オペラなひと♪千夜一夜 ~第十二夜/今世紀最初の名花~2012-10-10 Wed 01:09
さていま注目の歌手を紹介してきた第2クール、最後はいまのオペラ界を語るうえでは欠かすことのできないひとに登場していただきましょう。
![]() Lyudmila アンナ・ネトレプコ (Anna Netrebko, Анна Юрьевна Нетребко) 1971~ Soprano Russia もともとはロシアのマリインスキー劇場で下働きをしながら歌の勉強をしていたとか。 聴けばわかりますが下働きにはもったいない歌唱力を持ってますし、見ればわかりますが下働きにはもったいない容姿も持ってます。最初のころは「(声の)線が細くてオペラは無理」なんてことも言われていたそうです。 いまや世界中で活躍している彼女を見て、これを言ったひとはどう思っているのでしょうか… 高名なヴァレリー・ゲルギエフがМ.И.グリンカの『ルスランとリュドミラ』を演奏するにあたって、当時既に有名だったガリーナ・ゴルチャコーヴァを押さえてリュドミラ役に大抜擢を受けたのが基本的にはこのひとのキャリアの転換期でしょうか。 その後はW.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・アンナ役で一時期名を馳せ、「アンナはアンナ」なんて言われた時期を挟み、いまはベル・カントものやヴェルディにも進出しています。 <演唱の魅力> このひとも前回のドマシェンコ同様綺麗なひとなのでまず舞台映えは抜群、露的な暗めの美声も第一級のものだと思うし、歌唱力も抜群だとは思います。が、彼女がいま世界で引っ張りだこなのはそれらの諸条件よりなによりその演技力によるところなのかな、と言う風に個人的には思っています。 例えばV.ベッリーニ『清教徒』のエルヴィーラ。ネトレプコの場合必ずしもこの役に合っている声だとは思わないのですが、この作品のハイライトと言える最大の見せ場(そして最大の難所)、“狂乱の場”での体を張った表現には思わず惹きこまれました。焦点の定まらない虚ろな目で舞台上を彷徨い、オーケストラピットに髪をたらし寝転がり…なかなかあそこまでやってくれるひとはいないと思います。そしてノッているときには寝転がるようなとんでもない姿勢でも崩れることなくきちんと歌いきる、その歌唱力にはたと気づくと、そこについても我々は改めて感嘆するのです。演技の話を先に出してしまいましたが、大前提として彼女は本当に歌心のある歌手であり、緻密で美しい歌をうたうことができる人です。技巧ではなくて、歌がうまいという印象。 音源で聴く、ということを考えればやはり彼女のお国の露ものをオススメしたいと思います。露国の作曲家のマイナーなオペラって実は(?)かなり名曲が含まれていると同時に相当難しいパッセージを含んでいたりするんです。かつての西側の名手たちは主に言葉の問題でそうした難しいマイナーな曲には取り組めていない部分もあるし、逆に東側の名手の録音は今の我々の手には入りづらかったりするので、そういう意味でも彼女の存在は貴重。暗めの声で情感たっぷりの露的抒情を歌われるとぐぅっと来ます。 <アキレス腱> その卓越した演技力(と容姿)でいろいろなものをカヴァーしながら最近は伊もののさまざまな作品で活躍を続けている彼女ではあるのですが、個人的には彼女の本質はやはり露国の作品にあると私は個人的には考えています。先程挙げたエルヴィーラのように、確かに大変見事だと思わせるものもある一方で、伊ものでは正直微妙だなというものもあります。やはり満遍なく感心するのは露もの。本来的には伊ものに求められているような明るい声質ではなく、より陰影に富んだ露ものっぽい声だからでしょう。 また最近は役として魅力的なのはわかるけどテクニックのうえでもう少し研鑽の必要を感じることもありますね(苦笑) ちょっと前に大当たりを取ったのですがG.F.F.ヴェルディ『椿姫』のヴィオレッタは共演のロランド・ヴィリャソンやトーマス・ハンプソン、そして演出ともども私としては「なんでこれがこんなに当たったのかわからない」というような出来でした。暗い声質がやっぱり引っかかるしアジリタ(細かい音符で書かれた装飾的な歌唱)も甘かったと思うし。 <音源紹介> ・リュドミラ(М.И.グリンカ『ルスランとリュドミラ』) ゲルギエフ指揮/オグノヴィエンコ、ジャチコーヴァ、ベズズベンコフ、ゴルチャコーヴァ、プルージュニコフ、キット共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団/1995年録音 >彼女が最初に当たりを取った役ですね。ベラ・ルデンコやヴェーラ・フィルソヴァのような伝統的なリュドミラ役に求めらてきた声から比べると重いのは確かですが、僕個人としてはこのぐらいの声でやった方がこの役に関してはより淑やかな感じが出ているような気がして好きです。心なしかここでのアジリタの方が伊ものでのそれよりも達者に聴こえますし(楽譜が簡単なのかな…大曲揃いではあるけど^^;)序曲のみが有名で全体にあまり演奏されない曲目ではありますが、いざ聴いてみると素晴らしい音楽が次から次に飛び出します(長いのは確かですが笑)。勇壮なオグノヴィエンコ、超高難度のロンドを猛烈な勢いで歌うベズズベンコフ、豊かなアルトを響かせるジャチコーヴァはじめ共演も揃っていますし、ゲルギエフのトップスピードでの序曲も楽しめます。名盤。 ・エルヴィーラ(V.ベッリーニ『清教徒』) サマーズ指揮/カトラー、ヴァッサーロ、レリエ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2007年録音 >これは全曲観れてるわけではありませんが、上述の通りこの役の狂乱の場は彼女が歌った伊もののなかでは最良の部類に含まれるものだと思います。演技が秀逸!歌唱については、この人はコロラテューラの技術がいまひとつなので、もっと頑張ってほしいとも思うのですが、意外と狂乱の場の映像は、演技がいまいちなものが多いように思うので、そういう意味ではこういう楽しみ方ができるのは貴重だったりも。 ・ナターシャ・ロストヴァ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』) ・白鳥の王女(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝サルタンとその息子栄えある逞しい息子グヴィドン・サルタノヴィッチ、美しい白鳥の王女の物語』) ・イオランタ(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』) ゲルギエフ指揮//サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団/2006年録音 >あまり歌って呉れていないのですが、基本的にはこのひとは露ものの方がいいかなと思っています。そういう意味ではこれら露ものの超マイナーなナンバーが収められている『ロシアン・アルバム』はおススメ。ナターシャは万人受けする曲ではないと思いますが、何とも言えないこの頽廃した感じによく声が合っていると思います。 熊蜂の飛行でのみ有名なサルタンからのアリアもなかなか聴くことのできないレアものを、ネトレプコの歌で聴けるのは有難いです。そしてイオランタがとっても素敵なんですよ!チャイコフスキーの抒情的な旋律をゆったりと歌いあげています。 (2015.5.1追記) ・イオランタ(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』) ヴィヨーム指揮/スコロホドフ、コヴァリョフ、マルコフ、メアヒム共演/スロヴェニア・フィルハーモニー管弦楽団&スロヴェニア放送合唱団/2012年録音 >待ちに待ったネトレプコの『イオランタ』全曲です!先のアリア集では清新な印象を残す名演を残している彼女ですが、ここではキャリアを重ねて更に充実した声と表現力で全編非常に集中力の高い歌を披露しています。冒頭から彼女のアリアまでの僅か10分程度の間だけで、オペラの醍醐味をフルに味わったような満足感を与えてしまう力量にはただただ圧倒されますし、そのテンションのまま全曲聴かせてしまうのですから大したものです。前述のアリアも素晴らしいですが、ヴィヨームの指揮も相俟ってイオランタが手術を決意する場面の決然とした歌いぶりが実に感動的です(平均点の高いゲルギエフ盤ですがここはさらっと流してしまっていて、実はあまり印象に残っていませんでした^^;)。指揮者や共演陣は必ずしも有名どころではないのですが、いずれも大変素晴らしいです!男声陣の適度な重みのある声と役柄にあった演唱もお見事ですが、特筆すべきはヴィヨームの指揮。全く露的でこそありませんが、チャイコフスキーの西欧的な面が非常に強く感じられ、全体に洗練された雰囲気を湛えています。不滅の名盤。 ・ナターシャ・ロストヴァ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.7.13追記 ゲルギエフ指揮/フヴォロストフスキー、グレゴリヤン、バラショフ、リヴィングッド、レイミー、ゲレロ、オブラスツォヴァ、オグノヴィエンコ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音 >こちらもようやっと聴きました!随分と若いころの歌唱です。ごく最近のイオランタでの濃厚な声に比べるとかなり軽い声。しかし、ナターシャの魅力的でありながら若い娘らしい移り気で不安定でどこか落ち着きのない儚さ(そしてそれは彼女の魅力と表裏一体なのです!)を考えるとこれ以上のものはないように思います。かなりのカットのあるオペラではナターシャの酷い女っぷりが増してしまっているのですが、それがネトレプコが歌うとマイナスにならない。実に魅力的に聴こえてしまうんですね。まさにナターシャそのものと言ってもいいのでは。そして彼女に相対するのがフヴォロストフスキーの極め付きのアンドレイ!悲哀と虚脱感を纏いつつも有能で情熱的な人物を、ほとんど素で演じています。グレゴリヤン他無敵艦隊ですが、特にゲルギエフ率いるオケと合唱は出色。大河ロマンの世界を体感させてくれます。 ・ルサルカ(A.ドヴォルジャーク『ルサルカ』) ・ムゼッタ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』) ノセダ指揮/WPO/2003年録音 >これらもアリア集『宝石の歌~ヤング・オペラ・ヒロイン』で1曲ずつしか聴けない役ですが、彼女の適性に良くあっていると思います。どちらかというと現代のプリマ・ドンナ的な良くも悪くもスターっぽい振る舞いが注目されがちな彼女ですが、意外とルサルカのような役をしっとりと歌いこむ方が得意なのではないかと思います。また、近年はミミをよく歌っているようですが、本当は彼女みたいな人がムゼッタを歌ったら理想のムゼッタを聴くことができるのかもしれないと思わせるワルツをここでは披露して呉れています。全曲歌って呉れないかなぁ…。 ・ジュリエッタ(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』)(2012.10.17追記) ルイージ指揮/ガランチャ、カレヤ共演/WPO&ヴィーン・ジング・アカデミー/2008年録音 >女声ばっかりだもんで敬遠してたんですが聴いてみてものすごく反省しました。これは世の中に稀にある、「とりあえずいいから黙って聴いてみろ」というレベルの超名盤です。ネトレプコの声はジュリエッタには芳醇すぎるきらいもありますが、しっとりした魅力を出すのに一役買っています。そしてこういう技巧ではなく純粋で歌を聴かせるものになるとやっぱりこの人は凄い歌手なんだなと思わされます。瑕疵はあるものの、ベッリーニの紡ぎ出した旋律美を十分に表現しています。 ・アンナ・ボレーナ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)2018.8.10追記 ピドー指揮/ガランチャ、ダルカンジェロ、メーリ、クルマン共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2011年録音 >こちらも漸く観ることのできた映像。今楽しむことのできるこの作品の映像ディスクの中では最良のものではないかと思います。何度か述べている通り彼女は超絶技巧の人ではないので、音だけ取り出すと転がしには不満が出そうな気もしつつも、アンナがあらぬ罪をかけられる1幕フィナーレ以降のパフォーマンスは驚異的な集中力で、ぐいぐいと引きつけられます。他方で徒らにドラマティック路線というわけではなくppですっと延ばす高音など実に美しく、思わず陶然と聴いてしまうところ。狂乱での多面的な表現も見事ですが、白眉はガランチャとの重唱でしょう。この2人はそもそも相性のいい歌手ですが、ここでの緊迫感のあるやり取りは最高。ダルカンジェロは見た目も歌も素晴らしいのですが、この公演ではカットが多く美味しい部分がだいぶ削られてしまっているのが残念です(この演目ではよくあるのですが)。メーリほか脇の面々も◎。この演目に最初に触れるのにいいディスクかもしれません。 ・レオノーラ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』) ・エリザベッタ・ディ=ヴァロア(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)(2015.4.20追記) ノセダ指揮/ビリャソン共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団/2012年録音 >いよいよ彼女がこの領域に乗り出したか!という感じですね^^満を持して発表されたヴェルディ・アリア集、大変完成度が高く濃密で充実した歌が最高です。本来技巧はそこまででもなく、むしろその歌心の確かさで勝負するのこそが本領の彼女が、これまでむしろ苦手そうなベル・カントを中心にレパートリーを形成していたのは、声の熟成を待っていたからなんだろうなあとしみじみ思います。中でも素晴らしいのがこのふたつ。レオノーラはやっぱりカバレッタはややしんどそうなんだけれども、結構聴かせるのが難しいカヴァティーナが物凄くいい!こってりとした味わいのある響きが堪りません。そして、アリア集などを含めて彼女が歌ってきた中でも最も重たいレパートリーであろうエリザベッタ!肉厚でしっとりした響きの声であの長いアリアを一気に聴かせてしまう力量は流石です。いまエリザベッタを実演でやっている人たちよりもヘタするとよっぽどいいかもしれません(や、フリットリがいるか笑)。『ドン・カルロ』は是非全曲入れて欲しいし、これなら『運命の力』もいけるのでは!そんな期待の膨らむアリア集です^^ スポンサーサイト
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