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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

開幕5周年!!!

おととい9/26を以てオープンして5年目になりました。

昨年はあまりにも忙しくて4周年記念の記事も書けなかったのですが、今年はそれに比べると落ち着いているので、過ぎてしまったもののまあ節目ということで^^

先日ちょうど近いタイミングで30,000アクセスだったので、単純計算すると毎年6,000アクセスもいただいていることになりまして、こんな場末のblogをこれだけ見ていただいているのは感謝の限りです。

なかなか以前のようなペースで記事を書けませんが、その代わりに1つ1つなるべく丁寧にと思っているところです(過去のを読み返すと結構ひどいしw)

今後ともご愛顧いただければ幸いです。
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思ったこと。とか | コメント:0 | トラックバック:0 |

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百七夜/華やかな悪~

さて前回は予定を変更してダーラの話をしましたが、ここから数回は最近の人、今歌っている人をご紹介していこうと思っています。

今宵の御仁は近いうちに記事にしたいと考えてきたテノール。

BrianHymel.jpg
Robert le Diable

ブライアン・ハイメル
(ブライアン・イーメル、ブライアン・ヒンメル、ブライアン・ヒメル)

(Bryan Hymel)
1979~
Tenor
America

まだ30代後半の若い歌手ですが、10代のときにデビューしているのだそうでキャリアはそれなりのもの。とは言え日本での知名度はまだそこまでではないのか、名前の表記がかなり揺れています(てかヒンメルってこの綴りで読めるのか……?)。それでも個人的には、今聴くことのできるテノールの中では最も注目している人のひとりです。

彼を有名にした演目といえば、なんと言ってもH.ベルリオーズの超大作『トロイ人』のエネーでしょう。英国ROHではヨナス・カウフマンの代役として、その後METではマルチェロ・ジョルダーニの代わりにこの役を歌い、大成功を博しています。特にMETの公演はライヴ・ヴューイングだったこともあり、ひときわ話題になりました。
その成功があったためか彼のレパートリーはちょっと独特で、仏もののドラマティックな役どころに主軸が置かれています。後でオススメ音源のところでもご紹介しますが、彼のファースト・アルバムにはその特徴が良く現れていて、仏ものを取り揃えたアリア集なのにジョゼ(G.ビゼー『カルメン』)もファウスト(C.F.グノー『ファウスト』)もホフマン(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)もない!今後録音されることもなさそうな渋い演目も並んでいますがいずれも仏もので馬力のいりそうな代物で、往年のギー・ショーヴェやジルベール・ピーといった人たちを思い起こさせます。

このコーナーに出てきた人では本当に久々ですが、私自身実演を聴くことが出来ているひとです。妻の留学のお蔭で訪れることのできた仏国はパリ・オペラ座でかけられていた『ファウストの劫罰』で、ファウストをBキャストで演じていたのが彼でした(ちなみにその時のAキャストは上述したカウフマンでしたが好きではないので、Bで聴けて良かったです。Bでもメフィストはブリン・ターフェル、マルグレートはソフィー・コッホでしたから十分に贅沢でしたし)。演出もあって100点満点の満足が得られた訳ではなかったのですが、それでも甘みがありながらパワーにも事欠かない彼の魅力を存分に味わうことが出来たのは素晴らしい思い出です。

<演唱の魅力>
20世紀後半は仏もの不遇の時代と言えるでしょう。質・量ともに多くの魅力的な作品があるにも拘らず、『カルメン』、『ファウスト』、『ホフマン物語』、『ウェルテル』、『サムソンとデリラ』あたりを除くと録音も演奏も非常に少なく、マイヤベーアやオーベール、アレヴィ、トマ、ベルリオーズなどは殆ど無視されていたと言っても過言ではないと思います。アラーニャやドゥセはそうした状況を打開して、様々な作品に光を当ててきましたが、彼らと同じように埋もれた名作を発掘していく力と個性が、ハイメルにはあるように感じています。

必ずしも演技はうまい方ではなく、ちょっと紋切り型だなあと思わせるような動きを繰り返していることも多いのですが、公演の要所要所で観客をハッとさせると言いますか、惹き込む瞬間を作ることが出来る人です。これはひとつ舞台に立つ人の重要な才能だと思うのですが、これまでに観たいずれの公演や映像でも、粗削りながら彼はそうした瞬間を作ることに成功しています。これからもっと磨かれていく、スター性の萌芽を感じさせるのです。先ほど触れたエネーは映像で観ることが出来ますが、そこで記録されている客席の熱狂の源はそこにあるのではないかと思います。加えてハイメルの得意分野が、CDやDVDの時代においてこれまで注目度の決して高くなかった仏もののドラマティックな役柄にあることも重要なポイントでしょう。彼自身の才能の開花のみならず、仏ものの再発見を先導していく可能性をも見出したくなってしまうのは、私の贔屓目でしょうか。

声の響きそのものは、例えば伊ものを歌う人のような透明感のある輝かしいものではなく、うんと個性的な印象です。どちらかといえばクリーミーでやわらかな耳当たりなのですが、緊張感に富んでいてヒロイックな力強さも兼ね備えていると言いますか。ゲッダがもしうんとパワフルな路線に進んでいたとすればこういう感じになったかもしれません。繊細な色使いという側面こそやや物足りないかもしれませんが、特に高音でのスリリングな迫力という面においては特筆すべきものがあります。私見ではそうした彼の特色は、彼は英雄的でありつつも爽やかにカッコいいというよりは、華やかながらもどこかに陰を感じさせるダークヒーロー的なキャラクターでより強く輝くように思います。

彼が今後どういった方向に進んでいくのか僕自身とても楽しみにしているのですが、こうした個性を考えると例えばジャコモ・マイヤベーアの創造した2つの強力なテノール役、ライデンのジャン(『預言者』)とラウール(『ユグノー教徒』)は是非どこかで全曲を記録に残して欲しいです。また、未だに知る人ぞ知る作品である『ベンヴェヌート・チェッリーニ』(H.ベルリオーズ)や『シギュール』(E.レイエ)の題名役、『ル=シッド』(J.E.F.マスネー)のロドリーグあたりも期待してしまうところ。

<アキレス腱>
一方で彼の独特の声はちょっと締め上げる感じもある音色なので、そこの好き嫌いは出るだろうなと思います(私自身最初に聴いた時にはちょっと抵抗を感じました……)。ヴェルディやロッシーニも仏語で歌われたものしか僕は聴いていませんが、この声のカラーで思いっきりイタリアンな作品だと違和感を覚えるだろうな、という気もします。
上述のとおり演技はうまくないので、そこに重きを置いてしまうとパッとしない印象を持ってしまう方もいるかもしれません(たとえハッとさせる瞬間はあるにしても、です)。

<音源紹介>
・エネー(H.ベルリオーズ『トロイ人』)
パッパーノ指揮/アントナッチ、ウェストブロック、ヒップ、シェラット、カピタヌッチ、ロイド共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2012年録音
>多少の瑕疵はあってもこの大作を知るのに欠かせない映像と言えるでしょう。カウフマンがキャンセルした穴をハイメルがカバーして大成功を収めた公演の記録です。ウェットながら強烈な力のある彼の声の美点が非常によく出ています。エネー即ちエネアスは希国神話の英雄ではあるものの、この作品の中ではカッサンドラの予言にも気づけないし、ディドーの愛を裏切る卑劣漢でもあります。演技の面では類型的だなあと思う部分もあるのですが、節目節目では例のハッとさせる瞬間を作っており、そこでそうしたこの役の多面性をよく引き出しているように思います。ヒーロー然とし過ぎない、等身大でリアリティのあるキャラクターになっているのです。延々と歌ってきて終幕のアリアであれだけの興奮を惹起できるのも圧巻ですし、「イタリアへ!」という絶叫にも陶然とさせられます。アントナッチもヴェテランらしい安定感があり、知的なアプローチで悲哀を描き出していますし、ウェストブロックも堂々としていていい意味での貫禄を感じさせながら美しく、歌唱もお見事。

・ロベール(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
オーレン指揮/マイルズ、チョーフィ、ジャンナッタージョ、ドゥフォンテーヌ共演/サレルノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団&サレルノ歌劇場合唱団/2012年録音
>この作品では現在最も手に入りやすい音源ではないかと思いますが、作品を知るのに適した大変質の高い演奏だと思います。ここでも悪魔に翻弄されていることもありつつも、そもそもロベール自身の中にも悪魔とつるんでしまうような側面がありそうな、どこか斜に構えた破れかぶれなところを感じさせる歌唱です。マイルズのベルトランが比較的紳士然とした雰囲気を持っているのもあり、果たしてどちらが悪魔的なんだろうかと思わせるような絶妙なバランス。また、ここでも痛快な高音は健在です。共演ではマイルズとチョーフィという技術力のある人たちの主役がやはりお見事。ジャンナッタージョも好むべき穏健さがありますし、ドゥフォンテーヌもいい感じに軽薄で◎
オーレン指揮/レリエ、チョーフィ、ポプラフスカヤ、ボラ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2012年録音(2019.8.26追記)
>上記の録音と近いキャストの映像で長いこと目をつけていたものを漸く観ることができました。ハイメルのダークヒーローっぽさは映像で見ると更に引き立つように思います。どう考えてもダメ男なんだけど、何か(悪魔でしょうね)に憑かれているような不気味さがあって近寄りがたく恐ろしい印象を絶妙な匙加減で引き出しています。纏まったアリアこそないものの痺れるような高音を途中でバンバン挟んできて、歌の面でもしっかり記憶に残ります。相手のベルトランを演じるレリエもところどころ息切れはあるものの超難曲を爽快に歌い、おどろおどろしい迫力にも事欠きません。チョーフィもやたらめったら難しい超絶技巧をこなしつつ、楚々とした舞台姿もあっぱれ。主役級ではポプラフスカヤだけがいつもながらうまみのない歌と演技ですが穴にはなっていないかなというところ。オーレンの指揮はダイナミックでこういう娯楽作には向いていますし、何と言ってもロラン・ペリーの奇想の演出がこの作品の魅力を存分に引き出しています。蓋し名盤でしょう。

・アルノール(G.ロッシーニ『ギョーム・テル』)
エッティンガー指揮/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2014年録音
>これはすみません、youtubeで4幕のアリアしか観ていません。この映像だけ観てもよくわかるのですが、かなり主張の強い演出で、正直なところ全曲手に入れたいかと言われると微妙なのですが、ここでのハイメルのパフォーマンスが凄まじい!!僕が彼に本格的に目をつけたのは、この映像に接したことが直接のきっかけでもあります。やわらかさを感じさせつつも力強いボリュームのある彼の声が元来この役に合っているので、歌としてカヴァティーナをかなり聴かせるのですが、本領はカバレッタ。もともとこの部分はカヴァティーナ部分で圧制者ジェスラーに殺された父親を想い、カバレッタではテルを取り返すべく決起する血の気の多い音楽になります。が、ハイメルのアルノールは途中で「テルを助ける」という大義はどうでもよくなっている、言い方を変えれば完全に1人の殺戮者に変容しているんです。「テルを救おう!」とあの強靭な声でCをバシバシ決めながら、殆ど無邪気と言ってもいいぐらいに、心の底から楽しそうな笑みを湛える姿の壮絶さに、初めて観たとき総毛立ちました。加えて最後に豪快にハイCを付け加えたところで、普通のテノールなら鳴り響かせるところを途中で切って、不気味な笑い声で終わらせるのです。先ほどからダークヒーローと言っていますが、この役からここまで暗い魅力を放たせるというのは、(たとえ演技指導が入っているにせよ、)ハイメルの才能でしょう。是非ご照覧あれ。

・洗礼者ジャン(J.E.F.マスネー『エロディアード』)
・シギュール(E.レイエ『シギュール』)
・アドニラム(C.F.グノー『シバの女王』)
・アンリ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
ヴィヨーム指揮/プラハ交響楽団/2015年録音
>これらは彼のファースト・アルバム『Héroïque』に収められたもの。上述のとおり仏ものの中でもドラマティックで、しかもあまり日の当たっていない演目に目を向けた画期的な選曲です。正直なところどの曲も見事で、是非まるッと1枚聴いてほしいなと思うのですが、ここまで挙げたものを除いてあえて選ぶとこのあたり。いずれもここまで述べてきたようなダークヒーロー的な彼の魅力とはまた趣を異にしつつ、素晴らしい歌唱です。『エロディアード』の全曲録音はこれまでいくつか聴いてきたのですが、ドミンゴを含めても洗礼者ジャンのアリアでこれだけ聴かせて呉れる録音はあまりないのではないかと。情熱的な輝きとストイックな色気に満ちています。シギュールは現在ではほとんど話題になることすらありませんが、仏国のヴァグネリアンだったレイエが指環で言う『神々の黄昏』にあたるジークフリート伝説をもとに作曲したもの。ロマンティックな優美さとインパクトのある馬力とが高度な次元で融合されており、是非ぜひ全曲を録音してほしいと思います。『シバの女王』はグノーの作品の中で気になっているものの未聴であらすじもほとんどわかっていない状態なのですが、グノーらしい後半に向かって効果的に盛り上がる音楽を高らかに歌い上げていて有無を言わせぬ完成度。アンリは実は仏語歌唱は珍しいのではないかと思いますが(もともと仏語なんですけどね)、ヴェルディらしい血沸き肉躍る熱気は感じさせつつもグラントペラ的な華やかさも感じさせる名唱。『シチリアの晩禱』は仏語全曲盤の映像がある筈なので、手に入れたいなと思っています(笑)
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第百六夜/憎めないドットーレ~

全然別の特集を組もうと思っていたのですが、思わぬ訃報を知ったので予定変更。
正直、この人は追悼記事になる前に書きたかった……

EnzoDara.jpg
Dottore Bartolo (Rossini)

エンツォ・ダーラ
(Enzo Dara)
1938~2017
Bass
Italy

とは言え、この御仁の話をするにあたって暗くなってしまっては何にもならない!
底抜けに明るく楽しい、20世紀後半を代表するバッソ・ブッフォです。録音史上最も自然体で、しかし思わず吹き出してしまうようなパフォーマンスをできた歌手かもしれません。舞台での所作は、世の中に時々いる、ちょっとピントのずれたおとぼけおじさんそのもので、登場しただけでなんだかちょっと可笑しい(笑)
ブッフォ役をやるために生まれてきたといっても過言ではない、稀有な人だと思います。

以前取り上げたフェルナンド・コレナとは被っているレパートリーがかなり多いものの、個人的には持ち味は両者でかなり違うように思います。どちらの歌手にとっても最も多く演じたであろうバルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)だけを取り上げても、厚みのある美声を柔軟に使うコレナに対して、とぼけた愛嬌のある声で一生懸命歌うところからオモシロさを惹き出してくるダーラという両者の個性が感じられます。
コレナのレパートリーには必ずしも道化役ではない重要な脇役がいくつか含まれるのに対し、ダーラはほぼほぼブッフォの大役ばかりを演じているあたりにもそういった差は現れているのかもしれません。どちらも底抜けにオモシロいことに変わりはないのですが、その方向性が大きく違うのです。その差がまた面白いところでもあります。

私見ですが今を時めく名ブッフォのコルベッリもプラティコも、どちらかというとダーラの路線に近いアプローチのように思います。そういう意味では現代のブッフォ歌手の源流ということも言えるかもしれません。ロッシーニ・ルネッサンスの時代に、彼のような名手が生まれていたことは、実に幸運だったといえるのではないでしょうか。

<演唱の魅力>
このシリーズで特集してきた歌手ですごいところというと、その流麗な歌のうまさや豊かな美声、卓越した演技力というあたりを筆頭に挙げたひとが多かったように思いますが、彼の場合は難といっても特筆すべきは、その喜劇役者然とした存在感でしょう。僕が初めて彼に接したのは、バルトリ主演の『チェネレントラ』(G.ロッシーニ)の映像でのドン・マニフィコだったと記憶していますが、禿げ頭の彼がのそのそと出てきた瞬間、まだ何もしてないのに面白い!!この映像の頃には声そのものの衰えは正直感じるのですが、ずんぐりむっくりとした身体でちょこまかと動き回る姿が実にコミカル。それが醜悪な面白おかしさではなくどこか可愛らしくて、嫌みにならないのです。

醜悪な笑いを生まないという言い方をすると、彼のパフォーマンスにはブッフォに不可欠な人間の悪徳を批判する精神が感じられないように思われるかもしれません。しかし、実際にはそんなことは全くなくて、むしろ十分すぎるぐらいにそうした面は押し出されています。傲慢で饒舌で自己顕示欲が強い一方で、空虚で愚かで滑稽という、まさにコメディア・デラルテのドットーレを恐ろしいほど的確に表現しているのですが、そこに警句的な毒々しさを感じさせないところに彼の凄さがあるという言い方もできるでしょう。

そうした存在感は歌にもどこか現れていて、録音を聴いていても彼の愛嬌のある顔がちらついてきます。こうした印象は、ひとつには彼の速射砲のような早口に由来しているように思います。実は歌唱技術では、彼は必ずしも最良とは言えない部分もあるのですが、こと早口歌唱で彼に敵う人はいないのではないでしょうか。まあ速い速い!!しかも無理をしている感じは全然ない反面、妙に余裕綽々でもないのです。普通こうした技術を聴かせるときには大変そうに聴こえないようにするものなのですが、ダーラの場合には絶妙ないっぱいいっぱい感がある。これがコミカルな悪役どころにも人くささや可愛げを与えていて、単なる戯画的な人物以上の効果を惹き出しています。
この匙加減は藝風というところを超えたユニークな才能と言ってもいいもので、古今色々なブッフォがいますが、私見ではこうした笑いを生むことに成功している人は他に例を見ません。正に生来の喜劇役者なのでしょう。

<アキレス腱>
上にも少し書きましたが、純粋に歌唱技術的なところだけを拾っていくと意外と音が当たっていなかったりスピードの出し過ぎでオケを置いて行っていたりといったエラーがあります。また、キャリアの後半では声の衰えが認められる録音も少なくありません。こうした部分も含めての彼のオモシロさでもあるのですが、オモシロさ優先で歌の完成度が落ちるのはちょっとなあという方にはいまひとつかもしれません(感情の起伏で音程が揺れるプライと似ている面もあるかもしれないですね、キャラクターは全然違いますが)。

<音源紹介>
・バルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ヴァイケルト指揮/ブレイク、ヌッチ、バトル、フルラネット共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
アバド指揮/アライサ、ヌッチ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、フルラネット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1981年録音
>まずは何と言ってもバルトロでしょう。何種類もの全曲録音で歌っている当たり役中の当たり役ですが、ここでは2つのディスクに絞りました。最初に挙げた映像は数ある彼の歌唱の中でも、またこの役の映像全体の中でも右に出るもののない最高のものだと思います。一挙手一投足すべてに可笑しさが滲み出ていて、これだけのメンバーにも拘わらずダーラが舞台にいる間は釘づけにされてしまいます(笑)登場のレチタティーヴォから、ドン・アロンソの変装に気づく猛然とした歌唱から、嵐の音楽で梯子を外す演技から、何から何までオモシロくしないと気がすまないという精神が素晴らしいです。とりわけアリアでの演技は最高!あの超高速アリアを限界の速度で完璧に歌いながら、左胸を突然押さえて口をパクパク、強心剤をペロリっという一連の流れを、すべてこれ以上はないタイミングで入れてきます。もう1つは音源ですがこちらは伝説の日本公演の記録。こちらは音だけ聴いても彼のとぼけたドットーレぶりが思い切り楽しめる代物ですし、声により張りがあるころのもの。特にアロンソに変装した場面のアライサとのやりとりは抱腹絶倒です!どちらにも登場しているヌッチとフルラネットは、それぞれフットワークが軽くて義侠っぷりが気持ちいいフィガロと巨大な声で怪しげなバジリオでお見事。伯爵はブレイクもアライサも高水準(残念ながらアライサは大アリアを歌っていませんが)、ロジーナは僕の趣味としてはヴァレンティーニ=テッラーニの方が好みです。

・ドン・マニフィコ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
カンパネッラ指揮/バルトリ、R.ヒメネス、コルベッリ、ペルトゥージ、ヌープ、グローヴ共演/ヒューストン交響楽団&オペラ合唱団/1995年録音
>ほぼ同じメンバーの音源もあってそちらも高水準なのですが、ダーラは映像がやはり楽しいのと王子役のヒメネスの方が僕は好きなのでこちらを。ダーラは、バルトロでコレナ以来の人であったのと同様に、マニフィコに於いてはパオロ・モンタルソロ以降最高の人だと言えるでしょう。モンタルソロのアプローチがほんの少しいやらしさや狡猾さという苦みを加えたものなのに対し、ダーラのこの役は上述のとおりもっとあっけらかんとしたもので、よりマニフィコの間抜けさやお人好しな印象が強くなっています(それでも傲慢さや空虚な意地っ張りぶりを出しているは流石!)。声こそ歳を取った感じがしますが、ここでも速射砲のようなお喋りは健在で笑わせてくれます。今ではマニフィコを演じることが多くなった名ブッフォ、コルベッリとの絡みがまた実に面白い!この2人のこの重唱が映像として遺されたのは、オペラ・ファンにとって幸運という他ないでしょう。バルトリ、ヒメネス、ペルトゥージといった共演陣も超強力で、本作を語る上では欠かせない映像です。

・トロムボノク男爵(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、レイミー、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>アバドが発掘した本作品の記念すべき録音。ここでのダーラはどちらかというと狂言回し的な役どころで歌う場面は必ずしも多くはないのですが、だからこそコミカルな存在感という彼の一番の持ち味が効いています。音楽狂の軍人というばかばかしい設定を、彼ののどかでいかにも無害そうな雰囲気がいい感じに助長していて、喜劇的な雰囲気を盛り立てています。長々とカデンツァを入れるレイミーのシドニー卿に「Basta! Basta! 十分!結構!」とちゃちゃを入れるところなんて最高!当然ながらアバドの存在も大きいですが、彼のカラーが、個性的なメンバーを演目の上でも(男爵は一行の幹事ですからね笑)、演奏の上でも纏めているといっていいでしょう。

・タッデーオ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
アバド指揮/バルツァ、R.ライモンディ、ロパード、パーチェ、コルベッリ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1987年録音
>実はこの録音は最初あまりいい印象ではなかったのですが、今回聴き直して改めてその良さに気づくことが出来ました(嗜好や評価は変わるものですね)。この割と真面目なメンバーの中でしっかりとブッフォとしてのキャラクターを打ち出していて、演奏に笑いの花を添えています。タッデーオは優男ということになっていますから必ずしもオモシロ要員が演じることはないのですが、ライモンディが高級感のある声でよく考えて歌っている分、ダーラが正面切ってすっとぼけたアプローチをすることで作品全体のバランスが取れているのです。バルツァの気の強そうなイザベッラに振り回されている感じがいいですし、アリアの最後での腹をくくって楽しんでしまえ!という雰囲気も笑いを誘います。

・ドン・パスクァーレ(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
カンパネッラ指揮/コルベッリ、セッラ、ベルトロ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1988年録音
>こちらはまだ残念ながら全曲を入手できていないので断片を聴いた印象ですが、改めてこういう振り回されるパンタローネの役回りはよく似合います(笑)1幕のロンドの愚かな喜びに浮き立っている様子など、思わずにんまりさせられます。この演目最大の聴きどころであるパスクァーレとマラテスタの重唱もコルベッリとですが、これがまた絶品!知る限りこれほどの高速でぶっちぎっていく録音は他にはないように思います。普通の演奏でも圧倒されるところですが、その勢いの良さに思わず手に汗握ります。もちろんこのコンビですから単に速いだけではなく、騙される側の能天気ぶりと騙す側のずるさもしっかり引き出していて、爆笑させられつつも思わず感心してしまいます。
2020.8.5追記
全曲聴きました。もちろんこれら聴きどころが絶好調なのは言うまでもありませんが、レチタティーヴォが傑作です!ノリーナを前にして緊張でカミカミになるところの、あまりにも自然な、しかしあまりにも滑稽な味わいなどはこの人にしか出すことができないでしょう。他方で財産の話になると早口でサラサラと、しかし流すのではなくきっちりうまみを持って聴かせるこの落差の面白おかしさ。ほとんど話藝の世界だと思います。コルベッリのマラテスタは彼らしい小気味好い才気を感じさせますし、ややエキセントリックなカマトトぶりを見せるセッラ、よく伸びる明るい声に感情をこれでもかと乗せるおバカっぷりのいいベルトロと共演も充実、カンパネッラの指揮もご機嫌で、総合点ではこの作品の決定盤と言えるかもしれません。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
レヴァイン指揮/パヴァロッティ、バトル、ヌッチ、アップショウ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
>男声が強力な録音。やや暑苦しくてもパヴァちゃんの柔らかな声はネモリーノに似合っているし、ヌッチの若々しいパワーとスタイリッシュな歌唱も気障なベルコーレにぴったり(笑)そんな中でダーラのドゥルカマーラはやはりどこか人が良さそうで、ちょっとつついたらバレてしまいそうな底の浅さが感じられるのが笑えます。実のところ私見では、彼の持ち味はドニゼッティよりもロッシーニで活きるように思うのですが、ここでは実に愉しそうに歌っているのが印象的で気に入っています(アリアなんて、ノリノリで“Gaetano, tromba!!”と作曲家にラッパを指示していますし!)
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