Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十一夜/北の国の豪快なメゾ~

準備していた人がいたんですが、訃報が舞い込んできたので急遽予定変更、追悼記事です。

Obraztsova.jpg

イェレーナ・オブラスツォヴァ
(Elena Obraztsova, Елена Васильевна Образцова)
1939~2015
Mezzo Soprano
Russia

露国出身のメゾと言えば以前登場したアルヒーポヴァが思い出されますが、彼女がいい意味でローカルに活動していたのに対し、国際的な活躍をしていた印象の強い歌手です。遺している録音も、もちろんお国ものを母語で歌っているものもありますが、むしろ伊語による伊ものの方が一般的だと思います。そういう側面からすると、20世紀後半の露国に纏わる政情から考えれば、草分け的な存在と言ってもいいかもしれません。

かと言ってオブラスツォヴァが、あたかもネイティヴの伊人のような声だったかと言うと、そんなことはありません。伊語や仏語は達者ですが、その野性味と気迫のある歌声はまさにスラヴのそれと言うべきもので、その声で西欧の諸役を西欧流儀に歌ったことが新鮮でもあり、彼女の魅力にも繋がっているのではないかと思います。一方でその舞台姿は、力強く逞しい歌声からすると意外なぐらいのたおやめぶりで、可憐ですらあります。そりゃあこの容姿でこれだけ歌えたら人気出るわと思うくらい、画になるひとです。

ほんの数年前まで来日して元気な姿を見せていたように思っていたのですが、ここ1年2年は体調を崩して独国で療養していたそうで、彼の地で客死。享年75。女性としては早い死で残念です。合掌。

なお、今回改めて自分の手持ちの彼女の録音を調べてみたら、予想外に少なくてびっくり!なるべく聴き直したり拾い集めたりしましたが、結構追記もあるかも。まあいつものことですがやっぱり沢山追記しました^^;

<ここがすごい!>
20世紀後半を代表するメゾではありますが、毀誉褒貶相半ばする感があるのは、彼女の声と歌唱スタイルによるところがあるのかなと思います。これが好きか嫌いかで印象がガラッと変わってしまう。そういう意味ではこれまでにご紹介したところで言えばコレッリとかクリストフ、まだ取り上げていないところで言うと例えばボニゾッリなんかに通ずるところがありそうな気がします。パワフルな声を豪快に使った馬力のある歌、という一言に尽きるように思います。

伊ものや仏ものでの活躍が目立つけれども、そのどちらでも範とされるような美声ではありません。くすみと角がある響きで、やはり先輩アルヒーポヴァの流れを汲むスラヴ的な声と言う印象です。癖の強さは彼女を上回るかもしれない。しかしながらその強力なパワーは特筆に値します。一方で独墺系の歌手のような或種の生硬さはこの人は少なく、意外と器用に柔軟に声を使うこともできる面もあるように思います。露ものにしばしばあるようなやわらかで切なく、哀愁に満ちた歌などを歌って来ているからかもしれません。この力強い声と柔軟な技術で以て、彼女は力感溢れるタッチで自分の仕事をしていきます。これらがうまく役柄や音楽に合致したときのオブラスツォヴァの歌のインパクト、満足感は卓越しており、彼女が支持されていることに得心が行きます。

こうした持ち味を考えると、オブラスツォヴァが活きるのはやはりどこかちょっと常軌を逸した感じと言いますか、異常なところがある役が多いように思います。そこに等身大な人間の姿を描くと言うよりは、或意味で異常なものを思いっきり以上に描いてしまうと言いますか。メゾの役柄自体がそもそもソプラノに較べると、そうしたひと癖ふた癖ある役回りが当てられていることも彼女にとっては好都合だったと言えるのかもしれません。

<ここは微妙かも(^^;>
なんといいますか、ここまで彼女の両刃の剣っぷりをさんざっぱら語ってきているので、改めてここでのコーナーを設けることそのものに今更感が満載されているような気もするのですがwアクの強い声質にまず違和感を感じてしまう向きには、勘弁して欲しいひとなのかもしれませんね^^;またその歌いぶりにも豪快な良さを感じる人もいる一方、精妙な歌を個の方からすると大味な印象を受ける一面もあるでしょう。
「うまく合致すれば」と上述しましたが、逆に言うと合致しないと、合いそうな役でももう一つふたつ…となってしまう面も否めないです。惜しいなあと思う録音もありますわね…

<オススメ録音♪>
・エボリ公女(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アバド指揮/ギャウロフ、カレーラス、フレーニ、カプッチッリ、ネステレンコ、ローニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
アバド指揮/ネステレンコ、ドミンゴ、M.プライス、ブルゾン、ローニ、フォイアーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
>どちらも素晴らしい名演です。アバドの『ドン・カルロ』はスタジオ録音こそいまひとつですが、このライヴはとりわけ素晴らしい!フォン=カラヤンの横槍のせいで上のキャストでの映像が残らなかったことこそ痛恨のことではあるものの、同時期にこれだけ違う個性のキャストが同じ指揮者、同じプロダクションで録音を遺したと言うことにはものすごく価値があるように思います。さてこの両録音で唯一どちらでも同じ役で登場している我らがオブラスツォヴァですが、どちらでも大変な熱唱。全盛期の声による充実感のある歌唱はまったくあっぱれです。ヴェールの歌での細かい転がしや美貌のアリアの最後など探せば瑕疵もあり、例えばコッソットなどであればより精妙で美しい歌を聴かせるところなのでしょうが、オブラスツォヴァのパワフルなエボリにはまた違った魅力があります。この役の戀する乙女的な側面よりも、野心家としての側面が強く顕れてた演唱と言うこともできるかと。彼女自身のみを取り上げた出来で言えば、個人的には後者が好ましいように思いますが、共演陣とのバランスと言う意味では前者の録音が極め付け。

・ブイヨン公妃(F.チレア『アドリアーナ・ルクヴルール』)
レヴァイン指揮/スコット、ドミンゴ、ミルンズ共演/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977年録音
>実はこの演目は僕の趣味からは大きく外れる曲であまり聴くこともないのですが、この公妃のアリアだけは別格に好きで、いくつかの録音を持っています。その中でもここでのオブラスツォヴァの歌唱はドラマティックさや、公妃のドロドロとした野心に溢れた人物の描き方といった部分で言うととりわけ見事なものであると思います。分厚いオケを飛び越える強靭な歌声と体当たりな歌唱が、この悪役をしっかりと印象づけること請け合い。個人的にはこの歌が聴けるだけで満足してしまいます^^;もちろんこの共演陣ですから、演奏はしっかりしていると思うのですが。

・ウルリカ(G.F.F.ヴェルディ『仮面舞踏会』)
アバド指揮/ドミンゴ、リッチャレッリ、ブルゾン、グルベロヴァー、フォイアーニ、R.ライモンディ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1979-1980年録音
>僕は、彼女の歌うヴェルディのベストはこの役ではないかと思っています。何と言ってもその圧倒的な凄みのある太い声!登場する場面こそ少ないものの、不吉な予言をする魔法使いの女と言う意味で物語上重要な役割を果たす人物に魂を吹き込んでいます。特に低音域でのドスの入りようは尋常一様なものではなく、彼女の真骨頂を知ることができる録音でしょう。アバドは活き活きとした指揮、ドミンゴの表現力も目覚ましいものがあります。ブルゾンの生真面目さがまたこの堅物レナートにはピッタリ来ますし、品格ある歌唱が堪りません。

・マッダレーナ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ジュリーニ指揮/カプッチッリ、ドミンゴ、コトルバシュ、ギャウロフ、モル、シュヴァルツ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1979年録音
>ジュリーニのおっとりした指揮とかドミンゴのキャラ違いとか文句もなくはないですが、脇役にまで強力なキャストを据えた名盤。有名な重唱に参加する割に、実は殆ど出番のないマッダレーナですが、彼女のアクのある歌唱で一段と登場人物としてのエッジが効いてきています。色気はそれほどないですが、一方で危ない女といった風情はよく出ていると言えるでしょう。スパラフチレがギャウロフなのでここでの殺し屋兄妹はかなりインパクトが強く、特に歌が埋もれてしまうことも多い嵐の音楽の場面は、バンバン声が飛んできて充足感があります。

・フェネーナ(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
ムーティ指揮/マヌグエッラ、スコット、ギャウロフ、ルケッティ共演/ロンドン・フィル&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977-1978年録音
>不滅の名盤。ムーティの前進する音楽の奔流に名歌手たちのアツい歌声が乗った素晴らしい演奏です。ここでオブラスツォヴァが歌うのはナブッコが溺愛する下の娘フェネーナ。ここでもそう出番の多くない役柄ながら、しっかりとした仕事で埋没することなく聴かせます。この役にしてはややキツ過ぎるなあと思わなくもないのですが、一方でスコット演じるアビガイッレが超強烈な歌なので、このぐらい対立軸のフェネーナにもアクがあった方が両者のバランスが取れるような気もしています。

・コンチャコヴナ(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
エルムレル指揮/ペトロフ、トゥガリノヴァ、アトラントフ、エイゼン、ヴェデルニコフ、共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年録音
>こちらも不滅の名盤。お恥ずかしながら実は彼女のお国ものはこれしか全曲で聴けていないのですが、こちらの方面だけでも充分に記憶に残る歌手になっただろうなあと思わせる貫禄の歌唱です。彼女の強い声は、やはりこうした土俗的な歌の与えられた役では万人の納得する演唱となるということを示していると言えるでしょう。西欧ものではあまり感じられなかった色気が、半音の微妙な動きの旋律から浮き立ってくるように感じられます。ここで共演しているボリショイの面々は、全員各々の役どころにピタッとハマったしかも強い個性を持った声なので、音だけ聴いていてもこのオペラの中に流れている骨太で叙事詩的なドラマを楽しむことができます。また、素晴らしいのはエルムレルの指揮!露的熱狂かくあるべし!この録音の“韃靼人の踊り”を聴くともう元には戻れない感じがしますw

・マリーナ・ムニシェク(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)2015.3.25追記
エルムレル指揮/ネステレンコ、バビーキン、アトラントフ、リソフスキー、マズロク、マスレンニコフ、エイゼン、ヴォロシロ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1985年録音
>エルムレルらしい露風のパワフルなタクトが、ソヴィエト時代の名手と劇場を牽引する佳演です。ここでの彼女は、何よりもその凄まじいまでのパワーが印象に残ります。正にこの頃がピークだったんだろうなあと言う圧巻の歌声で、音圧がスゴいw権謀術策の女と言うのを通り越して魔女みたいではあるし、アトラントフとも全然ロマンチックな感じじゃないのですが(笑)、この強烈な響きには一聴の価値があります。そのアトラントフもまた野太くて力感溢れるテノールで、この2人の対決は聴き応えは充分です(繰り返しますがロマンチックではないw)彼女との絡みで言うと、恰もラスプーチンを思わせるマズロクの怪しげなランゴーニも◎その他平均点は高いですが、エイゼンの貫禄もののヴァルラームがとりわけ見事。

・マルファ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)2015.5.27追記
エルムレル指揮/エイゼン、ネステレンコ、ライコフ、シェルバコフ、Ю.グリゴリイェフ、アルヒーポフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1988年録音
>リムスキー=コルサコフ版の演奏ではありますが、ソヴェト時代の実力者を揃えたレヴェルの高い代物。エルムレルの白熱した指揮の下、泥臭さと哀愁の感じられる音楽が繰り広げられています。オブラスツォヴァのマルファですが、ここではマリーナ以上のド迫力歌唱で、この人の本気を見た気がします。この役ですらやや強すぎる印象があるのにこのノリで西欧ものをやったらそら嫌がる人いるわ、なんて(笑)予言の歌でこれほど何かが降りてきた歌唱をしている人もそうはおりますまい。しかし、一方でベストは戀の歌でしょう。そのアクの強い声が民謡的な主題と相俟って言い知れぬ哀感とエキゾティシズムが漂っています。同じくメガトン級の声を披露しているネステレンコとのからみもぐいぐい引き込まれるし、知名度では落ちるもののこの2人に挟まれても一歩も引かないシェルバコフも見事なもの。しかし、ここでのベストはエイゼンでしょう。録音史上最高の父ホヴァンスキーと言っても過言ではないと思います。

・アフロシーモヴァ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.7.17追記
ゲルギエフ指揮/フヴォロストフスキー、ネトレプコ、グレゴリヤン、バラショフ、リヴィングッド、レイミー、ゲレロ、オグノヴィエンコ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音
>ゲルギエフが無敵艦隊でMETに乗りこんだ『戦争と平和』の録音。レイミーなどMETの重鎮も加えながらスケールの大きな大河ドラマの世界を築き上げています(尤も、レイミーは寄る年波には勝てず派手にワーブルしていますが…)。この頃売り出しにかかっていた比較的若い実力派を揃えた印象がある中で、出番は少ないながらも迫力ある歌唱で脇をびしっと引き締めていたのが我らがオブラスツォヴァ!流石にピーク時の声のうまみやゆとりはないものの、声量や馬力は相変わらずで貫禄の歌いぶり。強き露国の母と言う感じで、これにゃあ逆らえないなと(笑)絡むナターシャがネトレプコですから何とか対抗できているんだろうなあ、それでも若いころだから押されてますがw役柄の多い大作の中で普段はあまり気にかけない役どころなのですが、ここでは主役陣ともども強い印象に残ります。共演では特に3人の主役、フヴォロストフスキー、ネトレプコ、そしてグレゴリヤンはこれ以上は考えられない当たり役っぷりなので、この演目がお好きな方にはおすすめできますよ^^

・カルメン(G.ビゼー『カルメン』)
C.クライバー指揮/ドミンゴ、マズロク、ブキャナン、リドル、ツェドニク共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団&ヴィーン少年合唱団/1978年録音
>最後はこちらの非常に有名な映像ですが、お恥ずかしながら全曲観られておりません…どころかほとんどオブラスツォヴァが出てくる場面しか観ていないです^^;その範囲でクライバーの指揮は熱気に溢れたもの。そして我らがオブラスツォヴァの描くカルメンは、彼女の他の西欧もの同様色気的な部分からいけば必ずしもベストではないでしょうが、こういう方向性での役作りもありだよなと思わせる、芯の通ったもの。声だけからこの役の異形っぷりを感じとることができると言うのは大きいです。それ以上に映像で観てみると彼女が意外なぐらい美人だし、所作もかわいらしいんでビックリしますw妖艶とは言いませんが、この舞台姿ならば確かに声だけよりも多くの人に受け入れられたことを納得したり。ドミンゴのジョゼはいつもややドラマティック過ぎる気がしているのですが相手役がオブラスツォヴァですから聴く限りうまくバランスが取れている感じ。世評の良くないマズロクのエスカミーリョですが、これは彼が本領を発揮する役ではないのでちょっと可哀そうです。
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