Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十五夜/歌心あふれるGiapponese~

いよいよ四捨五入すると100回と言うエリアまで入ってきました!
思えば遠くへ来たものだ、などと我ながら暢気な驚きを隠せません。そして、こんな中身の記事でもきちんと読んでくださっている方がいらっしゃるのですからありがたい話です。
ちなみに、次回から4回はまたちょっとシリーズものを準備しています^^

ここまで様々な国の歌手をご紹介してきましたが、どうしてもオペラの生まれた西欧文化圏の人たちが多くなります。これはまあ致し方ないことではあるのですが、一方で昨今のグローバルな流れの中で、東洋人も活躍する機会を徐々に掴めるようになってきています。コロラテューラの名手ジョ・スミを輩出した韓国、近年各地で活躍する歌手が登場している中国、そして我らが日本に於いても国際的に活躍する歌手が登場しています。
100回を前にしてそうした我が国の名手の1人を、今回はご紹介しましょう。

Horiuchi-2.jpg
Macbeth

堀内 康雄
(Horiuchi Yasuo)
1965~
Baritone
Japan

現在日本で実力のあるオペラ歌手を考えたときに筆頭に挙がるひとの1人でしょう^^
伊もの、特にヴェルディでの彼の歌の見事さは衆目一致するところではないかと思います。

私が彼の歌を初めて聴いたのは実はオペラではなくて、もう10年ほど前になるでしょうか、池袋芸術劇場での『カルミナ・ブラーナ』(C.オルフ)のバリトン独唱でした。輪郭のくっきりした美声と力強いカンタンテは強く印象に残り、ああ日本にもこんなに素晴らしいバリトンがいるんだと感動したのを覚えています。とはいえ恥ずかしながら当時は日本人歌手の知識は殆どなく、『カルミナ』なんてバリトンのオイシい楽曲で、しかもたまたま知人の伝手で1階の前から数列目という非常にいい席で鑑賞できたにもかかわらず、今思うとかなり勿体ない聴き方をしていたような気がするのですが^^;

最初の印象が『カルミナ』だったので、独もの中心に活躍されていると暫く勝手に思っていたのですが、その後暫くして確かNHKのニューイヤーでヴェルディを聴いてその本領を知って惚れなおしました。実演にも何度か足を運び、毎度その力演に感服しています。正直なところ無名のバリトンを海外から招聘するんだったら、彼に歌ってもらった方が良かったんじゃないのと思った公演も少なからず…それぐらいの実力者です。

個人的には音源が少ないのが寂しいです。全曲の吹き込みとまではなかなかいかないにしても、せめてアリア集でも出していただけたら勇んで買いに行くのですが^^;

<ここがすごい!>
聴くたびに思うのは、その持ち声の素晴らしさでしょう。響きが非常に豊かで甘みのある美声。日本人歌手としてと言う話ではなく、オペラ歌手全体でみてもかなり恵まれた声と言っていいのではないかと思います。やわらかでしっかりと実の詰まった声は流麗な旋律によく栄えます。年末には第9も歌っていますし私が最初に聴いたオルフも良かった訳ですが、そうは言ってもやはり歌心に溢れた伊ものを歌っているときがいちばんでしょう^^まさに水を得た魚と言うべき堂に入った歌いぶりを楽しむことができます。

そう、先ほど「歌心」ということばを遣いましたが、彼の歌には本当にこれが籠っているように思います。類稀な声そのものに頼って歌うのではなくて、楽譜や歌詞をきちんと掘り下げて、更に役柄に共感して歌っているのが音声のみからでもひしひしと感じられるのです。歌心というと感情の赴くままにというイメージを持たれる方もいらっしゃるかと思いますが、私自身は知的な分析と組み立てがあって初めて成り立つものだと考えています。もちろんその分析と組み立てはあくまで骨組みで、それだけポンと出されても説明臭くなってしまう。その下地ができてからがセンスの出番で、そこから裏付けられる、この人物ならどうかと言うものの蓄積が、説得力のある歌心を作るのではないかと。つまり、そこにたどり着くまでには入念で知的なアプローチと卓越した表現のセンスとが重要なファクターになると思うのです。堀内の歌は決して説明的ではないですが、そもそもののセンスがあった上で、こうしたしっかりとした“仕事”がなされていることがひしひしと感じられます。基本的には彼の歌は非常に端正で、時たま声を荒げるなどの芝居を最小限で加えるというスタイルだと思っていますが、そうした裏の部分が垣間見えるからこそ、ただ綺麗に歌っただけという印象には絶対にならない。むしろそうして考えた末に、整った歌い口に行きついているんだということがわかる歌唱と言えるのではないかと。
内外問わずこうした歌を聴かせる歌手はほんの一握りですし、蓋し日本が誇る世界第一線の藝術家と思っています。

まずはやはりヴェルディで聴きたいと思う人ではありますが、ドラマティックな歌唱が要求されるより時代の下った作曲家の作品にも合っています。特にジェラール(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)やスカルピア(G.プッチーニ『トスカ』)は、僕自身聴けているのはいずれもNHKニューイヤーのガラでの歌唱だけですが、いずれも絶品です。全曲も是非とも聴いてみたいところ^^

<ここは微妙かも(^^;>
伊ものが最高だと述べてきましたが、やはりヴェルディを歌うようなバリトンなので、転がしの多い役などはちょっと違うかなと言う印象です。一度フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)の実演を観たときには、その主役としての抜群の存在感は傑出している一方で、どうしてもロッシーニ対しては重たいという感じは否めませんでした。カプッチッリやバスティアニーニのフィガロを聴いたときに持った感触に近いです^^;

あとは繰返しになりますが録音が少ない……どうやら西国のレーベルで『リゴレット』と『ナブッコ』(いずれもG.F.F.ヴェルディ)を入れたものがあるようなのですが、入手はかなり困難な模様。それなりに頑張って探しているのですが^^;

<オススメ録音♪>
・マクベス(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
サッカーニ指揮/ルカーチ、キシュ、タノヴィツキ共演/ ブダペスト交響楽団&合唱団/2009年録音
>現在のところ手に入るオペラの音盤としては唯一のもの。終幕の合唱に欠損があったりバンクォーのタノヴィツキが非力だったり残念なところもあるものの、彼の得意とするヴェルディ、しかもいろいろと要求の多い役であるマクベスを全曲堪能できるという意味ではこれは非常にありがたいです。果たして期待どおりの名唱!伊的なやわらかでたっぷりとした声に加えて、彼一流の知的な役作りが冴えています。この役はカンタービレを聴かせる伊国の歌手では狂乱や幻影の場面の表現がのっぺりしがちな一方、そういった場面では秀逸な歌唱を聴かせるフィッシャー=ディースカウなどでは流麗さや伊ものに欲しい声のふくよかさに欠けたりして意外と納得のいく演奏が少ないなかで、その渇を癒すのに十分なパフォーマンスではないでしょうか。王にまで登りつめるふてぶてしい武将としての顔と罪の意識に苛まれる気弱な男としての顔といずれも感じさせる多面的な演唱はまったくお見事です。彼に対してもう一人の主役と言うべきルカーチも、立ち上がりこそ不安定なものの、パワーのある声をフルに使って隈取りのマクベス夫人を作っています。この作品はこの2人の出来次第でかなり印象が左右されるので、彼らの出来がいいのは大変嬉しい!^^洪国の名テノール、キシュもまたいい仕事をしています。まずは堀内の魅力を知るためにはいい演奏ではないかと。

・ポーザ侯爵ロドリーグ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
佐藤指揮/コロンバーラ、佐野、浜田、小山、妻屋、ハオ、ゴーティエ共演/ザ・オペラ・バンド&武蔵野音楽大学(合唱)/2014年録音
>これは実演(コンサート形式)を観に行きました。仏語版日本初演と言うことでしたが、単に仏語5幕版と言うだけではなく部分的に初演の音楽を取り入れた演奏で、熱狂的なヴェルディに酔ったというよりは、より学究的に面白い公演だったと思います。登場人物の印象も伊語版と仏語盤ではかなり異なっていて、伊語版ロドリーゴでは熱気のある政治活動家という空気のある一方、仏語版のロドリーグではより知的な思想家的な雰囲気を纏っている訳ですが、しっかりとこの人物造形の違いを感じさせるアプローチでした。馬力のある声とアツい表現で押していくというよりは、丁寧に練り上げた品のある優美な歌いぶりで、この誰からも頼られる人物を真摯に描き出しているという感じ。見せ場である死の場面も華々しく散る訳ではなく、しみじみと哀しみを感じさせるような歌唱でした。

・リゴレット(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
詳細不明
>これは残念ながらyoutubeにあがっていた“悪魔め鬼め”しか聴くことができていませんが、それだけでもまさしく絶唱と言うべきもの。しかも、それが性格的な演技や或意味で仰々しい歌いぶりから齎されたものではなく、丹念に整った歌を磨き上げた結果に出来上がっている点が、尚のこと凄いことだと思います。その声の質も含めてブルゾンと比較している人もいましたが、それはこれを聴くと納得がいきますね^^しかしこれを聴くと、入手困難な全曲盤をどうしても手に入れたくなるという…笑。

・バルナバ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
菊池指揮/マトス、イグン、カッシアン、彭、鳥木共演/東京フィルハーモニー交響楽団
合唱、藤原歌劇団合唱部&多摩ファミリーシンガーズ/2009年録音
>これは全曲がTV収録されたものがあるそうなので全曲観たいのですが、部分的にしか観られていないです(マトスがそれはそれは凄かったらしい…アルヴィーゼの彭がダメダメだったというからそれはちょっとアレなんだけど)。この役はイァーゴへと繋がる癖の強い悪の権化ですが(本作の台本を書いたのは、後に『オテロ』の台本を手掛けるボーイト)、堀内はいつもながら整った歌から多面的なキャラクターを創りあげています。舟歌でののびやかで明るい高音も華がある一方、独白で漂わせるどす黒い空気もまた悪の魅力を感じさせます。伊ものを得意とする彼の面目躍如と言ったところではないかと^^

・カルロ・ジェラール(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)
飯森指揮/東京フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部/2009年録音
>残る2つは上述のとおりNHKニューイヤー・オペラ・ガラで視聴したものです。歌われたのは当然アリアですが、これがまた秀逸!革命の成功で栄華を得ながらも、齎された結果が理想とは乖離してしまったジェラールの想いを、苦々しいダンディズムで活写しています。魂を抉るような彫り込みの深い歌唱で、客席の大ブラヴォーも納得のもの。歴代あまねく名バリトンたちがこの歌をうたってきていますが、その中でも指折りのものではないかと!

・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)
下野指揮/東京フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部/2012年録音
>ここでのテ=デウムがまた大変な名唱!屈折した性格的な役作りに重きを置くのではなく、貴族的で品位があってむしろ優雅なぐらいの歌い口にも拘わらず、何処をとっても噎せかえるような悪の匂いを纏った演唱です。非常に大物感のある、スケールの大きな悪役ぶりで、刺されてもそう簡単には死ななさそうwこれだけラスボス感のある、堂々たるスカルピアはなかなか聴くことができません。彼に合わせるなら相当気の強いトスカと立派なカヴァラドッシがいなければ位負けしてしまうでしょう。
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