オペラなひと♪千夜一夜 ~第四夜/20世紀の証人~2012-09-29 Sat 10:13
前世紀の最高のメゾ・ソプラノです。1910年生れですがこのひとは大変長生きで、亡くなったのはつい最近、100歳を1週間後に控えた2010年5月5日のことです。
20世紀のオペラ史を語るうえで欠かせない彼女は、その後のオペラ界をどう見ていたのか。聞くところによるとあんまり好意的ではなかったようですが、本当のところその変遷をどう考えていたのか、ちょっと興味のあるところではあります。 Azucena ジュリエッタ・シミオナート (Giulietta Simionato) 1910~2010 Mezzo Soprano Italy コンクールで優勝して注目を集めるも、第2次世界大戦下の伊国ではファシストの息のかかった歌手ばかりが重用されて苦難の日々を送ります。尤もこの時代があったからこそ、戦後あちこちで活躍できた訳ではあるのですが。 戦後C.L.A.トマの『ミニョン』で一躍人気を博すと、瞬く間に世界の頂点に登り詰めて遅咲きの大輪の花を咲かせます。カラスやバスティアニーニをはじめさまざまな歌手との競演に彩られた彼女の藝歴は敢えてここに書くまでもありません。 彼女は考えてみれば自分よりひと世代若い歌手たちとともに歌っていた訳ですが、録音で聴く限り年齢による遜色は全くと言っていいほど感じませんね(^^; とは言っても歌劇界のスーパー・スターとして世界で活躍するというのはやはり大変なことのようで、後年のインタヴューでは、あの時期はあまりに大変で苦しくてあまり覚えていないという趣旨の発言もしています。一方で、イタリア歌劇団として来日した際の日本人の鑑賞態度、熱狂を非常に好意的に回想したインタヴューもあります。多少のリップ・サーヴィスはあるでしょうけども、ちょっと嬉しいですよね^^ <演唱の魅力> やはりそのベルベットのような美声に言及しない訳にはいきません。 低めの、何とも艶のある色っぽい声。こういう魅力はソプラノからは感じられないものですし、メゾのなかでも低めの声を持っているひとに特有のものでしょう。一筋縄ではいかない役をやるにはうってつけです。 幅広いレパートリーに対応できる表現力・演技力にも注目せねばなりません。 例えばG.F.F.ヴェルディ『アイーダ』のアムネリスやG.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』のレオノーラ・ディ=グスマンでは気高く誇り高いなかにも、人間的な弱さを感じられる女性ですし、G.ビゼー『カルメン』の題名役やC.サン=サーンス『サムソンとデリラ』のデリラでは近づいたら火傷をしそうなファム・ファタル。 強調したいのは、最近の歌手はどっちかって言うと舞台の上での演劇としての演技力に傾注している感がありますが(それの是非はひとまず置きますけれども)、シミオナートは歌で、演技し表現することのできる歌手なのです。音源で歌を聴けばすべてがわかる、伝わってくる。そういう人です。 なかでも特におススメしたいのはG.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』での圧倒的なアズチェーナ。この役に関しては僕のなかではこのひとに代わり得るひとは、あとはフェドーラ・バルビエーリぐらいでしょうか。物凄い迫力で存在感抜群。このオペラ筋のなかでもこのアズチェーナが最もつかめない行動をする人物なのですが、そんなことには関係なく説得力のあるキャラクターを打ち出してきます。 <アキレス腱> このひとも何を聴いても素晴らしいです(笑)ってか初回はそういうひとになりますね、どのパートも(^^; より卓越したコロラテューラの技術を持った後の時代の歌手を聴いている耳からすると、 G.ロッシーニの諸役では不満が残ります。この時代としてはロッシーニのブッファでヒロインなども随分やっていたということですが、どうしてもロッシーニ・ルネサンス以降のひとではないので。 <音源紹介> ・アズチェーナ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』) クレヴァ指揮/ベルゴンツィ、ステッラ、バスティアニーニ、ウィルダーマン共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱/1960年録音 >シミオナートはいくつかのセッションでこの役を残していますが、これは特に絶対の自信を持っておススメするライヴ録音です!!スタジオ録音でも彼女の良さというのは十分感じられるのですが、やはりライヴ録音だとその盛り上がり方が違います。スイッチ入っちゃった感じ(笑)同じくスイッチの入っちゃってる他の共演者、そしてクレヴァの熱い指揮もあって伊ものの醍醐味を味わえる録音となっています。特にバスティアニーニとの対決は聴きもの。このひとたちの共演しているライヴのこの演目ですと有名なカラヤンのものがありますが、私見ではあれよりもよほど熱の籠った演奏です。 ・ミニョン (C.L.A.トマ『ミニョン』) ・カルメン(G.ビゼー『カルメン』) (ごめんなさい詳細が分かりません) >ミニョンは全曲もありますが、かなり音が悪くてちょっと鑑賞するのは厳しい代物なので、アリア集に入ってる有名なロマンス“君よ知るや南の国”を聴いてみてください。シミオナートが最も愛したという役だといわれているだけあって、情感を込めて歌いこんでいます。カルメンは来日公演で演じていますが、残念ながら全曲の正規録音はありません。とはいえ、“ハバネラ”を聴くと陽気ながらも油断ならないファム・ファタルという印象を受けます。 ・アムネリス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』) カラヤン指揮/テバルディ、ベルゴンツィ、マックニール、ヴァン=ミル、コレナ、デ=パルマ共演/WPO&ウィーン楽友協会合唱団/1959年録音 > (2014.3.18追記) と書いていた訳なんですが、どっちかっていうとこの音源そのものがシミオナートを聴くものですね^^;世紀の名盤扱いをされていますが、個人的にはフォン=カラヤンの主張し過ぎで歌手ないがしろな指揮は好きになれませんでした。確かに凱旋の場とかはキンキラキンで格好いいんですが、『ドン・カルロ』などでは比較的成功していた“声楽付交響曲”のような音楽づくりが、ここでは完全に足を引っ張っています。テバルディは明らかに不調、ベルゴンツィはいつもながら端整な歌ですが指揮のせいで印象薄、ヴァン=ミルも個性に乏しく、マックニールは論外と言う中で、コレナとデ=パルマがやたらに巧い。そして、我を通す大指揮者にただ一人楯突いて自らの本分を発揮しているのがシミオナート、という印象です。この人が出てくるとカラヤン何するものぞ、と一気に伊ものの歌の世界が広がりますし、テバルディやベルゴンツィも本調子を取り戻すようです。役作りなども先述のとおりもちろん素晴らしいですし、この人の地力と影響力を或る意味で感じさせる音盤とも言えるのかもしれません。 ・レオノーラ・ディ=グスマン(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』) エレーデ指揮/ポッジ、バスティアニーニ、ハインズ共演/フィレンツェ5月音楽祭交響楽団&合唱団/1955年録音 >これは長らく廃盤になっていましたが、『ラ=ファヴォリータ』の名盤のひとつです。この役を得意としたコッソットが若々しい女性として演じていたのとはちょうど対照的に、シミオナートは深い響きのある声を駆使して、より成熟した大人の女性として演じています。姐さん、って言う感じ。ポッジも明るい伊声だし、匂い立つバスティアニーニ、重厚なハインズと共演陣も充実。 ・アダルジーザ(V.ベッリーニ『ノルマ』)2014.3.18追記 ヴォットー指揮/カラス、デル=モナコ、ザッカリア共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1955年録音 >不滅の名盤。音質が悪いと言う世評で聴いてこなかったことを激しく後悔した歴史的超名演。今日的な耳でこれがベッリーニかと言われると違うのでしょうが、小難しいこと抜きに普遍的に楽しめる演奏ではないかと。シミオナートは、濃密な歌声と言い歌唱の集中度の高さと言い録音史上最高のアダルジーザのひとりでしょう。何より情熱的でありながらも、ノルマの前で一歩退くことを知っている理知的で控えめな女性としての役作りが冴え渡っています。カラス、デル=モナコとの重唱での凝集された演奏は、これ以上のものは望めないと思います。そのカラスもデル=モナコも遺された音源の中では最上の出来、ザッカリアの如何にも異教徒の長らしい荒々しさ、そして名匠ヴォットーの音楽づくりも優れています。是非一聴を! ・ネリス(L.ケルビーニ『メデア』)2019.2.17追記 シッパーズ指揮/カラス、ヴィッカーズ、トジーニ、ギャウロフ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1961年 >ほぼほぼ主役のソプラノの独壇場というような作品ですから出番は決して多くはないのですが、全曲聴いてもシミオナートの印象が強く残ります。彼女より遥かに歳下のカラスが既に本調子ではなくなっている(とは言えその範疇では十分に凄まじい歌唱)一方で、艶やかで深みのある声をキープしており、まさに至藝と言うべき円熟した歌を楽しむことができます。ファゴットの物哀しいソロを伴ってのしめやかな嘆きは真に胸を打つもので、こういう芯は強いけれども静かな感情を歌うことにかけては右に出る者がいないでしょう。作品全体が怒りや嫉妬など強烈できつい感情に溢れているので、このもの静かな役を彼女のように力量のある人が歌うのは重要なことだと思います。シッパーズの推進力のある音楽は爽快、カラス以外の共演では若いギャウロフの惚れ惚れするほど立派な声とヴィッカーズのヒールぶりがいいです。 ・ジョヴァンナ・セイモール(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)2019.10.8追記 ガヴァッツェーニ指揮/カラス、ロッシ=レメーニ、G.ライモンディ、クラバッシ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1957年録音 >カラスとの共演盤は契約の関係で意外にも決して数は多くなく、上述した『ノルマ』や『メデア』そして本作ぐらいしか寡聞にして僕は知りません。音は決してよくありませんが、愛憎入り交じるこのジョヴァンナとアンナを、シミオナートとカラスが歌ったものが遺されていることは、オペラ・ファンにとって僥倖だと言えましょう。彼女たちの直接対決が聴ける2幕冒頭の2重唱は長大な曲ですが、集中力が高く、音楽として美しいと言うよりドラマとして惹き込む音楽になっています。またアリアはやや転がしに苦戦している印象はあるものの、これだけリッチな声で歌われるとベル・カントを得意とする歌手たちがうたうのとはまた違った充実感が得られるように思います。 ・ヴァランティーヌ(G.マイヤベーア『ユグノー教徒』)2019.10.8追記 ガヴァッツェーニ指揮/コレッリ、サザランド、ギャウロフ、コッソット、トッツィ、ガンツァロッリ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音 >単に演目として珍しいというだけではなく、彼女がソプラノの役を演じたという点でも珍しい記録です。ソプラノのもう1つの主役がヴィルトゥオーゾ的なこともあってドラマティックな人が演じるヴァランティーヌですが、知る限りメゾが演じたのはこの演奏のみだと思います。アリアなどカットしている部分も多いですが流石は高音も得意なシミオナート、全く違和感なく、という次元を超えて充実した歌唱です。意外に共演の少ないコレッリとのデュエットは両者全く引かぬ緊張度の高い歌唱で、熱狂する音楽を作り上げています(マイヤベーアというよりは伊的なものですが、この公演全体がそうしたテイストのものです)。 ・プレツィオシッラ(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)2019.10.8追記 モリナーリ=プラデッリ指揮/デル=モナコ、テバルディ、バスティアニーニ、シエピ、コレナ共演/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団&合唱団/1955年録音 >もはやあえて細かいことを言う必要のない名盤。鶏を割くに焉んぞの感が無きにしも非ずですが、2つのアリアは名曲ですし彼女の旨みのある歌唱を楽しめるのは嬉しいところです。コミカルだけれどもシニカルで小気味よい口跡は流石のもので、バスティアニーニの真面目なカルロに対していい意味で一枚上手という雰囲気があります。彼女が登場するたびに音楽全体が明るく楽しい空気になり、ヴェルディがこの役を登場させることによって狙った効果を知ることができるように思います(演奏によっては蛇足っぽくなってしまうので苦笑)。 ・ラウラ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)2019.10.8追記 ガヴァッツェーニ指揮/チェルケッティ、デル=モナコ、バスティアニーニ、シエピ、ザッキ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1957年録音 >幻のソプラノ・チェルケッティを主役に据えた名演。ここでのシミオナートは先ほどのプレツィオシッラからうって変わって淑やかさを装いながらもうちに情熱的な愛情を秘めた人妻を演じています。アリアでは逸る気持ちと迷いが感じられますし、ジョコンダとの対決も緊張感の高いもの。対するバスティアニーニはこちらでは悪魔的な密偵をドスの効いた声で演じており、『運命の力』での力関係とは全く違うバランスに仕上げてきているのがこの両者の力量の高さを感じさせます。加えてシエピのノーブルですが冷酷な提督が素晴らしく、まさに低音の黄金トリオですね^^ ・エボリ公女(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)2019.10.8追記 フォン=カラヤン指揮/シエピ、フェルナンディ、ユリナッチ、バスティアニーニ、ステファノーニ、ザッカリア共演/VPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1958年録音 >今ひとつフォン=カラヤンの指揮がしっくりこなくて世評ほど優れた演奏だとは思わないのですが、意外にも彼女のエボリの全曲はあまりないのでそう言う意味では非常にありがたい録音。秀逸なのはやはり美貌のアリアでしょう!彼女の高音での切れ味の鋭さと中低音での深みとがいずれも発揮された絶唱。またエリザベッタが昏倒してからの4重唱は、シミオナートはもちろんのこと各歌手が丁寧に言葉のニュアンスを表現しようとしていることが伝わってくる見事なアンサンブルだと思います(バスティアニーニちょっと入りを間違えてますが)。 スポンサーサイト
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コメント
メゾソプラノというとどうしても贔屓の歌手に心が傾いてしまうのですが、高音まで太いままのこれぞメゾソプラノという声が何よりも魅力です。下積みが長く声の熟成に時間を割くことが出来た為か50歳を過ぎても全く衰えを感じさせず、まだまだ声に艶がある年齢で突然恋に芽生え結婚引退。年上の夫が亡くなるともう一度結婚という人生もシミオナートらしいのかもしれまさん。
あの太さを保ったまま高い音まで行くことができる歌手は、それもドラマティックになればなるほどいませんよね。ヴェルディはメゾに結構高い音を要求するのでそれができるかできないかは大きいと思いますが、その点シミオナートは一縷の不安もなく楽しめるなあと。戦争があったこともあって一緒に歌っていた他の歌手より一世代上だったわけですが、あの人たちと互角の声を維持し続けたというのは改めてすごいことだなと思います。
後年そんなロマンスがあったのですね、それは存じ上げずでした^^ 2020-11-14 Sat 09:27 | URL | Basilio [ 編集 ]
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