Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第六十七夜/鍵を握るエレガンス~

仏勢特集、溜まっていた分を順調に消化しています(笑)
今回も、日本ではいまひとつ知名度が低く、もっと評価されて欲しい人です。

Soyer.jpg


ロジェ・ソワイエ
(Roger Soyer)
1939~
Bass
France

バスタンの時にも言いましたが、仏系のバスはやわらかみとかろみがあり、音色が明るめというのがひとつの特徴だと思います。今回のソワイエもまさにその傾向の歌手で、低い方の音まで出るけれども、役柄としてはバリトンのものでも録音を遺しているくらいです。とは言え、じゃあバリトンかと言われれば、やっぱりバスだと思います。

同じような傾向の声と言ってもバスタンがどちらかと言えば藝達者に、人情味溢れるコミカルな役作りを前に出していたのに対し、ソワイエはシリアスな役どころでの活躍が目立ちます。2人が共演している録音もありますが、そこでも賑やかなバスタンに厳かなソワイエと言う図式が見えてきます。まさに藝風の違い、と言う感じ。それもあってか意外と大きな役での録音も遺していますが、日本の仏歌手無視傾向(米歌手は軽視で済んでるけど仏歌手なんてドゥセとかアラーニャとか出てくるまでは殆ど眼中になかったと言っていいでしょう)のため、いまいち注目されていないですね。。。仏ものでの実にエスプリの効いた歌唱が知られていないのは、非常に残念です。

<ここがすごい!>
ソフトでやわらかな声と、品のある端整な歌い口がソワイエの大きな魅力です。それ故彼のレパートリーの中心となるのも、どちらかと言えば自己主張の強い攻撃的な役どころや派手な起伏のある音楽ではなく、むしろ物腰柔らかで紳士的な人物や優美な旋律の美しさをしっとりと聴かせるような音楽だと言えるでしょう。となるとやはり気になるのは仏もので、録音を遺しているのもほぼほぼこのジャンルかと(バロックやベルカント、現代ものも得意としていたそうで、確かにそうだろうなあ聴いてみたいなあと思うのですが、音源があまり無いんですよね…発掘されないかしら)。

遺された舞台姿もそうなので実演はさぞかし良かっただろうと思うのですが、すらっとしてスマートで身綺麗な雰囲気の伝わってくる歌と声です。そして全般的には非常に落ち着いた印象。ということで熱烈な感情のままに動く主人公と言うよりは、裕福で懐にも気持にも余裕があり地位にも恵まれた人物で、様々な事情から物語の展開の鍵を握る…!みたいなそんなポジションのキャラクターが似合う…ってなんじゃそりゃっていう感じですが(笑)、実際そんな役どころが多いような気がします。例えばそれはチェッリーニの命運を握る教皇クレメンス7世(H.ベルリオーズ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』)や、運命の悪戯からウェルテルを自殺へと追い込むことになる善良なアルベール(J.E.F.マスネー『ウェルテル』)あたりが非常にわかりやすいところ。そして或る面ではメフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)もそうであると言えると思います。

そう、メフィストフェレス!
上記のイメージとは一見離れるようにも思われますが、実はこれこそ彼の一番の当たり役だと僕は思っています。声で圧倒するパワフルで野卑なアプローチのメフィストは仏国外にたくさんいます。私の愛するギャウロフもそうですし、それ自体はひとつの解釈としてありでしょう。しかしソワイエのメフィストはそうではない。非常にエレガントで誠実であるかのように振舞うのです。まさにこれまで述べてきたソワイエのイメージの延長である、非常に柔和な人物として、ファウストに仕えているようにさえ聴こえるのです。ところが、これが聴かせどころのアリアになると全く違う素顔を見せるのです。最初の金の仔牛ではほんの少し、セレナーデではかなり悪魔的。特にセレナーデではファウストの浅慮とマルガレートの悲劇を心の底から嘲笑う様子がひしひしと伝わって恐ろしいばかりです。もっと恐ろしいのはヴァランタンが現れるとまたそれまでの品のある紳士の歌に戻ること。普段の端正な声と歌に、語りに近いがなり声を入れているだけなのですがそれだけで、全編の殆どで彼が聴かせているエレガントで丁重なキャラクターは、所詮慇懃無礼でしか無いものだということを観客にわからせてしまう。その匙加減には頭が下がります。これぞまさに仏流のメフィスト!
彼の地力は、もっと評価されるべきだと思うのです。

<ここは微妙かも(^^;>
基本的には大人しい色調のものが似合う人なので、強烈なキャラクターの主人公とか派手なところはいまひとつです。『カルメン』(G.ビゼー)でもモラレスは何度かやっていますがエスカミーリョはやっていないというところに、それは端的に顕れているように思います。
すらりとした舞台姿の美しさからか何度かドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)で舞台に乗っておりスタジオ録音もありますが、全曲聴いてないですけれども正直今ひとつ。テンポに乗り切れていない感じもあります。

<オススメ録音♪>
・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
ベンツィ指揮/ランス、An.エスポージト、マッサール共演/グルート放送管弦楽団&合唱団/1972年録音
>隠れた超名盤。仏ものの中では人気作のため無国籍でグローバルな演奏が多い中で、徹頭徹尾仏国流のキャストを揃え、その流儀で演奏された数少ない録音。これぞエスプリ!と思わせる上品で軽やかながら活き活きとした音楽で、本作の本来の姿を思わせます。そしてかなりの内容上述しましたが、やはり何と言っても彼のメフィストがひとつ大きな目玉になっているでしょう。物腰柔らかで如何にも信頼の置けそうな、そして魅力的な人物の化けの皮が剥がれる様、そしてそれを涼しい顔でひらりと元に戻す様は壮絶で強烈なインパクト!ギャウロフやクリストフの悪魔らしい悪魔や、レイミーの冷徹な悪魔とはまた違うおぞましさがあります。ベンツィの瀟洒な指揮、可憐なエスポージト(特にレアなアリアが秀逸!)、華やかで気品漂うマッサールもお見事です。ランスはやや線が細いのと歌い口が古風なのとでやや好ききらいが別れそうな印象です。これがヴァンゾだったらベストだったんだろうなぁ。とは言え歌自体はやはり仏流の風格あるもの。

・アルベール(J.E.F.マスネー『ウェルテル』)
プレートル指揮/ゲッダ、デロサンヘレス、メスプレ共演/パリ管弦楽団&フランス国立放送児童合唱団/1968-1969年録音
>不滅の名盤。プラッソン、パッパーノとこの録音を聴けばひとまずこの作品の魅力を充分に理解できるのではないかと思います。ここでの彼は実に温和な好人物――品があり実直で誠実な、非の打ちどころのない人物――を、非常に幸せそうに演じています。これはこの作品のひとつのミソだと思うのですが、アルベールが善良であればあるほど、そして幸福であればあるほどウェルテルの苦悩は深くなり作品として面白くなります。この点に於いてソワイエはまさにベストと言うべきで、録音史最高のアルベールと言って過言ではないでしょう。まさに戀は盲目というような、理性では押さえられない愛と情熱を体現するゲッダ、リッチな声で女の情念に満ちたデロサンヘレス、そして小さな役ながら少女らしい能天気さで明るく飛び回るメスプレと共演も無敵。プレートルの指揮も冴えています。

・ニラカンタ(C.P.L.ドリーブ『ラクメ』)
ロンバール指揮/メスプレ、ビュルル、ミレ共演/パリ・オペラ・コミック管弦楽団&合唱団/1970年録音
>ドゥセのところで紹介したプラッソン盤と並ぶ本作の不滅の名盤。これぞまさに仏ものの神髄というべき素晴らしい演奏です!ニラカンタはバラモンの高僧で聖域を犯した英国人を刺し殺そうとする(なんだかザッカリア(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)みたいな感じですね笑)結構過激な役ではあるのですが、与えられている音楽自体は非常に優美で如何にも仏国的な情緒のものなので、ソワイエのキャラクターにはよく合います。リリックでやわらかな響きの声で、特にアリアは絶品。メスプレのラクメはまさに演奏史に残る歌で仏国のナイチンゲールの面目躍如。ビュルルは比較的脇役での活躍の多いひと(プラッソン盤ではアジを演じている)人ですが、主役をやらせてもこれだけ歌えるんだぞ、という超名唱!僕が聴いた限り最高のジェラールです。ロンバールの指揮も流麗でオケの豊かな響きを楽しめます。

・教皇クレメンス7世(H.ベルリオーズ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』)
デイヴィス指揮/ゲッダ、エッダ=ピエール、マッサール、バスタン、ベルビエ、ロイド、ヘリンクス共演/BBC交響楽団&コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団/1972年録音
> 不滅の名盤。これは僕のお気に入りの演奏なのでここのところ繰返し登場していますね(笑)ソワイエが演じるのはチェッリーニの運命を握る藝術好きの教皇で、出番は多くないのですがゆったりとした風格のある存在感が重要となってきます。アクの少ない落ち着いた優しい音色と端整な歌い口は、この高僧に威厳を与えるとともに徳の高さまでも感じさせます。そもそも大物登場と言う感じの音楽がつけられてはいるのですが、それ以上のオーラを感じさせるあたりは流石。共演陣も指揮も極めて優秀で、天才ベルリオーズの隠れた傑作を思う存分楽しめます。

・ナルバール(H.ベルリオーズ『トロイ人』)
デイヴィス指揮/ヴィッカーズ、ヴィージー、リンドホルム、グロソップ共演/ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団&合唱団/1969年録音
>再びベルリオーズ、こちらも不滅の名盤です。演奏規模が巨大過ぎて、100年経ってやっと完全な形で初演された際に制作されたスタジオ録音で、未だに決定盤と言っていい音源だと言います。ここでの彼は後半のカルタゴでのエピソードで登場するディドーの側近(多分ネロに対するセネカのポジションの人)で、情熱的に愛し合うアエネアスとディドーの行く末を案じるという、まあバスのいい人の定番みたいな役回りです。ここではその落ち着いた声で、思慮深い賢者を彷彿とさせる歌で、もう少し歌って欲しいなあと思うぐらい。デイヴィスの理知的な手腕はここでも大変見事で、この超大作を聴かせきりますし、主要な役であるヴィッカーズ、ヴィージー、そしてリンドホルムの歌唱もお見事です!

・聖ヨセフ(H.ベルリオーズ オラトリオ『キリストの幼時』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、デロサンヘレス、ブラン、ドゥプラ、コレ共演/パリ音楽院管弦楽団&ルネ・デュクロ合唱団/1965-66年録音
>三度ベルリオーズ(笑)最後はオラトリオですがこれがまた不滅の名盤です。このメンバーで演奏して悪い筈がありませんね!^^ソワイエは非常に穏当な歌い口で、地味ながら穏やかで篤実な人物を描き出しています。この聖ヨセフなら妻である聖母マリアを愛し、その受胎にも理解を示すことができるだろうという優しく控えめで丁寧な歌です。同じ男性低音が3人いますが、ブランが演じるスタイリッシュながらハリと力強さのあるヘロデとも、ドゥプラの優しいけれどもよりどっしりとした懐の大きな家長とも、声でも演じ方でもしっかり違う人物だと伝わってきます。クリュイタンスの優美な棒捌きとオケ&合唱の美しさ、ゲッダのリリックで力のある声、そして瑞々しい若さと落ち着きを兼ね備えたデロサンヘレスも素晴らしく、マイナーな演目ですがうっとりさせられます。
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コメント

昔からソワイエのファンなので、こんな記事を書いてくださり嬉しくてコメントさせて頂きました。
私は彼を「リリコ・レッジェーロのバス」と勝手に呼んでいます。フランス語も素晴らしく美しいですよね。
私はパリのファウストの映像(ゲッダ、フレーニとの)が大好きですが、あれはいかがですか。LDを持っていますが、DVDは出ていないのかな。
それと、やはり好きなのはウェルテルとキリストの幼時です。温かい誠実な歌唱が素晴らしいですね。
他に残っている録音は、ペレアスとメリザンドのアルケル(CDも映像もあります)、真珠採りのヌーラバッド、キリストの幼時のエロデ王を歌った方、バロック物も少しあります。
年齢と共に声が出なくなったようで、早めに消えましたが、今も聴いてくださる方がいて嬉しいです。
それとついでに、ラクメのシャルル・ビュルルはいいですよね!!これも共感です。ありがとうございました。
2014-07-10 Thu 12:26 | URL | concombre [ 編集 ]
はじめまして!ようこそのお運びで^^

> 昔からソワイエのファンなので~
おそらくそちらのサイトを何度か拝見しております。と言いますかこの記事を書くに当たって非常に勉強させていただきました。こちらこそ感想をいただいて本当に嬉しく、ありがたい限りです!

> 私は彼を「リリコ・レッジェーロのバス」
非常に軽やかでやわらかな声の響きですよね^^とても的確な表現と思いながら、他の方がされている表現をそのまま遣ってしまう訳にもいかないだろうとここでは何とか別のことばで書こうと努力していた次第です。仏語の知識はほとんどないですが、とても耳に美しい発音と感じています。

> パリのファウストの映像(ゲッダ、フレーニとの)
残念ながら持っていないのですよ…しかし部分的にはyoutubeで拝見しました♪便利な時代になりましたね笑

> ウェルテルとキリストの幼時
上述しましたが、どちらも彼の特性に合っていて本当に素晴らしい歌唱だと思います!特にアルベールは秀逸ですよね^^

> アルケル(CDも映像もあります)
…は知ってはいたのですがどうもあの作品は苦手で^^;ドゥプラのアルケルも含めて聴かねばとは思っているのですが(余談ですがドゥプラやマルスも素晴らしいバスですよね!)。ヌーラバッドとバロックも存在は知っていながら未聴で、どこかで手に入れたいなと。youtubeを見るとロドルフォ伯爵とアルフォンソ大公もあるようですね!エロデは初めて聞きました!それは聴いてみたいです!
どうも日本では所謂「定番」の人ばかりが受ける傾向にあるように思っていて、こういう人にこそ光を当てたいなと思い、ここではご紹介しています。ご丁寧なコメントをいただき、繰返しになりますが非常に嬉しいです^^

> シャルル・ビュルル
あの『ラクメ』での歌唱は最高ですよね!その他の録音が少なく、またどちらかというとキャラクターテナー的なものばかりなのが残念です(私が知らないだけかもしれませんが!)。
2014-07-10 Thu 13:24 | URL | Basilio [ 編集 ]
拙サイトも見て頂いたとは、恐縮です~
日本ではマイナーなオペラや歌手が好きなので、共感してくださる方がいると、とても嬉しいです。
アルベールは本当にあの録音がベストだと思います。最近ウェルテルが人気でよく上演されますが、意地悪なアルベールを見ると、違うのに~!と思ってしまいます。
真珠採りはプレートル盤で、ソワイエというよりもコトルバスが素晴らしいですので、機会があったら是非聴いてみてくださいね。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2014-07-10 Thu 22:58 | URL | concombre [ 編集 ]
> 拙サイトも見て頂いたとは、恐縮です~
とんでもないです!仏ものは好きなので、よく勉強させていただいています^^

> 意地悪なアルベール
敵役のイメージになってしまうんですかね…アルベールはまさに正道を歩む立派で見た目もいい紳士で、それがウェルテルにもよくわかっていて、それでもなお狂おしい熱情に苛まれるという構図がネックだと思うのですが。

> 真珠採りはプレートル盤
いつもつい男声目当てで聴いてしまう作品ですが、レイラのコトルバシュがいいというので逆に気になります!探してみます♪
2014-07-11 Fri 10:13 | URL | Basilio [ 編集 ]

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