Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十四夜/死の淵からの復活~

さて前回まで三”アラ”テノール+1なんて銘打ってやっていた訳ですけど、そろそろ真面目なクラシック・ファンのみなさまから「おい、三“アラ”とかどうでもいいけど三大テノールはどうなってんだ?!」というお叱りを受けそうな気がしてきております。いまのところパヴァちゃんしかご紹介していない訳ですから、僕もそう思わなくはありませんw
ただ、うちはやっぱりどちらかというと日本では不当にマイナーな歌手にされてしまっている人たちに光を当てるのを務めとしているところがあるので、いまさらそんな超有名歌手なんて誰も期待してないだろうなと思っている節はあります(言い訳その1)。
また、三大テノールみたいな人たちを固めてやってしまうというのも何となく藝がないなと言いますか、楽しみは分散しておいた方がいいような気もしているのです(言い訳その2)。

まあそうは言っても別に僕はドミンゴやカレーラスが嫌いな訳では毛頭ありませんし(2人とも全盛期は最高!)、これを機会に折角ですからこの人たちのどちらかでも特集してみようと思った次第。

Carreras.jpg
Don José

ジュゼプ・カレーラス=イ=コル
(ホセ・カレーラス)

(Josep Carreras i Coll / José Carreras)
1946~
Tenor
Spain

いろいろ考えたんですが、今回はカレーラスに。
ドミンゴの広大なレパートリーは、まだ拾えていない部分もあります故。

先輩アラガル同様彼もまたカタルーニャはバルセロナの生まれ。一般には圧倒的にカスティーリャ読みのホセ・カレーラスとして知られていますね^^

比較的ドラマティックなレパートリーのテノールで、3人の中では歌うジャンルを最も制限している印象です。得意とするのはやはりヴェルディ中期から後期『ドン・カルロ』ごろまでとプッチーニ、そして何と言ってもドン・ジョゼ(G.ビゼー『カルメン』)でしょう。太めの声なのですが泣きの入る歌い方と甘めのルックスが、世の女性ファンの母性本能を刺激しているようです(笑)

歌手としての全盛期に白血病に罹患。90%の確率で助からないと言われた死の淵から生きて帰ってきたことでも有名です。彼はこの時の経験から、白血病患者を支援する様々な活動を行っています。意地の悪いひとたちはこのお涙頂戴的なエピソードで彼は人気が出ているに過ぎないと見ているようですが、どうしてどうしてそんなことは全く無いと思います。もともと出来不出来は結構ある人だし、復帰後の歌は流石に100%ではないと感じることも多いのですが、彼の最盛期の歌は、そのような誹りを受ける謂れのない圧倒的なものです。

ソプラノのカーティア・リッチャレッリと一時期戀仲だったとか。結局のところこの2人は結婚はしていません。

<ここがすごい!>
以前も書いたような気もするのですが、どういう訳だかオペラのテノールというのは、押並べてどうもどれもお間抜けと言いますか、おつむが足りないと言いますか、すっとこどっこいと言いますか、お前さんもう少ししっかりしておくれよ!というようなキャラクターが多いです^^;それはモーツァルトでもロッシーニでもヴェルディでもヴァーグナーでもいっしょ。シリアスな役どころでも、どうも突っ込みどころ満載なのであります。これを大真面目に演じるに当たっては、すさまじい歌で圧倒して突っ込みを入れさせないとか、緻密に考えて演技で以てその辺の突っ込みどころを埋めて行くとかいろいろな手段があると思うのですが、カレーラスの場合、ご本人の藝としての素のキャラクター(ご本人そのものではないですよ、念のため)、歌そのもの/舞台姿そのものが「もうしょうがないひとねえ」と観客に感じさせてしまうようなところがあるのです。これが比較的良くされる評である「母性本能を擽る」というものだと個人的には理解しているのですが、何やっても本人のせいでダメなのに、何故だか周囲から憎まれず、同情される得なやつっているじゃないですか。ああいうのを少なくとも舞台の上では素で出来てしまう(や、本当はご本人もそうなのかもしれないけど、僕は知らないw)のが、この人の凄いところだと思います。

その特徴を際立たせるのが彼の発声の仕方で、声自体は太めでしっかりとした響きのある声なのですが、何処か絞り出しているような、捻り出しているような感じに聴こえます。決して無理のある発声に聴こえるということではないのですが、彼の歌を聴くと私はつい、喉に血反吐見せて狂い啼く杜鵑を思い浮かべてしまいます。この歌い口が、必死な様子を印象付けるのに適しており、戀に追い詰められるテノール役の心理を、実によく表していると言えると思います。

上記のような特色から彼は、変な言い方ですが痛々しい役どころでこそ持ち味を最大限に発揮します。大きな葛藤を抱えている役、精神的な脆さを見せるような役、もっと言えばイッチャッテルような役に一番適性があると言うのが、僕自身の彼の評価です。そういう意味では、実はみいはあな人気とは裏腹に、異形のテノールと言ってもいいのかもしれません。

<ここは微妙かも(^^;>
超有名歌手ですが、結構録音の出来不出来が大きいひとです。多分3大テノールで一番波があって良いものは凄くいいのですが、いまいちなものは果てしなくいまいち^^;
上記のような特性があるためか、合う役と合わない役の落差も大きい印象です。脆さがあまり出ると説得力が減るような役や幸せいっぱいな役では、どうもしっくり来ません。と考えると、僕自身がそうしようとした訳でもないのにも拘わらず、僕の持っている彼の音源がヴェルディ祭りになったのも何となく納得したりして笑。

<オススメ録音♪>
・ドン・ジョゼ(G.ビゼー『カルメン』)
フォン=カラヤン指揮/バルツァ、ファン=ダム、リッチャレッリ、バルボー、ベルビエ、G.キリコ、ツェドニク共演/BPO、パリ・オペラ座合唱団&シェーネベルク少年合唱団/1982年録音
>諸々の問題はさておき、主役2人の歌唱で選ぶのであれば未だに決定的な名盤と言っていいでしょう。個人的にはカレーラスと言えばジョゼ、ジョゼと言えばカレーラスと言うくらい、この役での彼は卓越していると思います。まさに名刺代わりの役でしょう。この役は意外と重たい声が求められてはいるものの、英雄的ではなく、うじうじと思い悩み、追い詰められた末に殺人を犯すような人物であり、彼のいい意味での不安定さや痛々しさがぴったりとはまります。まさに振り回される男、という風情。もちろんキャラクターに合っていると言うだけではなく歌唱も一級品であり、何と言っても花の歌での〆の最高音ppデクレッシェンドの品の良さ、美しさ。実は彼の歌い方が楽譜の指示通りなのですが、むしろ張って出してしまう人が多いのがその難しさを裏付けるところで、これを聴くといつも、ああカレーラスすごいなあと思ってしまう訳です。エキゾチックな声と歌を聴かせるバルツァはもちろんのこと、可憐なリッチャレッリ、藝達者な脇役の方々など聴くべきところの多い演奏です。フォン=カラヤンの“帝国主義”とそれに伴う重たすぎるファン=ダムの好み次第でしょうか。

・ドン・カルロ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アバド指揮/ギャウロフ、フレーニ、カプッチッリ、オブラスツォヴァ、ネステレンコ、ローニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
>カルロもまたカレーラスを代表する役柄です。個人的には、カルロのベストと言っても過言ではありません(もちろんラボーもいいんだけどね笑)。ヴェルディの書いたテノール役の中でも最もメンタルの弱そうな、或意味でおつむの悪そうな役がこの役だと思うのですが、それがまたカレーラスの頼りない、必死な形相の歌にしっくりくるのです(念のため言っておきますが、最大限の褒め言葉です笑)。これがパヴァロッティだとやっぱりどこか根明になってしまうし、ドミンゴでは知的すぎる。カレーラスの根暗さと余裕のなさが、非常にリアルなのです。これはアバドのほぼ完全版の演奏で長いですが、この指揮者らしい歌心を感じさせるもの。そして共演陣の素晴らしさ!ライヴでこれだけの人が集められるとは!総体としては自分の中ではこの作品のベストの演奏だと思っています。

・ドン・アルヴァーロ(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
パタネ指揮/カバリエ、カプッチッリ、ギャウロフ、ナーヴェ、ブルスカンティーニ、デ=パルマ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>これもまた上記のカルロと同様、奇跡のライヴ演奏と言うべきもの。巷間言われているとおり、彼はシノーポリの指揮でスタジオ録音もしているのですが、その演奏を凌ぐ濃密で充実した歌唱。特にアリアでの凝集された集中力の高い歌いぶりはたまりません。また、ライヴにも拘わらず慣例的なカットの少ない演奏で、カルロとの決闘が2回あります。即ちアルヴァーロとカルロの重唱が都合3回ある訳ですが、このカプッチッリがまた大熱演で、ふたりの手に汗握る掛け合いを思い切り楽しむことができます。こういうのを聴くと、やっぱり最初の決闘はちゃんと演奏してほしいなあと思うのですが。。。綺羅星のような共演陣はまさしくお見事。

・ポリウート(G.ドニゼッティ『ポリウート』)
カエターニ指揮/リッチャレッリ、J.ポンス、ポルガール、ガヴァネッリ共演/WSO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1986年録音
>名作でありながら意外といい録音がない作品で、この録音についても楽譜の扱いが?だったり(ポリウートのカヴァティーナをカットしてるなんて!)共演もベストでなかったりと惜しいところもあるのですが、殊カレーラスに限って聴くのであれば、発病の前年とはとても思えない馬力のある歌で惹きこまれます。あまりベル・カントらしくはないものの、引き締まったスタイリッシュな歌は魅力的で、全盛期にはこうした英雄然とした役柄もいけたんだなあという天晴な歌いぶり。リッチャレッリもやわらかな美声が耳に心地いいです。ポンスははっきり言って今ひとつなのですが、悪役のポルガールが彼らしい知的で品のある歌で良いアクセントになっています。

・エレアザール(J.F.アレヴィ『ユダヤの女』)
デ=アルメイダ指揮/ヴァラディ、F.フルラネット、ゴンザレス、アンダーソン共演/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1986-1989年録音
>これも病を得る前後の録音ではありますが、調子が良かったのか聴き応えのある歌に仕上がっています。そもそもこの作品の音源があまり無い中、シコフというエレアザール歌いが登場した現在に於いても、未だに価値のある録音と言っていいでしょう。ここでのカレーラスは、彼の他の当たり役のようななよなよ感はあまりなく、頑固で狂信的な雰囲気をよく出しています。異形なこの役を、彼一流の不安定さで表現していると言う感じ。有名なアリアはじっくりと聴かせる重厚な仕上がり。この作品を得意としたと言うデ=アルメイダの端整な音楽と強力な共演陣も魅力です。

・スティッフェリオ(G.F.F.ヴェルディ『スティッフェリオ』)
ガルデッリ指揮/シャシュ、マヌグエッラ、ガンツァロッリ共演/墺放送交響楽団&合唱団/1979年録音
>こちらも名作でありながらあまり録音がありませんが、この録音は完成度が高く、もろ手を挙げて推薦できるもの。妻の不倫の影に信仰が揺らぐ聖職者という心理戦的な役どころですから、ここでも彼のどこか追い詰められたような歌い口がGood!特に滔々とアリアを歌う最中、妻の指に結婚指環がないことに気づいて色を失うところなど絶品で、この人でなければ出せない悲痛さが堪りません。ガルデッリのがっちりとした音楽と実力のある共演陣もおススメできます。

・マリオ・カヴァラドッシ(G.プッチーニ『トスカ』)
フォン=カラヤン指揮/リッチャレッリ、R.ライモンディ、ホーニク共演/BPO、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団&シェーネベルク少年合唱団/1979年録音
>フォン=カラヤンの交響曲のような音楽づくりのオペラ録音の中では一番成功していると思います。痛々しいのが売りのカレーラスは幸せいっぱいの1幕よりも、やはり捕えられて拷問される2幕、そして獄中で刑を待つ悲壮な第3幕と徐々に良くなってきます。“星は光りぬ”は名唱!リッチャレッリは流石にトスカには声が細いように思いますが、ライモンディの性格俳優的なスカルピアが魅力的。如何にもな悪役ぶりではなく、一見上品で尊敬すべき人物に見えるが実は…という計算された役作りは流石です。

・ガブリエーレ・アドルノ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
アバド指揮/ギャウロフ、カプッチッリ、フレーニ、ファン=ダム共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1976年録音
>今さら言を俟たない超名盤。しかしアバドが引っ提げてあちこちで公演したライヴよりも未だにこのスタジオ音源が選ばれるのは、カレーラスの力が大きいと思います。それはなにも彼が単にビッグ・ネームだからということではなく、この役が彼の特性に合っていると言うことではないかと。他の登場人物のドラマがあまりにも深いために見過ごされがちですが、ガブリエーレはガブリエーレで大きな葛藤を抱え、作中で悩み、追い詰められているのです。その想いが爆発するのが2幕のアリアな訳ですが、これが胸が締め付けられるような絶唱。これこそカレーラスの持ち味です。例えば三大テノールの他の2人ではこうはいかないところ。

・マクダフ(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
ムーティ指揮/ミルンズ、コッソット、R.ライモンディ共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1976年録音
>この役は初演歌手がしょぼかったせいで小さくなってしまったと言うので有名な役ではありますが、しっかりした歌手が歌えば大きな感動を生むことがわかる歌唱です。権力者に妻子を殺された悲劇の武将の哀れさを、彼の歌は等身大の人物の悲しみとしてしっとりと感じさせます。いい意味で堂々としすぎない、しょぼくれた感じが、憐憫を誘うのです。もちろん或る意味でよりオペラ的な立派な歌は他にもたくさんあるかと思いますが、総合的には彼がいちばんぴたりとはまっているように思います。

・ヤーコポ・フォスカリ(G.F.F.ヴェルディ『2人のフォスカリ』)
ガルデッリ指揮/カプッチッリ、リッチャレッリ、レイミー共演/墺放送交響楽団&合唱団/1976年録音
>マイナーな作品ですが、これは名演です。謂れのない罪で投獄され、家族と離別させられ、死んでいく人物、となればやはり彼の独壇場と言ってもいい。救いのない境遇の中でじわじわと弱って行く様を実によく表現しています。特に幻影に怯える2幕冒頭のアリアは鬼気迫る表情で、鳥肌が立つようなおぞましさ。残る2つのアリアは結構性格の違う曲で大変だと思うのですが、流石に見事に歌いきっています。彼と同様に薄倖さを感じさせるリッチャレッリもいいですが、ここでの主役は大芝居で聴かせるカプッチッリでしょうね。

・コッラード(G.F.F.ヴェルディ『海賊』)
ガルデッリ指揮/カバリエ、ノーマン、マストロメイ共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1975年録音
>ヴェルディの作品の中では最も人気のない演目の一つではあるものの、これも歌う人が歌えばオペラとして結構楽しめると言うことをよく伝える録音。彼の全盛期の男ぶりのいい歌い口が、コッラードのヒロイックなキャラクターによく合っていて、特に登場アリアは実にカッコいい!先の展開での海賊の首領にあるまじき容量の悪さも、何となく彼のイメージに近かったりして(笑)カバリエとノーマンはどちらもよく歌っていますが逆の方が良さそう。スカルピア(G.プッチーニ『トスカ』)などで来日もしているのに録音が少なく知名度も低いマストロメイは、ここでは力強い歌いぶりで◎ガルデッリも流石第一人者ですね^^

・歌手(R.シュトラウス『薔薇の騎士』)
デ=ワールト指揮/リアー、バスタン、フォン=シュターデ、ウェルティング、ハモンド=ストラウド共演/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団&ネーデルラント・オペラ合唱団/1976年録音
>言及されることは多くないですが、すっきりとした演奏でこの作品の別の面を見せて呉れる佳演です。ここでのカレーラス、ひょっとするとスタジオでの彼の録音の中で一番の熱唱かもしれませんwここまでやるか!という物凄く味付けの濃ゆぅい歌いぶりで聴いていてびっくりするぐらいです笑。こってこての伊ものの歌を全力で歌っていて、清々しいぐらい。シュトラウスが伊ものを茶化した場面だから、これぐらいやってしまうのもありなのかなぁ…なんにしても立派な歌であることに違いはなく、カレーラスのファンなら是非聴いてほしいものです!

・オテロ(G.ロッシーニ『オテロ、またはヴェネツィアのムーア人』)
ロペス=コボス指揮/フォン=シュターデ、フィジケッラ、パスティーネ、コンド、レイミー共演/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1978年録音
>最後はちょっとイロモノを笑。全体としては良くも悪くも過渡期のロッシーニというべきもので、ルネッサンス後を知っている耳には厳しい部分も少なくないのです。題名役を演じるカレーラスとて例外ではなく、スタイルの古さは感じます。しかし、しかしなのです。ここでのカレーラスの歌いぶり、歌への攻めの姿勢が堪らなくカッコいいのです!彼の重厚な、壮麗な輝きのある声での精いっぱいのアジリタには、たどたどしさも感じるのですが、それでも耳に心地よいのです。これはこれでカレーラスの全盛期の記録として、愛すべき録音だと思います。
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