Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十七夜/市井の好人物~

オペラに於いてのバリトンの役と言うのは非常に幅が広く、作品によって様々な立位置が与えられています。試みにG.F.F.ヴェルディの作品を俎上に取り上げてみると、最強の善玉ポーザ侯爵ロドリーゴ(『ドン・カルロ』)から伊もの三大悪役と呼ばれるイァーゴ(『オテロ』)まで振れ幅があり、その間にはナブッコ、リゴレット、シモン、マクベス、ファルスタッフ(それぞれ題名役)などなど際限なく個性的な人物がたくさん。

そうした幅の広いバリトン役の中に「普通の人」、「常識人」と言うべき人たちがいます。先ほどのヴェルディの話で行くならフォード(『ファルスタッフ』)がこれに当たる、というかフォードはヴェルディが書いたバリトンの役の中でもとりわけ普通の人ですね(笑)身分的にも役柄的にも残酷な運命を嘆く大悲劇の主人公ではなく、身近な悩みに苦しむ親しみやすい小市民。
演技功者で幅広いキャラクターを演じながら、中でもそうした小市民、普通の人を演じさせれば天下一品なのが今回の主役!

Panerai2.jpg

ローランド・パネライ
(Rolando Panerai)
1924~
Baritone
Italy

ゴッビのところでもちらっと触れましたが、1歳年上のカラスとの共演が多いのでそのイメージがひょっとすると強いかもしれません。で、他の音源で共演しているゴッビやバスティアニーニとどうしても較べられて「イマイチバリトン」の刻印を押されてしまっているような気がするんですよね^^;パネライの持ち味は彼らとは違うので、そういう基準で見ると正直な話一段落ちて見えてしまうのはしょうがないと言いますか、フェアじゃないと言いますか。

藝歴は長い方ですし、調べてみるとかなりいろいろな役でいろいろな音源に登場しています。それらを聴いてわかるのは、どちらかと言えばドラマティックでパワフルな作品・配役に向く人ではなくむしろ軽さを求められるものに適性があるということです。
そうして考えると今回の冒頭に帰着する訳ですが、ごく普通の小市民を等身大で描くということに最も長けているのには納得が行きます。

偉大な人物や異形の人物に注目が集まりがちではあるのですが、オペラに於いては彼のように市井の人物を活き活きと表現することができる歌手も大変重要です。庶民の活躍に庶民が喝采を贈る作品もたくさんあります。歴史的な悲劇巨編を観るのとは別に、庶民たちはそうした登場人物に自分たちの姿を投影し、楽しんできたからだと言えるでしょう。

<ここがすごい!>
ここまでの言い方で大体分かるとは思うんですが、派手な声や派手な歌い口の人では基本的にはありません。高めの響きでハリもやわらかみも程よくあるのですが、バスティアニーニやカプッチッリのように無尽蔵に出てきそうな豊かな声ではありません。歌い口はかなり器用な方で様々なキャラクターを演じていますが、ゴッビのような強烈な性格表現を常にする方でもありません。しかし、世の中そればっかりじゃ疲れちゃうでしょと言いますか、なにも類稀な美声や濃ゆい表現があればいい役ばかりではない訳です。それこそパネライの十八番中の十八番であるマルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)は、ゴッビの隈取り表現じゃ逆に雰囲気でないし、バスティアニーニやカプッチッリも聴いてみると歌や声そのものは立派なのですが、変な話カッコ良過ぎ。もっと言うならイケメン過ぎ(笑)いずれの例にしても「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」。この一語に尽きると思います。とは言えマルチェッロはどんなやつがやっても大体一緒な端役かと言えば、それは全く違いますよね。歌う場面も多いし、観客にとって非常に親近感のある悩み多きこの青年が、劇中でも最も重要な役だということに異論はないでしょう。非力な人がやったらマルチェッロなんて本当にモブになってしまいますが、それじゃあダメでしょう(笑)
パネライがその実力を発揮する「普通の人」というのは、つまりはそういうことなのです。声も表現も充分だけれども強すぎないという中庸さのベストのポイントを突ける歌手と言う意味で、彼は録音史に於いても稀有な存在と言うべきかもしれない。言ってみれば、偉大すぎないという偉大さ、偉大なる中庸さなのです。英雄ではない等身大の市井の人の良いあんちゃん・おじちゃんを、彼以上にリアリティを以て演じられる人物は、少なくとも私には思いつきません。

当然ながらその普通っぷりは一面的なものではなく、多面的です。強烈な周囲の人物に振り回される姿には庶民の悲哀が感じられますが、その歌いぶりからは我々現実世界の普通の人が、仕事で無理な要求を突き付けられて渋々対応する姿が透けて見えてきます。戀に悩む街の青年の役では、娯楽的ロマンス大作ではなく、現実世界の我々自らが持つ青春のほろ苦くも甘酸っぱい記憶を呼び起こします。金はないけど智慧はある、気さくで頭の回転の速い兄貴分も、彼がやるとヒーローになり過ぎず、とってもとっつきやすい感じになります。或る意味現代演劇の人物造形のようなリアルさを自然に出せるひとと言えるのかも。

基本的には演技功者なので、声のリソースの範疇ならば、「普通じゃない人」も充分にできます笑。個人的に衝撃的だったのはパオロ!(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)これは想像以上の歌唱だった!ただ、そうした異常人をやってもその中に等身大の人間を感じられると言いますか、一見信じられないような悪党でも同じ人なんだと思わせられると言いますか。黄金時代のバリトンの中でもちょっと特殊な立ち位置の人だと思います。

<ここは微妙かも(^^;>
美声ではありますが、無尽蔵に声のリソースがある方ではないのは前述のとおり。また若い時のもので特に顕著ですが、若干力押しになる傾向もあり、声が裏返ってるところ、声が揺れているところもしばしばあります。或る面ではそれがリアルさを出している部分もあるので僕自身は気にならないのですが、気にする人は居そう。
何度も言っていますが等身大の人物像を作るのが得意なので、逆に言えば英雄的な人物とかってなるとスケールが小さくなっちゃうのも難点でしょう。よく引き合いに出されるのがルーナ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)…まあそうなりますよね^^;歌自体はちゃんとしてるんですけどね、この人。

<オススメ録音♪>
・マルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
フォン=カラヤン指揮/パヴァロッティ、フレーニ、ギャウロフ、ハーウッド、マッフェオ、セネシャル共演/BPO&ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団/1972年録音
>超名盤。上述しましたが、殊マルチェッロについて言えば彼の右に出る者はいないと思うぐらいの当たり役です。しょぼくれて貧乏だけれども若さと情熱のある若者を、絶妙に演じています。これも既に述べていますが、この役は立派過ぎたり格好良過ぎたりすると、藝術を志して貧困に甘んじる若者のふわふわとした感じが無くなっちゃって説得力が薄くなっちゃうんですよね^^;キャラクター的にもイケメンではないけれども可愛げがあって人間的に憎めないやつって言う感じだと思いますし。で、それらのイメージ全てにばちっとハマっているのは、いろいろ聴いてもパネライが一番かなぁと。何だかあんまり褒めてない感じになっていますが(笑)、地味な役を等身大で演じながらその良さを引き出して印象に残るというのは本当に凄いことだと思います。フレーニも当たり役中の当たり役だけあって流石ですし、パヴァロッティ&ギャウロフは貧乏藝術家には立派すぎますがしみじみうまい。このメンバーの中では無名なマッフェオも凹まず、セネシャルも脇を固めている中でハーウッドがなぁ…どうにもオバサン臭くて残念でなりませんorzフォン=カラヤンのシンフォニックな指揮の好き嫌いはあると思いますが、聴きごたえたっぷりですし例えば『ドン・カルロ』なんかよりは違和感が少ないです。

・フォード(G.F.F.ヴェルディ『ファルスタッフ』)
フォン=カラヤン指揮/タッデイ、カバイヴァンスカ、ペリー、アライサ、シュミット、C.ルートヴィッヒ、デ=パルマ、ツェドニク、ダヴィア共演/WPO&ウィーン国立歌劇場合唱団/1980年録音
>これも超名盤でしょう。凄いメンバーですが、フォン=カラヤンの統率は僕が聴いても流石のものがあるなあと感じるぐらい、この難しいアンサンブル・オペラを巧いこと形にしています。そのフォン=カラヤンと、圧倒的な存在感のある当たり役タッディの印象がまず先に立ってしまいがちですが、その中で自分の藝風どおり「普通の人」をきっちりやるパネライは、やはり只者ではないでしょう笑。ここではタッデイもそうなんですが、本当に素でやってる感じなんですよねwwこの時代の常識の中に住んでいるさえないおじさんであるフォード=パネライと、常識はずれなならず者のファルスタッフ=タッデイというのが実に好対照。その他のメンバーも藝達者で集中度の高い演奏です。

・タッデオ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ベルガンサ、コレナ、アルヴァ、モンタルソロ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1963年録音
>不滅の名盤。ロッシーニ・ルネサンス以前の音源ではあるのですが、未だにダントツに楽しめる録音ではないかと思います。海難に遭った上、美女にうつつを抜かしているうちに何だかとんでもないことに巻き込まれてしまった「普通の人」を相当オモシロオカシク演じています。ここでもお調子ものだけれどもどこか憎めない人物造形でお見事。アリアなんて本当に傑作です!(笑)ベルガンサの色っぽいヒロインを取り囲んで、間の抜けた役をやらせたら天下逸品のコレナ、優男のアルヴァに、端役にはちょっともったいないモンタルソロ、ヴァルヴィーゾの生気に満ちた音楽づくりが、愉悦に溢れた音楽を創りあげています。

・フィガロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ロシュバウト指揮/シュトライヒ、シュティッヒ=ランダル、レーフス、ローレンガー、キュエノー共演/パリ音楽院管弦楽団&エクサン・プロヴァンス音楽祭合唱団/1955年録音
>満点とは言えなくてもレベルの高い演奏だと思います。フィガロは庶民のヒーローなんだけど、やっぱり市井の人物なんですよね。そういう意味で、彼は非常に身近で親しみやすいフィガロを演じています。若くて元気で智慧も回るけれど、凄く特別な才能のある奴と言うのではなくて、自分たちの仲間内にも「ああいるいる!」と思わせるような役作り。こういうのもありだなぁと思います^^全体には女声が強くてシュトライヒのスザンナ、シュティッヒ=ランダルの伯爵夫人、ローレンガーのケルビーノはいずれも稀有な歌唱。これで伯爵がもう少し良ければ。。。

・フィガロ(G.パイジェッロ『セビリャの理髪師』)
ファサーノ指揮/シュッティ、モンティ、カペッキ、ペトリ共演/ローマ合奏団&コレギウム・ムジクム・イタリクム/1959年録音
>フィガロが続きます(笑)ロッシーニ以降はあまり演奏されていませんが、これもまた楽しい作品で、埋もれてしまうのはもったいないと思います。ただ、この演奏ではファサーノの指揮ぶりがちょっとのたっとしているので、典雅な雰囲気ではあるもののスピード感には欠けるかなと。それでも楽しい演奏になっているのは、彼のフィガロとカペッキのバルトロがいずれも藝達者且つ多弁で、面白味を増しているからでしょう。モーツァルトでのフィガロに較べると、時代柄や台本上庶民と言うより使用人っぽさが増しているような気もしますが、親しみやすい役作りは変わらずと言ったところ^^

・マラテスタ医師(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
ムーティ指揮/コレナ、ボッタッツォ、レヴァリア共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1971年録音
>意外と録音の多いこの作品の中でも裏名盤と言うべきものかなと。カットは多いとはいえ若いころのムーティのきびきびとした音楽は小気味いいです。マラテスタを普通の人というとちょっと語弊がありそうな気もしますが、台本上のポジションから行けばフィガロに近いし、彼の守備範囲かなと^^ここでは何と言ってもコレナとのやりとりが非常に面白い!作中最大の見せ場である重唱は、スピード感から言っても2人の演じ方のオモシロさからいってもこれ以上のものを僕は知りません。とにかくべらぼうにオモシロいです(笑)これでカップルの出来がもう少し良ければいうことなしなんですが^^;

・ベルコーレ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
セラフィン指揮/アルヴァ、カルテリ、タッデイ、ヴェルチェッリ共演/ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1958年録音
>不滅の名盤。ベルコーレはオモシロ路線で行ったりイケメン路線で行ったりもできる役だとは思うんですけど、ここでは彼はオモシロ路線によりつつもっと等身大の調子の良いあんちゃんを演じています。大したあれでもないのにちょっとイケメンぶってる感じといいますか、でもそれがいけすかない感じではなくなんとなく許されちゃう、人のいい雰囲気になっているのがたまりません!流石の一言です。完全オモシロ路線のタッデイが希代のドゥルカマーラを堂々と演じているので、ここでもしっかりコントラストがついています。明るくてあっけらかんとした感じの声が役の雰囲気を良く引き出しているアルヴァ、こってりとした味のある声で瑞々しいヒロインを演じるカルテリと、名匠セラフィンの心得た指揮が相俟って、傑作と言うべき録音になっています。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)2016.1.22追記
フェッロ指揮/ヴァンベルイ、ボニー、ヴァイクル共演/フィレンツェ5月祭管弦楽団&合唱団/1986年録音
>意外とベルコーレでもドゥルカマーラでも評価を得ている人は少ないような気がしていて、あとはカペッキぐらいでしょうか(そしてカペッキのベルコーレは僕はあまり好きではなかったり)。パネライさん62歳のときの録音ですから流石に声の衰えを感じなくはないのですが、それを補って余りある貫禄の藝を堪能するといった趣です。ドゥルカマーラにしてはかなりお人よし感はありますが、この役はひたすら狡猾という種類の人物ではないですし、結構楽しんで若いカップルの成り行きを見ている感じが微笑ましくて好きです^^但し指揮と共演は整った悪くない演奏はしているものの、表現がドニゼッティの魅力から外れてしまっている気がします。ヴァルベルク盤のように別の魅力を引き出せている訳でもないのがちょっと惜しいです(こちらのヴァイクルはむしろベルコーレのベストの一つですし)。

・アルフォンソ(W.A.モーツァルト『女はみんなこうしたもの』)2019.1.18追記
ベーム指揮/ヤノヴィッツ、ファスペンダー、グリスト、シュライヤー、プライ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1974年録音
>コミカルどころをもう一つ。私は実はこの作品、今一つなじめないもののひとつだったのですが、こちらは開眼の一枚でした。ベーム80歳の誕生日のライヴ演奏ということで、ややテンポが弛緩しているところがあるほかライヴらしい瑕もなくはないのですが、なんといってもモーツァルトらしいアンサンブルを、モーツァルトらしいキャストで楽しめるという点ではこれ以上のものはないのではないかという気がします。個人的には特に男声陣の声とキャラクターづくりが気に入っており、開幕の3重唱などは何度聴いてもワクワクする次第。パネライはこの中ではいちばんニュートラルというか、必ずしも「モーツァルト歌い」というタイプのひとではないとは思うのですが、独特の恰幅のよさと品が悪くならない粗っぽさがあり、アルフォンソに人間味といかがわしさを与えています。紳士、哲学者なのだけれども、どこか街のおとっつぁん風といいますか。或る意味おじさんくささと言えるのかもしれませんが、それが嫌味ではなくむしろ人好きのする感じに仕上がっているのが絶妙です。声域的にはかなり近いと思われるプライが騎士風の品格ある歌い口なのもあって、ここは好対照。シュライヤーもにおいたつような風格とともにキャラクタリスティックなまでのレチタティーヴォが愉快なことこの上ありません。グリストの賢くておきゃんなデズピーナもお見事!ヤノヴィッツとファスペンダーはちょっと歌いまわしが重たい気もするのですが、まあ趣味の問題でしょう。超名盤です。

・アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
フォン=カラヤン指揮/カラス、ディ=ステファノ、ザッカリア共演/ベルリンRIAS交響楽団&ミラノ・スカラ座合唱団/1955年録音
>ここから先は所謂「普通の人」ではなさそうなものをいくつか。これは有名なライヴ録音で音も奇跡的な良さだし、演奏も質が高いです。声質の点で必ずしも合っていないとはいえカラスの狂乱はやはりその表現意欲が素晴らしいですし、ディ=ステファノはあまり好きではない僕でもここでの彼の歌(特に幕切れのアリアでの絶唱!)は見事なものだと思う。渋く脇を固めるザッカリア、この頃は歌を立てて呉れるフォン=カラヤンもいい。そんな中でのパネライですが、登場のアリアからして絶好調で高音をぶっ飛ばしたり(カヴァティーナの最後上げてるのは彼ぐらい?)しつつも流麗な歌い口で、ベル・カントものへの適性を感じさせるものになっています。ルチアとの重唱での表情付けなども巧みで聴かせます。

・リッカルド・フォルト(V.ベッリーニ『清教徒』)
セラフィン指揮/カラス、ディ=ステファノ、ロッシ=レメーニ共演/ミラノ・スカラ座劇場管弦楽団&合唱団/1953年録音
>これも名盤ですね。色仇と言うべき役柄ですが、勢いのある歌いっぷりがこの騎士のキャラクターにはよく合っていると思います。彼の本来的にはソフトな響きの声はベッリーニの流麗な音楽と相性がいいように思います(ただ、難しいところ大分カットしちゃってるのは残念なんだけどね^^;)。ロッシ=レメーニとの声のバランスもよく、セラフィンの指揮もいいのでしょう、この2人の重唱はわくわくするような出来。カラスは立派な歌唱ですが声の響きの癖がマイナスに出ている気がします。ディ=ステファノはここでは高音が引っ掛かるいつものディ=ステファノで好きになれません。

・フロイラ(F.シューベルト『アルフォンソとエストレッラ』)
サンツォーニョ指揮/アルヴァ、ダンコ、ボッリエッロ、クラバッシ共演/ミラノRAI管弦楽団&合唱団/1956年録音
>マイナー演目な上、伊語歌唱と言う珍盤。シューベルト・ファンからしたら厭な予感しかしないような録音ではないかと思うのですが、横好きオペラ聴きの耳からするとこれはなかなか楽しめる音源だと感じています。パネライは国を追われた王を演じていますが、ここでは「普通の人」ではなく、そこはかとなく気品が感じられ、「普通の人に身をやつした人物」に聴こえます。藝の広さでしょうね。ベッリーニと同様に豊かで美しい旋律を歌わせると、彼はいい歌歌うんだなぁと感心します。アルヴァとダンコの主役コンビとフロイラを追い落とした王(実は悪い奴じゃない)のボッリエッロもカンタービレの美しさを聴かせうっとりしますが、悪役のクラバッシのドラマティックな歌唱が作品をピリッと〆ていてとりわけ良いです。

・ジャコモ・ダルコ(G.F.F.ヴェルディ『ジョヴァンナ・ダルコ』)
シモネット指揮/テバルディ、ベルゴンツィ共演/RAIミラノ管弦楽団&合唱団/1951年録音
>ヴェルディの作品の中で出来がいいとは言えない部類ではあるのですが、聴くべきものがあるのをきちんと示している音源。ここでパネライが歌っている娘の運命を案ずるロマンツァは歌唱として本当に充実したもので、彼の実力の高さを伺わせるものとなっています。役自体の一貫性の無さを忘れさせ、説得力を持たせることに成功した力演と言っていいのではないでしょうか。若くて馬力のある頃のテバルディと品行方正さに熱気の加わったベルゴンツィという力強い共演も全くお見事!

・パオロ・アルビアーニ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゴッビ、トッツィ、ゲンジェル、ザンピエーリ共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>『シモン』と言えば先に亡くなったアバド盤のイメージが強く、私自身あの音源は大好きなのですが、双璧と言うべき不滅の名盤です。ゴッビはじめ演技面、ドラマという観点から、『シモン』が優れた作品であるということをよく示しています。実はその演奏の持ち味の違いを一番如実に表しているのはパオロでのそれぞれの歌唱だと思っていて、アバド盤でのファン=ダムが非常に音楽的な端整な歌唱を披露しているのに対し、ここでのパネライは圧倒的にドラマティックなのです。独白での憎々しげな演唱など、却ってうきうきしてくるぐらい堂に入ったもの。しかし、それ以上に強烈な印象を残すのは、シモンに促されて自らを呪う場面!ここでの「恐ろしい!」という叫びのおぞましさは、背筋も凍るという表現が適切だと思います。そして、パオロはイァーゴの原型としてその異常性を語られることが多いですが、この「恐ろしい!」という叫びからは、それ以上にパオロもまた「普通の人」であり、我々と同じように恐怖を感じるのだということ、引いては我々の中にもパオロと同じような憎悪の因子、異常性があるのだということをまざまざと見せつけられる気がするのです。蓋し絶唱と言うべきでしょう。
スポンサーサイト

オペラなひと | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<カエンタケ | ホーム | かはくの展示から・恐竜展特別編~第14回/サウロロフス>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |