Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第六十八夜/老獪な舞台人~

飽きっぽい私にしては続いている仏国シリーズ。ひとまず次回で一区切りにしようかなと思っています^^

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Le Docteur Miracle

ガブリエル・バキエ
(Gabriel Bacquier)
1924~
Baritone
France

ロベール・マッサールの回でもちらりと触れましたが、日本でこそあまり有名ではないものの、パリ・オペラ座の三大バリトンと呼ばれた歌手たちがいます。マッサールと、本blogでも以前ご紹介したエルネスト・ブラン、そして最後の1人が今回の主役ガブリエル・バキエです。ひょっとするとこのメンバーの中では一番有名かもしれません。とは言え、この人も名前は知っているけど詳しくは知らない、というような扱いを受けていそうな気もします(^^;今回の特集を通して言ってきましたが、本当に日本は仏国の歌手に対する扱いが軽い。すごい人たくさん居たんですよ?というのは強く主張したいところですね。

話が逸れました^^;、バキエですがこのひとはブランやマッサールとちょっとレパートリーの傾向が違います。残る2人がどちらかと言えば二枚目どころのカヴァリエ・バリトンとも言うべき役をやっていることが多いのに対し、バキエはより性格的な役どころや従者を演じていることが多いです。もちろん二枚目を演じさせても格好いいのですが、彼の歌い口はより個性の強いものの方が似合っている感じ。以前ご紹介したレナート・カペッキと同じような特性のある歌手だと個人的には思っています。尤も、主要なレパートリーはあまり重なりませんが。傾向と言いますか物語の中での性格付けが近いものを演じているように思います。
即ち、彼もまたブッファ系と悪役系の大きく2つのグループを得意としているのです。

<ここがすごい!>
やはりそのエッジの効いた人物造形が、大きな魅力だと言えるでしょう。実に藝の幅が広い!
コミカルな表現力が求められるブッファの役では、その豪快さと闊達さ、そして身軽さが実に印象に残ります。身軽さと言っても、例えば若々しいフィガロに求められるような類の機敏さと言うよりは、すごく動きは速いんだけど何処かドタバタバタバタした感じ。何とも言えぬおっちゃんっぽさが歌から漂っているんですよね(笑)更に、お小言をいうような場面での口ぶりが厭らしいぐらいねちっこくて、これがまた絶妙におっちゃんっぽさに拍車をかけています(←褒めてますよ!笑)以上のようなおっちゃんぶりが、決して陰湿なものではなく実に陽気。本当にちょっとした歌い口や間の取り方なのだと思うのですが、毎度毎度笑わせてもらっています。このあたりの感じは先日ご紹介したバスタンとも近いような印象ですね^^

一方で悪役を演じさせれば、そのダークな役作りは並々ならぬものです。何よりことばの扱いに長けているんだと思います。殊更に悪役ぶることなく、ともすると一歩間違えば上述したようなコミカルな演技にすら繋がりそうなのに、めちゃくちゃ怖いです。仏人らしいやわらかでしなやかな歌い口で囁くpは、聴く者の心の隙間に入り込んでくるような心地よさがあります。一方で豪放な笑い声からは他を圧するやや狂気じみたすさまじさも感じさせます。総体として彼の演ずる悪役は、心の奥底の見えない不気味な雰囲気を湛えていると言っていいのではないかと。

どういう訳だか役者っぷりを感じさせるようなバリトンでは、逆に声の力不足を感じさせる人が少なくないのですが、彼の場合はそこも全く問題ありません。場合によってはバスの役も演じられるような深みのある声で、うっとりさせられることもしばしば。歌い回しも非常に器用で、裏声の遣い方も絶妙。兎に角表現の引き出しの多彩なひとで、毎度その老獪さに舌を巻きます。エスプリの効いたキャラクターを披露する、仏国ならではのバリトンと言うことができそうです。

<ここは微妙かも(^^;>
大変藝達者でまたお洒落でもあるのですが、上述のとおりおっちゃんっぽいところがあります。なので、そのおっちゃんっぽさが巧く活きない役だと逆にそれがマイナスな印象になってしまっていることもあります。実力があるだけに残念な話ではありますが。

<オススメ録音♪>
・4悪役(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
ボニング指揮/ドミンゴ、サザランド、トゥーランジョー、キュエノー、プリシュカ、リロヴァ共演/スイス・ロマンド管弦楽団&合唱団/1971年録音
>楽譜の新発見後の現在ではいろいろ言いたいこともあるものの全体の演奏そのものは割合楽しめるという感じの音盤だと思うのですが、このバキエを聴くためなら手に入れて損はないと思います。圧倒的な存在感で、個人的にはホフマンの悪役たちのベスト。4人のキャラクターを絶妙に描き分け、しかもどれでも堂に入った歌唱をして見せるというのはなかなかどうして簡単にできるものではないですが、ここでの彼は完璧と言っても過言ではないと思います。気位が高そうなリンドルフ、凄みもありながらコミカルなコッペリウス、裏社会の住人らしいダッペルトゥットといずれも似合っていますが、一番はおぞましいミラクルでしょう。アントニアの母の登場する3重唱は、まさに悪魔そのものというべき活躍を聴かせ、最後には高らかに邪悪な笑いを響かせます。ドミンゴはいくつかある録音の中では声が最も若々しいです。サザランドはやや意外ですがアントニアが一番いいでしょう。その他めり込みの少ないキャストですがキュエノーのピティキナッチョはちとキャラが立ち過ぎか。

・イァーゴ(G.F.F.ヴェルディ『オテロ』)
ショルティ指揮/コッスッタ、M.プライス、P.ドヴォルスキー、モル、ベルビエ共演/WPO、ウィーン国立歌劇場合唱団&ウィーン少年合唱団/1977年録音
>超名盤。実はこの録音を聴いて初めて『オテロ』の真価を知りました。バキエは轟然と声を鳴らすヴェルディ・バリトン的なタイプでない分、声芝居がまさに絶品!特に夢の歌や信条の弱音部のやわらかさ。これが優しいのですが実に悪魔的なのです。オテロの心の隙間に入り込み、真綿で首を締めるように徐々に追い詰める様はまさに圧巻です。悲劇を感じさせる暗い響きのコッスッタ、逆にひたすら静謐で純白の絹を思わせるM.プライス、充実の脇役陣にショルティの引き締まった指揮ぶりもお見事です。

・サンチョ・パンサ(J.F.E.マスネー『ドン・キショット』)
コルト指揮/ギャウロフ、クレスパン共演/スイス・ロマンド管弦楽団&合唱団/1978年録音
>珍らしい曲ですがなかなかいい演奏。何を隠そう僕自身が、初めてバキエがいいなと思った音源なので思い入れもあります(笑)ここでの彼は元気いっぱい!非常に小回りがよく、口うるさく文句を言いながらも主人のために尽くすサンチョの姿が目に浮かぶようです。キショットのギャウロフとのとぼけたやりとりは実に楽しく、それだけにキショットをバカにした人々に喰ってかかる場面や、キショットの死の場面は実に感動的。ギャウロフの歌唱は立派ですしコルトの采配もいいと思いますが、クレスパンよりはベルガンサとかの方が良かったかも。

・ギョーム・テル(G.ロッシーニ『ギョーム・テル(ウィリアム・テル)』)
ガルデッリ指揮/ゲッダ、カバリエ、コヴァーチ、メスプレ、ハウウェル共演/ロイヤルフィル管弦楽団&アンブロジアンオペラ合唱団/1973年録音
>不滅の名盤。仏語盤のこの演目なら、まずはこの録音でしょう。バキエはここでは打って変わって英雄的な役どころですが、ヒロイックというよりは非常に人間的な面の際立つ歌唱だと思います。個人としてのテルの苦悩を感じさせるのですが、一方でその人間臭さが故に人々に慕われていると言いますか、非常に懐の深い人物像を創りあげており、秀逸な歌唱です。ゲッダやコヴァーチとの声の相性も良く、アンサンブルも充実しています。カバリエも美しく脇役もお見事、ガルデッリのかっちりとした采配も聴いていて心地よいです。

・ラモン(C.F.グノー『ミレイユ』)
プラッソン指揮/フレーニ、ヴァンゾ、ファン=ダム、ロード共演/トゥールーズ・カピトール管弦楽団&合唱団/1979年録音
>こちらも仏国の薫りのする秀演。ここでは娘の貧しい男との戀に反対する典型的父親役。これがまた匙加減が絶妙で、本来的には悪いひとではないんだけれども、古い考えに縛られており、頑固に自分の意見を通そうとする田舎の親父を、見事に演じています。本当はそんなに悪いひとではない感じが出ることで、先の悲劇的な展開が際立つ訳で、流石良くわかってらっしゃるという演奏。プラッソンの洒脱な指揮と強力なキャストで、このマイナーな演目が楽しめるのは嬉しい限り。

・ラミーロ(M.ラヴェル『スペインの時計』)
マゼール指揮/ベルビエ、セネシャル、ファン=ダム、ジロドー共演/フランス国立放送管弦楽団/1965年録音
>ラヴェルらしい現代的で独特の浮遊感と異国情緒のある名曲を、これもまた仏ものを良く心得たメンバー(脇の名手が揃ってますね)と、先ごろ亡くなったマゼールの指揮で楽しめる名盤。オペラらしからぬ曲ではあるものの、ラヴェルなどの歌曲も得意にしたバキエですからセンスのいい歌唱です。実質的には一番舞台に登場しているんじゃないかな?とぼけた存在感がたまりません。

・サイモン・グラヴァー(G.ビゼー『美しきパースの娘』)
プレートル指揮/アンダーソン、クラウス、G.キリコ、ファン=ダム、ジマーマン共演/フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団&合唱団/1985年録音
>題名だけはよく知られたビゼーの歌劇の数少ない全曲録音。作品自体にムラがあるものの、演奏メンバーが優れているのでそれなりに楽しく聴くことができます。ここでのバキエは温和な父親役で、登場場面こそさほど多くはありませんが、めり込まずアンサンブルをきりっと〆ています。珍しくさほどアクの強くない役ですが、こういう役でも彼は巧いですね。共演では品のあるクラウスと、声に力のあるファン=ダム(彼はバキエと結構共演していますね)が印象に残ります。

・西国王アルフォンソ11世(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
ボニング指揮/コッソット、パヴァロッティ、ギャウロフ、コトルバシュ共演/テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ交響楽団&合唱団/1974-1977年録音
>疵はあるものの名盤。このキャストでアルフォンソがカプッチッリやミルンズじゃなくバキエだというのが結構面白いところ(尤も、彼らでも名盤になったと思いますが)。バキエは、彼らほどたっぷりとした声ではない分ここでも表現で聴かせていて、アルフォンソを単なる戀敵として描かず、板挟みになった王の悲哀を醸し出しています。立派になり過ぎないアクセルの踏み加減は流石のものです。

・メリトーネ兄(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
レヴァイン指揮/L.プライス、ドミンゴ、ミルンズ、ジャイオッティ、コッソット共演/LPO&ジョン・オールディス合唱団/1976年録音
>良く纏まっていてこの作品を知るのにはいい演奏だと思います。ここでもまた良く動く小うるさいおっちゃんながらどこか憎めない、等身大のメリトーネ。作品自体がブッファではないのでひたすら面白くなっちゃうのもどうかなと言うところではあるのですが、そういう意味で適度なオモシロオカシサでちょうどいい塩梅のコメディ・リリーフです。個人的にはカペッキと併せてメリトーネの双璧だと思います(コレナも巧いけど、それこそ面白過ぎちゃうw)。

・ドン・パスクァーレ(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
フェッロ指揮/G.キリコ、ヘンドリクス、カノーニチ共演/リヨン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1990年録音
>小うるさい爺さんっぷりが見事に嵌っているのはこのパスクァーレも!この演目の成否はパスクァーレのキャラが立つかどうかにかかっていると思っているのですが、ドタバタと楽しく動き回るバキエはひときわ面白いです。90年の録音ですから声の衰えは流石にあるのですが、その分老獪な芝居に磨きがかかっていると思います。若々しくこの時期旬だった面々と楽しそうに演じているのが微笑ましいです^^

・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
クレンペラー指揮/エヴァンズ、グリスト、セーデルストレム、ベルガンサ、ラングドン、ホルヴェーク、ブルマイスター、グラント、M.プライス共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&ジョン・オールディス合唱団/1970年録音
>毀誉褒貶の激しい演奏で、僕自身も両手離しで評価はしないのですが、面白いところも多い演奏。バキエの伯爵はユニークで、彼ならもっとすっとぼけた雰囲気でやりそうなところですが、予想に反してかなり強権的な伯爵。上述のとおり彼は強面の役どころも巧いですから、迫力のあるキャラづくりで演奏全体を引き締めています。クレンペラーのスローテンポにも巧いこと対応しています。これで夫人やフィガロが強力であれば相当面白かっただろうと思うのですが、セーデルストレムもエヴァンズも非力で非常に残念。それこそM.プライスなんかを大抜擢して、フィガロは明るいカペッキあたりを連れて来ても良かったんじゃないの?

・ドン・アルフォンソ(W.A.モーツァルト『女はみんなこうしたモノ』)
ショルティ指揮/ローレンガー、ベルガンサ、デイヴィース、クラウゼ、ベルビエ共演/LPO&コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団/1973-1974年録音
>苦手だったコジを面白いかも、と思わせて呉れた1枚。何と言っても以前ご紹介したベルビエのデズピーナとこのバキエのアルフォンソの2人が、喜劇を斜めに見ているのが非常に面白かったのです。この役は人によるととんでもないいやなやつになってしまう気がするのですが、彼は愛すべき狸親父っぷりで聴くものの支持を得てしまう歌。いやはや藝達者です。若者たちを演ずる人々も美声揃いで楽しめます。

・ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(レハール F.『メリー・ウィドウ』)
ブラロー指揮/詳細不明
>詳細は分からないもののかなり若い時の録音で、このほかにもいくつかのオペレッタから聴きどころを抜粋しているものからこの演目を。いやこの録音全部仏語なんですが、いずれも全曲残して欲しかったと思わせる愉しい歌唱で、若々しい伸びやかな声でありつつ裏声や科白回しのセンスの良さなど、後年の老獪さの垣間見える器用さがまたたまりません。この演目からは“唇は黙して”でも“マキシムの歌”でも“女!女!女!”でもなく1幕フィナーレの“メリー・ウィドウ・ワルツ”を歌っているのですが、華やかで品があって優雅!男ぶりのいいダニロにうっとりさせられます。
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