Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第七十九夜/Metを支えた演技派~

米国歌手を紹介するシリーズを続けています。
今回はメトロポリタン歌劇場の檜舞台に400回以上出演したと言われる大物バスです。

Tozzi.jpg

ジョルジョ・トッツィ
(Giorgio Tozzi)
1923~2011
Bass
America

伊ものでの活躍が多かったからなのか、それともオペラと言えばやはり伊語と言うことなのか、伊風の読みで通しています。本名はジョージ・ジョン・トッツィ。姓からするとそもそも伊系の人なのかもしれないですね(調べがつきませんでした^^;)。
上述のとおりニューヨークはMetを根城にしながら、スカラ座やヴィーンなど国際的に活躍していました。伊風の藝名ながらレパートリーは伊ものに留まらず、モーツァルトやヴァーグナーをはじめとする独ものもかなり歌っていますし、伊語ながらマイヤベーア、そして英語ながらチャイコフスキーやムソルグスキーも。また、ミュージカル映画『南太平洋』の吹き替えをしたことでも知られています。ミュージカルでの成功を夢見たシエピではなく、同い年のトッツィが吹き替えたというあたり、何があったんだろうなあと勘繰ってしまうところもありますが(笑)、しかしオペラ歌手としての現在の評価を考えると、圧倒的にシエピの方が聴かれているでしょう。トッツィの録音自体はが少なくない筈なのですが(LPではアリア集も出ていた模様)、どうも分が悪い。本blogで意識的に取り上げるようにしている「忘れられた歌手」の1人に、どうやら彼もなってしまっているようです。

じゃあ彼はどうってことない歌手だったのかと言われると、それには首を縦には振れないなあというのが僕の意見です(だから特集している訳ですしおすしw)。先ほどは話の流れでシエピとの人気の差を述べましたが、本質的に彼とシエピではかなり大きく持ち味が異なる、もっと言うと意外と彼みたいなアプローチのバス歌手は少ないんじゃないかと言うような気がしています。

キーワードは、「演技派」です。

<ここがすごい!>
バスにもいろいろなタイプの人がいます。
低いながらも流麗なカンタービレで美しい旋律を歌う人、轟々たる重低音でアンサンブルや演目そのものを引き締める人、豪快な演技で客席を湧かせる人。西欧ものを中心レパートリーにする人たちはどちらかというとやはりその歌の美しさで特筆すべき人が多いように思っています(以下特に敢えて言及を重ねませんが、露ものはちょっと別世界です)。ギャウロフ然りクリストフ然り、それこそシエピ然り。ではトッツィはどうかというと、僕個人はやや違う印象を持っています。もちろん彼も抜群に歌は巧いし、独特の粗さが味わいになっている声の魅力もあります。しかし特にライヴ録音での彼の歌を聴くとそれ以上に感じるのは、むしろ芝居的なうまさです。ハインズはじめMetで20世紀に活躍したバスは全般に演技が入る傾向にあるように思うのですが、分けても彼は崩しの入れ方、例えば声色を変えたり声を荒げたり、それから間の取り方なんかは本当に絶妙だなあと。ことば捌きのうまさも忘れられません。母語の英語はもちろんですが(実は全曲では聴いたことがないのですが、断片で聴く限りミュージカルをやったら絶対に抜群にうまかっただろうと思います。『レ=ミゼラブル』のジャヴェール警部なんか録音していたらなあ)、伊語でも独語でも知的な節回しが効いています。こうしたところから派手ではないけれども真に迫った演技を聴かせ、等身大の人物像を拵えてきます。役柄の問題なのかこういう人バリトンには結構いて、ゴッビとかタッデイとかカペッキとか、近年の人ならヌッチなんかもそうだと思うのですが、意外と西欧ものメインのバスでこういううまさがある人は、あまり思いつきません。強いて言えばR.ライモンディでしょうが、彼もまた少し方向性が違う。その舞台人らしさが彼をユニークな歌手にしているようです。

そうした彼の特色を考えると、逆説的ではありますが現在それほどスタジオ音源が聴かれていない理由も何となくわかるような気がしたり。確実に歌はうまいし声もあるけれども、スタジオ録音での畏まった歌では楽しみ切れないのではないかと言うところなのです。むしろ彼の魅力は、芝居功者に間々あるところではありますが舞台でこそ発揮されるもので、だからこそのMetはじめ国際的な活躍だったのではないかと思うのです。そう考えて彼のベスト・パフォーマンスと言うべき歌唱を見てみると、やっぱりライヴ盤が多いのです。なのでもし、彼のスタジオ録音を聴いていまひとつぱっとした印象をお持ちでなければ、是非ライヴ盤をおススメします。特にフィエスコ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)、フィリッポ(同『ドン・カルロ』)での歌唱は秀逸です。

米人らしく幅広いレパートリーを持っていたこともまた、忘れてはならないところでしょう。特筆すべきはヴェルディでもヴァーグナーでも優れた歌唱を遺しているという点。上記のようにヴェルディで渋い演技の効いたドラマティックな歌唱を披露したかと思えば、実に人間臭いダーラント(R.ヴァーグナー『彷徨えるオランダ人』)を聴かせてみせたり、私自身は未見ながらハンス・ザックス(同『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)の映像も評価が高いです。

いまだったらたくさんの魅力的な映像を遺して呉れただろうなあと思うと、実に惜しいですね。

<ここは微妙かも(^^;>
レパートリーは広いですが、古いひとなので必ずしも原語で歌っていない録音も多いです。
露ものは知る限り全て英語で、これはやっぱり露語で歌って欲しかったなあ(物凄くわかりやすい英語で歌われるグレーミン公爵(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)もほっこりしますが笑)。
全体には流麗さではなく、藝で勝負するようなところのある人ですし崩しもあるので、歌そのものの美しさを楽しみたいと言う方からすると、もう一声かもしれません。

<オススメ録音♪>
・ヤーコポ・フィエスコ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゴッビ、ゲンジェル、G.ザンピエーリ、パネライ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>本blogで繰り返し登場してきたシモンの裏名盤です。音楽的なアバド盤に対して演劇的な本番と言う話をこれまでもしていた訳ですが、芝居が達者な彼がこの演奏で本領を発揮していると言うのは、そう考えると非常に納得いくところ。辛口の演技が印象に残ります。またギャウロフの歌唱が非常にスケールが大きくて、大河ドラマ的な人物像を打ち出しているのに対し、トッツィは歌唱そのものはもちろん堂々としたものですが、或意味でより親近感の湧く演唱です。偉大なフィエスコに対して等身大なフィエスコを打ち出していると言う意味で、この役を考える上では必聴の録音ではないかと思います。対するシモンがまた千両役者のゴッビ、しかもパオロが絶好調のパネライ、ガヴァッツェーニの峻嶮な音楽づくりがバチッと決まっており、劇的緊張度の高さではこの演目でも一頭地抜いていると言っていいでしょう。切れ味の良いゲンジェル、溌溂としたザンピエーリも見事です。

・西国王フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アドラー指揮/コレッリ、リザネク、デイリス、ヘルレア、ウーデ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1964年録音
>比較的珍しいメンバーでのこの演目の記録ではないかと思いますが、それぞれの個性が立っていて満足度の高い録音です。トッツィはいつもながらここでも渋みの効いた演技で、最高権力者にも拘わらず何一つ自分の思う通りに行かない孤独な王の苦り切った雰囲気をよく出しています。アリアは寂寞とした哀しみの想いとふつふつと湧きあがる怒りの感情との行き来を巧みに表現した名演ですし、ロドリーゴとの重唱では老獪さとともに人臭さをも感じさせる優れた歌唱。そのロドリーゴを演ずる羅国のヘルレアが、ドラマティックで大変素晴らしいので、この対決は聴き応え満点です。デイリスがまた高貴さと激しさとを兼ね備えた理想的なエボリ!コレッリとリザネクは濃過ぎると言う向きもありそうですが、充実しています(コレッリ落ち過ぎだけどねw)アドラーの前進する音楽も◎ウーデがいまいちなのが惜しい。

・ヴァルテル伯爵(G.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』)
クレヴァ指揮/モッフォ、ベルゴンツィ、マックニール、フラジェッロ、ヴァーレット共演/RCAイタリア・オペラ管弦楽団&合唱団/1964年録音
>「ライヴがいいよ」といいながらライヴではない演奏もいくつか紹介していきます。この役はアリアや重唱もあるオイシい役の割に意外と大物が歌わない役ではあるのですが、以前紹介したアリエやこの役を得意にしたジャイオッティ、それにこのトッツィぐらいの歌手が歌うとその真価を知ることができるように思います。悪役ではあるのですが根っからの悪人と言う訳ではなく、息子への愛情から悪事にも手を染めると言う伯爵の複雑な人物像は、彼のような演技達者にこそ描いて欲しいところですが、その期待を上回る好演です。嫌なヤツに変わりはないのですが、きちんと共感できる。これに対してヴルムのフラジェッロはきっちり憎たらしいヤツで役作り的なコントラストもしっかりついていて、この2人の重唱がgood!残るメンバーではベルゴンツィのロドルフォがスタイリッシュの極みと言うべきもので、この役最高の歌唱だと思います。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ラインスドルフ指揮/ヴァレッティ、メリル、ピータース、コレナ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1958年録音
>半世紀以上も前の録音とは思えない楽しいセビリャで、ヴァレッティが頑張って大アリアを復活させて呉れているのも嬉しい1枚です。ブッフォのキャラクターをやらせてみると、改めてトッツィの芝居の良さがよくわかるというところです。陰口のアリアは実に愉快そうに人を貶める歌を口ずさんでいるのですけれども、何処か愛嬌があって憎めない。悪魔的になり過ぎない匙加減には頭が下がります。録音で楽しめる名バジリオの1人と言っていいでしょう。

・ダーラント(R.ヴァーグナー『彷徨えるオランダ人』)
ベーム指揮/ロンドン、リザネク、コンヤ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>スタジオ録音もありますが僕が視聴したのはライヴ盤。これレビューなどではぼこぼこに叩かれていますが言うほど酷い音でもないし、ライヴらしいテンションの高さもあるし、悪くない演奏だと思います。トッツィはここでもやはり演技が秀逸で、ヴァーグナーの作ったキャラクターの中でも随一の俗物を、俗っぽさはそのままに、しかし戯画的に誇張した描き方にはなり過ぎないうまい具合でやっています。「あ、いるいるこういう欲深おじさん」って言う感じ笑。それがシリアスなロンドンといい具合に対照していて、且つどちらも声量がありますから重唱も満足度が高いです。リザネクも気合の入った歌いぶりですし、コンヤは知る限りベストだと思います。ベームの作る暗くて起伏のある音楽も嵐をよく表現した立派なもの。

・サン=ブリ伯爵(G.マイヤベーア『ユグノー教徒』)
ガヴァッツェーニ指揮/コレッリ、サザランド、シミオナート、ギャウロフ、コッソット、ガンツァロッリ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>オール・スター・キャストの伊語盤。やや伊的になり過ぎな気もしないではないですが、これだけ役者が揃ってこそのマイヤベーアだと言うことを感じさせて呉れます。役どころの重要さと登場回数の割に意外と纏まった歌のない伯爵ですが、そうであるからこそ演技派のトッツィがやることで存在感がいや増します。重厚で味のあることば捌きはここでも健在で、やはり単なる悪役ではなく人間味を感じさせる立体的な役作り。演目全体がぐっと面白くなっています^^

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
クレヴァ指揮/ファーレル、コレッリ、メリル、ラルキン、M.ダン共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1962年録音
>この演目の隠れ名盤。この役も歌う場面はさほど多くはありませんが、アリアもありますし、ヴェネツィアの最高権力者ですから堂々とした高慢な人物に感じられて欲しいところで、そのあたり流石にお見事です。ややつっぱなしたような歌いぶりがアルヴィーゼの矜恃の高さや冷たさをよく出しているように感じられます。自らや自らの家の名誉が前に立ち、愛情をあまり感じさせない、或意味で人間的ではないキャラクターでも彼はうまいなあと思う訳です。各共演もライヴらしいアツい歌唱で盛り上がりますが、特にラルキンのラウラが絶品!当時のMetの層の厚さが窺えます。

・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
エレーデ指揮/デル=モナコ、テバルディ、シミオナート、サヴァレーゼ共演/ジュネーヴ大劇場管弦楽団&フィレンツェ五月音楽祭合唱団/1959年録音
>ひょっとすると彼の録音で一番手に入りやすいものかもしれません。この演目は主役4人の比重が非常に高いため重要視されることは少ないですが、開幕第一声を担い、前提となるおぞましい物語を我々に伝えると言う意味でも非常に重要ですし、アンサンブル(特に3幕!)でも目立って欲しいところが多いポジションです。そういう意味で彼の起用はやはり嬉しいところ。冒頭から慕われる老将と言う感じがよく出た貫禄のいい歌いぶりで、昔話をしているところの雰囲気が実にいい。またアンサンブルでも大声量で自分の仕事をしっかりとしていますし、なによりカッコイイです^^伯爵を演ずるサヴァレーゼが非力なのもあってここではむしろトッツィの方が印象に残ります。その他では当たり役のシミオナートがやっぱり素晴らしいのと、適性なさそうなテバルディが健闘しています。デル=モナコは如何にも似合ってそうですが、私見では燃焼度が低くいまいち(尤も彼の場合、マンリーコは意外なぐらいどの録音もいまひとつなのですが)。

・ランフィス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
ショルティ指揮/L.プライス、ヴィッカーズ、ゴール、メリル、クラバッシ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>これも何度か登場しているちょっと毛色の違うアイーダ。ここでの彼も歌う場面は必ずしも多くないながら、脇から演奏全体を支えています。宗教的権威であるランフィスの如何にも高官らしいふてぶてしさや高圧的な感じを巧みな口跡で表現しています。悪役と言う訳ではないですけれども、憎々しさと腹黒さがこれだけしっかりと出せるのはこの役に於いてはプラスだと思います。クラバッシとの色の違いがわかりやすいのも◎

・グァルティエーロ・フュルスト(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
ロッシ指揮/タッデイ、フィリッペスキ、カルテリ、コレナ、クラバッシ、シュッティ、パーチェ共演/トリノ・イタリア放送交響楽団 &合唱団/1952年録音
>彼にとってはかなり若い時分の録音(なんと29歳!)で大先輩のタッデイと、このときには大御所であったフィリッペスキと共演しています。しかし2人の偉大な歌手とともに遜色のない貫禄ある歌いぶりで、この役の唯一の大きな出番と言っていい2幕の素晴らしい3重唱に華を添えています。こういう役で登場すると懐の深い人情派的な風情を醸し出して呉れます。バスではこういう役は少ないですが、もう少しこういう方面の歌も聴きたかったなあと思ったり。

・医者(S.バーバー『ヴァネッサ』)
ミトロプーロス指揮/スティーバー、エリアス、ゲッダ、マラウニク共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場管弦楽団/1958年録音
>現代ものもひとつだけ。まさに前述のような人情的な役柄を彼の母語である英語で楽しめると言うのも嬉しいところ。特に酒を飲んで楽しそうに歌う場面は、彼の演技功者が活きていてとても愉しいです^^全体には暗いこの演目に光を射していると言っていいのではないでしょうか。
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