Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十四夜/失われた歌声を求めて~

さて、平常運転どおりバスに戻ります←平常運転とは

今回の主役はある世代以上のひとたちには大変な人気がありますが、そうではないひとには全くと言っていいほど知名度がないと思われます。というか僕がこの人を知ったのも、高校時代の恩師がその世代のひとで、それはそれは凄かったという話を聞いたからであって、それがなければ今のように必死に彼の音源を捜す努力なんてしてなかったに違いないのです。
そういう意味ではラッキーなんでしょうね…でも、確実に煩悩が1こ増える原因になってます。困った笑。

Cangalovic.jpg


ミロスラフ・チャンガロヴィッチ
(Miroslav Čangalović, Мирослав Чангаловић)
1921~1999
Bass
Bosnia

その昔「NHKスラブ歌劇」という大きな公演がありました。私自身詳しい経緯等は知りませんが、オケこそ日本のN響でしたが、合唱はザグレヴの国立歌劇場合唱団、指揮者もマタチッチ、ダノン、ホルヴァートと凄いメンバーで、ギュゼレフをはじめとする独唱陣もみなスラヴ系の名手と言う、なかなかとんでもないイベントです。ノリ的には「NHKイタリア歌劇」のスラヴ版なんでしょうね^^これによりそれまで伊・独歌劇に較べて圧倒的に地味な存在であった露歌劇(+『売られた花嫁』)に光があたった、非常に意義深い公演だった訳です。
その公演で、フォン=マタチッチとともにオペラ・ファンの話題をさらった歌手こそ誰あろうチャンガロヴィッチなのです。

その歌いぶりは豪放磊落として演技に寄ったもので、当時の日本では古の大歌手「シャリアピンの再来」と喧伝されたといいます。歌ったのはこの時が日本初演だったА.П.ボロディン『イーゴリ公』のコンチャク汗とガリツキー公、それに当代随一の当たり役とされたМ.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』の題名役。眼光鋭いチャンガロヴィッチの大立ち回りが多くのファンを魅了したそうです。名匠マタチッチが指揮した『ボリス』はNHKで繰り返し放送され、劇場に行くことのできなかったひとびとの渇を癒したと言います。

と・こ・ろ・が、、、

何処かの段階でNHKは再放送をやめてしまい、それ以降日の目を見ていないようです。「イタリア歌劇」のいくつかの伝説的公演が映像や音源として入手できるようになった現在になっても、「スラブ歌劇」の記録が登場する気配はありません。アーカイブで出してもらえないだろうか…それとももうテープがダメになってるんだろうか…と頭を抱えてしまいます。これ、本当にどなたか録画してたりしないですかね…観たい聴きたい(>_<)かったのですが、2016年の秋にNHKが遂に『ボリス・ゴドゥノフ』と『イーゴリ公』のCDを発売してくれました!大感謝!!音に聞きし、だったわけですがいずれも素晴らしい公演だったのだろうということがよくわかります(詳細はオススメ録音のコーナーで^^)

残念なことは他にもあります。
彼は当時のユーゴスラヴィア、現在のボスニア出身なのですが、当時の東側世界の人物であったからか、それともご存じのとおりの内戦で散逸してしまったからなのか、その実力に比して音源が極端に少なく、他のユーゴの歌手たちとDeccaで録音したものといくつかのライヴ録音があるばかり。そのDeccaでの録音も大体廃盤で入手困難だったり、そもそもCD化されていないようなものまであります。

つい最近ようやっとmp3音源がいくつか入手できるようになりました。
なんとか人気に再度火が点かないものかと思いつつ…。

<ここがすごい!>
「シャリアピンの再来」として知られ、ボリスを当たり役としたことから伺えるとおり、この人の持ち味はその演技派っぷりだと言えるでしょう。残っている写真などを見ても、その表情の豊かさ、目力の強さには圧倒されます(本当であればその表情とともに歌を楽しめれば言うことないのですが、まあ無理を言ってもしょうがないですし^^;)。音源を当たってみると、そうかこういう表現ならそういう表情になるよなぁというケレン味たっぷりの歌です。こういう歌は下手にやるとわざとらしくなってしまうので、なかなか立派に歌えるものではありません。大芝居ではあるのですが、鬱陶しい演技にならず、歌も崩し過ぎないギリギリのところで踏みとどまって、豪快なキャラクターを創りあげています。彼の演技のセンスの良さがなせる技でしょう。

また、一声発したときの存在感と言いますか華と言いますか、それはやはり大きいです。ペトロフやアルヒーポヴァの回でも同じようなことを書いたような気がしますが、「お、主役が出てきたな」と思わせる雰囲気があります。ただ、彼の場合ちょっと違うのは、「これぞ主役の声!」と言う以上に、「よ!千両役者!」という感じなんですよね笑。どちらかというと芝居の空気を持っていると言えるのではないかと。もちろんそれは上述したような歌として、演技としての表現の持ち味があるからだとは思うのですが、その歌声の魅力も忘れてはならない要素でしょう。美声かと言われるとちょっと違うような気はするのですが、そのアクのある粗っぽい感じの声には、なめらかでまろみのある耳触りの所謂美声とはまた違う力強さ・かっこよさがあります。しかも声量がある。それは録音で聴く限りそうだと言うだけではなく、実際に彼の演唱を体験した人たちも口を揃えて言うことなので、まず間違いないでしょう。彼はそういった自分の声の持ち味をよく理解していたのだと思います。彼の演技は大芝居だという話をしましたが、それは力強く巨大な自らの声を最大限に活かしたものであり、繰り返しになりますがそのあたりが演者としてのセンスの良さなのだなと。

演技派であることを何度も強調した訳ですが、当然ながら演技が先に立ち過ぎて歌が疎かになっている訳では決してないことも付言しておきましょう。むしろ歌そのものがしっかりしているからこそ演技功者であることが活きるということは、他の歌手のところでもたびたび述べているところではありますが、彼についてもその点は同様。役への入れ込みはアリア1曲であっても十分以上に感じられます。あたかも登場人物がしゃべっている様子がそのまま歌になったかのような自然さは特筆すべきものでしょう。そういう意味で非常にうまみのある歌だと言えると思います。

<ここは微妙かも(^^;>
もう、音源がもっとあれば…というのが一番痛いところでしょうか(泣)
正直なところ、聴くことのできる音源があまりにも限られることに加え、それらの殆どが彼の本領を発揮できる演技派の当たり役ばかりなので、微妙ポイントを引きずり出すのが困難だったり。
だから、音源が欲しいというのが最大のポイントかもしれません…フィリッポが聴きたい…ww

<オススメ録音♪>
・ボリス・ゴドゥノフ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
ミラディノヴィッチ指揮/ジョルジェヴィッチ、パウリック、ボドゥロフ、カレフ、Z.ツヴェイッチ、ポポヴィッチ共演/ベオグラード国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1967年録音
>チャンガロヴィッチと言えば一にも二にもやはりこの役でしょう。東京での公演の音源が入手できないのは非常に残念ではありますが、それでも正規録音の全曲盤としてこれが手に入るのは非常に嬉しい。狂乱の場面など迫力ある演技が目に浮かぶようですし、その前のシュイスキーのパウリックとの対決も緊張感が高く素晴らしい(ちなみに、パウリックは「スラブ歌劇」の時にもシュイスキーを演じ、性格的な演技で高い評価を得ています)。千両役者ぶりを充分に発揮しています。その他恐らく旧ユーゴ中心の歌唱陣も高いレベルだと言えるでしょう。しかもこれ、数少ないショスタコーヴィッチ版の録音で、そういう意味でも貴重。この作品がお好きな方であれば、是非手元に置いておきたい音源だと言えます。
(追記2017.3.14)
フォン=マタチッチ指揮/ギュゼレフ、ボドゥロフ、パウリック、ボスピシュ、コロシェッツ共演/N響&ザグレブ国立歌劇場合唱団/1965年
>2016年秋、伝説となっていた録音が遂にそのヴェールを脱ぎました!当時の日本のオペラ・ファンに鮮烈な印象を残した「スラヴ歌劇団」公演の録音です。何といってもチャンガロヴィッチの堂々たるボリスが最高です!シャリャピンの再来と言われるのも全く頷ける気迫の歌唱ですが、芝居以上に歌としての精妙さを感じさせるように思います。もちろん狂乱や死の場面では強烈な咆哮も聴かせるのですが、死の場面でもむしろ印象に残るのは味わい深いディミヌエンドとppp。独白では権力者の孤独と迷いを崇高に謳いあげていて特に感銘を受けました。が、実は一番聴きごたえがあるのはパウリックが演じるシュイスキー公爵とのやりとりの場面かもしれません。パウリックがまた心憎い巧さで、ボリスを追い詰めていく悪魔的な知能犯。この2人の緊迫した場面では思わず息を詰めて聴き入ってしまいます。ピーメンを演じるギュゼレフは、おそらく演劇的なチャンガロヴィッチに対してですが、かなり淡々と丁寧に歌っており、同じバスでも役柄の違いを際立たせています。整った歌は聖職者の尊さを感じさせるとともに、その近寄りがたさも感じさせています。ボドゥロフのいいやけっぱち感が出た偽ジミトリー、ボスピシュの若々しいマリーナ、コロシェッツの豪放なヴァルラームといった人たちも多少の凸凹はありつつお見事。フォン=マタチッチの指揮はスラヴらしい熱に浮かされたような情熱と西欧的な精緻さとがハイレベルで調和したもので、期待に違わぬ名手腕です。オペラ・ファン必携!

・コンチャク汗(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)ホルヴァート指揮/ネラリッチ、ヴィーナー、ギュゼレフ、フランツル、ボスピシュ、ラーテヴ、パウリック共演/N響&ザグレブ国立歌劇場合唱団/1965年(追記2017.3.)
>嬉しいことに上述の『ボリス』と同様こちらも発売されました!演奏としては序曲や3幕をカットしている他、『ボリス』に較べると粗っぽさや歌手の凸凹もあるものの、ホルヴァートがきびきびと緩急の付いた音楽に仕上げてくれているお蔭で、集中力のある佳演になっていると思います。3幕がカットになっているためチャンガロヴィッチの出番はかなり短く(本当は3幕の歌が聴きたかったのだけれど……)、殆どアリア周辺だけなのですが、その部分だけでも重要な主役の一人としての貫禄を感じさせます。スサーニンやドシフェイでも同じような印象を持ったのですが、第一声発した瞬間に只者ならぬ気配を纏っており、それがコンチャク汗がこの作品のもう1人の英雄であることを我々に知らしめるのです。ギュゼレフはここでは先ほどとは打って変わって豪快な悪漢ガーリチ公爵。ただの悪人ではなく、なんとなく彼を慕ってしまう人がいるのがわかる愛嬌を感じさせるのが流石です。その他のひとでは主役のネラリッチは悪くはないもののやや甘めの声が役にあっていない印象、ヤロスラヴナのヴィーナーが切々とした表情はいいもののやや声がキツめ、息子夫妻はまずまず悪くないもののもう少し個性がないという中で、ラーデヴとパウリックの小悪人2人が異様に巧いwwこれはホルヴァートの指揮による部分もあると思うのですが、この2役の出てくる場面がこんっなに陽気で愉しいと思ったのは初めてでした。

・グレーミン公爵(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
ダノン指揮/ポポヴィッチ、ヘイバローヴァ、B.ツヴェイッチ、スタルツ共演/ベオグラード国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1955年録音
>彼の出ている音源で一番手に入りやすいのはこれかもしれません。グレーミンは3幕のみに登場する小さな役ではありますが、名アリアもあり、キャラクターとして重みが無ければ説得力が無くなってしまう大事な役どころ。チャンガロヴィッチの歌唱はここでは落ち着いた、慈愛に満ちたもので、この人物に重厚な存在感を与えています。ここで歌っているアリアは結構オムニバス・アリア集に含まれていることが多いので、彼の声をまずは聴いてみたい方にはおススメできると思います。以下の音源でもほぼ指揮、共演、オケ、合唱はいずれも旧ユーゴのひとたちですがいずれも高いレベルの露ものを聴かせて呉れます。実は僕は初めて聴いた『オネーギン』はこれだったのですが、非常に楽しめました^^

・イヴァン・スサーニン(М.И.グリンカ『イヴァン・スサーニン』)
ダノン指揮/グラシェノヴィッチ、スタルツ、ミラディノヴィッチ共演/ベオグラード国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1956年録音
>超名盤。出てきた瞬間からの堂々たる主役ぶりはこの音源が一番感じられるかもしれません。他のキャストも充分いいのですが、これは彼の藝を楽しむための音源と言っても過言ではないです。アリアから死の場面まではスサーニンを演じるバスにとっては一番の見せどころでありながら、長いので演じる方も聴く方も結構しんどかったりする訳ですが、圧倒的な求心力で一気に聴かせてしまいます。ダノンの指揮も大変見事で、この作品の良さを引き出しています。

・ドシフェイ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシチナ』)
バラノヴィッチ指揮/N.ツヴェイッチ、マリンコヴィッチ、スタルツ、ポポヴィッチ、ブガリノヴィッチ共演/ベオグラード国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1954年録音
>これもいい演奏ですね^^群像劇ですから名手が揃わないと面白くない訳ですが、ミステリアスなブガリノヴィッチ、力強いスタルツ、分厚い声が魅力のポポヴィッチに荒々しいN.ツヴェイッチと良いメンバーが揃っています。そんな中で彼の演ずるドシフェイが入っている訳ですが、どっしりとした風格ある演唱でこの録音全体の芯になっています。派手なアリアや嘆きの音楽はなく、祈りの音楽を当てられた静謐な空気の漂うキャラクターですから、ボリスをやる時のような隈取りとはまたちがう歌い口を楽しめます。こういうのをやるのもうまいもんです。

・ヴァシーリー・コチュベイ(П.И.チャイコフスキー『マゼッパ』)
ダノン指揮/ミティッチ、バコセヴィッチ、クルネティッチ共演/ベオグラード国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>ドシフェイとは違って派手な嘆き節や怒りの音楽のあるコチュベイですから、或る意味我々が期待するチャンガロヴィッチを聴ける音源です(笑)非常に切れ味のある演技でこの作品の悲劇性を高めていると言えるでしょう。この作品はマゼッパの悲劇であると同時にコチュベイの悲劇でもあるので、ここで彼のしっかりとした歌唱が楽しめるのは非常に大きいです。ここでもダノンの指揮は立派なもの。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
チラリオ指揮/アルヴァ、ブルスカンティーニ、デロサンヘレス、コレナ共演/コロン歌劇場管弦楽団&合唱団/1962年録音
>え?何これ?っていう感じのメンバーと場所での録音ですが、こんなのもやっていたりします笑。音質はお世辞にもいいとは言えませんが、彼の藝風の広さを伺える貴重なもの。アリアの歌いぶりなどかなり個性的で面白く、聴衆からもひときわ大きな拍手を貰っています。私自身バジリオについては特に大げさな役作りを好むので、これは嬉しい♪他のメンバーも良く歌っていますが、先述のとおり音質は必ずしも良くありませんので、どうしても敢えてこれでとは言いません^^;ですからまさにチャンガロヴィッチを聴くための音源ですね笑。
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