Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第十七夜/マリア・カラス~

歴史に残る名ソプラノと言えばこのひとで異論はないでしょう。

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Violetta Valery

マリア・カラス
(Maria Callas, Μαρία Κάλλας)
1923~1977
Soprano
Greece

最早説明は要りませんね(^^;多くのひとが20世紀最高の歌手として筆頭に挙げる大プリマ・ドンナです。
彼女の場合単に非常に優れた芸術家であったと言うだけではなく、「オペラ」という芸術に変革を齎した人物として評価されています。前世紀だけではなく今日に至るまで「カラス以前」、「カラス以後」という言葉を使うひとが大勢いるというのは、好き嫌いは別にしてやはり凄いことでしょう。また特に埋もれていたベル・カントの諸作品を発掘したことでも知られ、彼女のお蔭でV.ベッリーニ『ノルマ』やG.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』などは現在日の目を見ていると言っても過言ではありません。一方で自らの芸術に余りにも拘ることでかなりトラブルの多いひとであったと言うのもまた事実。まあそういうひとだと色々な逸話がある訳です。

『ノルマ』の公演が絶不調で途中でやめて勝手に帰っちゃったとか、スカラ座でやった『椿姫』が逆にあまりにも名演過ぎてそれから数十年スカラ座で他のプロダクションの『椿姫』ができなかったとかたくさんあります。

あるとき『ランメルモールのルチア』でフォン=カラヤンと共演したとき、カラスの意に反してフォン=カラヤンが有名な6重唱のアンコールを行いました。カラスは激怒。その後『ルチア』最大の見せ場“狂乱の場”をカラスはフォン=カラヤンからは見えづらい舞台の後ろの方の位置で、しかも客席に背を向けて歌ったそうで…ソプラノのソロがかなり暴れる曲ですから指揮者側としてはたまったもんじゃないですね(^^;
ちなみにこのときフォン=カラヤンはそれでもバッチリカラスに合わせたそうで後日和解したときにカラスがこのことを尋ねると、彼は「簡単だよ、息継ぎで肩が動くのを見て合わせたんだ」と答えたとか。プロの演奏家の世界は怖いですね…

<ここがすごい!>
カラスは決して美声ではありません。
いまも昔もカラスよりずっと綺麗な声をしているひとはたくさんいます(オペラを初めて聴く人向けのオムニバスにカラスのベストでない演奏がたくさん入っているのを見ると、オペラ・ファンを減らしたいのかと素で思います、個人的には)。但し美声だからいいかというとそうではないのがオペラのみならず音楽の厄介なところで、美声ではないのですが類い稀な声であることは間違いない。あくまで全盛期に限った話ではありますが、カラスほど重さもあるのに高い方も抜けてしかもさまざまな歌唱技術に長けているひとというのは、確かに後にも先にもなかなかいるものではありません。

しかし何にも増してカラスが凄いと言われるのは完璧な歌唱力、テクニックによる表現力によるものでしょう。
分けてもV.ベッリーニやG.ドニゼッティに代表されるベル・カント作品をそれまでとは全く違うアプローチで表現して行ったことが、一般的にカラスの評価を高めています。それまでこうした作品を歌っていた歌手たちはどちらかというと歌合戦、のど自慢的に自らの歌唱技術をひけらかすことが中心で、ドラマとしてのオペラや真に迫ったリアリズムとは縁遠いものであったとか。またその発声法も――僕も細かくわからないのですが――どちらかというと頭声に抜ける(?)ようなものだったそうです(“白い声”と呼ばれます)。その代表選手だった晩年のトティ・ダル=モンテがカラスの『ルチア』を観て涙を流し、舞台裏にカラスを訪ね「私たち“白い声”の時代は終わりました」と言ったと言うのも有名な話ですね。

僕個人としてもカラスの演唱でやっぱり優れていると思うのはことばの扱い方、ニュアンスのつけ方です。非常に劇的でリアル、そしてスリリング。録音を聴いているだけでも演劇としてのオペラを強く感じさせます。特にその彼女の美質はスタジオ録音ではなく数々のライヴ録音で発揮されているように感じます。客席を相手にしたときの熱気でより高い実力を出すタイプの方だったのでしょう。もちろん彼女を語るのに欠かせないベル・カントの『ノルマ』や『アンナ・ボレーナ』などでもそうしたことは感じられますが、僕としてはG.F.F.ヴェルディ『椿姫』のヴィオレッタが最高だと思います。それ以外ではG.プッチーニ『トスカ』、A.ポンキエッリ『ジョコンダ』、L.ケルビーニ『メデア』の各題名役、G.F.F.ヴェルディ『マクベス』のマクベス夫人などは非常に魅力的。いまはソプラノで演るのは流行りませんがG.ロッシーニ『セビリヤの理髪師』のロジーナも技術の面では舌を巻かされます。

<ここは微妙かも(^^;>
現在に至るまで彼女は日本で大変な評価、というか最早異様な評価を受けています。もちろんいままで書いてきたように彼女は実際魅力的な芸術家であることは間違いないでしょうが、個人的には所謂音楽評論家と言うようなひとたちも有象無象のオペラ・ファンも「褒め過ぎでは…?」と思ってしまいます。

まず彼女の芸術家としてのピークは大変短く、本当に良いと言えるものはそう多くはないように思います。何度も記してきた通り彼女は美声とは言い難く、特にピークを抜けたあとの録音にはとても聴けたものではないものもたくさんある。更に言えば彼女のひとつのライフ・ワークであったベル・カントの諸作品についても接するのには一定の留保が必要だと感じます。美声でないことを濃密で劇的な表現で補った彼女の取り組み方は、確かに“マリア・カラスの芸術”としては大きな感銘を受けるものですが、それが“ベル・カントの芸術”とイコールで繋がるとは言えないように思うのです。例えば再三挙がっている『ランメルモールのルチア』などはやっぱりカラスではなくジョーン・サザランドの方がベル・カントとしてはずっといい。

或いは言い方を変えてカラスを褒め過ぎなのではなく、全ての基準をカラスに置いてしまっていることが問題、と言うべきなのかもしれませんね。カラスは優れた芸術家ではありますが、いろいろな面から見て余りにも特殊です。そういう意味では何でも“パヴァロッティ”になってしまうと言うのに近いのかも。

<オススメ音源♪>
・ヴィオレッタ・ヴァレリー (G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)
ギオーネ指揮/クラウス、セレーニ共演/サン・カルロス劇場管弦楽団&合唱団/1958年録音
ジュリーニ指揮/ディ=ステファノ、バスティアニーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団/1955年録音
>基本的に僕はカラスよりも以前ご紹介したレナータ・スコットの方が好きなのですが、ヴィオレッタだけは別格。特にヴィンテージ・イヤーと言われるこの2つの音源は、本当に感動的です。カラスの表現力にまさに息を呑みます。長調のカバレッタの何と哀しく響くことか!58年のものでは若々しいクラウスが、55年のものではバスティアニーニが最高♪ふたつめのアリアは割とさばさばとしたテンポで歌われることも多い(僕の持っているスコットの録音がそうなんですよね(^^;)のですが、彼女のようにじっくり歌って呉れる方が好みです。伝統的カットで繰り返しがないのがちょっと残念ですが。

・ノルマ(V.ベッリーニ『ノルマ』)
セラフィン指揮/フィリッペスキ、ステニャーニ、ロッシ=レメーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1954年録音
>ノルマはカラスが最も得意とした役であるばかりではなく、数々の逸話を生んだ因縁の演目。ベル・カントの演目と言われるし実際そうだろうとも思うんだけど、要求されていることが普通のベル・カントとは個人的には違う気がしていて、例えばいまのベル・カントの第一人者たるエディタ・グルベローヴァ何かよりもカラスのがぐっと向いている。気がする笑。2013.9.11追記:バルトリを聴いてこのあたりの認識が変わりました^^;とはいえカラスがこの作品に於いて今でも特別な歌手であることは間違いなく、カラスの藝術としてのノルマ、その格調高く憑かれたようなノルマの素晴らしさを忘れる訳にはいかないでしょう。
一般にはアリアが有名だけど(昔空耳アワーにすら出てきたwww)、僕としては1幕フィナーレの3重唱の方が劇的で好き。フィリッペスキは一時代前の世代なので歌い回しが大仰だってんでいまは(特にこの録音では)評価が低いんだけど、その部分をしょっ引いて考えれば立派な歌唱。スティニャーニは良いんだけど、もうちょっと迫力のある役の方が向いてるかな…ちょっとここではもうお歳も感じるし。ロッシ=レメーニは当たり役とされただけに流石。こういう曲でセラフィンに文句をつけられるほど指揮はわかりませんww
(2014.3.18追記)
ヴォットー指揮/シミオナート、デル=モナコ、ザッカリア共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1955年録音
>不滅の名盤。音質の悪さで長くネグレクトしていた自分の不明を恥じました^^;確かに間違いなくこの役でのカラスのベストはこの録音でしょうね。2つあるスタジオ録音とは気迫が違うと思います。歌手としての調子もベストだったときなのでしょう。ことばの解釈、役作りと言ったようなところの練り込みも素晴らしいのですが、もうそういう細かいところを越えて極めて稠密で濃厚な表現力には、相応しいことばが思いつきません。共演のシミオナート、デル=モナコ、ザッカリアにも一分の隙もなく、いずれも非常に濃い歌唱。ヴォットーの指揮も伊ものを心得た見事なものです。

・フローリア・トスカ(G.プッチーニ『トスカ』)
デ=サバタ指揮/ディ=ステファノ、ゴッビ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1953年録音
>僕実はプッチーニは好きじゃないんですがこれは超名盤。この歌は非常に多くの歌手が歌いたがる名曲中の名曲なんですが、技術的な問題ではなく聴かせるのが難しい歌なんだろうな、と思います。ここでは最高のはまり役スカルピアを演じるゴッビも憎々しくて素晴らしいし、ディ=ステファノじゃなくてG.ライモンディならと思わなくもないですがここでは伊語の口跡もよくて素敵。デ=サバタにはもっとオペラ録音して欲しかったなぁ…

・アンナ・ボレーナ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ロッシ=レメーニ、G.ライモンディ、シミオナート、クラバッシ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1957年録音
>有名なアン・ブーリン(=アンナ・ボレーナ)の処刑の話。僕個人は好きな作品ですが、あんまり一般受けはしないのかなぁ(苦笑)この作品の伝説的な蘇演の録音ですがカットが多い…とはいえカラスは見事で特に1幕フィナーレの「このアンナを裁くのか!」というところの迫力は未だにこれ以上のものを聴いたことがないです。

・ジョコンダ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
ヴォットー指揮/フェラーロ、カプッチッリ、コッソット、ヴィンコ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
ヴォットー指揮/ポッジ、シルヴェーリ、バルビエーリ、ネーリ共演/トリノRAI交響楽団&チェトラ合唱団/1952年録音
>器楽が好きなひとたちからすれば『ジョコンダ』と言えば“時の踊り”だとは思いますがなかなかどうして良い歌がたくさんあるオペラ。いきなり「自殺…!」って叫ぶような曲だとやっぱりカラスは良いです(笑)指揮はいずれもヴォットー。若き日のカプッチッリとコッソット、滋味溢れるヴィンコに、幻の名歌手フェラーロが楽しめる59年盤、知る人ぞ知る大物歌手たちとの録音である52年盤(これでキャストが良くない、というのはモノを知らない)、これはどちらを取るかは趣味の問題かな~。
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