Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十ニ夜/最後の刺客~

全仏シリーズに続く三“アラ”テノールの最終章。或程度準備はしていたのですが、これは紹介しないといけないという音源をいくつかぎりぎりで見つけて遅くなってしまいました^^;
その実力の割に評価の低い(というかうちのblogはこういう人ばっかりだなあ…如何に世の趣味が偏っているというべきか、如何に余の趣味が偏っているというべきか笑。)

Aragall.jpg
Roland (Esclarmonde)

ジャウメ・アラガル=イ=ガッリガ
(ジャコモ・アラガル/ハイメ・アラガル)

(Jaume Aragall i Garriga / Giacomo Aragall / Jaime Aragall)
1939~
Tenor
Spain

名前がいっぱいありますが、これは彼がカタルーニャの出身だから。西語(即ちカスティーリャ語)に則るならハイメという読みになりますし、後に恐らく興業上の理由から伊語読みのジャコモを遣っているようです。一般的には「ジャコモ・アラガル」が一番市民権を得ているかと思いますが、ジャウメやハイメと書かれていることも結構多いです。

そんなアラガルにこんなことを言うのも変な話なのですが、彼はまさしく伊ものの声!明るくつややかでハリのある美声は、伊ものでこそその良さを最大限に発揮する、実に華のある声なのです。重さ的にも、ドニゼッティからプッチーニまで比較的どんな役でも通用するんじゃないかと思われます。歌唱スタイルもアツさを備えながらも基本的には整ったもので、普通に考えたらこんなひとが埋もれてるのはどうなのよ?というところ。

実は彼がスターダムにならなかった理由として、あまりにもプレイボーイだったから何ていう話もあります。同じ西国の先輩アルフレード・クラウスは、「彼にとってはオペラは2番目、1番大事なのは女だからね。」といって残念がったとか…これが事実なら、実に惜しいことを…と思います^^;

<ここがすごい!>
なんと言ってもその充実した華やかな声が、まずは彼の持ち味と言っていいでしょう!なんという輝かしい声!カタルーニャの出身ということですが、その明るくて充実した声の響きは、正にオペラの主役に相応しいものです。決して重たい声ではありませんが、かと言って例えばシラグーザやフローレスと言った近年のロッシーニ歌手的な軽さはなく、むしろ中音域などはヒロイックにすら聴こえます。こうした特徴から来る彼の声の印象を纏めると、多くのテノールの登場人物に必要なあらゆる意味での若さ――若さゆえの情熱的な戀心、若さゆえのありあまるパワー、若さゆえの暴走気味の感情、若さゆえの軽率な判断――が詰まった声、と言ってもいいかもしれません。持ち声だけで若者と言うキャラクターを体現できてしまう、或意味で稀有な歌手だということができると思います。

歌そのものは情熱が溢れ出る声に対し至って整っていて、非常に優美に旋律美を聴かせるタイプだと思います。派手な崩しを入れたり無闇に走ったりのろのろしたりはしない、或意味安全運転ではありますが、奇を衒わない真摯な歌い口には好感が持てます。別の見方をすれば、若さの迸る持ち声があるからこそ作らなくても情熱的な人物を描けてしまう、とも言えそうです。これに加えてドラマティックでゴツい声ではないということもあり、基本的には様式のしっかりしたベル・カント的な役で良さが発揮されやすいように思います。下記のように全曲録音を調べてみるとその傾向がよく顕れているのではないかと。とは言え一方で先に述べたようにヒロイックな声も出せるので、極端に重い役でなければ必ずしもその範疇ではない役、ロラン(J.E.F.マスネー『エスクラルモンド』)やガブリエーレ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)、今回は音盤紹介に出してはいませんがカヴァラドッシ(G.プッチーニ『トスカ』)などでもいい歌を聴かせて呉れます。特に、個人的には他ではほぼ聴くことのできないロランを彼が全曲で入れているのは非常に嬉しい!もちろん他の仏系のテノール(例えばヴァンゾ、セネシャル、ゲッダ、もう少し時代が下ればアラーニャあたり)が入れていたらそれはそれでエスプリの効いた素敵な録音になったこと請け合いでしょうが、彼の根の明るい、力感漲る声で(それも最も脂の乗っていた時期に!)全曲録音されていることは、このマスネーの異色作の魅力を伝えるのに一役買っているように思います。欲を言えば『ル=シッド』(J.E.F.マスネー)も残して欲しかったなあ、彼のイスパニアの匂いのする声で(有名盤で主役を歌っているドミンゴももちろん素晴らしい歌唱だし、しかも西国出身なのですが、彼の方がローカル色の薄い声だと思うので)。

<ここは微妙かも(^^;>
残念ながら結構出来にムラがあるように思います。いい時は抜群にいいんだけれども、一本調子になってしまっているときは果てしなく一本調子と言いますか。良くも悪くも声が第一というひとにはありがちな弱点ではあるのですが。
だからね~もっと研鑽を積んで欲しかったと思うのよね~、クラウス先生のおっしゃるとおり^^;

<オススメ録音♪>
・ロラン(J.マスネー『エスクラルモンド』)
ボニング指揮/サザランド、グラント、ロイド、L.キリコ、R.デイヴィース、トゥーランジョー共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ジョン・オールディス合唱団&フィンチリー児童合唱団/1975年録音
>知られざる名曲の唯一の音盤。素晴らしい曲なんで新たな録音や映像が出て来て欲しいと思う一方で、なかなかこの録音以上のものはできないかもしれないと思う秀演。アラガルの本領が発揮される役どころではないような気もするのですが、上述のとおり実際聴いてみると「ああこれが彼の一番いい時の声で録音されているのは、非常な好運かもしれない」と思わせる素晴らしい歌唱。ロランはちょっとあんたそれは強すぎなんじゃないのと思うぐらい強い騎士なので、アラガルの英雄然とした響きのいい輝きのある声が気持ちいいぐらいに栄えます。また、デイヴィースの軽い美声ともいい感じに色分けができています。一緒に歌う部分の多いサザランドとも相性の良さを感じさせますし、父キリコとの緊迫したやり取りもいい。全体に穴のない演奏で、楽しめます(グラントとロイドはとってもとってもいいけど、ギャウロフがやって呉れたらそれはまた素晴らしかっただろうな…特にフォルカス…と言うのは戯言)。

・アルフレード・ジェルモン(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)
マゼール指揮/ローレンガー、フィッシャー=ディースカウ、マラグー共演/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団/1968年録音
>ちょっと異色の演奏だけれども、内容は結構いいと思う。このメンバーの中ではアラガルが一番普通に演じていて、それがすごくいい。あくまで自分の土俵で勝負していると言いますか(かと言ってこの演奏の方針から独り外れてる訳でもなく、浮いてる訳でもないです念のため)。直情的でひたむきな歌い方が、この戀しか頭にないキャラクターをストレートに表現していて好感が持てます。なんというか熱っぽい力強さを帯びているとともに、周りが見えてない不安定な感じも引き出す若々しさなのです。特に2幕冒頭のアリアが勢いがあっていい。しかもこの時代には比較的平気でカットされていたカバレッタも、繰返しこそありませんが健在且つお見事な歌唱。最後の高音は痺れる出来栄えです。マゼールはいかにも曲者っぽいですが緩急のついた指揮で個人的には好き。ローレンガーはヴィブラートがやや気にはなるものの熱演だと思います。凛と張った音色もヴィオレッタの強さを感じさせます。ただ、後半は芝居し過ぎかも。FDは流石に巧過ぎるぐらいですがこの役に合ってるかと言うと、どうなんでしょうかね^^;

・ガブリエーレ・アドルノ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ショルティ指揮/ヌッチ、ブルチュラーゼ、テ=カナワ、コーニ、コロンバーラ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1988年録音
>ややこじんまりとした感じはなくもありませんが、すっきりと整った演奏だと思います。ここでのアラガルは脇に回った役どころではあるものの、その短い登場時間でもしっかりと聴く者の印象に残る歌唱を繰り広げています。アリアを筆頭に怒りの表現がいいです。ここでは普段感じられる若わかしさや情熱以上に、怒りと葛藤で血が滾っている感じが非常によく出ています。彼の声の英雄然とした響きがここでもいい感じで主張していて、存在感の薄い割にアメーリアに愛されたりシモンに後を譲られるこの役の説得力を増しています。ショルティはこういう歴史絵巻みたいな演目はあっているように思います。ヌッチは若いころのハリのある声での力演でお見事ですが、後年の超名演の映像を知ってしまうとやや喰い足りないかもしれません。ブルチュラーゼは悲哀こそあまり感じませんが彼のような巨大な声で歌われると異様な役柄が引き立つ感じ。コーニはいい声ですが踏み込みがもうひとつ。テ=カナワは、まあぶち壊しにしてないだけいいんじゃないかという気もしないではないです。

・マントヴァ公爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
パタネ指揮/カプッチッリ、グリエルミ、アリエ、フォイアーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1970年録音
>彼のマントヴァ公はスタジオ盤もありますが、ガルデッリの指揮がちょっとたるいのと全体にアラガルが燃焼していない感じの歌唱なので、手に入りやすくはないですがむしろこちらを推したい。オケがかなり鳴っていて歌手がやや遠めですが、若さと勢いのある公爵ぶりで、潤いと熱気のある声が響いてきます。また、何処がとは言えないのですが絶妙ないやらしさがあるのもまたGood!このあたりプレイボーイとして鳴らしたことと浅からぬ関係があるような気もしますね(^^)共演ではグリエルミが肝腎なところで外したり不調だったり、鳴過ぎのオケのせいでアリエやフォイアーニが聴こえづらかったりしますが(アリエのスパラフチレはこれだけなのに勿体ない!!)、カプッチッリのリゴレットがとにかく素晴らしい!!彼がこの役に合っているかは取りあえず措くとして、この熱演は必聴です!

・ジェンナーロ(G.ドニゼッティ『ルクレツィア・ボルジア』)
ボニング指揮/サザランド、ホーン、ヴィクセル、デ=パルマ、ヴァン=アラン、ザッカリア共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ合唱団/1961年録音
>画竜点睛を欠く感があったとしても、これも名盤でしょう。同じ西国の先輩クラウスもこの作品で録音を遺しています。いずれも好感度の高い青年を颯爽と演じた素晴らしい歌唱ですが、品格ある佇まいのクラウスと内に熱いものを宿したアラガルで藝風の違いがはっきりと顕れていて、聴き比べると興味深いです。ジェンナーロは伊もののテノール役の中ではかなりまともでカッコいい役ですが、アラガルの血気盛んで力強い役作りがぴたりと来ています。また、ここでは珍しい追加アリアも歌っていてこれも嬉しいところ。この音盤以外ではフローレスがアリア集に入れていますが、この歌については彼だとやや軽過ぎます。フローレスのCDでつまらない曲だと思われている方はここでのアラガルを是非聴いていただきたいですね。堂々たる歌唱を繰り広げるサザランド、圧倒的超絶技巧のホーンに脇の人たちまで揃っているのに、どうしてアルフォンソをギャウロフにして呉れなかったのか。。。サザランドとギャウロフがあの2重唱やったら絶対面白かったと思うのに。。。よりによって(以下略)

・フェルナンド(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
グラチス指揮/コッソット、コルツァーニ、ヴィンコ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音
>派手にカットは入っていますが、メンバーがよくみんなのっているので結構楽しめる音盤です。アラガルは絶好調と言っていいでしょう。冒頭のカヴァティーナから清潔感のある歌声で嬉しくなります。続く重唱も結構ばさばさ切られてはいるものの、渋いながら輝きのあるヴィンコとのコントラストが気持ちいいです。またコッソットともどもキレッキレの歌唱を繰り広げて呉れるので、その2人の重唱も◎。とは言え歌唱的には最終幕のアリアがスタイリッシュに決まっていてベストでしょう。ここでの高貴で格調高い歌い口は誠にお見事!万雷の拍手も肯ける名唱です。先述のコッソットとヴィンコももちろんですが、あまり録音のないコルツァーニの歌唱を楽しめるのも美味しいところです。

・ジェラルド(G.ドニゼッティ『カテリーナ・コルナーロ』)
チラーリオ指揮/ゲンジェル、ブルゾン、クラバッシ共演/聖カルロ・ナポリ劇場管弦楽団&合唱団/1972年録音
>再びマイナーなドニゼッティ作品(笑)恐らくこれもかなりのカットが入っていると思われ、作品のほとんどがカテリーナとジェラルドの場面になっています(あらすじ的にはここまで絡むのかはよくわからないのだけども^^;)とは言えここでのアラガルとゲンジェル、いずれもドニゼッティを得意とした、録音のあまり無い名歌手の珍しい演目での競演であり、尚且つ2人とも絶好調と言うことで、かなり楽しめます。ドニゼッティにしては(や、伊ものにしてはか笑)珍しくテノールがウジウジした役ではなくさっぱりとした男らしい好漢なのですが、アラガルのヒロイックでカラリとした口跡が役に合っているように思います。海賊版の女王ゲンジェルも真価を発揮していますし、若き日のブルゾンも決まっていますが、中でも脇を固めるクラバッシの辛口の悪役ぶりがカッコ良くて印象に残ります。聴いて損のない音源かと!

・ロメオ(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』)
アバド指揮/スコット、パヴァロッティ、フェリン、モナケージ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1968年録音
>これ、凄くいい演奏なんで敬遠しないで是非聴いていただきたいです。かく言う僕自身が実は敬遠していた質で、聴いてみて反省した次第で…^^;本来メゾで歌われるロメオをアラガルが歌っており、現代では聴かれない古臭い演奏なんだろうと邪推していたのですが、今回彼を記事にするに当たってYoutubeで視聴してこりゃいかんと慌てて手に入れた次第(考えてみたら指揮が若き日のアバドだしそんなに古臭い訳ぁないんだな笑)。ここでの彼は声量的にはパヴァちゃんに一歩譲っている感は否めないのですが、そのスタイリッシュで品格ある口跡で美しい歌を紡ぎ出し、パートの違いを忘れさせる完成度の高いパフォーマンス。若さが滴るような瑞々しい声に加えて、彼一流の中低音で特に感じられる剛毅さが、ちょっと意外なぐらいロメオにハマっています。端整な歌い口はまさしくベル・カント!更にここでは同世代のライヴァルであるパヴァロッティとの重唱と言うとんでもない御馳走が!同じ声区且つ同じような声質、レパートリーの2人の名手が、共に最もその魅力が出る演目で重唱を残しているというのは、大袈裟な言い方ではありますが殆ど奇跡だと思います笑。スコットがまたジュリエッタにはやや声が強すぎる気もしなくもないのですが、そんなのふっとぶ強烈な歌!毎度絶好調の彼女の高音のppの緊張感には頭が下がります。アバドのベッリーニは意外にもこの演目しか残されていませんが、伊ものを良く心得た溌溂とした指揮ぶり、出番は少ないもののフェリンとモナケージも渋く決めていて◎。
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