Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十二夜/皇帝の威容~

準備していた人がいると言ってたんですが、もう少し聴かないとあれなんで暫く保留^^;
前回オブラスツォヴァで折角露国めいたので、大好きなんですがこれまで実はあんまり特集したことのない露勢をご紹介していこうかと!

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Ivan IV

アレクサンドル・ピロゴフ
(Alexander Pirogov, Александр Степанович Пирогов)
1899~1964
Bass
Russia

いやあ19世紀生まれが出てきちゃいましたよ久々に(笑)この特集では録音で聴ける人を中心にお話ししているので流石に滅多に出てきませんね、シャリャピン以来69回ぶり!意外と長くこのシリーズも保ってるなあと我ながら感心したりします^^;

露国の偉大なボリス歌いの系譜の中でそのシャリャピンのあと少し空いて、貫禄ある名歌手レイゼンとほぼ同世代の演技派のバスとして、その名を轟かせているのがこのピロゴフです。続く世代には、また少し空いてペトロフ、ヴェデルニコフ(現在活躍している指揮者の同名の父親)、エイゼン、更に空いてネステレンコが登場してくるといったところでしょうか。

今では知られているのはほぼ彼だけと言ってもいいと思いますが、兄弟5人のうち4人がバス歌手になっています。今だったらクロフト兄弟やアブドラザコフ兄弟のように兄弟それぞれそれなりに録音でも楽しむことができるのでしょうが、やはりみなさん19世紀生まれだとアレクサンドル以外は殆ど録音がないようです。長兄のグレゴリーはアレクサンドルとセットのアリア集が出ているので、比較的聴きやすいのかな…聴いたことないけどw一方で、もちろん時代的なものはあるにせよ、今日こうしてアレクサンドルのみが知られているのは、その力量から言って彼がやはり傑出していたからなのかな、とも思う訳ですが。まあ彼みたいな歌手が何人も同じ家から出たらそれはそれでとんでもない話ですが(笑)

そう、ギリギリとは言えやはり19世紀生まれの人にこれだけ全曲録音があり、そのそれぞれで忘れ難い歌唱をしているなんていうのは、或意味で殆ど奇跡に近いと言いますか、外面的ではありますが彼の傑出性をよく示している事実だと思うのです。彼の歌での、声の演技での卓越ぶりは、今でも充分に通用すると言っていいでしょう。特に彼が本領を発揮すると言っていいお国ものの珍しい作品で、彼が多くの録音を遺して呉れているのは、露ものを愛する者にとって非常にありがたい。人類の財産と言ってもいいようにすら思います。

<ここがすごい!>
個人的な意見ですが、露もののバスは西欧もののバスと難しさと言いますか持ち味が大きく異なっているような気がします。よく言われることではありますが、何と言ってもまずバスが主役(題名役だったり実質上の主役だったりする)演目が多い。しかもそれらがいずれもかなりの芝居を問われる役どころでもあります。もっと言えば、西欧ものだと音楽的要素がメインなものが多いのに対して、露ものでは芝居(敢えて演技ではなく芝居と言いたい)の比重が大きい。そこには演目そのものの要素とともにそうした藝風を培ってきた歌手たちの影響力を忘れることはできず、先述したシャリャピンやレイゼン、そしてピロゴフの果たした役割は計り知れないものがあると思う訳です。
そういう頭で考えるとやはりシャリャピン風の大芝居を期待して、ピロゴフの音源を聴きたくなる。豪快でパワフルで強烈なアクの強い、今の歌のスタイルから考えると怪獣のような歌を聴いてしまう訳です(大体がアレクサンドル・ステパノヴィッチ・ピロゴフという名前からして怪獣っぽいww)。ところが、そのつもりで聴き始めると、少なくとも現在聴くことのできるスタジオ録音の範囲では、意外なぐらい抑制された芝居を聴かせるピロゴフがいます。むしろ荒々しく唸り楽譜から大きく逸脱することも厭わないと言うところで行くと、チャンガロヴィッチの芝居の方がシャリャピンに近い(そういえばミロスラフ・チャンガロヴィッチもだいぶ怪獣系のお名前w)
じゃあピロゴフが歌の美麗さや優雅さに重きを置くタイプの人かと言うと、やっぱり彼の持ち味もその濃い芝居でしょう。ただそれがなんとなくステレオタイプにイメージしてしまうシャリャピン的な派手な方面ではなく、もっと何と言いますか歌の中で沸々と煮えているような感じ。抑えた芝居の中からも骨太で大胆で味わいのある人間造形が見えてくる、そんな歌唱ができる人じゃないかと思うのです。逆に言えば実は彼の歌そのものには、所謂演技派の人たちが見せるような崩しはさほど感じません。けれども、そこにしっかりと人物像を乗せてくる、感じさせてきます。そういう意味では、彼は真の意味で芝居が達者な人だったのでしょう(尤も、ここまで書いてきて難ですがひょっとすると彼のライヴはもっと派手な芝居をしていたのかもしれませんけどね)。

彼の魅力はまた、そのスラヴ的な声の響きにもあります。同じスラヴの美声と言っても、ペトロフのように透徹した端正でまっすぐな響きが見事なタイプではありません。どちらかと言えばクリストフに感じるような、ややくぐもってヴィブラートの目立つ、ごつごつした重厚な声。そしてこの重みのある声が、露ものの一つの潮流である大河ドラマ、ずっしりとした歴史劇の中の人物にピタリとはまるのです。また一方で、上述のとおり演技力のある彼の手にかかれば、その個性的な声をうまく使ってコミカルな人物を演じられただろうことは、アリア集での歌唱から伺えます。全曲盤こそないようですが、リムスキー=コルサコフなどが書いたお伽話オペラの上演でも活躍したのでしょう。更に言えば音域の広さが、藝の幅をより広くしています。そのドスの効いた低音の印象が強いですが、本来バリトンの役であるシャクロヴィートゥイ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)でも大変な名唱を遺しています。

全体に芝居にしても歌にしても声そのものにしても、味付け自体は濃いと言っていいと思います。ただその濃さは、第一印象が凄まじく強烈と言うより、どちらかと言えばじわじわと効いてくると言う種類のものです。聴けば聴くほど味わいが増す。そんな歌手です。

<ここは微妙かも(^^;>
僕は好きなんですがそのくぐもった声があまり好みではないと思う人はいるのかもしれません。発声が古臭い、とかいうご意見もあろうかと思います。が、19世紀生まれの人ですからね、それは何ぼ何でも批判の方向がずれてるよと言いたくなる^^;
あとこれは古いひとを紹介する時の定番になっていますが、何歌っても露語です!笑
その手のことに違和感を覚える人はご注意を。

<オススメ録音♪>
・ボリス・ゴドゥノフ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
ゴロヴァノフ指揮/ミハイロフ、コズロフスキー、ネレップ、ハナーイェフ、マクサコヴァ、ルベンツォフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1948年録音
>露国の演技達者なバスと言うことになれば、やはりまずはこの役でしょう。同じ露国の生んだ鬼才ゴロヴァノフの指揮の下、威風堂々たる悲劇の皇帝を演じています。粘りと重量感のある声の響き、抑制は効いているけれどもしっかりと人物像とその心情が伝わってくる芝居の良さといった彼の魅力が最も引き出されていると言えるでしょう。特に有名な独白は、歌と芝居のバランスから来る充実感から、個人的には録音史上最高の出来ではないかと思います。荘厳で端整ながらその中に秘めている魂は非常に熱く力強い。共演もピーメンを得意としたミハイロフのいい意味で田舎くさい歌唱に加え、露国を代表する3人の個性派テノールがそれぞれの持ち味の活きる役を演じているのも嬉しいところ。しみじみと露ものの泥臭さや渋みを堪能することのできる音源です。

・イヴァン雷帝(Н.А.リムスキー=コルサコフ『プスコフの娘』)
サハロフ指揮/シュミロヴァ、ネレップ、シェゴリコフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1947年録音
>演奏されることの少ない作品ですが、リムスキー=コルサコフ自身が拘りを持って繰り返し手を入れた作品だけあって彼のオペラの中でも充実した内容です。彼はイヴァン雷帝に特別な愛着を持っていたようで、彼のモチーフが終始登場します。また、このモチーフは『ヴェラ・シェローガ』(ちなみにこの録音では短縮した本作をプロローグとして最初に演奏する版)や『皇帝の花嫁』といった他の作品でもしばしば耳にするもの。ピロゴフは、作曲者が拘りに拘ったこの暴君役を演じている訳ですが、なかなかこれ以上の歌唱を聴くことは難しいんじゃないかなあという貫禄の歌いぶり。単なる乱暴な王と言うだけではなく、非常に頭の切れる恐ろしい策士であることや人間としての厚みまでも感じさせます。また、彼のような名ボリス歌いが歌うことによって、この役とボリスとの関係が感じられるのもひとつ面白いところでしょう。共演陣は露国以外ではあり得ない土っぽさを感じさせる歌い手たちですが、シュミロヴァの哀切極まる民謡調の歌や、パワフルで若々しいネレップなどその土っぽさによって引き立っていると言うべきもの。ピロゴフと対峙するシェゴリコフもまた堂々たる歌で、この国のバスの層の厚さを感じさせます。サハロフの指揮やオケ・合唱もまた露節満載で、好きな人にはたまらないでしょう。

・ガーリチ公爵ヴラジーミル・ヤロスラヴィチ(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
メリク=パシャイェフ指揮/Ан.イヴァノフ、レイゼン、スモレンスカヤ、レメシェフ、ボリセンコ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1951年録音
>こちらもまたこの演目の初期の名盤のひとつで、メリク=パシャイェフの異国情緒溢れる濃い味付けが魅力的な音源ですね^^プチヴリを混乱に陥れる悪漢ガーリチ公をピロゴフが凄まじくパワフルに演じています。例えばエイゼンのように歌いっぷりそのものからして超豪快というのとはまたちょっと違うのですが、歌全体からこの人物が力を持て余し己の慾望のまま転がりまわる姿が滲み出ているのです。とても前出の神々しいボリスやイヴァンを演じたのと同じとは――エネルギー量を除けば――思えない凶悪な歌。コンチャク汗にはその彼と一時期のボリショイを背負って立ったレイゼン、優男にレメシェフ、哀感あるスモレンスカヤに色っぽいボリセンコですから言うことなし。しかも主役に録音の少ない彼の国のドラマティック・バリトンであるアンドレイ・イヴァノフ!3幕が演奏されていないのは残念ですが、これはおススメです。

・パーヴェル・ペステリ(Ю.А.シャポーリン『十二月党員たち』)
メリク=パシャイェフ指揮/Ал.イヴァノフ、ペトロフ、セリヴァノフ、ネレップ、ヴォロヴォフ、イヴァノフスキー、ポクロフスカヤ、ヴェルビツカヤ、オグニフツェフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1953年録音
>露歌劇史に残る大河ものの名作のひとつとされていながら録音は恐らくこれだけ、上演も滅多にないという作品ですが、これ以上はない演奏ではないかと思います。何と言ってもこのキャスト!これだけ必要なキャストに穴を開けないとは!ピロゴフは史実でも物語の筋でも重要な人物であるペステリを熱演しています。彼の重心の低い暗い色調は、この悲劇にまさにぴったりですし、国を愁う革命家と言う以上の人間味を感じさせる歌のうまさ、芝居の巧みさは特筆すべきもの。露もの好きは是非一度。

・シャクロヴィートゥイ(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)
・アレコ(С.В.ラフマニノフ『アレコ』)
・皇帝サルタン(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝サルタンとその息子栄えある逞しい息子グヴィドン・サルタノヴィッチ、美しい白鳥の王女の物語』)
・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
指揮者不明/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/録音年不明
>アリア集では更に様々な彼の顔を知ることができます。まずはシャクロヴィートゥイ!本来は彼ほどのバッソ・プロフォンドが歌う役ではなく、バリトン向けに書かれたものですが、高音もものともしません。その上この役の歌うアリアでも、遺しているのは他の追随を許さない絶唱です。アレコもいくつかありますがいずれも滋味深く見事なもの。こちらも本来はバリトンの役ですが、全く問題ありません。しんみりとした歌い口には思わずほろりとさせられます。ガラッと変わってコミカルな色彩の強いサルタンは、如何にもな堂々とした、しかしどこか間の抜けた王様の様子が手に取るように分かります。彼の個性の声が喜劇にも向いたものであることを感じさせます。そして西側からはメフィストフェレス。ドスの効いた声が実に悪魔らしい。加えてそのフットワークの軽さも狡猾そうな悪魔像に一役買っています。いずれも全曲聴きたかったなあと思うものばかり。

・ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
・西国王フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
オルロフ指揮/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1947年録音
>こちらもアリア集から、そしてまた全曲聴きたくなる歌ですね笑。バジリオはサルタン以上に全面的にコミカルな役な訳ですけれども、ここでは彼の深みのある低音が却ってこけおどしっぽく響くところが面白いです。こういう匙加減、実にお見事。そしてフィリッポ!この役は同じ嘆く権力者ではあってもボリスよりも歌の比重が大きい訳ですが、そのあたり実によくわかっていて、余計なことはせず歌に委ねた演唱。こちらもまた味のある名演です。
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