Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第十五夜/The King of High C~

オペラ史としての一時代を代表する歌手を特集している今回のクール、今日はテノール編です。歴史的テナーと言えばやはりエンリコ・カルーソーの名前が最初に上がるのかなとは思いますが、ここではより新しい時代を代表するこのひとを紹介しましょう。

Pavarotti.jpg


ルチアーノ・パヴァロッティ
(Luciano Pavarotti)
1935~2007
Tenor
Italy

このひとについて説明することはもうないかもしれませんね(笑)
20世紀後半を代表する世界的なスター歌手です。オペラの世界はもちろん、さまざまなジャンルで活動する多くのひとびとと親交を持っており、スティングをはじめポップスの世界のひとたちと共同でCDを出したりもしています。また故ダイアナ妃とも親しく、彼女の葬儀に際して歌うように求められたときには「非常に悲しくて歌うことはできない」と言ったというエピソードも有名です。

またテレビ出演が多かったことでも知られており、そういった映像媒体で演奏会や舞台を伝えると言う形式が一般的になっていったのは彼の功績のひとつと言えるかもしれません。後年にはマイクを使って野外やアリーナのような広い場所でより多くの聴衆を相手にコンサートをすることを目指しました。プラシド・ドミンゴやホセ・カレーラスとともに3大テノールとして活動していた時期の方が、ひょっとすると日本人にとってはより馴染み深いかもしれません。(尤も、これは後述しますが、こうした後年の幅広い活動が必ずしも多くのオペラ・ファンに受け入れられたものではないと言うことも注記せねばならないことではあると思いますが)

ソプラノのミレルラ・フレーニとは同い年で同郷、しかも同じ保育所で育てられたと言うのは有名な逸話。更に言うとフレーニの夫は初回にご紹介したバスのニコライ・ギャウロフ。当然この3人の共演回数はかなり多いですが、何と狭い世界と言うか…(^^;

<ここがすごい!>
パヴァロッティと言えば非常に充実した彼独特の高音域について第一に述べざるを得ません。彼は本来はリリコ・レジェーロ(リリックで軽い)と呼ばれるような声質で太さや重さを求められるような役には不適なのですが、そうしたマイナスを補って余りあるような独特の声でした。オペラのテノールの歌手にとって勲章ともいうべきハイCの1音上のハイDまで、何というか非常に密度の濃い艶やかな美声で歌いあげることができたため、元来の彼の声質以上にさまざまなレパートリーを持っています。そしてその声から「キング・オヴ・ハイC」の異名もとりました。

とは言えやはり彼の声質を最も活かすことができるのはベル・カントの諸役やG.F.F.ヴェルディの作品のなかでも比較的前半のもの、G.プッチーニ『ラ=ボエーム』のロドルフォと言った一部の役柄でしょう。彼の声は何処までも明るい色調の伊国声なので、伊国のこうした作品に与えられた美しい旋律と合わさることで、他の追随を許さない魅力を発揮しています。これらの多くは70年代から80年代前半あたりに残されたもので、彼の芸術家としてのキャリアのピークは前述のように活動を拡大する以前のものです。彼の真価を知るためには、まずこの時期のものを聴く必要があるでしょう。

個人的なイメージでは特に彼のキャラクターに合致した役としてG.F.F.ヴェルディ『リゴレット』のマントヴァの公爵を挙げない訳にはいけません。マントヴァ公は最も有名なテノールの悪役で、非常な好色漢ですが作品のなかでは結局何の制裁も受けないというなかなかとんでもないやつです(笑)しかし彼には全てのオペラのなかでも有数の優美で魅力的な旋律が与えられています。パヴァロッティの何処までも明るい美声はそうした旋律をより魅力的なものにしているだけではなく、マントヴァ公の享楽的な性格を端的に表現しています。そんなことはある筈がないのですが、マントヴァ公はパヴァロッティのために書かれたのではないかと思うこともよくあります。それほどの当たり役。

<ここは微妙かも(^^;>
前述の通りさまざまな活動をしていたパヴァロッティですが、80年代後半からは年齢的に声が衰えてきます。そして歌唱がだんだん適当になってきます(^^;そもそも「楽譜が読めない」説が出たりするぐらい天性の感覚で歌っている感じのする人ではあるのですが(や、実際は読めますよ笑)、それがもっとひどくなった感じでしょうか…3大テノールのときにはもうだいぶひどいです。それから彼の声の魅力で以て歌われる彼の本来のレパートリー外の重い役柄ではアクセントを強調し過ぎたりしていて、これも評価の分かれるところ。

また何度も書いた通り彼の声はかなり独特なのでそれぞれの役よりもどちらかと言うと“パヴァロッティ”になってしまうのも難点でしょうな(^^;もちろん歌唱としては素晴らしいのですが、例えばカラフと言うよりはパヴァロッティ、ラダメスと言うよりはパヴァロッティ、ファウストと言うよりはパヴァロッティになってしまうんですよ(苦笑)

前の部分でちょろっと触れましたが彼の後年の野外やアリーナでの活動についても評価の割れる部分です。オペラは歌手の生の声が劇場に響き渡ることに真価があるものですから、その許容量を超えた会場でマイクを使って行うマンモス・コンサートを評価しない向きがあるのもまた仕方がないでしょう。

<オススメ録音♪>
・マントヴァの公爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
シャイー指揮/ヌッチ、アンダーソン、ギャウロフ、ヴァ―レット共演/ボローニャ市立歌劇場&合唱団/1989年録音
>1番のオススメは最後の女心の歌。『リゴレット』全曲のなかでも最も有名な音楽ですし、そのなかでも恐らくベストのもの。しっとりと歌われるアリアも見事ですし、カバレッタの最高音は慣例でオクターヴ挙げられて轟くようなハイDで歌われています。そしていい加減で好色そうな雰囲気の良く出た登場の場面…何処をとっても最高のマントヴァ公爵だと言って良いでしょう(まあ、マントヴァ公爵は嫌な奴ですが)。ヌッチのリゴレットは後年ほどの掘り込みの深さはないもののやはり当たり役、ギャウロフも健在で男声陣は文句なし。アンダーソンは趣味が分かれるところか。ヴァ―レットは酷い声で問題外、明らかに汚点。

・アルノルド(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル(ウィリアム・テル)』)
シャイー指揮/ミルンズ、コンネル、ジョーンズ、フレーニ、ギャウロフ、トムリンソン、デ=パルマ共演/NPO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1978-1979年録音
>超名盤。パヴァロッティは所謂ロッシーニ・テノールではなかったのでこれはかなり例外的な録音。しかしここでの歌唱は彼のベストのひとつと言うべきものでしょう。ミルンズ、ギャウロフとの3重唱、そしてフレーニとの2重唱はまさに美声の饗宴と言うべきもので、聴いていて陶然としてしまいます。そして大詰めの大アリアで大見得切ってハイCを連発するところは全く見事。圧倒されます。

・トニオ(G.ドニゼッティ『連隊の娘』)
ボニング指揮/サザランド、マラス、シンクレア共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1967年録音
>世界にパヴァロッティの名声を知らしめたのがこの役。なんとハイCが9連発と言う殆ど正気の沙汰ではない部分を含んでいます。昔は下げて歌われるのが一般的だったそうですが、最初に彼がこの曲で舞台に上がるとき原調でやってみたらできちゃったんだってwwwここでは若々しいパヴァロッティの声を最大限に楽しむことができる録音です。

・アルトゥーロ・タルボ(V.ベッリーニ『清教徒』)
ボニング指揮/サザランド、カプッチッリ、ギャウロフ共演/ロンドン交響楽団&コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団/1973年録音
>これも超高音を要求される難役中の難役です。パヴァロッティはハイDまでは完璧に出るもののそれ以上は出なかったので、悪名高いハイFなどは録音では頭声で処理していますが、そんなことは全然問題ではない、最高のベル・カントを楽しむことができます。共演陣も最高で、まさに20世紀のプリターニ・クァルテットと言うべきもの(残念ながら皆さん亡くなられましたが)。超名盤。

・フェルナンド(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
ボニング指揮/コッソット、バキエ、ギャウロフ、コトルバシュ共演/テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ交響楽団&合唱団/1974-1977年録音
>これぞベル・カントの神髄と言うべき名曲。多くの場合カットされるハイC連発のアリアも歌っています。彼の能天気そうなキャラクターと、あんまり何も考えていなさそうなフェルナンドは良く合っているように思います(褒めてます笑)。共演陣も美声揃いで重唱も楽しめます。

・カラフ(G.プッチーニ『トゥーランドット』)
メータ指揮/サザランド、カバリエ、ギャウロフ、ピアーズ共演/LPO&ジョン・オールディス合唱団/1972年録音
>有名なアリア“誰も寝てはならぬ”は、彼のテーマソングのように言われた曲ですし、彼の最後のパフォーマンスとなったトリノ五輪開会式で歌われた曲でもあります。と言っても彼の本来のリリコ・レジェーロの声質に合うものではなく、どちらかというとカラフではなく“パヴァロッティ”になってしまう曲というイメージでいたのですが、ここでの演唱は詰まらない理窟抜きに楽しめるもの。共演のサザランドもキャラ違いだろうと敬遠していたのですが、トンデモない。これはサザランドの最高の歌唱のひとつと言ってもいいし、最高のトゥーランドットのひとつと言ってもいい。カバリエ、ギャウロフも勿体ないぐらい。

・ボストン総督リッカルド(G.F.F.ヴェルディ『仮面舞踏会』)2013.1.21追記
バルトレッティ指揮/テバルディ、ミルンズ、レズニク、ドナート共演/ローマ聖チェチーリア管弦楽団&合唱団/1970年録音
>これ評判良くないけど名盤ですよ!一節歌った瞬間から主役としての存在感を発揮する若き日のパヴァロッティの全く見事なこと!その瑞々しい声の威力は、細かいことを気にしないで楽しめるものだし、デヴュー当初だということもあってか非常に真摯に歌を歌っているのがまた非常に好感が持てます。特に後半の有名なアリアでは、表現力のあるところを聴かせて呉れますし(^^)ミルンズのレナートも、カプッチッリのような渋い漢っぷりとはまた全く違う情緒的な役作りで聴かせますし、レズニクは歌以上にドロドロとした不気味な存在感が素晴らしい。バルトレッティも金管や打楽器の鳴らし方が痛快。テバルディは巷間衰えばかりが指摘されていますがちゃんと聴いてますか?確かに声は衰えてはいるものの、これほどドラマティックで力強い歌はそうは聴けませんよ!ドナートがちょっと女の子っぽいのが玉に瑕。

・イドメネオ(W.A.モーツァルト『イドメネオ』) 2013.11.29追記
プリッチャード指揮/グルベロヴァー、バルツァ、ポップ、ヌッチ、ストロジェフ、山路共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1983年録音
>不滅の名盤。これは彼が残した全曲盤の中でも最高のもののひとつではないでしょうか?普段のいかにもな伊ものでの歌唱とは全く違う、脂身を削ぎ落とした知的な歌い口で、格調高い古典の世界を見事に歌いあげています。既によく知っていると思っていた彼の、全く違う面をまざまざと見せられた気分で、恐れ入りました、の一言。三大テノール時代のイメージで彼を毛嫌いしている向きには是非聴いていただきたいと思います。その品位のある音楽世界を築いているプリッチャードの指揮もさることながら、強力な共演陣もお見事。結構長さのある作品なのですが、それを全く感じさせません!素晴らしい演奏!

・テバルド(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』)2014.9.12追記
アバド指揮/スコット、アラガル、フェリン、モナケージ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1968年録音
>アバドの溌溂とした指揮と3人の主役の声の競演を楽しむ音盤。若き日のライヴということで音程が甘い部分があったり瑕疵を探せばないこともないのですが、期待の新星だったパヴァちゃんのベル・カントに惹きこまれます。声はいくらでも出る感じだし歌のフォルムは端整だし、何より真摯に、いい意味で一生懸命歌っている感じが、このテバルドと言うキャラクターに合っていて良いと思います^^ここでは本来メゾのロメオをテノールのアラガルが歌っているため、ロメオとテバルドの重唱がテノール2本の重唱になる訳ですが、これがまた素晴らしい!当時新鋭だった2人の直接対決と言う非常に貴重な記録でもあります。スコットも鬼気迫る歌唱でブラヴィッシマ!

・オロンテ(G.F.F.ヴェルディ『第1回十字軍のロンバルディア人』)2015.9.9追記
ガヴァッツェーニ指揮/ライモンディ、スコット、グリッリ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>歳をとってからのアンダーソンやレイミーとのスタジオ録音もありますが、こちらの方が圧倒的にいいです。もっと言えばこの役の歌唱としても、ちょっとこれ以上のものは考えられないぐらいの天晴な歌唱。この頃はいくらでも声が出たのではないかと思うゆったりたっぷりとした余裕のあるパヴァちゃんの声が、この役に与えられた優美な旋律にドンピシャでハマっています。この時期のライヴにしては珍しくカバレッタを繰返している上、2度目の高音の豊かなこと!死の場面の声での演技も巧みです。知的な歌唱で全体を引っ張るライモンディ、迫力あるスコット、脇ながら充実したグリッリという強力なメンバーにガヴァッツェーニがアツい音楽を付けています。この演目ではいちばんのおススメ!
スポンサーサイト

オペラなひと | コメント:2 | トラックバック:0 |
<<オペラなひと♪千夜一夜 ~第十六夜/映像の時代に~ | ホーム | オペラなひと♪千夜一夜 ~第十四夜/高貴さに包まれた暗い情熱~>>

コメント

オペラ、僕も好きなので、かつ、最も好きなテノールのパヴァロッティの記事、興味深く拝読させていただきました^^

何を歌っても、パヴァロッティになってしまう、って、まったく、同感です^^
僕は、そこが、好きです。

軽い役柄がむいている、というのが世間的な評価のようですが、なんとなく、僕は、彼の声に、「強い意志」のようなものを感じます。
「ドン・カルロ」(パヴァの歌った作品のなかで悪評高い?)なんて、フランドルへとまんまんと落ち延びていってしまったような気になってしまいますし、「椿姫」となると、優柔不断なアルフレードがアルフレードでなくなってしまい、「椿姫」のストーリー自体を破綻させてしまうような・・・。

とはいえ、パヴァのなかで好きなのは、ドニゼッティの「愛の妙薬」(レヴァイン指揮)です。

カラヤン、フレーニ、との「ボエーム」も結構、好きなんですが・・・お気に召しませんか。

「リゴレット」は、まったく、同感です。

長々とお邪魔いたしました。
2012-12-01 Sat 20:59 | URL | BO-BaC [ 編集 ]
ようこそのおはこびで^^

>何を歌っても…
は、もはや彼の持ち味でもありますからね(笑)

>「強い意志」
なんとなくわかります、力強さとはまた違う何かがありますよね。
カルロは世評が低いのもあってあんまり期待してなかったんですが、音で聴く分には意外とありかな?と思いました。まあ、これは最強はカレーラスですが(笑)
アルフレードも声質は合ってると思います。ただ、彼が歌うとガラコンみたいに聴こえちゃうんですよねw

ネモリーノは、流石に当たり役だけあって素晴らしいと思うのですが、ちょっと個人的なこの役の好みから行くとアツ苦しい(失礼!)感じがしてしまって(^^;この役については、タリアヴィーニにとどめを刺すのかなと。

ロドルフォも素敵だと思いますが、私自身は彼の本領はやっぱりベル・カントなのかなと思っているところがあって、外してしまった次第です。パヴァロッティ、パネライ、フレーニ、ギャウロフはこれらの役を語るうえでは欠かせないと思います。ぶっぱなし過ぎなフォン=カラヤンと薹が立ち過ぎで美感に乏しいハーウッド(特にこの人!)がもうちょっとどうにかなれば決定盤だったでしょうね^^

またいつでもどうぞ^^
2012-12-02 Sun 11:26 | URL | Basilio [ 編集 ]

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |