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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百廿一夜/清純の中の情念〜

大バリトン特集もひと段落しましたので、久々に女声歌手をご紹介しましょう。
カバリエに続き西国の名花を。

VictoriaDeLosAngeles.jpg
Manon

ビクトリア・デロサンヘレス
(ヴィクトリア・デ=ロス=アンヘレス)

(Victoria de los Ángeles)
1923〜2005
Soprano
Spain

広大なレパートリーを誇った20世紀を代表するソプラノ。
モーツァルトからロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ、果てはバイロイトでヴァーグナーを歌い、お国もののデ=ファリャやサルスエラはもちろん、様々な歌曲までも録音しているのですから驚きです。そしてこれだけいろいろなものを歌っていると、だいたいどこかしらでこれは彼女の声では重すぎるとか、逆に軽すぎて破綻を来たしているとか言ったような悪評が付いて回るものなのですが、こと彼女についてはそうしたマイナスの評価を耳にしたことがないように思います。確かにデロサンヘレスの歌を聴くと、その可愛らしいけれども身の詰まった声質と完成度の高い歌が、ジャンルを超えて魅力的な娘役や凛とした若い女性の役で重宝されたことは想像に難くありません。

とは言え実のところ恥ずかしながら私はその果てしなく広い持ち役を全然追いきれておらず、本来ならば必須であろう伯爵夫人(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)、ヴィオレッタ(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)、エリーザベト(R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』)あたりも視聴できていないという為体なのですが、それでもどうしてもここで取り上げたいと思ったのは、彼女の得意とした仏ものの話をしたいと考えたからです。ゲッダやブラン、ゴール、ルゲイ、ダン、ドゥプラ、ソワイエと言ったこの時代の第一人者たちとともにデロサンヘレスが遺した仏ものの録音は、疑いなく彼女の声の持ち味が最大限に発揮されたものですし、同時に今以てしてもそれぞれの役柄において範とすべき録音のひとつと言って差し支えないでしょう。今宵はこれらの演目から彼女に光を当てていこうと思います(もちろん今後伯爵夫人やヴィオレッタを聴くことができれば、そうした点からの追記をしていく腹づもりです)。

<ここがすごい!>
僕が初めてデロサンヘレスの歌を聴いたのは、もう20年近く前、まだオペラを聴きはじめて間もない頃に出逢ったクリュイタンス盤の『ファウスト」だったと思います。この録音は本当に何度聴いても声に恵まれた録音で、情熱に燃えるゲッダ、地響きのようなクリストフ、高貴で格調高いブランと誰を取り出しても稀有の声の持ち主なのですが、この中で唯一の女声の大役として彼女が響かせていた天使のような歌声が大変印象的だったことをよく覚えています。そして同時期に聴いた同じくクリュイタンスの指揮による『ホフマン物語』(J.オッフェンバック)。ここでのアントニアもまた実に愛らしく、可憐で、だからこそミラクルが来てからの3重唱(オッフェンバックの最高傑作!)にゾッとしたものです。最初に記憶に残ったのがこれらの演目でしたから、「デロサンヘレスと言えば清純な娘役」として僕の中に刷り込まれてしまい、カルメン(G.ビゼー『カルメン』)などは長いことどうもしっくり来ませんでした。実際、彼女の声の音色はそうした色眼鏡なしで聴いても娘役にはうってつけのものであることがわかるでしょう。若い女声の笑いを形容するのによく「ころころと」という言い回しが遣われますが、まさにあのイメージで弾力があり潤いを感じる、活き活きとした響き。内側から力が湧いて出て来るような瑞々しい声!こちらも大好きなポップもこうした生命力に溢れた声ですが、それよりも少しリッチで心地よい重みがあります。
しかし、思えばこの頃はデロサンヘレスの魅力の一部しか耳に入っていなかったのです。

この印象が改まったのは、だいぶ後になってプレートル盤の『ウェルテル』(J.E.F.マスネー)を視聴した時です。白状するとこの時も「デロサンヘレスなら美しい歌だろうけれど、シャルロットはメゾの役だしなあ」などと彼女にはあまり期待しないまま聴きはじめたのですが、全曲聴き通して自分の不見識を大いに恥じました。彼女らしい(と思っていた)清純さを感じられる前半から、徐々にウェルテルに対する想いの深みにはまっていく表現の濃密さ!狂おしい情念を感じさせるような歌唱というとメゾの専売特許のように思っていたのですが、そうした先入観を覆す真に迫った歌に胸を打たれたのです。その後改めてカルメンを聴いた衝撃!可愛らしい潤いに満ちた声が今ひとつ似合わないとしか思えなかった歌唱の中に、彼女が如何に妖艶な人物像を築き上げていたことか!デロサンヘレスほど軽い役も歌えるソプラノが歌ったカルメンは他にはないと思いますが、同時にデロサンヘレスほど妖しい魅力のあるカルメンを歌えたソプラノはいないと思います。
彼女の魅力は男性が女性に求める愛らしい清純さを表すことができるといった表面的なものなどではなく、その中に秘められている強さ/賢さ/算高さをコケットリーという戦略に包んで男性と対峙する女性の姿を表現できることにこそあるのではないかと、いまは考えています。そう思って彼女の歌ったレパートリーを眺め直すと、いずれの役も男性たちの好きにはならない、芯の強さのある女性ではないでしょうか(だからこそ、伯爵夫人、ヴィオレッタ、エリーザベトあたりを聴かなければという思いを強くもする訳です)。

前述のとおり僕は彼女のレパートリーを網羅できていないのですが、知るかぎりデロサンヘレスのそうした魅力が一番出ていると思われるのはマノン(J.E.F.マスネー『マノン』)です。若々しく、華があり、可愛らしい美徳の化身のようでありながら、享楽的で破滅に突き進むファム=ファタル!その表側の清純さと内に潜むベクトルの強さで、彼女ほど蠱惑的にマノンを歌える人が今後出てくるとは思えない、ちょっと危険な香りさえ感じさせる歌唱です。ぜひ一度、お楽しみを。

<ここは微妙かも(^^;>
僕自身にとっても時間をかけて大きく印象の変わった歌手ですが、レパートリーがあまりにも広いこともあり、その本当の良さに気づくのにはちょっと時間がかかるかもしれません。前回のセレーニ同様、じわじわとその味わいを堪能していくタイプの人だと言えるでしょう。
マルグリートを得意としたぐらいですから転がしは得意ですが、やはりそれはベル・カントのそれとは違うので、ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)などは今の歌唱水準と単純比較してしまうと辛いところがあります。

<オススメ録音♪>
・マノン(J.E.F.マスネー『マノン』)
モントゥー指揮/ルゲイ、ダン、ボルテール、エレン共演/パリ・オペラ・コミーク管弦楽団&合唱団/1950年録音
>この演目最高の音盤だと思います。何と言ってもデロサンヘレスの自然体のマノンが最高の聴きもの!登場したときのふわふわとした歌い口は如何にも箱入りの穢れを知らぬお嬢さま、それが徐々に本性を見せていくと言いますか堕落していく様が凄まじくリアルです。しかもそれで単なる悪女や愚かな人物に成り下がるのではなく、美しく純粋で輝く女性であり続けています。マノンは純粋に享楽的であるからこそ魅力に溢れる傾城の美女であることが、力むことなく全霊で表現された演奏だということもできるでしょう。そして彼女の兄弟を演ずるダンが、また空虚な好人物を快演!彼らは純粋な悪徳により人を惹きつけてやまないという、よく似た兄妹であるということが良くわかります。ふわふわとして地に足のついていない雰囲気のルゲイと、控え目ながらこのメンバーの中で大人として喰えない空気を醸し出すボルテールの親子もこれ以上は考えづらく、エレンほか脇役も揃っている上にモントゥーの華やかな音楽も文句のつけようがありません。仏ものがお好きな方は是が非でも。

・マルグリート(C.F.グノー『ファウスト』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、クリストフ、ブラン、ゴール共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1958年録音
>何度も登場している不滅の名盤、直球清純派路線のマルグリートです。あまりにも有名な宝石の歌が大変華麗なので、時として全体としてはゴージャスすぎる声や歌に出くわしてしまうこの役ですが、彼女の声は一緒独特の素朴な空気をまとっていて、独国の田舎の箱入り娘という役柄に説得力を増しています(特に奇をてらったことはしていないのに、マノンとは全く別の人物を想起させる藝は脱帽ものです)。もちろんその宝石の歌も指折りの名演!他方でこの役は教会の場や終幕の3重唱などドラマティックな強さも求められる場面も多いですが、クリストフを向こうに張っても位負けしない堂々たる歌声には感服させられます。

・アントニア(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、ダンジェロ、シュヴァルツコップフ、ギュゼレフ、ロンドン、ブラン、ロロー、セネシャル、ゲイ、ゲロー共演/パリ音楽院管弦楽団&ルネ・デュクロ合唱団/1964年録音
>ちょっと豪華趣味に走りすぎな面はあるものの、こちらも名盤と言っていいでしょう。彼女のように歌い分けの巧みな人にこそ4人のヒロインを通しでやってもらいたかった感もありますが、恐らく最も彼女に向いた役であろうアントニアを良い音質で聴くことができるのは嬉しいかぎりです。やはりその清純な、というより冒頭などはほとんど清浄な歌には恍惚とさせられます。共演の多いゲッダとは流石のコンビネーションで愛の重唱の盛り上がること!そして大詰めの3重唱での熱に浮かされたかのような、やや病的なほどの情熱を感じる歌には胸が締め付けらるような感動が待っています(ここでのロンドンの不気味な迫力も得難いものです)。アントニア単体として、ひょっとすると理想以上の歌唱と言ってもいいかもしれません。

・シャルロット(J.E.F.マスネー『ウェルテル』)
プレートル指揮/ゲッダ、ソワイエ、メスプレ共演/パリ管弦楽団&フランス国立放送児童合唱団/1968-1969年録音
>本作屈指の名盤です。デロサンへレスの歌唱は、「本来はメゾの役」などという御託が意味をなさなくなるような圧倒的な説得力があります。気品があり淑やかながら畏まって優等生的な印象の前半から、悩み苦しみつつも自分の感情と戦う強い女性としての後半への変化は非常にダイナミック。ゲッダとからむ3幕後半の盛り上がりは特筆すべきものでしょう。共演も鉄壁ですし、何よりプレートルのエスプリに満ちた指揮が素晴らしいです。

・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
ビーチャム指揮/ゲッダ、ブラン、ミショー、ドゥプラ共演/フランス国立放送管弦楽団&合唱団/1958-1959年録音
>こちらも声域がどうこうという話を忘れさせる彼女の藝が楽しめます。明るくて健康的な声とコケティッシュな表現は、マノンと同様に悪女と言った時の固定観念のようなカルメンではなく、もっと等身大の生きた人間を感じさせるものです。その意味で後に登場するベルガンサの先鞭をつけていると言うこともできるかもしれません。他方でハバネラなどでは濃厚でこってりとした声を響かせていて、この演目を聴いたという充実感にも事欠きません。共演では何と言ってもブランの極め付きのエスカミーリョ!

・ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
セラフィン指揮/モンティ、ベキ、ルイーゼ、ロッシ=レメーニ共演/ミラノ・スカラ座劇場管弦楽団&合唱団/1952年録音
>コケティッシュで強いヒロインという観点で行くならば、この役も忘れられません。こういう元気いっぱいな歌を活き活きと歌っているのを聴くと、こちらの方が彼女の性格にあっているのかもしれないという気もしてきます。フィガロとの重唱での一枚上手な雰囲気と言ったら!彼女を含めて全体には一時代、二時代前のロッシーニ演奏という印象は否めないのですが、この作品に不可欠な浮き浮きするような楽しさに満ちた名演と思います。

・アメーリア・グリマルディ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
サンティーニ指揮/ゴッビ、クリストフ、カンポーラ、モナケージ共演/ローマ歌劇場管弦楽団/合唱団/1957年録音
>ヴェルディも一つだけ。兎に角アクの強いゴッビとクリストフというコンビの中にあって、清純な娘役の風情を保ちながらもしっかりとドラマティックな声で応酬するなんていうことができるのは彼女を置いて他にいないでしょう。地中海の果物のような瑞々しさにはフレーニとはまた違った魅力があります。サンティーニの指揮が全体にちょっと安全運転なのと、カンポーラやモナケージが煮え切らないのがもったいないところです。
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