Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第六十二夜/奇跡の方針転換~

「フランス特集しよう!」とか前回意気込んだけど、結構聴いときたい音源を持ってないことに気付いたぞ(汗)いやあご紹介したい人はたくさんいるんですよ…ただ結構音源が手に入らんのよね^^;
加えていつも鬼籍に入ったような人ばっかりって言うのも難だなぁというのも常々…ということで、ちょっと当初考えてた人と違う人を先にご紹介しましょう笑。

Dessey.jpg
Olympia

ナタリー・ドゥセ
(ナタリー・デッセー、ナタリー・デセイ)

(Natalie Dessay)
1965~
Soprano
France

方針転換してこの人、と言ったら世界中のオペラファンの総スカンを喰らいそうですが、そもそもこの人も人生の大きな方針転換をしなかったら、オペラ界・クラシック界は随分寂しくなっていただろうと思うので、方針転換は大事なのです!(なんじゃそりゃ笑)
有名な話ですから長々とは書きませんが、この人はもともと女優でした。少女時代に女優ナタリー・ウッドへの憧れから、本名のNathalieから読まないhを落として今の綴りでやっていると言う話もあります。彼女の演技を観ればそれも肯けるというもので、美しい容姿も相俟って「オペラ歌手=巨体で演技ベタ」という印象を覆して呉れます。近年の歌手は演技が巧い人が多いですが、その中でも一頭地抜いた感を見せます。

もともと何処まで音楽教育を受けていたのかは僕はわかりませんが、女優から方針転換して歌手になったと言うのが信じられないぐらい技巧的な部分が達者です。独ものや伊ものでも存在感のある歌唱を聴かせて呉れますが、声質や転がし方などを聴いていると、やはり本領は仏ものではないかと思います。と言う訳で、勢いここでのご紹介も仏ものの話が中心になるかと^^

ちなみに、綴りをそのまま読んで「デッセー」とか「デセイ」とかって言う呼び方で日本では定着していますが、「ドゥセ」という読みが近いのだとか。ということでここではひとまず「ドゥセ」で通そうかと。
ちなみについでに、夫君はバリトンのロラン・ナウリ。

<ここがすごい!>
上述のとおりそもそもが女優スタートですから演技はピカイチですし、美人ですから何をやっても様になります(最近流石に年齢が目立つようになってきましたが^^;)笑ったり泣いたり怒ったり狂乱したり(笑)、実に表情豊かで、観ている側もどんどん感情移入してしまいます。悲劇をやれば本当にかわいそうなヒロインぶりを発揮しますが、個人的には演技者としての彼女の良さは喜劇でより現れる印象です。綺麗な人なんですけどコミカルな動きが非常に嵌るんですね。お茶目で悪戯好きそうだけれどもどこか憎めない…そんな役作りが映えるように思います。

このそもそも演劇畑だと言うことが、歌にも良く反映されているように感じます。
この人の歌を取り上げるなら、まず言うべきはその卓越した技巧で、細かい動きを正確にこなす様はあたかも機械仕掛けのようで、まさにオランピア(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)を思わせます。しかし彼女は、淡々とメカニックに細かい音符を追って行くだけではありません。人物の性格や感情を汲み取った上で、それを難易度の高いフレーズに乗せて絶妙に表現していきます。このあたりことばに対するセンスが優れていることの証左と言えるでしょう。また、以前バルトリが同じようにことばの意味をきちんと解釈した上で高度な技巧を披露できる人だとご紹介しましたが、彼女とはベクトルの方向が違っていて、バルトリが音楽に拠った、或る意味で歌曲的と言いますかもっと言えば朗読的なアプローチを取っている印象なのに対して、ドゥセのそれはやはりより演劇的に感じられます。これはバルトリが演技をしていないと言う意味ではなく(G.ロッシーニ『チェネレントラ』などを観ればそれは明白)、ドゥセが言ってしまえば現代劇的なのです。それは映像で観るとより分かりやすいですが、歌のみからでも感じ得る部分だと思います。ドゥセはときにはドキッとするぐらい汚い声を出したりなんてことも2人とも同様に技巧派であり且つ知的な歌唱を売りとする現代の歌姫ですが、はっきりと個性の違いを感じます。

声質は彼女以前の仏コロラトゥーラ・ソプラノであるマディ・メスプレやマド・ロバン(この2人も扱いたいんだけどメスプレは膨大なオペレッタが聴けてないし、ロバンはそもそもの音源が少ないしでちょっと考え中)の系譜を引くといっていい、すっきりとした味わいのものです。脂身の少ない爽やかな響きなので独ものにも合うと思いますが、よりまろみと色気のある声ですから、やはり仏ものの方がお似合いかなぁという気はします。歌い口も仏人らしいエスプリを感じるものですし、優美で柔らかな旋律で一番実力を発揮していると思います。

<ここは微妙かも(^^;>
技術は達者だし高い方も余裕綽々だし美声ではあるのですが、先述のとおりすっきりした低カロリーな声なので、歌える役はある程度限られるかなと思います。即ち、独ものなら違和感ないのですが、伊ものでは声の響き的にちょっと喰い足りないように感じるのです。椿姫なんかもやってはいるし、巧いのは巧いように思うのですが…ドゥセならもっといい歌聴ける役があるからそっちにしたいなと。あと、僕自身は声楽をやっていないので詳しくわからないのですが、同じコロラトゥーラと言っても仏ものと伊ものでは違う理窟で旋律ができているような気がしていて、どちらでも文句ない歌唱をしている人は居ないんじゃないかなあ。ご多分に漏れずドゥセも仏ものであれだけ輝かしい転がしを聴かせますが、伊ものは思ったほどではないことが多いように思います。
や、十分水準以上なんですがね。

あと、ちょっと無理のある歌い方だったのかまだ40代後半ですが、声の荒れが最近散見されるように感じているのは私だけでしょうか。

<オススメ録音♪>
・オランピア(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
ナガノ指揮/アラーニャ、ファン=ダム、デュボス、ヴァドヴァ、ジョ、ラゴン、バキエ共演/リヨン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1994-96年録音
>不滅の名盤。新発見の楽譜を加えた演奏の中では最もスタンダードなもののひとつではないかと思います。ここではヒロインが分業されているため出番こそ多くはありませんが、彼女の最大の当たり役のひとつと言っていいオランピアを、全盛期の歌声で楽しむことができます。高い音にも全く揺らぎがありませんし、仏ものでのコロラトゥーラの安定感は卓越しています。まさに自由自在と言ったところ。このキャラクターに必要な何処かメカニックな雰囲気もありながら、あたたかみとコケットリーもあるオランピアで、個人的にはこの役のベストだと思います。ここでは音源をご紹介しましたが、いくつか出ている映像を観ていただくと、彼女のコミカルな役へのセンスも感じることができます。アラーニャやファン=ダムは仏ものですから文句なく素晴らしいですし、残るヒロインを演じるヴァドヴァとジョも理想的な歌唱。特にジョのジュリエッタは新発見のアリアで火花のようなコロラトゥーラを聴かせるとともに、怪しげな色気も表現していて必聴です。要役のデュボスも存在感がありますし、ラゴンやバキエなど脇役も締まっています。ナガノの指揮も見事なもの。

・ユリディス(J.オッフェンバック『地獄のオルフェ』)
ミンコフスキ指揮/ブロン、ナウリ、フシェクール、プティボン、ジャンス、ポドレス共演/グルノーブル室内管弦楽団、リヨン歌劇場管弦楽団&合唱団/1997年録音
>オッフェンバックが続きますがこちらもまた不滅の名盤。猥雑な仏オペレッタを現代的な世界の中で再現してしまった強烈な録音。未見ですがライヴの映像もあり、そちらは更に強烈なようですが、ドゥセの役者ぶりは音声だけでも十二分に伝わってきます。地の科白のところで思いっきり汚い声を出したと思ったら、そのあと瑞々しく伸びやかなコロラトゥーラで超高音に駆けあがったりまあよくやるもんです(笑)こういうことしてたから最近声が荒れてきたんだよとも思わなくはないですが、まあそんなことは忘れて彼女のコメディエンヌっぷりを思いっきり楽しめばいいでしょう。作中の旦那役のブロンも軽々しくて笑えますし、現実の旦那のナウリは渋い感じですがチョイ悪な雰囲気がいい。蠅の2重唱とか悪乗りっぷりが楽しいです。脇もプティボンやらジャンスやら良く揃えたなぁという感じですが、特にポドレスのドスの利いた世論は最高ですwwミンコフスキの要を得たいい意味で軽薄な指揮も魅力的で、このひとがこの音源の屋台骨でしょう。

・ラクメ(C.P.L.ドリーブ『ラクメ』)
プラッソン指揮/クンデ、ファン=ダム、ビュルル、プティボン、エイデン共演/トゥールーズ・キャピタル管弦楽団&合唱団/1997年録音
>これも不滅の名盤。ロンバール盤と並ぶこの作品の双璧と言うべき録音です。鐘の歌や花の重唱のみが取り上げられがちなこの作品ですが、主役次第でよりポテンシャルを示せると言うことがよくわかります。技巧はここでも変幻自在ですが、それ以上に煌びやかな輝きを放ち生命力に溢れた歌声が圧倒的です。鐘の歌では、物語の筋書きとはまた別に、歌うのが楽しくて仕方がないと言うような喜び、ある種の法悦に溢れた歌で、これだけでも聴く価値があります。ファン=ダムの滋味あふれる歌唱も魅力的。彼はやはり仏ものでこそ本領を発揮し、舞台全体を引きしめて呉れるように思います。クンデは好きなテノールですがこの役にはちょっと軽過ぎ。それよりもロンバール盤でジェラールを歌っていたビュルルがアジをやっていることに驚きます。プラッソンの仏ものは心得たもので安心して聴けます。

・オフェリー(C.L.A.トマ『アムレ』)
プラッソン指揮/ハンプソン、ファン=ダム、ド=ユン、ラオー共演/トゥールーズ・キャピタル管弦楽団&合唱団/2000年録音
>最近METでキーンリサイドを主役に据え、ドゥセをオフェリーにした公演が行われ話題となりましたが、それよりもちょっと昔の公演。ここでのドゥセは喜劇で登場する時のキャピキャピ感は全くなく、清楚で淑やかなレディです。それだけにだんだんおかしくなってくるアムレを心配する彼女には観ている方ものめり込めます。狂乱の場面の美しいこと!演出も相俟ってキーンリサイドのアムレが強烈なイメージとなってしまって最近話題になりませんが、当時は評価の高かったハンプソン。僕も彼はヴェルディやヴァーグナーなんか歌うよりよっぽどこっちの方が声の重さの面でも、知的でクールなキャラづくり的にも合ってると思っていて、好きです。ここでも脇を固めるファン=ダム、憎々しい王様ぶりでお見事。ラオーの兄貴もいい。プラッソンもいいですが、ちょっともてあまし気味な部分もあったような。

・ディノラ(G.マイヤベーア『ディノーラ、またはプレールメルの巡礼』)
フルリニエ指揮/モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団/1996年録音
>これは彼女の『鐘の歌 フランス・オペラ・アリア集』に入っているもので、全曲こそないものの魅力満載です。狂乱の場ですが、少女らしい軽やかさで明るい雰囲気で歌っています。仏もののコロラトゥーラの良さをこれだけ出せる人はなかなかいないと思いますし、できたらそれこそナウリをオエルに据えて全曲残して欲しかったなぁ。

・リュスィ(G.ドニゼッティ『ランマーモールのリュスィ』)
ピド指揮/アラーニャ、テジエ、カヴァリエ、ラオー、セラン共演/リヨン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音
>超名盤。ドゥセなら伊語盤の『ルチア』でも充分歌えると思いますが、絶対この仏語盤の方がぴったり来ていると思います。この作品の場合単なる仏語訳版と言う領域を越えて、違う作品と言うべき要素もたくさんありますし、実際ドゥセの装飾の入れ方を聴けばそれは一耳瞭然です。ドゥセの仏語の表現の見事さは類を見ませんし、そのすっきりした切れ味のいい声で不安定な主人公になりきっています。個人的にはその声で『ルチア』をやったら脂の少ない薄味な印象を持ってしまう気がしていて、だからこそこの『リュスィ』を遺して呉れたことに大感謝です。アラーニャやテジエにも同様のことが言えると思っていて、彼らもエドガルドやエンリーコではなんとなく冷めた演奏に聴こえそうです。とはいえアラーニャはエドガールとしてこの演奏本当に気合を入れて歌っていて、ドゥセとの重唱ではハイEsもこなしていますし、終幕のアリアも感動的。テジエも冷酷で、目的のためには手段を選ばないおぞましい兄貴ぶり。このゾッとするような冷たさは、アンリでこそ活きると言う感じです。カヴァリエ、ラオー(この人もドゥセとの共演でしっかりサイドを守って呉れますね)もしっかりしていますし、仏語版でのみ重要な人物として登場するジルベールを演じるセランもお見事。ピドのアプローチも伊ものの『ルチア』とはきっちり区別していることが伺える演奏で、人を揃えればこの『リュスィ』も非常に楽しめる作品だと言うことを示して呉れています。ジャケットのドゥセも美しいし(笑)、これは手許に置きたい音源。

・マリー(G.ドニゼッティ『連帯の娘』)2017.6.15追記
カンパネッラ指揮/フローレス、コルベッリ、パーマー共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/2007年録音
>こちらもチェックはしていながら視聴していなかったDVDでしたが、お腹を抱えて楽しめる代物。全編ドゥセの堂に入ったコメディエンヌぶりが堪能できます!いたずらっ子のようにちょこまかと動き回りボクサーのような激しい動きで飛び回る前半は、何故こんなに動いて声が全然揺れないんだろうかと思わせるほど。一転後半のお仕着せのお嬢様生活ではあたかもオランピアのようなぎこちない動きで笑わせてくれます。彼女の魅力を最大限に引き出している映像のひとつと言ってもいいでしょう。彼女に較べるといささか紋切りの動きっぽいところもあるものの、フローレスも当然ながら高水準。例のハイC連発アリアも全く不安なく聴いていてとても気持ちいい。手塚治虫のヒゲオヤジのようなコルベッリや英国の大ヴェテランであるパーマー他脇の面々もしっかりと脇を支えています。
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コメント

二シーズンにわたるメト通いのなかで、私的に一番の公演は彼女の「ジュリオ・チェーザレ」でした。結果的には引退公演になってしまいましたし、感慨深いものでしたね。のどが辛そうなところもありましたが、すごくエンターテイニングな主役ぶりで感動しました。
2014-03-05 Wed 08:54 | URL | 斑猫 [ 編集 ]
> 「ジュリオ・チェーザレ」
メトで彼女を聴かれたんですね、羨ましい限りです^^
バロックものには疎くてこんな超有名作も頭にはいるほど聴けていないのですが、彼女なら技巧だけではなくキャラクターを出した歌唱をして呉れたんだろうと思います。そういえば最近?『クレオパトラ』というアルバムも出してますよね、聴いてみようかな。

本当なら彼女のレパートリー的にはここでも独ものやバロックの話ももっとしないと怒られるんだろうなと思いながら、今回は仏ものにかなり偏った内容になっているのは、自分の勉強不足もあり、反省しているところです。。。
2014-03-05 Wed 10:56 | URL | Basilio [ 編集 ]

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