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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十六夜/華麗なる名士〜

前回は武骨でパワフルなショーヨム=ナジでしたが、今回は方向性をガラッと変えて20世紀の仏国を代表するバリトンにご登場いただきましょう!

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Lescaut (Massenet)

ミシェル・ダン
(ミシェル・ダンス)

(Michel Dens)
1911〜2000
Baritone
France

『カルメン』(G.ビゼー)を除いた仏ものはどうも日本では今ひとつ人気がないと言いますか重視されてこなかったところがあって、20世紀中葉を「オペラ黄金時代」と呼ぶ人たちの口からもあまり仏勢の名前を聞かないのは寂しい限りです。このコーナーではそう言った状況を打開すべく仏国特集を組んだこともあり、バリトンでは第2回でブランをご紹介したのを皮切りに、マッサールとバキエを紹介してきました。彼らは当然ながら仏ものでの活躍もめざましいものがありますが、いずれも国際的にも活躍していて、ヴェルディやヴァーグナーのような作品もドラマティックに演じてきた歌手たちです。
これに対し今夜の主役ミシェル・ダンは彼らよりもやや上の世代、かの国のオペラで力強さよりも華やかさや優雅さがより求められた時代の人と言えるのではないかと思います。もちろんブランたちの良さも華やかさや優雅さ、粋にあった訳ですが、ダンや彼の時代の録音を聴いているとそれよりも更に軽やかさが尊ばれたことを感じます。そう、それは巨大な舞台での重厚で崇高な舞台藝術ではなく、芝居小屋の娯しみと言うべき気軽さと爽やかさ!彼もまたヴェルディなどを歌っているのですが、大悲劇作品と普段思って聴いている作品が、あたかもオッフェンバックを歌うようにさっぱりとした表現されるのには少々面喰らいもしますし、人によっては明確な拒否反応を示されるのも良くわかります。ですが彼の活躍した時代の演奏の嗜好に思いを馳せ、彼の適性にあった演目での歌唱を聴けば、その華麗な魅力に気づくことができるのではないでしょうか。一説による10,000回を超える数の舞台でエスカミーリョ(G.ビゼー『カルメン』)を演じ、クリュイタンスやモントゥー、プレートルといった名指揮者の録音に起用されたのには、やはりそれなりの理由があるなあと個人的には思うところです。
ひょっとすると、ベル・カントものの価値が見直され、仏ものにも再び光があたり、古楽の発掘が盛んになった今の時代においては、彼のような軽やかな歌手の評価は上がってくるのかもしれません。

<演唱の魅力>
ダンの魅力、大きな特長となっているのは、その華やかな存在感でしょう。音域としてはしっかりバリトンではありますが、彼の声の清々しさ軽やかさにはレジェーロなテノールを聴いた時のような爽快感があります。決して妙な力みや重ったるさのない華麗で繊細な彼の歌を耳にすると、一流のパティシエの作った目にも口にも喜びを与えてくれる洋菓子を想起します。ふんわりサクサク、気づくと溶けてなくなってしまう華々しく享楽的な娯しみ……と考えてみると絢爛たる陽気な社交界の名士然とした魅力を纏っていると言うこともできるでしょう。そこからは耳あたりがよくて一緒にいて楽しい、快活な好男子という面があると同時に、他方では俗っぽくて狡賢い外面にこだわる人物という貌も聴こえてきます。ですから彼の真価は、舞台に花を添えるようなキャッチーさと鼻持ちならなさを感じさせるような役だとか俗っぽさこそが魅力になるオペレッタで一番発揮されるものと思います。

ダンの魅力は、その非現実的というか非日常的なところにあるのかもしれません。リアリティがないということではなくて、泥臭い現実からかけ離れたような、ある種の夢の世界で生きる人物を描くのに長けていると感じます。ダンが歌う華々しい役たちは派手で愉しく賑やかな面ばかりで成り立っているの訳ではなく、水面下の白鳥の努力をそこはかとなく感じさせ、とても人間くさく、日常的な卑俗な空気をも内包しているのです。明るく愉しいのですが、明るく愉しいで終始はしないと言ってもいいでしょう。

そう思うとなるほど合点が行くのが、まずは当たり役と言われたエスカミーリョではないでしょうか。マッサールの回でも述べましたが、この役は今でこそマッチョなバスによって歌われるのがリアルで好まれるところがあるものの、もちろんそうではない解釈は可能ですし、むしろかつての仏国での演奏を紐解けばそれがあくまで最近の傾向であることも聴いて取れるはずです。彼のソフトな歌いぶりと華麗な存在感から感じられるのはまさにスターのオーラであり、喝采を受ける人気者として非常にリアルです。闘牛士というなりわいの面からではなく、真面目だけれども冴えないジョゼからカルメンを奪っていく、見目麗しくて優秀なリアリストで、同時にイラっとさせるようなキザさのある色好みの男という人物としてエスカミーリョを考えるとまさにぴったりはまっていると言えるでしょう。また華麗で優雅な声や歌が活きるという点では何と言ってもマスネーの音楽がよく似合うなあと思うのですが、とりわけレスコー(J.E.F.マスネー『マノン』)では彼以上の人が思いつきません。先述したようなキャッチーさ、鼻持ちならなさ、俗っぽさが全て求められる役ですし、すごく軽薄で小狡いけれども代えがたい、頽廃的で快楽主義な社交界を思わせる魅力があります。仏ものではないものの彼が仏語で歌っているダニロ(レハール F.『メリー・ウィドウ』)もまた秀逸です。レスコーの良い面を大きくしたらこの役になるのではないかと言う気もしてきます。彼らしい華やかさに加えて、大人の戀物語の主人公として欠かせないそこはかとない愁いがにじむ名唱は抜粋なのがもったいないぐらいで、ヴェヒターやプライにも比肩しうるものと思います。朗らかさの中にほろ苦い感傷を切々と歌い込むうまさもまた彼の大きな長所だと言えるでしょう。

<アキレス腱>
彼はかなり評価が分かれるだろうなと思います。そのスキップの出そうな華美な歌い口は、常日頃ヴェルディやヴァーグナーに親しんでいる方からすればあまりにも軽佻で真実味がなく、薄っぺらに感じる方もいるかもしれません。何故だかヴェルディやイーゴリ公(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)をアリア集で入れているのですが、このあたりは綺麗な歌だけれどもしっくりこないと言うのが正直なところです。ヴァーグナーには絶対向かないだろうなと思うと、これは実際音源もなさそうです。ひょっとするとR.シュトラウスなどではハマる役もあったのではないかと言う気もしますが、寡聞にしてそう言った音源は存じ上げません。

<音源紹介>
・エスカミーリョ(G.ビゼー『カルメン』)
クリュイタンス指揮/ミシェル、ジョバン、アンジェリシ共演/パリ・オペラ・コミーク管弦楽団&合唱団/1950年録音
>今ではこういう演奏をなかなか聴くことができないだろうな、と思う香気のある名演です。クリュイタンスの作り出す優雅な音楽もそうですが、全体に低カロリーながら呼吸をするように自然な歌い口の歌唱陣も稀有なものと思います。上述の通りダンのエスカミーリョもそうした流儀に則ったもので、筋骨隆々とした男臭い闘牛士としてよりも人気者の女たらしとしてリアリティの高いパフォーマンスです。自信たっぷりで余裕綽々のクープレを聴くだけで、生真面目でいっぱいいっぱいな人物であるジョゼには勝ち目がないことが伝わってきて、この役で一斉を風靡したことに得心がいきます。共演ではどこかに幼児性を感じさせるジョバンのジョゼも、可憐一直線のアンジェリシのミカエラも魅力がありますが、あっさりとした歌の中に自由なカルメンを創り出しているミシェルがとりわけ素晴らしいです。

・レスコー(J.E.F.マスネー『マノン』)
モントゥー指揮/デロサンヘレス、ルゲイ、ボルテール共演/パリ・オペラ・コミーク管弦楽団&合唱団/1950年録音
>超名盤です。レスコーは決して悪い奴ではない、どころではなく一般にはかなり人好きのする陽気で気のいい兄ちゃんで、ただ軽くて欲に流されやすいところがある人物だとおもっているのですが、そうしたイメージを文字通り「体現」しているように感じられます。これならマノンやデ=グリューを裏切るのも、協力するのもその日の風次第という風情だろうなあと。しかも気取った世界の気取った人物であることには間違いないのですが、そこにグロテスクなわざとらしさは感じさせず、むしろその歌唱の自然さが際立っています。デロサンヘレスのマノンがまた非常にコケティッシュで、可愛らしい魅力に欲望の赴くままに動く危険さを秘めていることがよく伝わってくる演唱なので、この2人が従兄妹であることに非常に説得力があります。ルゲイの優美なソット・ヴォーチェはまさに稀有というべきもので地に足のつかない人物を見事に表現していて、最高のデ=グリューと言えそうです。録音の少ないボルテールも上品な歌い口で脇を固めていますし、その他脇の面々のアンサンブルもとても美しく、よくぞこのメンバーにモントゥーの指揮で!と。

・ズルガ(G.ビゼー『真珠採り』)
クリュイタンス指揮/アンジェリシ、ルゲイ共演/パリ・オペラ・コミーク管弦楽団&合唱団/1954年録音
>こちらもこの作品の代表的な録音のひとつです。こういう悩みの深い役どころは彼の持ち味からは離れそうな気もするのですが、実際聴いてみると美しい愁いをまとった音楽と彼の柔らかで繊細な歌声がマッチしていてうっとりと聴き惚れてしまいます。アリアに端的にあらわれているように思いますが、例えばブランの力強さがある歌唱に対し、もっと静かに涙を流すようなしっとりとした哀しみが感じられる歌唱です。有名な2重唱はルゲイもまたリラックスした優しい歌唱でダンの声とよく溶け合って、ちょっとこの世のものではないような現実離れした美の世界を作り上げた名演。アンジェリシはやや高い音の響きがキツい気もしますが、それでもやはりこの慎ましやかな歌には捨てがたいものがあります。『カルメン』もそうでしたが仏ものを鮮やかに描き出すクリュイタンスの指揮は素晴らしいですね。

・エロド(J.E.F.マスネー『エロディアード』)
プレートル指揮/クレスパン、ゴール、ランス、マル共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1963年録音
>この作品最高の演奏なのではないかと思うのですが、残念なことに抜粋です。これは全曲録って欲しかったなあ……。上述の通り彼の華やかな声はマスネーらしい情趣に富んだ音楽に最も適性があるように思っていて、レスコーではそれが脇のキャラクターとして物語の世界を豊かにしているのですが、こちらでは戀心に苛まれる主役としてより胸に迫ってきます。2つのアリアの燃えあがるような熱情と切なさに思わず共感してしまうのは私だけではないでしょう。またサキソフォンやトライアングルの作るエキゾチックで官能的な世界に彼の藝風が非常にしっくりくるのです。共演も素晴らしいメンバーで、ふくよかな声で愛らしくも艶かしいサロメを演じるクレスパン、深い美声だけれども冷たい王妃に怖いぐらいはまっているゴール、あたたかみを感じさせつつ政治家的な喰えなさもあるマルのいずれをとっても欠けがありません。とりわけ聖ジャンのランスの歌唱は抜きん出ていて、カリスマ的な神々しさが感じられ、この役はこんなに良かったかと初めて聴いたときには唸らされました。

・フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
グレシエール指揮/ジロードー、ベルトン、ロヴァーノ、ドゥプラ、ベッティ共演/パリ・オペラ・コミック管弦楽団&合唱団/1954-55年録音
>仏語版ですがこれは明るくて軽やかでなかなか楽しい演奏です!登場した瞬間人気者オーラを爆発させる役ですから、ダンの魅力が最大限活かされると言っても過言ではないと思います。いかにもフットワークや頭の回転が早くてお調子者の何でも屋の姿が目に浮かぶようなウキウキとした歌いぶりは、ぜひ多くの方に聴いて欲しいところです。なんというか鼻唄でも歌ってるようなお気楽さがとてもフィガロらしいんですよね(笑)ドゥプラのよさは以前記事にしましたが、他にもダンと息がぴったりとあっているジロードーは技術の面ではなく本当に器用な表現ができる歌手で、ここでも程よく間の抜けたご機嫌なつっころばしで楽しめますし、ロヴァーノの上品な色気のあるバルトロは稀有なものです。

・ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(レハール.F『メリー・ウィドウ』)
ポーセル指揮/ヴィヴァルダ、リンヴァル、アマーデ、ブノワ共演/パリ音楽院管弦楽団&合唱団/1960年録音
>仏語歌唱なので当たり前と言えば当たり前なのですが、ここまで舞台のパリを感じさせる録音は類例がないように思います。ここでもダンはあまりにも自然にダニロを歌っていて、ひょっとして素のこの人もこんな感じなのではないかと感じてしまうほどです(笑)要領が良くて求められていることが何なのかを察する聡明さもあって、けれども自分の戀や気持ちを扱うのにはちょっとだけ不器用な人物を作り上げていて、底抜けに陽気で愉快だけれどもちょっとセンチメンタルで胸を締め付けるような切なさのあるこの演目をより魅力的にしているように思います。共演はブノワ以外はあまり知らない人なのですが、アンサンブルも決まっていて◎です。

・ダッペルトゥット船長(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
・シンディア(J.E.F.マスネー『ラオールの王』)
・アタナエル(J.E.F.マスネー『タイス』)
・メルキューシオ(C.F.グノー『ロメオとジュリエット』)
デルヴォー指揮/パリ・オペラ座管弦楽団/1958年録音
>最後はアリア集です。もうひとつふたつアリア集があって気にはなっているのですが未聴。こちらはどうしてこれを録音した?というものもありますが仏ものについてはいずれもダンの魅力がよく出ています。彼はオッフェンバックは似合いそうなのですが実は自分が聴けているのはこれだけ(苦笑)。しかしこのダッペルトゥットは明るく伸びやかで品のある歌の中にもミステリアスな闇が垣間見える名演だと思います。『ホフマン物語』の悪役4役を歌ったものがあれば是非聴いてみたいのですが、この役が一番似合いそうだなとも思います。続いてマスネーから2役。『ラオールの王』の演奏は殆どないのでここでのダンの歌唱は貴重です。シンディアの執拗さはあまり感じさせないものの、戀する1人の男の想いの吐露としては切々と心に刺さるものがあります。アタナエルも全曲遺して欲しかった役ですが、ここで2幕のアリアを入れてくれているのは嬉しいところ。堅物な僧侶の信条の宣言でありながら青いというか、自分の気づいていないところに生臭いものが残っていることがはっきりと顕われています。『ロメオとジュリエット』は魅力的なキャストでの抜粋がありますが未聴、そこでもメルキューシオを歌っています。マブの歌は素晴らしいのですが出番が少ないので意外と大物が歌っていない中で、ダンの若々しく引き締まった歌は際立つものではないかと。
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