならえ”型を意識し、つま先は身体の外側に向けています。

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尾の途中が膨らむ部分も彼らの重要な萌えポイントですから、きっちり見せるように努力しました。
ただ、もう一つの萌えポイントである美しいカーブを描く坐骨の位置を考えると、もう少し尾全体が太くても良かったかもしれません。あの坐骨はほんとに綺麗なんですが、流石に生体では見れないよねwww

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オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十六夜/風格ある名優~

前回と同姓繋がりでこの人を。
この人については非常に詳しい方をネット上で一方的に存じ上げているので、私風情の所感を書き連ねるのは非常に恐縮と言いますか、恥ずかしい限りでもあるのですが…^^;

R-Raimondi.jpg


ルッジェーロ・ライモンディ
(Ruggero Raimondi)
1941~
Bass
Italy

久々に現在も活動されている方ですね笑。泣く子も黙る現代伊もの歌手の大物です。

深みと味わいはあるけれども明るい音色の美声は、まさに伊国バスそのもの。個人的には伊国の正統的なバスの系譜のなかで、ピンツァやシエピからのバトンを受け、現代のスカンディウッツィへと繋ぐ世代の最も重要な歌手の1人だと思っています。若いころの声の豊麗さは、録音史に残るものと言っていいでしょうし、その表現のセンスの良さも特筆すべきもの。そのひと癖ある役作りは、声が最盛期を過ぎたあとの録音でも楽しむことができます。

レパートリーは伊ものを中心にかなり広いです。録音だけ俎上に取ればやはりヴェルディが多い、と言うことになりますが、ヴェルディ以外の作品のイメージもかなり強く、例えばカプッチッリのようなヴェルディ歌いという印象は意外と薄いような気もします。またバスとしては比較的高めな声質だということもあって、アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)、スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)といったバリトン役でも印象的な歌唱を繰り広げています。軸はありながらも非常に多彩な活躍をしているひとだと言えるでしょう。

<ここがすごい!>
全く個人的な話ですが、ライモンディの歌を聴くときには、若い頃のものであればその美声に、歳を重ねてからのものであればその表現力にと、自然と自分は楽しみ方を変えているようです。一方で歌手としての持ち味そのものが大きく変わっているようには思わないので、全盛期の声の素晴らしさと経験を積むことで磨きのかかる表現のいずれもが、卓越したものだからでしょう。と言っても別に若い時の彼に表現力がないかと言えばそんなことは全然ないし、歳とって衰えたにしても持ち声の素晴らしさは感じられます。巧く言えないんですが、声も表現もずっとライモンディなんだけれども、そのいい部分がちょっとずつシフトしていくと言いますか。確実なのは、そんな風に感じられるのはごくごく少数の非凡な歌手だけだということです。

全盛期の声は、実に豊かでしなやか。まろやかで深みのあるたっぷりとした美声であり、一声で大器を感じさせます。歌のフォルムも美しく、悠然としていてとても力強いです。バスはどうしても年増の役が多い訳ですけれども、その時期の彼の歌はより艶やかさを持った、堂々たる偉丈夫を想起させます。人々を率いる精悍な英雄を思わせるこのころの彼の録音で印象的なのは、例えばアッティラ(G.F.F.ヴェルディ『アッティラ』)でありプローチダ(同『シチリアの晩禱』)です。いずれの役もヴェルディの作品の中ではイマイチな人物造形だったり作品だったりする訳ですが、役としての美質を良く引き出しており、そういった欠点を忘れさせるほどの立派な歌唱を披露しています。特にアッティラで見せる王者の風格は見事なもので、録音としてる聴けるこの役のベストのひとつでしょう。

また、この時期からその表現力には目を見張るものがあり、声から感じられるような先ほどのイメージからはほど遠い役、例えば修道院長(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)、宗教裁判長(同『ドン・カルロ』)、パガーノ(同『第1回十字軍のロンバルディア人』)でも迫力のある独特のキャラクターを作りだしています。こうしたものの中では特にパガーノが素晴らしい!未だに記録として楽しむことのできるこの役の歌唱では頭一つ抜けていると思います。表現力と言うところで言えば、コミカルな歌唱が必要とされるブッフォの役どころでも独特の存在感を楽しむことができます。といっても、この人の場合は如何にもブッフォというような役回りと言うよりは、どちらかと言えば物語を斜めに見るような、ちょっと第三者的な役を演じたときに光るような気がします。こうした表現や演技はやろうとしてやれるものでもないでしょうし、彼生来の知的さによって支えられているものだと思います。

バリトンの諸役についても忘れてはなりません。高めの声質とは言え、彼はやはりバッソ・カンタンテであり、バリトン役も何でもござれというひとではないように思います。しかし、当初高名な指揮者に勧められたことがきっかけで彼が手にした2つのバリトン役、即ちアルマヴィーヴァ伯爵とスカルピア男爵については、彼の持つ貴族的な雰囲気と知性に満ちた達者な演技力とによって、彼を語る上で欠かせないものとなっていると思います。いずれの役も通常取られるような解釈とは一味違い、彼らが持つ厭らしさや執念を表に出すのではなく飽くまで上品さで包みながら、その厭らしさをそこはかとなく感じさせるという藝達者なことをやっています。いずれも押さえておきたい録音でしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
圧倒的な感銘を受ける録音がある一方で、いつもと同じくきっちりしっかり歌っているのにいまいち感興に乏しい音源もあるんですよね^^;なんでそう思うのか僕自身も良くわかっていないのですが…基本的には甘みの強い声だというのは間違いなくあって、全体にはどちらかと言えばやはり老齢な役よりも若々しい役の方がマッチしているようには思うのですが…修道院長や宗教裁判長みたいな例もあるしな…うーん…。どういう訳だか如何にも彼の本領が発揮されそうなフィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)やフィエスコ(同『シモン・ボッカネグラ』)はいまのところそんなにいいと思えてません。フィリッポはカラヤン指揮の新譜が出たらしいのでちょっと楽しみ^^新譜入手しました!詳細は後述しますがライモンディファンの溜飲を下げるものだと思います!(2014.9.2追記)
そういうところを指して、何故かよくギャウロフと較べてどうとかこうとか言うのをよく聞きますが、それはお角が違うような。この2人はギャウロフ贔屓の僕から聴いてもあまりにもキャラクターが違うと思うんですよね。もちろん、だからどっちがエラいとかではないです。

また上でもちょっと述べましたが、思いっきりブッフォって言う役どころはちょっと違うかなと。ドン・マニフィコ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)やムスタファ(同『アルジェのイタリア女』)の録音もあり、どちらも立派な歌唱ではあるのですがいま一つ。ライモンディは非常に知的な分析と計算の上でこれらの役を演じているのは間違いないと思うのですが、これらにはやはり天然のオモシロオカシさが欲しいところなんだと思います。となるとコレナやダーラ、モンタルソロあたりを聴いてしまうと弾けるような愉悦、と言う点で遜色が出てしまいますね。

<オススメ録音♪>
・アッティラ(G.F.F.ヴェルディ『アッティラ』)
ガルデッリ指揮/ドイテコム、ベルゴンツィ、ミルンズ共演/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1972年録音
>これ、あんまり言及されないような気がしますが超名盤だと思います。何より題名役のライモンディの歌声と存在感が実にすばらしい!異民族の野性味と言うところで行けば、ギャウロフ、ネステレンコやフルラネットあたりの方があるようには思うのですが、その威風堂々たる王者ぶりには痺れます。また一方では、彼の独特の甘みが、戀によって破滅していく男の等身大の姿を、他の歌手よりもリアルに表現しているような気がします。恰幅と男ぶりのいいミルンズ、いつもながら端整なベルゴンツィ、しっかりとした音楽を作るガルデッリはいずれもお見事。ドイテコムの硬質な声が好みかどうかが問題でしょうが、歌唱そのものは評価できると思います。

・ジョヴァンニ・ダ=プローチダ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
レヴァイン指揮/ドミンゴ、アローヨ、ミルンズ共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&ジョン・オールディス合唱団/1974年録音
>数少ないこの作品の録音の中でも筆頭に挙げられるもののひとつでしょう。役そのものは重要だし史実に登場する有名人だしという割には、いまいちきちんと描かれていないというか、まあ書割感の強い役ではあるのですが、そうした欠点を忘れさせてくれるほどライモンディの歌が立派です。力強く横溢した声は、まさに革命のリーダーそのものであり、なるほどこうした人物であれば民意を集めることができるだろうと思わせます。ドミンゴ、ミルンズもこうした大河ドラマにはピッタリのたっぷりとした声で楽しめます(高音がダメなドミンゴがハイDを決めている!)。こういう作品でのレヴァインは結構好き。アローヨが声は見事なんですが転がってないのが惜しい。ここはL.プライスとかだったら不滅の名盤だったかもしれません。

・パガーノ(G.F.F.ヴェルディ『第1回十字軍のロンバルディア人』)
ガルデッリ指揮/ドイテコム、ドミンゴ、ロ=モナコ共演/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団
/1971年録音
ガヴァッツェーニ指揮/スコット、パヴァロッティ、グリッリ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>非常に難しいけれども、彼の本領が発揮されている役だと言っていいでしょう。録音史に於いて右に出るものがいない金字塔をどちらの録音でも残していると思います。正直なことを言えば、ガルデッリ盤はライモンディが出ていなかったらまあこんなもんかなぐらいの音源だと思います。ドイテコムもドミンゴもしっかりした歌唱ではあるのですが、彼らにピッタリくる役ではないですし、「高水準」という評価以上ではないでしょう。ライモンディもの最も声の豊かだった時期に、いい音質でこれが遺されたことは非常に意義があります。彼はルサンチマンの塊である複雑な性格のこの役を、かなり研究して演じていると思います。彼に加えてよりこの作品に向いたスコット、パヴァロッティ、グリッリが共演したライヴの音源であるガヴァッツェーニ盤は、音質さえもっと良ければこの作品の決定盤になっていたに違いない凄演です。特に各人鬼気迫る歌唱なのですが、その中でも充分に主役としての存在感を見せつけているライモンディは、まったく見事と言うほかありません。ライヴに抵抗がなければ是が非でも!

・修道院長(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
ガルデッリ指揮/ベルゴンツィ、アローヨ、カプッチッリ、エヴァンズ、カゾーニ共演/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1972年録音
>この音源は綺羅星のようなメンバーから想像するほど凄まじい演奏では実はないのですが、その中で彼の演ずる修道院長がひときわ光っています。最初の一声からずっしりと重々しい迫力があります。彼が登場する場面では、荘重で厳粛な雰囲気をしっかり出して呉れるので、例えばレオノーラが修道院に入る場面や終幕での説得力が違います。ベルゴンツィ、アローヨ、カプッチッリはいずれも端整な歌いぶりで音楽としては非常に魅力的なのですが、もう少しヴェルディらしい熱気が欲しいところも。これはガルデッリの指揮に起因するような気もします。とはいえ、滅多に聴けない最初の決闘をベルゴンツィとカプッチッリで聴けるのは儲けものです。その他の人たちが一段落ちるのが残念。

・バンクォー(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
ムーティ指揮/ミルンズ、コッソット、カレーラス共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1976年録音
>やや平均的な演奏なような気もしますが、名盤でしょう。ライモンディは登場場面は少ないながらも印象的な歌唱を披露しています。特にアリアでの不吉な雰囲気は特筆すべきもので、全曲の白眉と言っても過言ではないように思います。カレーラスも痛々しい雰囲気がよく伝わってくる名唱。ミルンズはたっぷりした声を巧いこと使って等身大のマクベスを作っているように思いますが、もう少し力強さが欲しい。コッソットはパワフルだけれども、凄んで欲しい低音がいまひとつで(何故かこれはメゾのマクベス夫人全般に言えるのだけれど)消化不良。ムーティは『ナブッコ』や『アイーダ』ほどではないにしても熱の籠った指揮ぶりで◎

・宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
フォン=カラヤン指揮/ギャウロフ、カレーラス、フレーニ、バルツァ、カプッチッリ、ファン=ダム、グルベロヴァー、ヘンドリクス共演/BPO&ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団/1978年録音
>言わずと知れた不滅の名盤。キャストにはスターがズラリ。但し、鳴らしまくるフォン=カラヤンがお好みかどうかというところ。個人的にはこういう演奏もありかもしれないとは思うが、オペラと言うよりは声楽付交響曲。それはさておき、実は昔はこの録音のアキレス腱がライモンディだと思っていて、ギャウロフに較べて若々しい声が宗教裁判長の不気味な雰囲気を出せていないと感じていました。が、最近再び聴いてみると、その声の分での不足を彼は練り込まれた表現で補っていて、これはこれでアプローチとしては成功ではないかと言う気がしています。確かに凄みという部分では劣るのですが、その粘着質で爬虫類的な雰囲気は、この役に違う角度から光を当てているように思います。歌は、声の適性だけでは判断できないことを如実に示しているようです。

・フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)2014.9.2追記
フォン=カラヤン指揮/カレーラス、フレーニ、バルツァ、カプッチッリ、サルミネン、ローニ、グルベロヴァー、T.モーザー共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1979年録音
>追記するのがすっかり遅くなってしまいました^^;上記のとおりライモンディについては素晴らしい録音!彼がフィリッポで真価を発揮した録音が、漸くこうして世の中に出てきたことは、まさに喜ぶべきことだと思います。声は正に脂の乗り切った時期で、しかも一方できちんと役柄の枯れた味わいを出しており、若く甘過ぎるジュリーニ盤やウェット過ぎるアバド仏語盤とは明らかに一線を画す充実した歌唱。歌唱的にも演劇的にも知的な解釈とコントロールが効いていて、しみじみ彼の頭の良さと藝の良さを感じさせます。でまたサルミネンが絶好調で、彼一流の巨大で邪悪な声でごりごり迫ってくるもんだからまあこのふたりの対決の聴き応えと言ったら!ライヴで乗ってるというのもあると思いますが、ここは蓋し迫真の演唱と言うべきものでしょう。そしてカレーラス、フレーニ、バルツァは圧倒的大熱唱!カプッチッリもいつもながらのパワフルな歌いぶりです。修道士にローニ、天の声にグルベロヴァー、伝令にモーザーという贅沢な脇役達も短い出番でも唸らされる素晴らしい歌唱。しかし…重厚を通り越して鈍重なフォン=カラヤンの指揮&盛大な謎カットのせいで手放しで名盤と言えないのが何とも歯痒い。。。

・モゼ(G.ロッシーニ『エジプトのモゼ』)
シモーネ指揮/アンダーソン、パラシオ、ニムスゲルン、ガル共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1981年録音
>『モゼ』は作曲経緯が非常に煩雑な作品で、この当初伊国向きに作曲された『エジプトのモゼ』の形での音源は意外と珍しいです。その数少ない音源として十二分に存在感を発揮しているのがこの音盤であり、ライモンディも題名役の名に恥じない活躍をしています。声そのもののピークは過ぎて来ているようにも思うのですが、自信に満ちた歌唱は宗教家らしい威厳に満ちており、ヴェテランらしい味を出しています。実際には主役と言ってもいいアンダーソンやパラシオの歌唱もロッシーニ・ルネサンスの先駆者らしい技巧的なもの。ニムスゲルンはやや異質ではあるのですが、意外と小回りも利くし、悪役っぽい声質が暴君らしくていいです。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
レヴァイン指揮/ゲッダ、ミルンズ、シルズ、カペッキ、バルビエーリ共演/ロンドン響&ジョン・オールディス合唱団/1975年録音
>一時代古いスタイルの演奏なのは十分承知の上で、それでもなおロッシーニの愉悦を感じさせてくれる魅力的な録音。彼のブッフォ役はここでいうところのバルトロのような底抜けな面白さを感じさせるというよりは、もっと斜に構えたポジションであるバジリオでこそ活きるように思います。まあすっとぼけてるんですが計算してる感じがいい笑。また、ここでも品のある雰囲気が逆に面白かったりもします。共演は各人個性的で、或る意味でバランスが取れています。

・ドン・プロフォンド(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、ダーラ、レイミー、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>よくもまあこんなメンバー集めて呉れちゃいました!という不滅の名盤。筋なんて無い極上のガラ・コンサートというべき本作で、各人が120%を出しています。これがライヴだというのだからたまげます。この役を蘇演した彼以上に、このプロフォンドと言う役をオモシロオカシく歌える歌手は、残念ながらまだ登場していないでしょう。何より各国人の持ち物をその国の人っぽい伊語で歌うなんて芸当は、そうそうできるもんじゃないwもちろん、例の14重唱(!)でもしっかりとキャラを立たせています。

・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
マリナー指揮/ファン=ダム、ヘンドリクス、ポップ、バルツァ、ロイド、パーマー、バルディン、ジェンキンス共演/アカデミー管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1985年録音
>超名盤。また個性的な人をたくさん集めたフィガロで、各々のキャラクターがしっかり出ているのが音源としてこの作品を聴いていても劇として飽きさせない理由でしょう。伯爵はバリトンがやるのが一般的で、ここでの彼の起用はちょっと意外な気もする訳ですが、品格で包んでいるものの強権的で下心のある人物像を巧みに出していると思います。また、単なる間の抜けた悪役ではなく、結構頭は切れそうな感じが出ているのもいい。前述のとおり共演は優れていますが、やはり瑞々しいポップが出色。

・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)
フォン=カラヤン指揮/リッチャレッリ、カレーラス、ホーニク共演/BPO、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団&シェーネベルク少年合唱団/1979年録音
>これもフォン=カラヤン節が好きか嫌いかでだいぶ印象が変わってくる音源ですね。『ドン・カルロ』同様声楽付交響曲っぽい演奏ではあるのですが、こっちの方が違和感はないかな。固辞したライモンディを是非にとフォン=カラヤンが口説いてやらせたスカルピア男爵がこれな訳ですが、従前の如何にも悪役と言う人物造形とは一線を画すユニークな歌唱だと思います。一見すると立派で信頼の置ける人物に見えてしまうスカルピア。イァーゴでも最近はそういったキャラづくりをする人が結構出てきましたが、或る意味ではその走りと言いますか。F=Dのスカルピアにも同様のところはありますが、より伊的な歌唱だと思います。
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かはくの展示から・恐竜展特別編~第12回/サイカニア

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サイカニア
Saichania chulsanensis
特別展

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全身をがっしりとした鎧で覆っている曲竜と呼ばれるグループの中でも北米のアンキロサウルスなどについで大きいとされています。また、恐竜キングというゲームでは主要キャラのひとつとなっていたこともあり、このグループの中でも一般の認知度は高い方でしょう。
実骨による大変見事な全身骨格で、今回展示されているすべての標本の中でも最も見応えのある格好のいい恐竜です。その装甲の美しさから、学名は蒙語で「美しいもの」という意味。さもありなんという感じです。 山の名前から取られているようです。2014.9.8追記
しかし、ちょっとややこしいことになっています^^;

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展示されている標本は全身本物ですが、実は頭の部分と下顎を含むそれ以外の部分は別の個体の骨格です。頭を含む個体がホロタイプです。ホロタイプについては以前こちらでもご紹介しているとおり、ある生き物の基準となる標本です。実はホロタイプに指定されるのは、必ず1個体のみです。即ち、同時に同じ種の個体が複数出て論文に掲載されたとしても、ホロタイプに指定されるのは一つの個体のみなのです。
さて、ここでホロタイプとなっているのは頭の部分の化石の個体の方です。この頭の持ち主の化石は見つかっているということですが、残念ながら上半身だけなのだとか。このため下顎を含むそれ以外の部分は別の地層で発見されたものをくっつけています。で、このホロタイプ以外の部分の骨格は、どうやらサイカニアとは別の種類の可能性が高いのだとか。確かにそう思って見るとちょっと頭でっかちなんですよねこの骨格^^;
サイカニアと言えばこの全身骨格!というぐらい有名なものなので、ちょっとびっくりです。

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尾の部分まで棘があるこの重装備の曲竜さんには今後新しい名前が付けられるのか、ちょっときになるところであります。
ちなみにこの棘、中空になっています。是非会場でご確認を!

このあたり、こちらのblogも是非ご参考に。

<参考>
・「大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威」図録/国立科学博物館/2013
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Smips参加とキヌガサタケ

昨日、いつもTASで場所をご提供いただいている博士のシェアハウスの山田さんのお誘いで、彼のかかわっている知財の勉強会Smipsに顔を出してまいりました。

というのも今回の講演で昨年11月に私も参加したなまけっとの話を主催のkinoboriyagiさんがされるということだったというのと、併せて今年8月開催の博物ふぇすのお話もあるということ、僕も少しTASについてお話するということでした。また、続くセッションではかはくの研究員の白水先生の菌類(=遺伝資源)の輸入についてのお話があるというのも大変魅力的でした。

結果として、参加して非常に良かったです!詳しい内容は纏めがあるのでそちらに任せますが(なまけっとはこちら、菌の輸入はこちら)、いろいろなバックグラウンドの方がいらっしゃって、まさに人種のるつぼという感じで、非常に刺激になりました^^また、知財という観点そのものが僕自身には認識はあれど、あまりなじみのある世界ではなかったということもあり、純粋に新鮮な面白みがありました。
また、いろいろなところでいろいろなかたちで科学や生き物といったものを普及しようとされている方がいるということが分かったのもよかったです^^TASも頑張って開催していきたいと思います!
次回は5月ということで、参加できればと思っています。

夜は当然呑み会があったのですが、そこでちょっとしたお遊びを笑

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なまけっとと菌のお話だということで持って行ったベニテングタケが好評だったので、その場で何個か折りました。
それに、切り紙のいわたまいこさんが切込みを入れて虫喰いに^^よく見ると穴はみんなハート型になっています!藝細!!

で、その場の流れでアドリブでキヌガサタケを作ってみようという話になり、できたのがこちら。

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奇譚クラブさんのトカゲも一緒に♪
いやあこれは楽しかった!
正直なところアドリブだったのでモノとしての納得は行っていないのですが、同じ紙をやっているいわたさんとは何か一緒にやってみたかったので、それがこう言った形でじつげんできるとは!
いわたさんとは博物フェスまでにクォリティを上げてもう一度やりましょうと約束しました^^

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呑み屋に出現した謎のキノコの森。
っていうかシュモクザメいるしw
思ったこと。とか | コメント:0 | トラックバック:0 |

かはくの展示から・恐竜展特別編~第11回/オルニソミモサウルス類

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オルニソミモサウルス類
Ornithomimosauria
特別展

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実は今回のひとつの軸となっているのが彼らの仲間。
ざっくり言ってしまえばオルニソミムスの仲間と、彼らに近縁な仲間をひっくるめたのがオルニソミモサウルス類という言葉。オヴィラプトル類に対するオヴィラプトロサウルス類というのもおんなじように考えていただければ^^ちなみに日本語表記は、ornithomimosaurusという綴りのthの音を羅語風に読むのか英語風に読むのかで「オルニトミモサウルス」になったり「オルニソミモサウルス」になったりします。今回の特別展ではここは英語読みで統一されているようですね^^学名を羅語風に表記するのか英語風に表記するのかはいつも議論となるところではありますが、個人的には羅語読みを基本としつつも一般に浸透してる表記にすればいいんじゃないかなという気がします。

上の写真のハルピミムスは今回展示されている彼らの仲間の中ではもっとも原始的なもの。ホロタイプです。
手の甲の骨の長さがより進化した種では揃うのに対し、彼らは親指にあたる指の骨が短いことをはじめ尾の骨や肩の骨などの特徴があります。また、最も大きなポイントとして下顎には欠けているものを含めて11本の歯が生えていたようです。より進化した種では嘴になるという話はガリミムスのときにもしましたね!とは言え展示室で確認するのはかなり困難ですが^^;
進化した種と較べても全体のプロポーションはあまり変わりませんが、彼らのプロポーションは原始的な段階からかなり完成されていたとも言えるかもしれません。

ちなみに彼らの名前の意味は「ハルピュイアもどき」。ハルピュイアというのはギリシャ神話に出てくる半人半鳥の化け物…似てる訳がありませんねwww何とかもどきという名前もネタが尽きていることが窺えますwww(詳しくはこちら

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今回の特別展は時代順に並んでおりオルニトミモサウルス類も、だんだんと進化していきます。
次いで登場するガルディミムスはハルピミムスよりもう少し進化したものですが、こいつはまだオルニソミムス類とは呼べません。ちなみにこいつもホロタイプ。
この段階に来て歯は完全になくなります。しかし、脚の特徴(後述)や腰の特徴はまだ原始的な特徴を残しています。

ちなみに名前の意味は「ガルーダもどき」…ガルーダは印度の神鳥ですね^^似てる訳ないじゃん!www

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ガルディミムスの隣りにいるのがまだ名前のついていないオルニソミムス類。でもこれもこれだけ骨が揃っているのでそのうち名前がつくのでは…ということでホロタイプ候補生ですね笑。
オルニソミムス類ですからガルディミムスなどよりは進化している訳ですが、面白いのはガルディミムスと彼らが同じ時代の同じ地域に棲息していたと考えられるということ。これは即ち原始的な生き物とより進化した生き物が共存していたということです。食べ物などにより棲み分けをしていたのでしょうか。興味の尽きないところです。

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ハルピミムスやガルディミムスには見られないけれどもオルニソミムス類に見られるのが足の特徴。もちろんガリミムスでも見ることができます。
上の写真の一番長い3本の骨はヒトで言うと足の甲にあたる部分ですが、真ん中の骨がシュッと細くなっています。これはオルニソミムス類やティラノサウルス類、トロオドン類で見られますが、それぞれ別に進化したと考えられている特徴で、速く走るために発達したと言われています。
展示室でご覧になるときは、是非脚にご注目を!

<参考>
・「大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威」図録/国立科学博物館/2013
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十五夜/その輝きは稲妻のように~

前回に引き続き今回も録音が少ないのが大変残念なひと。
と言っても、チャンガロヴィッチに較べたら多いですが^^;

G-Raimondi2.jpg

ジャンニ・ライモンディ
(Gianni Raimondi)
1923~2008
Tenor
Italy

実は伊系のテノールで、私が一番好きなのはこの人かもしれません。
声量が凄くある方ではないと思うのですが、ハリのあるきりっとした声はどの音域でも非常によく伸び、よく飛びます。そして、これ以上望むべくもない美声です。本当に惚れ惚れするぐらい!歌い口も実にエキサイティングなもので、特にライヴでの緊張感の高い歌唱は刺激的です。その実力は特にミラノ・スカラ座で買われ、同劇場で200回を越える出演をしたのだとか。

個人的には第1級の名テナーだと信じて疑わないのですが、このひとの実力に対するメジャー・レーベルへの録音の少なさはちょっと信じがたいものがあります。確かにデル=モナコ、ディ=ステファノ、ベルゴンツィ、コレ ッリと群雄割拠の時代にあった訳ですが、そうした人たちと比肩して格が落ちるとはとても思えない。私自身の趣味から行けば同じような感じのディ=ステファノよりは、彼の方がうんと好きなんだけど…。どうしてもライヴでいろいろなものを探さざるを得なくなります。“海賊盤の女王”と呼ばれたゲンジェルの、テノール版とでも言いましょうか。

とはいえ、スタジオ録音以上にライヴで強烈な演奏が多いのもまた事実なのですが。ほぼ確実にホットな歌唱を期待できる稀有な歌手だと言っていいでしょう。

<ここがすごい!>
伊系の美声テノールは?と問われればいろいろな名前が挙がると思いますが、その中でも筆頭に掲げるべき歌手です。どの音域を取っても兎に角素晴らしい声!特 にその高音の響きの魅力には、心も詞も及ばれね。G.F.F.ヴェルディの作品を歌う中では軽めの声なので、圧倒的な破壊力と言う点では一歩譲るかもしれませんが、絶好調の時にはその響きの鋭さと言いますか輝きの強さと言いますか稲妻のようなキレがあり、聴くものに強烈な印象を与えます。

またこうした声の使いどころを良く心得ています。如何に決定的な武器となる素晴らしい声を持っていたとしても、使いどころや使い道を誤れば却って平板な印象になってしまったり、いま一つ印象に残らないという残念な結果に繋がりかねません。オペラは長いので、音楽的・演劇的な決めどころでしっかりと力を見せるということが、結構歌手のセンスを問われる部分になってきます。それは必ずしもアリアや 目立つアンサンブルと言う部分に限らず、レチタティーヴォにもはっきりとそういう場面はあって、例えば歌舞伎でいえば見栄を切るところだなというような音楽は絶対に決めどころです。で、そういうあたりライモンディは大変うまいのです。そういう箇所を外さない、ということができればまずは手堅い印象を受ける訳ですけれども、そこで全力の表現をして聴衆を圧倒するのです。もちろん妙な崩しを入れたりせず、きっちりと美しいフォルムの歌を歌いながら。表現者としてこれほど優れたテノールもなかなかいないのではないかと。これがこのひとを聴いていてゾクゾクする一番の要素でしょう。

レパートリーは伊ものの中では結構幅広く、ロッシーニからプッチーニまでいろいろ歌っています。 個人的には強く印象に残っているのはエドガルド(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)及びフェルナンド(同『ラ=ファヴォリータ』)の両役です。どちらもテノールに素晴らしい歌が用意されていますから、いろいろな歌手が録音を遺している訳ですが、これらはダントツに彼が素晴らしい!極めて集中度の高い、圧巻の歌唱を楽しむことができます(^^)

<ここは微妙かも(^^;>
ハリのある緊張感の高い高音が魅力ではあるのですが、今の歌手のように超高音までやすやす、という訳ではないです。ですからアルトゥーロ(V.ベッリーニ『清教徒』)などは歌のフォルムは非常に美しいものの、キーや音を下げたりしています。ですからそういう部分での或る種のカタストロフ的な魅力はどうしても一 段落ちてしまうところがあります。

それでもいい歌歌えちゃうんですけどね、このひと笑。

<オススメ録音♪>
・レーヴェンスウッド卿エドガルド(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
アバド指揮/スコット、G.G.グェルフィ、フェリン共演/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1967年録音
>不滅の名盤です。これまでもスコットとグェルフィのところでそれぞれご紹介したように共演陣も素晴らしいのですが、実は一番興奮させられるのはライモンディの歌唱だったりします笑。伊国のテノールらしい明るい声で歌われる最後のアリアは、まさにこういう歌唱を期待していたというような熱を帯びたもので、素晴らしい死に様。しかし、それ以上に凄いのは有名な6重唱の後、ストレッタに入るところの直前での呪いの言葉!これはもう強烈としか言いようがない一世一代の大見栄を切っていて、ここまでスリリングな演奏は他に類を見ません。ベル・カントは苦手だという向きの方にも是非聴いていただきたい凄演です!

・フェルナンド(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
プレヴィターリ指揮/シミオナート、ザナージ、ザッカリア共演/ナポリ・サン=カルロ歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
クエスタ指揮/バルビエーリ、タリアブーエ、ネーリ共演/トリノ・イタリア放送響&合唱団/1955年録音
>フェルナンドは優美な旋律線を如何に魅せられるかという役だけに、彼の持ち味を最も楽しむことのできる役だと言っていいでしょう。今回ご紹介する音源は上がライヴ盤下がスタジオ盤で、どちらもその性格が色濃く出ていると思います。手に入りづらく、また音もいま一つではあるけれどもやはりライヴ盤は圧倒的な熱気!かなりのカットやライヴらしい疵があるのもまた確かなのですが、そうしたことを補って余りあるパワフルな高音の連続に痺れます。プレヴィターリの采配が見事でのめり込めますし、シミオナート、ザナージ、ザッカリアの共演陣も上々。対してスタジオ録音は当然音質はライヴより上で、落ち着いた色合いの端正な演奏になっています。とは言え共演がバルビエーリとネーリと言う迫力系の人だということもあり、これもまた聴き応えのある演奏。有名な終幕のアリアはやわらかな歌い口でうっとりとしますし、ネーリとの重唱では声のコントラストが決まっていて非常に耳に心地よいです^^

・アルフレード・ジェルモン(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)
ヴォットー指揮/スコット、バスティアニーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>不滅の名盤。カットのある昔ながらの演奏のスタジオ録音としては一等地抜いた存在だと思います。艶やかで覇気のある彼の歌声と表現は非常に爽やかであるのみならず、若さゆえの無鉄砲さ、青さ、傲慢さをも描き出し、この思慮に欠けるアルフレードという役柄に説得力を持たせています。個人的にはその無謀なまでの若々しさでカバレッタも歌って欲しかったところではありますが^^;切れ味抜群のスコットのヴィオレッタ、ジョルジュにはイケメン過ぎながら見事な歌を聴かせるバスティアニーニに、名匠ヴォットーの心得た指揮、スカラのオケと合唱ですから、楽しめないはずのない1枚です。ヴェルディ・ファン、椿姫ファンなら手許に置いておきたい音源です。

・リッカルド・ペルシ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ガヴァッツェーニ指揮/カラス、ロッシ=レメーニ、シミオナート、クラバッシ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1957年録音
>楽譜の扱いには難があるものの超名盤ですね^^このblogでも繰り返し登場しています。彼の出番もかなりカットされていて、アリアも1個ないしもうひとつのアリアも半分以下に切り詰められてしまっているのは非常に残念なのですが、いつもながら明るく若々しい声とスタイリッシュな歌唱で華を添えています。共演陣との声の相性も良く、この伝説的な名演を支える重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

・アッリーゴ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
ガヴァッツェーニ指揮/スコット、カプッチッリ、R.ライモンディ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1970年録音
>これまた怒濤のライヴと言うべきもの。ここでもアリアとか結構盛大に切り詰められちゃってるのが残念ではあるのですが、ハリがあり飛ぶ声は非常に耳に心地よいです^^特にカプッチッリとの重唱はざっつ・いたりあん!というアッツい歌唱を繰り広げています。何故だかスコット以外の歌手陣に対する客席の反応が非常に冷めているのですが、カプッチッリもR.ライモンディもあらまほしきパフォーマンスを見せています。当然ですがスコットも凄まじい歌で個人的にはエレナ公女のベストと思います。

・ロドルフォ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)2014.2.17追記
フォン=カラヤン指揮/フレーニ、パネライ、ギューデン、ヴィンコ、タッデイ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>名演と言っていいものでしょう。あたりを取ってあちこちで上演し、映像にもなったプロダクションのもの。彼のロドルフォについては結構意見の分かれるところなのかもしれませんが、僕自身は好きです。結構この役は若さを甘く、或る意味暑苦しく表現する歌手が多いように思うのですが、そうしたものとは一線を画した清潔感のある歌唱でさっぱりした印象を受けます。それがつまらないと捉える向きもあるのでしょうが、個人的にはこの方がより若く頼りないロドルフォのキャラクターには合っているように思います。さっぱりしているとは言いましたが、いつもながら響きは充実していますし、暑苦しくはないけど情熱的ではある。結構いいバランス。こういう歌はなかなか歌えるもんじゃないと思います。フォン=カラヤンの指揮も有名なスタジオ録音のような豪奢で緻密な響きで押してくる演奏ではなく、より歌手を前に立たせたもの。基本的には僕はこういう方が好きだな笑。フレーニのミミ、パネライのマルチェッロは相変わらず天下一!ギューデンのムゼッタは響きはやはり堅く独的なものの、スタジオ程の違和感はなく、彼女の伊ものの中ではベストの出来。ヴィンコのコッリーネも重すぎずちょうどいい存在感です。ショーナールになんとタッデイ!!もちろん素晴らしい歌唱で、ボヘミアンたちの中では地味になりがちな音楽家を存在感たっぷりに演じています。

・ファウスト(C.F.グノー『ファウスト』)2016.2.5追記
プレートル指揮/フレーニ、ギャウロフ、マッサール、アルヴァ、ディ=スタジオ、ジャコモッティ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1967年録音
>超名盤!漸く聴きとおすことができました^^;これまでも述べてきたとおりライモンディは素晴らしい声を持った、歌い口の優美なテノールではありますが、この鋭い輝きは仏ものではどうかなあと思っていました。しかしこれは全くの杞憂で、確かにゲッダのような上品さややわらかさとは一線を画すものの、スタイリッシュで動的なファウスト像を創りあげています。そしてここでもまた彼らしいライヴでの爆発力!高音の切れ味の見事さにはことばもありません。有名なアリアももちろんですが、決めどころでしっかり見栄を切れるのは、やはり彼の大きな長所です。フレーニやマッサールといった共演も総じて最高のパフォーマンスですが、ギャウロフの悪魔が出色。伊的な演奏ですが、オペラ好きなら必聴!
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かはくの展示から・恐竜展特別編~第10回/テリジノサウルス

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テリジノサウルス
Therizinosarusu cheloniformis
特別展
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今回の主役はホロタイプでこそありませんが実骨で、こんなものの実骨が観れるなんて…というような代物です。
もしこいつが単体で来ていたらそれだけで目玉になっていたでしょう。デイノケイルスオピストコエリカウディアと並ぶ蒙国の三大謎恐竜と言ってもいいかもしれない。これら3つが並べてあるのだから、今回の恐竜展が如何にクレージーな代物であるかということです(笑)

デイノケイルスが巨大な腕のみ発見されたものであったのに対し、彼らは巨大な爪が他の部分的な骨とともに発見されました。この爪にちなみ「草刈鎌の竜」という意味でテリジノサウルスと名づけられました。発見された部位はいずれもそれまで発見されていたほかの生き物と大きく異なっていたため、様々な仮説が飛び交います。発見された当初はその太い肋骨などから、亀のような姿をしていたのではないかということで、学名でも"cheloniformis"即ち「亀の形をした」というような種名になっています。また、その巨大な爪から超巨大肉食恐竜とする夢のような説もありました。とはいえ、歯の化石が見つかっていませんから、実はそれって結構無理があるのですが(笑)

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つい爪と言ってしまっていますが、これ実は爪ではありません。というか、一般に恐竜の「爪」と言っている部分は実際には爪ではなく、指の一番先の骨です。どうしても尖った形をしているため、そういう言い方の方がわかりやすいということでこの呼び方が通称になってしまっています。爪は体の中では堅い部位ではありますが、実のところサイの角などと同様に化石には残りづらい部位です。本当はこの上に更に大きな爪が覆い被さっていたはずです。それこそ巨大だったはず。

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現在では、他の部位の特徴などからセグノサウルスの仲間ということで一応の決着を見ています(セグノサウルスについてはこちら)。今回の特別展では、セグノサウルスもテリジノサウルスも発見部位が少なく全体像が想像しづらいため、近縁種で化石が多く発見されているアラシャサウルスの復元骨格が来ています(これのみ中国の内蒙古で発見)。
ただしテリジノサウルスが彼らの仲間だとすると、より進化して前肢が身体のバランスの中で大きくなっていますから、これより前肢が大きいイメージです。

と言っても、もっと化石が見つからないことにはわからないことだらけなのですが^^;

実骨で組まれたテリジノサウルスの標本なんて本当にもう二度とは観られないようなとんでもないものです!是非、会場に足を運び、その目で確かめてみてください!

<参考>
・「大恐竜展 ゴビ砂漠の脅威」図録/国立科学博物館/2013
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2014

あけましておめでとうございます。
相変わらずのらりくらり、今年もやって行こうと思っています^^

毎年行っている年賀状用の版画「干支と古生物」、今年は3回目。

2014年賀状

ブロントテリウム
"Brontotherium"

化石種のウマって結構いるんですよね、だからそれでもよかったんですけどそれだと何ぼなんでも普通すぎるし、さりとていいネタが思いつく訳でもなく…今回は実は相当悩みました^^;
悩んだ挙句出てきたのがこのブロントテリウム。全然ウマに似てないし、強いて言えばイノシシかな?というルックスのこいつとウマにどんな関係があるのかというと、2つあります。1つはこいつがこんな外見にも拘わらず実は結構ウマに近い生き物だということ。ウマやサイ、バクの仲間である奇蹄類に含まれるのですが、その中でもウマに近いのだとか。見かけによらないものです(笑)もう1つは、“bronto”というのがアメリカ先住民族の伝承に登場する嵐とともに空をかける巨大な馬のことなんです。で、先住民たちは化石を彼らの骨だと考えていたのだそうです。日本でもゾウの骨とかを竜骨とか言っていたのと近いのかもしれませんね^^
また、“ブロントザウルス”も同じ語源です。

ちなみに化石哺乳類では非常に有名なブロントテリウムですが、近年では近い仲間との分類を見直そうという動きもあるようで、この名前もなくなる可能性があるのだとか。と言っても全面的な同意が得られている訳ではないようで、正直現状こうです!と言い切れない感じですね^^;
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