Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十五夜/海賊盤の女王~

また暫く男声が続いてしまいました。。。女声はロバン以来だから1廻りぐらい男声ばっかだったんですね^^;
ひっさびさに伊的熱狂大爆発な感じの方に登場してもらいましょう。

Gencer.jpg
Elisabetta I (Donizetti "Roberto Devereux")

レイラ・ゲンジェル
(レイラ・ジェンチェル、レイラ・ゲンチェル、
レイラ・ゲンチャー、レイラ・ゲンサー、
レイラ・ジェンサー)

(Leyla Gencer)
1928~2008
Soprano
Turkey

名前の読みがおっそろしく統一されておらず、名前の表記にかなり困ります^^;比較的少ないですが、ファースト・ネームもライラとなっているものも。また英語版のみに併記されているアイシェ・レイラ・チェイレクギル(読みがこれでいいのかすらわかりませんがw)という名前もありますが、これは本名かな?(マリア・カラスのマリア・アンナ・ソフィア・チェチリア・カロゲロプーロスみたいな)ここでは彼女の祖国のことばである土語の読みであるという「ゲンジェル」で統一しますが、ご本人は「ゲンチャー」と言ってるとかっている話もネットでは散見されるので、妥当かどうかは実に微妙。ま、考えてもわからんしいいや笑。

さて「海賊盤の女王」と聞いてピンとくる方は、20世紀中葉の伊もののライヴ録音に親しんでいる方だと言っていいでしょう。ライヴで発揮される実力の高さや伊国での人気に反し殆どスタジオ録音が存在せず、或種伝説的な歌手となっています。そして実際、彼女の歌唱を耳にすれば、その伝説が如何に的を射たものであるかを理解できる筈。同時に、何故彼女の正規音源がこれほど少ないのかという思いも強くなる訳ではありますが^^;

素人見解を述べると、声質、実力、持ち味、主要レパートリー、業績等を考えたときに、純粋にカラスと比較し得る唯一の歌手だと思っています。よく比較されるテバルディ、サザランドはいずれも持ち味が大きく違って比較にならないし、再来と言われたスリオティスやチェルクェッティ、シャシュはその売り文句に追われて無理をしてピークが短かったためレパートリーを広げ切れなかった感がある(し、3人とももう少しドラマティックな印象)。強いて言えばスコットは近いけど軽いし、テオドッシウは逆に重たい。
土国のゲンジェルと希国のカラス。歴史的にもいろいろあった両国出身でありながら、同じ教師についたこの2人の名歌手には、つい何かしら因縁めいたものを感じてしまいます。

<ここがすごい!>
一般論ですが同じ声区でも声によって向き・不向きというものが存在します。通常重たい力強い声はドラマティックな表現には向きますが細やかな音符を華麗に歌うのは不向き。ところが世の中には双方を要求される役がいくつかあり、それを実際やってしまうとんでもない歌手が存在するのです!そうした歌手の代表がご存知カラス、そして彼女と東西の横綱を張れるのが今回のゲンジェルと言えます。

その歌声は兎に角強靱。状態の悪い録音の向こう側からでもその凛と張った声はしっかりと聴きとることができます。但し力強い声だと言っても、そこはやはり伊系のしかもベル・カントで鳴らした歌手ですから、例えばビルギット・ニルソンのようなヴァーグナー歌いの鋼のような声とは違い、よりしなやかな響きで技巧的な小回りが利きます。そして歌い口が大変ドラマティック!よくこれだけパワフルに、しかもライヴ歌うことができるものだなあと、調子のいい録音を聴くたびに圧倒されてしまいます。彼女の場合、ドラマティックと言っても単に大声歌唱に終始すると言う訳ではなく、その強い声のまま一気にppに持って行けてしまう、更にそれをしかも最高音域でやってしまうんですね。カヴァティーナの〆などで効果的にそれを入れてくる様は心憎いぐらいで、歌心、歌い手としてのセンスの素晴らしさを感じさせます。加えて彼女の藝風は、ことばひとつひとつの扱いの濃さという面でも特筆すべきものです。ことばへの執着と言いますか表現意欲と言いますか、そうした強い思い入れが、一語一語の凄烈な発音から滲み出ているのです。或種怨念のようなスゴみさえ感じさせる彼女の歌の最中は、多くの録音で水を打ったように劇場が静まり返っています(繰り返しますがライヴにも拘わらず!)。そして、スピーカーでそれを聴く我々もまた、むべなるかなと思わずにはいられないのです。

また彼女の業績と言うものに目を向けたときには、やはり殊にドニゼッティの作品でのマイナー作品の発掘を挙げざるを得ません。残念ながらその難易度の高さからか、必ずしも彼女が発掘した作品は今日も親しまれているとは言い難い状況ではあるのですが、彼女を通して隠れた傑作に触れることができるのは、一方で喜ばしいことだと言えるでしょう。そうした作品の中で比較的現在も演奏機会が多いのはエリザベッタ(G.ドニゼッティ『ロベルト・デヴリュー』)だと思いますが、これは特に彼女の入魂の歌唱が遺されていて、未だにこの役のベストではないかと。そうそうこれ以上のものが出るとは思えません。

こうした藝風や業績も含めて、僕はやはり彼女とカラスはつい比較したくなってしまいます。確実に美声なのはゲンジェルの方です。しかしその歌の正確性を取ればカラスに軍配が上がります。このあたりが両者の持ち味の微妙な違い、そしてレパートリーの違いに繋がっているのかもしれません。

<ここは微妙かも(^^;>
ライヴ録音ばかりが俎上に乗せられてしまう人なのでしょうがない部分もあるのですが、彼女の録音にはどうしてもライヴらしい疵がつきものです。ブレスの失敗やコントロールの乱れがないと言えば嘘になりますし、大きくずれちゃってる録音もあります(まああれはカットの仕方がまず悪いと言う話なのですが^^;)。ベックメッサーよろしくそうしたところを数えて正の字を書いていけばそれなりの量になってしまう訳ですが、まあ彼女の魅力はそんなところにはないのは、ここまででお分かりかと思います。

また、何せ海賊盤の女王です。音質は或程度諦めるしかないところがあります^^;

<オススメ録音♪>
・エリザベッタ1世(G.ドニゼッティ『ロベルト・デヴリュー』)
ロッシ指揮/カプッチッリ、ボンディーノ、ロータ共演/ナポリ・サン・カルロ劇場管弦楽団&合唱団/1964年録音
>不滅の名盤。僕自身この音源を聴くまで、シルズやグルベロヴァー主演の音源を聴いていましたが、この作品は面白いところもあるものの、ドニゼッティの所謂女王三部作の中では一段劣るものだと思っていました。その評価を覆し、傑作だと気づかせて呉れた音源な訳ですが、何と言ってもここではゲンジェルが凄い!圧倒的に凄い!登場のアリアからしてエリザベッタの堂々たる姿を想起させるどっしりと貫録のある歌いぶり。この調子で終幕まで持つのかしらと思ってしまいますが、そのままの勢いと完成度で歌い切ってしまいます。ボンディーノやカプッチッリとの重唱もアツいものですが、最大の聴きどころはやはりアリア・フィナーレ!史実のエリザベス1世が憑依したのではないかと感じさせるぐらいの気迫の歌唱で、思わず鳥肌が立ちます。殊この部分については、単なる勢いのみならず、言葉ひとつひとつを丁寧に解釈し、それを自らの藝術として昇華させています。対するカプッチッリがまた力強い公爵をパワフルに演じてその力量を感じさせますし、ここでしか聴いたことのないボンディーノも太い声でドラマティックに応酬しています。ロータも女性らしさとテンションの高さを感じさせる歌。そしてロッシのダイナミックな指揮!ドニゼッティが書いた中でも指折りの聴き応えのある作品だという、真価を伝える演奏の記録です。

・アントニーナ(G.ドニゼッティ『ベリザリオ』)
ガヴァッツェーニ指揮/タッデイ、ザッカリア、グリッリ、ペチーレ共演/フェニーチェ歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>こちらもまたあまり顧みられることのないドニゼッティの秘作。ゲンジェルは1幕では主人公ベリザリオを追い詰め、3幕ではそのことを後悔する妻の役で、実は2幕にはまったく登場しないにも拘らず、聴衆に強烈な印象を残します。歌唱力と表現力を求められる至難のアリアが2つもありますが、登場してすぐ聴かせる煮えたぎるような恨み節のアリア、後悔に暮れるアリア・フィナーレ(狂乱と言っていいでしょう)のいずれに於いても集中度の高い、稠密な歌で演じています。また1幕フィナーレのストレッタ部をスピード感を持って引っ張って行く部分も聴きどころ。タッデイは何と言っても存在感が巨大。同じドニゼッティであのドゥルカマーラ(『愛の妙薬』)を演じた人が、これほどまでに重厚な悲劇の人を演じられるのか!と嘆息してしまいます。皇帝を演ずるザッカリアも登場場面は少ないものの、脇をしっかり固めています。グリッリとペチーレはいずれも一般的に名前を聞く人ではありませんが、どちらも高い実力を感じさせます。ガヴァッツェーニの指揮なので少なからぬカットは入っていそうですが、それでもこれだけ重量感のある悲劇を構築する彼の手腕は、やはり評価したいところ。超名盤です。

・カテリーナ・コルナーロ(G.ドニゼッティ『カテリーナ・コルナーロ』)
チラーリオ指揮/アラガル、ブルゾン、クラバッシ共演/聖カルロ・ナポリ劇場管弦楽団&合唱団/1972年録音
>これもマイナーながらかなり楽しめる演奏です。作品としてはソプラノとテノールの出番が軸と言っていいように思うのですが、そこをいずれも正規録音の少ないゲンジェルとアラガルが固めています。カテリーナには前の2作に較べるとより華麗なアリアを与えられていますが、こういう役も彼女はイケますね^^華のある存在感がお見事ですし、凛とした声は女王というキャラクターにもふさわしい。アラガルが素晴らしいことは過去に述べましたが、男らしいブルゾンと如何にも憎さげなクラバッシも忘れられません。

・アンナ・ボレーナ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ガヴァッツェーニ/クラバッシ、シミオナート、ベルトッチ共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1958年録音
>彼女にしては珍しく放送音源です!それだけでもありがたいところで、彼女の力感漲らう声をいい音質で聴くことができます。この作品では流石にカラスの亡霊を追ってしまうところがあるのですが(カットも同じだしね)、それでもゲンジェルなりのよりたおやかなアンナを楽しむことができます。ライヴではないので熱狂的なパフォーマンスというところからは或意味で一歩退ってはいますが、一方歌の精緻さは上がっていますし、彼女お得意の高音での“強い弱音”がしっかり収められているのは嬉しい。共演ではカラスとともに歌ったシミオナートがやはりここでも品格ある背筋のいい歌唱を披露しています。また、カラスのライヴではロシュフォールだったクラバッシが独特のややいがらっぽい声で、憎々しいエンリーコを渋くキメているのも印象的。ベルトッチも響きのいい美声。ガヴァッツェーニのドラマティックな指揮は結構好きなのですが、ここまでカットしなくてもなあ、というところ。

・アメーリア・グリマルディ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゴッビ、トッツィ、パネライ、G.ザンピエーリ共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>何度か紹介していますが、不滅の名盤。同じく超名盤であるアバド盤が音楽的なのに対し、よりドラマティックに、演劇的にシモンを完成させた演奏と言っていいでしょう。アバド盤のフレーニのような豊潤さこそないものの、切れ味ではゲンジェルが上回ると言ってもいいでしょう。全体に辛口な声、表現で厳しく纏めた感のある演奏なので、彼女の声と歌が非常にバランスよく収まっています。特に高音でのきりっとした響きは心地よく、またアメーリアの高潔な人物をよく表していると言っていいでしょう。共演では何度も書いていますがゴッビ、トッツィ、パネライの藝が素晴らしく、ガヴァッツェーニの峻嶮な指揮もお見事です。

・エリザベッタ・ディ=ヴァロア(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
プレヴィターリ指揮/ギャウロフ、プレヴェーディ、ブルスカンティーニ、コッソット、ローニ、プリエーゼ共演/ローマ歌劇場合唱団&管弦楽団/1968年録音
>これも有名でこそありませんがいい演奏です。彼女が歌った役の中では最も重い部類に入るのではないかと思いますが、装飾のない、旋律そのものがドラマティックで聴き応えのあるこの役でも彼女は実に巧いものです。少し強力すぎて1幕のロマンツァではもうちょっと可憐さが欲しいところではあるものの、カルロと対峙する重唱や、フィリッポとの対決、そして終幕の大アリアでのスケールの大きな歌は替えがたいものがあります。共演もこのメンバーで悪い筈などありませんが、この時期の録音でも出来のいい部類だと思われるギャウロフ、人情味溢れるブルスカンティーニが特に◎

・レオノーラ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
プレヴィターリ指揮/デル=モナコ、バスティアニーニ、バルビエーリ、クラバッシ共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1957年録音
>これはかなり若い時の録音ですが、当時の超大物たちと共演させてもらった上で、一歩も引かない歌を披露しています。僕は音だけしか持っていませんが映像もある模様。いつもながら凛と張った声で、楚々としていながらも気の強さも兼ね備えたレオノーラを演じています。これもまたありがたいことに放送音源なので、彼女の魅力をストレス少なく楽しむことができます。特にカヴァティーナの濃密さは絶品。4幕のアリアもカバレッタまで歌えばよかったのに!バスティアニーニとバルビエーリ、クラバッシはいつもながらそれぞれの役では最高の出来、プレヴィターリの指揮も伊ものらしくて悪くないのですが、どうもマンリーコになるとテンション低めのデル=モナコ。ここでもいまいち爆発しきれておらず、そこだけが残念です。

・ノルマ(V.ベッリーニ『ノルマ』)2015.8.18追記
デ=ファブリティース指揮/コッソット、リマリッリ、ヴィンコ共演/ボローニャ市立劇場管弦楽団&合唱団/1966年録音
>不滅の名盤。実はこの記事を書くときに本当は入手しておきたかった録音でしたが、今回視聴して、その予感が的中していたことがよくわかりました。ゲンジェルの録音として、エリザベッタやアントニーダに並ぶ最高のものであるというのみならず、ノルマの録音として、カラスやバルトリに比肩する屈指のものでしょう(尤も、バルトリはかなり方向性が違うけれども^^;)。彼女はこの全曲出ずっぱりの演目で、恐ろしいぐらい集中度の高い歌を、全編に亘って披露しています。登場第一声からアリアに入るまでのレチタティーヴォの部分まででもうその非凡さがはっきりと感じられてしまうのに、そのままのテンションで全て歌ってしまうんです!その表現力の凄まじさたるや!単純に声量で行けば共演しているコッソット(こちらもいつも以上にキレッキレ!)が上回る部分も少なくないのですが、その驚異的な技術力に裏付けされた表現があまりに濃く、あまりに手練手管が見事なので、全く力負けして聴こえないのです。いつもながらどうしてこんなことができるのか不思議なぐらいの隈取りのコロラテューラと、ここぞという場面で聴かせる高音での美しく、芯のあるpp!そして終幕へ向かうに従って、更にその温度を上げて、フィナーレは圧倒的です。もうちょっとね、うまく表現できません^^;伊ものファンには是非聴いて欲しいです!先ほど述べたコッソットもただでかい声を出しているだけではなく、きちんとキャラクターを織り込んでいますし、ヴィンコも名オロヴェーゾ、この役でこれだけ聴かせて呉れる人はそうそうおりますまい。リマリッリは惜しくて、折角声量で他のメンバーに引けを取っていないのに、どうも表現がのっぺりしています。それでもめり込まないだけでも凄いんだけど。
兎にも角にも必聴のノルマ!
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