Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十四夜/再興の立役者~

再び女声に戻ります^^
訃報によりヴィッカーズを挟みましたが、露国シリーズで重量級が続いたこともあり、スウェンソンに続き軽量級の女声歌手をご紹介したいと考えていたのでした。軽やかな音楽と言えばやはりロッシーニ!と言うことで、彼の曲を得意とした女声歌手を。

当シリーズ、ロッシーニ歌手の登場頻度が少ないように思っていたのですが、振り返ってみるとホーン、ベルガンサ、ラーモア、バルトリ、ガランチャと、女声は結構出てきてるんですね^^今日の主人公は、彼女たちに較べると何故だか録音も少なく、今では地味な存在になってしまっているものの、ホーンとベルガンサの後、所謂ロッシーニ・ルネサンスの時期で重要な活躍をした名メゾ・ソプラノ歌手です。

Valentini-Terrani.jpg
Malcolm Groeme

ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニ
(Lucia Valentini-Terrani)
1946~1998
Alto, Mezzo Soprano
Italy

1970年代後半から1980年代のロッシーニは、彼女抜きには考えられないと言っても過言ではないでしょう。それぐらいの活躍ぶり、まさに破竹の勢いだったと言えるのではないかと。この時期の録音ではバルツァがメゾのパートを受け持っているものも一定数ありますが、やはりよりドラマティックな演目を本領としていた彼女だとちょっと重たい。充分な深い響きを持ちつつも、軽やかですっきりとした歌い口で、しかも超絶技巧をこなせた彼女は、なるべくしてロッシーニ復興の旗手になった感があります。

とは言いつつも、一方で彼女はまた80年代後半ごろからより重たい役柄、具体的に言えばヴェルディに挑んで行こうとしたような節が垣間見えます。が、こちらではなかなか大成しませんでした。現在ならいざ知らず、まだそれこそバルツァは絶好調、コッソットも健在という中にあっては、彼女の軽めのタッチでのヴェルディというのは受け入れられなかったのでしょう。

或いはもっと長く歌うことができたなら、彼女のヴェルディも新たな境地を開いたのかもしれません。しかし、それは永遠にわからなくなってしまいます。歌手としての脂も最も乗っていたであろう時期に白血病を発症、カレーラスと同じ病院で同様の治療を受けましたが、残念ながら51歳の若さでこの世を去りました。
或いは彼女は、ロッシーニ再興のために遣わされた人だったのかもしれません。

<ここがすごい!>
まずは天鵞絨のような質感のしっとりとした美声を取り上げねばなりますまい。私自身は未聴なのですが、ヘンデルや仏ものでも評価を得ていたのが肯ける、やわらかさと深さのある声。これまで登場している歌手と較べるのなら、ラーモアに比較的近いかもしれませんね。そういえばこのふたりレパートリーも似ています^^敢えて言うならラーモアの方がより深い声でおっとりとした歌い回しで、ヴァレンティーニ=テッラーニの方がより明るい声で鋭角的なイメージでしょうか。そのあたりの微妙な持ち味の違いは、当然ながら同じキャラクターを演じたときの人物造形の違いにも繋がってくる訳で、このあたりは聴き比べの醍醐味であります^^

声質ももちろんですが、やはり彼女がロッシーニを一手に引き受けるようになったのは、その卓越したコロラテューラの技術からであるということは言を俟ちません。その転がしの軽やかで華麗なこと!彼女の歌はゴージャスなんだけれども決して仰々しくなり過ぎず、春の澄んだ川の水が流れるように全く自然に心地よく耳の中を駆け抜けて行きます。ひとつにはそれが肩肘張った技量の見せつけまで絶妙なラインで行かない趣味の良さがあるんですね。かなりヴァリアンテを入れていても私ってこんなにできるのよ!って言う感じのゴテゴテしさは感じない。言うなれば、非常にリラックスした歌なんです。でも、ちょっと聴けばそれが並大抵のことではなくて、高度な技術と弛みない研鑽に裏打ちされたものだということは自ずとわかってきます。このあたりの、本当に凄いことをさらっとやってしまうところは、彼女の歌を聴くごとに唸らされる部分です。

もうひとつ、ちょっと中性的な雰囲気があるのも彼女の歌に独特の魅力を与えています。ロッシーニのメゾ役はヒロインだったりズボン役、即ち男役だったりでどちらの性別の人物もできる或意味で美味しい声区だと思うのですが、その中でもこの人はどっちっぽいっていうのはあって、例えばベルガンサやラーモアやバルトリは、もちろん男性役でも素晴らしいパフォーマンスを遺していますがどちらかと言えば女性的な印象。対してホーンは、ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)なんかも歌っているけど、どちらかと言えばアルサーチェ(同『セミラミデ』)やタンクレディ(同『タンクレディ』)のイメージな訳です。ヴァレンティーニ=テッラーニの場合、それをあまり感じず、本当に中性的な不思議な雰囲気の人物を作れてしまうんです。若武者にも姫君にもすっと自然体でなってしまう。こういう役作りができる人って実は貴重で、強いて言えばあとはガランチャぐらいしか思いつきません。そしてこの不思議な空気感が、ハマると癖になります。マルコム(同『湖上の美人』)などはそれが非常に効果的に発揮された例だと言えるでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
或意味上述の長所のいくつかが、場合によっては短所になってしまうこともありうるのかなあといいますか。たぶん、そのまま彼女のヴェルディが当時受けなかったところに繋がっているような気がしています。柔らかみのある声と趣味の良過ぎる表現は時としてインパクト不足に繋がったのでしょうし、中性的な雰囲気も、例えば女の情念や或種の凄みを見せて欲しい役では押しの弱さに感じられてしまうのかなとも。或いは爽やかに心地よく耳を通り過ぎて行く彼女の歌は、「人の心に衝撃を与え、動かすものでなければ音楽ではない、BGMに過ぎない」と思ってらっしゃる真面目な音楽ファンの方々にとっては、味気ない代物に聴こえるのやもしれません。
実力もあるし、決して地味な人ではないのですが。

<オススメ録音♪>
・マルコム・グレーム(G.ロッシーニ『湖上の美人』)
ポリーニ指揮/リッチャレッリ、ゴンザレス、ラッファンティ、レイミー共演/ ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・コーロ・フィラモニカ/1983年録音
>超有名演目でこそありませんが、彼女の独特の魅力を一番楽しめる1枚ではないかと思います。ロッシーニの秘曲の名盤でもあり、ピアニストのポリーニがタクトを取っていることでも興味深いものです。ここでの彼女の歌唱は、本作のヒーローである重要な役どころマルコムの真価を伝えているといっていいでしょう。彼女の例の中性的な雰囲気が、やはりこういう男役を演じるととても効果的で、或意味で宝塚的/リボンの騎士的な魅力を楽しむことができます。もちろん、いつもどおりコロラテューラは正確ですし、歌にもうまみがあります^^この演目に限りませんが、リッチャレッリとの声の相性がいいのもまた嬉しいところです。男声陣3人も当時としては納得のメンバーでしょう(テノールはいまではより達者な人たちがいる訳ですが)。作品を知る上で、特にマルコム役を知る上では欠かせないものかと。

・メリベーア侯爵夫人(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、ダーラ、レイミー、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>不滅の名盤。アバドが最も拘ったロッシーニの作品と言ってもいいかもしれない本作の、現代蘇演です。目も眩むばかりの素晴らしいメンバーに、我らがVTも加わっています。話の中身があまり無い演目とは言え、テノールとバリトンから言い寄られているという美味しい役どころで、ここではあの中性的な感じが何とも言えない色気になって役柄を引き立てています。一番の見せ場はやはり素敵すぎる二枚目のアライサとの重唱でしょう。パワーと張りもありながらやわらかなアライサに深みと転がしのテクニックで応酬するこの場面は聴いていて心が躍ります。また、本作最大の聴かせどころである14声大コンチェルタートでもしっかり活躍しています^^絶対の自信を持つアバドが率いるこの無敵艦隊に、死角はありません(笑)全てのオペラファン必携の音盤です。メンバーの若干違う別録音も素晴らしいのでおススメ。こちらもアライサの変わりに登板したマッテウッツィのハイFが飛び出すなど聴きどころ満載です^^

・ロジーナ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
アバド指揮/アライサ、ヌッチ、ダーラ、フルラネット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1981年録音
>これもまた不滅の名盤。何度かすでに登場している伝説のNHKホールの演奏です正規盤で早く出して欲しいものです^^;VTはここではまた打って変わって戀する乙女を演じている訳ですが、これまたただの可愛いお嬢さんとは一味違った仕上がりになっています。あの深い声と切れ味のいい転がしとが合わさって、或種独特のスゴみを生みだしていると言いますか笑。有名なアリアの後半の「裏切ったら蛇になって……」からの部分に異様な説得力がありますがw、かと言ってそれが怖くなり過ぎず、軽やかで爽やかな空気を未だ保っているのが彼女の差配の見事なところ。繰返しになりますが指揮も共演も大変見事で、音だけ聴いていても抱腹絶倒もの。セビリャのひとつの金字塔だと思っています。

・アンジェリーナ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
フェッロ指揮/アライサ、ダーラ、トリマルキ、コルベッリ共演/カペラ・コロニエンシス&西ドイツ放送合唱団/1980年録音
>名盤の多いこの演目、主役3人をとればこの演奏もまた忘れられません。ロジーナでは才気煥発で怖いぐらいのところも垣間見せた彼女も、このシンデレラではぐっと抑えた淑やかなレディぶりがぐっときます。まさにエレガントと言うことばが相応しいでしょう。全体に比較的色調が穏やかでまろやかな音楽づくりの演奏なのですが、それが彼女の持ち味に合致していると思います。ここでも相手方のアライサ、いくつかある録音の中ではこれが一番活き活きした王子で◎ダーラもオモシロ要員としての仕事をしっかりとしていて好ましいですが、シャイー盤の方がぶっ飛んでいて個人的には好きです。この演目でドン・マニフィコ、ダンディーニのみならずアリドーロまで演じた歌手はコルベッリ1人ではないでしょうか。そういう意味では非常に興味深いところですが、この役はもっとしっかりとしたバスが演じる方がスリリングですね。彼はこの中ではダンディーニに一番向いていると思います。

・タンクレディ(G.ロッシーニ『タンクレディ』)
・アルサーチェ(G.ロッシーニ『セミラミデ』)
ゼッダ指揮/トリノ伊国放送交響楽団/1980-81年録音
>彼女の正規のアリア集としては恐らく唯一のものだと思われます。その上指揮は神様ゼッダ!そんなに多くの曲が収められこそいないものの、ロッシーニの魅力満載の1枚となっています。もちろん女性の役柄でもいつもながら聴き応えのある歌唱ですが、ここでは何度も繰り返している彼女の中性的な雰囲気を味わえるこの2つの役柄を。タンクレディは英雄のイメージがあるので、ホーンやカサロヴァと言った女傑系のメゾの如何にも強そうな歌声をつい思い出しますが、宝塚っぽいすらりとした優男を思わせるVTもまた独自の路線を打ち立てています。そういう意味ではアルサーチェは全くイメージどおりのもの!彼女の正規のこの役柄の全曲録音がないのは非常に残念です。大変素晴らしい全曲録音を遺しているホーンとラーモアを凌ぐものに、或いはなり得たのではないかと強く感じます。

・フェネーナ(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
シノーポリ指揮/カプッチッリ、ディミトローヴァ、ネステレンコ、ドミンゴ、ポップ共演/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団/1982年録音
>ヴェルディも1つだけ。シノーポリの指揮の下、強力なメンバーによる火を噴くヴェルディが展開されていますが、そんな中であの有名な合唱“行け、我が想いよ金色の翼に乗って”とともに彼女の祈りの歌が一服の安定剤として非常に効いています。こうして装飾の少ないストレートな旋律を歌うと、また一段と彼女の歌のうまさも感じられます。こっちの路線でももっと録音を遺して欲しかったなあ。
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