Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十夜/ああ、何故、何故死は~

どうにかこうにかよろめきまどいつようやっとここまでやって参りました。
今回も切り番回ですので恒例の楽器を聴く大会!な訳ですが、だいぶこのシリーズも進んで参りまして、え、もうそんっなに手数ない?!弦とか、いまいち聴き分けられてない?!やばい?!などと思いつつ(^^;
ひとまず今回も金管楽器です。

Horn.jpg

見た目の美しさから意外といろいろなところでデザインに使われているホルン(フレンチ・ホルン)が今回の主役!かたつむりのような愛らしい見た目と角笛のような勇壮な音が印象的な金管楽器です^^
そう、この楽器のテーマは「角笛」でしょう。

・ジークフリートの角笛の主題(R.ヴァーグナー『ニーベルンクの指環』)

角笛、とくればこのジークフリートの主題がやはり印象に残ります。ロマンチックなゲルマン神話の世界で英雄の訪れを示すファンファーレは、もちろん煌びやかなトランペットによって奏でられることもありますが、ホルンのふくよかな音こそ相応しい。凛々しく逞しい英雄の姿を想像させる、威風堂々たる旋律です。角笛は、日本で言えばさしづめ合戦前の法螺貝のようなイメージでしょうか。オペラの中でのホルンはその角笛を思わせる音色から、狩りや戦争の場面と関係して出てくることの多い楽器です。ヴァーグナーの大作『ニーベルンクの指環』ではさまざまな戦いや戦士が出てくるためか、ホルンの奏でる主題はこのジークフリートの角笛以外にもかなりたくさん登場します。このジークフリートの角笛と並びとりわけ有名なのは、コッポラの映画でも使われた“ヴァルキューレの騎行“でしょう。弦の描く荒れる黒雲をバックに、天馬に跨った戦の女神ヴァルキューレたちの登場と行進を勇壮に、轟然と表現するホルンのカッコいいこと!いい演奏だとこのあたりでヴァーグナーの毒に当てられる訳です(笑)

・5幕版第1幕前奏(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)

この作品は版の問題がややこしく、1幕が版によって変わってくる訳ですが、ここでは5幕版。前奏と言っても独立したナンバーというよりは開幕の合唱にそのまま繋がっていく訳ですが、その冒頭部分こそまさにホルンが狩りの音楽を表現しているところ。上記の“ヴァルキューレの騎行”でもそうですが、ホルンは1本での活躍よりも1stから4thまでの4本が揃ったアンサンブルに魅力のある所であり、この部分は正にそうした魅力に満ちていると言えます。ちなみに4幕版の第1幕前奏も頭からホルンが重要な主題を奏でますが、こちらは狩りの場面の音楽ではなく、後述するような史悲劇の始まりを告げる荘厳で幽玄とした音楽。低弦やティンパニの仄暗く不穏な世界の中でホルンが浮きたちます。ここでもアンサンブルの力が発揮されるところです。

・レオノーレのアリア“悪漢よ、何処へ急ぐ”(L.v.ベートーヴェン『フィデリオ』)

ファゴットのところでも出てきたレオノーレのアリア、ホルンも大活躍です!といいますか、改訂後『フィデリオ』として知られる作品ではファゴットの超絶なヴィルトゥオーゾはカットされているので、むしろホルンの活躍がメインに来ていると言うべきでしょうね^^;フィデリオという仮面を被った英雄的なレオノーレの心の強さと女性的なやわらかみ、しなやかさを引き出すのに、この楽器が一役買っているように感じます。前半のゆったりと絡んでいく部分もとびきり素敵な音楽だと思いますが、やはり後半の鬨の声のように決然としたファンファーレ以降がカッコいい!面目躍如たる部分と言えるでしょう。

・序曲(С.С.プロコフィエフ『戦争と平和』)

ホルンはまたそのゆったりとした響きから、スケールの大きな旋律をたっぷりと歌うことにも長けた楽器だと言えるようにも思います。悠然とした大河の流れや、荘重な大伽藍、それに壮大な歴史劇の世界。こうしたものを描く名曲はオペラの中にもたくさんあるのですが、個人的なお気に入りはこれ。かなり後年になって作曲された4分程度のもので、このトルストイ原作の大作の序曲としては短いかなと思って聴きだすのですが、雄渾でどっしりとした音楽で聴き終わってなるほどここから始まるのねと得心のいく音楽。格調高いファンファーレも、作品の中でも繰り返し登場する露国の主題もホルンがリードしていきますが、この安定感はあの恰幅のいい音色以外には考えられないでしょう。

・ミカエラのアリア“何を恐れることがありましょう”(G.ビゼー『カルメン』)

一転、もちろんより内面的な世界を引き出している場面もあります。このアリアの前奏部分はそうした例のひとつと言っていいでしょう。ホルンの輪郭の淡い音がアンサンブルすることによって曖昧で複雑な色合いの入り混じった心の世界が伝わってきます。アリアに入るまでの音楽だけでミカエラがことばとは裏腹に非常に悩み、解けない蟠りを抱えているのがよくわかるのです(そしてだからこそ中盤での決然とした旋律が活きてきます)。また、その優しい音色からは穏やかな夜の風景が浮かび上がるようです。そういう意味では心象のみならず情景も表していると言ってもいいのかもしれません。ビゼーの手腕の良くわかる部分ですね^^

・前奏曲(R.シュトラウス『薔薇の騎士』)

何だか前奏や序曲ばっかりになってしまっていますが^^;ここではまた全く違う表現がなされています。ホルンは冒頭一発目から生命力に満ち溢れた咆哮をし、弦楽器がうっとりとしてそれを追いかけます。そこからは諸々の楽器が複雑に絡み合い、度々ホルンがまた咆えて……と続いていく訳ですが、この前奏曲が終わって幕が開くとすぐ元帥夫人とオクタヴィアンの朝のベッドの場面。つまりは、そういうことです。この曲は数多のクラシック音楽でも最も官能的な世界が展開されるものとして知られていますが、そこにホルンが大きく貢献していることは、一度耳にすれば疑いようもないことです。R.シュトラウスは『アラベラ』の第3幕への前奏曲でも同じようなエロティックな音楽を書いています。

・エドアルド・ロペスのアリア“ああ、何故、何故死は”(G.ロッシーニ『シャブランのマティルデ』)

さて、いろいろな楽曲をご紹介してきましたが、ジークフリートの角笛を除くとここまでは殆どホルン・パートとしての活躍が聴けるものでした。ホルンと言う楽器はコントロールが難しいのだそうで、細かい動きとかはかなりしんどいし、ヴィルトゥオーゾ的な作品はないのかなとついつい思ってしまいますが、流石はロッシーニ、凄いのを書いています(笑)超絶技巧的なソロでメゾと絡み、第2の主役として八面六臂の活躍をしています。かつて一度だけヴェッセリーナ・カサロヴァのリサイタルでこの曲の実演に触れましたが、その高度な技巧に或いは歌以上の喝采が贈られていたのをよく覚えています(このときはカサロヴァも実に良かったですが^^)。もちろん、以前ご紹介したフルートの活躍するシドニー卿のアリア(同『ランスへの旅』)やクラリネットの活躍するロドリーゴのアリア(同『オテロ』)同様、単に超絶技巧と言うのみならず、それがエドアルドと言うキャラクターの煩悶や気持ちの昂ぶりと言ったところにリンクしているのがロッシーニの手腕の特筆すべきところ。ちなみにこの曲は初演では1stホルンが急病のため、上演が危ぶまれたとか(そりゃあここまで書いてあったらそうだ^^;)この急場を救ったのはパガニーニ。同じく倒れた指揮者兼コンマスの代わりに弾き振りし、ホルン・ソロまでヴィオラで代演したと言うのだからとんでもない話です。尤も、ヴィオラとホルンでは大分音楽のイメージが変わってしまったとは思われますが。

さてさてこんなところで今回の切り番回もおしまい。
次回は用意していると言いながらご紹介が遅れていた人にしたいと思います^^
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