Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十六夜/イベリアの薔薇~

再び女声。
どうもこううまくロッシーニのスペシャリストをご紹介できておらず、個人的にはどげんかせんといかんと思っているのです。という訳で、その筋で一時代を背負って立ったと言ってもいい名メゾを。

Berganza.jpg
Rosina (Rossini)

テレサ・ベルガンサ
(Teresa Berganza)
1935~
Mezzo Soprano
Spain

モーツァルトで活躍したという目で見ている方も多いかもしれません。そちらでも素晴らしい録音をたくさん残しています。またアバドの指揮の下で、フレッシュなカルメン(G.ビゼー『カルメン』)を聴かせていたのも印象的です。寡聞にして僕は聴けていないのですが、オッフェンバックのオペレッタやお国ものサルスエラなどでも録音を遺しており、或程度マルチな活躍をしたと言ってもいいのかもしれない。

しかし、個人的にはやはりロッシーニのヒロインというイメージが非常に強いです。明るく華やかな声と存在感、そして気品のある優雅な歌。技巧的な部分ももちろん軽やかに、苦も無くこなしてしまいます。そのスマートでキリッと引き締まった歌唱は、ホーンと並び未だにロッシーニのメゾの模範的な歌唱として親しまれており、特にその女性的なコケットリーを求められる役で数々の名盤を遺しています。

ロッシーニ・ルネサンス前夜の第一人者に迫っていきたいと思います。

<ここがすごい!>
或程度マルチかもと言いましたが、基本的にはかなりレパートリーを絞っています。大きくはロッシーニとモーツァルト。彼女ぐらいの声の重さで転がしも達者なら、ヴェルディは流石に無理にしてもドニゼッティあたりなら録音を遺していてもおかしくなさそうなのですが、少なくともメジャーなものはないようです。このあたり彼女が自分の声のキャラクターに合う役を厳しく選んでいたことを窺わせます。彼女の声の特徴は、メゾらしい深みと味わいを持ちつつも重々しく暗くならない、明るくてすっきりした贅肉の少ない響きにあります。僕自身は彼女の声を聴くと瑞々しい紅色の薔薇を思い出します。生命力に満ち、薫り高く新鮮な声。こうした響きに合う役柄こそ彼女が本領を聴かせられるところで、逆に言えば段々とドラマティックな路線を志向していったドニゼッティの音楽などは、彼女の判断では自らの適性に対して“濃過ぎる”と感じていたのかもしれません。彼女のジョヴァンナ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)やエリザベッタ(同『マリア・ステュアルダ』)が聴いてみたくなかったかと言えば嘘になりますが、重たい役柄へとシフトしていかなかったからこそ聴けた歌もたくさんあると思いますし、その選択に誤りはなかったのではないかと(こうした傾向にもかかわらず、スズキ(G.プッチーニ『蝶々夫人』)を録音しているのは、一方で非常に興味深いですが)。

同年代で同じくロッシーニ再評価の嚆矢となったホーンの力強く逞しいと較べると、ベルガンサはより女性的で華やかな印象を与える声です。この声の性格の差は、そのまま演じる役どころの差に繋がっていて、ホーンがズボン役の方で評価の高い録音が多いのに対し、ベルガンサはヒロイン役として多くの名盤に登場しています。ロッシーニ・メゾの3大ヒロインと言ってもいいロジーナ(『セビリャの理髪師』)、イザベッラ(『アルジェのイタリア女』)、そしてアンジェリーナ(『チェネレントラ』)のいずれでも素晴らしい録音を遺している歌手は意外と少ないでしょう。確かにホーンやバルツァも遺してはいますが、3つの役全てで高い評価、というところまではいっていないように思います。また、この声を考えればモーツァルトでの活躍も肯けるもの。或意味で伊的になり過ぎない古雅な味わいがあるのです。その味わいは、繰り返しになりますが、彼女の声の持つ程よいコクやかろみ、品のある格調高い歌をつくれる歌心によって生み出されるものなのでしょう。また、それらにも増してヒロインたちを魅力的に聴かせる才能があります。勝気で明るくて小股の切れ上がった良い女を、からりと演じる姐御らしさが堪らないのです。

そんな彼女がカルメンを全曲正規に遺していると言うのは、かなり意外な気もします。しかしこの録音を聴けば、この役からこんな魅力を引き出すこともできるのかと、目からならず耳から鱗が落ちること請け合いです。ここで彼女が描いているのは、普通我々が想像するような異様な人、ファム=ファタルではなく、一女性、若々しい魅力に溢れた普通の女です。媚薬のような強い色気を漂わせるのでなく、等身大の女性として構築されたフレッシュなカルメンを創りあげたことは、彼女の大きな業績でしょう。
これを聴くともう少し仏ものにも進出して欲しかったな、とも思ったりする訳ですが笑。

<ここは微妙かも(^^;>
やはりホーンのようなドスの効く方ではなかったので、ロッシーニでも男役は(達者ではありますが)違和感を受けます。華やか過ぎる、女性的すぎる印象です。同じ男役でもモーツァルトについては思わないのですが。
この人も基本的には自分の本領を飛び出たり、或いは自分の持ち味が活かせないと彼女が判断した役は遺していないようで、どれを聴いても不満は感じないんですよね(笑)

<オススメ録音♪>
・ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ベネッリ、コレナ、ギャウロフ、アウセンシ、マラグー共演/ナポリ・ロッシーニ劇場交響楽団&合唱団/1964年録音
>個人的にはこの役のベストは彼女、その中でも最良の演奏ではないかと思っています。アバド盤の方が有名で確かにいい演奏だとは思うのですが、こちらの方がより若いころの彼女の溌溂とした活きのいい歌を楽しむことができる気がするのです。歌い口もかわいらしく且つきりっとしていて、勝気でお茶目なお嬢様そのもの。ロジーナその人と言ってもいいような魅力的な演唱を、ヴァルヴィーゾの勢いのある指揮が盛り立てています。他の演奏を聴いた後に戻ってきたときに、「これだよこれ!」というような安心感を与えてくれるような演奏です。ちょっとなよっとしてはいるものの大アリアまで聴かせて呉れるベネッリ、オモシロ大王コレナ、牛刀で鶏を割く豪快さが却って笑いを誘うギャウロフ、名脇役マラグーと共演もフィガロのアウセンシ以外はお見事。個人的にはスタジオ録音で最もヴィヴィッドな力に溢れた演奏ではないかと^^

・イザベッラ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
ヴァルヴィーゾ指揮/コレナ、アルヴァ、パネライ、モンタルソロ共演/フィレンツェ五月祭管弦楽団&合唱団/1963年録音
>このロッシーニの中でも指折りのバカバカしい作品のオモシロさを、きちんと伝えて呉れる録音は実はそう多くはないのですが、これはそうした録音の最右翼と言える音源でしょう。この作品のミソはムスタファがしっかりとバットを振り切ったアホっぽさを披露することと、それときっちりコントラストがつくように、イザベッラが才気煥発、頼りがいがあって極上の美人になりきることですが、ここでのベルガンサの歌唱はまさに百点満点です。小股の切れ上がった粋でカッコいい姐さんで実に痛快。その頭の回転の良さそうな感じが厭味にならないのは、彼女の才能、或いは人柄のなせる技なのでしょう。対するコレナがまた百点満点のすっとぼけムスタファ、アルヴァ、パネライ、モンタルソロと端々までしっかりスペシャリストで揃えた上に、名匠ヴァルヴィーゾの采配ですからぐうの音も出ません。ロッシーニの愉悦にどっぷりと浸かれること請け合いです。

・アンジェリーナ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
アバド指揮/アルヴァ、モンタルソロ、カペッキ、トラーマ共演/LSO&スコティッシュ・オペラ合唱団/1971年録音
>上記2役に較べると、少し淑やかでおっとりした清純な印象の役ですが、ここでベルガンサははっきりと別の役作りをしています。ロジーナやイザベッラでのドタバタ喜劇らしい押しの強さは影を潜め、大人しくて優しいけれども、頭がよくて芯の強い、ヒロインらしいヒロインを好演しています。こういう役では、彼女の歌の品の良さ、格調の高さが大きなプラスになります。アバドの指揮もここではきびきびしていますし、典雅な響きを聴かせるアルヴァ、憎めないキャラを作るカペッキと共演もお見事ですが、中でもモンタルソロの至藝が素晴らしい!強欲で小心な理想的なマニフィコです。

・ケルビーノ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ジュリーニ指揮/コレナ、ブラン、シュヴァルツコップフ、セーデールストレム、キュエノー共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1961年録音
>クレンペラーの全曲盤でも、あの超低速の中で巧みな歌を聴かせているのですが、私自身はこちらの瑞々しい歌唱が好みです。テンポもあらまほしきものだし、ライヴらしいノリもいい。彼女らしい非常に丁寧な歌唱で余計なことは一切していないのにも拘らず、元気いっぱいでどこかあどけなさすら感じさせる美少年の姿をきちんと想起させます。やわらかではあるんだけれどもぎっしりと実の詰まった充実した歌声も堪りません。共演もみな立派ですが、特にブランのノーブルな演唱がいい。

・ドラベッラ(W.A.モーツァルト『女はみんなこうしたモノ』)
ショルティ指揮/ローレンガー、デイヴィース、クラウゼ、バキエ、ベルビエ共演/LPO&コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団/1973-1974年録音
>苦手意識を持っていた演目なのですが、楽しく聴けたのは名脇役バキエ&ベルビエの力が大きく、ひたすらに音楽が美しいことを感じさせたのが主役4人でした。ドラベッラの方が気性の激しい音楽がついているように思いますが、彼女はそうした面を出しつつも、下品になり過ぎない歌をうたっていて好印象を受けます。ドラベッラもまた良家の娘なのだ、ということを感じさせる歌唱ですね。同じく西国の名花ローレンガーとの相性も良く、重唱が非常に美しい…男声陣とも相性ばっちりです。

・セスト(W.A.モーツァルト『皇帝ティートの慈悲』)
ベーム指揮/シュライヤー、ヴァラディ、マティス、シルム、アダム共演/ドレスデン国立管弦楽団&ライプツィヒ放送合唱団/1979年録音
>一転してセリアの役どころですが、こうした役でもまた彼女は実力を発揮します。脂気の少ないすきっとした響きの声、小回りは効くけれども決して鋭利になり過ぎない技巧、そして端正で品位のある歌が、古風で厳粛な作品に非常に映えます。アリアではバセット・ホルンのパートが渋い音色で細やかな動きをするのに対し、同じように細かな動きを華やかな色彩で描いているのが耳にとても心地いいです。女声の多い演目ですが、歌手同士の色合いのバランスもよく、特にヴァラディは白眉。アダムも立派ですし、シュライヤーも衰えはあるものの僕は悪くないと思います。ベームさえもう少し若ければ…!

・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
アバド指揮/ドミンゴ、ミルンズ、コトルバシュ共演/LSO、アンブロジアン・オペラ合唱団&ジョージ・ワトソンカレッジ少年合唱団/1977年録音
>超名盤。手垢がつきまくり、あまりにも固定化していたこの演目のイメージをがらりと刷新すべくアバドが奮闘した演奏。初めて聴いた時、嗚呼この演目こんなにもさっぱりとした音楽としても楽しむことができるんだなあとしみじみ感じ入りました。中でも特筆すべきはベルガンサ演じるカルメンでしょう。殊更に色気をふりまかない、健康的でどこにでもいる魅惑的な一女性カルメンというのは、ありそうでなかったアプローチだったのだと思います。彼女が普通の若い女だからこそ、よりストレートにこの物語の悲劇性が伝わってきます。ややヒロイック過ぎるものの後半の役作りが秀でたドミンゴ、男ぶりのいいミルンズ、彼女のベストと言ってもいいコトルバシュなど共演も揃っていますが、やはりアバドの采配が一番お見事かも。
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