Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十四夜/波瀾万丈な生き様~

露国特集、まだまだ続きます。
この人は有名なんでご存じの方も多いのでは。

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ガリーナ・ヴィシニェフスカヤ
(ガリーナ・ヴィシネフスカヤ)

(Galina Vishnevskaya, Галина Павловна Вишневская)
1926~2012
Soprano
Russia

夫君は名チェリストであり名指揮者でもある“スラヴァ”ことムスティスラフ・ロストロポーヴィッチで、この人の指揮での録音が多いです(彼のピアノ伴奏による歌曲の録音もあるのだとか)。夫婦揃って若くしてソヴィエト有数の音楽家として知られ、当局からも高く評価されていました。しかし、彼女も夫もそのまま当局お抱え藝術家でいることのできるタイプではなく、自由な言論・藝術を求めて活動・発言を行い、直接的には体制を批判した作家のアレクサンドル・ソルジェニーツィンを擁護したことで、演奏活動の停止などの弾圧を受けてしまいます。その後米国へ亡命し演奏活動を行いながら、そこでも社会的な活動を続けています。子供の医療のためのヴィシニェフスカヤ=ロストロポーヴィッチ財団の設立などが有名なところでしょうか。ミハイル・ゴルバチョフ政権下で名誉を回復し、モスクヴァで亡くなっています。ぱっと調べてみたレベルでもこれだけ起伏のある、かなり波瀾万丈な人生ですが、それだけ表現することに拘りがあったのだろうなと思います。彼女はかなり有名な自伝もあって、興味はあるんですがまだ読めてません。ロストロポーヴィッチやソルジェニーツィンはもちろん、夫の師ショスタコーヴィッチや前回登場したネレップ、名指揮者メリク=パシャイェフも登場するという話を聞くだけでも凄い内容っぽいのですが…笑

上記のような経歴のお蔭で、彼女はこの世代の人としては極めて珍しいことに西側諸国でも多くの録音を遺しています。それこそほぼ東側での活動に終始したペトロフやネレップとも、恐らくは西側でしか活動していなかったであろうボニゾッリやマヌグエッラとも録音のある歌手と言うのは彼女ぐらいしかいないのではないでしょうか。また東西問わず手広い録音のいずれでも聴き応えのある力唱を披露しているのも特筆すべき点ではないかと思います。単に露ものの演目を西側でやりましたとか、西欧ものの珍しい露語版以上の演奏が多いんですね。

そんな20世紀を代表する露国のプリマの魅力について、今回は語っていきたいと思います。

<ここがすごい!>
特に亡命後の録音では、この時期の露国の歌手にしては垢ぬけた印象の歌唱を遺しているイメージのある人です。或意味ではそういう風に順応できたから西側でも受け入れられたのかな?とも思ったりします。とはいえ個人的には彼女から凄まじさを感じるのは、そうした西欧めいた顔の時ではなく、むしろその露国魂を見せつけてきたときです。声のピークの問題もあると思うのですが、たとえ露語翻訳版だったとしてもソヴィエトにいたころ彼女が遺した録音の鬼気迫る歌が個人的には一番好きです。また、西側に来てからでの録音でも露ものの作品を演じたときにしみじみいいなあと思わせられます。露ものの良さをここでこそ伝えようと言う気概を感じると言ってもいいかもしれません。

垢ぬけた印象と言いましたが、声を取り出して聴くとやはり露国のソプラノだなあと思わせる響きです。ネレップもそうでしたが西欧的な歌に慣れ親しんだ耳からすると、振り絞るように聴こえる細くて力強く鋭い声。これが彼女の歌に独特のエキゾチシズム、土っぽさを与えていることは間違いありません。だからこそ洗練された空気を纏いつつも、露もので本領を発揮しているとも言えるように思います。
彼女のこうした声の特徴には大きくふたつつの役柄への適性を感じています。まずひとつは娘役。すっきりした軽やかな響きの声は、少女の姿を思わせます。この方面では何と言ってもタチヤーナ!(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)淑やかさを出しつつも、若々しさを通り越してどこかあどけない印象すら与える――しかし決してキャピキャピとした姦しい雰囲気にはならない――絶妙な匙加減が堪りません!彼女以上のタチヤーナを探すのはなかなか難しいなあと毎度思います。もうひとつはその声の鋭利さを活かした狂気を感じる歌や役柄。こちらの方が実は当てはまる役が多いかもしれませんが、カテリーナ(Д.Д.ショスタコーヴィッチ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』)やG.F.F.ヴェルディ『レクイエム』のソプラノ独唱の録音は、いずれもその最右翼と言っていい強烈な歌を楽しむことができます。特にカテリーナはあのタチヤーナと同じ歌手が本当に歌っているんだろうかと唖然とさせられる退廃的で官能的な歌で、彼女の演技達者ぶり、藝の広さを感じさせられるところです。歌っていないようですが、いっそそれこそマクベス夫人(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)なんか歌ったら良かったんじゃないかなあ。

上述のとおり歌での演技が達者だったこともあり、必ずしも上述のふたつの役どころと一致するものでなくても説得力のある歌を披露しています。個人的には露ものの定番ではありますが、マリーナ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)での権力に目を奪われたアリアがお気に入り。実のところ偽ジミトリーに全く戀心がないことをひしひしと感じさせる歌いぶりの小憎らしさがとりわけお見事です。

<ここは微妙かも(^^;>
やっぱりその露風な発声に慣れていないと、居心地の悪い印象を受けるんだろうなと思います。特に西側に来てからの録音で「衰えが…」とおっしゃる方の何割かは、実際の彼女の声の衰えよりもそこがひっかかってるんじゃないかなあと個人的には(だってそんなに言うほど衰えが来てるとはあんまり思えないんだもの)。まあ確かにヒステリックな響きを出しているときもありますが…それはそういうのが必要な役の時だと思うんだよなあ。

<オススメ録音♪>
・タチヤーナ(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
ハイキン指揮/ベロフ、レメシェフ、ペトロフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1956年録音
>この演目と言えばこの演奏を書かすことはできないだろうなあと言う音盤。如何にも露的な演奏で、この作品のエッセンスが詰まっていると言ってもいいように思います。そんな中でのヴィシニェフスカヤだが、正直ちょっとこれ以上の歌唱は考えられないところです。若く瑞々しく淑やか、しかし1幕では何処かあどけなさが残り、世間を知らない田舎のお嬢ちゃんと言う雰囲気が格別です。手紙の場面ではスタジオ録音とは思えない集中力で聴く者をぐいぐいと作品の世界へと引き込んでしまいます。彼女はこの役に若いころからかなり入れ込み、後年夫の指揮でも録音している(私は聴けていないですが^^;)といいますから、特別な思い入れのある名刺代わりの役だったのでしょう。ここにつけるハイキンはソヴィエト時代の巨匠のひとり、これだよこれと思わせる音楽運びです。レメシェフはこの時結構な歳だったようですが、悲壮感のある青年像を創りあげた流石の歌唱、ペトロフの重厚なグレーミンにもただただ頭が下がります。この中でやや地味なベロフではありますが、かったるそうな感じがオネーギンらしくて悪くないと思います。

・カテリーナ・イズマイェロヴァ(Д.Д.ショスタコーヴィッチ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』)
ロストロポーヴィッチ指揮/ゲッダ、ペトコフ、クレン、ティアー、フィンニレ、ムロース、ハウグラン共演/LPO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1978年録音
>これはこの演目の決定盤と言ってもいいかもしれない。作曲者の弟子であり友人でもあったロストロポーヴィッチが振り、その妻ヴィシニェフスカヤが歌っている訳ですが、この時のこの2人からは何とかして巨匠のこの傑作を世界に知らしめようという気迫が伝わってくるようです。全幕出ずっぱりのカテリーナ、マクベス夫人と称されてはいますがかなり同情を感じる哀れな役です。彼女はまさに役が乗り移ったかのような歌唱を繰り広げていて、正直ちょっとイッチャってる感じがあるwしかしそれがいい。上記のタチヤーナと同じ人とはちょっととても思えませんが、それぐらい両者は正反対の方向に素晴らしい歌唱です。ゲッダがまた如何にもな遊び人で全然責任感と無縁な感じがgood!ペトコフもドスが効きつつ、エロくてしょうもない舅の人物像をくっきりと印象付けています。クレンの性格的なジノーヴィも出番こそ少ないですが◎その他様々な登場人物に見せ場のある演目ですが、隅々までピッタリはまった人が演じています。

・マルファ・ソバーキナ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝の花嫁』)
マンソロフ指揮/ヴァライチス、アルヒーポヴァ、アトラントフ、ネステレンコ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1973年録音
>これも珍しい演目の名盤。マルファはこのドラマの中ではいまひとつお人形的で感情移入しづらい役で、彼女の良さが出切らないような気もしますが、聴いてみればこれは全くの杞憂。考えてみれば娘役でもあり狂乱もあるんだから彼女の本領がしっかり出せる訳ですね笑。結構転がしもあるんですが、しっかりと聴かせていてこの方面の才能もあったんだなあと(リュドミラ(М.И.グリンカ『ルスランとリュドミラ』)やればよかったのに!!)。幸せいっぱいな登場のアリアも、陶然とした悲痛な狂乱もお見事です。ここではヴァライチスとアルヒーポヴァの主役2人が何より聴き応えがあります。脇を固めるネステレンコとアトラントフも立派で劇としての厚みが出ています。

・マリーナ・ムニシェク(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
カラヤン指揮/ギャウロフ、タルヴェラ、シューピース、マスレンニコフ、ケレメン、ディアコフ共演/WPO、ヴィーン・シュターツオパー合唱団&ソフィア・ラジオ合唱団/1970年録音
>これもまた超名盤ですね。ただ、よく言われるとおり独的に美しくなり過ぎな感もなくはありませんが^^;それを露側に引っ張り戻しているのが彼女とマスレンニコフでしょう。マリーナはメゾがたっぷりと色気を含ませて歌うことが多いので、彼女が歌うと軽やかな感じにはなるのですが、上述のとおりその分を演技力でカバーして大変底意地の悪い感じに仕上げています。「私の皇太子、私のヂミトリ―」と歌うところの戀心の感じられなさ!(笑)共演は実は意外と全体に東寄りの録音の少ない人たちで貴重だったりします。歌もみなさんしっかりしたものですし。しかしやっぱりギャウロフがいいよギャウロフ(溺愛)。

・ナターシャ・ロストヴァ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)
ロストロポーヴィッチ指揮/ミレル、オフマン、トツカヤ、ゲッダ、ギュゼレフ、セネシャル、ペトコフ、トゥマジャン共演/仏国立管弦楽団&仏放送合唱団/1987年録音
>ここでもソヴィエト時代の露国の巨匠のライフワークだった大作を、夫妻がともに全力投球で創りあげています。とは言え如何に彼女贔屓の僕でも、流石にここでは衰えを感じる部分もあるのですが、それをむしろプラスにして運命に翻弄される不安定なヒロインになりきってしまうところなど、彼女の地力の高さだなあと驚嘆するばかり。しかも、一方でちゃんと娘に聴こえるんですよね笑。このあたり本当に凄いなあと思います。ロストロポーヴィッチの雄渾で、まさに大河ドラマ的な音楽も圧巻ですし、凄まじい数の独唱陣にも凹みがない。特に退廃的ながら甘い魅力のあるゲッダと、堂々とした貫禄ある歌いぶりでドラマに重みを与えているギュゼレフがお気に入り。

・アイーダ(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
メリク=パシャイェフ指揮/アンジャパリゼ、アルヒーポヴァ、リシツィアン、ペトロフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>西欧ものの露語歌唱。この『アイーダ』は何度かご紹介してきましたが、イロモノかと思わせておいて素晴らしい演奏。こういう役を演じると彼女の演技のうまさが実に良いですね^^特に2つのアリアの出来が天晴。“勝ちて帰れ”での愛と故国とに引き裂かれて悶える女性の葛藤をこれだけ聴かせて呉れる録音は伊語歌唱でもあまり多くないでしょうし、“おお我が祖国”では露的な発声で郷愁と望郷の念とをひしひしと感じさせます。共演陣も◎特にアンジャパリゼのラダメスは拾い物。

・レオノーレ(L.v.ベートーヴェン『フィデリオ』)
メリク=パシャイェフ指揮/ネレップ、シェゴリコフ、Ал.イヴァノフ、ネチパイロ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1957年録音
>もういっちょ西欧もの露語歌唱。ネレップの回でも登場しましたがこれもまた彼女のうまさを感じさせる演唱になっています。この役をやるにはやや声が軽いように思うのですが、決然とした凛々しい歌いぶりで集中力の高いパフォーマンスを披露していて、遜色を感じさせません。重たい声ではなくても女武者は演じられるんだなあと^^

・トスカ(G.プッチーニ『トスカ』)
ロストロポーヴィッチ指揮/ボニゾッリ、マヌグエッラ共演/仏国立管弦楽団&合唱団/1976年録音
>これは原語版だよw一般的にはユニークな音源とされているようですが、個人的にはマゼール盤と並ぶこの演目のお気に入り^^彼女はやはり露的な声と言うことがあって、伊的な抜けやビロードのようなたっぷりとした感じには乏しいのですが、その鋭くてエッジの効いた響きで独特なトスカ像を築いています。ナターシャの時もそうでしたが、いい意味で不安定な感じがあって、この役の起伏の激しさをよく引き出しているなあと。その彼女のちょっと変わったアプローチに対して、我らがテノール馬鹿ボニゾッリがいつもどおりの剛腕直球でマイペースに歌っているのですが、この対比が実に面白い!意外なぐらい相性がいいんですよこれが笑。加えてマヌグエッラがまた全然別のベクトルで、彼らしいねっとりとした、非常に性格的なスカルピアを演じています。そもそも彼自身が声がでかいのもあると思うのですが、殊更でかい声を出さず、知的にことばをコントロールした歌唱。でまたこれが先ほどの2人と意外なぐらいに相性がいいんですよwwそんな個性的な彼らをロストロポーヴィッチの重厚で推進力のある音楽(オケの響きも見事!)が包み込み、ぐいぐいとドラマを進めていきます。ギリギリのところのバランスなのでしょう、緊張感が高く癖になります。

・ソプラノ独唱(G.F.F.ヴェルディ『レクイエム』)
メリク=パシャイェフ指揮/アルヒーポヴァ、イヴァノフスキー、ペトロフ共演/サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団&グリンカ・アカデミー合唱団/1960年録音
>いろいろ紹介してきたけど、実はここでの歌が彼女の最高のものではないかと思っています。またそれだけではなく、この作品のソプラノ独唱の数ある録音の中でもこれは最も完成度が高いと言っていいでしょう。名匠メリク=パシャイェフの前進するタクト、それに物凄い集中力でついていくオケと合唱、そしてソリストたちの格調高い歌とが圧巻の音楽を築いていて、そこまででも充分名盤足りうるのに、最後に彼女が歌うLibera meが全てを持って行ってしまいます。何者かに憑かれたように猛然と突き進む歌に、思わずスピーカーを通して聴いている我々すら背筋が冷える思いがします。大抵の狂乱の場でもこんな思いをさせられることはありません。しかし、そこにあるのは狂気ではなく禱り…これをこうして聴くことができるのは、全く幸運と言う他ないでしょう。必聴です。
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コメント

おお!ヴィシネフスカヤ!!大好きです❤
あげて頂いてるものは殆ど聞いていますが、やっぱりカテリーナですかね。
あとはロストロさんとの死の歌と踊り。最初にこの方で馴染んだので、男声で聞き始めた頃の違和感と言ったら(笑)
「アレコ」のゼムフィーラとか、フランチェスカは歌ってなかったのかな〜〜と思います。特にゼムフィーラは聞いてみたかったなあ。
2015-02-26 Thu 19:49 | URL | ヴァランシエンヌ [ 編集 ]
露国のソプラノと言えばやっぱり彼女かなと^^

カテリーナが一番、ショッキングな演目をショッキングに演じてますし鮮烈ですよね。ぼくはイチオシはレクイエムですが笑。
実は下調べでヴァラリンさんのところで死の歌と踊りの話をされているのは見つけてました^^音源探そうと思いながらまだ見つけられてないですが^^;

ゼムフィーラは似合いそうですね!『マゼッパ』のマリヤとかも合いそうな気がする。
2015-02-27 Fri 12:20 | URL | Basilio [ 編集 ]

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