Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

アルツィーラ

アルツィーラ
Alzira
1845年初演
原作:ヴォルテール(フランソワ=マリー・アルエ)
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ

<主要人物>
アルヴァーロ(B)…西国人のペルー総督と言う訳で偉い侵略者なんだけど、開幕いきなり原住民に囚われている何か可哀そうな人。ヴェルディに出てくるお父ちゃんでバスとか言うと見せ場が多そうで俄然テンションが上がるが、ここではほぼ脇役。後年のヴェルディだったらこの役をもう少し拡張して(息子グスマーノと恩人ザモーロと対立していることを嘆くアリアとか、どちらかを説得する重唱とか)、オペラ全体をもう少し立体的にしてそう。
グスマーノ(Br)…アルヴァーロの息子。作中で高齢の父から総督の座を引き継ぐ。オペラには良くあることだが、身分のある人物の癖に捕虜の原住民(=アルツィーラ)に惚れ込む。これだけだと単なる悪役なんだが、終幕でザモーロに刺された後はいきなり名君モードになってアルツィーラとザモーロに恩赦を出し、高潔な人物として讃えられて死んでいく。この作品での彼の最期はやたら唐突だが、後の『仮面舞踏会』のリッカルドの最期が透けて見えないこともない。
ザモーロ(T)…原住民の酋長のひとりで、死んだと思われていたが実は生きていた。冒頭敵のアルヴァーロを解放したりとか懐がでかい感じを漂わせるものの、そのあとはアルツィーラ逢いたさに敵陣に忍び込んでいちゃいちゃしたり、西国との戦いに奮起してみるもののあっさり敗れてたり、アルツィーラがグスマーノと結婚すると聞いてブチ切れて単騎グスマーノ刺しに向かったり…まあよくいるスットコドッコイなテノール役。けど案外いいアリアが与えられているし、この役の出来栄えが作品の印象を左右しそう。
アタリーバ(B)…原住民の酋長のひとりでグスマーノに捕えられている。。ヴェルディに出てくるお父ちゃんでバスとか言うと以下略。アルヴァーロ以上に見せ場がなくて何か可哀そう。ポジション的には『アイーダ』のアモナズロへと繋がって行くのかな、と言う気もするが…まあ脇役だしね^^;
アルツィーラ(S)…アタリーバの娘。ザモーロと愛し合っているが、父親ともどもグスマーノの捕虜になり、その上グスマーノに言い寄られている悲劇のヒロイン。しかし題名役なんだが割と存在感が稀薄で、ザモーロやグスマーノの方が印象に残る気がするのは聴いた録音の問題か^^;でも結構技巧的には難しそうで、アンサンブルなんかでは華々しく活躍している(まあ主役だからそうかw)。
オヴァンド(T)…西国の侯爵。西国人だったら「オバンド」の方が発音的には合ってるのかな。ま、いっか。
ツーマ(Ms)…アルツィーラの召使。捕虜になってるのにちゃんと召使が結構いるなんてアルツィーラはいい身分だ。アイーダなんかアムネリスの召使やってるのに…。あ、意外とこの役はアンサンブルで聴こえます。
オトゥンボ(T)…原住民の兵士。如何にも原住民っぽい、そして脇役っぽい名前がチャーミングである。そして、意外と歌う。

<音楽>
・序曲
○プロローグ「囚われ人」
・導入の合唱
・ザモーロのカヴァティーナ

○第1幕「命には命を」
・導入の合唱
・グスマーノのカヴァティーナ
・アルツィーラのカヴァティーナ
・アルツィーラとザモーロの2重唱
・フィナーレ

○第2幕「原住民の復讐」
・導入の合唱
・アルツィーラとグスマーノの2重唱
・ザモーロのアリア
・グスマーノのアリア・フィナーレ

<ひとこと>
ヴェルディ御大が後年自分の作品を振返って、「これはひどい」と言ったことで有名な作品(笑)興行的にも『1日だけの王様』以来の大コケだったと言うこともあり、ヴェルディの数ある歌劇の中でも最も光の当たらない作品だと言ってもいいかもしれません。名前も『アッティラ』に似ていてよくCD屋でも間違えて置かれてるし…かくいう僕自身が聴いたのも全作品中最後の方、というかその後に聴いた『ジェルザレム』や『アロルド』は改作ですから、そう考えると最後と言ってもいいでしょうね^^;
よく台本が古臭くってダメだったとよく言われますが、あらすじを読んでみると意外とマトモ。むしろヴェルディ先生の作品の中ではまだ筋が通ってる方なんじゃないかと言う気もします。もちろん最後はデウス・エクス・マーキナー的ではあるのだけれど、彼の人気作の超展開っぷりに較べたらだいぶマトモなんじゃないかと。ただ、後述しますが各人物の魅力はやはり足りないと思います。
音楽の方も、とても傑作と言えるようなパンチに富んだものではないものの、歌う人がちゃんとしてればまあ楽しめるレベルではあると思います。集中力は続かないものの、光るところも散見されるのは確か。あと、聴いた音源の歌唱陣のせいかもしれませんが、ベル・カントものですねこれは。そう考えるとヴェルディと言えども直前の偉大な時代の影響から抜け出るのは大変だったんだなぁと。というか、彼もまたベル・カントの時代を生きた作曲家なんですよね。だからベル・カント的な匂いが中期ぐらいまでは漂っている部分がある。どうもこれは無視されがちだと思います。
本作は90分程度とヴェルディのオペラの中でもおそらく最もコンパクトなもののひとつ(カバレッタ繰り返してもこんな程度ですよ!)。作品が長すぎると言うのももちろん考えものなのですが、この作品の場合は本来必要な部分まで殺ぎ落とされちゃっているような感じでちょっと物足りないし、そのせいで特に最後の展開が強引になってしまってるきらいはあるように思います。各人物が魅力薄なのもそこに起因しているようにかんじます。
という訳で欠点は少なくはないし、特段印象に残る訳ではないけど、現在光があたっているヴェルディ初期の他の作品と較べて格段に出来が悪いとは思わないなあという感じ。

全体的に大雑把な人物造形のキャラばかりですが、やはりこの物語を或る意味で推し進める原動力と言っていいグスマーノに説得力を持たせられるかどうかが、まずは大きいような気がします。前半の悪役ぶりと刺されてからいきなり名君になるギャップは如何ともしがたい^^;上にも書いたように、展開的にはのちのリッカルドを思わせる終わり方ではあるのですが、何分そこまでがそこまでだし、しかも直前にあるザモーロのアリアは勢いのある音楽で彼に感情移入してしまうので、最後こいつはいいやつなのか悪いやつなのか良くわからなくなってしまいます。出番が多い割にはその辺の描き方が適当なのが残念。彼につけられた音楽は超名曲とは言わないまでもそれなりに綺麗な旋律なので、バリトンに力量があれば聴きごたえはあるかもと。ベル・カントの作品だとは言いましたが、バリトンにはやはりパワーが求められるという部分はヴェルディらしい特徴が出ていると言えるでしょう。

残る2人の主役については更に人物造形が粗くなるように思います。
上にも書きましたが、ザモーロは登場した最初の場面こそ酋長らしい判断をして見せますが、それ以降は上述のとおり自らの愛以外は何も見えないすっとこどっこいテノールの王道を行ってしまいます。逆に言えばその登場の場面は彼の別の面、酋長としての彼を示せる唯一の場面ですから、そこで堂々と説得力あるパフォーマンスができれば、そんな彼が夢中になる女性としてアルツィーラを持ち上げることもできるでしょうし、或いはいっそ二重人格的な人物にすることもできるかもしれない。また、彼に与えられている音楽は結構立派で、ふたつあるアリアはどちらも大規模且つ華やかなものですから、ここを聴かせられるかどうかは、作品全体の印象にも繋がるように思います。しっかり歌えばそれなりの聴き栄えはあるかな、と。
題名役のアルツィーラは、恐らくはヒロインの心情の変化の描き込みの足りなさやキャラクターとしての主張の弱さに加え、グスマーノやザモーロのようなちょっと呆気にとられる極端な方向転換もないので、実は主役の中で一番印象が薄いように思います。アンサンブルでは結構聴かせる動きもあるのですが、アリアはいまひとつですし。グスマーノの要求を嫌々飲む場面を、むしろ迷い落胆しながらも不承不承それを認めるアルツィーラのアリア(『ルイザ・ミラー』でルイザがヴルムに手紙を書かされる場面のような)にすれば良かったのかなぁなどと岡目八目。

最後にヴェルディの作品の人物とは思えないぐらい存在感のない父親2人。このあたりにヴェルディがまだ題材を選べない余裕のなさを見るか、それともヴェルディのやる気のなさを見るかは鑑賞者次第でしょうか。とは言え、アタリバはかなり存在感が薄いもののアルヴァーロはアンサンブルの中で何箇所か光る場面があります。グスマーノを止める場面などは暗い迫力があり、もうちょっとこの役を拡大しても良かったんじゃない?という気も。まあその前に主役3役の洗練が来るのでしょうが^^;

<参考音源>
○ランベルト・ガルデッリ指揮/アルツィーラ…イレアナ・コトルバシュ/ザモーロ…フランシスコ・アライサ/グスマーノ…レナート・ブルゾン/アルヴァーロ…ヤン=ヘンドリク・ローテリング/アタリバ…ダニエル・ボニッラ/ミュンヘン放送交響楽団 & バイエルン放送合唱団
>このあまり有名でない作品の、割と古くから知られている演奏。所謂ヴェルディらしいメンバーではないとは思うのですが、水準は高くこの作品を楽しむのに不足は感じませんでした。ガルデッリは流石に初期ヴェルディを制覇していることもあり、快活で熱気がに満ちた、前に進む音楽を展開しています。後年の彼は変にテンポがまったりしちゃうこともあるんですがここではそんなこともありません。この作品のベル・カント的な面が際立っているのは、アライサの存在でしょう。まだ重くなる前の爽やかな美声を響かせ、マイナーな音楽の魅力を引き出しています。役として深みがある訳でもないですし、聴いていて心地よい演奏をして呉れるというところで◎でしょう。同じくコトルバシュも軽量級ですからベル・カント風の空気をいや増します。影のある可憐な声で、非常に「らしい」。主役の中でヴェルディ的な風を吹き入れているのはやはりブルゾン。いつもながら立派な声と端整な歌唱で、淡々と歌っているようでありながら、説得力のある充実した歌で、この演奏の大黒柱となっています。チョイ役には勿体ないローテリングも印象に残ります。

○マウリツィオ・リナルディ指揮/アルツィーラ…アンヘレス・グリン/ザモーロ…ジャン=フランコ・チェッケレ/グスマーノ…マリオ・セレーニ/アルヴァーロ…フェルッチョ・マッツォーリ/アタリバ…マリオ・リナウド/トリノRAI交響楽団 & 合唱団
(2015.9.9追記)
>参考音源にあまりヴェルディらしくない演奏を上げていた訳ですが、このほどよりそれっぽい演奏を手に入れたので比較のために。『エルナーニ』の時にカレッラのスマートすっきりベル・カント演奏と、サンツォーニョ盤やミトロプロス盤のアツアツ脂身ヴェルディ演奏とをご紹介しましたが、ここでも同じような対比を感じます。上記で紹介したスッキリした演奏に対して、このリナルディ盤はかなりの熱血演奏で、ベクトルは違うもののどちらも優れたものだと思います。また、主役3人はいずれも実力者ながら音源の少ない人たちなので、その面でも嬉しい^^個人的にこちらの方が好きだったのはグリンのアルツィーラ。かなり荒っぽい歌だとも思うし、瑕もあるのですが、声のスケール感に対して転がしのフットワークの軽さがあってスリリングな歌唱です。このぐらい主張があるとアルツィーラに自然と耳が行きます。ザモーロのチェッケレは歌唱そのものは丁寧なものだと思いますが、アライサと大きく異なりかなりロブストな声なので、それだけで雰囲気がぐっと変わります。特に2幕のアリアなどは切迫感があって集中度の高いアツい歌。セレーニがまた素晴らしいです。幾分硬さのある渋い美声ながら見事なカンタービレを聴かせていて天晴。この世代のバリトンらしいパワーと勢いがあり、豪快な歌いっぷりが心地いい一方で、終幕の名君モードになるところでは繊細な表現をしていてぐっときます。出番こそ少ないですがマッツォーリの深々としたバスも◎そう多くはないこの演目の音源としては、上記のものと並び優秀ではないかと^^
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