Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第十四夜/高貴さに包まれた暗い情熱~

今回はヴェルディを歌うために生まれ、僅か44年の生涯を駆け抜けた不世出のバリトンの話をしましょう。

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エットレ・バスティアニーニ
(Ettore Bastianini)
1922~1967
Baritone
Italy

間違いなく伊国が生んだ最も偉大な歌手のひとりでしょう。
分厚くて力強い声質、優れた歌唱力、恵まれた容姿と三拍子揃った芸術家である彼が、伊国本国はもとより世界中で絶大な人気を誇ったのは言うまでもありません。死後40年以上経った今日でも「バスティアニーニこそ最高のバリトンである」というひとは後を絶ちませんし、私自身もいくつかの役については実際にそう思います。

もともとはバス歌手としてキャリアをスタートしましたが、途中でバリトンに転向。結果としてこれが功を奏し、彼はたちまち引く手あまたの人気者になります。マリオ・デル=モナコやレナータ・テバルディを初めとする多くの名歌手と競演を重ね、後生の我々にとって非常に幸福なことに、たくさんの録音も残しました。

しかしバリトンとしてはまさにこれからが円熟期という40代に入って咽頭癌に。歌手として命より大事な声を守るために彼は外科的治療ではなく、当時最高の技術だった放射線療法を選びます。しかしその努力も虚しく、声の輝きを少しずつ失って、40代半ばで事実上の引退。亡くなったのはその2年後のことでした。

<ここがすごい!>
彼は非常に立派な声を持っていました。
まずはこのことが非常に重要です。分厚くて豊かで、ビロードのようになめらかな声。いかにも伊国的な非常に抜けの良い声。そしてどこか高貴な気品を感じさせる声。彼の声への讃辞はここではとても書き尽くすことができないでしょう。

但し、個人的には彼の声は非常に高貴でヒロイックではあるけれど、決して明るい声ではないと思います。
むしろ高貴なのに明るい声でないということが大事なのです。

オペラにはたくさんの貴族、そして場合によっては国王が登場します。そうした役柄を演ずるためには当然ながら然るべき高貴な雰囲気が大事になってきます。「~~公爵」とか「~~王」とか言っているのに、雰囲気がいかにも下衆な感じだったりすると観ている方、聴いている方としては非常にがっかりするわけです。しかしそうは言いながら、あんまりお行儀が良すぎるのも困りもの。と言うのも、オペラのなかのドラマをより面白く、求心力を持って進めていくためには登場人物たちの少なからぬ感情の吐露が必要で、それがいまひとつでも聴衆としてはつまらない。特にバリトンという役はドラマ全体の狂言回しになっていることが多い。何か陰謀や策をさまざまな理由で弄している役回り。そしてその裏には人知れぬ情熱が息づいている…こうした役を演じて行くにあたってバスティアニーニの声は最適なものであるといえると思うのです。

再三述べているとおり彼の声は素晴らしく高貴です。貴族の役回りで登場してきて全く聴覚的にも、そして視覚的にも全く文句がない。非常にびしっと決まっていて格好良いし、その圧倒的な声量も大変な魅力になっている。けれどもそうした高貴さでくるまれているけれども、彼の声の暗さは、その裏側に渦巻いているさまざまな想い、それこそ執拗なまでの情熱を感じさせるのです。こうした雰囲気は明るいだけの美声では絶対に出すことができない。何とも言えない見事な陰翳に富んだ彼の声だからこそ出せる味わいだと思います。

そしてそのことは彼のレパートリーの中心がG.F.F.ヴェルディの諸作品であるということからも伺えるでしょう。彼の演技と言うことについては優れていたという意見とそうでもなかったという意見と真っ二つに別れていますが、それでも彼が卓越したヴェルディ歌いであることを否定するひとは殆どいないでしょう。そのことは少なからず彼の声質にかかることであると僕は考えています。

声のことが中心になってしまいましたが、彼の歌唱力はまた特筆に値します。完璧なフレージング、流麗な歌い回し、声色の使い分けなど絶品です。うえで述べてきたような「素材」を見事に一級品に仕上げて我々の前に出してくる腕を、彼は持っていました。もちろん、だからこそ死後これだけ経っても彼の名声が衰えていないのです。

<ここは微妙かも(^^;>
さて述べてきたように歌唱も見た目もものすごくかっこいいバスティアニーニですが、ここで個人的にはブランの時に似た問題を抱いてしまうのです。つまりかっこよくない役回りを歌ったときの違和感がどうしても拭えないんですよね(^^;このあたり演技については意見が分かれているという話と繋がってくるのかもしれません。歌唱そのものは立派なものだと思うんですけどね…

あと、G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』のフィガロの録音も残してるんだけど…“私は町の何でも屋”だけをコンサート・ピースとして聴く分には悪くないですが、全曲で聴くとかなりの違和感wwwヴェルディに適した油気の多い声で軽やかなロッシーニっていうのは、特にロッシーニ・ルネサンス以降を知っているとツラいものがあります。頑張っておどけて見せるんだけど、むしろ怖いww『暫』の隈取で太郎冠者やられてる感じwww

<オススメ録音♪>
・ルーナ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
クレヴァ指揮/ベルゴンツィ、ステッラ、シミオナート、ウィルダーマン共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱/1960年録音
>バスティアニーニと言えば、この極めつけのルーナ伯爵を上げない訳にはいかないでしょう!これは全てのこの曲の録音の中でも最良です。絶対のオススメ。ヴェルディ作品の中では唯一の色仇の抑えきれない暗い情熱を、伯爵の貴族としての高貴さを決して失うことなく表現しています!特にこの録音はライヴならではの超ハイ・テンション歌唱が楽しめます(笑)シミオナートのところでも言いましたが、ここでの2人の対決は聴きもの。折り目正しいベルゴンツィも吠えていて、火傷するようなアッついヴェルディです。

・ドン・カルロ・ディ=ヴァルガス(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
モリナーリ=プラデッリ指揮/デル=モナコ、テバルディ、シエピ、シミオナート、コレナ、デ=パルマ共演/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団&合唱団/1955年録音
>不滅の名盤。ここまでのキャストはもう集めることはできないでしょうね(^^;これも貴族としてのふるまいの中に包まれたカルロの復讐への妄執を見事に歌い上げています。こういう端正なようでいて異常な執念に燃えているような役になるとバスティアニーニは嵌りますね、やはり。特にデル=モナコとの決鬪の場面は手に汗握るもの。

・レナート(G.F.F.ヴェルディ『仮面舞踏会』)
ガヴァッツェーニ指揮/ポッジ、ステッラ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1960年録音
>ここでは妄執ではなく信じていたものからの裏切りに心が歪んでいくひとりの男の悲哀を感じます。特に有名なアリア“お前こそ心を穢すもの”は絶品。ドラマティックに怒りを爆発させる前半と、朗々とした歌声の中で、静かに静かに泣いている後半の対比が見事。ステッラの品のある雰囲気も素敵だし、ポッジの明るい声も魅力。

・ポーサ侯爵ロドリーゴ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
サンティーニ指揮/ラボー、ステッラ、クリストフ、コッソット、ヴィンコ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1961年録音
>これもまた不滅の名盤。大スター揃い踏み、しかも大変乗っているという素晴らしいスタジオ録音。ロドリーゴは悪玉ではありませんが、実はかなりの策士ですから、バスティアニーニのキャラクターにはやはりあっています。そしてここでの死に様は本当に泣けます。ラボーとの声の相性もばっちりで、友情の2重唱は、いくつかある彼の同役の録音の中でも最良のものだと言っていいでしょう。現在入手困難なのが残念。

・バルナバ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
ガヴァッツェーニ指揮/チェルケッティ、デル=モナコ、シミオナート、シエピ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1957年録音
>これも難役ですが流石、というところ。役柄としては密偵なので、下卑た感じの人がやってしまうと物凄く下卑たキャラクターになってしまいますが、与えられた歌が立派なので、彼のような声の人が演じると、また違ったバルナバ像が見えてくるようにも思います。比較的マイナーな演目ではありますがこの作品は名盤が多く、これも伊ものが好きなら必聴の音盤と言えるでしょう。

・カルロ・ジェラール(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)
ガヴァッツェーニ指揮/デル=モナコ、テバルディ共演/サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団&合唱団/1959年録音
>この役もバスティアニーニなくしては語れません。ジェラールの場合は貴族ではなく仏革命で成り上がっていくキャラクターなのですが、その役柄の中の悲哀を良く出していると思います。声の威力は全く圧倒的で、彼の渋い魅力にいちころになること請け合いな録音です。伊ものの脂っこい音楽を思いっきり聴きたいときには、全力でおススメww

・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)
ガヴァッツェーニ指揮/テバルディ、ディ=ステファノ、ザッカリア共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1958年録音
>ここでもトスカを狙う男爵の凄まじいまでの執念が伝わってきます。個人的にはこの役はゴッビの鬼のような演技が最高だとは思うのですが、彼は彼で全く別のスカルピア――ダンディな貴族としての容貌の下に暗い情熱を潜ませた悪役のイメージを打ち出していますね。テバルディ、ディ=ステファノもここではライヴらしいブチ切れた演唱で楽しませて呉れます(笑)

・アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
サンツォーニョ指揮/スコット、ディ=ステファノ、ヴィンコ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
>バスティアニーニは思いっきりヴェルディ声ではありますが、実は結構ドニゼッティでもいい録音を残しています。やっぱりドニゼッティはヴェルディ以前ではバリトンに重きを置いていた人ですしね笑。本当にエンリーコは最悪な奴だと思うのですが、それを彼一流の気品とどす黒さを以て演じています。カッコいいんだわ、これが笑。

・西国王アルフォンソ11世(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』) 2014.10.31追記
エレーデ指揮/シミオナート、ポッジ、ハインズ共演/フィレンツェ5月音楽祭交響楽団&合唱団/1955年録音
>何故だか暫く廃盤だった名録音。気位の高い王様の役とくれば、やはり彼を抜きに語ることはできません。品格のある佇まいで色仇をダンディに演じており、背筋の伸びた歌唱が堪らないです。その2枚目ぶりは数あるこの役の録音の中でもベストと言っていいのでは。同じく格調高いシミオナート、堂々たるハインズ、伊国らしいポッジなど共演陣も◎

・西国王ドン・カルロ(G.F.F.ヴェルディ『エルナーニ』) 2014.10.31追記
ミトロプーロス指揮/デル=モナコ、クリストフ、チェルケッティ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1957年録音
>ミトロプーロスの指揮が火を噴き、強烈な歌唱陣がテンションの高い歌を披露した爆演!バスティアニーニは実にスタイリッシュにこのトンデモな王様を演じています。高貴な空気を漂わせながら異常なテンションの高さをも感じさせるこの歌唱は、まさにヴェルディ・バリトンの鑑と言ってもいい凄演と言うべきものでしょう。特にあの名アリアはまさしく至藝!デル=モナコ、クリストフ、チェルケッティもまた完全燃焼していて、音の悪さなど気にならなくなってしまう凄まじい記録です。
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コメント

呼ばれてもないのに、やっぱり出てきました。

ご紹介した(売りつけた?)クレヴァ盤がおすすめに挙がっていて嬉しいです。
このところFacebookのバスティアニーニコミュニティに居座っているのですが、そこもなかなかすごいです。おばさまがたの熱気が・・・その中に18歳とかいうお嬢さんも交じっているのがまた摩訶不思議な感じです。この金曜日にジェノバで追悼大集会をやるらしいです。誘われましたが、まさかね。何やるつもりなんだか、よくわかりません。

彼の故郷シエナでは今年、結構イベントがありました。生誕90年、死後45年、ということで。そっちには、連れ合いが、少しばかり参加出来ました。衣装展とかね。

では退散いたします。
2012-10-11 Thu 00:10 | URL | 斑猫 [ 編集 ]
>>斑猫さん

閑古鳥blogなのでコメントいただいてありがたい限りです^^

>Facebookのバスティアニーニコミュニティ
如何にも濃そうなコミュニティですねww
やっぱり人気は世界的なものなんでしょうか^^
聞くところによると英国ではいまいち人気がないとか言いますが…
18歳のお嬢さんがまたツワモノな感じがしていいですねww

>生誕90年、死後45年
と聞くとものすごい大昔の人のような、最近の人のような。。。
生きていればいつごろまで歌ったんだろうな、何を歌ったんだろうなと気になってしまうところ。
2012-10-11 Thu 00:19 | URL | Basilio [ 編集 ]

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