Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第六十三夜/匂い立つ香気~

仏国特集続いてはテノール。

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アラン・ヴァンゾ
(Alain Vanzo)
1928~2002
Tenor
France

このシリーズの傾向と言いますか、ご多分に漏れずと言いますかこの人も実力の割に評価されていないと言いますか、知られていない人だと思います。

今でこそ仏人のテノールと言えばロベルト・アラーニャが有名になっていますが、それ以前の代表選手と言えばこの人だったのです。その歌い口やレパートリー等を考えると、ヴァンゾの方がより仏国らしいでしょう。やわらかく気品の漂う口跡と絶妙なファルセット、そして美しい仏語が印象的。仏人以外でこういう歌が歌える人はいないだろうと言う感じがします。

後述もしますが仏ものの中でのレパートリーが非常に広大、というか凡そ仏もののテノール役は全て歌っているんじゃないかという勢いです。演奏機会のあまり無いマイナーな作品にも度々お目見えしているのは嬉しい限り。レアな仏ものを彼ぐらいしっかりこなせる人で聴けるというのはそれだけで録音史の財産ではないかと思います。彼が出ている音源は大体バリトンが前出のマッサールだったり、バスがフォン=カラヤンにも重宝された名手バスタンだったりするんで、そういう意味でも安心して聴けますし^^

<ここがすごい!>
僕自身の印象で行けば、仏人の歌と言うとまずは彼の歌唱が思い浮かびます。歌声、口跡、表現いずれをとってもネアカな伊国の歌や生真面目な独国の歌とは違う、独特のかろみややわらかさを持っています。美声ではありますが、声からしてハリや瑞々しさに富んだものというよりは、ややハスキーでくすんだ色調のもので、天鵞絨のようななめらかな耳触りではないですけれども、心地よい響きです。ことばの扱いも抜群です。あたかも普通に仏語を喋っているうちにそのまま歌になってしまったかのような、自然さです。なんでも仏語と言うのは最も歌唱に向いていない言語だと言われることもあるようですが、仏語でもこんなに自然に歌えるんだよ?とお手本を示して呉れているようですらあります。そしてその表現もやたらに張り上げたりはせず、実に繊細なもの。近年は胸声でのドラマティックで力強い発声が好まれ、どちらかというと頭声は好かれない傾向にあるように思うのですが、彼は恐れずに頭声を使いますし、その使い方がまたこれ以上はないのでは、という巧さ。官能的と言ってもいいかもしれない。
こうした彼の特長は、いずれも仏的な品の良さ、洗練された趣味の良さに繋がると言っていいのではないかと思います。彼の歌唱からはそうした仏流の香気が漂い、匂い立っているのです。そういう意味で、彼はまさに仏国の藝術を体現しているといっても過言ではなく、だからこそ仏人の歌と言うと彼の歌唱がまず想起されるのでしょう。

とまあここまでくればそりゃあそうだろうと言う話ではありますが、彼の持ち味が最も活きるのは、一にも二にも仏もの。グラントペラでは如何にも主人公らしい、颯爽としつつも憂いを帯びた歌を聴かせる一方、オペレッタでは一転鯔背でやんちゃな歌舞伎者の歌を披露します。このようにちょっと聴くと彼の声は、やわらかくて繊細な声は役を選びそうにも聴こえるのですが、実際には様々な役を自分の土俵に持ってきて勝負ができるのです。彼が仏もので膨大な音源を残したことは、そういう意味では当然の結果と言える訳です。個人的には、これまで不当にネグレクトされがちだった様々な仏ものにも焦点が当たるようになってきた今こそ、彼の遺した音源に焦点が当たるべきだと思っています。もちろん新譜もいいですよ?でも、素晴らしい遺産にも光は当てられるべきです。

<ここは微妙かも(^^;>
仏ものでは無敵の彼ですが、脂ぎった歌声が欲しいものではやはり喰い足りないと言いますか、大人し過ぎる印象になってしまいます。具体的に言えばヴェルディ中期以降の伊ものは薄味。というか、折角刺身で食べれば最高に美味しくいただける鮮魚をわざわざカレー粉に漬け込んで揚げてみました、みたいな感じ。いいにはいいんだけど、彼の持ち味が活きるのはそれじゃないだろう、というところ。ドニゼッティとかベッリーニならイケると思うのですが。そういえば伊ものよりは合いそうな独ものは歌ってなさそうですね、独語苦手だったのかな?

<オススメ録音♪>
・ヴィルヘルム・マイスター(C.L.A.トマ『ミニョン』)
デ=アルメイダ指揮/ホーン、ザッカリア、ウェルティング、フォン=シュターデ共演/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977年録音
>デ=アルメイダの指揮が仏もののやわらかな雰囲気を出すのには貢献しているもののややもたっとしていて作品自体の間延びを救えていないのが多少とも残念だが、忘れられた名作を今に伝える貴重な全曲盤。比較的インターナショナルなメンバーだが、この中で独り飛び抜けて仏音楽の空気を醸し出しているのが、我らがヴァンゾ。ここでの彼の洗練された歌を聴いてしまうと、生半可なヴィルヘルムでは納得いかなくなってしまう。詩人らしく智の勝った、しかし一方で若さゆえに頼りなくワガママな人物像を良く作り上げていると思う。やわらかで優しい声で物腰柔らかにミニョンに接するんだけど、実のところ結構無責任なこのキャラは、本当に女の敵と言うか悪い奴だと思うんだけど(笑)、ヴァンゾはそういったこの人物の影の部分も含んだ上で、尚且つスタイリッシュで魅力的な歌。普段のイメージからは離れるものの見事なホーンを始め、ザッカリア、ウェルティング、フォン=シュターデと脇までしっかり揃った演奏で、恐らくカットも少なく、この作品の全体像を知るにはいい音源だと思います。

・ミリオ(V.A.E.ラロ『イスの王』)
デルヴォー指揮/ロード、ギオー、マッサール、バスタン、トー共演/リリック放送管弦楽団&合唱団/1973年録音
>録音の少ない作品だけにこれもよく残して呉れましたというところ。この役はやわらかな響きのオバドが有名ではありますが、勢いのある戦いの歌など他の面も見せる必要があります。ここでのヴァンゾーはその辺の使い分けが流石お見事です。もちろんオバドのリラックスした爽やかなファルセットも耳に心地いいです。主役のロードは録音の少ないひとですが大変立派な歌唱、その他ギオー、マッサール、バスタン、トーと脇役まで仏ものの一流メンバーで揃っています。付録でヴァンゾの歌うオペラ・アリアが入っていて、こちらも流石のもの。

・フリッツ(J.オッフェンバック『ジェロルスタン女大公殿下』)
プラッソン指揮/クレスパン、マッサール、ビュルル、メローニ、ルー、メスプレ共演/トゥールーズ・キャピトール管弦楽団&合唱団/1976年録音
>不滅の名盤。最近何故だか演奏されないもののこれはオッフェンバックの作品の中でも上位に来る名作オペレッタ!ここでは美声年の主人公を彼が歌っている訳ですが、鯔背な歌い口は如何にも仏国のオペレッタと言う感じで、芝居小屋の空気を感じさせる小粋なオーラを纏っています。すらりとしたカッコのいい軍人の姿が目に浮かぶような歌ですが、それでいて歌そのものの崩しは少なく、彼らしいスタイリッシュな歌唱を披露しています。得も言えぬ色気のある女大公を演ずるクレスパンや、絶妙な匙加減で仏もののコミカルを体現するマッサールをはじめ共演も揃い、プラッソンの快活な音楽も決まった素晴らしい演奏です。

・ジャン(J.E.F.マスネー『ノートル・ダムの曲芸師』)
デルヴォー指揮/マッサール、バスタン共演/リリック放送管弦楽団&合唱団/1973年録音
>これもまたマスネーの秘曲ともいうべき作品ですが、仏ものの名手が揃って充実した音楽を楽しむことができます。主人公であるジャンは全編ほぼ出っぱなしで、独りで歌う部分もかなり長く相当に厄介な役だと思いますが、ここでも彼は安定した歌いぶりで、演奏全体を引っ張っています。役作りも冴えていて、ジャンが徐々に聖性を帯びてくる最後の場面での没入ぶりには、暫し息をのみます。ジャンを実質的にサポートするマッサールもいいですし、下手にやると強権的で厭味なだけになってしまう修道院長を持ち前の人間臭さでカバーするバスタンもいつもながらお見事、デルヴォーの指揮も堂に入ったもので、この作品を楽しむのに不足はない音盤です。

・オドゥアルド(G.ビゼー『ドン・プロコーピオ』)
アマドゥッチ指揮/バスタン、マッサール、ギトン、ブラン、メスプレ共演/リリック放送管弦楽団&合唱団/1975年録音
>これもまたビゼーの秘曲中の秘曲。『カルメン』や『真珠採り』とは全く違う明るい喜劇を仏人の巨匠たちが愉快に演奏した最高に楽しい音盤。つっころばし的な役どころのオドゥアルドですが、彼には後に『美しきパースの娘』に転用される抒情的な名セレナーデ(日本では「小さな木の実」として有名)が与えられています。彼が歌うこのセレナーデが本当に絶品!繊細な高音の遣い方など思わずうっとりしてしまいます。彼に対してドタバタ担当の低音陣、ブラン、マッサール、バスタンがまた軽快でお洒落。ここでしか聴いたことのないギトンもいいし、友情出演でのメスプレにはもっと歌って欲しいぐらい。

・ロベール(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
フルトン指揮/レイミー、アンダーソン、ラグランジュ、ドナーティ共演/パリ・オペラ座歌劇場管弦楽団&合唱団/1985年録音
>こちらも忘れられた超人気作の超優秀なライヴ。ロベールは題名役の主人公で登場場面は多い役ではありながら、一方でアリアがなかったり意外と不遇な役のようにも思うのですが、ここでのヴァンゾは貫禄ものできっちり印象に残る歌唱です。最盛期を過ぎて若干の衰えはありますが、相変わらずのスタイルのいい歌唱で胸のすく思いがします。この頃はまだ若手だったレイミーやアンダーソンなどに花を持たせつつ、演奏そのものの大黒柱として仏ものの空気を作っている姿は流石のもの。共演陣ではやはり強烈な悪魔の魅力を聴かせるレイミーが秀でています。

・ヴァンサン(C.F.グノー『ミレイユ』)2014.4.14追記
プラッソン指揮/フレーニ、ファン=ダム、バキエ、ロード共演/トゥールーズ・カピトール管弦楽団&合唱団/1979年録音
>グノーの作品の中では『ファウスト』、『ロメオとジュリエット』に続く人気作で、特に各役のアリアは素晴らしい曲ぞろいです。録音そのものはかなり少ないですが、このプラッソン盤とマッサールのところで出てきたエチェヴリー盤はどちらも洗練された仏国の香りのする名盤ですので、これらを聴けば大体満足は行くのかなと。ここでもヴァンゾは如何にも仏ものの優男らしいやわらかで清々しい歌いぶり。肩の力が抜けたスタイリッシュな歌唱は完璧と言っても過言ではないでしょう。結構自由に表現している部分もあるように思うのですが、それらも無理のない、必然を感じるものに思われます。特に終幕のアリアは名唱!ドラマティックで性格的なファン=ダム、田舎の頑固な親父になりきっているバキエ、土俗的な怪しさとキャラクターの優しさを兼ね備えたロードといった脇はばっちり。部分的には文句もあれど、全体には仏もののプラッソンは流石のもの。フレーニのミレイユはこのオール・フレンチ・メンバーの中ではこってりとした声や濃い目の味付けの伊的な表現は浮気味にも思うのですが、純粋に歌のみを評価するのならこういう方向性の表現もありかと。
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