Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第十九夜/歌役者~

カラスの時代にということで、共演の多さから言ったらひょっとするとローランド・パネライを取り上げた方が良いのかもしれませんが、公私に亘ってカラスとつき合いが深かったと言えばやっぱりこのひとでしょう。

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ティート・ゴッビ
(Tito Gobbi)
1913~1984
Baritone
Italy

カラスと公私に亘って…と言いましたが、寡聞の私の知る限りは飽くまで良き友人であり、甘いロマンスはなかったようです(笑)
とは言えそういったことを抜きにして2人は非常に良い友人であったのは間違いないようで、カラスの生前並びに没後もさまざまな場面で彼女の人柄や芸術性を伝える様々なコメントを残しています。

他の歌手との関係で行けばバスのボリス・クリストフとは義兄弟。そのためか彼との共演も割と多いですね。しかしカラスにしろクリストフにしろ随分とあくの強い友人をたくさん持ったものです…ま、そもそもゴッビもあくは強そうですがwww

と、他の歌手たちと関係した話をここまでつらつら書いていきましたが、ゴッビは別にわざわざそんな話なんて出さなくても良いぐらいの芸術家、と言うより――単純比較はできませんけど――私個人で言えばカラスなんかよりもよっぽど好きな歌手です(笑)カラスがほにゃほにゃを歌っているからこの録音を仕入れようと思うことは僕はほぼありませんが、ゴッビが歌っているならこの録音を聴いてみようというのならいくらでもあります。

<ここがすごい!>
しかし、しかしながらここまでこのシリーズで扱ってきた他の歌手と異なるのはゴッビは決して美声ではないと言うことです。例えば前のバリトン編でご紹介したエットレ・バスティアニーニなどは、私の文章表現力などを遥かに凌駕した大変な美声で、一声聴いただけで不世出のものを持っていることがわかるというような素晴らしい声を持っていました。それに対して今回ご紹介するゴッビは単純に声だけを聴くのであれば聴き劣りすること甚だしいと思う方も多いかもしれない。

けれど、けれどです。ゴッビにはその声の面での弱さを補って余りある卓越した表現力があるのです。オペラで説得力のある演技を最大の魅力とする歌手たちのことを「歌役者」などと言うことがありますが、ゴッビはまさにそれです。いや、場合によっては録音で聴けるバリトンでは今なお最高の歌役者かもしれません。映像なしで音声だけで聴いていても彼の表現力の凄さは実感することができます。特にライヴの録音などを聴くと思わず釣り込まれてしまう。

特に有名なのはG.プッチーニ『トスカ』のスカルピア男爵、同『ジャンニ・スキッキ』題名役、G.F.F.ヴェルディ『オテロ』のイァーゴ、同『シモン・ボッカネグラ』の題名役、同『リゴレット』題名役、同『ファルスタッフ』題名役など。悪役でも道化役でも人間的に大きな翳を抱えた役でも、演技力を要される役になればなるほど彼の演唱には磨きがかかるように思えます。

古い時代の日本のオペラファンにとっては東京で行われた『オテロ』での、マリオ・デル=モナコのこちらも火を噴きそうなオテロと共演したイァーゴのイメージが強いでしょう。これはボロボロですが映像が残っており、何度見ても強烈な印象を受けます。

また『トスカ』のスカルピア男爵は最高の当たり役とされ、「ゴッビのスカルピアか、スカルピアのゴッビか」とまで言われたそうです。スカルピア男爵についてはこんな逸話があります。或る時共演者にも恵まれた非常な名演を終えた後、父親と夕食を食べに行ったそうです。彼としても渾身の舞台だったようで、レストランについてもまだ役が抜けきらず、指を鳴らして給仕係を呼ぶなんていう高慢甚だしい行為にごく自然に及んでしまいます。蒼くなった父親は彼に言ったそうです「ティート、正気に戻って呉れ」

彼自身は『シモン・ボッカネグラ』を殊更愛していたそうで「この役が歌えるのなら、その仕事を最優先にして世界のどこにでも行く」と言っていたとか。一般的にこの作品が正当な評価を得ていったのはそれよりずっと後のことですから名優の炯眼畏るべし、と言ったところでしょうか。

<ここは微妙かも(^^;>
やっぱり美声ではないので朗々たるベルベットのような声で歌って欲しい、と言うような役になってしまうとどうしてもバスティアニーニなどと較べてもうひとつな印象になってしまう部分があります。本人もそのあたりは良くわかっていたのか、これほどの大歌手なのに例えばG.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』のルーナ伯爵のアリアは音源としては残っていないようです(実際は多少歌ったかもしれませんが)。そしてこの役では、以前も書きましたがバスティアニーニが最高の歌唱を残しています。

またときにやや恣意的な性格表現に走り過ぎている、と言われるような役があるのも事実です(寡聞のため未聴ですがW.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』題名役など)。

<オススメ録音♪>
・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)
デ=サバタ指揮/カラス、ディ=ステファノ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1953年録音
>カラスの回でも登場しましたが、これは名盤中の名盤。この役にはアリアはないけれどこれぐらい存在感を示して呉れないと、このオペラ全然面白くないんです(^^;っていうか2幕で死んじゃうけどこの役が主役だと言っても過言ではないし)。それを彼ほどのキャラクターで打って出てくれれば、もう文句なんて出ようはずもありません(笑)「ゴッビのスカルピアか、スカルピアのゴッビか」と言われた彼の演唱、是非楽しんでほしいところです。

・イァーゴ(G.F.F.ヴェルディ『オテロ』)
エレーデ指揮/デル=モナコ、トゥッチ共演/N響&合唱団/1959年録音
>超名盤。残ったという事実が奇蹟と言って良いかもしれない、伝説の東京公演のもの。デル=モナコの狂わんばかりのオテロもさることながら、オテロをだんだんと嫉妬の虜にしていくゴッビのイァーゴがやはり素晴らしい!何と言う醜さ、厭らしさ!復讐を誓う重唱も禍々しい感じがばっちり出ていてばっちりだと思うし、信条の圧倒的な迫力!声量もある方ではないけれども、それらが二次的な問題に思えてくる卓越した演技力。

・シモン・ボッカネグラ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
ガヴァッツェーニ指揮/トッツィ、ゲンジェル、G.ザンピエーリ、パネライ共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>名盤中の名盤と言われるクラウディオ・アバド指揮ピエロ・カプッチッリ、ニコライ・ギャウロフ他の音源とはまた違ったこの作品の魅力を引き出しています。裏名盤とでもいうべき代物。ゴッビの圧倒的な迫力はここでも活きていて、演説の場面などは痺れる。一方で、父親としての側面も巧く表現しており、ゲンジェルとの重唱は美しい。演技派のトッツィ、そしてパネライとの丁々発止のやり取りには息を飲みます。アバド盤で満足してる人は、是非この録音も聴いてみて欲しい!

・リゴレット(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
セラフィン指揮/デ=ステファノ、カラス、ザッカリア、ラッザーニ、クラバッシ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1955年録音
>シモンやリゴレットのような複雑な役でこそゴッビが最大限に活きるということがこの音源を聴くとよくわかる気がします。醜悪で嫌われ者の道化としての側面と娘への愛情だけ生きがいの父親としての側面、双方がこのようにきちんと描けるひとじゃないとこの役は務まらない。その演技の秀逸さと言ったら!我々は耳で聴くだけでリゴレットの魅力が浮彫になってくる気もします。ドラマ性は認めるものの、カラスはちょっと柄が大きい。ディ=ステファノは…どうも個人的にはいまいちな感じがしてしまっています。

・ナブッコ(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
ガルデッリ指揮/スリオティス、カーヴァ、プレヴェーディ共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1965年録音
>こういうドラマティックで力強いバリトンが似合わないはずはありません。しかもこの役には狂乱の場面まである訳ですから、ゴッビのためにあると言ってもいい役でしょう(笑)傲岸不遜な暴君、狂乱、そして我に返った祈りのアリアと勇壮なカバレッタ…とまさに演じ分けの妙を楽しめる音盤です。スリオティスの豪快なアビガイッレ、力強く民衆を引っ張るザッカリアを演じるカーヴァ、脇ながらもヒロイックな魅力で聴かせるプレヴェーディと共演も魅力的。名盤。

・アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
セラフィン指揮/カラス、ディ=ステファノ、アリエ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1953年録音
>ベル・カントの作品なので基本的に悪声のゴッビが歌うというのは、ちょっと意外な感じがしますが悪役エンリーコには、彼のような性格的なアプローチもありだろうと^^ルチアに結婚を強いる場面は、カラスと2人でかなりドラマティックな雰囲気を作っています。美声ながらあまり録音のないアリエ、そこそこのディ=ステファノ、セラフィンの流石の音楽作りも相俟って聴きどころの多い名盤です。

・ジョルジョ・ジェルモン(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)(2013.1.11追記)
セラフィン指揮/ステッラ、ディ=ステファノ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1955年録音
>ゴッビの声芝居の巧さに唸らされる1枚。どちらかというと憎々しい悪役などで力を発揮したイメージのある彼ですが、ここではそんなイメージが彼の藝の一面を照らしているのに過ぎないことを思い知らされます。ソット・ヴォーチェで優しく諭す表現の巧みなこと。特に朗々と歌われない“プロヴァンスの海と陸”は一聴の価値があると思います。ディ=ステファノ流石にいいころの録音と言う感じ。ステッラを貶す(特に契約の関係でカラスにならなかったことを惜しむ人たちの間で顕著なのかもしれません)向きが結構強いように思うのですが、これはこれで立派なヴィオレッタだと思います。

・マクベス(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)2014.11.17追記
モリナーリ=プラデッリ指揮/シャード、ロビンソン、タープ共演/コヴェント・ガーデン歌劇場管弦楽団&合唱団/1960年録音
>存在しないと思っていた音源が手に入ることほど嬉しいことはありません。これを入手してまさに欣喜雀躍、聴き進めてその藝の深さに唸らされた次第です。伊国を代表する性格派バリトンとして、望み得る最高のマクベスを演じていると思います。登場第一声から堂々たる存在感で、曲者らしい人物造形。鬼気迫る独白はこの作品のモダンさを非常に強く印象付けますし、酒宴の場及び魔女の場での狂乱の見事さ!これらの部分は音の悪さを補ってこの役柄のベストとしても過言ではないでしょう。惜しむらくは何故か終幕のアリアがカットでマクベスの死もないこと、そして夫人のシャードがかなりおちることですが、男声陣は実力の高さを感じさせますし、是非聴いて欲しい音盤です!

・デ=シリュウ(U.ジョルダーノ『フェドーラ』)2015.7.3追記
ガルデッリ指揮/オリヴェロ、デル=モナコ、カッペルリーノ、マイオニカ、デ=パルマ共演/モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>あまり演奏されることのない作品ですが、こうして人が揃うとコンパクトながらかなり楽しめることがよくわかります^^何と言っても録音の少ないドラマティック・ソプラノのオリヴェロが体当たりのパワフルさと、神経の行き届いた繊細さを兼ね備えた素晴らしい主役ぶり。そして相手役のデル=モナコも強烈なパワーでぐいぐいと聴かせる熱狂的な歌。作品的にもこの2人の印象が強くなる訳ですが、ここでは決して大きい役ではないながらもゴッビが実にいい味をだし、忘れがたい存在感を発揮しています。彼が演ずるのは仏人の外交官で社交界の事情通。全曲何処にでも現れるし、様々な情報も掴んでいるという非常に喰えないキャラクターを作り上げています。終幕のフェドーラに決定的な情報を渡すのが彼なのも実に納得がいくところ。台本にいささか無理のある本作を、立体的にしているのは彼の好演によるところが大きいと思います。
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