オペラなひと♪千夜一夜 ~第十六夜/映像の時代に~2012-10-11 Thu 00:03
いろいろな時代を代表するような歌手を特集してきた今回のクール、今日はこれからを背負って立つであろう人をご紹介します。
![]() Angelina エリーナ・ガランチャ (Elīna Garanča) 1976~ Mezzo Soprano Latvia オペラは音楽ですから当然ながら歌で感動させられることが大事です。 だからこそ20世紀に於いては実演と同様に録音が重視されてきました。 そして容易に映像が手に入る時代になったいま、単に歌唱力が優れているだけではなく、より容姿や演技にシフトが移っていると言うことが言えます。 更に言えば今は演出の時代、となればその傾向がより強まっているのは言うまでもありません。 そういったなかで、エリーナ・ガランチャは完璧な歌唱テクニックに加えて恵まれた容姿とチャーミングな演技により、この映像の時代を代表する歌手として、近年では世界中の観衆を魅了しています。 <演唱の魅力> ここ数年北欧や東欧、そして露国は魅惑的な低い響きを持ったメゾを数多く輩出していますが、ガランチャはその中でも最右翼に据えられるべき存在です。非常に深くふくよかな美声で、しっとりとした適度な湿り気を帯びています。これぞまさしくベル・カント!といったところ。 そう、その豊かな声がいまのところ最も本領を発揮していると言えるのがG.ロッシーニ、V.ベッリーニ、G.ドニゼッティなどの所謂ベル・カントの作品群でしょう。美声だけではなく細かいパッセージをこなすアジリタの技法も抜群です。いまや世界の歌姫となったネトレプコとの共演も多いですが、アジリタに関してはガランチャの方が数段上手だと言っていいでしょう。 また独特の上品な雰囲気を持っているひとなので、仏ものの作品を歌えばベル・カントのそれとはまた違う洗練された味わいのある歌唱を楽しませて呉れます。C.サン=サーンス『サムソンとデリラ』のデリラやJ.オッフェンバック『ジェロルスタン女大公殿下(ブン大将)』の女大公殿下、あるいはJ.E.F.マスネー『ウェルテル』のシャルロッテなどもとても素敵。 美人ですし、何と言っても非常に演技がチャーミング♪ 男役をやってもすらっとして格好いいんですが(あたかも宝塚!笑)、個人的には最初に映像で観たのがG.ロッシーニ『チェネレントラ(シンデレラ)』のアンジェリーナだったこともあってその印象が強いです。かわいらしい演技がとても魅力的。過度になることなく作品の持つ楽しい世界を表現できるのは彼女の才能だと思います。アンジェリーナは、ことによるとそのいい子ちゃんキャラが鼻についてしまったりと言うことがありそうな役ではありますが、ここでの彼女はそんなことは微塵も感じさせません。ほとんど素なんじゃないかと言ういうような、ある種の純粋さを強く感じさせるような演技になっています。そういう意味ではやっぱり歌とともに演技を、舞台を見たいひと。 また先日のMETライヴ・ヴューイングの『サムソンとデリラ』を観て彼女に対する認識はプラスの方向に大きく変わったところです。この記事を最初に書いてからの数年で、彼女はその美質を活かしながらドラマティックな方向にかなり大きく藝術性を高めたように思います。未だにアズチェーナやウルリカと言われてしまうと?がつくものの、既にロール・デビューしているエボリ公女(『ドン・カルロ』)は断片を拝見しましたが圧巻の歌唱でしたし、これから歌うであろうアムネリス(『アイーダ』)では歴史に残る名演を遺してくれるのではないでしょうか。21世紀のヴェルディ歌唱を語る上で欠かせない人になってく予感がしています(2018.11.29追記)。 <アキレス腱> 演技もうまいし、とても可愛らしいひとなので世界の劇場で引っ張りだこになっている訳ですが、個人的にはこのひとは声のパワーで思いっきり押していくタイプの人ではないと思っています。そういう意味では役を選ぶ部分があるのかなと。 仏ものでもG.ビゼー『カルメン』の題名役は結構世評は高いようですが、個人的にはこれは前にご紹介したドマシェンコの方が良い気がします。何と言うかここまでに何度も述べてきた通りガランチャはひととして非常に洗練された、上品な感じを受ける人なのでカルメンとなったときに欲しい蓮っ葉な感じや暗い迫力何ていう部分には不足しているように思うのです。まあそれでも何故か一方でデリラでは納得させられてしまうのですが…。 <音源紹介> ・アンジェリーナ(G.ロッシーニ『チェネレントラ(シンデレラ)』) ベニーニ指揮/ブラウンリー、コルベッリ、アルベルギーニ、レリエ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2009年録音 >前述の通り僕のなかでのガランチャのイメージはこの役です。お話自体はシンデレラですから下手なひとがやると何とも主役のアンジェリーナがクサくて嘘っぽいウザい感じになってしまうと思うのですが、ここでのガランチャは嫌味な感じを感じさせることなく、そして歌唱的にも完璧にこの難役をこなしています。コルベッリをはじめ共演陣のブッファっぷり(特にアルベルギーニが王子になりきってブラウンリーを邪険にするとことか、レリエが正体を現すとことか)も笑えますし、みんな歌も演技も巧い。映像的には最高のチェネレントラのひとつではないでしょうか。 ・ロメオ(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』) ・エリザベッタ1世(G.ドニゼッティ『マリア・ステュアルダ』) R.アバド指揮/ボローニャ市立歌劇場管弦楽団/2008年録音 >いずれもアリア集『ベル・カント』で聴くことができます。『カプレーティとモンテッキ』、要は『ロミオとジュリエット』ですが、こちらはネトレプコ共演の全曲盤もあります (2012.10.17追記) ルイージ指揮/ネトレプコ、カレヤ共演/WPO&ヴィーン・ジング・アカデミー/2008年録音 >『カプレーティとモンテッキ』の全曲、聴きました。感想としては、これを聴かないのはあまりにももったいない、超名盤です。ガランチャのロメオの凛々しいことと言ったら!彼女は美人ですが中性的な顔立ちなので、このロメオは舞台で見たらさぞや、と思います。ネトレプコとのアンサンブルも美しく、天国的。しのごの言わずにとりあえずまずは聴いてほしい名盤です。 ・ジェロルスタン女大公殿下(J.オッフェンバック『ジェロルスタン女大公殿下(ブン大将)』) ルイージ指揮/ドレスデン国立管弦楽団/2006年録音 >アリア集『アリア・カンティレーナ』に収録。日本では『ブン大将』として浅草オペラ時代から親しまれた作品で、音楽的には非常に充実してますが何故か最近は人気がないのが残念です。ガランチャはマイナーながらもちょっとお洒落な隠れたこの名曲を、実に洒脱に歌っています。これも全曲入れて欲しいところ。 ・デリラ (C.サンサーンス『サムソンとデリラ』) アルミリアート指揮/SWR南西ドイツ放送交響楽団/2007年録音 >こちらはコンサートの録音『ジ・オペラ・ガラ~ライヴ・フロム・バーデン・バーデン』に収録。このコンサートはバルガス、ネトレプコ、テジエ共演と言う大変豪華なもの。この曲のしっとりとした雰囲気に彼女の美声が非常にマッチしています。 エルダー指揮/アラーニャ、ナウリ、ベロセルスキー共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2018年録音(2018.11.29追記) >こちらはDisc化はされておらずライヴ・ヴューイングで視聴したものですが、大変素晴らしい公演でした。METには是非これを製品化して欲しい!あのアンジェリーナを演じていた人が僅か10年足らずでここまで深い、熟成された声で歌うようになるのかと刮目させられました。インタビューでも答えていましたがデリラを過度に悪女にするのではなく、より人間的に描きこんだパフォーマンスでぐっと惹き込まれます。アラーニャ、ナウリも含めて2幕の完成度の高さ!本作の映像として屈指のものと思います。 ・ジョヴァンナ・セイモール(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)2018.8.10追記 ピドー指揮/ネトレプコ、ダルカンジェロ、メーリ、クルマン共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2011年録音 >映像で楽しむことのできるこの作品のディスクとしては最高のものでしょう。ジョヴァンナは戀敵の役ではあるものの、夫を奪う悪女としてではなくエンリーコに振り回される悔悟する女性として優しく魅力的に描かれていると思うのですが、ガランチャはそのイメージをそのまま具現化しているかのような素晴らしい演唱。立ち姿や所作にも気品があります。とりわけネトレプコとの重唱の場面はこの公演のハイライトでしょう。もちろんそのネトレプコも悪役のダルカンジェロも、目にも耳にもぴったり。オペラファン必携の映像でしょう。 ・アダルジーザ(V.ベッリーニ『ノルマ』)2020.7.15追記 ハイダー指揮/グルベロヴァー、マチャード、マイルズ共演/ラインラント=プファルツ州立交響楽団&ヴォーカル・アンサンブル・ラシュタット/2004年録音 >今のように多くの人に知られる前に彼女が遺した得難い記録と言うべきでしょう。確かこのノルマはグルベロヴァーが自分の声を賭して歌うと言うので当時話題になったものでしたが、この時にどれだけの人が共演にまで気を遣ったか、或いは共演にまで注目したか……恥ずかしながら若い頃の自分にはそこまでの見識はなく、グルべロヴァーの小鳥のような声に対して深く、暗く、力のあるメゾがついたなあと思った程度だったのですが、今改めてこの録音を聴くと、後出しジャンケン的ながらガランチャとグルベロヴァーの声の対比によって作られる美観に強く心を打たれます。とりわけ彼女たちによる2幕冒頭の重唱は白眉と言うべきで、この時に遺しておくことができたことを嬉しく思います。マイルズのオロヴェーゾの背筋の通った歌も気分がいいので、これでポリオーネさえもう少しいい人がつければと考えるとちょっと残念です。 スポンサーサイト
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