Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十八夜/格調高い美の世界~

前回のメリルに引き続き、ここから数回は米国出身または米国を活動の中心とする歌手を何人かご紹介していこうかなと思います。
久々に(?)現在も活躍中の人を。

Larmore.jpg

ジェニファー・ラーモア
(Jennifer Larmore)
1958~
Alto, Mezzo Soprano
America

若手の美人メゾと言うイメージだったんですが、意外ともう結構いい歳なんですね^^;まあでもレイミーとかR.ヒメネスとかとの録音が多い訳だし、まあこんぐらいなんでしょう。

そのレイミーやミルンズもそうでしたが、彼女もまた米国歌手のご多分に漏れずかなり広いレパートリーを誇っている人です。アリア集を見てみると、伊仏独かなり様式の違うものを取り揃えていて驚きます。とは言うものの彼女のレパートリーの中心がどこにあるかと言えば、それはやはりバロック、ベル・カントの中でも特にロッシーニ、加えていくつかの仏ものであるというのは衆目一致するところでしょう。単純にディスコグラフィを見ても納得のいく話だと思いますし、実際彼女の歌が最も活き活きと聴こえるのはそのあたりではないかと。そういう意味では、僕自身彼女の広大なレパートリーすべてを追うことはできていない訳ですが、自分が耳にしている範疇での彼女の魅力の最も活きる部分 について述べて行きたいと思います。

<ここがすごい!>
上述のとおり彼女の得意分野はバロック、ロッシーニ、そして一部の仏ものと言うのが僕の理解ですが、単純にこの領域を見てみると最近出てきたベルガンサ、或いは以前登場したバルトリと非常によく似て見えます。しかし彼女たちの面白いところは、いざ声や歌を取り出して聴いてみると、お互いに随分違う個性を以て聴こえてくるところです。情熱的で明るい気品に満ちたベルガンサ、高い技術と知的な歌い回しで聴き手を惹き込むバルトリに対し、ラーモアの魅力は淑やかに響くふくよかな声が際立った個性でしょう。基本的にベルガンサとバルトリはやはりメゾだと思うのですが(バルトリに至っては時にソプラノ的に響くことも)、彼女はむしろアルトと言って差し支えないと思います。オペラを 歌う女声の中でも深めの、穏やかでやわらかな声です。そうしたまろみのある声だからこそ、最前述べて来ているようなジャンル、刺刺しさの少ない優美な音楽での活躍が目立つのでしょう。

そしてその落ち着いた声から紡ぎだされる華やかな技巧がまた素晴らしい!ややおっとりとした印象を受ける声でもあるので、その小回りの良い動きが新鮮でもあり、小気味よいギャップを生んでいます。また、90年代以降の活躍がメインの人なのでD.C.アリアやカバレッタの繰返し部分などでは譜面にない装飾をかなり入れて行くのですが、そうしたものを含めた上での歌の趣味が実にいい。清廉で格調高い、誠に美的なものです。これは彼女の類稀なる歌心によるところが大きいように思います。技巧の話と後先になりましたが、その歌心は当然ながらコロラテューラのない演目でも発揮されていて、特に言葉捌きのうまさは特筆すべきもの。

端整な歌と同じぐらい端整な容貌で、「オペラ歌手の中では」という前提条件なしに美人だと言っていいでしょう。ですから舞台でも気品と媚態の入り混じる魅力的な麗人ぶりを発揮すること請け合いな訳ですが、彼女の声が深い響きなこともあってズボン役での活躍も目立ちます。舞台写真からですらその凛々しい男ぶりも伺えますから、実演ならばさぞやと思います。もちろんその歌い口も、颯爽として引き締まった清々しいもの。若々しい英雄の姿を強く感じさせます。後述しますが古今東西のズボン役の歌を集めた珍しいアリア集“Call me Mister”(邦題よりこっちの方がカッコイイと思う)なんてものまで出していますから、彼女自身、自分の中のひとつの柱となるジャンルと考えているのでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
器用に手広くこなす米国の歌手ではよくあるといえばよくある話なのですが、やっぱり向き不向きと言いますか、この歌はそんなではないなあと思うものがあるのも確かです。特にアルトと断りを入れたように、低い音域での充実が持ち味の歌い手ですので、高音を聴かせて欲しいものではどうしてももう一声となる部分があります。
また前述もしましたが、彼女のマイルドな声はキャラクターそのものをちょっとおっとりとしたものに聴かせてしまうことが、特にヒロインの場合あるような気がしていて、例えばロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)などでは、それが引っかかってしまう(ベルガンサみたいな才気煥発な感じが欲しい!みたいな)人もいるようには思います。まあ、好みの問題で、僕は好きですが笑。

<オススメ録音♪>
・アンジェリーナ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
リッツィ指揮/R.ヒメネス、コルベッリ、G.キリコ、マイルズ、スカラベッリ、ポルヴェレッリ共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1994年録音
>あまり言及されることはありませんが個人的にはアバド盤やシャイー盤と並ぶ不滅の名盤だと思っている音源です。何と言ってもこれだけ役柄のイメージ面も含めてメンバーが揃っている(姉2人すらスカラベッリとポルヴェレッリですからね!)というのは類例を見ないように思います。ラーモアはいつもながらしっとりとした落ち着いた色調のアルトで、丁寧に歌いこんでいます。その彼女の特性から若々しく生命力に溢れた娘ではなく、上品で洗練された淑女という風情のキャラクターを構築しています。深い声ではあるのですがベルベットのような美しく澄んだ響きであること、歌の端正さが相俟って、純真な魂の持主に聴こえるのもお見事です。優美で品のあるヒメネスの王子がまたやわらかで 優しい雰囲気を湛えていて、彼女と非常にお似合いなカップル。コルベッリは相変わらず味のある等身大のブッフォ、息子キリコはアリアをびっくりするようなテンポで歌っていて若々しい勢いがある名唱!マイルズもいつもながら気品のあるジェントルマンで転がしも巧く、アリドーロではペルトゥージと双璧と言っていいでしょう。姉2人も流石。リッツィの指揮も作品に見合った軽い風合いで、非常に完成度が高いです。

・アルサーチェ(G.ロッシーニ『セミラミデ』)
マリン指揮/ステューダー、レイミー、ロパルド、ローテリング共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1992年録音
>これもまた名盤だと思います。ここでの彼女は実にきりっとした男役ぶりで、ホーン以降のこのジャンルの立役者であることをしっかりと感じさせます。太いけれども重たくならない充実した声で古典劇の世界の若々しい英雄に強い説得力を持たせていますし、自在で闊達な技巧はここでも健在。みなコロラテューラの得意なメンバーですが、ひときわ見事です。悪役アッスールはこの役を演じれば絶対的なレイミーですから、特にこの2人の対決の場面は聴き応えがあります。ロパルドとローテリングも上々で、マリンも前に進んでいく音楽で気分がいいです^^ステューダーのみ趣味が別れるところかと思いますが、存在感は立派なもので、個人的には悪くないと感じています。

・ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ロペス=コボス指揮/R.ヒメネス、ハーゲゴール、コルベッリ、レイミー、フリットリ共演/ジュネーヴ歌劇場合唱団&ローザンヌ室内管弦楽団/1992年録音
>これもまた言及されることはあまりありませんが優れた演奏でしょう。平均点を取るとこの演目の個人的なイチオシです。上にも書きましたけれども彼女の持ち味の問題で明るくきびきびした人物づくりではなく、より深窓の令嬢的な雰囲気になっています。とはいえロジーナ的なお茶目な面もきちんと見え隠れさせています^^断片しか観られていませんが映像もありまして(ゼッダ指揮、カペッキ、S.アライモらと共演)、そこではより彼女のコミカルな部分での役作りを楽しむことができます。彼女と共演の多いヒメネス、コルベッリ、レイミーといった人たちはいつもながら個人技も楽しめますが、アンサンブルが和気藹藹としていていい雰囲気です。ハーゲゴールがやや異質且つ細かい動きがキツ いですが、持ち前のお人柄で明るくこなしていて凹んではいないです(プライ的とも言えそう)。ベルタを若きフリットリがやっているのはめっけもん。指揮がちょっとまったりしているのが惜しい感じ。

・ジュリオ・チェーザレ(G.F.ヘンデル『エジプトのジュリオ・チェーザレ』)
ヤーコプス指揮/シュリック、フィンク、レルホルム、ラギン、ヴィス、F.ザナージ共演/コンチェルト・ケルン/1991年録音
>恥ずかしながらバロックは不案内なのですが、彼女のこの演奏はやはり外すことはできないように思います。ここでのラーモアは技巧が本当に冴えわたっていて、痛快な切れ味を楽しむことができます。威風堂々たる胸を張った歌いぶりがこの古代の英雄の姿にハマっていますし、彼女らしい格調の高さが音楽と相乗効果をなしています。共演も清潔感のある歌の人たちで荘厳な歴史劇の世界を引き立てていますが、特にラギンの神経質な歌が役柄に合っていて良かったです。

・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
シノーポリ指揮/T.モーザー、レイミー、ゲオルギウ共演/バイエルン国立歌劇場管弦楽団、合唱団&児童合唱団/1995年録音
>ベルガンサがそうであったように、ラーモアもまた彼女のレパートリーの中では異質に思えるカルメンに取り組んでいます。しかしこの演奏は学者肌のシノーポリらしい緻密なアプローチが功を奏し、彼女をはじめとする歌唱陣もそこにうまくフィットしたことで独特な空気のある名盤に仕上がっています。ラーモアはたっぷりした声でシックな魅力のある女性像を作っていて、エキゾティシズムこそ薄いものの現代的な風合いのカルメンです。妙にねっとりせず或意味普通に歌っているのですが、却って女らしさが出ているあたりにこの人の実力の高さが伺えます。また、コロラテューラがない分だけ彼女の歌のうまさが際立っているとも言えそうです。モーザーもロブストでこそありませんが、自分の 土俵と持ち味を見極めたジョゼ。ヒロイックな面と繊細な面の使い分けが絶妙です。ゲオルギウは知名度の割に本当にいい録音は少ないように思っているのですが、このミカエラは最高!娘らしさもあり、うまみもあります。この中では名手レイミーがややいまひとつ、いや悪くはないのですが彼ならもう少しを期待したかったところではあります。しかし、全体には非常に楽しめる音盤です。

・エドアルド・ロペス(G.ロッシーニ『シャブランのマティルデ』)
・カルボ(G.ロッシーニ『マオメット2世』)
カレッラ指揮/イギリス室内管弦楽団&ロンドン合唱団/1997年録音
>彼女のロッシーニ・アリア集からですが、いずれもこの時期に全曲を残して欲しかったものです。どちらも悲劇に立ち向かう若者らしさが秀逸。エドアルドでの転がしの巧みさには息を呑みますし、ホルンの超絶技巧との掛け合いが気持ちいいです^^カルボでも歌のうまさが光ります。どちらも演奏機会が多いとは言えない作品で、だからこそ彼女が質の高い歌を残して呉れているのはありがたい限りです。これ以外にも珍しい作品を歌っていておススメ。

・サッフォー(J.マスネー『サッフォー』)
・ニクラウス(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
・ミニョン(C.L.A.トマ『ミニョン』)
・ラズリ(A.E.シャブリエ『エトワール』)
ド=ビリー指揮/ヴィーン放送交響楽団/2001年録音
>こちらはフランスもののアリア集から。珍しいものをたくさんとり上げて呉れていて嬉しくなります。しかもいずれも絶品!特にこの4つは聴きものです。『サッフォー』、実は全曲聴いたことはないもののこのアリアは単体でもいくつか聴いているのですが、ここでの彼女はベストの出来ではなかろうかと。古代の女流詩人をこれまた品位を以て歌いあげています。徐々にドラマティックに盛り上げる構成も巧みで、惹き込まれます。ニクラウスの最近歌われるようになったこのアリアは、ホフマンの語りの世界で数少ないミューズが顔を覗かせる場面ですが、そのあたりの匙加減が大変素晴らしいです。この役の中性的な面をうまく出していて、全曲歌って欲しかったなぁ。一転ミニョンは、彼女の素 直な声の響きが活かされていて、純粋な少女の姿をロマンティックに歌っています。そしてラズリ!躍動感のある歌づくりも気分のいいものですが、それ以上に口跡、ことば捌きに唸らされます。

・マッフェオ・オルシーニ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
・ロメオ(V.ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ』)
・オルロフスキー公爵(J.シュトラウスII世『こうもり』)
リッツィ指揮/ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団/1995年録音
>上述した“Call me Mister”にいずれも収められています。企画からしてというところではありますが、一風変わった選曲がここでも楽しめますが、上記3役は彼女の藝風の広さを感じられるあたりではないかと。ベル・カントではロッシーニが中心のイメージがありますが、ドニゼッティやベッリーニを歌わせても流石の歌唱です。マッフェオでは乾杯の賑々しさ、ロメオでは少年らしい清々しい空気がいい。また、オルロフスキーでは中心レパートリーではないけれども独ものもいけるところを伺わせます。公爵の異様な雰囲気こそ控えめですが、歌の端正さは替えがたいものがあります。
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