Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十八夜/凍てつく大地の歌~

どうも90回を前にこのところ忙しくて更新が滞っています。ネタ自体はある程度用意してはいるのですが、なかなか書き上がらない(^^;その代わりと言っては難ですが、最近思い付で始めた似顔絵の方はちまちま描いていて、出来が今ひとつなものを更新しています(総とっかえに近いw)

露歌手シリーズはまだまだ行けるのですが、このシリーズも八十八夜で季節的にも夏も近付く八十八夜なので流石にそろそろ皆さん南の空気が戀しい頃かなとも思いますし、持ち球すべて使ってしまうのもあれなんで次回で一区切りの予定です。

Aleksashkin.jpg
Vasily Kochubey

セルゲイ・アレクサーシキン
(Sergei Aleksashkin, Сергей Николаевич Алексашкин)
1952~
Bass
Russia

本当はそろそろ女声を取り上げた方がいいとは思ってもいるんですがね~どうしてもこの国の特集だとバスが多くなりますよね←や、いつもだろ
プチーリン、プルージュニコフと続いて来て再びゲルギエフの手兵として活躍しているマリインスキーの名歌手です。

このシリーズではひっさびさですが、僕も実演で見たことがあります(笑)ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場引越公演の『イーゴリ公』チケットが、当時所属していた吹奏楽団体のコーチの伝手で当日に手に入ったときのコンチャク汗が彼でした(あの節はどうもありがとうございましたmm脱線ですが韃靼人の踊り(ポロヴェツ人の踊り)の素晴らしかったこと!!)。声は全盛期を過ぎていたように思うのですが、その堂々たる巨躯と立ち居振舞は圧倒的で、イーゴリの前に立ちはだかる敵であると同時に偉大な英雄でもあるこの役を演じるのにまさにうってつけの強烈な存在感がありました。
また、僕がオペラにハマるきっかけとなった『イーゴリ公』(またしても!)の映像ではガーリチ公ヴラジーミルを演じていて実に憎々しい悪漢ぶりで印象に残っています。スタートがこの演奏だったこともあり、それからゲルギエフ指揮マリインスキー劇場の露ものをいろいろ聴きましたから、彼の登場する他の録音にもお世話になりました。
そんなこんなで、個人的にはこのひとは因縁のと言いますか、なんとなしに浅からぬ縁を勝手に感じている歌手です。

露国の歌手も最近では例えばイリダール・アブドラザコフのように洗練されたグローバルなスタイルで歌う人が増えていますが、そんな中でも彼は少し先輩のアナトーリ・コチェルガ(彼は露人でなく烏人だけど)とともに比較的古き佳きローカルな露風の声と歌を聴かせて呉れる人だと言っていいと思います。が、歌手としての評価は必ずしもローカルに留まらず、METではフヴォロストフスキーやフレミング、バルガスを向こうに回してのグレーミン公爵(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)で招聘されていますし、オペラ以外でもショスタコーヴィチの交響曲のソリストを一時期一手に引き受けていたようです。

そんなところから見ると、このご時世絶滅危惧な人なのかもしれません。

<ここがすごい!>
上述もしましたが、この人はいつ聴いてもこのご時世に本当に露流儀の人だなあと思います。西欧流の滑らかな歌とは一線を画すゴツゴツとした感触は紛れもなく露国や東欧の藝風。
例えば大先輩である先日のネステレンコの方が圧倒的に洗練された歌いぶりです(尤もネステレンコの場合はそこの使い分けができるのが凄い訳ですが^^)。しかし、彼の場合にはその荒々しく武骨な演唱が或種素朴な味わいになっており、役柄の人物像や感情をリアルに削り出しているような印象を受けるのです。そういう面で行けば、先日ご紹介した同世代のバリトンであるプチーリンとの相性がよく、共演も多いことは非常に納得いきますね^^
別の言い方をするのであれば、太い筆で大胆に描かれた水墨画のようなコントラストのはっきりしたパワーのある表現ということばもしっくりくるのかもしれません。こういうとヴァルラーム(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)のような豪快で粗野なキャラクターで真価を発揮しそうな感じがするかもしれませんが、個人的にはそれ以上に、悲劇の人物の不器用な哀しみでこそ、と思っています。彼の表現する慟哭や激しい怒りは、心のどこかを抉り取られるような鋭くさや強さを備えており、聴く者に大きな感動を与えます。こうした彼の美質は、録音であれば例えばコチュベイ(П.И.チャイコフスキー『マゼッパ』)やルネ王(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』)それにサリエリ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『モーツァルトとサリエリ』)で楽しむことができます。私自身は録音を聴いたことはないのですが、恐らくクトゥーゾフ(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)も素晴らしいんだろうなあと思います^^

こうした彼の表現の方向性により大きな説得力を齎しているのは、彼の声質です。派手さこそないけれども暗い色調で奥行きがあり、ずっしりと重たく耳に響くボリューミーな歌声で、かなりの聴き応えがあります。個人的には彼の声を聴くと、大きくて立派な鈍色の方鉛鉱を思い浮かべます。伊系の歌手のようななめらかさや豊かさ、独系の緻密で硬質な瑞々しさ、仏系のかろみとエスプリといった世界とは全く異なる美観の、まさに露系でしかあり得ない剛毅で渋い声。華やかな色彩を感じさせる色気ではなく、シンプルでモノクロームなパワーが籠っています。これでこそ彼らしい土臭い演唱が活きてきますし、自分のそうした特質をわかった上でベクトルを定めているとも言えるでしょう。

私自身は彼の演奏を聴くといつも、荒涼として冷厳な北方の風景を心象に感じます。レイミーなんかも冷たいイメージを感じさせる歌と声ですが彼のような冷やりとした磨いた玉のような冷たさではなく、北国の冬場の寒々とした凍てつく大地の歌。
もちろん華やかな南方のスピリットの歌も素晴らしいですが、彼の冬将軍のような歌を、時たま無性に聴きたくなるのです。

<ここは微妙かも(^^;>
これぞ露風!という歌いぶりではありますが、往年の大歌手に較べると楽譜に忠実な部分もあるので、渋みが強く幾分地味な印象を受ける人はいるかもしれません。その渋さがいいんだけどね、本当は^^;
また、若干音程が甘いかなあと思うことも時々。

<オススメ録音♪>
・ヴァシーリー・コチュベイ(П.И.チャイコフスキー『マゼッパ』)
ゲルギエフ指揮/プチーリン、ジャチコーヴァ、ロスクトーヴァ、ルツィウク共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1996年録音
>彼が最も本領を発揮した録音と言ってもいいかもしれません。題名役のプチーリンともどもこの渋い作品(ヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』を思い出させる)を良く盛り上げています。友人だと思っていた男に娘を奪われた上に、地位までも脅かされて刑場に連れて行かれる悲劇を直截に、掘り上げるように歌いこんでいます。言ってしまえば終始怒り、嘆いている役ではあるのですが、それらをずっと同じように表現していては単調で深みがなくなってしまいますし、しかも聴かせどころはマゼッパ以上にあるので、重要かつ難しい役だと思うのですが、そのあたり実によく心得たパフォーマンスが素晴らしいです。まさに自家薬籠中といったところで、特に2幕冒頭の自分の処遇を嘆くアリアはお見事。対するプチーリンのマゼッパもまた武骨で露風な表現をする人なので、全体的に絵巻物を見ているような気分にさせれます(もちろんチャイコフスキーらしい旋律美も感じさせるのですが)。ゲルギエフもここでは燃え上がる音楽を作っていて、マゼッパへの蜂起を誓う合唱やポルタヴァの戦いの場面など血沸き肉踊る名演。共演もgoodですがヴェテランのジャチコーヴァがいいですね^^

・ルネ王(П.И.チャイコフスキー『イオランタ』)
ゲルギエフ指揮/ゴルチャコーヴァ、グレゴリヤン、プチーリン、フヴォロストフスキー、ジャチコーヴァ共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1994年録音
>ネトレプコ主演ヴィヨーム指揮という西欧風の新たな超名盤が出てきた現在に於いても、マリインスキーのスターを揃えた露的な演奏として重要な価値のある音盤。この役では、娘への愛情と不安、心配を感じさせる歌手が多いですが、彼は更にそこから来る王の孤独な哀しみをも感じさせるパフォーマンスで大変お見事です。アリアでは憔悴した様子も感じられ、胸が締め付けられるような切ない歌唱。一方でヴォデモンたちに対しては堂々とした威厳ある王として接しているあたりの描きわけも流石のものです。共演の歌唱陣はいずれも見事な歌いぶりでそれぞれの役のスタンダードな演奏として楽しめます。一方でゲルギエフのテンポ取りはどうもしっくりこず、後半特に変にせかせかしてしまってあまり感動的でないのが残念。

・海王(Н.А.リムスキー=コルサコフ『サトコ』)
ゲルギエフ指揮/ガルージン、ツィディポヴァ、タラソヴァ、ミンジルキーイェフ、グレゴリヤン、ゲルガロフ、プチーリン共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1994年録音
>リムスキー=コルサコフの管弦楽の魅力を好む人がこの作品のを知るためにはいい録音。と言って別に歌唱陣が悪い訳ではなく、往年の録音の異様な熱気に違和感がある人には、音もこちらの方がいいし悪くないと言う感じですね^^出番はそこまで多くはないですがやはり彼ぐらいスケールが大きいと説得力がうんと増します。或種の野性味といいますか荒っぽい感じが、海の世界の広大さやダイナミックな嵐の姿を想起させる一方で、やんちゃが過ぎて老巡礼に一喝される少々軽率な部分でも説得力を持たせています。体格のいい巨漢ですから舞台で見たらさぞかし、というところ。歌唱陣は優秀なのですが、出番の多いガルージンにカリスマがないのがやや残念です。

・ガーリチ公ヴラジーミル(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
ゲルギエフ指揮/プチーリン、ヴァニェーイェフ、ゴルチャコーヴァ、アキーモフ、ボロディナ共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1998年録音
・コンチャク汗(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
・イーゴリ・スヴャトスラヴィチ公(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
ロジェストヴェンスキー指揮/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1997年録音
>最初に挙げた映像は僕が最初に自分から観たオペラの映像なので、非常に愛着があります。役としては途中までしか登場しないものの、役者ぶりが見事で印象に残ります。特にプロローグの出陣の場面での誠実な対応(と見せかけつつ腹に一物ありそうな表情)に対し、3幕プチヴリの場面では豪放に享楽に溺れる悪漢ぶりを見せるその落差は天晴なもの。本当に心底悪いやっちゃなあという感じがいいですね、味方側なのに(笑)やや特殊な版での演奏ですがドラマとしては一番纏まっている気がしますし、全体にも高水準でこの演目の映像としては悪くないんじゃないかなと^^欲を言えばヴァニェーイェフが見た目はバッチリなんですが、調子が悪かったのか鳴りきっていない感じがするのが、要役なだけに残念ではあります。
CHANDOSから出ているアリア集ではこの役のアリアとともにコンチャク汗と、なんとバリトンのイーゴリ公の歌まで収録しています!コンチャクのアリアは勢いのある名唱で、この部分だけでも舞台での巨大な存在感を思い出させてくれます。この人物が劇中、イーゴリとともに称賛される英雄であると言うことを納得させるような柄の大きい優れた歌で、アリア集でのペトロフやエルムレル盤でのヴェデルニコフと並ぶ演奏だと言っていいでしょう。対してイーゴリ公のアリアの方も予想以上に素晴らしいです。本来バリトンの役ですからバスにしてはかなり高い音まで出てくるのですが、彼のゴツゴツした歌いぶりから想像できないぐらい違和感なくスッと出してしまいます。上述もしましたがそのゴツゴツ感が武将らしい不器用さみたいなものも感じさせていて大変お見事。コンチャクでもイーゴリでも全曲残して欲しかったぐらいです。

・男爵(С.В.ラフマニノフ『吝嗇な騎士』)
N.ヤルヴィ指揮/ラリン、チェルノフ、カレイ、コチェルガ共演/エーテボリ交響楽団/1996年録音
>珍しくゲルギエフではなく父ヤルヴィの指揮での録音。彼が題名役を演じているのもこれだけかも。ラリンやチェルノフと言った名のある露系歌手との共演ですが、シャリャピンも覚えきれなかったという長い独白を演じ切っているのもあって、ほぼ彼の印象しか残りません(笑)ここまで堂々たる史劇の大人物と言うべき役柄で多く紹介してきましたが、ここでは金にひたすら執着する或意味で卑小な人間、しかし別の目から見れば人間の心の奥底に潜むどす黒く巨大な悪を感じさせる役を見事に造形しています。バリトンのセルゲイ・レイフェルクスの映像が見た目の凄まじさもあって世評が高いのは一方で納得するのですが、個人的にはこの役ではむしろアレクサーシキンの深く暗いバスの方が、その闇に渦巻く想念を表現している感じがして好み。ヤルヴィの指揮ともども、確かにややお行儀がよすぎると言うのもわからなくはないのですが、ムソルグスキーではなくラフマニノフなのだし、このぐらいの力加減の方がいいのではと思います。

・アントニオ・サリエリ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『モーツァルトとサリエリ』)
ロジェストヴェンスキー指揮/フィルハーモニア管弦楽団&アンブロジアン・オペラ合唱団/1997年録音
>こちらもCHANDOSのアリア集で聴けるものですが、主要な見せ場が全て収録されているようです(実はこの演目は気になっていながら全曲聴けていないのですが…)。しかしここだけでもこの役にボリス的な性格表現と演技力が必要とされる難役であることもわかりますし、同時にここで聴ける彼の歌唱が秀でたものであることもよくわかります。天才モーツァルトの才能への愛情、羨望、嫉妬、そして憎悪と言ったものがひしひしと伝わってきます。或いはプルージュニコフあたりと全曲遺して呉れたら、上述の諸録音以上のものになったかもしれないと思わせる、凄演です。

・ミハイル・クトゥーゾフ将軍(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)2015.8.31追記
ゲルギエフ指揮/フヴォロストフスキー、マタエヴァ、グレゴリヤン、ヴィトマン、バラショフ、シェフチェンコ、モジャーエフ、クズネツォフ、ニキーチン共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/2003年録音
>演奏的にも視覚的にも見事なNHKライヴ。時代劇の似合う彼ですし、堂々としたこの役には如何にも似合っていそうなのに、意外とこれ以外に録音も映像もないようで^^;出番そのものは決して多くはありませんが、出てきた瞬間から尊敬される偉大な人物が出てきたことをしっかりと感じさせる風格と貫禄です。彼らしい堅めのやや寒々とした精悍な声が、決然とした理知的な将軍の姿をよく表現しているように思います。一方で見せ場のアリア、将軍が心情を吐露するほぼ唯一のこの場面では、非常にエモーショナル!この歌が、この作品の軸の一つであることを強く感じさせます。主役3人はじめ視覚的イメージもぴったりですし、指揮や演出もいい。これが東京で演奏されたのかと思うと、溜息が出ます。
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