Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十三夜/軽量級選手~

“三アラ”が一段落したので、余勢を駆ってテノールではないけど“アラ”のつくこの人に今回は白羽の矢。
久しぶりにバスだよ!いくら好きなテノール3人だったとは言え、バスやバリトンがそろそろ戀しいからね!!←

Alaimo.jpg
Torquato Tasso

シモーネ・アライモ
(Simone Alaimo)
1950~
Bass
Italy

と言う訳でバスなのですが、何も知らないで彼の声を聴いてバスだと言われたら、ちょっと面食らうかもしれません。これまでご紹介してきた様々なバス歌手とは全く違う、明るくて軽い響きの声だからです。明るいと言っても例えばソワイエやバスタンのようにそれでも如何にもバスだなあと思わせるようなタイプの音色ではなく、伊的なすかっとした明るさ。むしろバリトンじゃないの?と思う人も少なくないのでは。実際バリトンの役柄で舞台に立っていることもしばしばで、レパートリーもともすると低めのバリトン――ジュゼッぺ・タッデイやレナート・カペッキ――と被るところがあります。しかし、音域を考えるとやっぱりバスでしょう。僕自身は知る限り最も軽量級のバスと認識しています。

そんな特徴の彼が活躍するのは、ヴェルディ以降のドラマティックな音楽よりもやはりベル・カントの世界、ということでドニゼッティやロッシーニで一番味が出るなあと個人的には思っています(とはいえヴェルディ・アリア集とか出してますし、アッティラ(G.F.F.ヴェルディ『アッティラ』)やシモン・ボッカネグラ(同『シモン・ボッカネグラ』)なんかは全曲もあって、実力があるからそれはそれで楽しめるんだけどね)。声のキャラクターの明るさに加えて歳を取って恰幅がよくなってきたためか、近年はとみにブッフォとしての活躍が目立っているように思いますが、シリアスな役どころでも切れ味の鋭い歌唱を披露して呉れる人でもあります。
このジャンルの歌手としては、年齢的にももう長老格と言ってもいい人かもしれません。

甥っ子もバスのニコラ・アライモ。

<ここがすごい!>
色合いが明快でどこかに或種の甲高さすら感じられる彼の声は、ギャウロフやクリストフ、シエピ、フリック、モル、ペトロフ、ネステレンコといったドスの効いた低音こそがバスだと思われている向きの方からすると当惑を禁じ得ないものであるかもしれません。場合によってはこんなのバスじゃない!とお叱りを受けそうな気すらします^^;しかし邪念を排除して聴けば、気づくのは上から下までムラなく鳴る彼の声の美しさです。バスの声の喩えとしてはあまり耳にすることはありませんが、輝かしい響きというのが適切なように思っています。確かにヴェルディをやるような重厚さやドラマティックさには欠けるかもしれないけれども、バスタンの回でも述べたとおりバスだからと言ってなんでもかんでも重厚なのがいい訳でもありません。声の美しさや華麗さから行けば、ベル・カントでこそあらまほしきもの。そして、そのジャンルの役柄での彼の活躍はめざましいものだと言っていいでしょう。

ベル・カントもので活躍するのには必須のアジリタや早口と言った技術の確かさは、言うにや及ぶといったところでまあこれがうまいんだ笑。特にその軽妙さ、身軽さといったような部分は特筆すべきで、本当によく動き回るブッフォで唸らされます。彼のような声質のバスだと時に若過ぎる印象になってしまって面白くない人もいるのですが、彼の場合はそんなことはなく、絶妙な狸親父ぶり。当たり役中の当たり役ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)でのいかがわしさなんて、愛らしくなってくるぐらいです笑。一方同じベル・カントでもセリアで登場すると、その軽い響きの声が一転厳しさを孕んだものになります。殊に悪役を演じると、喜劇で感じられる人の良さはどこへやら、ぐっと精悍で鋭い酷薄なオーラを纏った声になります。また、狂乱ものを演じさせても憔悴した雰囲気をうまく出して来ます。総じて言えば演技功者、藝達者ということでしょう。その美質を活かして、さまざまな忘れられた作品の役たちに生命を再び吹き込んでいます。このことは、もっと評価されてしかるべきではないかと思います。

あまり映像を見れてはいませんが、大柄な体格で舞台姿も立派。若い頃はそれこそ切れ味の鋭いきりっとした印象ですが、歳を経るに従ってふくよかになり、憎めない山師と言う感じが強くなります。舞台上でも大きな身体で飛び回り、藝のある魅力的な演者だと言っていいと思います。

<ここは微妙かも(^^;>
やっぱり重厚な声が求められるところでは響きの薄さが目立ってしまう印象。コンサートではかなり重たいヴェルディ物のアリアも取り上げていますが、全曲では歌っていないのは納得いくところ。知的な彼は自分の領分を判っているのでしょう。
また、バリバリのバリトン用に書かれた役を歌うと高音が必ずしも強くないのもあり、不完全燃焼な感じ。やはりこのひとはバスです。

<オススメ録音♪>
・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
モランディ指揮/ラ=スコーラ、ルッフィーニ、フロンターリ共演/ハンガリー国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1995年録音
>隠れ名盤。というかNaxosでこれだけ当たりの演奏もそうそうないのではないかと思います。アライモはこの役を持ち役にしている歌手でも最も明るい声だと思うのですが、それが音楽全体の色調を更に軽く活き活きとしたものにしていると言っていいでしょう。その声や演技からは思いっきりブッフォなイカサマ師という通常の方向とはちょっと異なり、もっと山師と言いますか、偽薬売りだけではなく手広く悪いことをしていそうな狡猾な印象も受けます。でまたハキハキと立て板に水のようにことばが出てくる様子が素晴らしく、某通販大手の社長を思い出す畳みかけの巧みさ!(笑)ラ=スコーラの非常に真面目で端整なネモリーノ、若々しく華のあるフロンターリのベルコーレも聴きもの。ルッフィーニはこの中ではやや落ちますが、まあ悪くはないでしょう。『愛の妙薬』入門として優れた演奏だと思います。

・トルクァート・タッソー(G.ドニゼッティ『トルクァート・タッソー』)
デ=ベルナルト指揮/セッラ、パラシオ、コヴィエッロ共演/ジェノヴァ歌劇場管弦楽団&合唱団/1986年録音
>本当はヴェルディのように低音の男のドラマを描きたかったドニゼッティの知る人ぞ知る名作の数少ない全曲録音。タッソーは主人公として全編で活躍し、この作品の変則的な構成(3幕はタッソーの狂乱の場のみ)のために、最後の最後20分以上に亘りほぼ独りで舞台を持たせなくてはならない超難役です。あらすじ本などではバリトンと書かれていることもある役ですが、バスでも充分に聴けますね(作品の書かれた時代的なものだと思います)。アライモは颯爽とこの偉大な詩人を演じ、堂々たる主役として公演を引っ張っています。バスでは珍しいヒロインとの愛の重唱も、予想以上にロマンティックに演じていて、ああこういうのも行けるのねと改めて幅の広さを感じます。圧巻はやはり終幕の狂乱の場でしょう。かなり長い場面ではありますが、濃やかな表情付けで惹きつけます。オケと合唱は一流とは言えないものの頑張っていますし、煌びやかな超絶技巧を聴かせるセッラや、憎々しい悪役ぶりで活躍するパラシオ、超ビッグネームではないものの言葉捌きの見事なコヴィエッロなどマイナー作品を楽しむには悪くない音源です。

・グリエルモ・チェチル卿(G.ドニゼッティ『マリア・ステュアルダ』)
パタネ指揮/グルベロヴァー、バルツァ、アライサ、ダルテーニャ共演/ミュンヘン放送管弦楽団&バイエルン放送合唱団/1989年録音
>名盤。出番こそ少ないものの、ここでもブッフォとは違う切れ味の鋭い彼の魅力を楽しむことができます。同じドニゼッティの作品ではありますが、上述のタッソーで聴かせた甘さとは正反対の辛口で引き締まった悪役ぶりがお見事です。全編に亘り淡々と斜め上から事態を観察する憎々しさがたまりません。特に躊躇するエリザベッタにマリアの処刑を迫る部分、ドライで政治家らしい判断を断固として主張するところの厳しさは非常に印象的です。共演はいずれも素晴らしいですが、やはりグルベロヴァー、バルツァの主役2人はそれぞれの役に留めを刺す超名演です。

・ムレーナ(G.ドニゼッティ『ローマの追放者』)
デ=ベルナルト指揮/ガズディア、パラシオ、アリオスティーニ共演/ピアチェンツァ交響楽団&合唱団/1986年録音
>これもまたドニゼッティの若いころの作品で、現在ではマイナーですが初演当時は非常に人気の高かった作品。老け役にしてはこの頃の声は若々しく張りがあり過ぎるような、という贅沢な悩みこそあれ、技巧的で難しい役どころを充分に楽しませて呉れます。ここでも狂乱の場がありますが、この手の役柄での第一人者らしい堂々とした歌唱です。後の作品であるタッソーの狂乱と比べると、ドニゼッティの筆の成長を垣間見ることもできます。ガズディアは絶好調で強烈な歌唱、パラシオはやや元気がないものの立派。残念なのはオケと合唱で、そんなに気にしない僕の耳でもこれはちょっとなあって言う感じです^^;

・セリム(G.ロッシーニ『イタリアのトルコ人』)
マリナー指揮/ジョ、フィゾーレ、R.ヒメネス、コルベッリ、メンツァー共演/アカデミー室内管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1991年録音
>凝った芝居臭さとシニカルな視点で素直に笑えないためかロッシーニのブッファの中ではそれほど人気はないと思いますが、何故だかかなり水準の高い録音が多い作品で、その中でもこのマリナー盤はシャイー盤と東西の横綱に据えるべき名盤だと思います。ここでの彼は貫録のある歌いぶりで、高貴で気位の高いキャラクターを作っています。ここでのトルコ人はコミカルなだけではなく二枚目としての顔、権力者としての顔も見せて欲しいところですがそのあたりを絶妙なバランスで出しています。ワガママな感じが出ているのもいいですね^^いつもながら速射砲のような早口も健在、フィゾーレとの重唱はまさしく快演です。そのフィゾーレ、彼の録音では最上の出来でしょう。ってかこんなに面白く歌えたのねこの人wジョのフィオリッラは、バルトリのそれとは異なるソプラノでのアプローチとして最高の歌。ヒメネス、コルベッリ、メンツァーもお見事。マリナーはロッシーニではどうも色調が暗いことが多いのですが、ここでは愉悦が前面に出てウキウキします。彼のロッシーニのスタジオ録音でもベストの出来と言っていいでしょう。

・ダンディーニ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
マリナー指揮/バルツァ、アライサ、R.ライモンディ、デル=カルロ共演/アカデミー室内管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1987年録音
>そのマリナーの暗さがかなり足を引っ張っているのがこの録音で、バルツァやライモンディなど巧いけれど重たい歌手の起用もあって、何だか素直に愉悦に浸れない感じがあります^^;とはいえその中でロッシーニらしいヴィヴィッドな空気を流しこんでいるのが我らがアライモで、ライモンディの真面目さが目立つ分(立派な歌なんだけどね)、コミカルな部分を一手に引き受けている感があります。偽王子を演じているときの見せかけの尊大さが、超然としているがために逆にオモシロい。ドゥルカマーラのところでも言いましたが真顔で嘘がつけそうな、山師らしさがあるんですよね、この人^^同年代のアライサとのコンビも若々しくていいです。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ゼッダ指揮/クロフト、マリス、ラーモア、カペッキ共演/ネーデルランド歌劇場管弦楽団&合唱団/1992年録音
>この映像は全曲視聴できていないのですが、観た範囲では演出も楽しく、この演目を映像で楽しむ上では悪くないものだと思います(但し伯爵の大アリアはカット)。どちらかというと若者たちに手玉に取られる感じの扱いにされがちなバジリオですが、アライモの演技は通常以上に腹に一物ありそうなもので、フィガロと同じく彼もこの騒動の直接の関係者ではなく、事態を斜めに見ながら儲けのタイミングを嗅ぎまわる観察者である印象を強くします。派手な髪型と舞台姿の立派さも相俟って存在感抜群です。視聴した範囲ではゼッダはやはり神様、しっとりした声で技巧もあるラーモアは見た目にも美人で◎、カペッキは流石に歳を取っていますが早口も余裕で往年の名優の風格があります。クロフト、マリスも小ぶりながら悪くありません。

・モーゼル(G.F.F.ヴェルディ『群盗』)
ボニング指揮/ボニゾッリ、サザランド、マヌグエッラ、レイミー共演/ウェールズ国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1982年録音
>ヴェルディもひとつだけ。このモーゼル、後の宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)へと繋がると言っていい役で、最終幕だけに登場し、罪の意識に苛まれるフランチェスコを断罪するという小さいけれどもインパクトの強い重要な役です。ヴェルディとは言えメジャーとは言えないこの手の役はなかなかどうしても間に合わせ的な人が来ることが多い訳ですが、ここでは若いながらも彼がビシッと決めて呉れています。役柄的には重低音系の声の方がいいようにも思うのですが、例えば上記のチェチル卿をやったときのような峻嶮さがよく似合っています。全曲録音としてはボニゾッリが兎に角大熱演で随所随所に彼一流の荒々しい高音をバシバシ入れて来て痺れます。性格派のマヌグエッラも堅実な歌いぶり。サザランドとレイミーはベストとは言わないまでもまずまず。
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