Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第十八夜/カラスの発見者~

前回のクールはカラスで終わりました。
そこでも述べた通りカラスを芸術家として余りにも“神聖視”することには個人的には反対なのですが、やはりカラスというのは一種独特の存在ですし、あるひとつの時代を象徴する人物であると言うのは紛うことなき事実。
ということで今回は「カラスの時代に」をテーマにさまざまな歌手を取り上げてみていきたいと思います。

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いつもながらバスからスタートします。
ちゃんと調べた訳ではありませんが現在市場に出回っている録音を観る限りカラスと最も多く共演したバスはニコラ・ザッカリアではないかと思います。しかし今日はザッカリアではなく、カラスのキャリアを語るうえで欠くことのできないこのひとをご紹介しましょう。

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ニコラ・ロッシ=レメーニ
(Nicola Rossi-Lemeni)
1920~1991
Bass
Italy(Russia,Turky)

国籍を書くのに非常に困るひとです(^^;
伊国の将軍を父に、露国の女性を母に持ち、生まれは土国イスタンブール…超国際人です。彼のレパートリーの中心は伊歌劇でしたからここでは伊国を先頭に持って来てみましたが、まああんまり拘っても意味のないことですね。

声は早くに衰えてしまいましたが、知的な歌い回しと巧みな演技で一時期は世界で最も尊敬を集めた歌手の一人でした。I.ピッツィエッティは彼を主演にした『大聖堂の殺人』というオペラを書いています。ちょっと独特なヴィブラートのかかった声で僕自身は非常にかっこいいと思うのですが、スタイルの面で少し古風なせいか近年の評価は高いとは言えません。単なるカラスの共演者の一人程度として認識されているのが個人的には残念でなりません。優れた詩人、画家としても知られ、奥さんはソプラノのヴィルジニア・ゼアーニ。

さて彼が何故カラスを語るうえで欠かせないかと言えば、共演が多いことももちろんですが、何より彼がカラスの躍進のきっかけを作った人物だからです。

当時まだ新人だったカラスはシカゴでG.プッチーニの『トゥーランドット』の公演に参加する予定でしたが、興行主が倒産してしまってこの公演はお釈迦になってしまいます。
しかしこの公演の練習中に彼女が知り合ったのが誰あろうロッシ=レメーニでした。このとき既に世界で名の知られていた彼はカラスを、米国で優秀な歌手を探していたヴェローナ・オペラ・フェスティヴァルの芸術監督ジョヴァンニ・ザナテッロに紹介します。
そしてカラスの人生はここから開いていくのです。

言ってみればロッシ=レメーニは、カラスを発掘した人物とも言えるでしょう。

<ここがすごい!>
うえにも少し書きましたがロッシ=レメーニの声は独特のヴィブラートのかかったちょっと変わった感じの声です。少しゴワゴワした感じ、と言っても良いかもしれません。個人的にはそれがなんとも言えずバスの主要な役どころである年長者や悪魔と言った役どころにピタッとハマっているように思います。この独特の声はやはり純粋な伊国のひとではなく、東欧の血が混ざっていることにひょっとしたら起因しているのかもしれません。嘆く役であっても悪事の中心にある役であっても一声発すると劇全体を悲劇的な空気で包み込むことができる存在感が、録音媒体からも感じられます。

そして――これは彼が現役の時代から言われていたことではありますが――歌い回しが非常に知的。fで大見栄きって凄む部分とソット・ヴォーチェで囁くように歌う部分と大変よく考えて歌っているように思います。そうした彼のセンスを僕個人が最も感じるのは、やはりG.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』のフィリッポ2世です(『ドン・カルロ』日本初演の際のフィリッポはまさに彼)。いくつか録音を残している“独り寂しく眠ろう”はいずれも表現が絶妙ですし、息の長さにも感嘆します。またC.F.グノー『ファウスト』のメフィストフェレスのようなおどろおどろしい役を演れば彼一流の諧謔交じりの不気味な雰囲気を現出します。

悲劇の空気を作る声と述べはしましたが、一方で喜劇的な役柄は向かないかと言うとそんなこともまた全くないのが彼の凄いところです。ブッフォのバス役に必要とされるような早口歌唱も彼はまた達者にこなします。単に口の回りが速いだけではなく、何と言うか聴いていて思わずニコニコしたくなってきてしまうような巧みさがあります。G.ロッシーニ『セビリヤの理髪師』のドン・バジリオももちろん良いですが、同じくロッシーニ『イタリアのトルコ人』のセリムやG.ドニゼッティ『愛の妙薬』のドゥルカマーラまで楽しくこなしてしまい、これがあのフィリッポやメフィストを歌う歌手と同じ人物かと唸らされます。

<ここは微妙かも(^^;>
これも前述の通り近年の評価は必ずしも高くありません。ひとつにはその独特の声が近年評価されるような発声法とは必ずしも合致しないところがあるからであるような気もしますし、彼の表現が現在の目線から見ればやや古風であると言うこともあると思います。ベル・カントの研究が進んだ現在では、残念ながら通用しないものもあると言わざるを得ないところもあります。

<オススメ音源♪>
・西国王フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
プレヴィターリ指揮/ピッキ、カニーリャ、シルヴェーリ、スティニャーニ、ネーリ共演/ローマ・イタリア放送交響楽団&合唱団/1951年録音
>恐らく史上初の全曲録音(そして実は日本初演の際のフィリッポも彼)。その息の長さやソット・ヴォーチェで嘆く部分の巧さはやはり群を抜いています。日本初演の映像も残っていますが、ちょっとやり過ぎ(しかし技術はすごい)な部分もあるので、今はこっちのが好き。そして最高の宗教裁判長ネーリとの対決はまさに全曲中の白眉、手に汗握ります。残念なのが共演陣で、ピッキとカニーリャの歌唱はかなり消化不良だし、スティニャーニはピークを過ぎてる。シルヴェーリは悪くないけど、もっと軽い役のがあってそう。

・オロヴェーゾ(V.ベッリーニ『ノルマ』)
セラフィン指揮/カラス、フィリッペスキ、ステニャーニ、共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1954年録音
>小さいながらもこれは彼の最高の当たり役のひとつです。やや力み過ぎな感もありますが「ギリシャ彫刻のように均整の取れた」と言われて非常に評価されましたのもよくわかる、剛毅でパワフルな表現は一聴に値します。ローマから見た異民族の代表としてのこの役を考えたときに、やっぱりキャラが立っていた方がいい。もう少し歌って欲しい気もしてきます(笑)

・セリム(G.ロッシーニ『イタリアのトルコ人』)
ガヴァッツェーニ指揮/カラス、ゲッダ、カラブレーゼ、デ=パルマ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1954年録音
>ロッシーニ=ルネッサンス以降の音楽を知ってしまっている我々の耳には既に一時代前の音楽になってしまっている感は否めませんが、さりとて古臭くて聴けやしない、とならないのが不思議なところ。ここでの彼の若々しく勢いのあるセリムはやはり魅力です。特にカラブレーゼととの超高速歌唱の対決は、今聴いても見事なものでウキウキしてきます。カラスやゲッダは音楽に必ずしもあった声だとは思いませんが、いずれも聴かせてしまうのが大家の大家たる所以ですね(笑)

・モゼ(G.ロッシーニ『モゼ』)
セラフィン指揮/タッデイ、フィリッペスキ、マンチーニ、デ=パルマ、クラバッシ共演/ナポリ・サン・カルロ劇場管弦楽団&合唱団/1956年録音
>こういうの聴いちゃうと、やっぱりこの人はシリアスな方があっているような気がしてきます。大仰な役ではありますが、彼のようにスケールの大きな人が見得切って登場してくると如何にもな感じがしてきてワクワクします^^もちろん聴かせるところはきっちり聴かせていて、例えば有名なアンサンブル“天の玉座より”の冒頭の歌唱などは貫録ものでしょう。共演もタッデイ&フィリッペスキも、現在のロッシーニの名手に較べるとあれですが、この時代ならまずは聴かせる歌唱でしょう。

・ジョルジョ・ヴァルトン(V.ベッリーニ『清教徒』)
セラフィン指揮/カラス、ディ=ステファノ、パネライ共演/ミラノ・スカラ座劇場管弦楽団&合唱団/1953年録音
>ここでの叔父様も堂に入ったもの。切々と歌い上げられる有名なロマンツァは、この曲のベストの歌唱のひとつと言ってもいいものでしょう。また、パネライとともに歌う勇壮な重唱も迫力があり、この音盤のハイライト。ギャウロフと並ぶこの役の規範と言って良いのではないでしょうか。カラスは世評は高いですが、この役は声が綺麗じゃないのがマイナスになってしまう。表現意欲は凄いんだけど。ディ=ステファノもいいんだけど、高音がなんかひっかかるのが好きになれないんですよね(^^;セラフィンは流石、パネライは勢いのある歌唱は好感が持てます(難しいとこだいぶカットしてるけどw)。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)2013.1.7追記
セラフィン指揮/モンティ、ベキ、デロサンヘレス、ルイーゼ共演/ミラノ・スカラ座劇場管弦楽団&合唱団/1952年録音
>デ=サバタ指揮でメンバーの似通ったライヴもありますが、音質のいい方を。まー大暴れしてますww人によっては悪乗りだと思うかもしれませんが、バジリオがこのぐらいキャラが立って呉れると、このバカバカしいお話がより一層バカバカしくなって楽しいです(笑)アリアも十分面白いですが、アンサンブルでの目立ち方が笑えます。かなり粗っぽいながらもパワフルで活力あふれるベキのフィガロ、歌の巧さに唸らされるデロサンヘレスのロジーナ、カットが残念なぐらい達者なルイーゼのバルトロに名匠の指揮ですから立派なもんです。モンティの伯爵はいい声だけどちょっと今の耳には技術のなさが引っ掛かるところ。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)2014.10.30追記
ラ=ローザ=パローディ指揮/フェルナンディ、スコット、G.G.グェルフィ共演/RAIトリノ管弦楽団&合唱団/1959年録音
>伊語盤のライヴなので必ずしもこの作品を楽しむベストとは言い難いのですが、結構いい演奏です^^ここでの彼は、恐らく古今東西のメフィストの中でも迫力ある役作りとしてはクリストフと並ぶ出来でしょう。豪放磊落でパワフルな演唱は底知れぬ魔力のある強大な悪の力を感じさせ、例えばソワイエやシエピで聴かれるようなエレガントな悪魔とは正反対の位置にあるものなのでしょうが、これもまた魅力的だなあと思わせる代物。或意味で歌舞伎的な、見栄を切った歌とでも言えましょうか。様式美に近いものを感じます。指揮はぬるめですがフェルナンディが思ったより良い他、グェルフィも熱演(こんな剛毅なヴァランタンは初めてw)。スコットもいいですが、このひとはやはり仏語での東京ライヴでしょう。
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