Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十夜/凱旋行進曲~

このコーナーも年明け1発目でついに80回を数えることになりました!
(本当は去年のうちに書きたかったけど時間がなかった^^;)
切り番回と言うことで今回も楽器に耳を傾けてみましょう。前回の切り番までで基本的な木管楽器には触れましたので、続いては金管楽器、こちらも高音の方から順番に下りて行こうと思います。

と言う訳で今回の主役はトランペット!
泣く子も黙る有名楽器ですから説明はいらないですね、「THE 喇叭」でございます^^

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・序曲(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
トランペットと聞いて思い浮かぶのはやはりファンファーレのイメージでしょう。オペラは劇音楽ですから、その中でファンファーレが鳴り響く場面と言うと自然とトランペットの活躍する場面の系統が見えてきます。ひとつは軍隊や戦争に関わる場面、もうひとつ大きいのが祝典や儀式に関わる場面です。まずは軍隊に纏わる音楽を。
この曲は今更説明するまでもなく、数多あるオペラの序曲の中でも飛び抜けて有名で完成度の高い曲ですが、実はここでの音楽はオペラ本編では使われていません。なので場面の音楽と言う訳ではないのですが、この曲を構成する4つの大きな部分にはそれぞれ夜明け、嵐、牧歌、瑞西軍の行進とタイトルがつけられています。ご多分に漏れずあの有名なトランペットの旋律が登場する軽快で勢いのある音楽は瑞西軍の行進であります。興味深いのは先ほど述べたように、この作品の本編ではこの音楽が登場する場面がないというだけではなく、そもそも瑞西軍が行進していく場面もありません。そういう意味でこの瑞西軍の行進は、言ってみればこの作品の見えていない部分で登場している瑞西の人々の行進と捉えるとか、或いはこの作品の後日、支配に打ち勝った瑞西の姿と捉えるとかいろいろな解釈ができるように思います。

・凱旋大行進曲(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
軍隊に纏わるトランペットの曲、しかもオペラに登場するとなればこの曲を忘れることはできないでしょう。凱旋を祝う人々の合唱を受けて鳴り響く華やかで厳かな行進曲は、恐らくはオペラのトランペットの音楽の中でも最も有名なものでしょう。但しこの主題は単純な軍隊行進曲/軍歌といったような種類のものではなく、この場面がそうした意味合いが強いと言うことや音楽そのものから切迫した戦争よりは儀式的閲兵のニュアンスが感じられることなどから、この楽器がよく使われる場面のもうひとつの要素である祝典というキーワードも含んだものだと捉えた方がいいでしょう。それはこの旋律によって祝祭的な凱旋の場が幕を閉じると言うことや、全曲見渡して実はこの音楽はここの僅かな部分でしか使われていないということからも読みとれますし、ヴェルディがこの場面のために見栄えを重視した所謂アイーダ・トランペットのを要求したということも示唆的です。
トランペットが使われる豪華で壮麗な祝典の場面の音楽として、ヴェルディはこの前に『ドン・カルロ』の異端者火刑の場を作っています。『アイーダ』に較べると言及されることは少ないですが、こちらも立派な音楽です。祝賀ムードに闖入者と事件があり一気に緊張感が高まり、最後は不穏な空気を孕みながらも祝祭的な雰囲気を取り戻して幕引きという場面の展開も含めて、この2つの音楽は極めて近い関係にあると言えそうです。

・第1幕(R.ヴァーグナー『ローエングリン』)
祝祭的・儀式な場面でのトランペットと言えばこちらも印象的。貴族や国王の登場を告げる伝令と関係付けられているため、先ほどのアイーダよりも更に一段と軍隊色が抜けて公的で儀礼的な雰囲気が増しています(しかしこの伝令は美味しい役ですよね^^)。この演目が全体にそうした公に貴族や国民たちに王が何かを発言する場面が多いので(ここでは第1幕と書きましたが第3幕もそうですよね)、俄然トランペットが印象に残ります。ヴァーグナーはオケが主役と言ってもいいような演目が多いですから、この演目に限らずトランペットはじめ金管楽器がオイシいです。もっと纏まった有名どころとしては『タンホイザー』の大行進曲や『マイスタージンガー』の前奏曲などなど。いずれにしても強い金管が求められるところですね。

・プロローグ(A.ボーイト『メフィスト―フェレ』)
じゃあ軍隊と祝祭だけがトランペットの出番かと言うともちろん違います。オペラの話ではなくなりますが、バッハの宗教音楽などではトランペットは「神の声」を表すものとされるのだそうで、頻繁に神や天の象徴として登場します(多分終末のときに大天使ミカエルが喇叭を吹くと言う話からなんでしょうね)。オペラでは悪魔が登場する演目はたくさんあるものの、神や天使が出てくる演目はあまりありませんで、そういう意味ではこの手の用法は必ずしも多くないように思います。そういう意味ではこの演目は珍しいパターンと言えるかも。前回切番のファゴットはじめ木管楽器が悪魔の主題を担当しているのに対し、金管楽器群は神や天の主題を受け持っています。この有名なプロローグでは合唱と金管の天界の音楽と、バス独唱と木管による悪魔の音楽の対比が耳に心地いい。ボーイトがヴァグネリアンだった時期に作った作品ですから雄弁なオケの中で煌びやかに響くトランペットが特に耳に残ります。

・ライデンのジャンのアリア“天と天使の王”(G.マイヤベーア『預言者』)
神の主題と言う意味では、こちらも面白い例ではないかなと思います。ここで登場するのは神そのものではなく、神の言葉を受けた預言者(しかも偽預言者笑)です。が、彼に関係する部分では頻繁にトランペットが登場しています。このアリアでも後半の盛り上がりに華やかな彩りを添えています。ここでは預言者が軍隊を導いていくというニュアンスもありますが、やはりそこには或種の神性も関わった使用のように思えます。ここでの盛り上がりは、ヴェルディやヴァーグナーとは一線を画す、マイヤベーア独特のものです。19世紀仏国で一世を風靡した彼は現代では忘れ去られていますが、この曲に限らず『悪魔のロベール』(ここでも悪魔の主題で金管は活躍!)や『ユグノー教徒』も魅力的。『アフリカの女』ではヴァスコ・ダ・ガマのアリアでエキゾチックなファンファーレを聴かせています。

・カルタゴ女王ディドーのアリア“さらば誇れる国”(H.ベルリオーズ『トロイ人』)
また少し毛色の違う感じの登場がこちら。トランペットはディドーが自殺する場面で歌うこのアリアの最後のところ、この長大な作品全体の終結近くで印象的な旋律を奏でます。ここでもファンファーレはファンファーレなんですが、ここではちょっと毒がある。裏切ったアエネーアスを恨んで自殺するディドーの目に、アエネーアスがその後築くローマの繁栄が幻視される…そのローマの姿を現した音楽です。或意味華やかであれば華やかであるほど聴いている者に複雑な感情をいだかせる、禍々しさすら感じさせる音楽なのです。このあたりベルリオーズの天才ぶりがよく顕れた部分だと言っていいでしょう。

・ドゥルカマーラのアリア“おお、村のみなさま”(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)2015.1.15追記
一方で実にのどかな牧歌劇的な要素をトランペットが作りだしているのがこのアリア。いかさま薬売りドゥルカマーラの早口でまくしたてる口上に続いて登場する、耳に残る歌を先導するのがここでの役割ですが、ここでは実際に舞台上に喇叭吹き(或いは喇叭吹き役の人物)がいることを想定したような歌詞。実は匙加減が難しいと思うのは、ここのトランペットをあまりカッコ良く音楽的に美しくにやってしまうと、ドゥルカマーラのいかがわしさが出ない(笑)ちょっと寂れたような田舎くさい音で、ぶっきらぼうに、へたくそに(でもベル・カントですから外し過ぎず)吹いて欲しい。意外と要求の多い部分だと思います。

・エルネストのアリア“誰も知らない遠く”(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
最後にもうひとつ、これまでとはだいぶ違う印象のものを。ベル・カントものでは声楽とは別に楽器のソリストに印象的な歌が与えられているものがあり、これまでもいろいろ紹介してきた訳ですが、意外と金管にそうしたソロが与えられているケースは多くありません。これはその数少ない例外。失意のエルネストの鬱勃とした感情に物悲しいトランペットのソロがリンクしています。旋律の問題なのかトランペットと言う楽器の響きの問題なのか、ちょっとオペラと言うよりはジャズっぽい感じを受けるのが面白いところです。ドニゼッティの時代に当然そんな発想はなかった筈なのですが…笑。

こんなところで今回の切り番はおしまい。
また普段どおり歌手の紹介を続けて行きたいと思います^^
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