Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百五夜/真夏の夜の色~

100回を超えてから更新の鈍っている本企画ですが、一方で書きたいと思っているひと、やりたいと思っていることは山積しております^^;
今回のひとについてもフレーニについて書いていたころから構想をしていたものの、やっとこさ着手ができてひとつ胸のつかえが降りた気分です。

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Le Diable (Massenet)

グザヴィエ・ドゥプラ
(Xavier Depraz)
1926~1994
Bass
France

インターネットで「グザヴィエ・ドゥプラ」なり「Xavier Depraz」と入れて検索してみると、映画『ブロンテ姉妹』などに出演した俳優がかなり引っかかります(G○○le大先生に至ってはご丁寧に「俳優」として検索結果を出してきます)。オペラ歌手を検索するとこういう目には比較的よく遭うのですが(ロバート・メリルのときにはロバート・デ=ニーロとメリル・ストリープばかり出てきて閉口しました。。。)、彼の場合ちょっと特殊なのはこの「俳優」として登場するドゥプラ氏こそが、まさに今回ご紹介する「オペラ歌手」のドゥプラ氏と同一人物であるということ。
オペラ歌手として活躍している人がこうして映画に登場している事例では有名なところだと『仮面のアリア』に登場したジョゼ・ヴァン=ダムが挙げられますが、本業の俳優としても名前が知られているのは、比較的珍しいでしょう。本当はこのあたりで彼の映画での演技とオペラでの演技の話ができればよいのですが、あいにく『ブロンテ姉妹』も未見なら彼の登場したオペラの映像も持っていない上、演技の話をできるほど演劇の知識もないという有様なので、片手落ちながら今回は特に音源で聴くことのできる範囲での話をしていこうと思います。もちろん、歌の面でも高い実力を示した人物です。
とはいえ他の仏国の歌手同様、彼もご多聞に漏れず日本語の情報が少なく、ご存知の方も少ないと思います。幸い2年ほど前に仏国のレーベルMariblanからアリア集も出ましたし、CDで出ていなかったレコード音源もmp3で聴くことができるようになっています。今回はそういった音源を踏まえつつ、そうではないものも加えて紹介していきましょう。

<ここがすごい!>
これまでこのシリーズでは、仏国のバスとしてソワイエ、白国出身ながら仏もので活躍したバスタンを取り上げてきました。ドゥプラは彼らの先輩筋で、どちらかと言えばソワイエのようなシリアスな路線によりつつも幅広い役柄活躍しています。歌い口や声の軽やかさなど後輩たちとなるほど似ているなあと思う面もある一方で、ドゥプラの声はもっと重心が低く、たっぷりと深みがあってまろやか。仏国の声の形容として「黒い声」という表現があるそうですが、彼の声はまさにそういった印象を受けます。しかしその黒は、例えばモルやフリックやグラインドルのような独国の森を思わせる底の見えない闇のような色調ではなく、夏の宵のように明るくて爽やかで色気のある、ちょっと藍色に近いような黒のイメージです。そんな印象ですからオペラの中で他のパートの人たちとしっかりとコントラストのつくバスの音色でありながらも、重たくならないのです。より具体には、ヴェルディやヴァーグナーを歌うと見事な歌手が仏ものやモーツァルトを歌うと鈍重でエネルギッシュ過ぎる印象になってしまうことがありますが、そういった歌手と対極にある人とも言えそうです。いい意味で脂身が少なく、もたれないというのは彼の大きな特徴でしょう。ただそれでも声はしっかり鳴っていて、欲求不満を感じさせることはありません。特に低音の豊かで深い響きは仏国の他のバスと一線を画しています。
先ほども書いたとおり、演じている役柄の幅はかなり広いと思います。遺っている録音を見てみると、物語の中心にいる役と言うよりは悲劇的な状況に陥った主人公たちに力を貸すような役が比較的多いところです。例を挙げるならばローラン神父(C.F.グノー『ロメオとジュリエット』)やナルバール(H.ベルリオーズ『カルタゴのトロイ人』)、オラトリオですが家長(同『キリストの幼時』)などがこう言った役柄でしょう。こうした役柄では彼の柔和な声と控え目で誠実な歌唱が良く活かされていると思います。他方でバジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)、家庭教師(同『オリー伯爵』)、全曲は聴けていないのですがオスミン(W.A.モーツァルト『後宮からの逃走』)などコミカルな役どころでも巧さがあります。これらの役でも彼はそれぞれのキャラクターらしい味わいを出しつつも抑制の効いた歌い口をキープしています。この路線で最も見事なのは(否、彼の録音の中でも最も見事と言うべきでしょう)、悪魔(J.E.F.マスネー『グリゼリディス』)ではないかと思います。この役柄は悪役ではあるのですがかなり多面的で、かなりいろいろなアプローチをし得ると思うのですが、悪魔らしい不気味さや色気、上っ面のお行儀のよさといったものを感じさせつつ、全体としてはコミカルで憎めないキャラクターに仕上げている彼の手腕には脱帽させられます。
もう一つ、忘れてはならないのは20世紀の作品での活躍でしょう。と言っても僕が視聴しているのはアルケル(C.ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』)とルプレヒト(С.С.プロコフィエフ『炎の天使』)だけなのですが、彼の甘みのある声が深い解釈と相俟っていずれも絶品です。とりわけルプレヒトでの名唱は、エキセントリックな女性に翻弄される男を克明に描き出していて惹き込まれます。プロコフィエフがお好きなら是非と言うところです。

<ここは微妙かも(^^;>
ヴェルディやヴァーグナーで活躍する人の対極にあると上述しましたが、逆に言えばこうした高カロリーな演目ではもうひとつパワー不足な印象を受ける面もあります。フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)などは元々が仏語の演目ですから、興味深くもあればそのグラントペラ風の趣も魅力的ではあるものの、ヴェルディを聴く気分で接してしまうとちょっと拍子抜けしてしまうかと。
また、バスですからそこまで問題になりませんが、やや高音が不安定になる時もあるのも惜しいです。

<オススメ録音>
・悪魔(J.E.F.マスネー『グリゼリディス』)
アルプレス指揮/モワザン、ジェンティ、マラブレラ、ベッティ、ロヴァーノ共演/仏放送協会管弦楽団&合唱団/1963年録音
>ドゥプラを聴くならばまずはこれが外せないと思っているのですが、果たして全曲がCD化されたことはあるのやら^^;かく言う僕自身もYoutubeに上がっていたものでしか視聴できていないのですが、この録音は名盤と思います。この作品の悪魔はメフィストばりの超自然的な登場をしたり子供を攫ったりと言う不気味で恐ろしい面と、おかみさんの悪魔につつかれるコミカルな面を持ち、尚且つ物語全体を引っ張っていくという魅力的で難しい役どころですが、彼の知的でバランス感覚のよい歌唱が実に冴えています。オペラの録音は東西いろいろありますが、これだけ人間的で憎めない悪魔は他にはそうそうないのではないかと。純粋そうなモワザンや引き締まった騎士的なジェンティをはじめ共演陣もいずれもお見事。どうにか光の当たってほしい演奏です。

・ローラン神父(C.F.グノー『ロメオとジュリエット』)
ロンバール指揮/コレッリ、フレーニ、グイ、カレ、ルブラン、ヴィルマ、トー共演/仏国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音
>主役を演じるコレッリとフレーニばかりが注目されてしまいがちな録音ですが、実は残りのメンバーも当時の仏国を代表する面々が結集しています(そういえばプレートル盤の『カルメン』もカラスの題名役以外はそんなメンバーでしたね)。こちらもまたドゥプラの良さがよく出ていて、温かみのある声と落ち着いたトーンが優しくて懐の深い神父像を作り上げています。主役2人が伊風の情熱的な歌い口で、若々しさと熱しやすさが目立っているのもあって好対照となっているように思います。

・アルケル(C.ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』)
フルネ指揮/モラーヌ、ミショー、ルー、ゴール共演/コンセール・ラムール管弦楽団/1953年録音
>この作品、僕は実は苦手で、恥ずかしながらあまり深く聴きこめているとは言い難いのですが、ドゥプラを語る上ではこれに触れない訳にはいかないかなと。この役は脇役ではあるのですが、曖昧で瞑想的な音楽と不安定な精神状態の主役たちを下支えする、言わば通奏低音のような役割をしていることを、彼の歌を聴いて納得した覚えがあります。あまりにも強すぎる個性が出てしまうと作品世界が歪んでしまう演目だと思うのですが、そのあたりの匙加減も絶妙ではないかと。主役陣については僕では語るに落ちてしまう部分が多分にあるのですが、その幻想的で危うい雰囲気は気に入っています。

・ナルバール(H.ベルリオーズ『カルタゴのトロイ人』)
シェルヒェン指揮/ジロドー、マンディキアン、コッラール、ドラン、ガレ共演/パリ音楽院管弦楽団&パリ声楽アンサンブル/1952年録音
>超大作『トロイ人』の後半3幕を切り取って演奏したものですが、なんといっても指揮のシェルヒェンが大変な曲者。強烈なアッチェレランドはじめパワーとドライヴ感に溢れた音楽づくりで、ベルリオーズの魅力を引き出しています。ナルバールのアリアなどはちょっとバロックのような雰囲気もあるのですが、ドゥプラらしいくさみのない清潔な歌唱はこういう音楽にもぴったりですね^^今だったらバロックオペラでも活躍したのではないかと思わせます。共演も総じて優れていますが、エネを演じるジロドーが出色かと。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
エチェヴリー指揮/ボティオー、ギオー、ビアンコ、シルヴィ共演/管弦楽団/1960年録音
>こちらは抜粋。折角このメンバーでスタジオ録音なら全曲録ってくれればよかったのにと思ってしまいます。ここでのドゥプラからは、例えばソワイエのこの役の歌唱で感じさせるような二面性やクリストフやギャウロフの強烈さといったはっきりとした強い印象はそこまでないのですが、代わりに良い意味でお手本のような均整の取れた表現を楽しむことができます。なにもメフィストだからといって、濃い味にする必要はないんだということを教えてくれているようです。共演ではギオーのマルグレートが出色か。

・家長(H.ベルリオーズ オラトリオ『キリストの幼時』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、デロサンへレス、ブラン、ソワイエ、コレ共演/パリ音楽院管弦楽団&ルネ・デュクロ合唱団/1965-66年録音
>超名盤。これだけ役者の揃った演奏も珍しいと思います(と言いながら、実はドゥプラもソワイエもこの録音で初めて知ったのですが)。ドゥプラは埃国逃避行中の聖家族一行を匿う寛大な人物を、安定感のある歌唱で好演しています。ソワイエと共演している音源は知る限りこれだけなのですが、較べて聴いてみると持ち味の違いを感じることができ、興味深くもあります。

・ルプレヒト(С.С.プロコフィエフ『炎の天使』)
ブリュック指揮/ロード、フィネル、ジロドー、ヴェシエール共演/パリ・オペラ座管弦楽団&フランス放送協会合唱団/1957年録音
>隠れ名盤だと思っています。どうやらこの作品の世界初録音のようですが、仏語歌唱。しかし、この演奏ではむしろ当時の仏国の人気歌手が仏語で歌ったことがプラスになっているのではないかと思います。何といっても主役を務めるロードと、我らがドゥプラの声に得難い色気があって、それが仏語で歌われることによって際立つこと!そして更に言えば、そのことが作品の毒々しくてグロテスクな音楽と物語とをより強く印象付けるのです。当然ながら原語版は原語版で素晴らしいですが、それとは違う味わいを出している感じ。セルゲイ・レイフェルクスの有名な歌唱は見事ですが、彼の歌唱からは感じなかった、簡単に愚かとは切って捨てられない魅力のあるルプレヒトをドゥプラは作り上げています。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
グレシエール指揮/ジロドー、ダン、ベルトン、ロヴァーノ、ベッティ共演/パリ・オペラ・コミック管弦楽団&合唱団/1954-55年録音
>この役はドゥプラの十八番のひとつだったのか、知るかぎり2つの全曲録音と、由来不明のジャズ編曲録音があります(ジャズのものはちょっと流石にスタイルがちがいすぎて厳しいなと言う印象です)。こちらはそれらの中でも最も状態のいいスタジオ全曲盤。上品でありつつも狡猾ないやらしさが透けて見えるバランスが流石です。この作品の中ではフィガロのように器用に切り抜けられなかったにしても、小市民として自分の利益を目指す算高さを感じさせます。全体にどのメンバーも現代のロッシーニ演奏で求められる歌唱技術は持っていないのですが、それとはまた別の軸でのエレガントなやりとりに心惹かれます。ジロドーやダンも素晴らしいですが特にバルトロのロヴァーノ。こんなに色気のあるバルトロは他に類を見ません。

・家庭教師(G.ロッシーニ『オリー伯爵』)
ストル指揮/セネシャル、ドーリア、ミリエッティ、マッサール共演/ストラスブール歌劇場管弦楽団/1961年録音
>同じくコミカルなロッシーニ路線でもうひとつ。この役などはかなり高度なアジリタを要求される役なのですが、意外なぐらいドゥプラは達者に歌っています。残念ながら音質が今一つなのですが、しっかりした低音でアンサンブルを支えています。以前紹介したアリエもそうでしたが、いまもし歌っていたらもっと評価が上がったかもしれないと思うところも。セネシャルやマッサールは他の録音でも聴くことのできるエレガントな歌唱、聴きどころはドーリアの演ずる伯爵夫人でしょう。
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