Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第八十九夜/野性味と気品と~

思った以上に長く続いてきた露歌手シリーズですが、前回宣言したとおりここらで一区切りにしようかと思います。
と言う訳で、一段落するのに相応しい華々しいバリトンを^^

Lisitsian.jpg

パーヴェル・リシツィアン
(パーヴェル・リシチアン)

(Pavel Lisitsian, Павел Герасимович Лисициан)
1911~2004
Baritone
Russia

エネルギッシュな声と懐の広い表現力でボリショイ劇場を魅了したアルメニア系のバリトン。以下で見て行くとおり全曲の録音が必ずしも多くはないので、いまでこそ知る人ぞ知る的な扱いになってしまっていますが、ソヴェト時代に活躍したバリトンの中でも指折りの実力者だと言っていいと思います。以前プチーリンを紹介したときにもちょろっと触れていますが、分厚くて深みのある声の魅力で勝負するタイプの最右翼だと言っていいでしょう。

1958年には来日コンサートもしているそうですが、いまWebで検索してみても殆どその時のことに触れている人はおらず、個人的にはちょっと寂しいものがあるなあと言いますか、どんな歌を歌ったんだろうと言うのが気になるところです。考えてみればNHKイタリアオペラですら1956年の第1回までしかまだ来ていない、有名なデル=モナコやゴッビの公演(1959年の第2回)よりも前の出来事ですし、スラヴ歌劇公演は更に遅れること幾星霜、1965年のこと。まだまだ日本では露国のオペラ歌手、それもバリトンの単独コンサートなどへの関心は、低かったのかもしれません(近年のフヴォロストフスキーのコンサートですらガラガラですもんね^^;)。
ただ、このまま風化してしまうのはあまりにも勿体ない歌手、オペラを愛する方々には是非一度聴いていただきたい名手なのは間違いありませんし、マイナー歌手の名誉挽回を以て旨とする本blogとしては(←おいおい大袈裟な)、取り上げたいなあと^^

彼自身はそこまで音楽に関係なさそうな家の出身だったようですが、娘さんのうち2人はそれぞれソプラノとメゾとして活躍、孫はピアニスト、関係は不明ながらテノールも親族にいて、彼以降すっかり音楽一家の様相を呈しているみたいですね。

<ここがすごい!>
まずやはり魅力的なのはその重量感たっぷりの声でしょう。どっしりとして奥行きがあることに加え、やや荒々しい力感を感じさせる声は何処となくエキゾチックな響きを備えています。そもそも露系の歌手はどことなくそういう雰囲気を感じさせる声なのですが、彼の場合はとりわけそういう印象が強いように個人的には思っています。やっぱりアルメニアと言う出自がこういうところに顕れているのかな?という気もしてきますが、その辺は定かではありません。いずれにせよ或種の野性味を感じさせる、そしてそれが色気になっている歌手だと言うことは言えそうです。

しかしその一方で彼の歌には野蛮さは稀薄で、むしろ「気品」だとか「品格」だとかということばの方がよく似合っています。歌全体が非常に背筋の伸びた、居住いの正しいものなんですよね^^ブランのスタイリッシュな歌なんかとはまたちょっと違うのですが、目鼻立ちの整った男らしい貴公子を思わせるのです。とは言えありがちな特徴のない二枚目ではなく、彼の場合は抽斗が非常に多い。例えばイェレツキー公爵(П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)のアリアの冒頭は、実に繊細で、夢見るようなやわらかな声でふっと歌いだし、そこだけで聴く者を虜にしてしまいます。一方で常に優しいばかりではなく、その荒味のある声の力を最大限に使ったドラマティックな表現も必要な場面ではきっちりと決めていて、その破壊力にはしばしば思わずハッとさせられます。自身の声の特質を捉えた上で、こうした手練手管を尽くして、若々しく覇気があり、何処か異国情緒と品位をも感じさせてしまうのが、言ってしまえば彼の藝なのでしょう。この絶妙な匙加減は露国の歌手の中でのみならず、オペラ歌手としての際立った個性だと言っていいように思います。

こうした彼の美質が活きる場面はまずはやはり露もので、先述のイェレツキー公爵がまずは特筆すべきものではないかと思います。役柄としては戀敵以上にそこまで強い個性のあるものではありませんが、彼が演じることで独特の影がさし、より立体的な人物として立ち現われてきますし、そうであるからこそ終幕での出番が引き立ちます。そういう意味ではオネーギン(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)が全曲録音されなかったのは痛恨の極みで、アリア集に収録された1幕のアリアひとつとっても彼らしい個性的なオネーギンになったことは間違いないと思います。僅かな出番でもしっかりと人物に味付けのできる人ですから、ヴェネツィアの商人(Н.А.リムスキー=コルサコフ『サトコ』)やナポレオン(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)のような短いけれども作品上重要なパートでぐっと脇を〆るのに貢献していることも多いです(オネーギンと同じ路線で『戦争と平和』ならアンドレイ・ボルコンスキーもやって呉れればという憾みもなくはありませんが笑)。
また露国の歌手では割と珍しいように思うのですが、ヴェルディが非常によく似合う^^その品格と野性的なパワーの共存とが、力強く流麗な旋律の本流であるヴェルディの世界によくマッチするのです。こちらももっと全曲を入れて欲しかった…!
入れて欲しかったと言うところで言えば、恐らくレパートリーにも入っていなかったと思うのですが、マンドリカ(R.シュトラウス『アラベラ』)は適役だったんじゃないかと言う気がしてなりません。貴族的な品位と辺疆出身であることを感じさせる土俗性とが必要なこの役は、まさに彼の特質そのものではないかと思うのです。残念ながら僕が知る限り、彼の独ものの録音はなく、演目的にも望みは薄いのですが。

<ここは微妙かも(^^;>
素晴らしい歌手なのですが、どうも意外と録音が少ない。また、音がイマイチなものが多いと言うのが残念なところです。露ものでもヴェルディでももっと入れて呉れたらよかったのに!むしろマルチェッロ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)とかどうでもいいから!(や、悪くない演奏だけどあれもw)
このシリーズでは毎度のことになりますが、露語歌唱の録音が多いですので、そこに抵抗のある御仁にはおススメしかねるところもあります。

<オススメ録音♪>
・イェレツキー公爵(П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)
メリク=パシャイェフ指揮/ネレップ、スモレンスカヤ、ヴェルビツカヤ、Ал.イヴァノフ、ボリセンコ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1949-1950年録音
>如何にもソヴェト時代らしい露的な凄みのある演奏。この作品の一つのベストと言っていいかと思います。この役は最近ではフヴォロストフスキーが迫力ある歌唱を聴かせているのが印象的ですが、その彼のパフォーマンスのある意味で源流にあるような姿がよくパワフルな歌を、ここでのリシツィアンは披露しています。彼のノーブルな藝風が一番よく出た録音でしょう。上述もしましたが、アリアの冒頭のやわらかくてしっとりとした歌い口は、公爵のリーザへの愛と優しさをとりわけ強く印象に残します。ああこの人はリーザを本当に愛してるんだなあとしみじみと歌の魅力に浸らせて呉れるとともに、先の展開を知っている分切なくもなります。また、総合的にみるとその愛情の深さの一方で貴族的な気位の高さや若々しい力強さや色気までもしっかりと感じさせ、この公爵が優れた魅力的な人物である(ゲルマンよりもよっぽど!)ことを明確に伝えています。この点、このオペラの悲劇性を高める上では非常に重要なところだと思っていて、ゲルマンよりダサくてぬるくて面白味のない男だと話が全く盛り上がらない!(笑)昔の歌手然としてこれでもかと高音を伸ばしたりしているところも含めて、オペラ的なカッコよさという意味では完璧と言っていいのではないかと。ネレップのところでも述べたとおり指揮も共演も強力で、もっと広く聴かれて欲しい音源ですが、いま入手困難なんだよな…^^;youtubeで全曲聴くこともできますが。

・ヴェネツィアの商人(Н.А.リムスキー=コルサコフ『サトコ』)
ゴロヴァノフ指揮/ネレップ、シュムスカヤ、ダヴィドヴァ、アントノヴァ、レイゼン、コズロフスキー、クラソフスキー共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1950年録音
>不滅の名盤。この演奏ぐらい露国の意味のわからない熱狂の爆演を如実に伝える演奏はそうそうないと、個人的には思っている凄まじい音盤です(しかもこれスタジオなんだよ、あり得ないことにw)。言い方を変えるとゴロヴァノフの怪獣っぷりがよくわかるwwwしかし、この作品は綺麗にやるだけではなくてこういう熱量が必要不可欠かと^^ここでのリシツィアンは出番はアリア1個だけと言う名もなき商人の役ですが(この作品そんな人が3人も出てきて、それぞれのアリアが超名曲と言う…コスパの悪さも甚だしいと言いますか、超豪華と言いますか笑)、このスポット的な歌が実にすばらしい!何と言ってもその粗さのある声と引き締まった力強い歌い回しがまさに海の男!という風情で、渋いカッコ良さがあります。前半の荘重さと後半の華やかさのどちらの魅力も十分に引き出し、ひいては美しき海の街ヴェネツィアをサトコたちにだけでなく我々にも思わせる表現力にはことばもありません。この録音残る2人の外国の商人も露声楽の世界に燦然と輝くレイゼンとコズロフスキー!この3人だけで十分におなかいっぱいになれるメンバーですが彼らはあくまでも脇。ネレップの題名役以下穴のない録音です。

・仏帝ナポレオン・ボナパルト(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)
メリク=パシャイェフ指揮/キプカーロ、ヴィシニェフスカヤ、В.ペトロフ、アルヒーポヴァ、マスレンニコフ、クリフチェーニャ、ヴェデルニコフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>これもまた当時の露国のボリショイの実力者を集めた録音。出番はほんの1場ですが、原作同様重要な人物ですし、更に言えばこの作品の100を越えるキャラクターの中でも最も有名な歴史的人物でもあるので、存在感のある人にやってもらいたいところ。とは言え流石にそこまでメジャーな人がやっていることは少ない中、ここでの彼の起用は非常にありがたいです^^期待に違わず録音で聴ける最高のナポレオンではないかと。彼らしい男らしいエネルギーが感じられ、野心的な人物像を作っています。一方で――それがどこに起因するのかはわからないのですが――何故かどこかだるそうなと言いますか、倦怠のようなものが伺えて、それが権力者の憂鬱と言いますか、破竹の勢いで進んできていたはずの皇帝の命運に影が差してきていることを絶妙に引き出しています。

・哀王アモナズロ(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
メリク=パシャイェフ指揮/ヴィシニェフスカヤ、アンジャパリゼ、アルヒーポヴァ、ペトロフ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>本blogで度々登場している、ゲテモノっぽい気がするのに超名演の露語版『アイーダ』にもリシツィアンは登場しています(笑)知る限り彼が歌うヴェルディの全曲が遺されているのはこれだけなのですが、これがまた実にドラマティックで聴き応えがある!彼の場合ここまで述べてきたとおり品格と野性味との双方のバランスが非常によくて、全体に「品格>野性味」でうまく纏めていることが多いのですが、ここでは確実に「品格<野性味」です。確実に狙ってやってますね^^そのあたりの器用さもあることがわかる点でも非常に面白いですし、もちろんヴィシニェフスカヤとのドラマティックな掛け合いにも惹きこまれるものがあります。惜しむらくはアモナズロは意外と出番がない…もっと歌うヴェルディ・バリトンの役柄が遺っていれば…!しかし演奏はピカイチです!

・イェヴゲニー・オネーギン(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)
・西国王ドン・カルロ(G.F.F.ヴェルディ『エルナーニ』)
・レナート(G.F.F.ヴェルディ『仮面舞踏会』)
詳細不明
>いずれも詳細はよくわからないのですがアリア集やリサイタルで録音されているもの。そしていずれもできれば全曲が聴きたかった…!とバリトン好きならば地団太を踏みたくなる秀逸な歌唱。まずはオネーギンですが、ここではいつもながらの若者らしい力強さとともにナポレオンで感じられたような倦怠感が潜んでいます。オネーギンを演じるに当たってこの倦怠感は必須だと思うのですが、それらを併せた上で更に投げやりな感じが加わっていてこれが個性的ながらすごくいい。もうだるい以上になってしまって力を持て余しているオネーギンというのは、かなり気になるところです。次いでドン・カルロは3幕フィナーレのアリアをピアノ伴奏で歌っているのですが、ここにも国王の野心家的な顔が見え隠れしつつ、非常にドラマティック。この歌は結構好きなので数々のヴェルディ・バリトンが歌っている者を聴いていますが、これだけ力感があってアタックもありながらしかものびのびと歌っているのはあまり例がありません。特に高音には痺れます。最後にレナートですが、これがまたとびきり素晴らしい!あの有名なアリアはヴェルディの中でもとりわけ内面的で複雑な感情表現が必要な難しい場面だと思うのですが、伊語でもこれだけ訴える歌唱を出来ている人はなかなかいないでしょう。特に後半の主題が出て来てアメーリアとの楽しかった日々を振り返る部分になってからの哀切極まる節回しはたまりません。何度聴いても涙を誘われます。
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