Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第四十八夜/この世ならざる者~

バスの役の定番と言えば坊さんと悪魔、それに加えて時々王様というところですが、今回はその坊さんと悪魔を究極の当たり役とし、圧倒的な存在感を誇りながらも早世した怪優を。

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ジュリオ・ネーリ
(Giulio Neri)
1909~1958
Bass
Italy

バスにもいろいろ種類はあるのです。
分け方はいろいろあるのですが、例えば比較的高めの音域まであって流麗な歌を求められるバッソ・カンタンテ、コミカルな演唱を要求されるバッソ・ブッフォ、そして底知れぬ深さのある重厚な低音が求められるバッソ・プロフォンド。それぞれ例を挙げるならカンタンテは後々ご紹介したいと思っているR.ライモンディ、ブッフォは以前ご紹介したコレナが有名どころ、そしてネーリはと言えばプロフォンドの代表選手です。

そしてプロフォンドの声が求められる役こそ、僧侶と悪魔と言ったところ。その中でもネーリの声の強烈さは、群を抜いています。彼の声はかなり独特で、古今東西見渡しても彼と同じような音色の歌手はいないと思います。非常に暗くてドラマティックで、黒い声(と言っても独国の黒い森を思わせるモルやフリックとはまた違うのですが)。名は体を表すとはよく言ったもので、“neri”というのは伊語で“黒”を意味します。彼の声の特徴が最も活き、最大の当たり役とされたのが宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)とメフィストーフェレ(A.ボーイト『メフィストーフェレ』)。まさにプロフォンドの鑑ですね(笑)必ずしも録音の多い人ではありませんが、これらについては複数の音源が存在します。特に宗教裁判長は「彼が居なくなったらこの役をできる人がいなくなる」とまで言われていたそうです。

しかし、そうした名声に彩られた彼の歌手人生は唐突に終わりを告げます。49歳の誕生日を1ヶ月後に控えた或る日、突然の心臓発作で帰らぬ人となってしまいました。彼の時代は必ずしも長く歌う人ばかりではなかった訳ですが、それでも50代からバスはまた歌える歌が変わってくるというのに、残念でなりません。天に召される前にもっとたくさん地上でその圧倒的な声を聴かせ、残して欲しかった。尤も、演じた役を考えると、「天に召される」と言うことばが彼ほど似合わない歌手もいないのですが。

<ここがすごい!>
ここまででも何度か述べましたが、前回のグェルフィとはまた違う意味で強烈な声です。
太さや深さというのはもちろんなんですが、それ以上に独特の音色の暗さと凄みがあります。ああこの人に逆らってはいけない感じと言いますか、もっと下世話な言い方をするとラスボス感が半端ない感じで、完全に悪役声ですねwしかもライヴ音源を聴くとかなりの声量があったことがわかります。轟然と響きわたる声には、まさ対立するものを圧殺するという言葉が相応しい。その上、伊人だと言うのに2mを超える巨漢だったと言いますから舞台姿はさぞかし恐ろしかったに違いありません。そう思って残された音源を見てみると、上述した2役の他にランフィス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)、アルヴィーゼ(A.ポンキエッリ『ラ=ジョコンダ』)、ドン・ジョヴァンニ・デ=シルヴァ(G.ドニゼッティ『ドン・セバスチャン』)とまあ見事に悪役ばっかりですwww必ずしも悪役ではなくてもオペラ界で最も有名な殺し屋スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)なんかもやっています。彼の個性を窺い知るには充分でしょう。実際にそれらを聴いてみると、非常に強大で、非常に憎らしい、けれども大変魅力的。ダークな声と歌から悪の魅力が迸る、まさにあらまほしき悪役ぶりです。

加えて言えば彼の個性は、単なる悪役よりも更にもう一歩進んで、人間離れした役になればなるほど活きてきます。その理由は上記のような音色の問題ももちろんですが、歌い口にあるように思います。変な言い方になりますが、彼の歌は流麗で美しいフォルムという世界とは一線を画したものです。より剛直で直線的、大胆で大づくりな歌唱と言っていいでしょう。ただ、そのストレートな歌唱が彼の並みならぬ力を持った声でなされると、抗いがたいパワーを持って迫ってくるのです。この世ならぬオーラを持った巨大で異様な存在感を聴く者に印象付けるのです。だからこそ彼きっての当たり役は、宗教裁判長とメフィストーフェレという、伊ものの作品の中でも特異なキャラクター、どちらもおよそ人間性と言うところから遠く、不気味で、物語の中でも最もおぞましい役柄(宗教裁判長はまあ一応人間なんですが、もう殆ど人間じゃないというのは衆目一致するところではないかとw)なのだと言えます。

特に宗教裁判長は、『ドン・カルロ』の録音史に於いて最強と言っても過言ではないのでしょうか(何が強いのかよく判りませんが聴くとそんな感じがしますww)。僕が知る限りの音源ではネーリは宗教裁判長として、シエピ、クリストフ、ロッシ=レメーニといういずれ劣らぬ当時のトップ・レベルのバス歌手のフィリッポと対決していますが、全て力で組み伏せると言うとんでもないことを成し遂げています(物語的には宗教裁判長がフィリッポを屈服させるのですが、音源を聴くと必ずしも力づくではなく様々なアプローチで演じられています。結果的にフィリッポの方が強そうだったりというのも珍しくありません^^;)。ネーリを聴かずして宗教裁判長を語る勿れ、です。

<ここは微妙かも(^^;>
ただ、上記のようにあまり器用な歌い方をする方ではないので、キャラが違う役になるとちょっとどうかな?と思うところがあるのも事実です。アリア集に出ていた範疇で言えばバジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)の陰口アリアなんかは思ったよりもインパクトの薄い歌でしたし、コッリーネ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)の外套アリアもあんまり哀しくなくてうーんっていう(^^;あと、ちょっともごもごした感じはあるので早口は得意ではなさそう。
もうちょっと長生きしたらここもちょっとは違ったんでしょうか。

<オススメ録音♪>
・宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
プレヴィターリ指揮/ロッシ=レメーニ、ピッキ、カニーリア、スティニャーニ、シルヴェーリ共演/ローマ・イタリア放送交響楽団&合唱団/1951年録音
サンティーニ指揮/クリストフ、フィリッペスキ、ステッラ、ニコライ、ゴッビ、クラバッシ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1954年録音
ヴォットー指揮/シエピ、ロ=フォレーゼ、チェルケッティ、バルビエーリ、バスティアニーニ、ワシントン共演/フィレンツェ5月祭音楽祭管弦楽団&合唱団/1956年録音
>いずれも他のキャストの凸凹はあるものの、ネーリと名バスのスリリングな対決を楽しむことのできる録音。手に入りやすいのはサンティーニ盤か。彼のこの役へのアプローチは或る意味しっかり固まったもので、どれで聴いてもその圧倒的な力でフィリッポを圧倒してしまう感じ。老人にはあまり聴こえないかもしれないが、間違いなく怪物的(褒めてます)で、これは逆らえないなと思わせます。クリストフを力技で組み伏せたのは後にも先にも多分彼だけだと思いますwヴォットー盤のみライヴで、予想以上にドラマティックな演唱を聴かせるシエピも聴きもの。プレヴィターリ盤は他が落ちるのが残念ではあるけれど、ロッシ=レメーニとの勝負は圧巻。彼が居なくなったらこの演目はできないとまで言われた、空前絶後の当たり役っぷりを楽しめます。

・メフィストーフェレ(A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
クエスタ指揮/タリアヴィーニ、ポッベ、ティコッツィ/トリノ放送管弦楽団&合唱団/1954年録音
>隠れ名盤でしょう。宗教裁判長と並ぶネーリの最大の当たり役を全曲聴けるのは非常にありがたい。録音を通しても彼の声の巨大さが伝わってきます。彼の演じるメフィストは尊大で大仰、まさに地獄の王者たる風格たっぷりで、彼こそこの物語の主役であることを第一声から感じさせます。ギャウロフの悪魔然とした悪魔やシエピ、レイミーの魅惑の悪魔とはまた一味違う、超然たる悪魔像を構築しており、聴き比べると非常に面白いです。ファウストをタリアヴィーニが歌っているのも嬉しいところで、彼一流の優雅で繊細な部分と力強い部分のメリハリがピリッと効いた歌唱がまた心憎いです。ポッベも悪くないですし、古いながらも効いて損の無い録音です。

・宗教裁判長ドン・ジョヴァンニ・デ=シルヴァ(G.ドニゼッティ『ドン・セバスチャン、葡国王』)
ジュリーニ指揮/バルビエーリ、ポッジ、ドンディ、マスケリーニ共演/フィレンツェ五月祭管弦楽団&合唱団/1955年録音
>マイナー作品で台本は突っ込みどころが多いものの、音楽自体はドニゼッティの円熟期のもので好きな人は聴き逃せないところかと^^いろんな作品に出てくるキャラクターの名前をみんな足しちゃったみたいな名前の役ですがw、葡国併合を目論む西国の生臭坊主でかなりインパクトのある悪役です。こういう役どころで彼が栄えるのは言うまでもなく、その見事な悪役ぶりには惚れ惚れします。肝心の主役のポッジはやや落ちますが、ヒロインのザイーダを演じるバルビエーリや、いまでは殆どカラスとの共演でしか知られていないマスケリーニとドンディもいい味を出しています。

・ランフィス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
クエスタ指揮/カーティス=ヴァーナ、コレッリ、ピラッツィーニ、G.G.グェルフィ、ツェルビーニ共演/RAIトリノ管弦楽団&合唱/1956年録音
>必ずしも出番の多い役ではないものの、ちゃんとした人がやらないと締まらない重要な役どころのランフィスですが、ここでもネーリのキャラクターが活きています。頑固で理に走った、心を表に出さない政治家を不気味に演じていて、作品の世界をより立体的にしていると言っていいのではないでしょうか。グェルフィのところでも述べましたが男性陣に聴き応えのある録音。

・バルダッサーレ(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
クエスタ指揮/バルビエーリ、G.ライモンディ、タリアブーエ共演/トリノ・イタリア放送響&合唱団/1955年録音
>これも名盤だと思います。バルダッサーレは単純な悪役ではありませんが、西国王を糾弾し従わせる宗教権威ですから、それなりのパワーは必要です。ここでのネーリの歌唱はそういう意味では非常に説得力がある。特に怒りまくって王の許に現れる場面での恨みの籠った歌唱は必聴でしょう!G.ライモンディの清々しい美声とバルビエーリの悩める女も立派なもの。タリアブーエがタッデイだったら超名盤なのですが。。。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ラ=ジョコンダ』)
ヴォットー指揮/カラス、ポッジ、シルヴェーリ、バルビエーリ共演/トリノRAI交響楽団&チェトラ合唱団/1952年録音
>カラスのジョコンダの地味な方(笑)アルヴィーゼもバルダッサーレと同様単純な悪役ではありませんが、自らと家名の名誉のためには殺人すら辞さない男(そう言えばこいつも宗教裁判長www)。重要な役どころの割には出番は必ずしも多くありませんが、彼ぐらいバリっとキャラクターを出して呉れると物語的には断然面白くなります。カラスはじめ共演も良く、世間で言われているような駄盤ではないと思います。

・スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
クエスタ指揮/タッデイ、タリアヴィーニ、パリューギ共演/トリノRAI管弦楽団&合唱団/1954年録音
実はまだ全曲聴けていませんが、知る限り名盤と思います。聴きました、予想どおり名盤!(2013.10.15)オペラで最も有名な殺し屋スパラフチレも、意外と小物のバスにやられることが多いですが、ネーリならば心配ありません!一語一語の凄みが違います。嵐の音楽でもその声量は圧巻の一言(ちょっと小回り効かない感じはありますが^^;)。リゴレット相手に凄むところなんてそれこそ殺さんばかりですw藝達者なタッデイのリゴレットは言うに及ばず、あまりキャラにはあって無さそうなタリアヴィーニの公爵も、その甘い歌の魅力には抗しがたいものがあります。女声陣はちょっと時代がかってるかな。クエスタはオペラの呼吸を良く判った指揮ぶりで、テンポ感も素晴らしいし、楽器の浮かし方とかも巧み!
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