Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七夜/この役を演じるために生まれてきた~

「この役を演じるために生まれてきた」

NY times誌は彼の演じたオネーギンにこう賞賛を送っています。

Hvorostovsky-2.jpg
Evgeny Onegin

ドミトリ・フヴォロストフスキー
(ドミトリ・ホロストフスキー)

(Dmitri Hvorostovsky , Дмитрий Александрович Хворостовский)
1962~
Baritone
Russia


記事を書いた時点で50歳と言いますからまさに歌い盛り、バリトンとしては声量が落ちたとしてもこれからますますいい味を出していく時期に入ったところでしょう。

バリトンにも拘らずCDショップに彼のコーナーが大体ちゃんとあるのは、人気のひとつの証拠(の割にリサイタルいつもガラガラなんだよね~苦笑)。とまれいまの世界でも注目されるバリトンの1人と言っても良いでしょう。

ちなみに一般的に日本では「ホロストフスキー」と呼ばれていますが、「フヴォロストフスキー」の方が近いです。

<ここがすごい!>
なによりカッコいいんですよね、このひと。
背も高いし、がっちりとした立派な体躯で、かといってオペラ歌手のステレオタイプなイメージである大デブでもないし、凄く舞台映えがする。下手をすると恋敵のテノールよりも数段彼の方がカッコ良くてお話に説得力が欠けちゃったりして(笑)
G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』のポーザ侯爵ロドリーゴは実演を観ましたが、NHKホールのかなたから観ても非常に舞台栄えがしました。特にロドリーゴの死の場面は、こういう見た目の良い人が演ると非常に絵になります。いろいろあって全体には低調な公演ではあったと思うのですが、あの場面は非常にいい雰囲気で、記憶に残っています。

でももちろん見た目が良いだけではありません。
ぶ厚めの大層な美声で、何を歌っても素敵に歌いこなしている感じがあります。ただ少し暗めな声質なので、抜けるような爽快な伊声を期待して聴くと少し期待はずれと言うか、面喰らうかもしれません。見た目の良さと相俟って、たとえやや紋切り型な役でも十分に感動を与えてくれるでしょう。どこか高貴な雰囲気もあるので、例えばG.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』のルーナ伯爵、G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』の西国王アルフォンソ11世、とりわけП.И.チャイコフスキー『スペードの女王』イェレツキー公爵なんかは良い。

けれどバリトンにとってより重要な一癖も二癖もあるような役を演じきるような“くさみ”とでも言うべき或る種の素質も彼は兼ね備えています。東京でリサイタルをやったときのアンコールで歌ったG.F.F.ヴェルディ『オテロ』の“イァーゴの信条”の見事だったことと言ったら!邪悪な愉悦に満ちた異常人格者イァーゴそのものでした。

だからこそカッコ良くて尚且つ“くさみ”を求められるような役は彼の独壇場でしょう。彼の当たり役がW.A.モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の題名役であったことも、П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』の題名役で冒頭のような評を得たのも頷けます。

<ここは微妙かも(^^;>
なにより日本でのコンサートの演目が微妙www
古楽と露歌曲って…そりゃ良い曲だとは思いますが、折角ならチャイコやヴェルディ、ドニゼッティみたいなのを聴きたいです(苦笑)

あとは結構調子の善し悪しがあるようで何か凄く棒歌いに聴こえるときもあります。乗ってくると本当に素晴らしい演唱をしてくれるひとなのですが。
それと、CDで聴くとそれほど気になりませんが、実演ではそれほど声量はありません(というか声が抜けないのかな?)。重唱になると意外と飛んでこなくてちょっと面喰うかも。

<オススメ録音♪>
・イェヴゲニー・オネーギン(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
ビシュコフ指揮/フォチーレ、シコフ、ボロディナ、アルヒーポヴァ、アニシモフ共演/パリ管弦楽団&サンクト・ペテルブルク室内合唱団/1992年録音
>最高の当たり役と言うことで、いろいろあるのですが、若いころの声を楽しめるものを持って来てみました♪高貴なんだけど偏屈な印象のある、理想的オネーギンでしょう。またこの役に必要なある種の倦怠感、韜晦ぶってみせる感じみたいなものがあるのもなかなかいいです(まあ、お友達にはしたくないけどもw)。残念なのがタチヤーナとグレーミン公爵の弱さで、殆ど印象がない(苦笑)シコフも熱唱は認めるけど、ちょっと露的美観からは外れてる感じ。

・イェレツキー公爵 (П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)
小澤指揮/アトラントフ、フレーニ、フォレスター、レイフェルクス共演/ボストン交響楽団&タングルウッド祝祭合唱団/1991年録音
>このひとの十八番のひとつ、個人的にはオネーギンとこの役のイメージがとても強いです。必ずしも登場場面の多い役ではないんだけれども、幸せの絶頂でリーザに愛を語るこのアリアと終幕でゲルマンを陥れる姿とのギャップがとてもいいし、公爵としての気品がこの人には感じられます。舞台上で或る種の迫力を出すのには長けている感じがあるので、特に最終幕での苦虫を噛み潰したような顔でゲルマンを見るところでは凄味がある(尤もこれはこの音盤よりも映像のイメージですが^^;)。この音盤の出来は個人的には嫌いじゃないのですが、折角この人にアトラントフにレイフェルクスなんてメンバーなんだから、もっと露国っぽいメンバーで露国っぽい演奏をして欲しかった気もする。ちょっとグローバル過ぎかな。

・グリャズノイ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝の花嫁』)
ゲルギエフ指揮/ボロディナ、シャグッチ、ベズズベンコフ、アキーモフ共演/キーロフ歌劇場管弦楽団&合唱団/1998年録音
>超マイナー演目ではありますが、ここでのフヴォロストフスキーがまた異常な感じがしてすごくいいんだww独りの男が一目見た美女のことを忘れられず、堕ちて行く…それもその美女とその周囲のひとびと、更には自分のかつての連れ合いまで、みんなを不幸に引きずり込んで行く、その凄まじさ。どちらかと言うとこういうちょっと尋常ではない役での歌で光る人なので、これは是非聴いてみて欲しい。作品としても面白いし、この録音では彼のみならず露歌劇をよくわかった役者が揃ったもの。

・ポーザ侯爵ロドリーゴ (G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
ハイティンク指揮/スカンディウッツィ、ゴルチャコーヴァ、マージソン、ボロディナ、ロイド、ダルカンジェロ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1996年録音
>この音盤は現代の名演というべきものだと思います。彼のロドリーゴはもちろんカッコいいですが、普通の忠臣というよりは何処か腹に一物ありそうに聴こえます。ロドリーゴはとてもいいやつではありますが、政治的なセンスのあるキャラクターだし、こういうのもありかなと。共演陣も、必ずしも方向性が皆同じという訳ではありませんが、揃っています。特にスタイリッシュなスカンディウッツィのフィリッポは聴きもの。

・西国王アルフォンソ11世(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
サマーズ指揮/ボロディナ共演/イギリス室内管弦楽団/1997年録音
>これは全曲ではなくボロディナとのデュエット・アルバムに収められたもの。声量が必ずしもある訳でもないことを考えると、ヴェルディよりもむしろベル・カントものの方があっているのではないかという気もしています。特にこのアルフォンソのアリアはかっこよくて痺れる!全曲録音して欲しいなと思う作品のひとつです。

・ブルゴーニュ公爵ロベルト(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』)2015.3.6追記
ゲルギエフ指揮/ゴルチャコーヴァ、グレゴリヤン、プチーリン、アレクサーシキン、ジャチコーヴァ共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1994年録音
>この作品の決定盤と言っていいと思います。ゲルギエフがチャイコフスキーの繊細で豊かな音楽の世界を磨き上げた名演です^^ロベルトはそこまで登場場面は多くなく、一発どかんとあるアリアもあらすじ的にはそんなに必要ないのですがこれが音楽的には勢いのある華やかな佳作。フヴォロストフスキーが情熱的に歌いあげています。声の色調は暗めですが甘みのある響きなのでこういう戀の歌にはマッチしていると言えるでしょう。同じバリトンながら重厚で無骨な感じのするプチーリンとはしっかりと別のキャラクターの声になっているのも◎そのプチーリンも魔術的な治療のアリアが実にカッコいいですし、主役のゴルチャコーヴァのこってりとした歌唱も活きています。グレゴリヤン、アレクサーシキン、ジャチコーヴァといったマリインスキーおなじみのメンバーもベストパフォーマンスと言っていいでしょう。

・アンドレイ・ボルコンスキー公爵(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.7.13追記
ゲルギエフ指揮/ネトレプコ、グレゴリヤン、バラショフ、リヴィングッド、レイミー、ゲレロ、オブラスツォヴァ、オグノヴィエンコ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音
>ついに全曲聴きました!似合うだろうなとは思っていましたが、ひょっとするとオネーギン以上の当たり役と言ってもいいかもしれません。キャラにはまりすぎ(笑)卓越した才能とパワーと情熱を兼ね備えていながら、最初の妻の死によって鬱屈し、虚無感に苛まれた心境から、ナターシャとの戀により再び生きる力を見いだすところ、その不幸な顛末をかなぐり捨てて(しかし未練は感じさせつつ)国に身を尽くそうとし、最期には静かに錯乱しながら死んでいく……どの場面をとってもこれ以上のアンドレイとしての歌唱はないのではないかと!いい意味での荒々しさもありつつ、繊細さも保ちつつ、まったくお見事だと思います。共演では若き日のネトレプコ、いまの濃厚さこそないものの透明感のある清々しく若々しい声はまさにナターシャ!真面目で不器用なグレゴリヤンも◎バラショフ、オブラスツォヴァ、オグノヴィエンコといった脇の人たちも光りますが、ベストは合唱とオケ、そしてここではゲルギエフのダイナミックな指揮でしょう。レイミーのクトゥーゾフは素晴らしい存在感ですが、声の衰えが残念です。
(2015.8.31追記)
ゲルギエフ指揮/マタエヴァ、グレゴリヤン、アレクサーシキン、ヴィトマン、バラショフ、シェフチェンコ、モジャーエフ、クズネツォフ、ニキーチン共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/2003年録音
>長年観たかったNHKホールでのライヴ映像をようやく入手しました。先に音源で通して鑑賞していますが、やはり映像で観ると彼のアンドレイは格別です!いや、NHKはこれ絶対売るべきだと思いますよ!(笑)愛を失いニヒルになろうとしながらも、どこかでまだ愛を信じてしまう屈折した男の魅力を、歌に於いても視角に於いても十二分に再現していると思います。そして、だからこそ第1場後半から第2場の愛の只中にあるアンドレイが愛おしく、また哀しい。加えて圧巻は死の場面の錯乱ぶり。視線の投げ方や首の動かし方など、もう彼には何も見えていない、死期が迫っていることを強く感じさせ、泣かせます。共演は視覚的な面も揃って残る2人の主役、ピエールのグレゴリヤンとマタエヴァのナターシャが秀逸です。ここでの主役3人は本当に原作のイメージどおり!^^アレクサーシキン(この貫禄!)はじめ脇の人たちも見事ですし、演出もよく考えられていて、恰も映画を観ているかのような自然さでこの大作を魅せて呉れます。煮え切らないことも多いゲルギーですがここでの指揮はgood!ほら、やっぱり売り出すべきだよNHK!笑

・ルーナ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』) 2015.7.29追記
アルミリアート指揮/M.アルバレス、ラドヴァノフスキー、ザージック、コツァーン共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱/2011年録音
>彼のルーナの映像は2つあるんですが、比較的最近の収録であるこちらが断然オススメ!!歌唱も声も熟成されていますし、なによりマクヴィガーの冴えた演出にピッタリはまっています。通常ノーブルでクールでハンサムな色仇というイメージだと思うのですが、ここではむしろマッドな感じ。レオノーラへの想いの寄せ方がちょっとイッチャッてる感じで、あの有名なアリアなども戀慕が高まり過ぎてロマンチックな歌を飛び越え、偏執的で歪な雰囲気が漂っています。また、1幕の決闘や2幕のレオノーラ略奪、4幕の重唱のところなど、正気でなさがはっきりと感じ取れる表情でゾクゾクさせられます。そしてそうだからこそ終幕の虚無的な慨嘆が活きる。通常この場面はアズチェーナをズーム・アップするのですがそうではなくフヴォロストフスキーのルーナに焦点を当てるあたりわかってらっしゃる感じ!^^こうした演技だということもあって、歌は普段の彼よりもうんとドラマティック。ちょっと荒々しくて、普通ならオーバー・アクション気味にさえ聴こえるかもしれない歌唱ですが、映像つきで観ればこれはもう必然なのが良くわかります。
マクヴィガーの演出で各役いずれも精神的におかしい人のような演技付けがなされていますが、各人とも素晴らしい演技!(一方で妙な読み替えもしていないので非常に観やすくもあります)。歌唱も現代のベストと言って良く、この演目がお好きであれば必携のものかと!

・シモン・ボッカネグラ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)2015.8.31追記
レヴァイン指揮/フルラネット、フリットリ、バルガス、N.アライモ共演/メトロポリタン・オペラ管弦楽団&合唱団/2011年録音
>先日のルーナ伯爵と並び、彼のヴェルディの成熟を感じさせる緊張感の高い名演。僕がこれまで気に入っていたシモンは、カプッチッリ、ゴッビ、ヌッチの、どちらかと言えば若さより渋さを感じさせる演唱ばかりで、ヴェルディらしい或種の脂身のあるシモンとして非常に鮮烈な印象を受けました。貫禄のある老人というイメージだったこの役が、壮年の有能な政治家として、改めて立ち現われたような気持ちにさせられました。何と言ってもフルラネットとのお互い譲らない迫力のあるやりとり、そして最後の融和の場面が最高ですし、1幕フィナーレの演説の説得力のあること!雄弁な権力者の姿を凛々しく描いています。敢えて言うと娘との再会の場面は、娘と言うより戀人に巡り合ったような感じをうけましたが、ご愛嬌でしょう笑。彼のアグレッシヴなシモンに対してアグレッシヴに返していくフルラネットがまた凄い。これだけエネルギッシュなフィエスコも珍しいのでは。共演みなお見事ですし、レヴァインの指揮も流石はオペラをよくわかってらっしゃるというべきスケールの大きなもの。中でもバルガスの体当たりな歌唱はお見事です。
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