Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十一夜/ベル・カントの貴公子~

さて博物ふぇすも終わったので、いつもどおりの気楽気ままな当blogに戻りたいと思います。
こちらが平常運転ですからね~(笑)

切り番回直前第六十九夜から始めた三“アラ”テノール。今回は2人目にして個人的には3人の中でも一押しのひとを。

Araiza.jpg
Il Conte di Almaviva

フランシスコ・アライサ
(Francisco Araiza)
1950~
Tenor
Mexico

この記事を書こうとして調べて驚きました!日本であれほど人気があったにも拘わらず、Web上の情報が全然ない!本当にえ?!って言う感じ。Wikipediaすらないってどういうことよ!こら!

怒り心頭に発してこう書きたくなるぐらいの人です。この人は名前だけではなく、実力は本当のもの。特に全盛期のギュッと実の詰まった甘みのある、やや太めの音色の声は最高。危なげのない高音も胸の空くような爽快な響きです。しかし、或意味でそれ以上に彼を特徴づけているのは、その転がしの技術の確かさでしょう。ロッシーニはじめベル・カントのレパートリーが一般化していく時代の旗手としての活躍ぶりが、自分の耳には強く残っています。

歌い口は非常に知的。といいますか様々なエピソードを見ても本質的に非常に知的な方なんだと思います。そういう意味で自分の力をいろいろな役で試してみたいという思いが強かったのでしょう、レパートリーは非常に広大で、近年ではローエングリン(R.ヴァーグナー『ローエングリン』)やローゲ(同『ニーベルンゲンの指環』)なども歌っているようです。
ただ、個人的にはこの人はやはりモーツァルトやベル・カントもの、それに仏ものあたりに絞って歌って行った方がよかったんではないかなと思っています。

<ここがすごい!>
いい意味で過渡期の歌手だと言えるんではないかなと思います。
まず、声の美しさや歌の美しさが前面に押し出された世代の最後の歌手の1人が彼ではないかと思うのです。その豊かな響きの、蕩けるような美声は耳に心地よいのみならず非常に個性的で、明るい声ではあるのですが、伊声でも独声でもありません。やわらかくふくよかで、こってりとした稠密な音色。後のロッシーニ世代のように超高音まで出るタイプの声ではないのでハイCなどは非常にスリリングに聴こえます(もちろん一方で危なげは全く感じられない訳ですが)。直球の声の美しさ、個性、そして耳馴染みの良さと言う点では、録音史に於いても指折りの存在ではないかと個人的には思っています。且つそのスタイリッシュな歌いぶりもたまりません。ときにやんちゃさが感じられることもありますが、それが失点になるのではなく、却って登場人物の情熱的な感情が溢れ出ているように聴こえるというのはこのひとの大きな美点でしょう。尚且つ、声からも歌からもそこはかとなく気品が漂っているのもまた、テノールとしては大きい。貴公子然とした歌いぶりは、様々なテノール役の説得力を増していると言っていいでしょう。見た目にもきりっとした男前ですから、全盛期の舞台ではさぞかし素敵だったんだろうなぁと推察します。

一方で歌の駆動力・技術力が求められるようになった世代をリードした人物とも言えると思います。ロッシーニ・ルネサンスやベル・カントもの再興の流れの中で、黄金の声を持っていた前世代のひとびとがアジリタで苦戦する中、それをそつなくこなしてしまう。特にロッシーニの超絶技巧はそれまではルイージ・アルヴァなど非常に軽くて技術がある、本当に限られた専門的な歌手のみが担ってきていた訳ですが、アライサは他のレパートリーだけでも充分にやっていける声でありながら、細かい装飾も達者にやってのけるのです。ファン=ディエゴ・フローレスやアントニーノ・シラグーザと言った現代の名手を聴いた耳で聴いても、その転がしには私自身は遜色を感じません。

即ち、彼は一世代前のような輝きと個性のある声を持ちつつ、現代の歌手が求められる高度な技術も備えているという意味で両者のいいところを取った過渡期の存在だと思うのです。繰り返しになりますが、だからこそロッシーニがいい。中でもアルマヴィーヴァ伯爵(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)は、彼の最大の当たり役だと言っても過言ではないように思います。貴族的な品の良さ、二枚目ぶり、若々しい奔放さと力強さ、そしてコメディ・センスとどれをとっても圧倒的。

<ここは微妙かも(^^;>
前述のとおり重たいレパートリーに移行したのはどうだったのかな…と言う感じですね。ヴァーグナーなどを歌うようになってから急に名前を聞かなくなったような気がするのは、私があまりヴァーグナーを好まないからでしょうか?どうしても気になってYoutubeに転がっていた割かし最近のローゲを聴いてみると意外なぐらい声は往時同様美しくて小躍りしました!が、このひとの声のリソースに合っているのかというと微妙かな。この役はキャラクターテナーが歌う方が好みと言うのもありますが。
重ための声とは言っても比較論的な部分はあって、ヴェルディの中期以降やヴァーグナーを歌うようなメガトン級の声という訳では、やはりないように思います。ヴンダーリッヒやゲッダ、クラウスあたりと同じような重さの声でしょうか、と言おうとしていずれもとびきりお気に入りのテノールで、自分のテノールの嗜好を再認識したりしました笑。

<オススメ録音♪>
・アルマヴィーヴァ伯爵(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
マリナー指揮/アレン、バルツァ、トリマルキ、ロイド共演/アカデミー室内管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1982年録音
アバド指揮/ヌッチ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、ダーラ、フルラネット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1981年録音
>何と言ってもまずはこの役です。この作品を聴く上での名盤は、断然アバド指揮の伝説の来日公演だと思います。これはもう圧倒的な集中力のある舞台であり、かつロッシーニの愉悦に溢れています。客席で爆笑している人たちが心底羨ましくなります。アライサは若々しく凛々しい声で冒頭から颯爽とカヴァティーナを歌い、やんやの大喝采を受けています。この頭のアリア、いい歌手がいい歌うたっても割とスル―されがちなのに異例のことです。そして、ドン・アロンソに変装して現れる場面の作り声がまた笑えるんだこれがwwwよくあんな作り声で響かせられるなあと。ダーラとのとぼけたやり取りが堪りませんし、バジリオが登場してからの5重唱の合間とかでも度々その作り声をやらかすものだから笑うなと言う方が無理な相談です笑。一点残念なのがこの公演では終幕の大アリアがカットだということ。じゃあ彼が歌えなかったのかと言うととんでもない!!マリナー盤では恐らく史上最高と言っていい大アリアを披露しています。男ぶりのいい、この役を演じる歌手の中ではかなり太めの声で余裕綽々で超絶技巧をクリアして、軽々と高音を飛ばす圧巻の歌唱で必聴のものだと思います。共演陣と熱気ならばアバド盤(特にバルトロは断然ダーラです)なのですが、マリナー盤はスタジオ録音で音質も良く、アライサを聴くという意味では甲乙つけがたいです。まあだから両方揃えましょう←

・ドン・ラミーロ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
フェッロ指揮/ヴァレンティーニ=テッラーニ、ダーラ、トリマルキ、コルベッリ/カペラ・コロニエンシス&西ドイツ放送合唱団/1980年録音
>この役は複数録音していて、一般的にはフレデリカ・フォン=シュターデ主演の映像が有名だと思うのですが全部が観られていないということと、アライサ自身のノリと言うところではこれが一番のような気がしています。まさに王子様!気品があり尚且つ若者らしい情熱に溢れています。この役はブッファにありがちな単なるつっころばしのテノールではなく、王子ではあるけれども主体的に自分の納得のいく妻を見つけようという、なかなかロックな生き方をしている役なので、彼ぐらい男気を感じられる歌声ならまさにうってつけだと言えます。録音の少ないヴァレンティーニ=テッラーニは淑やかな響きの声が癖になりますし、こうした役でのダーラのうまさは言うにや及ぶ、といった感じ。マニフィコ、ダンディーニ、アリドーロの3役全てで録音を遺しているのは恐らくコルベッリで、それはそれで凄いと思いますし、彼自体は大好きな歌手ですが、やはりこの役にはもっと深い声が欲しい。トリマルキはバルトロなどよりはマシですが、いいとは思えません。

・リーベンスコフ伯爵(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、E.ヒメネス、ヌッチ、ダーラ、レイミー、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>不滅の名盤。アバドが執念を燃やして復活させ、肝煎りのメンバーで録音していますから悪かろうはずがない訳ですが(笑)役作りなどあってないような演目ですが、気位が高く、真面目で融通の効かない若い露貴族を非常にらしく演じています。プレイボーイでやらしい感じのするヒメネスとキャラクターの違いが出ているのも◎一番の聴かせどころの重唱も共演の多いヴァレンティーニ=テッラーニと相性のいいところを聴かせていて、ワクワクする出来。歌合戦的な大アンサンブルでも存在感を発揮しています。

・エルネスト(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
ヴァルベルク指揮/ネステレンコ、ポップ、ヴァイクル共演/ミュンヘン放送管弦楽団&バイエルン放送合唱団/1979年録音
>隠れ名盤。こちらは思いっきりつっころばしてきな面のある役ですが、ここでも持ち味のやわらかな歌が冴えています。ややオーバーな音楽のつけられているアリアも大真面目に歌っており、これが喜劇じゃなかったらホロっとさせられてしまうぐらい。思いっきりブッフォと言うメンバーではないので、例えば1幕のパスクァーレとの絡みとかもネステレンコともども面白おかしくなり過ぎず控えめな感じはするのですが、2人とも一番脂の乗っていた時期のたっぷりとした声なのでしっかり楽しめます。そのネステレンコはじめポップちゃんにヴァイクルと喜劇的ではなくても実力者揃いですから、完成度の高い録音になっています。

・レイチェステル伯爵ロベルト(G.ドニゼッティ『マリア・ステュアルダ』)
パタネ指揮/グルベロヴァー、バルツァ、ダルテーニャ、アライモ共演/ミュンヘン放送管弦楽団&バイエルン放送合唱団/1989年録音
>カットはあれど不滅の名盤。グルベロヴァーとバルツァの白熱した女王対決がやはり全編中最大の聴きものだとは思うのですが、アライサ演じるレイチェステルの颯爽とした歌も忘れることはできません。この役、マンリーコ(G.F.F.ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』)やピンケルトン(G.プッチーニ『蝶々夫人』)に並ぶ伊もののテノールでも屈指のクズ男だと思うのですが、彼が歌うとひたむきに想いを吐露する様に思わず共感させられてしまう自分がいたりします(笑)ベル・カントものでは流石面目躍如といった感じで全編流麗な歌声!バルツァやアライモとの重唱も清新な歌で素晴らしいです。

・ザモーロ(G.F.F.ヴェルディ『アルツィーラ』)
ガルデッリ指揮/コトルバシュ、ブルゾン、ローテリング共演/ミュンヘン放送交響楽団 & バイエルン放送合唱団/1992年録音
>滅多に演奏されない演目の貴重な音盤。彼が歌うことによってこの時期のヴェルディはベル・カントの流れの中の作曲家であるということを強く感じさせる仕上がりになっているように思います。初期のヴェルディの迸る熱気と言うよりは歌の響きの美しさを聴かせると言いますか。かと言って温度の低いつまらない歌に終始している訳ではなく、アライサらしい若々しいパワーを感じさせる歌唱。コトルバシュもアライサと同じような路線、ブルゾンは朗々と歌っていますが、或意味一番ヴェルディらしい歌ですね^^全体にはマイナー作品を楽しむには十二分の水準ではないかと!

・タミーノ(W.A.モーツァルト『魔笛』)
フォン=カラヤン指揮/ファン=ダム、オット、ホーニク、マティス、ペリー、クルーゼ、C.ニコライ、トモヴァ=シントヴァ、バルツァ、シュヴァルツ共演/BPO&ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団/1980年録音
>纏まりのいい演奏だと思います。と言うかフォン=カラヤンらしく脇役が豪華ですね~なんだこの3人の侍女www基、アライサはこの役でも凛々しい王子様。一方で登場時の情けない感じもハマっています(笑)彼の声は伊ものや仏ものではそれほど思わないのですが、独ものを歌うとやはりヴンダーリヒやへフリガー、シュライヤーのようなすっきりとした声とは違う、脂身のあるラテンな声だと感じさせます。同じように歌っていても、その分やんちゃな印象のユニークなタミーノになっていると思います。

・ホフマン(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
テイト指揮/レイミー、リント、ノーマン、ステューダー、フォン=オッター、ゴーティエ、カッシネッリ、マルティノヴィチ、パーマー共演/ドレスデン・シュターツカペレ&ライプツィヒ放送合唱団/1992年録音
>新しい楽譜が発見されて以降の演奏の中では楽しめるもののひとつ。ノーマンのアントニアだけは歌は兎も角貫禄があり過ぎてどうかなとも思いますが、残る共演陣はキャラによくあった歌唱を聴かせて呉れていますし、テイトの指揮も軽やかでなかなか。アライサは40代頭の成熟した声で、ここでもまた若々しいキャラクターを作っています。ホフマンと言う人をどのような人物と解釈するかについては、かなり意見が分かれるところだとは思うのですが、ここでは凛々しくハンサムな風貌が、歌からも滲み出ているようです。非常に活きの良い歌。やけっぱちっぽさや空虚さを感じさせる酒の歌も素晴らしいですが、冒頭のクラインザックの歌の最後では予想外の強烈な高音を付加していて、痺れます。

・ファウスト(C.F.グノー『ファウスト』)
デイヴィス指揮/ネステレンコ、テ=カナワ、シュミット、コバーン、リポヴシェク共演/バイエルン放送交響楽団&合唱団/1986年録音
>並みいる競合盤の中ではやや地味かもしれませんが、マルゲリータを除けば悪くない演奏だと思います。個人的な印象ですが、ここで取り上げた他の録音よりも重めの声を出しているようで、そのあたりをきっちり使い分けて役に臨んでいることがわかります。そしてこうした出し方でも艶やかな響きで耳に心地いい。彼の声とスラヴな輝かしいバスのネステレンコが非常によく合います。如何にもこの時期に旬だった歌手の競演と言った風情で聴きものです。パスクァーレのコミカルな重唱でも楽しませて呉れた彼らですが、こちらのシリアスな重唱がやはりいい。むしろ、あのパスクァーレの歌唱陣でファウストを聴けたら、独特の魅力のある名盤になったのではないかという気がします。
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