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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七夜/この役を演じるために生まれてきた~

「この役を演じるために生まれてきた」

New York Times誌は彼の演じたオネーギンにこう賞賛を送っています。

DmitriHvorostovsky.jpg
Evgeny Onegin

ドミトリ・フヴォロストフスキー
(ドミトリ・ホロストフスキー)

(Dmitri Hvorostovsky , Дмитрий Александрович Хворостовский)
1962~ 2017
Baritone
Russia

記事を書いた時点で50歳と言いますからまさに歌い盛り、バリトンとしては声量が落ちたとしてもこれからますますいい味を出していく時期に入ったところでしょう。

バリトンにも拘らずCDショップに彼のコーナーが大体ちゃんとあるのは、人気のひとつの証拠(の割にリサイタルいつもガラガラなんだよね~苦笑)。とまれいまの世界でも注目されるバリトンの1人と言っても良いでしょう。

ちなみに一般的に日本では「ホロストフスキー」と呼ばれていますが、「フヴォロストフスキー」の方が近いです。

<演唱の魅力>
なによりカッコいいんですよね、このひと。
背も高いし、がっちりとした立派な体躯で、かといってオペラ歌手のステレオタイプなイメージである大デブでもないし、凄く舞台映えがする。下手をすると恋敵のテノールよりも数段彼の方がカッコ良くてお話に説得力が欠けてしまうことも。
G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』のポーザ侯爵ロドリーゴは実演を観ましたが、NHKホールのかなたから観ても非常に舞台栄えがしました。特にロドリーゴの死の場面は、こういう見た目の良い人が演ると非常に絵になります。いろいろあって全体には低調な公演ではあったと思うのですが、あの場面は非常にいい雰囲気で、記憶に残っています。

しかしもちろん見た目が良いだけではありません。
ぶ厚めの大層な美声で、何を歌っても素敵に歌いこなします。ただ少し暗めな声質なので、抜けるような爽快な伊声を期待して聴くと少し期待はずれと言うか、面喰らうかもしれません。見た目の良さと相俟って、たとえやや紋切り型な役でも十分に感動を与えてくれるでしょう。どこか高貴な雰囲気もあるので、例えばG.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』のルーナ伯爵、G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』のアルフォンソ11世、とりわけП.И.チャイコフスキー『スペードの女王』イェレツキー公爵なんかは見事なものです。

けれどバリトンにとってより重要な一癖も二癖もあるような役を演じきるような“くさみ”とでも言うべき或る種の素質も彼は兼ね備えています。東京でリサイタルをやったときのアンコールで歌ったG.F.F.ヴェルディ『オテロ』の“イァーゴの信条”の見事だったことと言ったら!邪悪な愉悦に満ちた異常人格者イァーゴそのものでした。

だからこそカッコ良くて尚且つ“くさみ”を求められるような役は彼の独壇場でしょう。彼の当たり役がW.A.モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の題名役であったことも、П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』の題名役で冒頭のような評を得たのも頷けます。

<アキレス腱>
なにより日本でのコンサートの演目が微妙w
古楽と露歌曲って……そりゃ良い曲だとは思いますが、折角ならチャイコやヴェルディ、ドニゼッティみたいなのを聴きたいです(苦笑)

あとは結構調子の善し悪しがあるようで何か凄く棒歌いに聴こえるときもあります。乗ってくると本当に素晴らしい演唱をしてくれるひとなのですが。
それと、CDで聴くとそれほど気になりませんが、実演ではそれほど声量はありません(というか声が抜けないのかな?)。重唱になると意外と飛んでこなくてちょっと面喰うかも。

(2017.12.4追記)
2017年11月末、大変悲しいことに永眠されました。2015年から脳腫瘍を患い、2年半に及ぶ闘病の末でした。
この記事のもととなったものを書いた8年前はもちろん、こちらに記事を遷した5年前にも夢にも思わなかったことで、大きなショックを受けています。

このときには、自分が実際に何度か観に行った人であり、現在進行形で活躍していた人だということもあって、やや茶化して面白おかしくご紹介をした部分も多分にありました。また、亡くなってから毎日、彼の歌を聴かない日はないのですが、そうして改めて聴き直すと、このころには私自身が歌を聴く「耳」もまだまだだったんだなあと恥ずかしく思っています。特に露歌曲には、これほどまでに彼の良さが出ていたのかと痛感している次第です。
一方で、この記事を書いた頃、実演で彼の歌をまさに聴くことができた頃に私が抱いていた感想として、敢えて書き直しはせずにおこうと思います。

オペラ史における最良のルーナ伯爵、グリャズノイ、アンドレイ公爵、そしてオネーギンとして、フヴォロストフスキーの名は不滅と思います。
彼の安らかな眠りを祈ると同時に、彼の記録が、これからもより多くの人の耳目に届き、より多くの人を感動させ、より多くの人の愛するものに育っていくことを願ってやみません。


<音源紹介>
・イェヴゲニー・オネーギン(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
ビシュコフ指揮/フォチーレ、シコフ、ボロディナ、アルヒーポヴァ、アニシモフ共演/パリ管弦楽団&サンクト・ペテルブルク室内合唱団/1992年録音
>最高の当たり役と言うことで、いろいろあるのですが、若いころの声を楽しめるものを持って来てみました♪高貴なんだけれども偏屈な印象のある、理想的オネーギンでしょう。またこの役に必要なある種の倦怠感、韜晦ぶってみせる感じみたいなものがあるのもいいです(まあ、お友達にはしたくないけども)。残念なのがタチヤーナとグレーミン公爵の弱さで、殆ど印象がありません(苦笑)シコフも熱唱は認めるものの、ちょっと露的美観からは外れてる感じ。
ゲルギエフ指揮/フレミング、バルガス、アレクサーシキン、ザレンバ、フシェクール共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2007年録音(2017.12.4追記)
>随分前から存在は知っていたものですが、亡くなったのを機に漸く視聴しました。映像ということもあり、こちらの方が圧倒的におススメです。一挙手一投足、どこをとってもまさに彼こそオネーギンという圧巻の演唱。第1幕での白けた余裕、第2幕でトリケを見る意地悪な笑顔などこの役が持っている軽薄さが如実に表現されていますし、決闘以降のアンニュイな表情もまさにというところ。なんといっても素晴らしいのはタチヤーナへの戀心に気づいてからフィナーレの重唱で、こんなにまでも虚無的な熱愛があるだろうかと観終わって暫し呆然としてしまいます。フレミングのタチヤーナは実は個人的には手紙の場などちょっと無理をして少女をしている感じを受けてしまっていまいちだったのですが、最後の重唱は掛け値なく素晴らしい(彼女は大人の女を演じる方がうんといいです)。アレクサーシキンは予想通りの、バルガスは予想を遥かに上回る好演ですし、ザレンバとフシェクールもしっかり脇を固めています(ザレンバもちょっと無理して少女やってる感じがありますが)。ゲルギエフの指揮も充実していますし、終始オネーギンの孤独に焦点を当てたカーセンの演出も大変に美しいです。

・イェレツキー公爵 (П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)
小澤指揮/アトラントフ、フレーニ、フォレスター、レイフェルクス共演/ボストン交響楽団&タングルウッド祝祭合唱団/1991年録音
>このひとの十八番のひとつ、個人的にはオネーギンとこの役のイメージがとても強いです。必ずしも登場場面の多い役ではないのですが、幸せの絶頂でリーザに愛を語るこのアリアと終幕でゲルマンを陥れる姿とのギャップがとてもいいし、公爵としての気品がこの人には感じられます。舞台上で或る種の迫力を出すのには長けている感じがあるので、特に最終幕での苦虫を噛み潰したような顔でゲルマンをねめつけるところでは凄味があります(尤もこれはこの音盤よりも映像のイメージですが)。この音盤の出来は個人的には嫌いではありませんが、折角この人にアトラントフにレイフェルクスなんてメンバーですから、もっと露国っぽいメンバーで露国っぽい演奏をして欲しかった気もします。ちょっとグローバル過ぎかな。

・グリゴリー・グリゴリイェヴィチ・グリャズノイ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝の花嫁』)
ゲルギエフ指揮/ボロディナ、シャグッチ、ベズズベンコフ、アキーモフ、ガシーイェフ、アレクサーシキン共演/キーロフ歌劇場管弦楽団&合唱団/1998年録音
>超マイナー演目ではありますが、ここでのフヴォロストフスキーがまた異常な感じがしてお見事です。独りの男が一目見た美女のことを忘れられず、堕ちて行く…それもその美女とその周囲のひとびと、更には自分のかつての連れ合いまで、みんなを不幸に引きずり込んで行く、その凄まじさ。どちらかと言うとこういうちょっと尋常ではない役での歌で光る人なので、これは是非聴いてみて欲しいです。作品としても面白いし、この録音は彼のみならず露歌劇をよくわかった役者が揃ったもの。

・ポーザ侯爵ロドリーゴ (G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
ハイティンク指揮/スカンディウッツィ、ゴルチャコーヴァ、マージソン、ボロディナ、ロイド、ダルカンジェロ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1996年録音
>この音盤は現代の名演というべきものだと思います。彼のロドリーゴはもちろんカッコいいですが、普通の忠臣というよりは何処か腹に一物ありそうに聴こえます。ロドリーゴは好人物ではありますが、政治的なセンスのあるキャラクターですし、こういうのもありかなと。共演陣も、必ずしも方向性が皆同じという訳ではありませんが、揃っています。特にスタイリッシュなスカンディウッツィのフィリッポは聴きもの。

・アルフォンソ11世(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
サマーズ指揮/ボロディナ共演/イギリス室内管弦楽団/1997年録音
>これは全曲ではなくボロディナとのデュエット・アルバムに収められたもの。声量が必ずしもある訳でもないことを考えると、ヴェルディよりもむしろベル・カントものの方があっているのではないかという気もしています。特にこのアルフォンソのアリアはかっこよくて痺れます!全曲録音して欲しいなと思う作品のひとつです。

・ブルゴーニュ公爵ロベルト(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』)2015.3.6追記
ゲルギエフ指揮/ゴルチャコーヴァ、グレゴリヤン、プチーリン、アレクサーシキン、ジャチコーヴァ共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1994年録音
>この作品の決定盤と言っていいと思います。ゲルギエフがチャイコフスキーの繊細で豊かな音楽の世界を磨き上げた名演です^^ロベルトはそこまで登場場面は多くなく、一発どかんとあるアリアもあらすじ的にはそんなに必要ないのですがこれが音楽的には勢いのある華やかな佳作。フヴォロストフスキーが情熱的に歌いあげています。声の色調は暗めですが甘みのある響きなのでこういう戀の歌にはマッチしていると言えるでしょう。同じバリトンながら重厚で無骨な感じのするプチーリンとはしっかりと別のキャラクターの声になっているのも◎そのプチーリンも魔術的な治療のアリアが実にカッコいいですし、主役のゴルチャコーヴァのこってりとした歌唱も活きています。グレゴリヤン、アレクサーシキン、ジャチコーヴァといったマリインスキーおなじみのメンバーもベストパフォーマンスと言っていいでしょう。

・アンドレイ・ボルコンスキー公爵(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.7.13追記
ゲルギエフ指揮/ネトレプコ、グレゴリヤン、バラショフ、リヴィングッド、レイミー、ゲレロ、オブラスツォヴァ、オグノヴィエンコ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音
>ついに全曲聴きました!似合うだろうなとは思っていましたが、ひょっとするとオネーギン以上の当たり役と言ってもいいかもしれません。キャラにはまりすぎ(笑)卓越した才能とパワーと情熱を兼ね備えていながら、最初の妻の死によって鬱屈し、虚無感に苛まれた心境から、ナターシャとの戀により再び生きる力を見いだすところ、その不幸な顛末をかなぐり捨てて(しかし未練は感じさせつつ)国に身を尽くそうとし、最期には静かに錯乱しながら死んでいく……どの場面をとってもこれ以上のアンドレイとしての歌唱はないのではないかと!いい意味での荒々しさもありつつ、繊細さも保ちつつ、まったくお見事だと思います。共演では若き日のネトレプコ、いまの濃厚さこそないものの透明感のある清々しく若々しい声はまさにナターシャ!真面目で不器用なグレゴリヤンも◎バラショフ、オブラスツォヴァ、オグノヴィエンコといった脇の人たちも光りますが、ベストは合唱とオケ、そしてここではゲルギエフのダイナミックな指揮でしょう。レイミーのクトゥーゾフは素晴らしい存在感ですが、声の衰えが残念です。
(2015.8.31追記)
ゲルギエフ指揮/マタエヴァ、グレゴリヤン、アレクサーシキン、ヴィトマン、バラショフ、シェフチェンコ、モジャーエフ、クズネツォフ、ニキーチン共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/2003年録音
>長年観たかったNHKホールでのライヴ映像をようやく入手しました。先に音源で通して鑑賞していますが、やはり映像で観ると彼のアンドレイは格別です!いや、NHKはこれ絶対売るべきだと思いますよ!(笑)愛を失いニヒルになろうとしながらも、どこかでまだ愛を信じてしまう屈折した男の魅力を、歌に於いても視角に於いても十二分に再現していると思います。そして、だからこそ第1場後半から第2場の愛の只中にあるアンドレイが愛おしく、また哀しい。加えて圧巻は死の場面の錯乱ぶり。視線の投げ方や首の動かし方など、もう彼には何も見えていない、死期が迫っていることを強く感じさせ、泣かせます。共演は視覚的な面も揃って残る2人の主役、ピエールのグレゴリヤンとマタエヴァのナターシャが秀逸です。ここでの主役3人は本当に原作のイメージどおり!^^アレクサーシキン(この貫禄!)はじめ脇の人たちも見事ですし、演出もよく考えられていて、恰も映画を観ているかのような自然さでこの大作を魅せて呉れます。煮え切らないことも多いゲルギーですがここでの指揮はgood!ほら、やっぱり売り出すべきだよNHK!笑

・ルーナ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』) 2015.7.29追記
アルミリアート指揮/M.アルバレス、ラドヴァノフスキー、ザージック、コツァーン共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱/2011年録音
>彼のルーナの映像は2つあるんですが、比較的最近の収録であるこちらが断然オススメ!!歌唱も声も熟成されていますし、なによりマクヴィガーの冴えた演出にピッタリはまっています。通常ノーブルでクールでハンサムな色仇というイメージだと思うのですが、ここではむしろマッドな印象。レオノーラへの想いの寄せ方がちょっとイッチャッてる感じで、あの有名なアリアなども戀慕が高まり過ぎてロマンチックな歌を飛び越え、偏執的で歪な雰囲気が漂っています。また、1幕の決闘や2幕のレオノーラ略奪、4幕の重唱のところなど、正気でなさがはっきりと感じ取れる表情でゾクゾクさせられます。そしてそうだからこそ終幕の虚無的な慨嘆が活きる。通常この場面はアズチェーナをズーム・アップするのですがそうではなくフヴォロストフスキーのルーナに焦点を当てるあたりわかってらっしゃる感じ!^^こうした演技だということもあって、歌は普段の彼よりもうんとドラマティック。ちょっと荒々しくて、普通ならオーバー・アクション気味にさえ聴こえるかもしれない歌唱ですが、映像つきで観ればこれはもう必然なのが良くわかります。
マクヴィガーの演出で各役いずれも精神的におかしい人のような演技付けがなされていますが、各人とも素晴らしい演技!(一方で妙な読み替えもしていないので非常に観やすくもあります)。歌唱も現代のベストと言って良く、この演目がお好きであれば必携のものかと!

・シモン・ボッカネグラ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)2015.8.31追記
レヴァイン指揮/フルラネット、フリットリ、バルガス、N.アライモ共演/メトロポリタン・オペラ管弦楽団&合唱団/2011年録音
>先日のルーナ伯爵と並び、彼のヴェルディの成熟を感じさせる緊張感の高い名演。僕がこれまで気に入っていたシモンは、カプッチッリ、ゴッビ、ヌッチの、どちらかと言えば若さより渋さを感じさせる演唱ばかりで、ヴェルディらしい或種の脂身のあるシモンとして非常に鮮烈な印象を受けました。貫禄のある老人というイメージだったこの役が、壮年の有能な政治家として、改めて立ち現われたような気持ちにさせられました。何と言ってもフルラネットとのお互い譲らない迫力のあるやりとり、そして最後の融和の場面が最高ですし、1幕フィナーレの演説の説得力のあること!雄弁な権力者の姿を凛々しく描いています。敢えて言うと娘との再会の場面は、娘と言うより戀人に巡り合ったような感じをうけましたが、ご愛嬌でしょう笑。彼のアグレッシヴなシモンに対してアグレッシヴに返していくフルラネットがまた凄い。これだけエネルギッシュなフィエスコも珍しいのでは。共演みなお見事ですし、レヴァインの指揮も流石はオペラをよくわかってらっしゃるというべきスケールの大きなもの。中でもバルガスの体当たりな歌唱はお見事です。
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オペラなひと | コメント:17 | トラックバック:0 |
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コメント

昔はホロストフスキーが好きでしたが、他の歌手を聴くにつれて、ホロストフスキーの低音の唸るような声や吠えているが伸びない高音が気になりはじめて、あまり好みじゃなくなりましたね。。。
1990年頃の演奏はまだしっかり歌っていましたから、どこかで歌唱スタイルを崩してしまった感がありますね。
2022-03-06 Sun 16:21 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
コメントありがとうございます。
大変人気もありましたし、キャリアも長かったのでスタイルは徐々に変わっていった印象は僕も持っています。「崩れた」と捉えるかどうかは歌う役柄や、聴く側の趣味・嗜好によるところがあるように思っていて、個人的にはルーナやグリャズノイのような怨念の感じられる役では後年の歌の方が好みです。
2022-03-07 Mon 11:38 | URL | Basilio [ 編集 ]
返信ありがとうございます。

人には好みがありますからね。
確かにそういう役柄ではホロストフスキーは良いでしょうね。個人的には彼のチャイコのドンファンのセレナーデは好きですね。後期の歌い方は破格の美のような魅力が確かにあるように思えますし、個性的な歌い方というのは使い方次第によっては大化けするので、その意味ではホロストフスキーは貴重な人材だったのかもしれません。

まあ容姿や仕草は確かに超魅力的で、異性愛者の男である私でもクラっとくることがありますね笑。正直これだけイイ男なら歌唱が多少好みじゃなくても良いや、と感じてしまう自分がいます。若者風に言えば、推しだったら欠点も愛せるよね!といった感じでしょうか。

個人的には、ホロストフスキーのオネーギンは当たり役と言われていますけど、あまり魅力を感じないんですよね…。社交界の色男という解釈でしょうけど、少し単純な気がします。オネーギンは原作読めば分かるように、そんな単純な人物像じゃないんですよね。原作ではオネーギンはタチヤーナの告白に心から感動したわけですし。オネーギンの解釈の中には女たらしの屑男と見なす解釈もあって、それよりはホロストフスキーの歌唱はよほどマシですが。
(例えばhttp://www.nikikai.net/enjoy/onegin/003.html

原作を読むとPanteleimon Nortsovの歌唱が一番優れている気がします。第一章のアリアの気だるい感じの歌唱はまさしく原作のオネーギンそのものですし、第三幕のアリアでは、タチヤーナへの恋心がオネーギンに長く忘れていた熱情を呼び戻す表現が秀逸です。
他のソ連のバリトンではSergei Migaiのオネーギンが素晴らしいですね。この両人の次に魅力的なのはLisitsianでしょうか。(Sergei Migaiは日本での知名度はほぼありませんが、彼のエレツキーアリアは最高で、Lisitsianすら凌ぐと個人的に思っています。)

ちなみに、ロシアの有名バリトンVladimir Chernovの批評によると、ホロストフスキーは若いころは技術的に優れていたが、観客に受けが良い劇的な表現を意識して筋肉的な歌唱をしてしまい喉を壊したということです。
2022-03-08 Tue 01:20 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
追記:NortsovとMigaiの動画リンクを貼っておきます。もし良ければ試聴してみてください。

・Nortsov, Onegin Aria. Act1
https://www.youtube.com/watch?v=bHLix6JzIKk

・Nortsov, Onegin Aria. Act3
https://www.youtube.com/watch?v=_t_Eomf2lMo

・Migai, Onegin aria. Act1
https://www.youtube.com/watch?v=cRS3WHT7vas

・Migai Yeletsky aria
https://www.youtube.com/watch?v=8oK3br5SLAE
2022-03-08 Tue 01:35 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
詳細にありがとうございます。
ノルツォフは全曲ではイェレツキーは聴いているのですが、確かにオネーギンの方が向きそうな印象です。ミガイは恥ずかしながら名前しか存じ上げないのでこれを機会に拝聴してみようと思います。ありがとうございます。リシツィアンが全曲を残さなかったのは返す返すも残念な話ですね。おっしゃる通りオネーギンは多面的な役柄なので多様な解釈がありうると思っていて、それは時代によって好まれる読まれ方が変わるということでもあろうと思います。

チェルノフもまた僕自身好きなバリトンですし、フヴォロストフスキーもまた尊敬している歌手としてどこかのインタビューで名前を挙げていたように記憶しています。とはいえこのあたりの歌手同士の評はそのときそのときの人気や関係性の影響も受けるものでしょうから、ある程度割り引いて考えるべきなのかもしれないという気もします。
2022-03-08 Tue 10:53 | URL | Basilio [ 編集 ]
チェルノフは嫉妬とかでそう言ったわけではなく、優秀な歌手が歌唱を崩してしまったことを残念に思う文脈でしたね。中年以降も良い歌唱をするには喉を大切にしなくてはならないと。残念なことに、結局ディーマは早死にしてしまいましたが…。

ところで、彼の歌唱は吠えるようなパワー系で、ロシアの伝統バリトンとは系譜が異なる感じがして謎なんですよね。歴代オネーギン歌いのYuri MazurokやEvgeny Kibkalo, Evgeny Belov, Nortsovたちと比較してもかなり異色ですね。赤軍合唱団のソリストLeonid Kharitonovや、ボリショイのAlexander BaturinやDmitrii Golovinがパワー系で似ている程度ですね。

・Dmitrii Golovin
https://www.youtube.com/watch?v=_2xjGjLgo_c

・Leonid Kharitonov
https://www.youtube.com/watch?v=0tw3g88JtWA&t=119s

・Alexander Baturin
https://www.youtube.com/watch?v=YV9c3mbkBMU

またはイタリアのTitta Ruffoを参考にしたのかもしれません。
あるいは、まさかのロック歌手?
(ホロストフスキーは熱心なロックファンで、もし声が良くなかったらロック歌手になったと言っていたそうです。ホロストフスキ―のロック、少し聴いてみたかったですね笑)


ミガイはユーリ・マズロクのお師匠さんです。Mattia Battistiniのお弟子さんという俗説もありますね。驚異的な音程の広さと軽やかで柔軟な声を自在に操る歌唱は素晴らしいですよ。

録音が少ないのはソ連音楽界の重大な欠点ですね。題目ごとに数年に一回録音をするだけですから。ヴィシネフスカヤも自伝でキレてましたよ。何人のオネーギンやタチヤーナが消えていったことか、と。そのためにLisitsianの全曲録音が少ないのは本当に残念です。ハイキン盤のオネーギンがBelovなんですが、なぜLisitsianじゃなかったんでしょうかね。どう考えてもLisitsianの方が格上なのに…。
2022-03-08 Tue 21:35 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
彼の場合はMETという巨大な箱が主要な拠点の一つになったことが、特に後年の歌唱において大きいのかもしれませんね。あの後ご紹介いただいたミガイや、また改めてノルツォフも聴いてみましたがだいぶキャラクターが違うというか、ある意味で非常に均質に響く声がとても民謡っぽくて、露ものにあうなあと思いました。
ジーマに近そうというとそれこそリシツィアンであるとか、あるいはアンドレイ・イヴァノフあたりを思うのですがいかがでしょうか。

ミガイはまとまったアリア集がアクアリウスでしたっけ?あたりで出ていたのを見たことがありまして、今度見たら買おうと思いました笑。

昔のボリショイの音源は出回りやすいCDになっていないというところが現状痛いところのような気もします(漁ると怪しげなレーベルやレコードは結構あるので……)
2022-03-09 Wed 07:47 | URL | Basilio [ 編集 ]
CDが無いのは確かにソ連の歌手が知られない要因の一つでしょうね。ソ連関係のレコードやCDは、昔は神保町の新世界レコードぐらいしかなかったですから。しかし、今やYouTubeでソ連の歌手は簡単に聴けるので、じわじわと声楽界隈にソ連の声楽歌手の評判が広まるのではないかと期待しております。

ミガイに関しては「Суховей Сахарський」チャンネルで再生リストがまとめられていますよ。
https://www.youtube.com/c/%D0%A1%D1%83%D1%85%D0%BE%D0%B2%D0%B5%D0%B9%D0%A1%D0%B0%D1%85%D0%B0%D1%80%D1%81%D1%8C%D0%BA%D0%B8%D0%B9

このサイトはレメシェフやレイゼンといった有名どころから、ゴロヴィンやハナーエフといった知る人ぞ知る歌手まで、オペラアリアやロマンスといったレコードをアップしているのでおすすめです。

ついでに紹介しますが、ウクライナの歌手に関しては「Viktor Ostafeychuk」チャンネルがおすすめです。
https://www.youtube.com/c/ViktorOstafeychuk/featured
2022-03-10 Thu 20:54 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
METは確かにディーマに影響を与えたでしょうね。やはりボリショイやマリインスキーとは観客の嗜好も違うでしょうからね。

リシツィアンはディーマのモデルですけど、個人的には両者は大きく違うと思うんですよね。どちらも強い声だけどリシツィアンは全く力みがなく自然に歌っている感じがするんですよね。例えばエレツキーアリアで比較すると
リシティアン
https://www.youtube.com/watch?v=_66VeWHtlEI

ホロストフスキー
https://www.youtube.com/watch?v=S2sdnuPmThg

ワンフレーズごとに比較しながら聴くと、リシツィアンは高音は自然に伸びやかに出ているし、低音も唸ることなく自然に出ているんですよね。ホロストフスキ―は高音は吠えている感じが否めないし、低音も唸る感じがある気があるんですよね…。あと、全体的にホロストフスキーの声はリシツィアンに比べて圧力で声を飛ばしている気がします。正直リシツィアンの方が心地よい声であると感じます。


アンドレイ・イヴァノフも考えたのですが、やはりアンドレイも。ディーマのような吠えるような力みがある歌唱とは思えず、むしろ響きを上手く活用して強い声を出していると感じますね。例えばオネーギンアリアなら、

Andrei ivanov
https://www.youtube.com/watch?v=lZ0wcGxDFBs?t=1056

の17:35~のフォルテ「Мечтам и годам нет возврата!Ах, нет возврата」では力づくで声を出している感じはないですが、ホロストフスキ―は

https://www.youtube.com/watch?v=qa_13xMhjkg?t=126

2:06での同フレーズで吠えるような圧力で歌っているようで、アンドレイと歌唱スタイルが違う気がします。
(ところで、改めて聴くとアンドレイのオネーギンアリアも倦怠感を感じるスタイルですね。やはりノルツォフの影響でしょうか。)
声の質で言えば、ディーマよりアンドレイの方が響きなど声の質がしっかり均等にキープできてバラツキがないような気がします。あと、アンドレイは18:31~の「Мечтами Мечтами легкие мечты」でのディナーミクも上手いですね。
一方でディーマはアンドレイに比べると声がくもって素直に出ていない気がします。同箇所の3:00~のディナーミクも健闘していますが、最後の「мечты~」でアンドレイに差をつけられた感じがあります。
以上の違いは、ひょっとしたら録音手法でこのような差が生じているだけかもしれませんが。

表現力で言えば、エレジーという曲について
ディーマは
https://www.youtube.com/watch?v=u2ZRNJW7zL4
その名の通りエレジーの曲なのに劇的な表現で歌っちゃっていますね。ディナーミクによる表現もあまり意識していないようです。
一方アンドレイは
https://www.youtube.com/watch?v=r1V472nVRFE
しっかりエレジーを歌っていますね。
ちなみにレイゼンがこの曲を歌っていますが、別格ですね。露語歌詞を見ながら聴くと、彼が言葉の意味を凄まじく意識していることが分かります。
Mark Reizen
https://www.youtube.com/watch?v=V6YGGQ_uTVM

以上から、アンドレイとリシツィアンは、ホロストフスキーと似て非なるものであるように私には思えます。あの歌唱スタイルをソ連に求めるなら、以前リンクをアップした、レオニード・ハリトノフや、バトゥーリン、晩年のゴロヴィンが近いと思います。
この中で本命なのはレオニード・ハリトノフであると個人的に睨んでいます。というのも両者とも歌唱スタイルの類似性だけではなく、加齢とともに高音が伸びなくなった印象があり、そのような加齢による歌唱スタイルの変化が結構類似している気がしますので。加えて両者ともシベリア出身で、ヴォルガの舟歌歌いで世界的な名声を得たハリトーノフをディーマが知らないわけはないと思います。ディーマがハリトノフを参考にした可能性はあると思います。
2022-03-10 Thu 22:03 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
詳細な分析ありがとうございます。
このあたりが自分で声楽を勉強しないで好き勝手聴いて感想を述べているヲタクのつらいところで、発声の理論や歌の力学といった部分に踏み込んでいくと語れる材料が単純な知識の面でも体験的な感覚的の面でも乏しいので、有意義なコメントができないと思います。申し訳ないです。

ただおっしゃるとおりフヴォロストフスキーの場合、特に後年に行くにしたがって吠える/唸るスタイルになっているという傾向はあるように感じます。リシツィアンやАн.イヴァノフとの類似はどちらかというと持ち声によるところで、歌唱自体は大きく異なるというご指摘と読みまして、確かに彼らの方が素人耳でも引っかかりなくのびやかに聴こえる部分はあるようです。面白いなと思ったのはフヴォロストフスキーが「圧力」で歌っているというところで、実はこれ結構若い時から黒い瞳などの民謡ではやっているような気もするんですよね。もしかすると後年崩れてきたのではなく、彼の中での歌唱の“語彙”や“書法”の一部にずっとあったものが表面化してきたという見方もできるのかもしれないと感じた次第です(その原因はご指摘のように高音が伸びなくなってきたこともあるでしょうし、オペラにおける新たな表現を彼が求めていった結果として彼の中にあるものに回帰していったということも言えるのかもしれません。いずれにせよ単純な因果関係で語れる筋の話でもないでしょう)。
2022-03-10 Thu 23:48 | URL | Basilio [ 編集 ]
こちらこそ、長々とした分析を投稿してしまい、申し訳ありません。
実は私も専門教育を受けていない素人オタクで、付け刃の声楽知識で体感を説明しているにすぎません。通ぶった怪しいコメントをしてしまい、すみませんでした。オタクには広く冒険するタイプと狭い範囲を何度も味わうタイプの二種類がいると思いますが、私は怠惰なのでどうしても狭めてしまうタイプなんですよね…。Basilio様は様々な音源を聴いていて凄い趣味人だと尊敬しており、私も少しでも見習いたいとつくづく思っております。
(専門教育を受けたプロも大事ですが、プロの良さが分かるオタク的アマチュアも大事ですよね。優れたプロを支えるのは、優れた鑑識眼を持ったアマチュアだと思っております。目の肥えたオタク鑑賞家が存在しないと劇場は容姿に優れた平凡な歌手だらけになるでしょうね。一部ではそうなってしまっているようですが…)

結局、ホロストフスキーの歌唱に対する根本的な問題は、彼の吠えるという歌唱スタイルを、伝統的な声楽スタイルからの悪しき逸脱と見るか、水指「破袋」に象徴される古田織部の茶陶のような、あるいは八大山人や揚州八怪の絵画ような破格の美と見なすべきか、という点に尽きると思います。後期の歌唱は正直に言って耳に障る面があると個人的に感じますが、それでも独特の魅力があることも否定できないとも感じます。実のところ、ホロストフスキー後期の歌唱は破格の美的な要素があると思っています。(しかしこれを論じるには声楽の専門教育が必要なのがつらいところです…)。
さらに言えば、現代はロック歌手などのおかげで吠える表現が肯定的に受容されているという点も無視できませんね。ある意味清時代の一表現を生み出したとも言えるかもしれません。

圧力で歌う点に関しては、確かに若い頃からその傾向がありますね。個人的には若いころの圧力で歌う歌唱は充分に許容範囲です。その頃は丁寧に歌っていますし。
圧力で歌うのは彼の歌唱スタイルの根幹をなすものと確かに言えるでしょう。
そしてその圧力で歌う歌い方は、多分当時のソ連の歌手をまねたのだろうと推測しております。先ほど挙げたハリトノフを真似たのかもしれません。あるいは、テノールに関して言えば、彼の前世代のボリショイ劇場ソリストのアトラントフやZurab Sotkilava、Евгений Райков(英語ウィキ記事すらないので検索の便宜上キリル文字で表記します)といったテノールは圧力で歌う感じなんですね。

Zurab Sotkilava
https://www.youtube.com/watch?v=JbYBczVZLRw

Евгений Райков
https://www.youtube.com/watch?v=srXbq4ZiAJ4

彼らを真似して圧力で歌う表現を身に付けた可能性がありますね。ホロストフスキ―の同世代にはガルージンという圧力系テノールがいますし。こういったロシア圏圧力系歌手の誕生は、スラブ人の強靭な肉体を使った圧力的歌唱でイタリア系やドイツ系の歌手と差別化する意味もあったのかもしれません。

ただ、コズロフスキーやネレップ、ノルツォフを聴けば分かるように、テノール含め、ソ連30s~50sのボリショイ劇場の一流ソリストには圧力系はあまり見かけません。どこかで声楽の美学が変容したことが伺えます。そこで気になるのは、圧力系はアトラントフ世代から生まれたか、ロシア圏の歌唱の伝統の一つなのか、という点ですね。ただ、50s以前のソ連声楽界で圧力系が評価されていないことから、圧力系歌手は二級以下の劇場に存在していたことが推測されるのですが、ソ連は録音を積極的にしていないので、当然二級劇場に所属する圧力系歌手は録音がないのが難点です。
ここでキーポイントになるのは、大量の録音を残し、かつ二級ソリストも所属したソ連赤軍合唱団だと思うんですね。赤軍合唱団の40s~50sの録音を聴いてみると、素晴らしいソリストもいるのですが、なかには、特にテノールにとんでもない圧力系の歌手がいたりします。従って圧力系は昔から存在したと思っております。
この圧力で歌うというのはロシア圏の伝統的歌い方の一種類かもしれませんね。そして、このいわば土臭い圧力的歌い方の対照として、イタリア人声楽教師の孫弟子であるLeonid Sobinovを祖とする、Nelepp、Kozlovsky、Lemeshevといった、ロシア帝国の貴族趣味が反映された上流階級的歌唱があるのでしょう。
ちなみに、ロシア土着の歌唱文化と上流階級的歌唱文化の対比を、バスに適用してみると、Maxim Mikhailovは教会音楽出身で音楽の専門教育を受けていないので、完全なロシア土着の歌唱の性格を持ちますね。もちろん彼は圧力系ではないです。Alexander Pirogovは三世代上にたどればイタリア人教師に突き当たるので、ロシア圏とイタリアのハイブリット的性格の歌手といえるでしょう。Mark Reizenはイタリア人に直接声楽を学んでいますから、他の二人に比べてイタリア的性格が強いでしょうね。だからReizenの歌唱はより洗練されてロシア的芋臭さを感じないのでしょう。さらに言えばReizenはウクライナ出身のユダヤ系なので、イタリアや、ウクライナ、ロシア、ユダヤの歌唱文化のハイブリットとも言えるかもしれません。
(また長文になってしまいました。申し訳ありません…。)
2022-03-11 Fri 01:26 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
いえいえとんでもないです、興味深く拝読させていただきました^^それだけの知識や解釈をお持ちであればそれこそソ連時代の露国の歌手専門のblogなどを開設されてはと思うほどです(かなり読みたい笑)。僕自身は様々な音源を聴いているといえば聞こえがいいですが、どちらかというと単に気の多い雑食家なので、1つのジャンルや1人の歌手を追いかけられる方をむしろ羨ましく、また尊敬もする次第です。
>優れたプロを支えるのは、優れた鑑識眼を持ったアマチュア
全くの同感です。プロもアマチュアもそれぞれにさまざまな個性を持った方がいる生態系が、オペラの世界を豊かにするんだと思います。

>根本的な問題は〜
この点も全く同感です。こうした比較は慎重にせねばならないと思いつつ、どうしても去来するのはベル・カントをリアリズムの世界で甦らせたカラスで、、まさに破格の美として扱われる一方で悪しき逸脱とも捉えうるスタイルだと思うのですよね。この辺りのバランスは彼女の場合特に欠かれがちで、好悪についての極端な意見が散見していることを考えると、フヴォロストフスキーはまだ健全に、ニュートラルに語ることが許されているんだなとも思ったりしました。

>Евгений Райков
いやあライコフに目をつけている方がいらっしゃるとは!スヴェトラーノフの『キーテジ』やムソルグスキーなどで独特の存在感を放っていますよね。彼やアトラントフの押し出しのいい歌は個人的には結構好きなので嬉しい限りです(こう考えるとそもそも僕自身が割と圧力で歌う人も楽しんで聴いているのかもしれません)。寡聞にしてZurab Sotkilavaは初めて伺ったのですが、ジョージア系でしょうか。同じZurabという名のアンジャパリゼというこれまた素晴らしいテノールがいますが、バスフェチさんの分析に照らすと彼もまた圧力系となりましょうか。

>コズロフスキーやネレップ、ノルツォフ
確かにこの辺りの歌手たちや、あるいはレメシェフなどはスリリングな歌唱を披露してもどこか頭声に抜けるようなリラックスした感じがあるのが特徴的だと思います。特にここでのテノール陣の纏っている冷ややかな柔らかさはちょっと独特の神秘性があって、こういう美学の中で聖愚者や皇帝ベレンデイは生まれてきたんだなあと。それに対して上記のようなパワフルな歌は20世紀後半ぐらいからとみに増えているようですね。バスでもヴェデルニコフやそれこそ赤軍合唱団でも活躍したエイゼン、そしてネステレンコ、メゾではやはりオブラスツォヴァ(そういえば彼女はフヴォロストフスキーと親交が深かったはずです)とほかの声域でもそうした路線に変更して行っている気がしますがいかがでしょう?
2022-03-11 Fri 16:00 | URL | Basilio [ 編集 ]
ソ連のオペラ歌手のブログですか、確かにニッチな需要がありそうですね。いかんせんものぐさな性格なのでブログが続くかどうか不明ですが笑、すこし考えてみようと思います。

>フヴォロストフスキーはまだ健全に~

マリア・カラスの時代に比べて現代人は温厚なのも一因かもしれませんね。あの時代は、学生運動があったり右翼と左翼の衝突があったりで世界的に闘争モードでしたからね。批評家の権威もまだ失墜していなかったですし。加えて、伝統を最初に破る人が強烈なバッシングを受けるので、その意味でマリア・カラスの評価が極端に分かれたのは致し方ないかと思います。ただ、ホロストフスキーに関しては絶賛の評が多いので、もう少し厳しい批評も欲しいところですね。あと、若手がホロストフスキーを真似てしまうと火傷をするでしょう。あの歌唱はホロストフスキーの才能なしには成立しないものでしょうから。

>いやあライコフに目をつけている方がいらっしゃるとは!~~。同じZurabという名のアンジャパリゼというこれまた素晴らしいテノールがいますが、バスフェチさんの分析に照らすと彼もまた圧力系となりましょうか。

圧力系は力強さやドラマティックといった魅力がありますからね。ライコフもなかなか面白い歌手です。ただ、圧力系は繊細な感情表現ができないので、役柄を間違えると大味になってしまう気がします。トスカなら良いとしても、レンスキーは圧力で歌ったらだめですからね。オネーギンを倒してしまう笑。アトラントフのレンスキーとノルツォフのオネーギンが決闘したら確実にアトラントフが勝つでしょう。

Zurab Sotkilavaはやはりジョージア出身ですね。Zurabはジョージア固有の姓なのかもしれません。
それで、アンジャパリゼですが、彼は圧力系とは思えません。アトラントフと比較すると、
・Zurab Andjaparidze "Spring Waters"
https://www.youtube.com/watch?v=nFNXEVc2yxU

・Atlantov "Spring Waters"
https://www.youtube.com/watch?v=mYqfJaZQVIg

歌詞の和訳
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S319.htm

アンジャパリゼは自然に強い声が出ていて、叫びや圧力なしで高音が伸びている感じがありますが、アトラントフは吠えるような圧力で高音を出す歌唱で、アンジャパリゼと比較すると高音が伸びていませんね。表現に関しても、アトラントフの他の歌唱で見受けられるドラマティック調の表現しかできていません。加えて、0:53~の、フォルテへの移行がスムーズではなく、力をタメてからフォルテを出すような感じがあって不自然ですね。アンジャパリゼは自然に移行できています。
総じてみればアンジャパドリゼ の方が音程の移行が滑らかでスムーズですが、アトラントフは音程の移行が鈍く、重い感じがあります。アンジャパリゼが剣を振る動きならアトラントフは鉄斧を振る動きみたいですね。

トスカで比較すると

・Vladimir ATLANTOV - E Lucevan Le Stelle - Tosca 1974
https://www.youtube.com/watch?v=vjjL31J2k8M

・Zurab Anjaparidze E Lucevan le Stelle Tosca
https://www.youtube.com/watch?v=M30oVLJa5AI

アンジャパリゼは音がしっかり伸びていて音程の高低差が明確で、その高低差を活かして言葉でしっかり表現していますが、アトラントフはホロストフスキーのように高低差がぼやけていて、言葉というより一連の声の塊で表現しており、比較するとやや間延びした感じが否めません。ドラマティックで良い声だけど何を表現しているのか曖昧なところがあり、感情表現もアンジャパリゼと比較するとやや単純だと思います。
あとは好みの問題で、声の凄さや大きさ、ドラマティックさを求めるならアトラントフを、感情表現を求めるならアンジャパリゼといったところでしょうか。

ちなみにご存じコレッリの歌唱は
Corelli 1955
https://www.youtube.com/watch?v=vw6L0jFseUI

強い声ながらも豊かで繊細な感情表現ができるあたり、アトラントフはもちろん、アンジャパドリゼよりもはるかに優れた歌唱をしていますね。

アトラントフとデルモナコを比較すると
・Vladimir Atlantov I Pagliacci 1971
https://www.youtube.com/watch?v=rgqIJO9XbLA

・Mario Del Monaco Pagliacci
https://www.youtube.com/watch?v=oN4zv0zhNt8

表現力はデルモナコの方が優れていることは明白だと思います。アトラントフは優れた歌手には違いないのですが、表現力の薄さが欠点ですね。ホロストフスキ―みたいにどれもドラマティックに歌って複雑な感情表現ができない。そしてこれは多分に、圧力と力で歌うことで、高音が伸びないことと、ピアノやピアニッシモの表現ができないことと関係があるように思えます。
ちなみに力や圧力で歌う歌手はピアノやピアニッシモの表現をすると声が聴こえなくなる場合が多いような気がします。声の響きで歌っている歌手はピアノやピアニッシモでもはっきりと声が聞こえるような気がします。
(次コメに続く)
2022-03-12 Sat 01:43 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
実はこういった圧力系の歌手はスカラ座の訓練を受けたという共通項があるんですね。一つには、デルモナコ公演で驚嘆したソ連当局がデルモナコのようなドラマティックテノールを量産するためにスカラ座に送ったわけで、その結果が圧力系の重視につながったのかもしれません。
で、強い声でパワー系じゃないテノールと言えば、ウクライナの英雄的テノール歌手のアナトリ―・ソロビャネンコがあげられます。

Solovyanenko "Дивлюсь я на небо"
https://www.youtube.com/watch?v=upTri-oosYM

Solovyanenko「誰も寝てはならぬ」(なんと62歳!)
https://www.youtube.com/watch?v=adyrGLbcnZc

アトラントフと同じくスカラ座の研修を受けたのですが、彼は力や圧力に依存しない歌唱をしていますね。耳触りが全然違います。

スカラ座研修組で圧力系にならなかったテノールは他にニコライ・ティムシェンコがいます。
ティムシェンコ「黒いカラス」
https://www.youtube.com/watch?v=SCX7M4piBXo

和訳サイト
http://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/116_black_raven.html

個人的にティムシェンコは好みの歌手ですね。気品を感じます。ちなみにティムシェンコは同じ曲でスカラ座で研修を受ける前の録音と、研修を受けた後と推定される録音がありますので、スカラ座の訓練が声をどのように変えたかが伺えて興味深いです。

・ティムシェンコ(訓練前)「壕舎の中で」
https://www.youtube.com/watch?v=7l_Ywb4v6EI

・ティムシェンコ(訓練後)
https://www.youtube.com/watch?v=cekVODvxo8c&list=OLAK5uy_nGD5g7jFaqtmjTQaFuIGRZQIFt5tbvtkg&index=26

歌詞の翻訳
http://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/109_Zemlyanka.html

訓練前は力や圧力は歌っておらず、真っすぐな声で表現力も良いですが、硬い芯のあるような声をしています。これは後述のДенис Королёвの声にも見られる特徴ですね。訓練後は声に響きがまとっており柔らかく心地よい声になっています。表現力も格段に増しました。

ちなみに60年代以降でも、スカラ座で研修を受けなかったソ連のテノールは非圧力系がいますね。

・Денис Королёв "Не пой, красавица, при мне"
https://www.youtube.com/watch?v=adyrGLbcnZc

歌詞和訳サイト
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S317.htm

・Konstantin OGNEVOI - AVE MARIA (Schubert)
https://www.youtube.com/watch?v=-JZMnboEsyk

両者はボリショイ劇場やキエフ劇場で活躍しましたが、ともに力や圧力に頼らない繊細な表現をしていますね。両名とも私の好みの歌手です。ちなみにДенис Королёвはまだご存命です。

ちなみにソ連のテノール界でこれだけパワー系が重視されているとなると、ソ連赤軍合唱団は圧力系の巣窟であるように思われるかもしれません。実際にそういうソリストもいますが、トップのテノールソリストは意外と非圧力系ですね。
例えば

・Evgeny Belyaev“Ніч яка місячна”
https://www.youtube.com/watch?v=u8zb82o9h-8
何も知らないでこの歌手を聴いて、軍に所属する歌手と分かる人なんてなかなかいないでしょうね。声の音色がすこし鈍いですが、実力は凄いです。

・Victor Nikitin “Im schönsten Wiesengrunde”
https://www.youtube.com/watch?v=_43ud0aDNrE
NikitinはWW2の戦場でコンサートを開いた際、敵のドイツ兵が攻撃を止めて歌に聴き入った伝説のある歌手です。こんな素直で真っすぐな声はなかなかないですね。まさしくIm schönsten Wiesengrunde(最も美しい牧草地)にふさわしい爽やかな声。

・Ivan Bukreev "No, sir, I will not marry!"
https://www.youtube.com/watch?v=ix5hefHUgds&t=61s
歌唱力もありますが、愛らしい見た目と剽軽な仕草が魅力的ですね。しかしコミカルな歌だけではなく、しっとりとした歌も歌うことができます。
Bukreev “ШУМИТ ВОЛНА, ЗВЕНИТ СТРУНА”
https://www.youtube.com/watch?v=SGp90JsAFfs
和訳サイト
http://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/182_at_the_brink_of_the_wave.html


・Konstantin Lisovskii「白樺は野に立てり」
https://www.youtube.com/watch?v=OYBDG8tU7TU&t=5s
和訳サイト
http://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/177_birch_tree_in_the_field.html
リソフスキーは赤軍合唱団のソリストとして活躍した後に、クラシック歌曲のコンサート歌手として活躍しました。なかなか情熱的で高貴な良い声を持っています。圧力や力も感じませんね。優れた歌手だと思います。

・リソフスキーによるチャイコフスキーロマンス曲集
https://www.youtube.com/watch?v=l8xc5wQ24_I

(次コメに続く)
2022-03-12 Sat 01:46 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
(赤軍合唱団ソリスト紹介の続き)

・Georgi Vinogradov“eh dorogi”
https://www.youtube.com/watch?v=1n6LP58nf7g

和訳サイト
http://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/111_Roads.html

Vinogradovは元々ラジオ歌手でしたが、独ソ戦中に赤軍合唱団に入団しソリストになりました。彼の歌唱力はソ連のテノールの中でもトップクラスで、コズロフスキーやレメシェフに並ぶ伝説的テノールとされます。ティート・スキパに例えられますが、スキパよりも妖艶でメランコリックで儚さも備えた、まさしく詩人のような声ですね。ラジオ歌手時代のクラシック歌曲の録音は特におすすめです。例えば

・Vinogradov 「詩人の恋」
https://www.youtube.com/watch?v=aDf6yXFBNy4&t=148s

Vinogradov「レンスキーアリア」
https://www.youtube.com/watch?v=MzMI3zUt9tE

Vinogradovは声のボリュームや音域の広さに欠点がありましたが、それでもこれだけ凄い歌唱をしており、上手く歌うのに、声の大きさや高さは必ずしも必要ではないことが実感できます。
なお、当然ながらソ連の大衆歌謡も歌っております。
https://www.youtube.com/watch?v=NGCqfssqN4k&t=1401s

意外と30s∼50sのソ連の大衆歌謡はジャズ調やタンゴ調、ワルツ調など多様で、しかも綺麗な曲が多いですね。彼が歌うと大衆歌謡もクラシック歌曲ばりの品格がつきますね。30s∼50sのソ連人民は浴びるようにVinogradovの歌を聴いていたそうなので、声楽の凄い英才教育がなされていたのだと痛感します。

ちなみにネタとしてパワー系のソリストが歌う動画を貼っておきます。
Георгий Бабаев и Всеволод Пучков「ピーテルスカヤ街に沿って」
https://www.youtube.com/watch?v=1cZvT0m1Yuw&list=PL1ZcvxqXWapkJN6_BA1QT7oUu2-fr799Z&index=97
和訳サイト
http://ezokashi.opal.ne.jp/r_vdolpopiterskoj.html

両名とも力任せの歌唱です。特にテノールのプチコフ(Пучков)は絶叫系といっていいでしょう。ここまで力と圧力で歌うともはや清々しいです。ちなみにプチコフは後に一流劇場であるキーロフ劇場に移籍していますので、録音に残らなかった歌手達のレベルが伺えます。結局ソ連の録音は一流歌手がほとんどですからね。

Nikolay Gres「白樺は野に立てり」
https://www.youtube.com/watch?v=ZdnWBZrVpZA
和訳サイト
http://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/177_birch_tree_in_the_field.html
グレスは60年前後にボリショイ劇場を都落ちして赤軍合唱団に入団したのですが、なかなかの力押しの歌唱です。同じ曲を歌った前述のリソフスキーとは大違いです。彼も赤軍合唱団に移籍しなかったら録音が残らなかった歌手です。
ちなみにソ連時代は赤軍合唱団とボリショイ劇場とは密接な繋がりがあり、優れた赤軍合唱団のソリストがボリショイ劇場ソリストへ出世したり、ボリショイ劇場から赤軍合唱団に移籍したりしていました。Artur Eizenが代表的な例ですね。

>確かにこの辺りの歌手たちや、あるいはレメシェフなどはスリリングな歌唱を披露してもどこか頭声に抜けるようなリラックスした感じがあるのが特徴的だと思います。特にここでのテノール陣の纏っている冷ややかな柔らかさはちょっと独特の神秘性があって、こういう美学の中で聖愚者や皇帝ベレンデイは生まれてきたんだなあと。

そうなんですよね。あの世代は聴いててリラックスできるんですよ。そして「冷ややかな柔らかさ」はまさしくソ連のテノールの特徴ですね。つまり決して硬くはなく、むしろ声としては柔らかいのに、明確な硬さを持つ芯がある。さきほど紹介したДенис Королёвもそういう感じですよね。「独特の神秘性」はまさしくそうですね!良い表現です!
ちなみに河野典子先生によると、聴いていて、喉元がむず痒くなることもなく、聴き終わってこちらの身体が硬くなった感じもせず、身体の中の上から下まで息が自在に通って気持ちよくなるものがベルカント唱法だそうです。(https://www.iictokyo.com/blog/?p=9566
30s∼50sのテノールは、その基準だと間違いなくベルカントでしょうし、アトラントフやホロストフスキーはベルカントではないでしょうね。



>それに対して上記のようなパワフルな歌は20世紀後半ぐらいからとみに増えているようですね。バスでもヴェデルニコフやそれこそ赤軍合唱団でも活躍したエイゼン、そしてネステレンコ、メゾではやはりオブラスツォヴァ(そういえば彼女はフヴォロストフスキーと親交が深かったはずです)とほかの声域でもそうした路線に変更して行っている気がしますがいかがでしょう


バスやバリトンはテノールと違って圧力系の活躍は見られない気がしますね。バリトンはキプカーロ、マズロク、チェルノフ、と非圧力系です。女声は不得意ですが、オブラスツォワは確かに独特の圧が加わった声がしますが、しかしそれで彼女の歌唱が不味くなっているかというと、そうは思えず、柔軟な歌唱をしていると感じるので、アトラントフやホロストフスキーとは少し異なる気もします。バスに関してはヴェデルニコフもネステレンコも非圧力系だと思います。例えばバスバリトンのArtur Eizenは強い声でヴァルラームのような性格的な役を得意としますし、赤軍合唱団に属していた前歴もあって圧力パワー系と思われるかもしれませんが、圧力系ではないと私は感じますね。圧力で出しているのではなく、響きで出している気がします。声の芯の周りを丸みのある響きが豊かに囲んでいる感じですね。ホロストフスキ―と比較すると、

・Artur Eizen 「Клубится Волною Кипучею Кур」 (05:06~)
https://www.youtube.com/watch?v=xnX3sFqqxRk

・Dmitrii Hvorostovsky「(同曲」」
https://www.youtube.com/watch?v=-bFQsxh-l4I

歌詞の和訳
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S9519.htm


この通りエイゼンは力や圧力で押す歌手じゃないので、しっとりした曲であっても、しっかりブレスコントロールして強弱表現を上手くつけるので丁寧かつ繊細に歌えるんですね。このレコードの他の録音を聴いてもエイゼンの表現力の卓越性がわかると思います。一方のホロストフスキーはいつものドラマティックな表現しかできていません。ピアノの表現がいい加減で抑揚に欠いています。表現力をみてもエイゼンとホロストフスキーとの間には格段の差があると言わざるをえません。
ただ、このホロストフスキーの歌唱は嫌いではないですね。彼は酷いときは読経のような歌唱をするので本当にムラが激しいです。スター歌手だから仕方ないのかな笑。

ちなみに力押しの圧力系のバスを、素人の感覚に基づく判断ですが、紹介します。
・Андрей Валентий「Чорнії брови, карії очі」
https://www.youtube.com/watch?v=UYyzLePmsG4

プロではないので間違いがあるかもしれませんが、喉から声を押すような、くもった重い声で、しかも力で歌っているので音程間の柔軟で軽妙な移行ができず、ゆえに全体的に重たく、ドラマティックではあるがそれ以外の表現が欠けている印象を受けます。
比較対象として、伝説的なウクライナ人バスのボリス・グミリャを上げます。
・Boris Gmyria
https://www.youtube.com/watch?v=Cqxb0MBL9lM

持っている声は両人とも似ているのでかえってわかりやすいと思いますが、グミリャの方が声が自然に出ていて軽く、耳触りが良く、しかも力で歌っていないので音程間の移行が柔軟かつ軽妙です。ゆえに、ドラマティックだけではない、自由で繊細な表現が可能となっている感じがあります。
ボリス・グミリャは西側にはあまり知られていませんが、レイゼンやネステレンコに勝るとも劣らない不世出のバス歌手だと思います。もし良ければ、他の録音も聴いてみてください。

で、20世紀後半のソ連オペラ界が大声っぽくなった原因ですが、私は
①ロシア帝国時代の貴族趣味(オネーギンの世界)を知る世代が死去し、ソ連の野暮な文化しかしらない世代が中心になったこと。
②『ガリーナ自伝』に書かれていたことですが、ボリショイ劇場の観客が都見物に来た地方のお偉いさんを中心とするようになったが、彼らは芸術性がないので、大声と大袈裟な身振りが中心となったこと。
③デルモナコ公演で大声が素晴らしいと勘違いしてしまった。
④30s∼50sのボリショイ劇場を支配していたのはスターリンだが、スターリンはオペラ好きで鑑識眼もあったので、前衛的な音楽は弾圧されたが、ボリショイ劇場のクオリティー自体は維持できた。しかし、『ガリーナ自伝』で示唆するように、フルシチョフやブレジネフといったその後の指導者は芸術的センスがないのでボリショイ劇場も迷走するようになった。

といった理由じゃないかと考えています。特に②はボリショイ劇場でのアトラントフのゲルマンが歌も演技も田舎芝居であることの理由だと思っています。

アトラントフ 「ゲルマンのアリア」ボリショイ劇場
https://www.youtube.com/watch?v=IH8uX5AtzFk

ウィーンの歌唱ははるかにましなんですよね。
アトラントフ「ゲルマンのアリア」ヴィーン
https://www.youtube.com/watch?v=8qY9udMUx_Y


ちなみに赤軍合唱団も50∼60年代は緻密な歌唱をしていたのに、70∼80年代になると力任せの野暮ったい歌唱をしていますね。ソ連音楽界全体で美的センスが落ちていたのでしょう。

赤軍合唱団“Взяв би я бандуру”(ウクライナ民謡)1950年代録音
https://www.youtube.com/watch?v=ur8vcNfa-lQ

赤軍合唱団「黒い瞳のコサック娘」1969年録音
https://www.youtube.com/watch?v=xo95FtyjNO8&t=95s

赤軍合唱団「黒い瞳のコサック娘」1978年録音
https://www.youtube.com/watch?v=Oca1uVghKew&t=110s


(毎度毎度長々とコメントしてすみません….
色々と歌手のリンクを貼りつけましたが、その中でGerorgi Vinogradovは一番のおすすめですので是非試聴してみてくださいませ。)



2022-03-12 Sat 01:48 | URL | バスフェチ [ 編集 ]
いえいえ、毎度詳細なコメントありがとうございます。正直なところ今の自分ではついていけない耳の力をはっきりとお持ちなので、ここの内容ではとてもご満足いただけていないのではないかと気恥ずかしく思い、また恐縮する次第です(いただいたコメントの内容だけでも十分2、3回分の記事にはなるのではないでしょうか)。歌手のリスト、本業の年度末でなかなか時間が取れないところもありまして、少しゆっくり聴かせていただきます。拝見した中では僅かにリソフスキー、グミリャ、Г.ヴィノグラドフに少し触れた程度というところです。

フヴォロストフスキー人気について一言だけ付言すると、やはり人気絶頂の時期に病を得、残念ながら若くして亡くなったことが肯定する声が大きい理由の一つではあろうと思っています。日本語のネット情報で見る範囲の狭い了見ですが、それ以前と以後では大きく書かれ方が異なったように見ています。実際自分も2000年代終わりごろ一時的に彼の歌から離れていた時期があり、そのころは実力以上の評価がされているように感じていました。とはいえ御涙頂戴的な話題だけが先行した歌手ではなく、引続き彼の歌は聴かれ続けていくだろうと、今の時点での僕は見ているところです。
2022-03-13 Sun 12:36 | URL | Basilio [ 編集 ]
返信が遅れて申し訳ありません。個人的に少しバタバタしていたものでして…。

年度末のお忙しい中にこのような大量の動画リンクを貼りつけたコメントをしてしまい、すみませんでした。よろしければ好きな分だけ聴いていただけたら幸いです。

リソフスキーは情熱的でなかなか良い声だと思います。好みの歌手の一人ですね。
グミリャは本当にすごいバス歌手で、冷戦が無かったら世界的な有名バスになっていたと思っております。
他にはウクライナのSolovyanenkoがマストで聴くべき名歌手かと思います。



実のところ、私は声楽の専門教育を受けていないので、デタラメな思考を重ねている可能性があり、そのような自己満足なコメントを並べてしまい、まさに汗顔のいたりと痛感しております。
ただ、これに対する肯定的な受容であれ否定的な受容であれ、何らかの叩き台になれば幸いに存じます。


ホロストフスキ―は確かに若くして亡くなったのも大きいでしょうね。
夏目雅子しかりXjapanのhideしかり、若くで亡くなるとより一層伝説的になりますし。
ただ、彼は才能といい、カリスマ性といい、持っているものは確かに凄まじいものがあるでしょう。
私の彼に対する思いは、もしオーソドックスな歌唱をしていたら、本当の大歌手に成れたのではないかという悔しい思いですね。
私も彼からロシアの声楽文化に入った人間ですから、彼に対する強い思いがありまして、その意味では愛憎半ばとも言えるすごくアンビバレントな感情を持っていますね。
もし彼が容姿に優れていなかったらかえって大歌手として大成していたかもしれません…。

しかし実力はあることには変わり有りませんから、彼の歌唱が引き続き聴かれるであろうという点に関しては私も同意します。
特に、彼はスヴィリドフといった知られざるロシア歌曲を積極的に録音して世界に発信しており、その功績は褒めても褒めたりないでしょうね。

ところで、歌手の分析をしている声楽家の評論サイトがありますので紹介しておきます。”声楽特化の音楽評論”と言いまして、かなり詳細な分析をしているので勉強になりますし、現在や過去の知られざる名歌手を発掘してくれるので、とても参考になります。もし良ければご覧くださいませ。
2022-03-19 Sat 18:38 | URL |  バスフェチ [ 編集 ]

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