Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第五十八夜/響きも鋭く~

男声を続けたのでまた女声に戻そうかな。

というかこのblogは僕の趣味の偏りをかなり如実に反映していて、男声>女声という記事の数もさることながら、登場する人が古い人ばっかりなんですよね…読む側としてはこれでいいんだろうか^^;でも最近の歌手のレビューをする人はネットにはたくさんいるし、ま、いっか笑。

Baltsa.jpg


アグネス・バルツァ
(Agnes Baltsa, Aγνή Mπάλτσα)
1944~
Mezzo Soprano
Greek

コッソット以降の伊系メゾの中でも最も重要な人物と言っていいでしょう。
路線としてはシミオナートのような低音に凄みのあるタイプではなく、明るくてシャープな感じの声。どちらかと言えばコッソットの方が近いんだと思いますが、彼女よりギラギラとした脂身が薄く、もっとすっきりとした印象の声だと言っていいでしょう。伊ものと言うところで見るならヴェルディを歌うにも充分な重さで様々な録音を残していますが、他方でロッシーニ・ルネサンス及びベル・カント再興の時代に人気の出た作品にもチャレンジしており、こののち現れるより軽量級の歌手たちとの魁となっているということもできるかもしれません。そう考えると或る意味で過渡期の人だということもで きるでしょう。

伊系のメゾと書きましたが、レパートリーは実際伊系に限らず独もの仏ものなどなどかなり広いです。というか彼女の最大の当たり役とされるのはカルメン(G.ビゼー『カルメン』)ですから、ひょっとするとその他の役よりも仏ものを歌っているイメージの方があるのかな?中性的で整ったエキゾチックな顔立ちなので、独特の魅力のあるカルメンになっています。

その広大なレパートリーの多くを録音で楽しむことができるのも嬉しいところです。一回り年上の歌手たちと共に残しているものから始まって、若い世代とのものまで本当にたくさん残して呉れているので、ファンとしてはありがたい限りでしょう。2014年で古希を迎える訳ですが、いまのところ引退の話は聞いていません。

<ここがすごい!>
カルメン歌いのイメージが鮮烈で、オススメ録音でもカルメンの話からスタートしますし、それについては多くの他の場所でも語られていますから、ちょっと別のサイドから。バルツァについては、先述したとおり僕自身は過渡期の歌手だと捉えています。「過渡期」と言うと一般的にはマイナス・イメージで語られることが多いように思うのですが、殊彼女に関してはそれはむしろプラスに働いたのではないかと言う気がするのです。即ち、過渡期に居たからこそ現在知られているような広範なレパートリーの歌唱を残すことができたのかなと。彼女以前の時代に於いては、伊ものの花形と言えば ヴェルディを於いて他になく、ロッシーニにしてもベル・カントにしてもごく僅かな演目しか命脈を保っていませんでした。だからそうした演目の古い音源を聴くと、ヴェルディに適した重厚な声の人たちが無理くりやっているような印象を受けます。これはここで取り上げてきたような大歌手、シミオナートにしてもバルビエーリにしてもコッソットにしても感じられることです。或いはホーンのようにロッシーニとベル・カントに力点はあってヴェルディはいまいちというパターンの人もいました。で、そこに来てバルツァがどうだったかと言うと、新しい時代のメゾとしてヴェルディの路線にもロッシーニの路線にも対応できる人だったのだと僕は解釈しています。ざっくり言っちゃえばどっちも歌える人じゃ なきゃ商売にならなくなってきた世代の走りだと思うのですね(ちなみに現代はこの傾向が更に進んでいる気がしますが、ひとまず措きます)。上記の流れはわかりやすく伊ものについてのみ見ている訳ですが、実際にはこうした動きはもっと複雑に起きているように感じています(彼女のスタートはモーツァルトや独ものですしね^^;)。いずれにしてもスペシャリストと言うよりはジェネラリストが求められる時代こそが、結果的に彼女の広大なレパートリーを作ったのかなと。
ドミンゴなど同様のことが言える歌手は何人かいると思いますが、そうした時代に於いて様々な要求を受けながらも、一定水準以上の歌唱を残すことができた点で、やはりバルツァは非凡な藝術家と言えるでしょう。

彼女の声はシミオナートなどよりも軽い一方で、非常に鋭く響きます。と言ってもそれは絶叫調ではなく、無理のないうまみのある声でありながら、ハッとさせられるような鋭利さがあるのです。これは彼女に独特のもので、しっかりとした甘みもありつつピリッと酸味も立ったトマトを思わせます。転がしの技術もありますし、重すぎない声なので、どちらかと言えば老け役ではなく若い女性の役で本領を発揮する印象。そうした中でのカルメンかな、と。他にもそうした路線での彼女の重要な当たり役としては、エボリ公女(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)やエリザベッタ1世(G.ドニゼッティ『マリア・ステュアルダ』)あたりが挙げられるでしょう。やや柄は大きいながらロジー ナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)も悪くない。
ズボン役も忘れてはいけないでしょう。これは彼女の中性的な容貌によるところも大きいように思いますが、或る意味で脂っこさが少ない声なのでスッキリと若者を演じられるのかなと。作曲家(R.シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』)ケルビーノ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)、オクタヴィアン(R.シュトラウス『ばらの騎士』)、僕は未聴なのですがロメオ(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』)は特に重要なもの。

<ここは微妙かも(^^;>
キャリア後半の演奏になってくると、いろんなものを歌い過ぎたか声を荒らしたな~と思われる部分が散見されるようになります。旨味が減って雑味が増えたと言いますか、声の響きは鋭いものの錆が来たと言いますか。やはりそのあたりいろんなものを歌うということはリスキーな両刃の剣なんだなぁと思ったりします。調子が悪い時は明らかに声が割れていることもありますしね。

<オススメ録音♪>
・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
フォン=カラヤン指揮/カレーラス、ファン=ダム、リッチャレッリ、バルボー、ベルビエ、G.キリコ、ツェドニク共演/BPO、パリ・オペラ座合唱団&シェーネベルク少年合唱団/1982年録音
>いろいろツッコミも無きにしも非ずですが、不滅の名盤でしょう。何と言っても随一の当たり役と言うべきバルツァが圧倒的に素晴らしい!彼女の歌声の独特の鋭い響きは、登場人物の若々しさや性格のきつさを引き出す場合が多いように思うのですが、ここではそれ以上にエキゾチックで土臭いロマの空気をよく引 き出しています。歌いぶりも達者で実に妖艶。正にファム・ファタル!仏人が作ってきたカルメン像とはまた違う、野性味のあるカルメンです。彼女のこの役がセンセーショナルだったのがよくわかる、刺激的かつリアルな人物造形だと言っていいでしょう。これに対しジョゼのカレーラスは、ぐじゅぐじゅしたマザコンっぽい感じがよく出ています(とっても褒めてますwww)。役作りもそうですが、有名な花の歌の最後のppは絶品!この2人に較べると影が薄いですがリッチャレッリも可憐で悪くありませんが、ファン=ダムはフォン=カラヤンのテンポ設定の遅さもあって、重厚と言うよりは鈍重な印象になってしまってイマイチ。そのフォン=カラヤンの指揮ぶりも堂々とした豪華なものではある のですが、テンポ設定や楽器の鳴らし方などやや豪華過ぎるきらいもあるように思います。科白の読みを違う人がやっているのは賛否両論ありますが、まあ趣味の問題でしょう。

・エボリ公女(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
フォン=カラヤン指揮/ギャウロフ、カレーラス、フレーニ、カプッチッリ、R.ライモンディ、ファン=ダム、グルベロヴァー、ヘンドリクス共演/BPO&ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団/1978年録音
>フォン=カラヤンがお好きならば、という留保のつく不滅の名盤。彼女のエボリは当たり役なのに、意外とこの音源と近いキャストの映像以外ではあまり聴けないような。彼女の声の響きはここでも若々しさと同時に独特のエキゾチックさを出すこ とに貢献していて、ああこの作品は西国の物語なんだなぁと思わせるものがあります。そういう意味ではヴェールの歌なんか雰囲気たっぷりで、この異国の物語を彼女以上に活き活き歌った人を寡聞にして知りません。一方でドラマティックな迫力にも事欠かず、カルロとエリザベッタとの関係を知って激昂する場面も強烈だし、何と言っても“呪われし美貌”が圧巻でしょう。ここでも登場したなよなよ男カレーラスも、如何にもヘタレで不安定であまり賢くなく幼稚なカルロと言う男にぴったりの歌唱!(註:むちゃんこ褒めてますwww)その他も重厚で渋い味のあるギャウロフ、漢気溢れるカプッチッリ、スケールの大きなフレーニ、爬虫類的な不気味さのあるライモンディなどなど隅々に至るまでうまい人をキャスティングしていて、歌手的には盤石の布陣です。聴いて損のない1枚でしょう。

・エリザベッタ1世(G.ドニゼッティ『マリア・ステュアルダ』)
パタネ指揮/グルベロヴァー、アライサ、ダルテーニャ、アライモ共演/ミュンヘン放送管弦楽団&バイエルン放送合唱団/1989年録音
>多少のカットはあれど、今なおこの作品の規範的な演奏になっていると言える超名盤。プリマ・ドンナが2人必要であり、演奏史に於いては上演中に2人のプリマが本気の大喧嘩を始めたという伝説まである作品ですが、ここではバルツァとグルベロヴァーと言う偉大な女声歌手を据え、聴き応え満点の演奏が繰り広げられています。バルツァの声はこちらではエキゾチシズムというよりは、エリザベッタの気性 の荒さ、人物の鋭さを良く表しているように思います。しかし女王としての気品は失わず、それが却って悪役ぶりをよく出しているようです。もちろんこの役はただ単純な悪役ではなく、国政と人情と戀愛と様々なしがらみに囚われ、女王という厄介な重責を背負わされた一人間の苦悩を表現しなければならない役ですが、彼女はそのあたりは実によく表現しており流石の歌唱です。彼女と対決するグルベロヴァーのベル・カントものは、個人的には声の響き的にあっていないように思うのですが、この役はあってる気がする。高度な技術と歌心にも抗いがたい魅力があります。この演目では男声は脇ではあるのですが、絶頂期のアライサの豊麗な歌声、ダルテーニャの深々とした低音、精悍で酷薄そうなアライモな ど大変魅力的。

・ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
マリナー指揮/アライサ、アレン、トリマルキ、ロイド共演/アカデミー室内管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1982年録音
>現代的な演奏としてはいいもののひとつだと思います。彼女はこの役を演じるにはやや声がリッチ過ぎて重たい感はあるのですが、歌い口は見事なもの。頭の回転の速い、機転の利くヒロインですから、理知的な彼女のキャラクターに合っているというのもあるのかな、と。アライサの伯爵は多分録音史上最高のもの、アレンもバルツァと同様柄が大き過ぎな感じはあるものの小回りの利いたフィガロ、ロイドのバジリオも重厚感があって悪くないですが、トリマルキがなぁ…つまらんバル トロっていうのはA級戦犯ですよ。。。マリナーの指揮は悪くないですが、この作品にしては暗い色調の音楽です。

・ケルビーノ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
マリナー指揮/ファン=ダム、ヘンドリクス、ポップ、R.ライモンディ、ロイド、パーマー、バルディン、ジェンキンス共演/アカデミー管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1985年録音
>数あるこの演目の音源の中でもトップレベルの物のひとつでしょう。バルツァはモーツァルトで世に出てきた人らしく、板に付いた歌唱。1幕のアリアなどかなりマリナーは煽るのですが、バッチシ歌いきっています^^録音で聴ける彼女のモーツァルトでは一番いいような。ポップやライモンディのところでもご紹介したとおり、 共演についても安定していますし、マリナーの指揮もいい。

・ビアンカ(S.メルカダンテ『誓い』)
アルブレヒト指揮/ドミンゴ、M.ザンピエーリ、カーンズ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1979年録音
>忘れられた作曲家メルカダンテの代表作の代表盤として扱われており、このメンバーでこの作品が聴けるのも嬉しいし演奏そのものも立派なのですが、カットにかなり疑問の残る録音。カバレッタの2回目がないぐらいならまだいいんですが、いくつかの部分は場面ごとカットになってしまっています!カーンズなんか結構頑張ってるのに一番の見せ場の大アリアをまるっとカットされてしまっていて実に残念。。。と言う訳でこの作品の真の姿を伝えているとは言い難い音源 なのですが、そうしたことを飛び越えてバルツァがいい。ベル・カント酣の時代の作品なので、技術的にはかなり難しい細かい動きもたくさん出てきますが、バルツァはそのあたりは相変わらず巧い。ドニゼッティともベッリーニとも違うメルカダンテの旋律の良さを情感豊かによく引き出していると思います。一聴の価値ありです。共演ではドミンゴが高音を端折ってる部分はあるにせよ、名歌手の名に恥じぬ懐の深さを感じます。

・ラウラ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
バルトレッティ指揮/カバリエ、パヴァロッティ、ミルンズ、ギャウロフ、ホジソン共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ・コーラス/1980年録音
>指揮がへぼいとかカバリエがキャラ 違いとかいろいろ言われますが、これだけのメンバーを揃えたら、声の競演と言う面ではやっぱり欠かせない名盤。ここではアルヴィーゼを歌うギャウロフが重厚で年長に、ラウラのバルツァは逆に若々しく聴こえるため、彼女がエンツォへと傾いていく流れに非常に説得力があります。情熱的な歌い口ですから、終幕エンツォと駆け落ちしてしまうという展開にも真実味があり、この役としては理想的な歌唱ではないかと。
実は『誓い』と原作は同じ(V.ユゴー『パドヴァの暴君アンジェロ』)で、彼女の役回りも上の盤と一緒。両者とも結構改変があるので違っている部分も多いですが、聴き比べてみるのも面白いと思います。 

・作曲家(R.シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』)2014.7.17追記
レヴァイン指揮/トモヴァ=シントヴァ、バトル、レイクス、プライ、ツェドニク、シェンク、マルンベルク、プロチュカ、リドル、アップショウ、ボニー共演/WPO/1986年録音
>不滅の名盤。恥ずかしながら最近初めて聴きまして、こんな素敵な作品だったとは!と目から鱗を10枚ぐらい落とした音源です。ここでのバルツァは凄い。本当に凄まじいです。声が全盛期でこぼれんばかりの美声である上に、この作曲家と言う情熱的で神経質な人物にピッタリと合っています。幕前劇で何が起こっていても、つい耳が彼女に向いてしまうぐらい魅力的で、これはおススメです。フォン=カラヤンが起用しそうな端々までのゴールデン・キャストでは、特にトモヴァ=シントヴァのアリアドネが素晴らしいです。また、プライとツェドニクも巧いうまい。バトルは相変わらずの無国籍歌唱で趣味ではありませんが、技術は優れています。レイクスが薄味なのが弱点。しかし、バルツァのために聴いて損のない1枚です。
(2015.2.5追記)
ベーム指揮/ヤノヴィッツ、グルベロヴァー、キング、ベリー、ツェドニク、クンツ、マクダニエル、エクヴィルツ、ウンガー、ユングヴィルト共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1976年録音
>上記の演奏を凌ぐ最高の名盤!この演奏がライヴでなされたなんて!と感動する素晴らしい内容です。これだけのキャストでみんなベスト・パフォーマンス!バルツァは上記の録音と同様何処までも青臭い理想主義の若者を等身大に演じていて、その溢れんばかりの表現力には脱帽せざるを得ません。スタジオよりも10年若い分その若々しさが更に前面に押し出され、その上ライヴらしい熱気が宿っています。あれだけ素晴らしいと思ったスタジオでの作曲家が霞んでしまうぐらいの見事な歌唱。共演はグルベロヴァーについて述べる人が大多数かと思いますが、誰がと言うのではなく全員が傑出した歌唱。これを聴かずしてアリアドネを語る勿れ、という演奏です。
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