Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

エルナーニ

エルナーニ
Ernani
1844年初演
原作:ヴィクトル・ユゴー
台本:フランチェスコ=マリア・ピアーヴェ

<主要人物>
(役名は基本的に伊語標記。但し史実にかかる部分は一般的な標記)
エルナーニ(T)…西国の山賊の首領。正体はお家断絶となった貴族で、本名はドン・ジョヴァンニ・ダラゴン。エルヴィーラとは相愛。主人公ながら原作で大活躍する場面をカットになってしまってる可哀そうなやつ。軽々しく命を預ける約束をしたりエルヴィーラへの戀に盲目だったり、このひと首領で大丈夫なんすか山賊たち?!と思うけど、説得力のある声で歌われたら痺れてしまうような音楽がついてるから多分大丈夫(謎)。
ドン・カルロ(Br)…世界史に於いては西国王カルロス1世、後の神聖羅皇帝カール5世で、劇中で皇帝に選出される(年齢のイメージが史実と作品で全く合わないが、いいかげんだっていいじゃあないか、おぺらだもの)。この作品には直接かかわりないが『ドン・カルロ』で出てくる修道士はこの人の亡霊、即ちフィリッポ(史実でのフェリペ2世)の父親。この作品の主要人物の中で最も描かれ方がいい加減で、兎に角やることなすこと一貫性がない。かと言って内面的な描写の少ない舞台装置的な役かと言うと、ヴェルディのバリトンでも屈指の名曲を含めアリアが3つもあって音楽的にも内容的にも重要だったりするから結構大変だと思う。一応、エルヴィーラを狙っている。
ドン・ルイ=ゴメス・デ=シルヴァ(B)…名前が長くて舌噛みそう。西国の誇り高い老貴族。いかにも古武士というような人物で、名誉や誓約など古き良き秩序を尊ぶ。エルヴィーラの伯父で、彼女と結婚しようとしている。全編に亘って踏んだり蹴ったりでエルナーニ以上に可哀そうなやつ。物語を進めていく原動力となる人物なので筋の上では重要な人物なのだが、どっちかって言うと音楽的重心は軽めなような気がする(当初はアリアも短いカヴァティーナのみだったし。但し、このカヴァティーナはヴェルディのバスのアリアの中でも指折りの作品)。でも、この役に存在感がないとたぶん面白くない。
ドンナ・エルヴィーラ(S)…3人の男たちから愛される、オペラ界でも有数の「私って、罪な女…」。けど、ほんとの意味でそれぞれのキャラから愛されているのかっていうと微妙で、このひとも何か可哀そうなやつ。まあ可哀そうなやつばっかの作品ですねwこの役もこの時期のヴェルディのご多分に漏れず、華やかだけれどもかなり歌うのが困難な音楽がついている。特にカバレッタなんか歌える方がおかしい。キャラクター的にはそれなりに丁寧に描かれてはいると思うけど、さりとて何か特徴的かと言うと普通のヒロインです。
ドン・リッカルド(T)…カルロの従者。「このひとは西国王ドン・カルロ陛下であらせられますぞ!」という部分がとても印象的な脇役。なんだそれ。
ヤーゴ(B)…シルヴァの部下。いましたね、こんなひと!
ジョヴァンナ(S)…エルヴィーラの乳母。いましたね、こんなひとも!

<音楽>
・前奏曲
○第1幕「山賊」
・導入の合唱
・エルナーニのカヴァティーナ
・エルヴィーラのカヴァティーナ
・カルロとエルヴィーラの2重唱とエルナーニを加えた3重唱
・シルヴァのカヴァティーナとフィナーレ
 →註:シルヴァのカバレッタは追加曲

○第2幕「客人」
・導入の合唱
・エルナーニ、エルヴィーラ、シルヴァの3重唱
・カルロのアリア
・エルナーニとシルヴァの2重唱
 →差替え エルナーニのアリア

○第3幕「慈悲」
・カルロのアリア
・合唱
・カルロのアリア・フィナーレ

○第4幕「仮面」
・祝いの合唱
・エルナーニ、エルヴィーラ、シルヴァの3重唱
・フィナーレ

<ひとこと>
ヴェルディ5作目のオペラで、初期の作品の中ではよく取り上げられるもの。
特に最近は割とあちこちで演っていて、日本でもボローニャ歌劇場が引越公演で持ってきてましたね(^^)
文豪ユゴーの問題作を翻案したものですが、ユゴー自身はお気に召さなかったとか。まあユゴーは、自分が作品がオペラになったとき、流行らなければ無視、流行ると文句つけてたみたいですが^^;ミュージカル『レ・ミゼラブル』を観たらなんと言ったかなぁと思ったり。

音楽全体としては、『ナブッコ』及び『十字軍のロンバルディア人』からは明らかに1段別の方向にシフトしていると思います。相変わらず切れば血が出るような熱気は健在ですが、激情に身を任せたゴツゴツした旋律線ではなく、骨太ながら流麗な音楽になっています。また、主要各キャラクターの扱われ方についてもより丁寧になっているように感じます。話の筋は相変わらず荒唐無稽ですが、まあそれはオペラの宿命でしょうw
ただ、確かにパワフルな音楽だとは思うのですが、例えばより後年の『イル・トロヴァトーレ』のように重たい声でゴリゴリと歌うことが求められる作品かと言うと、必ずしもそうではない気もします。ベル・カントものを中心としている歌手を集め、指揮者がそうした方針で音楽を作ると、意外なほどそういう方向で本作は楽しめます。まだまだベル・カント華やかなりし時代の作品なのです。そういう意味では『ナブッコ』に較べると強烈さはない訳ですが、上記のようにキャラクターの性格付けなどの内容面を踏まえると、それは一概に後退とは言えないでしょう。

各キャラクターの描かれ方が丁寧になった分、もう1人の主役としての合唱の印象は一歩後退したような気もしますが、出番自体は少なくなく、与えられた音楽も魅力的です。特に男性合唱は冒頭や有名な第3幕など単体の曲でも、エルナーニのアリアのような主役との絡みでも勇壮で、力のある合唱団なら間違いなく聴き応えのある内容になるでしょう。

まずはようやっと主役の立場を与えられたテノールから。エルナーニは武芸に秀でた直情径行の人物であり、まさにテノールのためにある役と言うべき設定です(尤も、実はV.ベッリーニがオペラ化を検討したときにはメゾのズボン役が想定されていたり、本作に於いても劇場側の要求でメゾとなる可能性があったのですが^^;)。そんな役に、ヴェルディはメロディアスでありながらも終始一貫して力強い音楽を与えています。ただ、これがマンリーコやラダメス、もっと言えばオテロみたいな役を歌う声で歌われるのこそが正統的かと言うとちょっと疑問(や、そういう人がこれを歌うのはそれはそれで間違いなく快感なんですが)。V.ベッリーニ『ノルマ』のポリオーネもそうですが、もっと軽い声質であっても張りと光沢のある声で歌える歌手(例えばエドガルドなんかができる人)の方がいいんじゃないかなという気もします(この傾向はこの作品の主要な役どころ全てに言えることですけれども)。
また、誰が何と言おうが主役は彼なのですが、この作品意外と各役の出番が均等で、存在感のある人がやらないと他の男性陣にお株を奪われてしまう可能性があります。何せ役柄の性格自体はそこまでエキセントリックではなく所謂普通のヒーローで問題ありませんから。その上筋にかなり無理があるので、説得力を持たせるのは結構難しいような気がします。特にヒロインよりも誓約を取って自決するあたりは、現代の感覚から行くとワケワカメになりかねません(というかそうせざるを得ないエルナーニは、本当にエルヴィーラを愛していたのかって言うのがなんかちょっと引っかかる訳ですが)。しかも2幕中盤から3幕にかけてはカルロにかなり焦点が当てられているので、かなりしっかりしないとこの辺ではカルロが主役になってしまいます。追加アリアが歌われればぐっとエルナーニの主役感は上がりますが、シルヴァとの重唱は筋的な重要度も高く、音楽もいいのであまり歌わせてもらえませんね^^;(ただこの追加アリアも駄曲ではなく、結構いい線行ってると思うので、もう少し歌われてもいいかもしれません)。存在感を出していくためには登場のアリアでどれだけ聴衆の心を惹きつけられるかが、ひとつ鍵でしょうね。開幕早々で大変ですが、熱気のあるいい曲ですし^^

エルヴィーラもキャラクター的には至って普通のヒロインです。登場のアリアで「私をさらって遁げて」と言ったりとか終幕でシルヴァに「お前が死ね!(意訳)」とかって言うあたりは身分の高いお嬢様ながらかなり芯の通った気の強い人物として描かれているように思いますが、そこで何か画策したりとか派手なアクションをしたりとかってことはないので。ただ、やはり一応3人もの男性から愛されるという設定である以上、それ相応の魅力のある人である必要はあるでしょう。舞台姿ももちろんですが、オペラですから声と歌は特に。しかもこのひと登場からまたかなり厄介な跳躍のあるアリアが控えています。このアリアひとつとって見ても、本来なら後の時代のドラマティックなソプラノさんが歌うと言うよりはベル・カント路線の方の方がいいのかな~と思う訳です。ただ、終盤の3重唱などでは、パワフルな表現が欲しいのも確かで、このあたり新旧の橋渡しぐらいの時代に特有の難しさと言えるのかもしれません。

この作品で最も挙動不審な男カルロ、一体何がしたいのやらよくわかりませんが、とりあえず前半では更なる権力と女の二股をかけていることだけは間違いないでしょう。とんでもないやつ^^;ところがそのとんでもないやつが3幕になると突然滔々と高潔な志を歌い、そのフィナーレではエルナーニを赦す謎の名君ぶりを発揮します(まあ神聖羅皇帝に選出されてすぐだから、最初は人気取りのために寛容な態度を取ったっていう解釈もできなくはないんだろうけど、正直苦しいよねwエルヴィーラの立場は?と思う訳だし)。キャラクターが多面的に描かれていると言えばそうなんですが、ちょっとたどたどしすぎ^^;このあたりまだまだヴェルディも、そして彼とこのあとコンビを組んでえらい目に遭う苦労人ピアーヴェもまだまだ若かったのでしょう。とはいえ、場面場面で見ていくとそれなりの説得力はあり、特にアリア“若き日の夢よ、幻影よ”はヴェルディがバリトンのために書いたアリアの中でも特に感動的なもののひとつと言っていいでしょう!いやぁ、カッコいいんだこれが(笑)加えて彼のこの一貫し無さ――前半の権力者らしい不遜さと後半のいきなりの名君への変貌――が物語をドライヴしていることは間違いなく、それがためにシルヴァは非常に悲惨な目に遭い、復讐の鬼と化していく訳です。
キャラ的にはどうなのよ?という感じではありますが、同時に実は最も音楽的に恵まれた役と言えるかもしれません。先ほどのものを始めアリアだけでも3つ、それに重唱にフィナーレと大活躍です。エルナーニのところでも触れましたが、2幕後半から3幕に於いては殆ど主役ですよ最早(笑)ハイトーンも結構要求されますし(カプッチッリみたいに付加的にAsとか入れる人もw)、前半の強引なキャラを体現すべく力強さは欲しいところですし、後半は後のヴェルディの演目へと繋がる内面的な歌もあったりと要求されることはかなり多いですね^^;エルヴィーラと同様過渡期的な難しさのある役だと思います。

シルヴァは後のヴェルディなら主役にしそうな役だと思うのですが、ここでは主要なキャラクターの中では比較的軽い扱いをされているようです。上述のとおりソロの曲ももともとは短いカヴァティーナだけですし、舞台に出ている時間や物語上の役割に比べて派手に歌う部分は少ない気がします。しかし、この役をなおざりにしてしまうと作品全体がずっこけます。この物語を進める動力となるのはカルロと彼であり(そういう意味ではこの作品のヒーローとヒロインはほぼ振り回されるだけだと思う)、なおかつ筋状最も大きな葛藤を抱え、人物が変容するのが彼だからです。シルヴァは誇り高い老貴族として登場しますが、彼の信ずる秩序の中心にあるべき国王からして騎士道に悖るような傲慢さと変節ぶり、許嫁である筈の女は言うことを聴かず山賊との戀に走り、悩んだ末に国王憎しで盟約を結ぶことにしたその山賊にも裏切られ、頑固な老人はやり場のない怒りに燃え、復讐の鬼と化していきます。哀しいかな彼の周りには、結局1人として味方はいないのです。中期以降のヴェルディであれば、こうした役回りには音楽的にもより重点を置くでしょう(例えば国王であるカルロを倒す及びそのためにエルナーニと手を組むのかということをもっと煩悶するアリアとか入れたかもしれないし、エルナーニの死の場面で高らかな、しかし空虚な彼の勝利がより強調されたかもしれない)。ただ、逆に言えばそういう派手な音楽がついていないだけにこの役は厄介ですし、だからこそ力量のある歌手、存在感のある歌手でなければ務まらないでしょう。実際、この役はどの音源を引っ張ってきてもトップ・レヴェルのバスが歌っています。また、老人という設定も関わっては来ると思いますが、どちらかと言えば少し盛りを過ぎたころに歌っているものが多いような気もします。このことも音楽的な難しさよりも、舞台上での存在が重視されることを間接的に示しているのではないでしょうか。
とはいうものの、与えられている音楽は見事なものです。エルナーニと盟約を結ぶ部分や終幕で角笛の主題を歌って登場する部分の恐ろしさ、それにカルロの大アリア中間部での嘆き節などなどよく聴くといい旋律がたくさんあります。いろいろな理由からよくカットの憂き目にあうカバレッタもこのころのヴェルディらしいブンチャカした曲ではありますが、シルヴァの豪快で激しい気性が出てくるので個人的には歌って欲しいなぁ(笑)そして何より短いながらも印象的なカヴァティーナ“不幸な男よ!”はヴェルディの書いたバスのアリアの中でも優れたもののひとつ。複雑な曲ではないですが、切々と胸に迫るものがあります。

<参考音源>
うん、今回挙げた音源については多分異論反論たくさん出ると思いますw特にカルロについてはバスティアニーニもカプッチッリもいないじゃないか!!!と各方面からお怒りが飛んできそうです(や、実際ミトロプロス盤もデ=ファブリツィース盤も切ったら血が出るような最高にアツいヴェルディで、素晴らしい演奏だと思うんだけどね)が、いろいろ考えてこの3つにしました。
○ニーノ・サンツォーニョ指揮/エルナーニ…マリオ・デル=モナコ/カルロ…マリオ・ザナージ/シルヴァ…ラッファエーレ・アリエ/エルヴィーラ…リタ・オルランディ=マラスピーナ/フェニーチェ歌劇場管弦楽団&合唱団/シルヴァのカバレッタ無し、エルナーニ第2のアリアの差替え無し
>良くも悪くも20世紀中葉までのこの作品の演奏をよく表した音盤でしょう。非常にカットが多く、全曲通して聴いても110分程度でしょうか。しかし、その熱気は有名なミトロプロス盤と同様目覚ましいものがあります(そう言えばあの盤もカット多かったですね^^;)。物凄い熱気と勢いで『イル=トロヴァトーレ』のようにドラマティックに聴かせる昔ながらの『エルナーニ』としては非常に楽しめる音盤だと思います。特に時代を感じるのはエルナーニのデル=モナコ。感情をストレートにぶつけたおっそろしく荒っぽい歌ではあるのですが、これにより力強いエルナーニ像を作り上げています。今の世の潮流でこういう歌を歌っても評価されないのではないかと感じる部分もあるものの、捨てがたい魅力があります。コレッリも同じような傾向でしたが、彼らのような超がつく大物ドラマティコだからこそ許されるパフォーマンスでしょう。オルランディ=マラスピーナは個性に乏しい印象のあるソプラノですが、ここでは立派な歌唱です。切れ味の鋭いドラマティックな声で細かい音符も意外なほどしっかり歌っています。これでもう少し華があればいいのですが、彼女の録音としてはベストと言ってもいい内容かと思います。アリエのシルヴァは例によって端正な歌と柔らかな響きの声で非常に格調高い、貴族的な人物像になっています。どうしても弩迫力でゴリゴリと押しこむような役作りが多い中で、野蛮な田舎貴族ではなく古風な上品さと矜恃を感じさせて呉れるのは貴重でしょう。折角ならカバレッタも歌って欲しかったな、という気も。この録音で総じて最も完成度が高いのはザナージのカルロでしょう。個人的には、並みいる名バリトンの録音がある中でも、この役については彼がベストではないかと思います。彼の高めで、ともすれば軽く聴こえてしまいそうな声が、逆に若くて傲慢で気分屋の王様にハマっています。特に一番の聴かせどころである“若き日の夢よ、幻影よ”では最高の歌唱で、聴衆の熱狂も良くわかります。私自身の彼の評価は、実はこれを聴いて大きく変わりました(前に聴いてたのがジェルモンだったと言うのも大きい^^;)この作品がお好きな方には、是非お勧めしたい録音です。

○リッカルド・ムーティ指揮/エルナーニ…プラシド・ドミンゴ/カルロ…レナート・ブルゾン/シルヴァ…ニコライ・ギャウロフ/エルヴィーラ…ミレルラ・フレーニ/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/シルヴァのカバレッタ無し、エルナーニ第2のアリアの差替え無し
>上述したサンツォーニョ盤やミトロプロス盤での歌手の馬力で聴かせていた時代の少し後、もう少し冷静に作品を見つめるようになった時代の超名盤です。変な話、このメンバーならサンツォーニョ盤のような路線で突っ走っても十分楽しめる演奏になると思うのですが、そこでムーティ先生がしっかり手綱を引いています。このころは颯爽とした指揮ぶりで非常に痛快。歌手陣ではまずはドミンゴの豊麗な声に圧倒されます。声としてはこのころが彼のピークだったんじゃないかな~きらきらと輝くような響きに思わず耳がいきます。あくまで猪突豨勇な武者だったデル=モナコよりはもっと知的な人物づくりで、規範とすべき歌唱だと思います。ドミンゴはこれとは別のライヴもありますがそちらも痺れる出来。フレーニはこの役は自分に合っていないと言ってこれ以降歌わなかったそうで、確かにカバレッタのアジリタとか苦労している感じはあるのですが、それでも水準を超えた歌唱を聴かせてしまうのがこの人のすごいところでしょうね。同時に自分の声や歌には合っていないことを把握して役柄を取捨選択できる慧眼にも頭が下がります。ブルゾンもまた最良の時期の声でしょう。この人はエンターテインメントよりも音楽に重心を置く人なので、時によると堅実ながら地味な印象になってしまうのですが、ここでは傲岸不遜な国王をびしっと演じています。当然この脂の乗り切った3人のアリア、重唱は手に汗握る見事な仕上がりです。このメンバーの中で唯一ピークの時期が過ぎ、声に若干の衰えが感じられるギャウロフですが、貫禄の歌唱で抜群の存在感です。ムーティですから追加カバレッタなどは当然カットな訳ですが、要所要所の歌の旨さや表現力は圧巻で、復讐を求める異常人へと変容していく哀れな男を表現しています。ボローニャ来日のフルラネットでも感じたことですが、声の絶頂期は過ぎたものの表現力の秀でた大歌手が歌うことで味の出る役だということでしょう先ほどドミンゴのところで挙げた別のライヴ音源にはギャウロフも出演しており、こちらも立派な出来且つカットはあれどカバレッタのおまけつき。

○ジュリアーノ・カレッラ指揮/エルナーニ…ヴィンチェンツォ・ラ=スコーラ/カルロ…パオロ・コーニ/シルヴァ…ミケーレ・ペルトゥージ/エルヴィーラ…ダニエラ・デッシー/イタリア国際管弦楽団&ブラティスラヴァ室内合唱団/シルヴァのカバレッタ有り、エルナーニ第2のアリアの差替え有り
>上記2つの演奏とは一線を画す音盤。何度か述べているとおり、この作品は一般に思われているよりずっとベル・カント色が強い作品で、そうした観点からアプローチされています。カレッラの指揮も当然うんと風合いの軽いものですが、こうしたさっぱりした味付けでも『エルナーニ』が楽しめる作品であるということをしっかりと証明しています。歌手陣もまた上のひとたちよりはずっと軽量級ですが、いずれ劣らぬ素晴らしい歌唱。ラ=スコーラは硬質で華やかな声でこのころが声そのものは一番美しかったと思われますが、同じぐらいの時期にネモリーノ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)やロベルト(同『ロベルト・デヴリュー』)、ポリオーネ(V.ベッリーニ『ノルマ』)で聴かせたような端正な歌唱をここでも発揮し、ベル・カント的なエルナーニ像を作っています。デッシーも例えばカバレッタでの細かな音捌きだけを取っても重厚長大時代の人たちに比べてしっかり歌っています。後半はドラマティックでないと喰い足りないのではないかと思いきや、こちらも聴かせて呉れます。コーニも美声で端正ですし、シュヴレーズ公爵エンリーコ(G.ドニゼッティ『ロアンのマリア』)でも聴かせていたような力強い歌唱で申し分ありません。この3人は後により重たい役をメインでやっていくようになる訳ですが、このころが一番輝いていたのではないでしょうか。ベル・カントもので続けて歌っていればもっと評価されていたのではないかと思うと少し残念です。この当時まだ20代だった若きペルトゥージのシルヴァは、前の時代の人たちの老獪さこそ少ないですが、この路線の中では十分に実力を発揮しており聴き応えもあります。カバレッタが歌われていることもあり、シルヴァがより豪快で血の気のある人物に感じられます。
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