Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

変奏曲「トラコドンの眷族」 Nove Variazioni "Aderenti del Trachodon"

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変奏曲「トラコドンの眷族」
Nove Variazioni "Aderenti del Trachodon"

久々に連作です^^
前回のパキケファロサウルスのときに身体が鴨嘴竜みたいだな~と思っていて、試しにパラサウロロフスを作ってみたら、いろいろと応用できそうな感じだったのでやってみました。角竜変奏曲のときと同じく、身体はほぼ一緒で頭のバリエーションを作っています。

パキケファロのときと同様頭は意図的ではないインサイドアウトになってしまったので、直そうといろいろしてみたのですが、途中でこれを活かした方が楽しいように思いそのままに。紙の色もいろいろ考えましたが、思い切って千代紙を使ってみました。結果的にそのことを比較的活かせたのではないかと思います。5体目ぐらいまでは戦隊モノ(鴨嘴戦隊ハドロンジャー!)なんて言いながら作っていたのですが、ここまで作るとむしろプリキュア・ハドロサウリダエ!みたいになったような気もしますw

鴨嘴竜というのは恐竜時代の一番最後の時期である白亜紀に、北半球で棲息していた恐竜の仲間の通称で、鴨のような口からそう呼ばれています。物凄くたくさんの歯を持っており、それで植物を磨り潰して食べたと考えられています。また、頭にユニークな飾りがある種類がたくさんおり、今回の連作もそこに着想しています。
「トラコドン Trachodon」というのは古くからの恐竜ファンならご存知の方も多い筈。鴨嘴竜の代表として昔よく図鑑に載っていましたが、現在は他の恐竜と同じものということでこの名前は遣われていません。恐らくこの名前に引っ張られて、どの本でも虎柄になっていたのはご愛嬌でしょう(笑)実際には“荒々しい歯”と言う意味(Wikipediaでは希語となっていますが、恐らく羅語の誤り)。今回は敢えてこの“失われた”恐竜にちなんでみました^^

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No.1 パラサウロロフス Parasaurolophus walkeri
現在この仲間で最も有名な種類でしょう。頭の後ろに長くのびた鶏冠が非常に印象的な恐竜です。この鶏冠には鼻道が通っており、大きな声で鳴くことができたという説があります。後で出てくるサウロロフスに近いとかつては考えられていましたが、現在はそれほど近い訳でもないということになっているようです。

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No.2 チンタオサウルス Tsintaosaurus spinorhinus
そのものずばり中国の青島で見つかったことから名づけられた恐竜。一角獣の角のようなまっすぐな鶏冠が目の間から伸びている異様な姿で知られていましたが、近年それはもっと大きな鶏冠の一部だったのではないかと言う説が発表されました。個人的には旧復元にも後ろ髪を引かれながら、今回は新復元で作っています。

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No.3 コリトサウルス Corythosaurus casuarius
丸く大きく発達した鶏冠が特徴的な恐竜。この鶏冠にちなんで“ヘルメットの竜”と名づけられています。同じような鶏冠をした恐竜に様々な名前が与えられてきましたが、現在ではおおよそこの恐竜と後で登場するヒパクロサウルスに集約されているようです。比較的多くの個体が出ている恐竜です。

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No.4 ランベオサウルス Lambeosaurus lambei
19世紀後半から20世紀初頭の著名な古生物学者ローレンス・モリス・ラムにちなんで命名。こちらも多くの個体が発見されており、種によって鶏冠の形が若干異なることが知られています。中でも最も目立つのがここで登場した鉞のような形をした種(種名もラムに拠っています)。この仲間でも大型の生き物です。

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No.5 オロロティタン Olorotitan arharensis
国土の割にあまり恐竜が見つかっていないイメージのある露国で見つかっている中では、最も有名な恐竜。はっきり全部が残っている訳ではないようですが、扇を開いたような大きな鶏冠が非常に特徴的で印象に残ります。2000年代になってから名前がつけられた或意味でだいぶ“新しい”恐竜です。

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No.6 エドモントサウルス Edmontosaurus regalis
鶏冠のない鴨嘴竜の代表選手として知られていましたが、状態のいいミイラ化石の発見から肉質の小さな鶏冠があったことがつい最近判明しました(一応再現してみた)。近い仲間のハドロサウルスやアナトティタンなどをこの恐竜と一緒にするかどうかいろいろ議論になっていますが恥ずかしながら追いきれてません^^;

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No.7 サウロロフス Saurolophus angustirostris
北米と亜州とで発見されていますが、今回は蒙国で発見された種のつもりで作ってみました。状態のいい化石がかなり発見されており、昨年かはくで開催された恐竜展でも全身骨格や皮膚印象、捕食痕を含むその一部が展示されていました。かなり大きくなる生き物だったようで、全身の組み立て骨格は圧巻です。

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No.8 マイアサウラ Maiasaura peeblesorum
初めて子育ての可能性が指摘されたことで有名な恐竜で、そのことから“母親竜“と言う名前がつけられています(“母 maia”という単語に引っ張られて“竜”と言う語が通常の男性形の“saurus”から“saura”になっています)。近年の研究ではその子育てについて疑問視する声も上がっているようです。

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No.9 ヒパクロサウルス Hypacrosaurus altispinus
上述のコリトサウルスに似ているものの、より鶏冠の隆起が穏やかであることで区別されます。この恐竜も巣やかなりの数の幼体の化石が出ている種で、恐竜の成長や生態を調べる上でよく引き合いに出されています。恐竜時代の最末期の北米で生活していた恐竜としても知られています。どうでもいいですが、この色で作ったらかなりウルトラマンww
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十二夜/皇帝の威容~

準備していた人がいると言ってたんですが、もう少し聴かないとあれなんで暫く保留^^;
前回オブラスツォヴァで折角露国めいたので、大好きなんですがこれまで実はあんまり特集したことのない露勢をご紹介していこうかと!

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アレクサンドル・ピロゴフ
(Alexander Pirogov, Александр Степанович Пирогов)
1899~1964
Bass
Russia

いやあ19世紀生まれが出てきちゃいましたよ久々に(笑)この特集では録音で聴ける人を中心にお話ししているので流石に滅多に出てきませんね、シャリャピン以来69回ぶり!意外と長くこのシリーズも保ってるなあと我ながら感心したりします^^;

露国の偉大なボリス歌いの系譜の中でそのシャリャピンのあと少し空いて、貫禄ある名歌手レイゼンとほぼ同世代の演技派のバスとして、その名を轟かせているのがこのピロゴフです。続く世代には、また少し空いてペトロフ、ヴェデルニコフ(現在活躍している指揮者の同名の父親)、エイゼン、更に空いてネステレンコが登場してくるといったところでしょうか。

今では知られているのはほぼ彼だけと言ってもいいと思いますが、兄弟5人のうち4人がバス歌手になっています。今だったらクロフト兄弟やアブドラザコフ兄弟のように兄弟それぞれそれなりに録音でも楽しむことができるのでしょうが、やはりみなさん19世紀生まれだとアレクサンドル以外は殆ど録音がないようです。長兄のグレゴリーはアレクサンドルとセットのアリア集が出ているので、比較的聴きやすいのかな…聴いたことないけどw一方で、もちろん時代的なものはあるにせよ、今日こうしてアレクサンドルのみが知られているのは、その力量から言って彼がやはり傑出していたからなのかな、とも思う訳ですが。まあ彼みたいな歌手が何人も同じ家から出たらそれはそれでとんでもない話ですが(笑)

そう、ギリギリとは言えやはり19世紀生まれの人にこれだけ全曲録音があり、そのそれぞれで忘れ難い歌唱をしているなんていうのは、或意味で殆ど奇跡に近いと言いますか、外面的ではありますが彼の傑出性をよく示している事実だと思うのです。彼の歌での、声の演技での卓越ぶりは、今でも充分に通用すると言っていいでしょう。特に彼が本領を発揮すると言っていいお国ものの珍しい作品で、彼が多くの録音を遺して呉れているのは、露ものを愛する者にとって非常にありがたい。人類の財産と言ってもいいようにすら思います。

<ここがすごい!>
個人的な意見ですが、露もののバスは西欧もののバスと難しさと言いますか持ち味が大きく異なっているような気がします。よく言われることではありますが、何と言ってもまずバスが主役(題名役だったり実質上の主役だったりする)演目が多い。しかもそれらがいずれもかなりの芝居を問われる役どころでもあります。もっと言えば、西欧ものだと音楽的要素がメインなものが多いのに対して、露ものでは芝居(敢えて演技ではなく芝居と言いたい)の比重が大きい。そこには演目そのものの要素とともにそうした藝風を培ってきた歌手たちの影響力を忘れることはできず、先述したシャリャピンやレイゼン、そしてピロゴフの果たした役割は計り知れないものがあると思う訳です。
そういう頭で考えるとやはりシャリャピン風の大芝居を期待して、ピロゴフの音源を聴きたくなる。豪快でパワフルで強烈なアクの強い、今の歌のスタイルから考えると怪獣のような歌を聴いてしまう訳です(大体がアレクサンドル・ステパノヴィッチ・ピロゴフという名前からして怪獣っぽいww)。ところが、そのつもりで聴き始めると、少なくとも現在聴くことのできるスタジオ録音の範囲では、意外なぐらい抑制された芝居を聴かせるピロゴフがいます。むしろ荒々しく唸り楽譜から大きく逸脱することも厭わないと言うところで行くと、チャンガロヴィッチの芝居の方がシャリャピンに近い(そういえばミロスラフ・チャンガロヴィッチもだいぶ怪獣系のお名前w)
じゃあピロゴフが歌の美麗さや優雅さに重きを置くタイプの人かと言うと、やっぱり彼の持ち味もその濃い芝居でしょう。ただそれがなんとなくステレオタイプにイメージしてしまうシャリャピン的な派手な方面ではなく、もっと何と言いますか歌の中で沸々と煮えているような感じ。抑えた芝居の中からも骨太で大胆で味わいのある人間造形が見えてくる、そんな歌唱ができる人じゃないかと思うのです。逆に言えば実は彼の歌そのものには、所謂演技派の人たちが見せるような崩しはさほど感じません。けれども、そこにしっかりと人物像を乗せてくる、感じさせてきます。そういう意味では、彼は真の意味で芝居が達者な人だったのでしょう(尤も、ここまで書いてきて難ですがひょっとすると彼のライヴはもっと派手な芝居をしていたのかもしれませんけどね)。

彼の魅力はまた、そのスラヴ的な声の響きにもあります。同じスラヴの美声と言っても、ペトロフのように透徹した端正でまっすぐな響きが見事なタイプではありません。どちらかと言えばクリストフに感じるような、ややくぐもってヴィブラートの目立つ、ごつごつした重厚な声。そしてこの重みのある声が、露ものの一つの潮流である大河ドラマ、ずっしりとした歴史劇の中の人物にピタリとはまるのです。また一方で、上述のとおり演技力のある彼の手にかかれば、その個性的な声をうまく使ってコミカルな人物を演じられただろうことは、アリア集での歌唱から伺えます。全曲盤こそないようですが、リムスキー=コルサコフなどが書いたお伽話オペラの上演でも活躍したのでしょう。更に言えば音域の広さが、藝の幅をより広くしています。そのドスの効いた低音の印象が強いですが、本来バリトンの役であるシャクロヴィートゥイ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)でも大変な名唱を遺しています。

全体に芝居にしても歌にしても声そのものにしても、味付け自体は濃いと言っていいと思います。ただその濃さは、第一印象が凄まじく強烈と言うより、どちらかと言えばじわじわと効いてくると言う種類のものです。聴けば聴くほど味わいが増す。そんな歌手です。

<ここは微妙かも(^^;>
僕は好きなんですがそのくぐもった声があまり好みではないと思う人はいるのかもしれません。発声が古臭い、とかいうご意見もあろうかと思います。が、19世紀生まれの人ですからね、それは何ぼ何でも批判の方向がずれてるよと言いたくなる^^;
あとこれは古いひとを紹介する時の定番になっていますが、何歌っても露語です!笑
その手のことに違和感を覚える人はご注意を。

<オススメ録音♪>
・ボリス・ゴドゥノフ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
ゴロヴァノフ指揮/ミハイロフ、コズロフスキー、ネレップ、ハナーイェフ、マクサコヴァ、ルベンツォフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1948年録音
>露国の演技達者なバスと言うことになれば、やはりまずはこの役でしょう。同じ露国の生んだ鬼才ゴロヴァノフの指揮の下、威風堂々たる悲劇の皇帝を演じています。粘りと重量感のある声の響き、抑制は効いているけれどもしっかりと人物像とその心情が伝わってくる芝居の良さといった彼の魅力が最も引き出されていると言えるでしょう。特に有名な独白は、歌と芝居のバランスから来る充実感から、個人的には録音史上最高の出来ではないかと思います。荘厳で端整ながらその中に秘めている魂は非常に熱く力強い。共演もピーメンを得意としたミハイロフのいい意味で田舎くさい歌唱に加え、露国を代表する3人の個性派テノールがそれぞれの持ち味の活きる役を演じているのも嬉しいところ。しみじみと露ものの泥臭さや渋みを堪能することのできる音源です。

・イヴァン雷帝(Н.А.リムスキー=コルサコフ『プスコフの娘』)
サハロフ指揮/シュミロヴァ、ネレップ、シェゴリコフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1947年録音
>演奏されることの少ない作品ですが、リムスキー=コルサコフ自身が拘りを持って繰り返し手を入れた作品だけあって彼のオペラの中でも充実した内容です。彼はイヴァン雷帝に特別な愛着を持っていたようで、彼のモチーフが終始登場します。また、このモチーフは『ヴェラ・シェローガ』(ちなみにこの録音では短縮した本作をプロローグとして最初に演奏する版)や『皇帝の花嫁』といった他の作品でもしばしば耳にするもの。ピロゴフは、作曲者が拘りに拘ったこの暴君役を演じている訳ですが、なかなかこれ以上の歌唱を聴くことは難しいんじゃないかなあという貫禄の歌いぶり。単なる乱暴な王と言うだけではなく、非常に頭の切れる恐ろしい策士であることや人間としての厚みまでも感じさせます。また、彼のような名ボリス歌いが歌うことによって、この役とボリスとの関係が感じられるのもひとつ面白いところでしょう。共演陣は露国以外ではあり得ない土っぽさを感じさせる歌い手たちですが、シュミロヴァの哀切極まる民謡調の歌や、パワフルで若々しいネレップなどその土っぽさによって引き立っていると言うべきもの。ピロゴフと対峙するシェゴリコフもまた堂々たる歌で、この国のバスの層の厚さを感じさせます。サハロフの指揮やオケ・合唱もまた露節満載で、好きな人にはたまらないでしょう。

・ガーリチ公爵ヴラジーミル・ヤロスラヴィチ(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
メリク=パシャイェフ指揮/Ан.イヴァノフ、レイゼン、スモレンスカヤ、レメシェフ、ボリセンコ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1951年録音
>こちらもまたこの演目の初期の名盤のひとつで、メリク=パシャイェフの異国情緒溢れる濃い味付けが魅力的な音源ですね^^プチヴリを混乱に陥れる悪漢ガーリチ公をピロゴフが凄まじくパワフルに演じています。例えばエイゼンのように歌いっぷりそのものからして超豪快というのとはまたちょっと違うのですが、歌全体からこの人物が力を持て余し己の慾望のまま転がりまわる姿が滲み出ているのです。とても前出の神々しいボリスやイヴァンを演じたのと同じとは――エネルギー量を除けば――思えない凶悪な歌。コンチャク汗にはその彼と一時期のボリショイを背負って立ったレイゼン、優男にレメシェフ、哀感あるスモレンスカヤに色っぽいボリセンコですから言うことなし。しかも主役に録音の少ない彼の国のドラマティック・バリトンであるアンドレイ・イヴァノフ!3幕が演奏されていないのは残念ですが、これはおススメです。

・パーヴェル・ペステリ(Ю.А.シャポーリン『十二月党員たち』)
メリク=パシャイェフ指揮/Ал.イヴァノフ、ペトロフ、セリヴァノフ、ネレップ、ヴォロヴォフ、イヴァノフスキー、ポクロフスカヤ、ヴェルビツカヤ、オグニフツェフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1953年録音
>露歌劇史に残る大河ものの名作のひとつとされていながら録音は恐らくこれだけ、上演も滅多にないという作品ですが、これ以上はない演奏ではないかと思います。何と言ってもこのキャスト!これだけ必要なキャストに穴を開けないとは!ピロゴフは史実でも物語の筋でも重要な人物であるペステリを熱演しています。彼の重心の低い暗い色調は、この悲劇にまさにぴったりですし、国を愁う革命家と言う以上の人間味を感じさせる歌のうまさ、芝居の巧みさは特筆すべきもの。露もの好きは是非一度。

・シャクロヴィートゥイ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)
・アレコ(С.В.ラフマニノフ『アレコ』)
・皇帝サルタン(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝サルタンとその息子栄えある逞しい息子グヴィドン・サルタノヴィッチ、美しい白鳥の王女の物語』)
・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
指揮者不明/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/録音年不明
>アリア集では更に様々な彼の顔を知ることができます。まずはシャクロヴィートゥイ!本来は彼ほどのバッソ・プロフォンドが歌う役ではなく、バリトン向けに書かれたものですが、高音もものともしません。その上この役の歌うアリアでも、遺しているのは他の追随を許さない絶唱です。アレコもいくつかありますがいずれも滋味深く見事なもの。こちらも本来はバリトンの役ですが、全く問題ありません。しんみりとした歌い口には思わずほろりとさせられます。ガラッと変わってコミカルな色彩の強いサルタンは、如何にもな堂々とした、しかしどこか間の抜けた王様の様子が手に取るように分かります。彼の個性の声が喜劇にも向いたものであることを感じさせます。そして西側からはメフィストフェレス。ドスの効いた声が実に悪魔らしい。加えてそのフットワークの軽さも狡猾そうな悪魔像に一役買っています。いずれも全曲聴きたかったなあと思うものばかり。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
・西国王フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
オルロフ指揮/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1947年録音
>こちらもアリア集から、そしてまた全曲聴きたくなる歌ですね笑。バジリオはサルタン以上に全面的にコミカルな役な訳ですけれども、ここでは彼の深みのある低音が却ってこけおどしっぽく響くところが面白いです。こういう匙加減、実にお見事。そしてフィリッポ!この役は同じ嘆く権力者ではあってもボリスよりも歌の比重が大きい訳ですが、そのあたり実によくわかっていて、余計なことはせず歌に委ねた演唱。こちらもまた味のある名演です。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十一夜/北の国の豪快なメゾ~

準備していた人がいたんですが、訃報が舞い込んできたので急遽予定変更、追悼記事です。

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イェレーナ・オブラスツォヴァ
(Elena Obraztsova, Елена Васильевна Образцова)
1939~2015
Mezzo Soprano
Russia

露国出身のメゾと言えば以前登場したアルヒーポヴァが思い出されますが、彼女がいい意味でローカルに活動していたのに対し、国際的な活躍をしていた印象の強い歌手です。遺している録音も、もちろんお国ものを母語で歌っているものもありますが、むしろ伊語による伊ものの方が一般的だと思います。そういう側面からすると、20世紀後半の露国に纏わる政情から考えれば、草分け的な存在と言ってもいいかもしれません。

かと言ってオブラスツォヴァが、あたかもネイティヴの伊人のような声だったかと言うと、そんなことはありません。伊語や仏語は達者ですが、その野性味と気迫のある歌声はまさにスラヴのそれと言うべきもので、その声で西欧の諸役を西欧流儀に歌ったことが新鮮でもあり、彼女の魅力にも繋がっているのではないかと思います。一方でその舞台姿は、力強く逞しい歌声からすると意外なぐらいのたおやめぶりで、可憐ですらあります。そりゃあこの容姿でこれだけ歌えたら人気出るわと思うくらい、画になるひとです。

ほんの数年前まで来日して元気な姿を見せていたように思っていたのですが、ここ1年2年は体調を崩して独国で療養していたそうで、彼の地で客死。享年75。女性としては早い死で残念です。合掌。

なお、今回改めて自分の手持ちの彼女の録音を調べてみたら、予想外に少なくてびっくり!なるべく聴き直したり拾い集めたりしましたが、結構追記もあるかも。まあいつものことですがやっぱり沢山追記しました^^;

<ここがすごい!>
20世紀後半を代表するメゾではありますが、毀誉褒貶相半ばする感があるのは、彼女の声と歌唱スタイルによるところがあるのかなと思います。これが好きか嫌いかで印象がガラッと変わってしまう。そういう意味ではこれまでにご紹介したところで言えばコレッリとかクリストフ、まだ取り上げていないところで言うと例えばボニゾッリなんかに通ずるところがありそうな気がします。パワフルな声を豪快に使った馬力のある歌、という一言に尽きるように思います。

伊ものや仏ものでの活躍が目立つけれども、そのどちらでも範とされるような美声ではありません。くすみと角がある響きで、やはり先輩アルヒーポヴァの流れを汲むスラヴ的な声と言う印象です。癖の強さは彼女を上回るかもしれない。しかしながらその強力なパワーは特筆に値します。一方で独墺系の歌手のような或種の生硬さはこの人は少なく、意外と器用に柔軟に声を使うこともできる面もあるように思います。露ものにしばしばあるようなやわらかで切なく、哀愁に満ちた歌などを歌って来ているからかもしれません。この力強い声と柔軟な技術で以て、彼女は力感溢れるタッチで自分の仕事をしていきます。これらがうまく役柄や音楽に合致したときのオブラスツォヴァの歌のインパクト、満足感は卓越しており、彼女が支持されていることに得心が行きます。

こうした持ち味を考えると、オブラスツォヴァが活きるのはやはりどこかちょっと常軌を逸した感じと言いますか、異常なところがある役が多いように思います。そこに等身大な人間の姿を描くと言うよりは、或意味で異常なものを思いっきり以上に描いてしまうと言いますか。メゾの役柄自体がそもそもソプラノに較べると、そうしたひと癖ふた癖ある役回りが当てられていることも彼女にとっては好都合だったと言えるのかもしれません。

<ここは微妙かも(^^;>
なんといいますか、ここまで彼女の両刃の剣っぷりをさんざっぱら語ってきているので、改めてここでのコーナーを設けることそのものに今更感が満載されているような気もするのですがwアクの強い声質にまず違和感を感じてしまう向きには、勘弁して欲しいひとなのかもしれませんね^^;またその歌いぶりにも豪快な良さを感じる人もいる一方、精妙な歌を個の方からすると大味な印象を受ける一面もあるでしょう。
「うまく合致すれば」と上述しましたが、逆に言うと合致しないと、合いそうな役でももう一つふたつ…となってしまう面も否めないです。惜しいなあと思う録音もありますわね…

<オススメ録音♪>
・エボリ公女(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アバド指揮/ギャウロフ、カレーラス、フレーニ、カプッチッリ、ネステレンコ、ローニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
アバド指揮/ネステレンコ、ドミンゴ、M.プライス、ブルゾン、ローニ、フォイアーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
>どちらも素晴らしい名演です。アバドの『ドン・カルロ』はスタジオ録音こそいまひとつですが、このライヴはとりわけ素晴らしい!フォン=カラヤンの横槍のせいで上のキャストでの映像が残らなかったことこそ痛恨のことではあるものの、同時期にこれだけ違う個性のキャストが同じ指揮者、同じプロダクションで録音を遺したと言うことにはものすごく価値があるように思います。さてこの両録音で唯一どちらでも同じ役で登場している我らがオブラスツォヴァですが、どちらでも大変な熱唱。全盛期の声による充実感のある歌唱はまったくあっぱれです。ヴェールの歌での細かい転がしや美貌のアリアの最後など探せば瑕疵もあり、例えばコッソットなどであればより精妙で美しい歌を聴かせるところなのでしょうが、オブラスツォヴァのパワフルなエボリにはまた違った魅力があります。この役の戀する乙女的な側面よりも、野心家としての側面が強く顕れてた演唱と言うこともできるかと。彼女自身のみを取り上げた出来で言えば、個人的には後者が好ましいように思いますが、共演陣とのバランスと言う意味では前者の録音が極め付け。

・ブイヨン公妃(F.チレア『アドリアーナ・ルクヴルール』)
レヴァイン指揮/スコット、ドミンゴ、ミルンズ共演/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977年録音
>実はこの演目は僕の趣味からは大きく外れる曲であまり聴くこともないのですが、この公妃のアリアだけは別格に好きで、いくつかの録音を持っています。その中でもここでのオブラスツォヴァの歌唱はドラマティックさや、公妃のドロドロとした野心に溢れた人物の描き方といった部分で言うととりわけ見事なものであると思います。分厚いオケを飛び越える強靭な歌声と体当たりな歌唱が、この悪役をしっかりと印象づけること請け合い。個人的にはこの歌が聴けるだけで満足してしまいます^^;もちろんこの共演陣ですから、演奏はしっかりしていると思うのですが。

・ウルリカ(G.F.F.ヴェルディ『仮面舞踏会』)
アバド指揮/ドミンゴ、リッチャレッリ、ブルゾン、グルベロヴァー、フォイアーニ、R.ライモンディ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1979-1980年録音
>僕は、彼女の歌うヴェルディのベストはこの役ではないかと思っています。何と言ってもその圧倒的な凄みのある太い声!登場する場面こそ少ないものの、不吉な予言をする魔法使いの女と言う意味で物語上重要な役割を果たす人物に魂を吹き込んでいます。特に低音域でのドスの入りようは尋常一様なものではなく、彼女の真骨頂を知ることができる録音でしょう。アバドは活き活きとした指揮、ドミンゴの表現力も目覚ましいものがあります。ブルゾンの生真面目さがまたこの堅物レナートにはピッタリ来ますし、品格ある歌唱が堪りません。

・マッダレーナ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ジュリーニ指揮/カプッチッリ、ドミンゴ、コトルバシュ、ギャウロフ、モル、シュヴァルツ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1979年録音
>ジュリーニのおっとりした指揮とかドミンゴのキャラ違いとか文句もなくはないですが、脇役にまで強力なキャストを据えた名盤。有名な重唱に参加する割に、実は殆ど出番のないマッダレーナですが、彼女のアクのある歌唱で一段と登場人物としてのエッジが効いてきています。色気はそれほどないですが、一方で危ない女といった風情はよく出ていると言えるでしょう。スパラフチレがギャウロフなのでここでの殺し屋兄妹はかなりインパクトが強く、特に歌が埋もれてしまうことも多い嵐の音楽の場面は、バンバン声が飛んできて充足感があります。

・フェネーナ(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
ムーティ指揮/マヌグエッラ、スコット、ギャウロフ、ルケッティ共演/ロンドン・フィル&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977-1978年録音
>不滅の名盤。ムーティの前進する音楽の奔流に名歌手たちのアツい歌声が乗った素晴らしい演奏です。ここでオブラスツォヴァが歌うのはナブッコが溺愛する下の娘フェネーナ。ここでもそう出番の多くない役柄ながら、しっかりとした仕事で埋没することなく聴かせます。この役にしてはややキツ過ぎるなあと思わなくもないのですが、一方でスコット演じるアビガイッレが超強烈な歌なので、このぐらい対立軸のフェネーナにもアクがあった方が両者のバランスが取れるような気もしています。

・コンチャコヴナ(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
エルムレル指揮/ペトロフ、トゥガリノヴァ、アトラントフ、エイゼン、ヴェデルニコフ、共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>こちらも不滅の名盤。お恥ずかしながら実は彼女のお国ものはこれしか全曲で聴けていないのですが、こちらの方面だけでも充分に記憶に残る歌手になっただろうなあと思わせる貫禄の歌唱です。彼女の強い声は、やはりこうした土俗的な歌の与えられた役では万人の納得する演唱となるということを示していると言えるでしょう。西欧ものではあまり感じられなかった色気が、半音の微妙な動きの旋律から浮き立ってくるように感じられます。ここで共演しているボリショイの面々は、全員各々の役どころにピタッとハマったしかも強い個性を持った声なので、音だけ聴いていてもこのオペラの中に流れている骨太で叙事詩的なドラマを楽しむことができます。また、素晴らしいのはエルムレルの指揮!露的熱狂かくあるべし!この録音の“韃靼人の踊り”を聴くともう元には戻れない感じがしますw

・マリーナ・ムニシェク(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)2015.3.25追記
エルムレル指揮/ネステレンコ、バビーキン、アトラントフ、リソフスキー、マズロク、マスレンニコフ、エイゼン、ヴォロシロ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1985年録音
>エルムレルらしい露風のパワフルなタクトが、ソヴィエト時代の名手と劇場を牽引する佳演です。ここでの彼女は、何よりもその凄まじいまでのパワーが印象に残ります。正にこの頃がピークだったんだろうなあと言う圧巻の歌声で、音圧がスゴいw権謀術策の女と言うのを通り越して魔女みたいではあるし、アトラントフとも全然ロマンチックな感じじゃないのですが(笑)、この強烈な響きには一聴の価値があります。そのアトラントフもまた野太くて力感溢れるテノールで、この2人の対決は聴き応えは充分です(繰り返しますがロマンチックではないw)彼女との絡みで言うと、恰もラスプーチンを思わせるマズロクの怪しげなランゴーニも◎その他平均点は高いですが、エイゼンの貫禄もののヴァルラームがとりわけ見事。

・マルファ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)2015.5.27追記
エルムレル指揮/エイゼン、ネステレンコ、ライコフ、シェルバコフ、Ю.グリゴリイェフ、アルヒーポフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1988年録音
>リムスキー=コルサコフ版の演奏ではありますが、ソヴェト時代の実力者を揃えたレヴェルの高い代物。エルムレルの白熱した指揮の下、泥臭さと哀愁の感じられる音楽が繰り広げられています。オブラスツォヴァのマルファですが、ここではマリーナ以上のド迫力歌唱で、この人の本気を見た気がします。この役ですらやや強すぎる印象があるのにこのノリで西欧ものをやったらそら嫌がる人いるわ、なんて(笑)予言の歌でこれほど何かが降りてきた歌唱をしている人もそうはおりますまい。しかし、一方でベストは戀の歌でしょう。そのアクの強い声が民謡的な主題と相俟って言い知れぬ哀感とエキゾティシズムが漂っています。同じくメガトン級の声を披露しているネステレンコとのからみもぐいぐい引き込まれるし、知名度では落ちるもののこの2人に挟まれても一歩も引かないシェルバコフも見事なもの。しかし、ここでのベストはエイゼンでしょう。録音史上最高の父ホヴァンスキーと言っても過言ではないと思います。

・アフロシーモヴァ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.7.17追記
ゲルギエフ指揮/フヴォロストフスキー、ネトレプコ、グレゴリヤン、バラショフ、リヴィングッド、レイミー、ゲレロ、オグノヴィエンコ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音
>ゲルギエフが無敵艦隊でMETに乗りこんだ『戦争と平和』の録音。レイミーなどMETの重鎮も加えながらスケールの大きな大河ドラマの世界を築き上げています(尤も、レイミーは寄る年波には勝てず派手にワーブルしていますが…)。この頃売り出しにかかっていた比較的若い実力派を揃えた印象がある中で、出番は少ないながらも迫力ある歌唱で脇をびしっと引き締めていたのが我らがオブラスツォヴァ!流石にピーク時の声のうまみやゆとりはないものの、声量や馬力は相変わらずで貫禄の歌いぶり。強き露国の母と言う感じで、これにゃあ逆らえないなと(笑)絡むナターシャがネトレプコですから何とか対抗できているんだろうなあ、それでも若いころだから押されてますがw役柄の多い大作の中で普段はあまり気にかけない役どころなのですが、ここでは主役陣ともども強い印象に残ります。共演では特に3人の主役、フヴォロストフスキー、ネトレプコ、そしてグレゴリヤンはこれ以上は考えられない当たり役っぷりなので、この演目がお好きな方にはおすすめできますよ^^

・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
C.クライバー指揮/ドミンゴ、マズロク、ブキャナン、リドル、ツェドニク共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団&ヴィーン少年合唱団/1978年録音
>最後はこちらの非常に有名な映像ですが、お恥ずかしながら全曲観られておりません…どころかほとんどオブラスツォヴァが出てくる場面しか観ていないです^^;その範囲でクライバーの指揮は熱気に溢れたもの。そして我らがオブラスツォヴァの描くカルメンは、彼女の他の西欧もの同様色気的な部分からいけば必ずしもベストではないでしょうが、こういう方向性での役作りもありだよなと思わせる、芯の通ったもの。声だけからこの役の異形っぷりを感じとることができると言うのは大きいです。それ以上に映像で観てみると彼女が意外なぐらい美人だし、所作もかわいらしいんでビックリしますw妖艶とは言いませんが、この舞台姿ならば確かに声だけよりも多くの人に受け入れられたことを納得したり。ドミンゴのジョゼはいつもややドラマティック過ぎる気がしているのですが相手役がオブラスツォヴァですから聴く限りうまくバランスが取れている感じ。世評の良くないマズロクのエスカミーリョですが、これは彼が本領を発揮する役ではないのでちょっと可哀そうです。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十夜/凱旋行進曲~

このコーナーも年明け1発目でついに80回を数えることになりました!
(本当は去年のうちに書きたかったけど時間がなかった^^;)
切り番回と言うことで今回も楽器に耳を傾けてみましょう。前回の切り番までで基本的な木管楽器には触れましたので、続いては金管楽器、こちらも高音の方から順番に下りて行こうと思います。

と言う訳で今回の主役はトランペット!
泣く子も黙る有名楽器ですから説明はいらないですね、「THE 喇叭」でございます^^

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・序曲(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
トランペットと聞いて思い浮かぶのはやはりファンファーレのイメージでしょう。オペラは劇音楽ですから、その中でファンファーレが鳴り響く場面と言うと自然とトランペットの活躍する場面の系統が見えてきます。ひとつは軍隊や戦争に関わる場面、もうひとつ大きいのが祝典や儀式に関わる場面です。まずは軍隊に纏わる音楽を。
この曲は今更説明するまでもなく、数多あるオペラの序曲の中でも飛び抜けて有名で完成度の高い曲ですが、実はここでの音楽はオペラ本編では使われていません。なので場面の音楽と言う訳ではないのですが、この曲を構成する4つの大きな部分にはそれぞれ夜明け、嵐、牧歌、瑞西軍の行進とタイトルがつけられています。ご多分に漏れずあの有名なトランペットの旋律が登場する軽快で勢いのある音楽は瑞西軍の行進であります。興味深いのは先ほど述べたように、この作品の本編ではこの音楽が登場する場面がないというだけではなく、そもそも瑞西軍が行進していく場面もありません。そういう意味でこの瑞西軍の行進は、言ってみればこの作品の見えていない部分で登場している瑞西の人々の行進と捉えるとか、或いはこの作品の後日、支配に打ち勝った瑞西の姿と捉えるとかいろいろな解釈ができるように思います。

・凱旋大行進曲(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
軍隊に纏わるトランペットの曲、しかもオペラに登場するとなればこの曲を忘れることはできないでしょう。凱旋を祝う人々の合唱を受けて鳴り響く華やかで厳かな行進曲は、恐らくはオペラのトランペットの音楽の中でも最も有名なものでしょう。但しこの主題は単純な軍隊行進曲/軍歌といったような種類のものではなく、この場面がそうした意味合いが強いと言うことや音楽そのものから切迫した戦争よりは儀式的閲兵のニュアンスが感じられることなどから、この楽器がよく使われる場面のもうひとつの要素である祝典というキーワードも含んだものだと捉えた方がいいでしょう。それはこの旋律によって祝祭的な凱旋の場が幕を閉じると言うことや、全曲見渡して実はこの音楽はここの僅かな部分でしか使われていないということからも読みとれますし、ヴェルディがこの場面のために見栄えを重視した所謂アイーダ・トランペットのを要求したということも示唆的です。
トランペットが使われる豪華で壮麗な祝典の場面の音楽として、ヴェルディはこの前に『ドン・カルロ』の異端者火刑の場を作っています。『アイーダ』に較べると言及されることは少ないですが、こちらも立派な音楽です。祝賀ムードに闖入者と事件があり一気に緊張感が高まり、最後は不穏な空気を孕みながらも祝祭的な雰囲気を取り戻して幕引きという場面の展開も含めて、この2つの音楽は極めて近い関係にあると言えそうです。

・第1幕(R.ヴァーグナー『ローエングリン』)
祝祭的・儀式な場面でのトランペットと言えばこちらも印象的。貴族や国王の登場を告げる伝令と関係付けられているため、先ほどのアイーダよりも更に一段と軍隊色が抜けて公的で儀礼的な雰囲気が増しています(しかしこの伝令は美味しい役ですよね^^)。この演目が全体にそうした公に貴族や国民たちに王が何かを発言する場面が多いので(ここでは第1幕と書きましたが第3幕もそうですよね)、俄然トランペットが印象に残ります。ヴァーグナーはオケが主役と言ってもいいような演目が多いですから、この演目に限らずトランペットはじめ金管楽器がオイシいです。もっと纏まった有名どころとしては『タンホイザー』の大行進曲や『マイスタージンガー』の前奏曲などなど。いずれにしても強い金管が求められるところですね。

・プロローグ(A.ボーイト『メフィスト―フェレ』)
じゃあ軍隊と祝祭だけがトランペットの出番かと言うともちろん違います。オペラの話ではなくなりますが、バッハの宗教音楽などではトランペットは「神の声」を表すものとされるのだそうで、頻繁に神や天の象徴として登場します(多分終末のときに大天使ミカエルが喇叭を吹くと言う話からなんでしょうね)。オペラでは悪魔が登場する演目はたくさんあるものの、神や天使が出てくる演目はあまりありませんで、そういう意味ではこの手の用法は必ずしも多くないように思います。そういう意味ではこの演目は珍しいパターンと言えるかも。前回切番のファゴットはじめ木管楽器が悪魔の主題を担当しているのに対し、金管楽器群は神や天の主題を受け持っています。この有名なプロローグでは合唱と金管の天界の音楽と、バス独唱と木管による悪魔の音楽の対比が耳に心地いい。ボーイトがヴァグネリアンだった時期に作った作品ですから雄弁なオケの中で煌びやかに響くトランペットが特に耳に残ります。

・ライデンのジャンのアリア“天と天使の王”(G.マイヤベーア『預言者』)
神の主題と言う意味では、こちらも面白い例ではないかなと思います。ここで登場するのは神そのものではなく、神の言葉を受けた預言者(しかも偽預言者笑)です。が、彼に関係する部分では頻繁にトランペットが登場しています。このアリアでも後半の盛り上がりに華やかな彩りを添えています。ここでは預言者が軍隊を導いていくというニュアンスもありますが、やはりそこには或種の神性も関わった使用のように思えます。ここでの盛り上がりは、ヴェルディやヴァーグナーとは一線を画す、マイヤベーア独特のものです。19世紀仏国で一世を風靡した彼は現代では忘れ去られていますが、この曲に限らず『悪魔のロベール』(ここでも悪魔の主題で金管は活躍!)や『ユグノー教徒』も魅力的。『アフリカの女』ではヴァスコ・ダ・ガマのアリアでエキゾチックなファンファーレを聴かせています。

・カルタゴ女王ディドーのアリア“さらば誇れる国”(H.ベルリオーズ『トロイ人』)
また少し毛色の違う感じの登場がこちら。トランペットはディドーが自殺する場面で歌うこのアリアの最後のところ、この長大な作品全体の終結近くで印象的な旋律を奏でます。ここでもファンファーレはファンファーレなんですが、ここではちょっと毒がある。裏切ったアエネーアスを恨んで自殺するディドーの目に、アエネーアスがその後築くローマの繁栄が幻視される…そのローマの姿を現した音楽です。或意味華やかであれば華やかであるほど聴いている者に複雑な感情をいだかせる、禍々しさすら感じさせる音楽なのです。このあたりベルリオーズの天才ぶりがよく顕れた部分だと言っていいでしょう。

・ドゥルカマーラのアリア“おお、村のみなさま”(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)2015.1.15追記
一方で実にのどかな牧歌劇的な要素をトランペットが作りだしているのがこのアリア。いかさま薬売りドゥルカマーラの早口でまくしたてる口上に続いて登場する、耳に残る歌を先導するのがここでの役割ですが、ここでは実際に舞台上に喇叭吹き(或いは喇叭吹き役の人物)がいることを想定したような歌詞。実は匙加減が難しいと思うのは、ここのトランペットをあまりカッコ良く音楽的に美しくにやってしまうと、ドゥルカマーラのいかがわしさが出ない(笑)ちょっと寂れたような田舎くさい音で、ぶっきらぼうに、へたくそに(でもベル・カントですから外し過ぎず)吹いて欲しい。意外と要求の多い部分だと思います。

・エルネストのアリア“誰も知らない遠く”(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
最後にもうひとつ、これまでとはだいぶ違う印象のものを。ベル・カントものでは声楽とは別に楽器のソリストに印象的な歌が与えられているものがあり、これまでもいろいろ紹介してきた訳ですが、意外と金管にそうしたソロが与えられているケースは多くありません。これはその数少ない例外。失意のエルネストの鬱勃とした感情に物悲しいトランペットのソロがリンクしています。旋律の問題なのかトランペットと言う楽器の響きの問題なのか、ちょっとオペラと言うよりはジャズっぽい感じを受けるのが面白いところです。ドニゼッティの時代に当然そんな発想はなかった筈なのですが…笑。

こんなところで今回の切り番はおしまい。
また普段どおり歌手の紹介を続けて行きたいと思います^^
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Pachycephalosaurus・改

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パキケファロサウルス・改
Pachycephalosaurus wyomingensis
revised edition

そういえば先日の更新で折り紙関係の記事が100件になりました。勝手気ままに作っとるのをよくこんだけ曝すもんだなあと自分でも思わなくもないのですが、まあいいやw

という訳で新年一発目は改作です。

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以前の作品では前肢が短かったのと、あと全体に直線的になりすぎて生き物感があまりなかったところをどうにかしたいなと思っておりました。まあ煮詰まっていてもいい案が出る訳でもないので放置しておりましたら、お風呂で閃いた笑。

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だいぶ恐竜っぽい体形になりましたが、ちょっとハドロサウルスっぽくなっちゃったかな^^;

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樽っぽい胴にはここでもこだわりました^^

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実は頭がインサイドアウトになってます(こちらは試作品)。
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2015

あけましておめでとうございます。
今年はいろいろとバタバタする予感がありまして、更新が減るかもしれません。
でも、見てね(笑)

2015年賀状(横)

例年同様年賀状用の版画でございます。
今年はね、ストレートに「未」作りました!偶には普通のものをネ、偶には^^


































いえ、やっぱり「干支と古生物」ですwww

さっきのやつをこう、ぐりっと縦にしてみるとですね。

2015年賀状(縦)

アンモナイト
Ammonite

はい、アンモナイトになりました!\(^0^)/
古生物ファンの方はやっぱり今年はこのネタは多かったですね~だまし絵にしてみたんですが、ちょっとベタだったかなあ^^;

アンモナイトっていうのは個別具体的な種類の名前ではなく、語弊を押して言ってしまえば犬とか猫とか、古生物で言えば恐竜とか三葉虫とかっていうのと同じような総称です。軟体動物と言われる貝やイカ・タコの類のグループで、貝殻を持ってはいるもののイカ・タコに近いとされています。ちなみに、貝殻を持っているイカ・タコの親族はアンモナイトに限らず現生のオウムガイや、アンモノイドと呼ばれる連中などアンモナイト以外にもいろいろといたりします。
大変有名な古生物ではありますが軟体部分の情報は殆ど得られていません。脚の本数がいくつだったかすらよくわかっていないんですよこれが^^;ので、まあだまし絵にしやすかったんだけどねw

実は「アンモナイト」という言葉自体が羊と大変所縁の深いもの。
「アンモナイト」というのは「アモンの石」というような意味です。アモンはアメンやアムンと呼ばれることもある埃国神話に於ける主神です。多くのファラオの名前にはこの神様の名前が入っていて、例えばツタンカーメン(トゥト・アンク・アメン)なんかは有名なところ。この神様はいろいろな姿で描かれるんですが、その中に牡羊のものもあるんです。で、アンモナイトの殻をアモンの角に見立てて命名されたという訳です。
名前がついた段階から「羊の角に似てるね!」と思われていた、となるとやっぱり今年の年賀状にはぴったりかなと^^

ちなみにアンモニアは、このアモンの神殿の近くで塩化アンモニウムが沢山採れたことに由来するのだとか。意外と多方面で科学用語になっている神様です。
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