Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第四十五夜/機械仕掛けの悪魔~

なんだか最近はすっかり折り紙blogになってしまっていますが、久々にこちらの投稿です。かはくの展示の紹介も準備は進めているのですが。怠けていた訳ではありませんよw
私自身はヴェルディが好きで、このシリーズも勢い、ヴェルディ歌手の登場が多い訳ですけれども、何も世の中のオペラはそればかりではないのはご承知のとおりです。
と言う訳で今回は珍しく、ヴェルディ中心ではない人を取り上げてみようと思います。

Ramey.jpg
Assur

サミュエル・レイミー
(Samuel Ramey)
1942~
Bass
America

「嘘つけ、ヴェルディ歌うじゃないか!」と思った皆さん、ええそうです、おっしゃる通りです笑。ただ、私自身はこのひとはヴェルディ歌手だと思っていません。非常にマルチな活躍をしているので、あくまでレパートリーのひとつとしてヴェルディの作品があるという程度でしょうし、個人的には、この人の持ち味が活きるのはヴェルディではないと考えています。
じゃあこの人が活きるのは何なのかと言えば、躊躇いなく答えられます。
ロッシーニの諸作品と「悪魔」です。
少なくともこの2つのジャンルについては、彼は録音史上類稀なる存在です。

バス・バリトンと書かれていることも多いのですが、私見ではバスかと。確かにかなり高い声まで余裕綽々で出しますけど、バリトン的な輝きのある声とはまたちょっと違います。もっとうんと深い、暗い響き。
今年で71歳ですか…もっと若いイメージがありますが、そろそろ引退も間近でしょうか。往年の声も衰えて、声量はあるもののかなり声の揺れが激しいと言いますから。引き際とも思いますが、ちょっと寂しい気もします。

<ここがすごい!>
「玲瓏」ということばがあります。
辞書で意味を引くと音については、「玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま」なんていう定義が出てきますが、彼の声はまさにこういうイメージの声です。太く、低く、深く、暗いけれども、磨き上げられた玉のような澄んだ美しさのある声。ちょっとひんやりした冷たい質感を持ちながら、或る意味で純粋で混じりけのない響きがあります。純粋で混じりけがないと言うのは、彼の場合必ずしも純朴さには繋がらず、むしろ超然とした役どころを演じたときの底冷えのするような凄みへと繋がっていきます。
一方では彼の歌にはえも言われぬ色気があります。これは歌と言うだけではなく、彼の持つ雰囲気そのものに色気があると言うべきかもしれません。バスであればシエピやR.ライモンディなどが時として歌うような甘い歌ではないと思うからです。なんと申しますか必ずしも男性の戀心を伝える色気というよりはもっと広い意味で誘惑者、という感じ?うまく言語化できなくて意味不明になってますが(^^;
そう、だからこそ彼は、純粋な悪であり、人々の誘惑者たる悪魔を演じさせれば、右に出る者のないパフォーマンスを披露するのです。メフィストフェレ(C.F.グノー『ファウスト』及びA.ボーイト『メフィストーフェレ』)、ベルトラン(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)、それに4悪役(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)での自在な悪魔ぶりには思わず心惹かれます。これだけいろいろな悪魔役の全曲録音を残した人もそう多くはありません。そしてまた彼が、フォン=カラヤン盤で演じたドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)でも未だに名声を保っているのも得心がいく訳です。

一方で彼はバスとしては恐らく依然録音史上最高のコロラトゥーラの技術を持っていた人物です。他の追随を許さないとはまさにこのことで、転がしを多用する演目、特にロッシーニのセリアでは無双というべき活躍ぶりです。バスの超絶技巧歌唱はソプラノやメゾはもとよりテノールよりも更に難しいのか、名を成している人は極めて少ないですし、そうした歌手の中でもレイミーの技術は本当に凄くて、あたかも機械仕掛けのように難易度の高いパッセージをパチパチと嵌めていきます。しかも淡々と技巧的な歌を歌っている訳ではなく、上述のような色気はここでも健在です。特に優れているのはやはり悪役でしょう。アッスール(G.ロッシーニ『セミラミデ』)、マオメット2世(同『マオメット2世』)、代官(同『泥棒鵲』)あたりは、未だに彼がベストだと思いますし、エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)もベル・カント作品として見た時には最良の出来でしょう(歌唱としてはギャウロフが好きだけど←ファン贔屓)。ヴェルディでも転がしを披露することのできるアッティラでは素晴らしい歌唱を残しています。

<ここは微妙かも(^^;>
ただですね、私自身はどうしても全般に彼のヴェルディは好みではないのです。
歌唱技術や歌そのものは立派だと思います。ただ、それが圧倒的な感興を呼ばないのです。彼の声や歌から感じられる冷たさ、ひんやりとした感触は、冷酷な悪魔役や高度な技術で聴かせるベル・カントにはピッタリくるのですが、浮かされたような熱気の欲しいヴェルディとは折り合いが悪いように感じるのです。ちゃんとしてはいるんだけど消化不良というか、はっきり言ってしまえば優等生的で面白くないと言うか。加えていうなら、METのスターとして非常に広大なレパートリーを誇り録音もしている訳ですが、その中にはヴェルディの他にも正直あんまりハマってないと思うものも少なくないです、ムソルグスキーとかミュージカルとか。巧いんですけどね、彼の持ち味が生きていなくて旨みが感じられないのです。

あとはベル・カントものなどで2回目に繰り返しを入れる風習の流れを受けて、彼はいろいろなところで崩しを入れるのですが、それに抵抗のある人はいるかもしれません。私自身はベル・カントはそもそもそういうものだと思っていますし、楽譜に無い高音とかも結構喜んじゃう方なんで好きなんですが(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』のライモンド・ビデベントなんかは最高ですよ!)、モノによってはちょっとこれはイマイチだなぁと思うものもあります(^^;

<オススメ録音♪>
・メフィスト―フェレ(A.ボーイト『メフィスト―フェレ』)
ムーティ指揮/ラ=スコーラ、クライダー、ガヴァッツィ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1995年録音
>名盤。僕が初めてちゃんとレイミーを聴いたのがこれですが、ここでの朗々たる悪魔ぶりは最高に素敵です。分厚いオーケストラをものともせず轟然と太い声を響かせる姿はまさに地獄の王で、下卑た雰囲気にはならず品格を保っています。皮肉屋な雰囲気も役柄にぴったり。澄んだ声で整った歌を聴かせるラ=スコーラも一聴の価値あり、クライダーも美声です。ここではムーティの指揮もこの作品を楽しむ上で文句ありません。

・アッスール(G.ロッシーニ『セミラミデ』)
マリン指揮/ステューダー、ラーモア、ロパルド、ロータリング共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1992年録音
>超名盤。彼の演じる悪役アッスールのかっこいいことと言ったら!この役は登場場面も多いし、転がしのフレーズも延々あるし、悪役としての凄みも欲しい一方で狂乱の場もあるし、ということでとにかくむちゃくちゃ難しくて、ロッシーニの書いたバスの役の最高峰だと思うのですが、これ以上はないと言うぐらい立派に歌っています。ラーモアのアルサーチェはちょっと色気があり過ぎな気もしますが声も歌も文句ない出来ですし、ロパルドも上々。脇役のロータリングもいい。ステューダーは意見が分かれるところのようですが、私見ではこの作品には合っているように感じました。

・ベルトラン(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
フルトン指揮/ヴァンゾー、アンダーソン、ラグランジュ、ドナーティ共演/パリ・オペラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1985年録音
>これも名盤でしょう。悪趣味な旧時代の遺物と片付けられることも多い作品ですが、ドラマティックな展開の中におどろおどろしいところからコミカルなところまで盛り込んだ娯楽大作として非常に楽しめる作品ですし、品のあるヴァンゾー、技巧的なアンダーソンにラグランジュもめり込まずと役者が揃った本盤はおススメです。レイミーは有名なアリアでの不気味な雰囲気も素晴らしいですが、やはりカットになることもある超絶技巧アリアが強烈です!

・マオメット2世(G.ロッシーニ『マオメット2世』)
フェッロ指揮/ガズディア、スカルキ、フォード、ガヴァッツィ/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1994年録音
>名盤と言っていいと思います。レイミーにはスタジオ録音もありますが未聴、とはいえライヴでの気合の入ったこの歌を聴ければ特にいいのかな?という気もします。大アリアはロッシーニのセリアのバスに於いて曲としても難易度としてもアッスールに並ぶ曲かと思いますが、実に見事。この頃は飛ぶ鳥を落とす勢いだったガズディアもいいですし、フォードの歌唱も魅力的ですが、スカルキにもうちょっと頑張ってほしかった…。

・4悪役(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
シャイー指揮/シコフ、デセイ、ガッヤルド=ドマス、グレイヴス、メンツァー共演/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1995年録音
テイト指揮/アライサ、リント、ノーマン、ステューダー、フォン=オッター、ゴーティエ、カッシネッリ、マルティノヴィチ、パーマー共演/ドレスデン・シュターツカペレ&ライプツィヒ放送合唱団/1992年録音
>どちらも素晴らしい演奏ですが、扱っている楽譜の版が大分違います。シャイー指揮の方は昔BSで流れたものを録画したもので、伝統的な版によるもの(“輝けダイヤモンド”や7重唱がある)。小兵ながら凝集されたような存在感のあるレイミーの悪魔としての舞台姿を楽しめます(ダッペルトゥットのアリアはダイヤモンドの歌の方が色気があっていいなぁ~)。他のメンバーもイメージ通りのヴィジュアルで楽しめますが、中でもシコフの繊細でちょっとあっちに行きそうな詩人ぶりは見事なもの(もちろん歌も)。テイト盤は新しい版にのっとったもので、音楽的な充実度はこちらの方がやはり高いように思います。ここでのレイミーも実の詰まった声で大変見事。ミラクル博士での3重唱はどちらも迫力満点で、オッフェンバック最高の音楽を盛り立てています。こちらの共演陣も端役に至るまで豪華ですが(ノーマンのアントニアは巧いけど貫禄あり過ぎでキャラ違いだけど^^;)、中でもフォン=オッターの洒落たニクラウス&ミューズ、色気を漂わせながら超絶技巧アリアをこなすステューダー、そして若々しい力に満ち、演技も達者なアライサが素晴らしい。アライサは登場してすぐのクラインザックの歌で強烈な高音をポーンと出してきてノックアウトされますw

・代官(G.ロッシーニ『泥棒鵲』)
ジェルメッティ指揮/リッチャレッリ、マッテウッツィ、フルラネット、マンカ=ディ=ニッサ、ディンティーノ、コヴィエッロ共演/RAIトリノ交響楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1989年録音
>この作品の代表的録音というべきもの。セミ・セリアということもあり、代官は半分悪役、半分ブッフォというような役どころですが、レイミーがやるととぼけた感じが無くてかなり怖いですねw(このあたりはペルトゥージの方が加減が巧そうですが未聴)。とはいえやはり機械仕掛けのようなアジリタの技術には感嘆しますし、フルラネットとの共演も豪華。マッテウッツィはすごいですが好き嫌いは別れそう。肝心のリッチャレッリがいまいちなので名盤と言いきれないところがあります。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
リッツィ指揮/ハドレー、ガズディア、アガーケ、メンツァー、ファスペンダー共演/ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団&合唱団/1993年録音
>珍しい版とレイミーを楽しむ録音。この録音にはほとんど聴かれない珍しい場面がたくさんあり、きちんとした解説が欲しいところ。収まりきらなかった分については補遺までついていると言うのに、これの国内盤がおそらく出ていないと言うのは何とも。まあ全体の演奏自体がいいかと言うと微妙な線ではあるのですが^^;とは言えレイミーに関して言えば最大のあたり役のひとつを十分に楽しむことができます。金の仔牛の歌や珍しいヴァルプルギスの場のクブレもいいですが、セレナーデが白眉です。

・シドニー卿(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、ダーラ、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>不滅の名盤。長らく埋もれていたこの曲を、よくぞアバドは発掘してこのメンバーでやってくれました!!!というロッシーニの秘曲にして最高傑作の一つでしょう。今回は珍しく悪役ではなく戀する男であるところのシドニー卿で、普通ならキャラ違いを思わせそうなところでありますが、ストーリーなどあってないようなこの作品ではそんなことはありませんwwむしろころころ転がるフルートに対して同じくころころ転がるパッセージを楽々こなして心地よいぐらい^^英国歌での悪ノリも笑えます。共演陣も無敵艦隊で、よくこんなんやったなぁと溜息が出ます。

・英国王エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ボニング指揮/サザランド、メンツァー、ハドレー共演/ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団&合唱団/1985年録音
>ベル・カントということを考えるならば、彼はエンリーコとして最高ではないかと思います。楽譜通りではない歌い崩しもかなりある訳ですが、ピーンと張ったアディショナルな高音など痺れる出来です。メンツァー、ハドレーも上々ですが、ボニングの指揮には緩いところも(いつものことですが)。サザランドは技術的には流石ですがアンナには合ってないかな。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
マリン指揮/ステューダー、ドミンゴ、ポンス、ラーモア、ラチウラ共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1990年録音
>これも名盤でしょう。ベル・カントというよりはドラマティックな方向にシフトした音楽づくりではありますが、彼は盛大にベル・カント節を聴かせています。かといって浮いていないのが凄いのですが。特にカットされることも多いアリアについては、その崩しの妙もあってギャウロフやシエピをも凌ぐ演奏と言っていいでしょう。ステューダー(こうしてみると共演多いのね、あとラーモア)とドミンゴがそのドラマティック路線でユニークで聴き応えのある歌なのだから、この路線にいかにも合いそうなヌッチあたりキャスティングできなかったんでしょうか。ちょっとポンスじゃ。。。
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