Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十三夜/ローカルな藝術~

ポップのところでちょっと述べたようなかたちで女声が続いていましたが、準備していた最後の一人。

Arkhipova.jpg


イリーナ・アルヒーポヴァ
(Irina Arkhipova, Ирина Константиновна Архипова)
1925~2010
Mezzo Soprano
Russia

バンブリー、ホーン、ポップと並行して準備していた訳ですが、ひょっとすると一般には知名度は落ちるのかな、という気もします。とはいえ知名度が落ちるからと言って実力が落ちるかと言うと必ずしもそうではないのは、ここまで登場した人を見ていても窺い知ることではないかなと^^以前ご紹介したペトロフと同じように全盛期に東側世界に居たがために、世界的な活躍はできなかったようです。

露国出身のメゾには良い歌手がたくさんいて、有名なところではオブラスツォヴァだとか、現代で言えばドマシェンコやボロディナなんかはかなり力がある。しかし、未だに露国のメゾとして最高なのは彼女だと言ってもいいのではないかと個人的には感じています。もし彼女が国際的に活躍できていたらという気持ちも無い訳ではありませんが、一方で彼女の露国魂とでも言うべき土臭い歌を聴くにつけ、このぐらいの年代の歌手たちのローカルな魅力に思いを馳せざるを得ません。オペラの世界も今や以前よりもインターナショナルで、どうももうひとつ均質化され過ぎてしまっていて、「お国柄」というような素朴な良さを感じづらくなってしまっていますから。彼女の歌を聴くと、現在の「何をどの国の人が歌っても、同じ土俵の上で評価される」という音楽のグローバル・スタンダードができる以前の、歌の魅力を垣間見ることができる気がします。

<ここがすごい!>
基本的には本領は露ものでしょう。というよりも、露語で歌うもの、という言い方の方が正しいかもしれません。と、言っても伊語とかも思いのほか巧くて、コンサートではケルビーノ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)なんかも歌ってるんですが、これが意外なぐらいまともに楽しめたり(←失礼。でも似合わないのは確かw)。
しかし、それでもやはりアルヒーポヴァと言えば露語だと思うのです。恐らく、根本的に彼女は自国語に対する感性が優れているのだろうと言う気がするのですが、聴いていて非常に自然なんですね。或る意味でそれがよく感じられるのは、逆説的ですがもともと別の言語、例えば伊語や何かのために書かれたものの露語版を歌っている時であったりします。普通こうしたものを聴くと少なからず違和感があるもので、特にソヴィエト時代の露語録音などはこの傾向が顕著だったりする訳なのですが、彼女が歌うと、あたかも最初から露語で書かれたものであるかのような錯覚を覚える、それぐらいことばとマッチした歌になるように思います。原曲を露国のことばで消化し直している、とでも言うべきでしょうか。

もちろんそもそも露語で書かれた楽曲では、訳詞のもの以上にことばと一体となった歌を楽しむことができます。それはまさに露国のローカルな藝術のひとつの結晶と言っても過言ではないでしょう。何を以て露的というのかと言う部分については、僕自身の中で巧いこと定義しきれていないのですが、漠然とした印象としてソプラノよりもメゾの方が露ものらしいという感じがする役が多いように思っています。美しいけれども執念深く、何処かに虚無の匂いがする…こうした役を殆ど素のままで演じているのではないかと感じさせてしまうのがアルヒーポヴァの恐ろしいところなのです。彼女には上記のような露国のことばのみならず、露国の歌を歌える感性と、深みはあるけれども凛と張り詰めた露国の声と三拍子揃っているのです!この彼女の良さは、やはりローカルな録音の世界でこそ活きてくる、というのが個人的な見解です。

上述しましたが露国出身で、インターナショナルなメゾとして良い歌手はたくさん出てきています。しかし、露国のメゾとして最高なのは、未だに彼女だと思うのです。
そして、近年こうした歌手が出てこないというのは、ちょっと寂しいところなのです。

<ここは微妙かも(^^;>
もう上段で言っちゃってますが、巧いけどケルビーノはキャラ違いだよw
どちらかと言えば女の情念みたいなのが感じられる役の方がハマっている気がしていて、ケルビーノに限らずモーツァルトみたいな或る種すっきりした音楽では、ちょっと違和感があるかもしれません。ただ、歌唱技術そのものは確かなので、意外と転がしとか巧かったりするんですがね笑。

<オススメ録音♪>
・マリーナ・ムニシェク(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
メリク=パシャイェフ指揮/ペトロフ、レシェチン、イヴァノフスキー、シュルピン、Ал.イヴァノフ、キプカーロ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1962年録音
>露国のメゾと言えばやはりまずはこの役でしょう(ま、ソプラノが歌う場合もありますが^^;)。彼女は凛とした声で演じ、如何にも気位の高い貴族の娘らしく表現していますが、それ以上にこの役に付きまとうダルな雰囲気を、なんともうまく出しているところが素晴らしいです。お育ちも良く上品ではあるけれども、どこかに人間としての品位の低さが垣間見える優れた役作りだと思います。彼女に絡む僭称者グレゴリーのイヴァノフスキーとランゴーニのキプカーロも役柄に合った声と歌唱ですが、ここではやはりボリスのペトロフの力強い楷書体の歌が素晴らしい。

・リュバーシャ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝の花嫁』)
マンソロフ指揮/ヴァライチス、ヴィシニェフスカヤ、アトラントフ、ネステレンコ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1973年録音
>不滅の名盤。この傑作の録音としては、ゲルギエフの名盤と双璧と言っていいでしょう。ざっつ露国女という感じのするリュバーシャで、アルヒーポヴァがキレッキレの歌を聴かせて呉れます。登場時のかなり長いア・カペラからして尋常ならざる集中度の高い歌を披露していますし、その先の身体を売る場面の葛藤や物凄い恨み節など凄まじいものがあります。彼女と並ぶもう一人の主人公、グリャズノイを演じるヴァライチスがまたドラマティックな歌唱と露国らしい暗めのバリトンで性格的な人物を描き出していて、これまた秀演!この2人が全体を引っ張りますが、伊的な狂乱とはまたひとつ違った狂乱を見事に表現するマルファのヴィシニェフスカヤや、露国らしいくすんだ音色で力強い軍人を演じるルイコフを演じるアトラントフ、出てきた瞬間から輝かしい声で圧倒する若きネステレンコとかなりレベルの高い共演に恵まれたことで、聴き応えある録音になっています。まさに露国の藝術!

・ジョアン・ダルク(П.И.チャイコフスキー『オルレアンの乙女』)
マルティ指揮/ピアフコ、ギュゼレフ、マリネスク、アンドラーデ、オルロヴィッツ共演/仏放送交響楽団&合唱団/1975年録音
>チャイコフスキーのマイナー作品ですが、露ものが好きな方ならかなり楽しめるかと(^^)主要な登場人物は結構多いのですが、作品としてはプリマ・ドンナと言っても差し支えなく、総合してみればアルヒーポヴァの独り舞台と言ってもいい仕上がりになっていると思います。兎に角華がある!若き日のギュゼレフや、彼女との共演も多いピアフコはじめ共演陣もいい歌唱なのですが、これぞ主役!というべき存在感で、第一声から全部持って行ってます(笑)グラントペラ的と評されることが多いのですが、彼女の緊張感のある切々とした禱りなどを聴いていると、実に露的な印象を受けます。なお、彼女はこれとは別にもうひとつ録音があります。これは僕自身未聴なのですが、今回紹介した録音にどうやら結構カットがあるようなので、仕入れたいなと思っているところ。

・伯爵夫人(П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)
ゲルギエフ指揮/グレゴリヤン、グレギーナ、チェルノフ、プチーリン、ボロディナ、アレクサーシキン共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1992年録音
>この役は作品のキーロールで歌以上にその不気味な老婆のオーラが欲しい役なので、割と過去の大歌手が演じており、最近では日本で老齢のオブラスツォヴァが演じて話題になりましたし、かつて小澤が振った公演では御歳80歳(!)のマルタ・メードルが歌ったことでも知られています。そんな流れでのこの役ですが、彼女が67歳の時の録音。相変わらず歌い口は達者で、期待どおりの迫力です。歳をとっても露国の女らしい執念深さを強く感じさせる歌唱。共演もパワフルなグレゴリヤンとグレギーナ、品のあるチェルノフ、性格的なプチーリンに加え、脇にもボロディナやアレクサーシキンなどを揃え、ゲルギエフの指揮と揃っています。

・エレン・ベズウーホヴァ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.9.1追記
メリク=パシャイェフ指揮/キプカーロ、ヴィシニェフスカヤ、В.ペトロフ、マスレンニコフ、クリフチェーニャ、リシツィアン、ヴェデルニコフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>この大作を代表する名盤のひとつ。登場人物が多く、主役3人以外はそこまで出番は多くないものの、重要な役どころにはしっかり聴かせどころが準備された作品です。ここでの彼女もそうした役のひとつエレンを演じています。平和の部の登場人物中でも、頽廃的で陰謀めいた貴族社会の負の部分を代表する役柄ですが、僅かな出番の中でそうした匂いをしっかりと漂わせています。同じく「腐った平和」を象徴する役を演ずるマスレンニコフともども、大作を引き立てています。

・エボリ公女(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
ナイデノフ指揮/ペトロフ、アンジャパリゼ、ミラシキーナ、ヴァライチス、ヤロスラフツェフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1965年録音
>かなり珍盤ですが、レベルの高い演奏なのは間違いないと思います。エボリはもちろんかなりヴェルディ的な役柄だと思うのですが、彼女の歌で聴いて感じるのは、意外とこの役は露的なアプローチでも行けるのではないかと言うこと。嫉妬から行動する執念の女ですからね(笑)彼女らしいドラマティックな歌いぶりは美貌のアリアで最大限に活きますが、意外と転がしも巧いのでヴェールの歌もいいです。共演もペトロフはじめ揃っています。

・アムネリス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
メリク=パシャイェフ指揮/ヴィシニェフスカヤ、アンジャパリゼ、リシツィアン、ペトロフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>エボリと同じくこの役も意外なぐらい彼女の露的なアプローチがハマります。特に裁判の場での殆ど半狂乱とも言うべき強烈な表現は、暫し息を詰めて聴き入ってしまいます。変わった演奏ではありますが、下手なメゾが原語でやるよりもよっぽど説得力のある歌唱だと言えると思います。『ドン・カルロ』同様こちらも当時の露国の最高のソリストが揃っており、楽しめる音盤。

・メゾ・ソプラノ独唱(G.F.F.ヴェルディ『レクイエム』)
メリク=パシャイェフ指揮/ヴィシニェフスカヤ、イヴァノフスキー、ペトロフ共演/サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団&グリンカ・アカデミー合唱団/1960年録音
>考えてみると露語ヴェルディいっぱい歌ってますねwこれのみ原語どおり。如何にも色もの扱いされそうなメンバーですが、ヴェルディ『レクイエム』の最高の演奏のひとつと言ってもいいでしょう。アルヒーポヴァはいつものように深いけれどもピンと張った澄んだ声で、劇的な歌唱を繰り広げています。“おぼえたまえ”での哀切きわまる歌唱は、彼女の本領である露歌劇を彷彿とさせるところも。ペトロフの重厚なバス、イヴァノフスキーのこちらも露流儀なテノール、そして殆ど狂気の沙汰のようなヴィシニェフスカヤに実直なメリク=パシャイェフと、望月の欠けたることのなしと思えば、です。
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