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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百九夜/新星あらわれり~

もう少し短いサイクルで更新するつもりだったのですが随分時間が空いてしまいました。
久しぶりのこちらのコーナーは、今いちばん気になっているテノールをご紹介します。

PieroPretti.jpg
Arrigo

ピエロ・プレッティ
(Piero Pretti)
生年不詳
Tenor
Italy

今世紀入る前後ぐらいからのロッシーニ・ブーム、ベルカント・ブームで、伊もので好まれるテノールの声は随分と変化したのではないかと思います。例えばフローレスや以前ご紹介したシラグーザ、最近であればオズボーンやカマレナなど、なんと言っても軽くて明るい声、そして華やかなコロラトゥーラが売りという歌手は一昔前では考えられないほど多く、群雄割拠の感があります。

一方でそれよりはやや重い、リリコやスピントのテノールは随分減ってしまったイメージです。残念ながらラ=スコーラやリチトラは若くして亡くなってしまいましたし、M.アルバレスはその輝かしい響きを残しながらもかなり重たい役を受け持つようになっています。ベチャーワも素敵ですが彼の声は伊ものの明るい色彩とはちょっと違いますし、彼もまた重くなってきました。

そんな中で久々にこの辺りの重さのテノールで心から素晴らしいなと思ったのが彼、ピエロ・プレッティです。どうやら欧州ではさまざまな歌手の代打として暫く前から活躍していたようですが、日本での情報はほとんどありませんし、音源も当たり役のマンリーコ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)を歌ったものが出ているだけなので、現代のオペラ公演を追っかけている人以外にとっては無名と言って良いのではないでしょうか。
ですがその実力はかなりもの。役によっては下手なスター歌手よりも満足度の高い歌唱を披露しています。知られざる新星の魅力に迫ります。

<演唱の魅力>
僕自身つい最近まで彼は全くノーマークでした。初めて聴いたときも正直なところあまり期待せずに望んだからでしょう、その時の印象はいまだにとても大きいです。こんなテノールが今聴くことの出来る世代にいて歌っているのか、と。

明るく澄んだ美声には鋭利な切れ味の刃物を想像させる輝きがあり、どの音域でも力強さを感じさせます。彼はその声の使いどころをよくわきまえていて、基本的な歌い口はいたって端正でスタイリッシュです。しかしそれで単に綺麗な歌に終わらないのがプレッティのいいところで、特にライヴではその美しい歌の芯のところに熱い魂を感じさせてくれます。ここぞというところではテノール馬鹿にならないギリギリのラインで端正さを維持した熱唱を繰り広げ、手に汗握るスリリングな瞬間を作り上げてくれるのです。そう、これこそ伊もので、とりわけヴェルディで欲しい熱狂!レパートリーを見るとプッチーニも歌っているようですし、それはそれで分からなくもないのですが、その歌唱スタイルにはやはりヴェルディやドニゼッティに登場する甲冑姿の若き騎士がハマっているように思います。
今の歌手のことを語るのに昔の歌手を引き合いに出すのは好まないのですが、どうしても去来するのが私の大好きなジャンニ・ライモンディです(彼も以前ご紹介しましたね)。彼もまたベルカントや中期ヴェルディで最もその良さが発揮される人でした。プレッティはこの偉大な先人よりもう一回り軽い声ではあるのですが、そのレパートリー選びや熱の籠ったパフォーマンスからは大変近い印象を受けます。端正さと熱情との均整を高次元で実現していると言えるでしょう。

プレッティの現在のところの唯一の正規録音(映像もあるようです)がマンリーコというのは、なんという幸運でしょう!この役は彼の声に比して重いのですが、無理やりパワフルに重たく歌うのではなく自らの美質が活きるバランスで美しく歌っています。結果として過去のドラマティックなイメージから抜け出した、よりベルカントなマンリーコを創り上げていて、非常に清新な名唱です。

<アキレス腱>
基本的にはスタイリッシュな歌唱の中にギリギリ限界のホットさを加えていくのが彼の持ち味なのですが、本当にギリギリのところを攻めているのでしょう、力み過ぎている箇所も散見されます。その紙一重を完全に超えてしまわないところがプレッティのうまさだとは思うのですが、声を潰さないで欲しいなあと切に祈るところです。
録音や映像が大変少ないのも残念です。今の彼の歌唱が正当に評価されるものがきちんと残るといいなと思います(まあ昔に比べればストリーミングなどライヴで残る機会はたくさんあるわけですが)。

<音源紹介>
・マンリーコ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
オーレン指揮/ピロッツィ、シュコーザ、カリア、スピナ共演/マルケ地方財団管弦楽団&マルケ・ヴィンチェンツォ・ベッリーニ合唱団/2016年録音
>現時点でのプレッティのオペラでの唯一の公式音源です。先述の通り彼の歌唱は熱量が高く、気迫を感じさせるものである一方で、過度なドラマティックさを廃したもの。軽量級の歌手が無理して重たい役にチャレンジしているという印象はなく、むしろこんなに軽い声でもこれだけ自然に、ベルカントにこの役を歌うことができるということを体現していると思います。彼の美質から行けばカヴァティーナや登場の裏歌が優れているのは想像に難くないところですが、あのカバレッタすらも満足感のある歌唱に仕上げているのは驚異的でしょう。また、この盤はオーレンの勢いのある軽い風合いのある音楽づくりや共演陣の声質を取ってみても、この作品がベルカント・オペラの一つの終着点をなしていることを感じさせる佳演です(共演の人たち自体の凸凹はあるのですが)。とりわけ見事なのはレオノーラのピロッツィで、他の名盤と比べても遜色ない堂々たる歌唱です。

・レーヴェンスウッド卿エドガルド(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
ノセダ指揮/プラット、ヴィヴィアーニ、ヴィノグラドフ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2016年録音
>僕が初めて触れた彼の歌唱がこちら。伊ものにふさわしいカラッとした輝かしい声色とスタイルの整った歌づくりは、まさにベルカントに適したものですし、2幕フィナーレでのブチ切れなど爆発的な力が欲しいところでの熱気も十二分で、ワクワクしながら聴くことができます。個人的には、ここ最近のエドガルドの中では最も満足度が高いかもしれません。プラットの攻めの歌唱も時々不安定になるところはありつつ美しいですし(特にpp!)、ヴィノグラドフに至ってはこのキャストの中でこの役を歌うのには立派すぎるぐらい風格のある歌です。エンリーコを演じるヴィヴィアーニが粗っぽいのだけがいただけません。

・アッリーゴ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
コンロン指揮/ディ=ジャコモ、ヴァッサーロ、フルラネット共演/マドリッド王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2014年録音
>これは全曲がyoutubeに転がっており、見事な演奏で聴きごたえがあります。バリトンとの重唱でドラマティックな表現が求められる一方で延々歌った5幕に突然のhigh Desを出さなくてはならないなど要求されることの多い難役中の難役ですが、ここでもプレッティはパワフルな歌唱を披露しています。このぐらいの重さの声の人としては高音も強いので、くだんのDesも爽快に伸ばしていて心地いいです(ちょっとよれているのはご愛嬌笑)。ディ=ジャコモもヴァッサーロもとりわけ気に入ったということはないですし微妙なところもあるのですが、プレッティとの歌唱の相性はいいらしく重唱も◎。この演目は重唱が多いのでこれは大きいです。そしてフルラネット!ムーティとのライヴよりも一段と成熟した歌唱で試験ではうんとこっちの方が好きです(ただ、ちょっとシルヴァ(同『エルナーニ」)のような迫力がありすぎる気もしますw)。

・ポリウート(G.ドニゼッティ『ポリウート』)
詳細不明/ベルガモ/2010年録音
>これもyoutubeにアリアだけが上がっています。やった場所と何年のものかということしか情報がないのですが、ヒロイックで歌が端正な彼には実によく似合っていて、少なくともここだけ取り出す分には僕の中でのポリウートのベストです。カバレッタの繰返しではやや重たいところはありつつもヴァリアンテも加えて後半を盛り上げています。願わくば全曲が出てきて欲しいところですが……。

・マントヴァ公爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
レンツェッティ指揮/チェッコーニ、フェオーラ、ヴィノグラドフ 、ベルトラミ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2013年録音
>超大物が出ているわけでは決してないけれども、各メンバーのチームワークが実に良くて非常に質の高い演奏になっています。その一角をしっかり担っているのがプレッティの公爵で、彼らしいまっすぐな声の魅力が直情的でロマンティストな一方で暴力的な人物でもあるこの人物をよく作り上げていると思います。この役は人物としてはひどいやつなんですが、他方でしっかり魅力的な人物でないと物語全体が嘘くさくなってしまうので、盛り上げのうまい彼の歌はそれだけで大きなプラスになります。チェッコーニの滋味深いリゴレットや、ヴィノグラドフの筋肉質な殺し屋、奔放なベルトラミなど各人レベルが高い演奏なのですが、とりわけフェオーラの楚々とした、しかし芯のあるジルダが印象的です。
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