Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

トナカイ

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トナカイ
Rangifer tarandus

早いもので2014年も残すところあと1日となりました!
おそらくは今年最後の投稿です^^

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ちょっと事情がありまして、年末のタイミングで新作を準備することに。
折角なので、毎年トライして納得のいっていなかったトナカイを。今年はひとまずかたちになってよかった^^
わかりづらいですが、前足も後ろ足も蹄までつけています。ただ、後ろ足に較べると前足がかなりおざなりなので、これは今後の課題かな。

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シカの仲間は角の形が種によって結構大きく異なります。
この掌のように大きく開いた角がやっぱりこいつらのポイントなので、その雰囲気は悪くないんじゃないかなと。もうひといじりできそうな気もしていますが…

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個人的には、起伏に富んだ年でした。大きな変化もあり、自分のスタンスややりたいことを改めて考え直すいい機会になった、と言えば聞こえはいいですが、実際問題本当にいろいろしんどかった。現状まだ先のことは見えていなくて、年が明けたからと言って事態が好転するようなものでもないのですが、2015年は新しい仕掛けを打っていく年にしたいと思っています。ここでもちらほらご報告?するのかな?笑。いずれにせよよろしくお願いいたします。

それではみなさん、よいお年を!
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十九夜/Metを支えた演技派~

米国歌手を紹介するシリーズを続けています。
今回はメトロポリタン歌劇場の檜舞台に400回以上出演したと言われる大物バスです。

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Jacopo Fiesco

ジョルジョ・トッツィ
(Giorgio Tozzi)
1923~2011
Bass
America

伊ものでの活躍が多かったからなのか、それともオペラと言えばやはり伊語と言うことなのか、伊風の読みで通しています。本名はジョージ・ジョン・トッツィ。姓からするとそもそも伊系の人なのかもしれないですね(調べがつきませんでした^^;)。
上述のとおりニューヨークはMetを根城にしながら、スカラ座やヴィーンなど国際的に活躍していました。伊風の藝名ながらレパートリーは伊ものに留まらず、モーツァルトやヴァーグナーをはじめとする独ものもかなり歌っていますし、伊語ながらマイヤベーア、そして英語ながらチャイコフスキーやムソルグスキーも。また、ミュージカル映画『南太平洋』の吹き替えをしたことでも知られています。ミュージカルでの成功を夢見たシエピではなく、同い年のトッツィが吹き替えたというあたり、何があったんだろうなあと勘繰ってしまうところもありますが(笑)、しかしオペラ歌手としての現在の評価を考えると、圧倒的にシエピの方が聴かれているでしょう。トッツィの録音自体はが少なくない筈なのですが(LPではアリア集も出ていた模様)、どうも分が悪い。本blogで意識的に取り上げるようにしている「忘れられた歌手」の1人に、どうやら彼もなってしまっているようです。

じゃあ彼はどうってことない歌手だったのかと言われると、それには首を縦には振れないなあというのが僕の意見です(だから特集している訳ですしおすしw)。先ほどは話の流れでシエピとの人気の差を述べましたが、本質的に彼とシエピではかなり大きく持ち味が異なる、もっと言うと意外と彼みたいなアプローチのバス歌手は少ないんじゃないかと言うような気がしています。

キーワードは、「演技派」です。

<ここがすごい!>
バスにもいろいろなタイプの人がいます。
低いながらも流麗なカンタービレで美しい旋律を歌う人、轟々たる重低音でアンサンブルや演目そのものを引き締める人、豪快な演技で客席を湧かせる人。西欧ものを中心レパートリーにする人たちはどちらかというとやはりその歌の美しさで特筆すべき人が多いように思っています(以下特に敢えて言及を重ねませんが、露ものはちょっと別世界です)。ギャウロフ然りクリストフ然り、それこそシエピ然り。ではトッツィはどうかというと、僕個人はやや違う印象を持っています。もちろん彼も抜群に歌は巧いし、独特の粗さが味わいになっている声の魅力もあります。しかし特にライヴ録音での彼の歌を聴くとそれ以上に感じるのは、むしろ芝居的なうまさです。ハインズはじめMetで20世紀に活躍したバスは全般に演技が入る傾向にあるように思うのですが、分けても彼は崩しの入れ方、例えば声色を変えたり声を荒げたり、それから間の取り方なんかは本当に絶妙だなあと。ことば捌きのうまさも忘れられません。母語の英語はもちろんですが(実は全曲では聴いたことがないのですが、断片で聴く限りミュージカルをやったら絶対に抜群にうまかっただろうと思います。『レ=ミゼラブル』のジャヴェール警部なんか録音していたらなあ)、伊語でも独語でも知的な節回しが効いています。こうしたところから派手ではないけれども真に迫った演技を聴かせ、等身大の人物像を拵えてきます。役柄の問題なのかこういう人バリトンには結構いて、ゴッビとかタッデイとかカペッキとか、近年の人ならヌッチなんかもそうだと思うのですが、意外と西欧ものメインのバスでこういううまさがある人は、あまり思いつきません。強いて言えばR.ライモンディでしょうが、彼もまた少し方向性が違う。その舞台人らしさが彼をユニークな歌手にしているようです。

そうした彼の特色を考えると、逆説的ではありますが現在それほどスタジオ音源が聴かれていない理由も何となくわかるような気がしたり。確実に歌はうまいし声もあるけれども、スタジオ録音での畏まった歌では楽しみ切れないのではないかと言うところなのです。むしろ彼の魅力は、芝居功者に間々あるところではありますが舞台でこそ発揮されるもので、だからこそのMetはじめ国際的な活躍だったのではないかと思うのです。そう考えて彼のベスト・パフォーマンスと言うべき歌唱を見てみると、やっぱりライヴ盤が多いのです。なのでもし、彼のスタジオ録音を聴いていまひとつぱっとした印象をお持ちでなければ、是非ライヴ盤をおススメします。特にフィエスコ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)、フィリッポ(同『ドン・カルロ』)での歌唱は秀逸です。

米人らしく幅広いレパートリーを持っていたこともまた、忘れてはならないところでしょう。特筆すべきはヴェルディでもヴァーグナーでも優れた歌唱を遺しているという点。上記のようにヴェルディで渋い演技の効いたドラマティックな歌唱を披露したかと思えば、実に人間臭いダーラント(R.ヴァーグナー『彷徨えるオランダ人』)を聴かせてみせたり、私自身は未見ながらハンス・ザックス(同『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)の映像も評価が高いです。

いまだったらたくさんの魅力的な映像を遺して呉れただろうなあと思うと、実に惜しいですね。

<ここは微妙かも(^^;>
レパートリーは広いですが、古いひとなので必ずしも原語で歌っていない録音も多いです。
露ものは知る限り全て英語で、これはやっぱり露語で歌って欲しかったなあ(物凄くわかりやすい英語で歌われるグレーミン公爵(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)もほっこりしますが笑)。
全体には流麗さではなく、藝で勝負するようなところのある人ですし崩しもあるので、歌そのものの美しさを楽しみたいと言う方からすると、もう一声かもしれません。

<オススメ録音♪>
・ヤーコポ・フィエスコ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゴッビ、ゲンジェル、G.ザンピエーリ、パネライ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>本blogで繰り返し登場してきたシモンの裏名盤です。音楽的なアバド盤に対して演劇的な本番と言う話をこれまでもしていた訳ですが、芝居が達者な彼がこの演奏で本領を発揮していると言うのは、そう考えると非常に納得いくところ。辛口の演技が印象に残ります。またギャウロフの歌唱が非常にスケールが大きくて、大河ドラマ的な人物像を打ち出しているのに対し、トッツィは歌唱そのものはもちろん堂々としたものですが、或意味でより親近感の湧く演唱です。偉大なフィエスコに対して等身大なフィエスコを打ち出していると言う意味で、この役を考える上では必聴の録音ではないかと思います。対するシモンがまた千両役者のゴッビ、しかもパオロが絶好調のパネライ、ガヴァッツェーニの峻嶮な音楽づくりがバチッと決まっており、劇的緊張度の高さではこの演目でも一頭地抜いていると言っていいでしょう。切れ味の良いゲンジェル、溌溂としたザンピエーリも見事です。

・西国王フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アドラー指揮/コレッリ、リザネク、デイリス、ヘルレア、ウーデ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1964年録音
>比較的珍しいメンバーでのこの演目の記録ではないかと思いますが、それぞれの個性が立っていて満足度の高い録音です。トッツィはいつもながらここでも渋みの効いた演技で、最高権力者にも拘わらず何一つ自分の思う通りに行かない孤独な王の苦り切った雰囲気をよく出しています。アリアは寂寞とした哀しみの想いとふつふつと湧きあがる怒りの感情との行き来を巧みに表現した名演ですし、ロドリーゴとの重唱では老獪さとともに人臭さをも感じさせる優れた歌唱。そのロドリーゴを演ずる羅国のヘルレアが、ドラマティックで大変素晴らしいので、この対決は聴き応え満点です。デイリスがまた高貴さと激しさとを兼ね備えた理想的なエボリ!コレッリとリザネクは濃過ぎると言う向きもありそうですが、充実しています(コレッリ落ち過ぎだけどねw)アドラーの前進する音楽も◎ウーデがいまいちなのが惜しい。

・ヴァルテル伯爵(G.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』)
クレヴァ指揮/モッフォ、ベルゴンツィ、マックニール、フラジェッロ、ヴァーレット共演/RCAイタリア・オペラ管弦楽団&合唱団/1964年録音
>「ライヴがいいよ」といいながらライヴではない演奏もいくつか紹介していきます。この役はアリアや重唱もあるオイシい役の割に意外と大物が歌わない役ではあるのですが、以前紹介したアリエやこの役を得意にしたジャイオッティ、それにこのトッツィぐらいの歌手が歌うとその真価を知ることができるように思います。悪役ではあるのですが根っからの悪人と言う訳ではなく、息子への愛情から悪事にも手を染めると言う伯爵の複雑な人物像は、彼のような演技達者にこそ描いて欲しいところですが、その期待を上回る好演です。嫌なヤツに変わりはないのですが、きちんと共感できる。これに対してヴルムのフラジェッロはきっちり憎たらしいヤツで役作り的なコントラストもしっかりついていて、この2人の重唱がgood!残るメンバーではベルゴンツィのロドルフォがスタイリッシュの極みと言うべきもので、この役最高の歌唱だと思います。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ラインスドルフ指揮/ヴァレッティ、メリル、ピータース、コレナ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1958年録音
>半世紀以上も前の録音とは思えない楽しいセビリャで、ヴァレッティが頑張って大アリアを復活させて呉れているのも嬉しい1枚です。ブッフォのキャラクターをやらせてみると、改めてトッツィの芝居の良さがよくわかるというところです。陰口のアリアは実に愉快そうに人を貶める歌を口ずさんでいるのですけれども、何処か愛嬌があって憎めない。悪魔的になり過ぎない匙加減には頭が下がります。録音で楽しめる名バジリオの1人と言っていいでしょう。

・ダーラント(R.ヴァーグナー『彷徨えるオランダ人』)
ベーム指揮/ロンドン、リザネク、コンヤ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>スタジオ録音もありますが僕が視聴したのはライヴ盤。これレビューなどではぼこぼこに叩かれていますが言うほど酷い音でもないし、ライヴらしいテンションの高さもあるし、悪くない演奏だと思います。トッツィはここでもやはり演技が秀逸で、ヴァーグナーの作ったキャラクターの中でも随一の俗物を、俗っぽさはそのままに、しかし戯画的に誇張した描き方にはなり過ぎないうまい具合でやっています。「あ、いるいるこういう欲深おじさん」って言う感じ笑。それがシリアスなロンドンといい具合に対照していて、且つどちらも声量がありますから重唱も満足度が高いです。リザネクも気合の入った歌いぶりですし、コンヤは知る限りベストだと思います。ベームの作る暗くて起伏のある音楽も嵐をよく表現した立派なもの。

・サン=ブリ伯爵(G.マイヤベーア『ユグノー教徒』)
ガヴァッツェーニ指揮/コレッリ、サザランド、シミオナート、ギャウロフ、コッソット、ガンツァロッリ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>オール・スター・キャストの伊語盤。やや伊的になり過ぎな気もしないではないですが、これだけ役者が揃ってこそのマイヤベーアだと言うことを感じさせて呉れます。役どころの重要さと登場回数の割に意外と纏まった歌のない伯爵ですが、そうであるからこそ演技派のトッツィがやることで存在感がいや増します。重厚で味のあることば捌きはここでも健在で、やはり単なる悪役ではなく人間味を感じさせる立体的な役作り。演目全体がぐっと面白くなっています^^

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
クレヴァ指揮/ファーレル、コレッリ、メリル、ラルキン、M.ダン共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1962年録音
>この演目の隠れ名盤。この役も歌う場面はさほど多くはありませんが、アリアもありますし、ヴェネツィアの最高権力者ですから堂々とした高慢な人物に感じられて欲しいところで、そのあたり流石にお見事です。ややつっぱなしたような歌いぶりがアルヴィーゼの矜恃の高さや冷たさをよく出しているように感じられます。自らや自らの家の名誉が前に立ち、愛情をあまり感じさせない、或意味で人間的ではないキャラクターでも彼はうまいなあと思う訳です。各共演もライヴらしいアツい歌唱で盛り上がりますが、特にラルキンのラウラが絶品!当時のMetの層の厚さが窺えます。

・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
エレーデ指揮/デル=モナコ、テバルディ、シミオナート、サヴァレーゼ共演/ジュネーヴ大劇場管弦楽団&フィレンツェ五月音楽祭合唱団/1959年録音
>ひょっとすると彼の録音で一番手に入りやすいものかもしれません。この演目は主役4人の比重が非常に高いため重要視されることは少ないですが、開幕第一声を担い、前提となるおぞましい物語を我々に伝えると言う意味でも非常に重要ですし、アンサンブル(特に3幕!)でも目立って欲しいところが多いポジションです。そういう意味で彼の起用はやはり嬉しいところ。冒頭から慕われる老将と言う感じがよく出た貫禄のいい歌いぶりで、昔話をしているところの雰囲気が実にいい。またアンサンブルでも大声量で自分の仕事をしっかりとしていますし、なによりカッコイイです^^伯爵を演ずるサヴァレーゼが非力なのもあってここではむしろトッツィの方が印象に残ります。その他では当たり役のシミオナートがやっぱり素晴らしいのと、適性なさそうなテバルディが健闘しています。デル=モナコは如何にも似合ってそうですが、私見では燃焼度が低くいまいち(尤も彼の場合、マンリーコは意外なぐらいどの録音もいまひとつなのですが)。

・ランフィス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
ショルティ指揮/L.プライス、ヴィッカーズ、ゴール、メリル、クラバッシ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>これも何度か登場しているちょっと毛色の違うアイーダ。ここでの彼も歌う場面は必ずしも多くないながら、脇から演奏全体を支えています。宗教的権威であるランフィスの如何にも高官らしいふてぶてしさや高圧的な感じを巧みな口跡で表現しています。悪役と言う訳ではないですけれども、憎々しさと腹黒さがこれだけしっかりと出せるのはこの役に於いてはプラスだと思います。クラバッシとの色の違いがわかりやすいのも◎

・グァルティエーロ・フュルスト(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
ロッシ指揮/タッデイ、フィリッペスキ、カルテリ、コレナ、クラバッシ、シュッティ、パーチェ共演/トリノ・イタリア放送交響楽団 &合唱団/1952年録音
>彼にとってはかなり若い時分の録音(なんと29歳!)で大先輩のタッデイと、このときには大御所であったフィリッペスキと共演しています。しかし2人の偉大な歌手とともに遜色のない貫禄ある歌いぶりで、この役の唯一の大きな出番と言っていい2幕の素晴らしい3重唱に華を添えています。こういう役で登場すると懐の深い人情派的な風情を醸し出して呉れます。バスではこういう役は少ないですが、もう少しこういう方面の歌も聴きたかったなあと思ったり。

・医者(S.バーバー『ヴァネッサ』)
ミトロプーロス指揮/スティーバー、エリアス、ゲッダ、マラウニク共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場管弦楽団/1958年録音
>現代ものもひとつだけ。まさに前述のような人情的な役柄を彼の母語である英語で楽しめると言うのも嬉しいところ。特に酒を飲んで楽しそうに歌う場面は、彼の演技功者が活きていてとても愉しいです^^全体には暗いこの演目に光を射していると言っていいのではないでしょうか。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十八夜/格調高い美の世界~

前回のメリルに引き続き、ここから数回は米国出身または米国を活動の中心とする歌手を何人かご紹介していこうかなと思います。
久々に(?)現在も活躍中の人を。

Larmore.jpg
Giulio Cesare (Händel)

ジェニファー・ラーモア
(Jennifer Larmore)
1958~
Alto, Mezzo Soprano
America

若手の美人メゾと言うイメージだったんですが、意外ともう結構いい歳なんですね^^;まあでもレイミーとかR.ヒメネスとかとの録音が多い訳だし、まあこんぐらいなんでしょう。

そのレイミーやミルンズもそうでしたが、彼女もまた米国歌手のご多分に漏れずかなり広いレパートリーを誇っている人です。アリア集を見てみると、伊仏独かなり様式の違うものを取り揃えていて驚きます。とは言うものの彼女のレパートリーの中心がどこにあるかと言えば、それはやはりバロック、ベル・カントの中でも特にロッシーニ、加えていくつかの仏ものであるというのは衆目一致するところでしょう。単純にディスコグラフィを見ても納得のいく話だと思いますし、実際彼女の歌が最も活き活きと聴こえるのはそのあたりではないかと。そういう意味では、僕自身彼女の広大なレパートリーすべてを追うことはできていない訳ですが、自分が耳にしている範疇での彼女の魅力の最も活きる部分 について述べて行きたいと思います。

<ここがすごい!>
上述のとおり彼女の得意分野はバロック、ロッシーニ、そして一部の仏ものと言うのが僕の理解ですが、単純にこの領域を見てみると最近出てきたベルガンサ、或いは以前登場したバルトリと非常によく似て見えます。しかし彼女たちの面白いところは、いざ声や歌を取り出して聴いてみると、お互いに随分違う個性を以て聴こえてくるところです。情熱的で明るい気品に満ちたベルガンサ、高い技術と知的な歌い回しで聴き手を惹き込むバルトリに対し、ラーモアの魅力は淑やかに響くふくよかな声が際立った個性でしょう。基本的にベルガンサとバルトリはやはりメゾだと思うのですが(バルトリに至っては時にソプラノ的に響くことも)、彼女はむしろアルトと言って差し支えないと思います。オペラを 歌う女声の中でも深めの、穏やかでやわらかな声です。そうしたまろみのある声だからこそ、最前述べて来ているようなジャンル、刺刺しさの少ない優美な音楽での活躍が目立つのでしょう。

そしてその落ち着いた声から紡ぎだされる華やかな技巧がまた素晴らしい!ややおっとりとした印象を受ける声でもあるので、その小回りの良い動きが新鮮でもあり、小気味よいギャップを生んでいます。また、90年代以降の活躍がメインの人なのでD.C.アリアやカバレッタの繰返し部分などでは譜面にない装飾をかなり入れて行くのですが、そうしたものを含めた上での歌の趣味が実にいい。清廉で格調高い、誠に美的なものです。これは彼女の類稀なる歌心によるところが大きいように思います。技巧の話と後先になりましたが、その歌心は当然ながらコロラテューラのない演目でも発揮されていて、特に言葉捌きのうまさは特筆すべきもの。

端整な歌と同じぐらい端整な容貌で、「オペラ歌手の中では」という前提条件なしに美人だと言っていいでしょう。ですから舞台でも気品と媚態の入り混じる魅力的な麗人ぶりを発揮すること請け合いな訳ですが、彼女の声が深い響きなこともあってズボン役での活躍も目立ちます。舞台写真からですらその凛々しい男ぶりも伺えますから、実演ならばさぞやと思います。もちろんその歌い口も、颯爽として引き締まった清々しいもの。若々しい英雄の姿を強く感じさせます。後述しますが古今東西のズボン役の歌を集めた珍しいアリア集“Call me Mister”(邦題よりこっちの方がカッコイイと思う)なんてものまで出していますから、彼女自身、自分の中のひとつの柱となるジャンルと考えているのでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
器用に手広くこなす米国の歌手ではよくあるといえばよくある話なのですが、やっぱり向き不向きと言いますか、この歌はそんなではないなあと思うものがあるのも確かです。特にアルトと断りを入れたように、低い音域での充実が持ち味の歌い手ですので、高音を聴かせて欲しいものではどうしてももう一声となる部分があります。
また前述もしましたが、彼女のマイルドな声はキャラクターそのものをちょっとおっとりとしたものに聴かせてしまうことが、特にヒロインの場合あるような気がしていて、例えばロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)などでは、それが引っかかってしまう(ベルガンサみたいな才気煥発な感じが欲しい!みたいな)人もいるようには思います。まあ、好みの問題で、僕は好きですが笑。

<オススメ録音♪>
・アンジェリーナ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
リッツィ指揮/R.ヒメネス、コルベッリ、G.キリコ、マイルズ、スカラベッリ、ポルヴェレッリ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1994年録音
>あまり言及されることはありませんが個人的にはアバド盤やシャイー盤と並ぶ不滅の名盤だと思っている音源です。何と言ってもこれだけ役柄のイメージ面も含めてメンバーが揃っている(姉2人すらスカラベッリとポルヴェレッリですからね!)というのは類例を見ないように思います。ラーモアはいつもながらしっとりとした落ち着いた色調のアルトで、丁寧に歌いこんでいます。その彼女の特性から若々しく生命力に溢れた娘ではなく、上品で洗練された淑女という風情のキャラクターを構築しています。深い声ではあるのですがベルベットのような美しく澄んだ響きであること、歌の端正さが相俟って、純真な魂の持主に聴こえるのもお見事です。優美で品のあるヒメネスの王子がまたやわらかで 優しい雰囲気を湛えていて、彼女と非常にお似合いなカップル。コルベッリは相変わらず味のある等身大のブッフォ、息子キリコはアリアをびっくりするようなテンポで歌っていて若々しい勢いがある名唱!マイルズもいつもながら気品のあるジェントルマンで転がしも巧く、アリドーロではペルトゥージと双璧と言っていいでしょう。姉2人も流石。リッツィの指揮も作品に見合った軽い風合いで、非常に完成度が高いです。

・アルサーチェ(G.ロッシーニ『セミラミデ』)
マリン指揮/ステューダー、レイミー、ロパルド、ローテリング共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1992年録音
>これもまた名盤だと思います。ここでの彼女は実にきりっとした男役ぶりで、ホーン以降のこのジャンルの立役者であることをしっかりと感じさせます。太いけれども重たくならない充実した声で古典劇の世界の若々しい英雄に強い説得力を持たせていますし、自在で闊達な技巧はここでも健在。みなコロラテューラの得意なメンバーですが、ひときわ見事です。悪役アッスールはこの役を演じれば絶対的なレイミーですから、特にこの2人の対決の場面は聴き応えがあります。ロパルドとローテリングも上々で、マリンも前に進んでいく音楽で気分がいいです^^ステューダーのみ趣味が別れるところかと思いますが、存在感は立派なもので、個人的には悪くないと感じています。

・ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ロペス=コボス指揮/R.ヒメネス、ハーゲゴール、コルベッリ、レイミー、フリットリ共演/ジュネーヴ歌劇場合唱団&ローザンヌ室内管弦楽団/1992年録音
>これもまた言及されることはあまりありませんが優れた演奏でしょう。平均点を取るとこの演目の個人的なイチオシです。上にも書きましたけれども彼女の持ち味の問題で明るくきびきびした人物づくりではなく、より深窓の令嬢的な雰囲気になっています。とはいえロジーナ的なお茶目な面もきちんと見え隠れさせています^^断片しか観られていませんが映像もありまして(ゼッダ指揮、カペッキ、S.アライモらと共演)、そこではより彼女のコミカルな部分での役作りを楽しむことができます。彼女と共演の多いヒメネス、コルベッリ、レイミーといった人たちはいつもながら個人技も楽しめますが、アンサンブルが和気藹藹としていていい雰囲気です。ハーゲゴールがやや異質且つ細かい動きがキツ いですが、持ち前のお人柄で明るくこなしていて凹んではいないです(プライ的とも言えそう)。ベルタを若きフリットリがやっているのはめっけもん。指揮がちょっとまったりしているのが惜しい感じ。

・ジュリオ・チェーザレ(G.F.ヘンデル『エジプトのジュリオ・チェーザレ』)
ヤーコプス指揮/シュリック、フィンク、レルホルム、ラギン、ヴィス、F.ザナージ共演/コンチェルト・ケルン/1991年録音
>恥ずかしながらバロックは不案内なのですが、彼女のこの演奏はやはり外すことはできないように思います。ここでのラーモアは技巧が本当に冴えわたっていて、痛快な切れ味を楽しむことができます。威風堂々たる胸を張った歌いぶりがこの古代の英雄の姿にハマっていますし、彼女らしい格調の高さが音楽と相乗効果をなしています。共演も清潔感のある歌の人たちで荘厳な歴史劇の世界を引き立てていますが、特にラギンの神経質な歌が役柄に合っていて良かったです。

・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
シノーポリ指揮/T.モーザー、レイミー、ゲオルギウ共演/バイエルン国立歌劇場管弦楽団、合唱団&児童合唱団/1995年録音
>ベルガンサがそうであったように、ラーモアもまた彼女のレパートリーの中では異質に思えるカルメンに取り組んでいます。しかしこの演奏は学者肌のシノーポリらしい緻密なアプローチが功を奏し、彼女をはじめとする歌唱陣もそこにうまくフィットしたことで独特な空気のある名盤に仕上がっています。ラーモアはたっぷりした声でシックな魅力のある女性像を作っていて、エキゾティシズムこそ薄いものの現代的な風合いのカルメンです。妙にねっとりせず或意味普通に歌っているのですが、却って女らしさが出ているあたりにこの人の実力の高さが伺えます。また、コロラテューラがない分だけ彼女の歌のうまさが際立っているとも言えそうです。モーザーもロブストでこそありませんが、自分の 土俵と持ち味を見極めたジョゼ。ヒロイックな面と繊細な面の使い分けが絶妙です。ゲオルギウは知名度の割に本当にいい録音は少ないように思っているのですが、このミカエラは最高!娘らしさもあり、うまみもあります。この中では名手レイミーがややいまひとつ、いや悪くはないのですが彼ならもう少しを期待したかったところではあります。しかし、全体には非常に楽しめる音盤です。

・エドアルド・ロペス(G.ロッシーニ『シャブランのマティルデ』)
・カルボ(G.ロッシーニ『マオメット2世』)
カレッラ指揮/イギリス室内管弦楽団&ロンドン合唱団/1997年録音
>彼女のロッシーニ・アリア集からですが、いずれもこの時期に全曲を残して欲しかったものです。どちらも悲劇に立ち向かう若者らしさが秀逸。エドアルドでの転がしの巧みさには息を呑みますし、ホルンの超絶技巧との掛け合いが気持ちいいです^^カルボでも歌のうまさが光ります。どちらも演奏機会が多いとは言えない作品で、だからこそ彼女が質の高い歌を残して呉れているのはありがたい限りです。これ以外にも珍しい作品を歌っていておススメ。

・サッフォー(J.マスネー『サッフォー』)
・ニクラウス(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
・ミニョン(C.L.A.トマ『ミニョン』)
・ラズリ(A.E.シャブリエ『エトワール』)
ド=ビリー指揮/ヴィーン放送交響楽団/2001年録音
>こちらはフランスもののアリア集から。珍しいものをたくさんとり上げて呉れていて嬉しくなります。しかもいずれも絶品!特にこの4つは聴きものです。『サッフォー』、実は全曲聴いたことはないもののこのアリアは単体でもいくつか聴いているのですが、ここでの彼女はベストの出来ではなかろうかと。古代の女流詩人をこれまた品位を以て歌いあげています。徐々にドラマティックに盛り上げる構成も巧みで、惹き込まれます。ニクラウスの最近歌われるようになったこのアリアは、ホフマンの語りの世界で数少ないミューズが顔を覗かせる場面ですが、そのあたりの匙加減が大変素晴らしいです。この役の中性的な面をうまく出していて、全曲歌って欲しかったなぁ。一転ミニョンは、彼女の素 直な声の響きが活かされていて、純粋な少女の姿をロマンティックに歌っています。そしてラズリ!躍動感のある歌づくりも気分のいいものですが、それ以上に口跡、ことば捌きに唸らされます。

・マッフェオ・オルシーニ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
・ロメオ(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』)
・オルロフスキー公爵(J.シュトラウスII世『こうもり』)
リッツィ指揮/ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団/1995年録音
>上述した“Call me Mister”にいずれも収められています。企画からしてというところではありますが、一風変わった選曲がここでも楽しめますが、上記3役は彼女の藝風の広さを感じられるあたりではないかと。ベル・カントではロッシーニが中心のイメージがありますが、ドニゼッティやベッリーニを歌わせても流石の歌唱です。マッフェオでは乾杯の賑々しさ、ロメオでは少年らしい清々しい空気がいい。また、オルロフスキーでは中心レパートリーではないけれども独ものもいけるところを伺わせます。公爵の異様な雰囲気こそ控えめですが、歌の端正さは替えがたいものがあります。
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